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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第23章 青年期 決戦編

281/286

第二百五十九話「戦いの終わり」

 あれから一ヶ月が経過した。

 俺は今、地竜谷の森の出口付近にいる。

 周囲には、簡易的に建てられた木造建築の家屋が並び、
 木々を切り開いた広場では、様々な人々がせわしなく歩き回っている。
 スペルド族とビヘイリル王国で雇った人族の大工や人夫、木こりに……ルード傭兵団。

「お兄ちゃん、東側の森も少し開いてもらっていいかな?」

 アイシャもいる。
 彼女は村を闊歩しつつ、各所に指示を出している。
 リニアとプルセナは、その指示を受けた団員を指揮している、という感じだ。
 これじゃあ、誰が団長かわからんな。

「ああ、わかった」

 俺も彼らに混じり、スペルド族の村の復興にあたっていた。
 魔術で森を開いたり、土魔術で家の土台を作ったり、地竜谷の村までの道を作ったり。
 やることはたくさんあった。

 さて。

 なぜ、ここにアイシャとルード傭兵団がいるのか。
 なぜ、アレクが来た時に、オルステッド以外に誰もいなかったのか。
 それを説明しなければなるまい。

 もっとも、説明といっても一言で済む。
 アイシャの仕業だ。
 仕業というと何かイタズラをしでかしたようだから、仕事と言い換えるか。
 アイシャの仕事だ。

 転移魔法陣と通信石版が停止した時。
 アイシャと傭兵団もまた、混乱の極地にあった。
 遠い異国の地で連絡と移動を封じられ、生まれる不安と焦り。
 そんな中、アイシャは冷静だった。
 冷静に状況を判断し、考えた。
 現場で戦いが始まったのであれば、国境付近にいる自分たちが現場に向かってもおそすぎるし、出来る事も少ないだろう、と。

 アイシャが出した結論は、ギースが脱出してくる可能性を考慮しつつ、転移魔法陣の回復に努めることだった。
 要するに、インフラの回復である。

 とは言え、転移魔法陣に加え、アイシャの持っていた予備の魔法陣に対応している事務所の魔法陣も全て破壊された。
 打つ手は無い。
 と、俺なら諦めただろう。
 実際、諦めたし。

 しかしアイシャは思いついた。
 彼女の天才的な頭脳は思い出したのだ。ある人物の秘術を。
 その秘術とは、片方が潰れた転移魔法陣を把握して、それに対応する魔法陣を描くことで、好きな所に移動する技術だ。

 ある人物とは誰か。
 そう、『甲龍王』ペルギウス・ドーラである。

 彼女はペルギウスに頼み込むべく、国境付近の七大列強の石碑を捜索。
 発見次第、ペルギウスの笛を使って空中城塞へ。

 俺たちが魔族を助けようとしていると知って渋るペルギウス。
 彼はアイシャに対し「一つだけ繋げてやる」と言い、アイシャは国境付近の魔法陣とスペルド族の村への転移魔法陣を繋げてもらう事を選択した。
 というわけだ。

「よくペルギウス様が了承してくれたよな」
「かなり渋ってたんだけどね、この戦いでオルステッドに貸しを作れるって言ったら、了承してくれたよ」

 その後、俺が戦っている最中にスペルド族の村へと移動。
 事情を聞いてすぐに転移魔法陣を用いて、住人その他を国境付近の町に避難させた……と。

 もしシャリーアに戻ったロキシーが魔導鎧零式の召喚ではなく、普通の転移魔法陣を優先していたら、危うく無駄になる所だったが……。
 うまいこと、ロキシーのミスをアイシャがフォローした感じだ。
 仕方ない事とはいえ、そのへんはロキシーもかなり恐縮し、縮こまっていた。

「この辺?」
「うん、ばーっとやっちゃって。多少広めに作っておいたほうがいいでしょ?」
「そうだな、わかった」
「終わったらまた呼んでね、木材とか運ぶの、傭兵団にやらせるから」
「了解」

 そして、戦いから一ヶ月。
 警戒しつつ戦いに備えてはいたものの、次の戦いはなかった。

 もはや戦いは無いだろう。
 ということで、ロキシー、シルフィ、ザノバといった面々は、シャリーアの方へと戻ってもらった。エリスにも、彼女らを護衛するという名目で戻ってもらった。
 零式の召喚魔法陣や、避難に使った魔法陣はオルステッドとアレクの戦いで消失したため、またペルギウスに送ってもらった形だ。
 彼らには、事務所の再建や、通信石版、転移魔法陣の復旧に当たってもらっている。

 シャリーアの方は何事も無かったそうだ。
 受付のエルフ子ちゃんも無事。
 事務所の地下に眠っていた武器防具類や、毎日オルステッドが書いていた書類が埋まってしまった程度だ。

 避難していたスペルド族の面々は国境付近から、第二都市イレルの魔法陣へと再接続して戻ってきた。
 その後、正式にビヘイリル王国へと迎えられた。
 ビヘイリル王国はスペルド族を国民として迎え入れる事に、肯定的だった。
 第三都市と鬼神をも失った彼らはノーと言える状態ではない、ということもあるだろう。
 国内に迎え入れる措置として、村から最低でも3人は出向し、国のために従事すること、という条件を追加で出された。
 これは、鬼族と同様のものだそうだ。
 ひとまず、その三人の選定も終わり、現在は村の復興に向けて動き出した。
 このまま何事もなく復興が続けば、ビヘイリル王国の国内にスペルド族の居場所が出来るだろう。

 使徒を全て打ち倒し、スペルド族と鬼族、ビヘイリル王国を仲間に加えた。
 俺達は、勝った。
 だが、果たして本当に勝利したと言えるのだろうか。

「ルーデウス殿」
「シャンドルさん」

 考えながら森林伐採を続けていると、いつしかシャンドルが背後に立っていた。
 シャンドルだけではない。
 ギレーヌにイゾルテ、ドーガの姿もある。

 シャンドルが戻ってきたのは、戦いから10日ほど経過した後だった。
 彼は闘神との戦いで海に叩き落とされたものの鬼ヶ島に漂着、そこで回復に努めていたそうだ。
 闘神と戦って、よくぞ生きて戻ってきたというべきか。

「お疲れ様です。どうしました?」
「いいえ、ただ、我らは、そろそろアスラに戻ろうかと思いまして。お別れの挨拶に」
「……ああ」

 シャンドルたちの仕事は終わった。
 彼らは、あくまでアリエルの配下なのだ。
 戦いが無いのであれば、帰らなければならない。

「シャンドルさん。ありがとうございました。あなたがいなければ、この状況は無かった」
「お礼なら、アリエル陛下に」
「もちろんです。陛下には、この先、何かあったら真っ先に俺に知らせるように伝えてください。協力は惜しまない、と」
「わかりました」

 シャンドル、ドーガ、ギレーヌ、イゾルテ。
 どれも王級以上の強力な剣士だ。
 これほどの手駒を用意してくれたアリエルには、感謝してもしきれない。

「ギレーヌさんも、ありがとうございました」
「いや、礼はいい……ただ、今度、また墓参りに顔を出そうと思っている」
「わかりました。お待ちしてます」

 ギレーヌは一言だけ。

「ドーガも、ありがとう。谷に落ちた時、お前がいなければ俺は死んでた」
「うす」
「もし、個人的に困った事があったら言ってくれ。俺も命の恩は返したい」
「うす!」

 ドーガはうっすだけだが、若干寂しそうだ。

「イゾルテさんも、ありがとうございました。あそこで立ちふさがってもらわなければ、俺は死んでいた」
「いいえ、色々と学ぶことの多い派遣でした。こちらこそ、ありがとうございます」

 イゾルテは優雅に一礼をして、にこやかに微笑んだ。
 相変わらず綺麗な人だ。
 これで未婚だというのだから、アスラの男たちは何をやっているんだと言いたくなるな。

「医師団の方々にも、宜しくお伝えください」
「はい、では……失礼致します」

 シャンドルは一礼をして踵を返す。
 が、その背中に、俺はいい忘れていたことを思い出し、呼び止めた。

「その、アトーフェ様に関しては、残念でした」

 シャンドルは帰ってきた。
 だが、帰ってきたのは、彼だけだった。
 アトーフェは、行方不明のままだ。
 海に流されてしまったとなれば、あと数年は見つからないだろう。
 ムーアも同様である。

「……母上に関しては、心配はいらないでしょう。しばらくしたら、またひょっこり顔を出すかと思います。本当に残念だったのは、鬼神殿かと」
「そう……ですね」

 鬼神は死亡が確認された。
 彼は闘神相手に善戦した。
 だが、彼は不死魔族ではない。最後には、力尽き、死亡した。
 せっかく、鬼神とも手打ちできたというのに。

「もっとも、死者を悔やんでも仕方はありません」
「そうですね。先をみなくては」

 俺は彼と約束した。
 自分が死んだら、鬼族の生き残りを保護する、と。
 今のところ鬼族を脅かす存在はいないが、もし何かあった時には、約束だけでも、守りたいものだ。

「では、失礼します」
「はい。お疲れ様でした」
「ああそうだ……アレクを、よろしくお願いします」
「……はい」

 シャンドルはそう言って、立ち去った。

 と、彼らと入れ替わるように、クリフが歩いてくるのが見えた。
 エリナリーゼも一緒だ。

「ルーデウス」
「クリフ先輩」
「彼らも帰るのか」
「はい、クリフ先輩もですか?」
「ああ。ひと通り終わったようだし……結局、疫病の原因もわからなかったけど、一ヶ月経過しても再発もないし、住む場所も変えたし……ひとまず帰る事にするよ」

 クリフにも、世話になった。
 彼がいなければ、疫病は治療できなかっただろう。
 疫病というか、冥王の仕業だったのかもしれないが。

「クリフ先輩。ありがとうございました。あなたが来てくれなかったら、どうなっていたか……」
「まぁ、君のことだから、自力でなんとかしたと思うけどね。また疫病が再発するようだったら、連絡してくれ」
「はい……クリフ先輩には、お世話になってばかりで、なんとお礼を言えばいいのか」
「僕がリーゼとクライブを置いてミリスで頑張れるのは、君の家族がシャリーアで面倒を見てくれるからだ。お互い様だよ」

 そう言ってもらえると、ありがたいな。

「じゃあ、また。帰り際に、君の家にも寄るつもりだけど、何か伝言はあるか?」
「もうすぐ帰る、と」
「わかった」

 クリフはそう言って、去っていった。
 最後に、エリナリーゼが俺にウインクしてきた。彼女にもお世話になったが、何も言えなかったな……。まぁ、近所づきあいだし、行動で示していこう。

 しかし、今回も色んな人に助けられたな。

 まずはクリフ。彼がいなければ、スペルド族は疫病で滅んでいたかもしれない。

 シャンドルに、ドーガ。彼らがいなければ、俺はここに立ってはいないだろう。

 アトーフェのタイミングも神がかっていた。
 アトーフェハンドに、ジャストなタイミングでの鬼ヶ島への攻撃。
 ほぼ無傷での勝利は、アトーフェのお陰とも言える。
 そのアトーフェが行方不明のままというのは、あまりにも恩知らずすぎるため、落ち着いたら海の方にも繰り出して、捜索したい所だ。

 戦いは終わり、皆が帰っていく。
 大きなイベントが終わり、解散する感じに似ている。
 なんとも寂しい。

「よし」

 なんて考えている内に、森林伐採が終わった。
 目の前に広がる綺麗な大地。
 根こそぎ引っこ抜いた大木は、土魔術で綺麗に並べてある。
 我ながら、いい仕事をした。

「さて、アイシャは……と」

 振り返ると、ちょうど、ルイジェルドとノルンが歩いてくる所だった。

「あ、兄さん」
「ノルン! いい所にきた。ちょっと、アイシャに伐採が終わったって伝えてきてくれないか?」
「はい、わかりました」

 ノルンはすぐに踵を返し、村の方へと走っていった。
 残されたルイジェルドは、俺の方へと歩いてきた。

「ルーデウス」
「ルイジェルドさん」
「すまんな。色々と、助かる」
「それは言わない約束ですよ、おとっつぁん」
「そんな約束はしていない」
「ですね」

 ルイジェルドは、村の復興に従事している。
 その後は、恐らく俺たちの事務所に出入りするようになるか、ビヘイリル王国との交渉役に収まるだろう。
 ノルンはそんなルイジェルドにくっついて回っている。
 彼女も、せめてこの村が出来上がるまでは、こっちで手伝いを続けるつもりのようだ。

「村が完成したら、またシャリーアの方にも来てください」
「ああ、俺もお前の子供が見たい」
「超カワイイですよ」
「自分の子供はそういうものだ」

 ルイジェルドは笑い、そして俺を見た。
 背の高さはもうさほど変わらない。

「……お前は、本当に強くなったな。七大列強にまでなるとは思ってもみなかった」
「今だったら、ルイジェルドさんも簡単になれますよ。ルイジェルドさんなら、俺なんてワンパンですよ、ワンパン」
「冗談を言うな」
「けど、俺がたった一人の力でなれたわけじゃないってのは、確かですから」
「それも、お前の力なのだろうな」
「どうでしょうね」
「……」

 ルイジェルドは少し俺を見て、フッと笑い、首に掛けていたペンダントをはずし、俺にさしだした。
 ロキシーのペンダントだ。

「今こそ、これを返そう」
「でも、これは……」
「やはり、これはお前が持っていろ」

 最初にルイジェルドと別れた時、彼に渡したペンダント。
 ロキシーのペンダント。
 いつしか、俺のマークとなっていたらしい、ペンダント。
 俺が、この世界を歩き始めたきっかけとなったペンダントだ。

「わかりました」

 俺はペンダントを受け取った。
 かつて、コレを彼に渡した時は、些細な理由だった。
 別れる時は、返してもらう必要はない、持っていてくれと願った。
 あるいは、彼との繋がりが欲しくて。
 だが、今は、返してもらった。
 もう、彼は同胞だから。
 もう、これからしばらく、別れはないのだから。

「ルイジェルドさん、これからもお願いします」
「ああ。力不足かもしれんがな」
「足りない分は、互いに補いましょう」
「フッ、そうだな」

 俺は笑い、ルイジェルドも微笑んだ。


---


 ノルンが傭兵団を連れて戻ってきて、ルイジェルドも去った。
 俺は現場から離れ、魔法陣の方へと歩いていた。
 そろそろ、一度シャリーアに戻ろうと思ったのだ。

「!」

 そこで俺は、前から近づいてくる人物に気づいた。

 オルステッドだ。
 いつも通りの、黒いヘルメット。
 一人ではない。
 彼の後ろには、黒髪の少年が忠臣のように付き従っていた。
 アレクサンダー・ライバックだ。

「……」

 あの日以来、彼はオルステッドに配下として付き従うようになった。
 まるで、アトーフェに対するムーアのように。
 ペルギウスに対するシルヴァリルのように。
 100年前からこのポジションにいました、と言わんばかりに。
 俺の方が古参だと主張したい所だが、喧嘩したら負けるので何も言わない。
 が、彼の姿を見ると、どうしても警戒してしまう。

「何か?」
「……いや」
「失礼があったのなら、おっしゃってください。すぐに直しますので」

 もっとも、俺の警戒をよそに、アレクはあの日以来、従順になった。
 何か裏があるんじゃないかと思えるぐらい、素直になった。
 オルステッドはもちろん、俺に対しても絶対服従だ。

「警戒なさるのはわかります。
 ですが、僕は先日の戦いで、身の程をわきまえました。
 自分がいかに未熟で、いかに矮小だったのかを。
 しばらくはオルステッド様とルーデウス様の下で研鑽を積ませていただき、そして、その中で、改めて英雄とはなにか、北神とはなにかを探っていくつもりです。
 その証拠として、そして自らの戒めとして、こうして利き腕を封印してもらったのですから」

 そう言って、アレクは右手を上げてみせる。
 彼の右手は、手首のあたりでスッパリと斬り落とされ、切断面には文様が刻まれている。
 オルステッドが施した封印術である。
 不死魔族の血が流れるアレクは、バラバラにされても再生する。
 バーディガーディやアトーフェほどのスピードではないにしても、時間をかけて確実に再生する。
 なので、彼は利き手を切り落とし、再生しないようにオルステッドに封印を願い出たのだ。
 忠誠の証として。
 ちなみに、その封印魔法陣に魔力を込めたのは、俺である。

「左手だけなら、脅威ではないでしょう」
「……いや、君なら、両腕なくても俺をやれると思うよ。ヘッドバッドとかで」
「ご謙遜を……いえ、そうした謙虚さが大事なのでしょうね。これからも、ご指導ご鞭撻のほどをお願いします」
「うん……」

 オルステッドはそんなアレクを信用しているようで、近くに侍らせても、何も言わない。
 だが、俺はいつか彼に後ろから刺されそうな気がする。
 正直、怖い。

「……あの、列強の地位とか、また欲しいなーって思ったら、言ってね。すぐ返すから」
「いえ、それは自分がもう未熟ではない、と思えた時に改めてお願いします」
「ちゃんとお願いしてね? 後ろから不意打ちとかはダメだよ?」
「もしかすると、ルーデウス殿ではなく、剣神殿の方に挑むかもしれませんが、もちろん、やるとなれば真正面から堂々と!」
「みねうちでやろうね? 殺しあうのはやめようね?」
「はい!」

 現在、俺の列強の順位は七位。
 一位『技神』ラプラス。
 二位『龍神』オルステッド。
 三位『闘神』バーディガーディ。
 四位『魔神』ラプラス。
 五位『死神』ランドルフ。
 六位『剣神』ジノ・ブリッツ。
 七位『泥沼』ルーデウス・グレイラット。
 という形だ。
 俺だけ場違い感がすごくて、嫌になる。
 これから先、列強の順位を求めて襲い掛かってくる連中もいるのだろう。
 気が重い。
 もっとも、俺のマークはミグルド族のマークだ。
 今まで、俺自身がそのマークを見せびらかした事は少ない。先ほどロキシーペンダントを返してもらったが、見せびらかすつもりはないので、誰が列強か、なんてのはわかるまい。
 知名度もそう高くないはずだし、そうそう挑戦者は来ないはずだ。うん。
 しばらくは、七位『正体不明』でいこうと思う。うん。

 ちなみに、あの戦いにおいて、闘神の順位は変わらなかった。
 オルステッド曰く、闘神鎧を完全に破壊しない限りは、変動しないということらしい。

 俺はやる気に満ちた表情のアレクから目をそらし、オルステッドを見た。

「オルステッド様……その、お加減の方は、いかがですか?」

 俺は会話を黙って聞いていたオルステッドに顔を向ける。

「悪くはない。別に、多少魔力を使った程度で、そうそう悪くなるものでもない」

 最後の闘いで、オルステッドは魔力を使った。
 大量の魔力だ。
 全体量の、半分ぐらいだという。
 俺の目からは楽勝に見えたし、実際にHPが満タンでMPを50%しか使わなかったと言えば、楽勝なのは間違いない。
 だが、このMPが回復しないとなると、話は別だ。
 オルステッドはこの戦いで、ラプラスとヒトガミのために温存しておいた魔力を使ってしまったのだ。

 俺たちは勝利した。
 だが、ヒトガミもまた、勝利条件を満たした。
 それを、勝利と言えるのだろうか。

「仲間は増え、敵は減った。これから先、魔力を使う機会は今以上に少なくなるだろう」

 もっとも、オルステッドは気にしていないようだった。
 開き直っているのかもしれない。

「だと、いいですが」
「そうではないとしても、今回はいつもと違う。なら、いつもと違う方向に進めばいいだけだ。もう、その覚悟はできている」

 オルステッドは俺に賭けてくれた。
 ラプラスとヒトガミに使う魔力を使っても、俺と共に戦えばと思ってくれた。
 今回は、完全に勝利だと思っているようだ。

 彼が勝ったと考えているのなら、勝ちなのだろう。
 実際、死人もほとんど出なかったしな。
 鬼神と、スペルド族が数名、アトーフェ親衛隊が数名。
 こっちの被害はそれだけだ。
 負けた要素は無い。

「あ、それで、何の御用でしたか?」
「そろそろ、俺はシャリーアに戻る」
「了解しました。俺も一度戻ろうと思っていた所です……あ、でも事務所はまだ建てなおされていないと思いますが?」
「構わん、寝る所ぐらいはあるだろ」

 転移魔法陣用の地下室は、最低限、魔術で掘ったとはいえ、これから復旧作業を続けるのであれば、拡張作業も必要だろう。
 今回、鬼神に破壊された事を受けて、対策も考えなきゃいけない。
 もっとも今のところ、いい案は浮かばない。
 いっそ、主要な国以外の魔法陣は無い方がいいかもしれない。
 今まで、敵に利用され、攻め入られるという可能性を、驚くほど考慮していなかったし。

「その前に、最後に奴の姿を見ていこうと思う」
「……」

 奴、か。

「お供します」


---


 その日の夜、俺とオルステッドは、地竜谷へと赴いた。

 地竜谷の底。
 青いキノコと苔の生い茂る平坦な道。
 壁面に隠すように作られた、小さな穴。
 1メートル程度の穴で、やや湾曲しているため、外から見ると、すぐに行き止まりになっているように見える。
 だが、その10メートルほど先に行くと、大きな空間があった。
 そこでは、一本の剣を中心とした巨大な魔法陣が光を放っていた。
 巨大といっても、せいぜい半径5メートル。

 その中で、一人の男が寝転んでいた。

「ふむ、来たか」

 魔王バーディガーディである。

 彼の肉体は五つに分けられ、それぞれ、この谷の別の場所に封印を施した。
 本体が、ここだ。

 この結界は、残り四つの封印を解かなければ、解けることはない。
 そして、結界はバーディガーディの肉体の魔力によって動作し、闘神鎧と王竜剣によって増幅され、維持される。
 半永久的に動作し続ける。

 ペルギウス謹製の結界魔法陣。
 魔神を封印するために作られた神級結界魔術である。
 媒体となる封印対象と、媒介となる魔道具が強ければ強いほど、結界の強度は増す。
 闘神鎧に加えて、王竜剣まで使ったこの結界は、オルステッドでも脱出手段が無いほどに強力だそうだ。

 二つの神級装備を結界の一部に使ったのは少々もったいなかったかもしれない。
 しかし、両方とも自分たちで使うより、敵に使われた方が恐ろしい武具である。
 最近も転移魔法陣を敵に使われたばかりだし、ここでこうして使ってしまうのも悪くない。
 この封印があるかぎり、バーディガーディだけでなく、闘神鎧も王竜剣も封印されているも同然なのだから。
 これを突破されるのであれば、諦める他ない。
 という判断だ。

 オルステッドは、この結界の設置をペルギウスに願った。
 頭を下げて、力を貸してほしいと。
 そして、ペルギウスはそれに了承した。
 オルステッドの同胞、仲間となった。

 だが、ペルギウスは後に殺さなければいけない相手。
 オルステッドは、裏切りの道を選んだのだ。

 ペルギウスにも、オルステッドにも恩はある。
 個人的には、複雑なきもちだ。
 だが、オルステッドがその道を選びたくなかったというのはわかる。
 その上でオルステッドが選んだのなら、俺がとやかく言えることではない。
 せめて、龍族の秘宝とやらを使わずにヒトガミの下にいく方法がわかればとは思うが、ちょっと研究した程度でそう簡単に見つからないだろうことは、わかる。
 まぁ、そのことについては、俺が考えるべきことでもないのかもしれない。

 今は、目の前の相手だ。

「申し訳ありませんね、陛下。ヒトガミの使徒ともなれば、こうするしか無かったもので」
「窮屈である。あともう少し、動けぬのか?」

 バーディガーディは、涅槃仏のポーズのまま尊大に言った。
 牢獄について一家言持っている俺でも、この封印結界は窮屈だろうなと思う。
 だが、かといって殺すのは忍びない。
 殺さないでくれ、というのはキシリカの頼みでもある。

「申し訳ありませんが、これが精一杯です」
「ふむ、ならば仕方あるまい」

 バーディガーディはそう言って、フハハと笑った。
 腕は二本。体も以前に比べて小さくなっている。
 封印の結果だ。

「して、何をしにきた? まさか、我輩の艶姿を肴に酒盛りにきたわけでもあるまい?」
「オルステッド様が、話があると」

 そう言って、俺はオルステッドに場を譲った。

「魔王バーディガーディよ」
「こんばんは、龍神殿。本日はいかな用かな?」
「ヒトガミを捨て、俺に下れ」

 バーディガーディは一瞬、きょとんとした。
 しかし、すぐに大声で笑い出した。

「フハハハハハハハ!」

 洞窟内に、バーディガーディの笑いがこだまする。 

「嫌われ者の龍族が、不死魔族たる我輩に配下になれと言うか!」
「一時は敵となったが、貴様はルーデウスの友だ。アレックスも、アレクサンダーも、アトーフェもこちらについた、一考の余地はあろう?」
「無い!」

 ハッキリと、言い切った。

「なぜですか大叔父様」

 入り口付近に立っていたアレクが前に出てきた。

「あなたは、敗北したのですよ? 不死魔族の掟に則り――」
「アレクよ、勘違いしてはいかん。それは不死魔族の掟ではない。アトーフェの俺様ルールだ」
「では、大叔父様は、ヒトガミとやらに忠誠を誓っていると?」
「違う」

 バーディガーディは身体を起こし、首をふった。
 そして、二本しかない腕を組んで、あぐらをかいた。

「我輩はもともと、誰かと戦うのは好きではないのだ。
 旅をし、酒を飲んで笑い、行きずりの女を口説き、抱き、時に婚約者にどやされ、友を作って酒を飲み、笑い、歌い、疲れ果てた者達が満足そうに眠る顔を見るのが好きなのだ。
 今回はヒトガミが頭を下げて願うので、出向いたに過ぎん。
 どうしても、ルーデウス・グレイラットと龍神オルステッドを殺してほしい。
 今、我輩とキシリカが同じ時代に生きているのは誰のおかげか。
 4200年前の事を思い出し、かつての恩を返してくれ、とな。
 それに対して、我輩は「一度だけだ」と了承した」
「……」
「そして、その一度は終わった。
 もはや我輩は誰の味方にもならん!
 戦うか、ここに封印されるかというのであれば、我輩は封印されよう」

 そういう事なら、出してやってもいい、と思えてくる。
 もちろん、ヒトガミの使徒である以上、そんな口車に乗せる感じでホイホイと野放しにはできないが。
 うーん……。

「どのみち、貴様とヒトガミの戦いが終われば、出してくれそうであろう?」

 悩む俺にバーディガーディはニヤリと笑ってそう言った。

「……ああ」

 頷くオルステッドを見て、俺は悟った。
 そうだ。
 俺が生きている間は無理だろうが、オルステッドがヒトガミとの戦いに勝利すれば、バーディガーディを捕らえておく理由も無くなる。

「100年は後になる」
「ならば、すぐである。大人しく待つとしよう」

 バーディガーディはそう言って、また寝転がった。
 オルステッドは頷き、踵を返した。
 これで話は終わりか。
 あっさりだな。

「陛下……今になってこんな事を言うのもなんですが、魔法大学では、色々と、ありがとうございました」
「うむ。ルーデウスよ、これが最後かわからんが、おめでとう、と言っておこう」
「おめでとう、ですか?」
「貴様は勝ったゆえ、おめでとうだ」
「本当に、勝ったのでしょうか……」

 悩みどころはそこだ。
 結局、オルステッドは魔力を使ってしまった。
 最後の最後に、ミソがついてしまった。
 だが、バーディガーディはそこには言及しなかった。

「うむ。貴様はヒトガミに、敗北感を与えた」
「敗北感、ですか?」
「うむ。貴様は、ヒトガミに「こいつは何をやっても殺せない」と、そう思わせた。ヒトガミは完全にやる気をなくしていた。最後に見たヒトガミの姿は口では説明しにくいが、まさに敗北者の姿であった。ならば、その相手が勝ちでなくて、なんだというのだ」
「……それ、本当ですか?」
「なんなら、その腕輪をはずし、一度、会ってみるがいい」

 指差され、俺は思わず、腕輪を手で隠した。

「それは……遠慮しておきます」
「そうか、それもよかろう」

 その手はくわん。
 俺はもう、ヒトガミとは会いたくもないのだ。
 でも。
 確かに、谷底で見た時は、切羽詰まっている感じだった。
 今回の勝利で、ヒトガミが大きな敗北感を得てしまったというのは、本当かもしれない。
 それで、やる気をなくしてもう何もしてこない、ってのは信用できないが。

「話は終わりか?」
「俺からは、もう何も」
「そうか。では、達者でな」

 オルステッドに続き、俺も踵を返す。
 その時、いたたまれない表情のアレクが飛び込んでくる。

「大叔父様……僕は――」
「アレクサンダーよ。英雄になりたいのであれば、己の真の敵を探すがよい。貴様の父が、ついぞ見つけられなかったものだ。それを打ち倒した時、貴様は父を超える英雄となろう」
「……わかりました」

 アレクもまた、踵を返した。

 俺は多分、これでバーディガーディとの今生の別れになる。
 何年かに一度、顔を出しに来てもいいが、なんのかんのと言って、封印を解いてしまうかもしれない。
 なら、来ない方がいい。
 魔法大学出身の他の面々にも、バーディガーディをここに封印したとは教えていない。
 この場所を知る者は、俺とオルステッド、ルイジェルド、アレク、そしてペルギウスの五人だけなのだ。

 ルイジェルドには、村の入り口で、この谷に訪れる者がいないように見張ってもらう手はずになっている。
 その上、この地竜谷の底は降りてこられる者も、登れる者も少ない。
 100年ぐらいなら、偶然にも封印が解かれるということは、無いだろう。
 そして、さらに――。

「ルーデウス、入り口を」
「はい」

 小さく作った入り口を埋める。
 わざわざ掘り返そうとしない限り、見つかる事もない。
 さようならだ。

「若き龍神よ。願わくば、貴様の呪いが解けんことを」

 最後に、バーディガーディの声がかすかに聞こえたような気がした。


---


 翌日。
 まだ朝の早い時間、日が登る前にシャリーアへと戻った。

 建設途中の事務所。
 瓦礫の残る前事務所。
 そこでは、建設の指揮を取っていたらしいザノバたちが雑魚寝していた。
 ザノバにも、今回は世話になった。
 彼とはこれからも持ちつ持たれつの関係でいきたいものだ。

「では、ルーデウス。これからも頼む」

 そして、オルステッドとも、だな。

「はい」

 俺は町の外でオルステッドと別れ、朝もやの町を歩く。
 手にはビヘイリル王国のおみやげだ。
 特に、醤油の存在は大きい。
 これから先、この醤油があれば、俺は一生、生きていけるだろう。

 以前と変わらぬ、シャリーアの町。
 人の姿も変わらない。
 今から畑仕事に行く者、宿の庭でトレーニングに励む冒険者。
 大学の教師なのか、ローブ姿の男性の姿も見える。
 彼らとすれ違いつつ、俺は雪の残る帰路を行く。
 中央広場を経由し、居住区へ。
 その光景をなにやら懐かしく感じる。
 毎日のように歩いている道だが、なぜだろうか、ようやく帰って来たのだという気持ちが湧いてくるのは。

 俺は通りから裏路地へと入った。
 馬車も通れないような、狭い道だ。
 ほんの少しだけショートカットできるこの道は、俺にとって歩き慣れた道だ。
 路地を抜けると、我が家が見えてきた。

 門柱に巻き付くビートは、俺が近づくと、扉を開けてくれた。
 庭には、少し手入れ不足になりつつある家庭菜園。
 アルマジロのジローが、俺の姿を見つけて、擦り寄ってきた。
 しゃがんで頭をなでてやると、コロンと転がって腹を見せた。可愛い奴だ。

 その時、家の玄関が音もなく開いた。
 出てきたのは、聖獣レオと、エリスだ。

「あら、ルーデウス。おかえりなさい」
「ただいま。皆は?」
「無事よ」
「そうじゃなくて、何してる?」
「……リーリャとシルフィはご飯の用意、ロキシーと子供たちと義母様(おかあさま)はまだ寝てるわ。私はいまから、少し走ってくる所よ」
「そっか」

 俺はつぶやいて、エリスの手を取った。
 エリスはそれに応えるように、俺の手をギュっと握り返した。
 素振りをした後だったのか、やや暖かい。
 みると、エリスの顔も、ちょっと赤い。

「な、なによ?」
「エリス。今日は休日にしよう」
「わ、わかったわ」

 何をやるかなんてお見通しとでも言わんばかりの「わかったわ」だ。
 大正解だ。

「レオ、悪いけど、散歩はキャンセルだ」
「……わふ」

 レオは少し残念そうな顔をしたが、残る俺の手を少し舐めてから、家の中へと戻っていった。
 エリスと手をつないだまま、家の中に入る。
 そして、そのまま厨房の方に行く。
 厨房では、リーリャとシルフィが並んで料理をしている所だった。

「ただいま」
「あ、おかえりルディ」
「おかえりなさいませ、旦那様」

 いつも通りの笑みを見せるシルフィに、ほっとした表情のリーリャ。

「リーリャさん、留守番、ご苦労様でした」
「いいえ。旦那様も、無事に戻られてなによりです」
「ノルンとアイシャは、もう少し向こうにとどまるようです」
「わかりました」

 リーリャが頭を下げた後、シルフィに向かい合う。

「シルフィ、今日は休日にしよう」
「え? いいけど休日って……」

 首をかしげるシルフィ。
 しかし、リーリャはすぐに思い至ったようだ。

「わかりました。奥様、料理は私がやっておきますので」
「あ……そういうことか」

 シルフィははにかんで笑いつつ、エリスとは逆側の手を握ってきた。
 料理中、水仕事をしていたせいか、やや冷たい。

「リーリャさん。お昼はみんなで外に食べにいきましょう」
「承知いたしました」

 全てお見通しとでも言わんばかりの笑み。
 さすがに少し恥ずかしい。
 が、何、いまさらだ。

 シルフィとエリス、二人の手を握りながら、子供部屋に向かう。
 静かに扉を開けて中を見ると、四人の子供がすやすやと眠っている。
 ルーシー、ララ、アルス、ジーク。
 彼らを守るように、部屋の隅でレオが丸くなっていた。
 今回の戦い途中、家のことは何度も心配した。
 が、俺の心配をよそに、子供たちは平和であった。もしかすると、俺の知らない所で、何か戦いがあり、レオが守ってくれたのかもしれないが……。
 ともあれ、俺は子どもたちが健やかであると確認した後、静かに扉を閉めた。

 続いて、階段を登り、ロキシーの部屋へと向かう。
 礼儀として、ノックをする。

「……はい」

 数秒して、返事がきた。
 扉をあけると、寝ぼけ眼のロキシーが目に飛び込んできた。
 髪には寝癖がつき、口元にはよだれの跡がある。

「あぁ……ルディ。おかえりなさい」
「ただいま。ロキシー。今日は休日にしようと思うんですが、どうでしょうか」

 ロキシーはきょとんとした後、休日の意味を理解したようだ。
 寝癖のついた前髪をくるくると指で弄びつつ、やや頬を染めて、

「私はかまいませんが……」

 俺の右手と左手、その先にいる二人の女性の内、片方を見た。

「エリスは、了承したのですか?」

 エリスを見る。
 彼女はややきょとんとした顔で、顔を赤くしていた。

「これから聞く所」

 俺はエリスに向き直る。

「エリス、これから四人で寝室に行きたいんだけど、いいかな?」

 聞くと、エリスは意味がわかったらしい。
 顔をさらに赤くして、唇を尖らせた。
 もし両手が空いていたら、いつものポーズを取った事だろう。

「ルーデウスが、どうしてもって言うなら…………」

 ごめんねエリス。
 今日はちょっと、自分にご褒美を上げたいんだ。
 禁欲のルーデウスにさよならをしたいんだ。

「ありがとう」

 俺は礼を言った。
 エリスが許してくれた事だけじゃない。
 今の今まで、俺を支えてくれた三人に対して、言った。
 誰も欠けずに戦いを終えられた事に、感謝した。

 ギースとバーディガーディは言った。
 これで終わりだ、と。
 ヒトガミはもう、俺には手を出さない、と。
 もちろん、そんな言葉は信じちゃいない。
 ヒトガミは生きている以上、俺の敵であり続ける。

 だが、今日一日は休もう。
 明日の活力を得るため、また穏やかな一日を過ごすため。
 まだ笑える事を実感すべく――。

 なーんてな。
 単にエロいことしたいだけだ。
 さぁ、今日から俺は解禁のルーデウスだ。

 そう思いつつ、俺は寝室へと向かったのだった。
第23章 青年期 決戦編 - 終 -


次章 最終章 完結編
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