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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第23章 青年期 決戦編

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第二百五十七話「切り札」

 闘神が現れるまで、丸2日の時間があった。
 アトーフェたちが押さえてくれたおかげだろう。
 ただ、彼女らが戻ってこない。
 不死魔族がそう簡単に死ぬとは思えないが……しかし闘神を追えないほどのダメージを受けたのは間違いないだろう。

 ともあれ、お陰で、準備は万端だ。

 闘神はまっすぐ来た。
 姿を隠すわけでもなく、急ぐわけでもなく。
 悠然と、その姿を現した。
 ギースをその肩に乗せて。
 俺たちが何をしても止められないと言わんばかりに。


---


 緒戦は森の入り口付近で行った。

 俺の立つ位置は、森の入り口に作った巨大な壁の上だ。
 高さは10メートル程度、長さは2キロ程度。
 森を守るように作った壁の上から、魔術を浴びせかける。
 岩砲弾だ。

 せめて、ギースだけでも叩き落とせれば、と思って数を撃った。
 バーディガーディ相手に千里眼は使えない。
 理由はオルステッドも知らないそうだから、恐らく、バーディガーディはそういう神子か、あるいは過去に何かした結果、魔眼に対する耐性を手に入れたと見るべきだろう。

 距離は遠かったが、金色は目立つ。
 その上、俺だって、この世界に生まれ落ちてからこの方、岩砲弾ばかりを使い続けてきた。
 命中弾は得られた。
 10発に1発は命中した。
 だが、大したダメージにもなっていないというのは、遠目に見てもわかった。
 直撃を得られれば黄金鎧に穴は開くものの、すぐに修復した。
 貫通すらしない。
 足止めにもなっていないようで、闘神は防御すらすることなく、歩いてきた。

 距離による威力減衰もあるだろう。
 やはり至近距離から打ち込まなければいけないようだ。

 ちなみに、ギースにも一発当たった。
 遠目にはわかりにくかったが、当たった瞬間肩から落ちたので、確かに当たったのだと思う。
 もっとも、何事もなかったかのように起き上がったので、ダメージはほとんどなかったようだ。
 ただ、ギースも警戒したのか、闘神の肩から降りて、その背後へと回っていた。
 もっと至近距離で撃ちこめばギースを即死させるダメージを与えられるかもしれないが、
 落雷で倒せなかった事を考えると、ギース自身も魔術に対する耐性をつけてきている、と見るべきだろう。

 結局、足止めらしい事はできなかった。
 俺は闘神が十分に接近してきた所で、火魔術で城壁の外側を焼き払い、森へと後退した。
 必要以上の接近をするつもりはなかった。

「が、ここまでは想定通り」

 城壁が破壊されるのを確認した時、俺の口から呟きが漏れる。
 想定通り。
 こうなることはわかっていた。

 闘神が森に入ったあたりで、森全体を覆うような広範囲の濃霧を発生させた。
 さらに同じサイズの泥沼も併用する。
 偵察と撹乱はルイジェルド率いるスペルド族の戦士たちに任せた。
 魔眼は効果が無いようだが、ルイジェルド達の眼は、感覚は、確かに闘神を捉えていた。

 効果はあった。

 報告によると、スペルド族のゲリラ戦と濃霧のお陰で闘神は道に迷ったようで、数時間は濃霧の中をウロウロしていた
 このまま迷い続けて、森の出口の方にでも行ってほしい。
 そう願いつつ、俺は濃霧と泥沼を広範囲に渡ってかけ続けた。

「闘神が進行方向を定めた」

 が、あるタイミングで、ルイジェルドから報告が入った。
 闘神の足取りが、まっすぐに地竜谷を目指すようになった、と。

 恐らく、ギースの手際だろう。
 バーディガーディ一人ならまだしも、ギースは濃霧の森の中の歩き方を知っていそうだ。
 知っていても歩けるのか、という疑問はあるが、
 何かしらの魔道具か魔力付与品を使った、と考えればおかしくはない。
 いや、魔道具なら、数時間もウロウロと迷うわけがない。
 濃い霧と泥の中、アナクロな手段で時間を掛けて位置と方向を定めたのだろう。

 濃霧と泥沼、スペルド族のゲリラ戦。
 それによって足止め出来た時間は、ほんの3時間といった所か。

 死者は三名。
 接近しすぎたスペルド族の戦士が、闘神にやられた。
 しかしながら、その死には意味はあった。

 彼らが止めてくれたおかげで、日が落ちたのだ。
 それと同時に、闘神は動きを止めた。
 太陽光発電というわけではないだろうが、夜の間に動くのはやめたらしい。

 でも、俺はやめない。
 俺は濃霧と泥沼を緩める事なく、またゲリラ戦を止める事もなく。
 爆裂岩砲弾にて遠距離攻撃を行った。

 ダメージを期待してのものではない。
 ただ、眠らせない、休ませないためのものだった。

 バーディガーディに効果は薄いだろうが、ギースには意味があるだろう。


 そう思いつつ、一日目は終わった。


---


 二日目は、1日目の後半と同じことをしつつ、一日を目一杯使って、闘神を地竜谷へとおびき寄せた。

 三日目の明け方。
 俺は谷を越えた位置。
 城壁の上で薄暗い森を睨んでいた。
 すぐ隣では、ルイジェルドが俺と同じように、目を凝らしている。

 地竜谷という地形は、非常に防御に向いている。
 深さにして1km以上はあるだろう谷底。
 最初に渡った時は気付かなかったが、スペルド族の村側の崖がやや高くなっている。
 魔術を使う分にはあまり関係無いが、しかし、基本的に戦いというものは高い所を取った方が有利だ。
 高所からの方がよく見えるし、重力がある以上、下るより上がる方が労力が掛かる。

 そう考え、スペルド族のむら側の崖の淵に、土魔術で城壁を作っておいたのだ。
 高さは20m弱、森の入り口のものよりも長さは短いが、谷が狭いのはここだけだから、何ら問題はない。
 橋の架かっている所には入り口として穴を開けておいたが、橋を落とした時点で埋め立て済みだ。

 これなら、鬼神のようにダッシュで飛び越えていきなり接近戦が始まる、という事は無い……はずだ。
 闘神の能力を侮るわけではないが、短時間で用意できるだけの最高の高さと強度だ。
 これで飛び越えられるなら、諦める他無い。

 仮に飛び越えられないとして、
 壁面にとり着いても、真上から岩砲弾を食らわせる事が可能だ。
 魔術は無効化されるというが、地形変化まで無効化できるわけではない、というのは今の戦いでわかった。
 また、緒戦で確かめたおかげで、岩砲弾に十分な効果があるのも分かった。
 壁面に取り付いた状態でギースに岩砲弾を当てれば、何の力も持たないギースは、谷底に落ちる。
 そうでなくとも、真上から大量の水を発生させるだけでも、滑らせて下に落とす事は可能かもしれない。

 ギースは役に立つ男だが、真正面からのぶつかり合いでは無力だ。
 しかし、策略の通用しそうなバーディと、知略に長けるギース。
 相性としては最高だ。

 谷幅の短いここに誘導することはリスクもある。
 だが、俺の知らない所で勝手に谷を越えられて、真横から攻撃を受けるよりいいだろう。

 谷の上には、俺とクリフとルイジェルドに、スペルド族の戦士。
 残りのスペルド族は、城壁のない位置に等間隔で配置している。
 万が一、城壁以外の所を超えられた場合、すぐに察知できるように。

 城壁のすぐ背後には、エリスたちが待機している。
 ここを抜かれたら、総力戦だ。

 時間稼ぎは出来た。
 本来なら直線で1日の行程を、三日。
 2日分は稼いだ。
 まだロキシーからの連絡は無い。

 時間稼ぎは無駄な事だったかもしれない。
 だが、あくまで時間稼ぎというスタンスを変えるつもりはない。
 港町での戦いで、真正面からぶつかって勝てない事は、わかっているのだから。
 切り札に賭けたい。

「……」

 夜明けがきた。

 どのタイミングで仕掛けてくるのかわからない。
 俺と共に森を見ているスペルド族がいるものの、敵が野営しているのは、スペルド族の探知範囲の外だ。
 気は抜けない。

「……来たぞ!」

 そう思った所、ルイジェルドが声を上げた。
 俺は薄暗い森の中を、精一杯目を凝らして睨みつける。

 見えた。
 豆粒のようなサイズだが、森に誰かが立っている。
 しかし、金色ではない。
 白っぽいローブを羽織った誰か。
 あのローブの感じ、見覚えがある。
 ギースだ。
 別人という可能性もあるが、ギースに見える。

「あれは?」
「ギースだ」

 目を凝らしていたルイジェルドが、そう断言した。
 ここからあそこは、第三の眼の範囲内。
 なら高確率でギースだろう。
 谷の淵ギリギリではなく、森の奥、茂みの中からこちらを伺っているようだ。

 まだ暗いためわかりにくいが、確かにギースに見える。
 そして、近くに、金色は見えない。
 ギース、一人だ。

「え?」

 一人。
 一人で偵察ということか?
 ギースだって、俺がどんな魔術を使うかって知ってるだろうに、一人で?
 自信があるのか?
 それとも、すぐ近くでバーディガーディが待機している?

 いや、谷はせいぜい100m、そんなすぐに援護出来る距離にいるなら、ルイジェルドが見えるはず。
 この状況なら、俺からの攻撃で倒せてしまうんじゃないか?

「!」

 思いつきに、心臓が早鐘を打った。
 岩砲弾は、届く。
 ギースはこっちを伺っているようだが、俺の姿は見えていない気がする。
 当たる。
 100m。
 高さと位置を加味しても、120mもないはず。
 よく狙えば、確実に当たる距離だ。

「……」

 やるのか?
 いや、でも別人だったらどうする?
 白いローブを着た、ただ森に迷い込んだだけの冒険者とか。
 ……いや。
 昨日は濃霧と泥沼でほとんど移動出来なかったはずだ。
 ここまで来れるはずがない。
 昨日の段階ですでに谷の近くにいたのだとしても、それならスペルド族のレーダーに引っかかるはず。

 今、ギースを倒せる。

 どうする?
 確実に罠だ。
 だが、どういう罠だ?
 今、俺は攻撃出来る。向こうにはどんな手がある?
 俺に攻撃させる事で、何か有利になるような何かが、あるのか?

 例えば、あそこに見えているのが、ギースのように見えて別人。
 俺の仲間や家族、という可能性はどうだ?
 いや、無い。
 無理だ。
 昨日までの時点で二人だった。
 いきなり連れてこれるはずがない。

 チャンスじゃないのか?
 俺は今まで、時間稼ぎを主に、積極的に攻撃を仕掛けてはいかなかった。
 港町からこっち、向こうは快進撃だ。
 お気楽なバーディガーディと一緒の旅、楽勝ムードが漂っていた可能性もある。
 油断して、つい顔を出してしまった可能性はありえないか?

 攻撃するのはとても簡単で、リスクが少ない。
 攻撃しない理由は、無いんじゃないのか?

 俺が死んで欲しくないような相手を、何らかの方法であそこに立たせている可能性もある。
 けど、戦略的にそれをやる意味は?
 俺がここで、攻撃をしない意味は?

 ……混乱する。
 罠のような気もするが、
 少なくとも、俺が攻撃するデメリットが思い浮かばない。

「……」

 よし。
 撃とう。
 罠かもしれないが、撃つだけなら、デメリットは無い。
 対処されたら、対処されたでいい。

「……攻撃します」
「わかった」

 俺は右手に魔力を集中させた。
 威力や速度より、精度を重視する。
 相変わらず千里眼には映らないが、千里眼で風景を移しつつ、予見眼の魔力をオンオフにしつつ、着弾を予測。
 外した時のため、爆裂岩砲弾にする。

 撃つ寸前、一瞬迷った。
 だが、一瞬の迷いの直後には岩砲弾は俺の指から解き放たれ、ほぼ一直線とも言える軌道で谷の向こうへと吸い込まれた。

 音はない。
 谷の向こうの人影は着弾と同時に、糸が切れた人形のようにパタリと倒れた。
 それっきり、動かない。
 当たった。
 手応えはあった。

「……」

 何事もなかったかのように、時間だけが流れる。
 倒れた人影は動かない。
 朝焼けの中、静かな森がざわめく音しか聞こえない。

 10分。
 20分。
 いや、正確な時間なんてわからないが、淡々と時間だけが過ぎていく。

 そんな中、俺の中に、ある感覚が芽生えた。

(確認したい)

 俺が撃ち、あそこで倒れたのが何かを、確認したい。
 ギースなのか、それとも別の何かなのか。
 死んだのか、死んでいないのか。
 ちょっと跳んで、確認してすぐに戻る。
 それだけなら大丈夫なのでは。
 そんな思いが生まれる。

 だが、同時に悟った。
 これは罠だ。
 攻撃させることではなく、今、この感覚を出す事がギースの作戦なのだと。

 もし、あそこに倒れているのがギース本人で、
 瀕死で、トドメをさせば勝てるという状況でも。
 もし、あそこに倒れているのがいつの間にか捕まっていたシルフィで、
 何らかの方法でルイジェルドの目をごまかしていて、今すぐ助けなければ死んでしまうという状況でも。
 見に行けば、闘神が出てきて、俺が死ぬ形になる。

 見に行っては、いけない。

「……」

 1時間が経過した。
 そわそわする。
 何か取り返しのつかないミスをしてしまったのではなかろうか。
 やはりあれは、撃ってはいけなかったのではなかろうか。
 あれを撃たせる事で、俺をここに留めるのが目的だったのではなかろうか。
 今頃、谷を別の場所からわたっているのではなかろうか。
 いや、一応、他のスペルド族の戦士が谷の各所で見張りについてくれている。
 彼らを信じよう。

 2時間が経過した。
 実は確認した方がいいのではないだろうか。
 確認することで、次のギースの行動の予測ができるのではなかろうか。
 俺は何かを理由にして、確認することから逃げているだけではなかろうか。

 3時間が経過した。
 何も動きはない。
 色んなパターンが思い浮かぶ。
 そろそろ、考え疲れてきた。
 こうやって疲労させるのがギースの作戦なら、作戦成功だ。

 4時間が経過した。
 あれは、死体だ。
 4時間も動かないのだから、死体に違いない。
 だが、誰の死体だろうか。
 ギースが死んで、しかしバーディガーディが動かないというのはありえるのだろうか。
 こんな時にロキシーがいてくれたら、何か建設的な意見をくれるかもしれない。
 クリフは、難しい顔をして首を振るだけだ。

 6時間が経過した。
 軽く昼飯を入れて、さらに死体を見続ける。
 動かない。

 8時間が経過した。
 そろそろ昼下がりだ。
 日が段々と落ちてきている。
 気を張り続けたせいか、疲れが増している。
 もし、もし日が完全に落ちるまで何もなかったら、見に行こうと思う。

 10時間が経過した。

「ルーデウス、来たぞ」

 ルイジェルドの言葉で、ハッと森の方を見た。
 そこには、金色に輝く鎧が、森から出てくる所だった。

 金色の鎧が近づくと、死体がむくりと起き上がった。
 そして、何か話しているのか、顔を突き合わせてしばらくした後、こちらを向いた。
 肩をすくめているのがわかった。
 あの仕草、間違いない、ギースだ。

 彼らはすぐに、森の奥へと戻っていった。
 しばらく、また沈黙が訪れた。

「…………ふぅー」

 やはり、罠だった。
 あれは、ギースだった。
 ギースは自らを囮にして、俺をおびき寄せようとしたのだ。

 危ない所だった。
 ともあれ、もう少ししたらまた夜になる。
 スペルド族の方々に見張りを任せ、俺は少し眠ろう。
 疲れすぎた。
 日没と同時に奴らがくるかもしれないが、仮眠でもいいから取っておこう。

「少し、休みます」

 そう思いつつ、俺は毛布にくるまった。

 3日目が終わった。


---


 3日目夜。

 どうやら、向こうもこちらの城壁を見て、攻めあぐねているようだ。
 単純にこの城壁を飛び越せないと見た。
 そして、城壁を跳び越せなければ、ギースを守る術が無い、という俺の考えも当たっているようだ。

 というのも、谷の向こうから砲弾が跳んできたからわかる。

 最初は巨大な岩だった。
 それらは身の毛もよだつような速度で壁に着弾し、一部を破壊した。
 その後、丸太や岩などが、凄まじい速度で次々と飛んできたが、轟音で飛び起きた俺により全て迎撃され、大きな被害には結びつかなかった。

 壁をなんとかしなければ突破できない。
 そう考えたからこその行動だろう。
 もっとも、闘神のいままでの戦いっぷりを見ていれば、単体なら無理にでも突破は出来ただろう。
 やはり、ギースだ。

 ギースを置いて跳躍すれば、突破出来る。
 だが、仮に後ろから追撃がくれば、ギースの命はない。
 無論、森の外から来る援軍なんて無いのだが……。
 アトーフェなら、あるいは復活して追って来る可能性もあるか。
 そういう事を、恐れているのかもしれない。

 そうでなくとも、森側にスペルド族の戦士を一人でもおいていれば、事足りる。
 ……でも、それも昨日でバレたかもしれない。
 俺が行かなくても、見張りが行けば済む話だものな。

 そろそろ、闘神が単体で飛び込んできてもおかしくない。

 そして……援軍は来ない。


---


 4日目。
 日の出と共に、闘神はやってきた。
 俺の予想通り、単体で。
 鬼神のように、走り幅跳びで。
 そして、城壁よりやや下のあたりに取り付いた。

 予想通り。
 そう、予想通りだった。

 闘神の背に、ギースはいなかった。

 俺はそれを確認した瞬間、谷の向こうに向けて魔術を放った。
 広範囲に渡る『フラッシュオーバー』。
 森は一瞬にして炎に飲まれた。
 効果の程はわからない。
 確かめる暇もない。
 山火事のように燃える森を視界の端に収めつつ、目の前の敵に集中した。

 闘神は、六本の腕を駆使して、蜘蛛のように一瞬で壁を登ってきた。
 俺とクリフは叩き落とすべく、上から岩砲弾や大量の水弾を打ち込んだものの、焼け石に水。
 闘神は圧倒的な速度で壁面を駆け上がってきた。

「クリフ! ダメだ、後退する! ルイジェルドさん! 頼みます!」
「わかった!」

 俺とクリフはルイジェルドに抱えられて城壁から飛び降りた。
 無論、闘神が城壁を超えてくる瞬間を待ちはしない。
 降り立った瞬間、俺は魔術を使い、城壁を倒した。
 巨大な城壁を、谷に向かって。

 無駄だった。

 ゆっくりと倒れていく城壁は、ダイナマイトでも使ったかのように、爆散した。
 巨大な岩が空中に飛ぶ。
 その中を金色の鎧が跳んでいた。

 降り注ぐ岩。
 俺はそれらを魔術で対処しつつ、闘神から目を離さない。
 俺のすぐ近く、5メートルも離れていない地点に、闘神は降り立った。

「ふむ」

 そして、ゆっくりとこちらを振り返る。

「では、改めて」

 上段の腕を組み、中段の腕で俺を指さし、下段の腕を腰に当て。
 バーディガーディは俺を見た。

「我が名は闘神バーディガーディ! ヒトガミの盟友にして闘神の名を受け継ぎし者! ルーデウス・グレイラット。貴様に決闘を申し込む!」
「その前に聞きたい!」

 咄嗟に俺は叫んでいた。
 問答無用と言われる可能性を頭の片隅に置きつつ、しかし叫ぶ。

「バーディ陛下! あなたはなぜ、ヒトガミに加担するのですか! 盟友というのは何なのですか! あなたは以前、ヒトガミに騙されたのではなかったのですか!?」
「確かに騙された! 余はラプラスに殺されんとしているキシリカを助けるためだと騙されてこの鎧を身につけ、ラプラスを殺し、キシリカをも殺めてしまった!」
「なら、なぜ!」
「ヒトガミはその時の事を頭を下げて謝った! その上で協力してほしいと頼んできたのだ! であれば、我輩は嫌とは言わん!」

 ヒトガミが謝った?
 嘘だろ。
 あいつが謝るとは思えない。
 仮に謝ったとしても、どうせニヤニヤしながら「あはは、あの時は悪かったねぇ」程度の謝罪だろう。

「また、騙されますよ!」
「構わん! 騙されても、その都度謝れば、その都度許してやればよいのだ! 我輩は不死身! キシリカも復活した! その上で謝罪されたのなら、もはや禍根はない! これ以上になにを望むことがある!」

 寛大すぎる。
 とてもいいことを言ってる気もする。
 俺だって、些細な嘘なら、許してやればいいと思う。
 でも、俺は身内が死んだりすることを、些細な事だと割り切れない。
 俺は不死魔族ではない。常識が違うのだ。

「寝返ってくれたりすることは、無いんですかね?」
「無駄だ! 元々、我輩は龍神側ではないのだ。だが、この戦いに貴様が勝ったなら、考えてやろう!」

 戦って、そして欲求を通せ。
 このあたりは、アトーフェと似ている。
 思えば、この魔王様と最初に会った時も、決闘だった。
 あの時は、勝ったのだったか、負けたのだったか。
 少なくとも、バーディガーディに一目置かれるような結果には終わった。
 だから、彼は俺によくしてくれたのだろう。

「……分かりました。決闘をお受けします」

 しかし、今回の宣言。
 バーディガーディは一言忘れていた。

「この場にいる全員で、お相手しましょう」

 エリス、エリナリーゼ、ザノバ、ドーガが俺の背後の茂みから姿を現す。
 さらに、谷の別の場所を見張っていたスペルド族も、続々と集結する。

 総力戦が始まった。


---


 前衛タンクには、ドーガとザノバ。
 前衛アタッカーには、エリスとルイジェルド。
 中衛サポートは、エリナリーゼとスペルド族の戦士団。
 後衛アタッカーに俺、後衛ヒーラーにクリフ。

 陣形はスタンダード。
 戦法もスタンダードだ。

 基本的にはドーガとザノバが攻撃を受け、エリスとルイジェルドが攻撃する。
 戦闘力に劣るエリナリーゼとスペルド族の戦士団は、時には後ろに回りこみ、撹乱する。
 ザノバとドーガ以外は一撃でも喰らえば即死しかねない。
 だが、互いにカバーしあう事で、直撃は避けられる。
 直撃を避けても骨折もあるが、それは全て、俺かクリフが治す。
 ただ、即死や気絶だけは避ける。

 クリフは治療に専念。
 俺は治療しながら、所々で岩砲弾を放ち、闘神にダメージを与えたり、攻撃を逸らしたりする。

 予見眼にバーディガーディは映らない。
 それでも、千里眼の魔力を切り、周囲の味方の動きを予見眼で見て予測を立てる事は出来た。

 こんな事をするのは初めてだ。
 練習もしていないし、訓練もしていない。
 だが、何故か出来た。
 片目を瞑りながら戦っているような感覚の中、ただ敵の動きも、味方の動きも分かった。
 むしろ、普段よりもスムーズに動けているようにすら思えた。
 あくまで味方のサポートが中心だからだろうか。
 それとも、バーディガーディの動きが素直だからだろうか。
 少なくとも、バーディガーディにアレクほどの技術は無い。
 アレクはエリス、ルイジェルド、シャンドルの三人に囲まれつつも、ほぼ無傷で戦い続けていた。
 だが、バーディガーディは違う。
 人数差があるのもあるが、ほぼ全ての攻撃をその身に受けている。

 調子がいい。
 敵の動きはよく見える、予測も出来る。

 だからといって、勝てるビジョンは浮かばない。
 バーディガーディは攻撃を全て受けている。
 だが、それだけだ。
 エリスが切り裂いても、ルイジェルドが貫いても、すぐに修復される。
 黄金の鎧が生き物のように蠢き、瞬時に穴を塞ぐ。
 恐らく、鎧の中でも回復が行われているのだろう。

 一見すると調子よくダメージを与えているようにも見えるが、ダメージは、無いのだ。
 そして、疲労も無い。

 アレクのように、一見すると楽勝に見えて、実は疲労が蓄積しているということもない。
 ただ、戦い続ければ続けるだけ、こちらが不利になっていく。
 勝機は無い。

 ただ、粘れる。
 この陣形でいる限り、唐突に誰かが崩れない限りは、粘れる。

 普通にぶつかり合うより、たった数時間だが、粘れる。
 粘って、その結果どうなるかはわからないが、ただ粘る。


 だが、やはり無理があった。


 最初に崩れたのはやはりスペルド族の戦士団だった。
 彼らは決して弱いわけではない。
 だが、ルイジェルドと比べると数段劣る。
 彼らはこの数百年、戦いらしい戦いをしてこなかったのだ。
 あるいは、ラプラス戦役の頃には生まれていなかった戦士もいただろう。
 生まれてから、透明狼ばかりを狩り続けてきた戦士は、闘神との戦いにはついてこれなかった。

 櫛の歯が欠けるように、彼らは一人、また一人と戦闘不能に陥った。
 明らかに即死の者、重症だがまだ戦える者、判別が付かない者。
 最初、10人以上いた戦士は、3人まで減った。

 次に欠けたのは、エリナリーゼだ。
 彼女も決して弱いわけではない。
 技術的には、冒険者の中でもトップクラスに入る。
 Sランクの迷宮で前衛ができるレベルだ。
 だが、あくまで冒険者の中では、だ。
 彼女の特技は、盾をうまく使った攻撃の受け流しと、そこから小さなダメージを積み重ねる事で行われるヘイト管理である。
 だが、すでに使い慣れた盾は無い。
 俺が土魔術で作った予備の盾を使ってはいたものの、闘神バーディガーディの攻撃は、彼女の技術による受け流しを、簡単に突破した。
 エリナリーゼは、中空を舞い、大木にたたきつけられて気を失った。

 そこから、崩れた。

 エリナリーゼがやられると、クリフが彼女に気を取られた。
 その一瞬の隙に、闘神の突進に巻き込まれた。
 クリフはトラックに跳ねられたかのように吹っ飛んで、茂みへと消えた。
 即死か重症か、判別はつかないが、戻ってはこない。
 意識を失ったのは間違いなかった。

 クリフが気絶すると、彼から治癒魔術をもらっていたザノバとドーガが耐えられなくなった。
 俺の岩砲弾によるサポートや、エリナリーゼの援護で、数度に一度だけの攻撃を受ける形だった彼らは、
 ほぼ全ての攻撃を受ける形となった。
 それでも俺の治癒魔術で少しは持ちこたえたが、そこまでだ。
 一発食らう毎に吹っ飛ぶ彼らに走って追いつき、治癒魔術をかけて送り出すのは、俺一人では無理だった。
 せめて俺が魔導鎧『二式改』を装備していれば出来たかもしれない。
 次第にタイミングがあわなくなり、二人が同時にふっとばされた。

 そして、その時点でエリスが狙われ、彼女をルイジェルドが庇い、ルイジェルドが戦闘不能となった。

 慌ててドーガを治癒し、ザノバの元に走ったが、もう遅い。
 戦線は確実に崩壊しており、
 ドーガがふっとばされ、ザノバを治療している時に俺が見たのは、エリスが闘神の拳の直撃を食らう所だった。

 血反吐を吐きながら転がるエリス。
 あれは致命傷だ、すぐに治療しなければ間に合わないと、俺の脳が叫んだ。
 しかし、遅い。
 俺とザノバの前に、闘神が肉薄していた。

「うおおおおぉぉぉ!」

 ザノバが吠えた。
 闘神の右上段の拳を受け止めた、左上段の拳を受け止めた。
 右下段の拳を腹に貰い、くの字に折れ曲がった。
 左中段の拳をこめかみに受けて、真横に吹っ飛んだ。

 そして、闘神が俺に肉薄した。
 やばいと思った時にはもう遅い。
 右手で衝撃波を放ち、反動で後ろに下がろうとした時には、すでに殴られていた。

 右中段の拳。
 咄嗟に腕でガードしようと思ったが、無駄だった。
 上半身が引きちぎれるんじゃないかという衝撃を受けて、俺は吹っ飛んだ。

 意識を消失しなかったのは、幸運だったのか。
 それとも、不幸だったのか。

 肩から肋骨に掛けての骨が全て砕けている感覚。
 もしかすると背骨も折れたのか、下半身の感覚は無い。
 動けない。
 あまりにも衝撃が大きすぎたのか、痛みもない。

「……はぁっ……はぁ……」

 即座に治癒魔術を掛け、立ち上がった。

 そこには、地獄のような光景が広がっていた。
 誰一人として、立っていなかった。
 俺が倒れた時点で、闘神は残ったスペルド族の戦士を一掃していた。

 全滅だ。
 引き際を誤った。
 もう、撤退することすらできない。
 思えば、エリナリーゼがやられた時点で、すぐに撤退すべきだった。
 もう、これ以上は粘れないと判断し、スペルド族の村まで戻るべきだった。
 そして、オルステッドにあとを託すべきだった。

 後悔しても、もう遅い。
 最後に立つ俺の前には、闘神が立ちふさがっていた。

「……最後に言い残す事はあるか?」
「正直、命乞いをしたいです」
「聞いてもいいが、聞き届ける事はあるまい。ヒトガミはお前の命を望んでいる」

 なんとか隙を見つけて、エリスだけでも治療したい。
 フラついた頭でそう考えるが、そんな暇は、貰えそうにない。

 何か、何か方法は無いか。
 バーディガーディの気を引きつつ、ほんの五分、いや三分でいいからエリスの元に駆け寄れるだけの時間。
 クリフが気づいて、誰かを治癒するという形でもいい。
 なんとか、どうにか、出来ないか。

「じゃあ、俺の命はいいです。その代わり……俺の家族は助けてくれませんか?」
「ほう、家族か」
「陛下は知らないでしょうが、子供も生まれたんです。元気なのが、4人も」
「子は、良いものであるな。我輩も、いずれはキシリカとの間に作りたいものである」

 バーディガーディは、頷いた。

「良いであろう。ただし、我輩も向かってくる者には容赦せんぞ」
「それは、もちろん」

 ヒトガミは俺が死んだ後、子供を狙うだろう。
 だが、そこにバーディガーディが加担しない。
 そんな約束を取り付けただけでも、ひとまず、よしとしよう。
 なんの意味も、無いかもしれないが……。

 俺の最後の仕事だ。

「フハハハハ、ハーッハハハハハハハ!」

 バーディガーディが大きく笑い、拳を振り上げた。

「では、さらばだ」

 その言葉に、俺は両手を前に向ける。
 せめて最後に、渾身の岩砲弾を叩き込まんと――。


「伏せろ!」


 俺は犬のように地面に這いつくばった。
 そんな俺よりさらに低い姿勢で、何かが視界の端を過った。
 その何かは、闘神の股をくぐるように走り抜けて、向こう側で止まった。
 浅黒い肌に、獣耳、猫のようなしっぽを持つ、一匹の黒狼。

 闘神の膝のあたりが切り裂かれ、一瞬だけぐらりとバランスを崩すが、しかし一瞬。
 瞬時に鎧は修復され、何事もなかったかのように、拳が振り下ろされる。
 そこで、俺をまたぐように、ロングスカートが翻った。

「ぬぅお!」

 拳を振り下ろした闘神が、視界から消えた。
 中空、俺のやや後方へ、何か巨大なものが吹っ飛んでいくのを感じた。
 遅れて、ズズンと何かが落ちる音が聞こえる。

 何が起こったのか。
 俺に見えたのは、ロングスカートの内側と、またぐように現れたために見えてしまった薄水色のパンツだけだ。
 そして、そのパンツの主は、何度か見たことがあるような、無いような。

 しかし、もう一人は知っている。
 見覚えがある。
 忘れるものか。
 あの動き、砂色の髪に、茶褐色の肌。
 揺れる尻尾に獣耳。

「ギレーヌ!」

 となると、この黒髪はイゾルテか!
 水帝イゾルテ!

 ギレーヌ、イゾルテ。
 この二人と行動を共にしていたのは!

「シルフィ!」

 シルフィは、鼠のようにすばしっこく、戦場を走っていた。
 倒れている者に近づき、手を当てるだけ。
 それだけで、またたく間に倒れている者の怪我が治っている。
 彼女はまたたく間に、ドーガとザノバを治療した。
 無詠唱治癒魔術。

 見れば、茂みの奥からエリスが、ルイジェルドが、ここへと戻ってくる所だった。
 いつしか、戦線が立て直されていた。

 イゾルテをメインの盾に、ドーガとザノバがサブの盾へ。
 エリスとギレーヌ、ルイジェルドがアタッカーへ。
 そして、ヒーラーに無詠唱治癒魔術のシルフィが加わった。
 戦線が立て直された。


 地獄が終わった。


「ルディ! ここはボクらが食い止めるから、村の方に! ロキシーが待ってる!」
「! わかった!」

 俺はその言葉を受けて、スペルド族の村の方へと走った。
 全速力で走った。
 今までの人生の中で、一番力を入れて走った。

 シルフィがきた。
 谷の橋を落としたのに、きた。
 ということは、つまり、村側から来た。
 なら、打っておいた手が、ようやく届いたということだ。

 木の根を飛び越え、林を突っ切り、俺はスペルド族の村へとたどり着いた。

 その瞬間見えたものに、俺は歓喜した。
 見えたのだ。
 村に飛び込んだ瞬間、奥においてあるものが。
 予め、村の奥側に書いておいた転移魔法陣。
 その辺りに、待望のものが。

 そのまま走る。
 全速力で走る。

「兄さん!」
「グランドマスター!」
「あ、お兄ちゃ……」

 途中、ノルンとジュリとアイシャの姿が見えたが、無視。
 ただひたすらに走り、そこに辿り着いた。
 潰れた転移魔法陣の近くには、一人の少女がぐったりと座り込んでいた。

「ロキシー!」
「…………あ、ルディ」

 俺が声を掛けると、彼女は顔を上げた。
 目の下には、濃いクマがある。
 魔力切れなのか、それとも徹夜続きなのか。

「申し訳ありません。手順を間違えました、掘り出して、上に上げてから転移魔法陣にとりかかってしまいました。先に転移魔法陣を描いてから、ルディに掘り出してもらえばこんなに遅くは……」
「いいんです! 大丈夫! 間に合いましたから!」

 彼女の後ろにあるもの。
 それは、巨大な鎧だった。
 身の丈3メートル。
 カラーリングは紺色。
 右手にはガトリング、左手にはショットガン。
 さらに、拳の先端には、防御無視の効果を持つ魔剣を装着。
 ずんぐりむっくりした、スモウレスラーのような鎧が、うつ伏せになっている。

 見た目は、一式とそう大きくは変わらない。
 だが、これは一式ではない。
 こんなこともあろうかと用意しておいた、正真正銘の切り札。

 消費魔力を数倍にすることで、機動力と装甲を大幅に上昇させた短期決戦兵器。
 コンセプトが三式と逆行したため、付けられた名前は――。

「魔導鎧『零式』です」

 奥の手。
 切り札。
 これで勝てなかったら……いや、勝てるかどうかじゃない。
 勝率が低いのもわかっている。

「ロキシー! 行ってきます!」
「ルディ! ご武運を!」

 俺は『零式』に乗り込んだ。
 大量の魔力が吸われる感覚にくらくらしつつ、立ち上げる。

 すると、村の中心にオルステッドの姿が見えた。
 彼は一本の巨大な剣を手に持っている。

「ルーデウス! 使え!」

 オルステッドは、その巨剣を軽々と俺に投げ渡した。
 咄嗟に受け取る。
 3メートルの鎧に対して、ちょうどいいとも言えるサイズの巨大な剣。
 王竜剣カジャクト。
 剣術がハンパな俺でも、手に持つだけで、凄まじい力を感じられる魔剣。

「オルステッド様! 行ってきます!」

 オルステッドは答えなかった。
 ただ、頷いただけだった。


 零式を全力で動かし、俺は戦場へと戻った。
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