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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第23章 青年期 決戦編

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第二百五十四話「アレクサンダーvsルーデウス」

 落下する中、俺は千里眼でアレクの姿を捉え続けていた。
 そして、俺が落下を始めた途端、アレクが俺の姿をとらえたのもわかった。
 同時に、ギョっとするのも。

 みるみるうちに距離が迫っていく。
 彼が王竜剣で落下速度を制御しているからだ。

 俺はまず、そのアドバンテージを消す。

「『腕よ、吸い尽くせ』!」

 アレクの落下速度が通常に戻る。
 だが、慣性の法則がある、速度の乗った俺は、急には止まれない。
 風魔術で落下速度を抑えるか。

 いいや、重力は武器だ。
 闘気の纏えない俺は、物理法則を武器にする。
 衝撃波を使い、位置修正。
 落下方向を、まっすぐにアレクへと向ける。

「おおおおぉぉぉ!」

 相対速度をそのままに、俺はアレクを殴りつけた。
 アレクは剣を盾にそれを受けるも、勢いは殺されず、岩壁にたたきつけられる。
 その間にも、吸魔石は使い続ける。
 反動で俺も岩壁が近づくが、衝撃波を起こして体勢を立て直し、岩壁を蹴り、加速。

 もう一度、アレクに追いつく。

「おらぁぁぁ!」

 殴る!
 衝撃波で加速して、殴る。
 相対速度を作って、殴る、殴る。
 物理法則で殴る。

「あああああ!」

 アレクは叫んだ。
 中空でただ殴られるだけの現状にわけがわからないのか。
 俺だってわからない。
 なんでこんな事をしているのかわからない。
 ただ、逃してはいけないと思った。
 こういう、モラルの欠如した力のある子供を野放しにすると、誰かが割を食うと思った。
 そして、割を食うのは、敵である俺だと思った。
 俺の仲間か、家族か、誰かが。

「ああああああああ!」

 俺もわけもわからず叫んだ。
 アレクとシャンドルの話を聞いていなかったわけじゃない。
 こいつは反省すれば成長すると、そう思わなかったわけじゃない。
 天秤にかけたわけじゃない。

 でも、殴った。
 加速して、殴りつけて、加速して、殴りつけて、加速して、殴り続けて……。

 凄まじい速度で谷底に激突した。
 俺もアレクも。


---


 土煙の中、体を起こす。
 今の落下で、周囲には青い胞子のようなものが飛び散っている。
 視界が悪い。

 ひとまず、俺の体は無事だった。
 さすが魔導鎧一式、頑丈だ。
 ちょっとヒビが入ったが、それでもまだまだ動く。

「ふぅ……」

 そして、アレクもまた、無事だった。
 だが、完全に無事とはいかないようだ。
 鎧は砕け、片足はあらぬ方向に曲がっている。

 だが、それだけだ。
 闘気がその身を守ったのだろう。
 片足で立ち、こちらを見ていた。
 化け物だな。

「……一人で追ってきたのか」

 アレクは俺を見て、ぽつりと呟いた。

「いい度胸だ」

 俺は上を見た。
 真っ暗闇の中、地竜がうごめいているのが見える。
 だが、誰かが降りてくる気配はない。
 すぐにアトーフェあたりが降りてくると思うが。
 空飛べるし……。

「お祖母様は古い人だ。僕が落ちて、君が追った。なら、誰も後は追わせませんよ」
「そんな馬鹿な」
「あの人は、いくつになっても、魔王と勇者の一騎打ちにあこがれているんだ」

 それはちょっと分かる。
 アトーフェは乱暴だが、何かへんなこだわりのようなものがあるのを感じる。
 自分が戦う時は、親衛隊にも手を出させないしな。

「そしてそれは、僕にとって幸運だ」
「……何が?」
「この怪我だ。追ってきたのがエリス・グレイラットか、ルイジェルド・スペルディア……。
 あるいは父さんか、お祖母様だったら、ここで終わっていた」
「俺だったら、終わらないと?」
「君に負ける気はしない」

 自信満々だ。
 アレクは、重症だ。
 片手、片足を失っている。

 俺は魔導鎧を着ている。
 長時間の戦いで魔力はかなり使ったが、援護に徹していた事もあって、怪我らしい怪我もない。
 万全だ。

「なめすぎじゃないですか?」
「そうでもない。
 君は闘気もまとえない上、反応速度も遅い、油断だらけで脇も甘い。
 北帝ドーガに眠り薬を飲ませたのにも気づかず、一人になり、谷に落とされる。
 覚悟も警戒も足りない、未熟な半端者だ」

 それに関しては、返す言葉もない。
 確かに、俺はそうだろうさ。
 溢れん魔力を持っていても、無能のままだ。
 今回だって、アトーフェが来なかったら、危なかった。

「だから、ここから戦っても僕は勝つし、逃げ切れる。
 ここから逃げ切れれば、勝利は目前だ」
「俺が死んでも、味方はいませんよ?
 鬼神も逃げたし、剣神も死んだ……。
 俺がいなくても、あんたに勝ち目はないはずだ」

 本当に剣神が死んだかどうかは俺も確認はしていないが。
 まあ、やっただろう。エリスだもの。

「いいや、英雄は勝てる。そういう風にできている。
 現に今、君は落下中に仕留め切れなかった。
 僕が身動きが取れず、攻撃を受け続けるしかなかった状態で、決めきれなかった」

 それが答えだといわんばかりの態度。
 自信満々だ。
 でも、確かに今、彼は自分の足で地面に立っている。

「僕は、勝つ。
 君にも、父さんにも、お祖母様にも、オルステッドにも。
 全てを倒して、歴史に名を刻む。
 史上最強の剣士として。
 北神カールマンと言えば、三世アレクサンダーが最強だと言われるように」

 満身創痍だが、攻撃を受け続けるだけの状態ではない、今の彼は勝機が皆無ではない。
 勝機が見える状態だ。
 そして、その勝率が何%かわからないが、彼は持ってこれると思っている。
 ここ一番の勝負で、俺に勝てると思っている。
 英雄になりたいから?
 いや違う。
 今まで、それなりに困難を乗り越えて来たからだ。

 彼は今、追い詰められているのを自覚している。
 俺のことを少し舐めてはいるが、今までのように、手を抜いた戦いはしない。
 全力で俺を潰し、逃げるつもりだ。

 相手は北神カールマン三世。
 世界最高クラスの剣術と、世界最強クラスの魔剣を持った、七大列強。
 窮鼠ではなく、手負いの獣。

 対する俺は、ここ一番の勝負で勝利を持ってこれた事は、あまり無い。
 事前に準備して圧倒するか、力の差を越えられずに敗北するか、どちらかしかない。
 彼もそれを、察知している。
 乗り越えてきた困難の中で、俺が持って(・・・)これないタイプだと見抜いている。
 あるいは、ギースかヒトガミから聞いたのかもしれないが……。

「…………最後に一つ聞いておく。お前は、ヒトガミの使徒か?」
「いいや違う。僕も剣神も、ギースに情報をもらっただけだ。彼の手伝いをしているのは、否定しないけど」
「そうか」

 じゃあ、最後の一人は誰だろうか。
 いや、考えるのは後にしよう。

 今は、とりあえずこいつを倒さなきゃいけない。

 ん?
 まて、無理だったら、逃げてもいいんじゃないか?
 戦力はある。
 ここで無理をする必要はない。
 最後に一人、まだ残っているというのなら、ここは温存するべきじゃないか?
 剣神は倒し、こちらの被害は無い。
 なら、ここは引いて、確実に勝てる状況を作るべきじゃないのか?

「……いや」

 違う。
 そうじゃない。

 俺の背後にいるのは、オルステッドだ。
 そこに一人も通さないのが、勝利条件。
 オルステッドの所に一人や二人を通しても、ひとまず、重大な問題が起きるわけじゃない。
 ただ、オルステッドの貴重な魔力が使われるだけだ。
 恐らく、80年ぐらいあればなんとか回復するであろう量が。

 そう思えばこそ、今、俺は、緩んでいる。
 戦闘開始直後より、確実に緩んでいる。

 剣神を倒し、鬼神を退けた。
 目の前の北神は満身創痍で、今にも倒れそうだ。
 その上、ここで北神をのがしても、まだ仲間は健在。
 仲間が突破されても、オルステッドには余裕がある。
 北神カールマン三世となら、オルステッドもやり慣れているだろう。スペルド族を守りながらでも、戦えるだろう。

 そんな状況で、俺は緩んでいる。
 負けてもいい、余裕がある、と思ってしまっている。

 ここだ。
 アレクが言っている「負けない要素」は、ここだ。
 そして、思い返せば、いつも、ここだった気がする。
 ここで安全マージンを取ろうとして、一歩引くから、ここぞという時に一歩が及ばない。
 それを、アレクは嗅ぎとっている。

 波、勢い、ツキ、流れ、そういうものはある。
 そういう抽象論はあまり信じていないが……それでも、ある時は、ある。
 俺がここで引くか、あるいは敗北することで、アレクは何かを得る。
 逆に俺は何かを失う。
 それは、口には出来ない、想定以上の、何かだ。

「……」

 だから、負けられない。
 今、ここで負けてはいけないし、引いてもいけないんだ。
 リスクを負って、取りに行かなきゃいけない場面なんだ。
 ここだ。
 ここが分岐点。
 ここで、全力を振り絞り、本気を出せるかどうか、だ。

「……俺は龍神配下、『泥沼』のルーデウス・グレイラット」
「! 我が名は『北神』アレクサンダー・カールマン・ライバック!」

 覚悟を決めた。

「あああああぁぁぁぁ!!」

 大声を出す。
 腹の底から声を出す。

「オアアアアァァァァ!」

 アレクもまた、大声を上げて、剣を構えた。
 右手に剣。
 左手は無いので添えるだけ。
 右足を前に。
 折れた左足も地面を踏みしめて。

 彼に向けて走った。
 作戦なんてなかった。
 遠距離からの攻撃はダメだと直感的に思った。
 俺はアレクに向かって、低姿勢で走った。
 ただ、寸前。
 脳裏に浮かんだものがあった。

 エリスの姿だ。

 俺はとっさに右腕のガトリングを持ち上げ、渾身の岩砲弾を打ち込んだ。

「!」

 しかし岩砲弾は消滅する。
 アレクの眼前で、吸魔石の力で砂のように粉々になりながら。

 アレクは突進する俺を見て、一歩踏み出し、雨のように降り注ぐ岩砲弾を見て、一瞬だけ躊躇したように右足を下げた。
 しかし、その岩砲弾は次々と消滅する。

 俺はとっさに左側へと体を傾けた。
 アレクの構える剣の間合いの中である事は理解している。でも突っ込む。
 突きだした右手を腰だめに引く。
 胸を地面にこすりつけるように前のめりになる。
 アレクの左横に右足を突き立てる。

「リャ……アアアアァァァ!」

 アレクの肩が動く。

 銀閃が走った。

 右肩のあたりに衝撃、魔導鎧の一部がはじけ飛ぶ。
 しかし腕は切れていない。
 傷の程度は確かめず、しっかりと大地を踏みしめ、右拳を――。

<アレクの足に力が入る>

 飛ばれる、回避される。
 そう思った時、俺は左手に魔力を込めた。
 吸魔石への魔力供給を切り、別の魔術を、使う魔術は決めていない。
 ただ、飛ばせまいという意思を、左手に、魔力に込めて、アレクの足へと――。

「っ!?」

 アレクの足が、一瞬、ふわりと浮いた。


「アアアアァァ!」


 叫びながら、右拳を振り上げる。
 ガトリング砲のついた拳を、思い切り、振り抜く。
 ドンと、拳に感触。
 そのまま、アレクを壁にたたきつけた。

「『撃ち抜け』ぇ!!」

 全力でガトリングに魔力を込めた。
 岩砲弾が削岩機のように打ち込まれ、崖にヒビが入る。
 だが、それでも止めない、俺はさらに魔力を込めた。
 もっと強い弾を、もっと連射する。
 それだけを考えた瞬間、右手に違和感。

 ガトリングに一瞬でヒビが入り、粉々に砕けた。

「アアアアアアァァァ!!!」

 それでも俺は右手に魔力を込める。
 作り出すのは岩砲弾。
 最もたくさん作り、最も慣れた岩砲弾。
 それを、撃つ。
 撃つ、撃つ、撃つ。

「ああ、ぁぁ、はあ……」

 叫び声が枯れ、ため息に、疲れた息に変わるまで。
 俺は、撃ち続けた。


「はぁ……はぁ……」


 そして、離れた。
 壁に完全に埋まっていた魔導鎧の右手が、根本からボロリととれた。
 根本……先ほど、アレクに一撃を食らったあたりか。
 アトーフェハンドがなければ、俺の右腕ごと斬り落とされていたかもしれない。

「……」

 崖の中には、肉塊が見えた。
 壁と拳の隙間から、赤い血がだらだらと流れている。
 ぴくりとも動かない。

 ふと、近くを見ると、剣が落ちていた。
 つい先程まで、アレクが握っていた剣。
 王竜剣カジャクト。

 俺はそれを、残った手で拾い上げた。
 2メートル近い巨剣。

 それを持ち、再度、壁を見る。

「……」

 血が流れている。
 壁と、壁に打ち込まれた拳の隙間から、赤い血が流れている。
 何も動くものはない。
 静かに、血だけが流れている。
 上を見ると、大量の地竜がうごめくのがわかるが、この一帯だけ異様に静かな気がする。

 ただ、俺の手には感触が残っていた。
 確実に仕留めたという手応えが残っていた。

「やった」

 知らず、俺の口から、言葉が漏れた。

 なぜ勝てた。
 ただ、紙一重だったと思う。
 もう一瞬、踏み込みが遅ければ、あるいは、アレクが躊躇しなければ。
 アレクの斬撃は、俺を魔導鎧ごと、両断していただろう。

 エリス的な動きは、うまく行った。
 ガン攻めだけど、変則的で妙にタイミングがずれる、あの感じ。
 いつもより一歩、いや半歩深く踏み込む事で、間合いを外すことに成功できた。
 これが、エリスの攻めだ。
 エリスはこうしたハイリスクな動きを無意識に出来る時にだけ、やっている。
 だから、勝つ。
 首筋から血をダラダラと流しながら、最後に立っている。

 もっとも、俺の動きは、エリスほどではない。
 出来る時かどうかという判別はついていなかった。
 俺自身も、あの領域で動けたわけではないはずだ。
 アレクの足あるいは手が片方使い物にならなくなっていなければ、あるいは俺をナメていなければ、こうはならなかったはずだ。

 そして、最後、アレクの足を浮かせたあの感触。
 今までに、使った事のない魔術の感触。
 もしかしてあれは、重力を操ったのだろうか……。
 いや、アレクが王竜剣による重力操作をしようとしていて、俺が吸魔石への魔力を切ったから、予期せぬタイミングで発動しただけかもしれない。
 今となってはわからない。

 最後は運だったかもしれない。
 でも、俺はこの勝利を、運だけだとは思わない。

「勝った」

 ぐっと、拳を握り、上へと突き上げた。


---


 一式で地竜を蹴散らしつつ谷から上がってきた時、周囲には人がいた。
 討伐隊の面々だ。
 橋がなくなり、神級の三人もいなくなり、どうしていいかわからなくなって立ち往生していたようだ。

 彼らは俺を見ると、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
 俺の姿を悪魔か何かかと思ったのかもしれない。

 俺はひとまず、現場指揮官――ビヘイリル王国の騎士と思わしき者を何人か捕まえ、剣神と北神が死んだ事を伝えた。
 そして、これ以上スペルド族を討伐しようとするなら、こちらには反撃の意思もある事を伝えた。
 だが同時に、依然として和平交渉の準備はあることも伝えた。

 和平交渉の内容は、以前とさほど変わらない。
 攻められて怒ってはいるが、ギースが国王か、それに近い位置にいるなら、それすなわちヒトガミの仕業だ。
 寛大な姿勢を崩すつもりはない。
 だが、念のため、二人ほど捕まえて捕虜としておいた。

 ギースが国王に化けているのなら、あまり意味の無い事かもしれない。
 だが、騎士の全てがギースの手先というわけでもなく、
 国内の重鎮全てがギースの手の内ということもあるまい。
 今回の事が耳に入り、騎士が無事に帰ってくるなら、世論だって味方するはずだ。
 どうしてもダメなら、移住してもらうしかないが……まぁ、それでも時間稼ぎにはなる。

 そう思いつつ帰ろうとして、俺はふと、石碑を見つけた。
 七大列強の石碑だ。
 そこの端。
 一番下のマークが見覚えのあるものに変わっていた。

「……」

 三つの槍が組み合わさったような形をしたマーク。
 ミグルド族のお守りの形。
 俺が七大列強になったということだろうか。

 トドメを刺したのは俺だが、4人で戦ったし、どうにも実感はわかない。
 あるいは、俺ではなく、ルイジェルドあたりのマークかもしれない。
 エリス……ではないと思う。

「……」

 正直、あまりいい気分にはなれなかった。
 しかし、なってしまったものは仕方がない。
 俺はエリスたちの所に戻ることにした。


---


 その後、谷を渡って、エリスたちと合流した。

「どう、なりましたか?」

 真っ先にそう聞いてきたのはシャンドルだった。
 谷底でアレクにトドメを刺した事を伝えると、彼は「そうですか」と寂しそうな顔で苦笑した。

「お前は勇者だ。勇者を侮った魔王は負ける。昔から、そう決まっている」

 アトーフェはあまり表情は変わっていなかった。
 だが、少しだけ悲しいのだろう、彼女に似合わないセンチなことを言った。

「……」

 アレクは死んだ。
 彼は、まだ子供だったと思う。
 才能があって、ただ上を目指す事だけを見て……将来もあったと思う。
 そんなアレクとシャンドルとの会話には、思う所もあった。
 アレクに、もっと長いスパンで物事を考えてほしいとか、ひとまず今は懲らしめて、後で反省してもらおうとか、そういう甘い考えもなくはなかった。

 殺意や憎悪があったわけではない。
 ただ、敵だから殺した。
 あそこで逃げられたら、後で後悔する、いまここでやらないと、と思って、殺した。

 だから、謝罪する気はない。
 これは、戦いだ。
 向こうはこっちを殺すつもりだった。
 そういうものだ。

「やったわね!」

 対照的に、エリスは嬉しそうな顔をしていた。
 特に、石碑の文様が変わったことを伝えると、腕を組み、口の端をニンマリと持ち上げて、鼻息を荒くしていた。
 魔導鎧を着ていなければ、抱きついてきたかもしれない。
 惜しいことをした。

「……」

 ルイジェルドは特に何も言わなかったが、その顔は疲労の色が濃かった。
 戦いの最中も思ったことだが、やはり限界が近かったらしい。
 病み上がりの体であの戦いは、さすがにきつかろう。

 だが、誰もが怪我らしい怪我はせず、五体満足に勝利を得ることが出来た。

 しかし、さて、他はどうだろうか。
 そう思いつつ、俺達はスペルド族の村への道を急ぐ。

 剣神の死体を燃やしたために黒焦げとなった場所、
 北神の攻撃で出来たクレーター、
 そして、鬼神との戦いでなぎ倒された木々と、獣道。

 それらを眺めつつ元きた道を戻っていくと、ザノバが倒れていた。
 横で、ドーガがぐったりとした顔で、しゃがみこんでいる。

 ザノバは、眠っているようだった。
 仰向けになり、真っ青な顔で。
 死人のように?

「……ザノバ。起きろ、終わったよ」

 魔導鎧の上から、そう呼びかける。
 しかし、反応はない。

「ザノバ……?」

 数秒、森から音が消えた。
 風が止まり、何の物音もしなくなった。

「え? ザノバ? 嘘だろ?」
「……」
「返事しろよ……」

 ザノバは返事をしない。
 その顔を空に向けて、死体のように黙りこくるだけ。
 死体の、ように。

「……フンッ!」

 唐突に、エリスがザノバの頭を蹴り飛ばした。

「フガッ!?」
「帰るわよ! さっさと起きなさい!」
「……? おお! これは失敬! いつしか眠っていたようですな」

 ですよねー。
 しかし、死んでいてもおかしくはなかった。
 ザノバとドーガは劣勢だった。
 もし、偶然俺たちと遭遇できなければ、ザノバが物言わぬ死体となっていても、おかしくなかった。

 そう思いつつ、ザノバたちの吹っ飛んできた道を見る。

 道のあちこちに、戦いの跡が見られる。
 引っこ抜かれた木、叩き折られた木、斬撃の後、小さなクレーター。
 よく、勝てたものだ。
 いや、鬼神には勝ってないか。
 帰っただけだ。

「そういえば、アトーフェ様はどうしてここに?」
「んっ? 教えてほしいか?」
「教えてください」

 アトーフェの説明は拙く、わかりにくいものだった。
 擬音が多く、半分も理解できなかったように思う。

「要するに、過去の大戦の時の転移魔法陣が残っていて、それを使ったと」
「来るべき時に備えて、見つけておいたのだ!」

 まずいなぁ。
 悪名高いアトーフェが転移魔法陣を使ったなんてしれたら、
 各地に転移魔法陣を作ってまわっている俺に悪名がくっついてしまうかもしれない。
 いやまぁ、今更か。

 それにしても、これで終わり……か。
 勝機だと思ったのは確かだが、過ぎてしまえばあっという間だ。
 まだ鬼神がどうなるかわからないが、敵はもう残り少ない。

「……」

 終わりだと思うと、急に、隣を歩くエリスから、甘い匂いが漂ってきた気がした。
 厳しい戦いの後だからだろうか。
 生存本能が刺激され、生殖本能が活性化されたのかもしれない。

 今晩あたり、どうだろうか。
 解禁のルーデウスなのではなかろうか。

「いやいや」

 禁欲のルーデウスは、ギースを倒すまで、だ。
 そうだ。
 大体、まだギースの姿も確認していない。
 鬼神も逃げただけだ。どうなるかわからない。
 使徒だってまだ一人残っている。
 終わってはいないのだ。

 でも、ギースは未だに姿を現さない。
 すでに情報網は滅茶苦茶で、探すこともままならない。
 逃げられていても、わからんだろう。

 ……もしかすると、それが目的だったのだろうか。
 決戦だ、ここで決着だ、と思っていたのは俺だけで、ギースは逃げるつもりだったのだろうか。

 今頃、最後の使徒を引き連れて、国境を目指している……とか?
 今回の戦いで、各地に散らばっていた俺の情報網は、スペルド村に集まってしまった。
 転移魔法陣も、通信石版も無い。
 国境でギースの姿を見つけても、追いつく術は無い。

 逃げるだろうな。
 冥王が倒され、剣神と北神が暴走して劣勢となったら……。
 戦力の8割を陽動に使い、手綱がついている奴だけでも確保し、俺たちを引きつけ、その間に脱出。
 今回は見切りをつけて、次回に。
 俺だったら、そうする。

「ふぅ……」

 まだ油断は出来ない。
 が、ひとまず、ここでの戦いは終わりだ。
 俺は疲れた。
 今日はもう、戦えない。
 後のことは、他の奴に任せよう。

 ギースは仕留め切れなかったが、剣神、北神、冥王を倒した。
 ルイジェルドとスペルド族は味方についた。
 ビヘイリル王国と鬼神は、ギースが何をやったかによるが……これからの交渉次第だろう。

 こちらの被害は、事務所が破壊された事ぐらいか……。
 お陰で、転移魔法陣も全滅。
 しばらく移動できないが、手は打った。
 もっと大きな被害を予測していただけに、悪くはない。

 スペルド族の村が見えてきた。
 俺たちの気配を察したのか、柵の上から、スペルド族の子供たちが見てくるのがわかった。
 続いて、入り口から、村を守っていた戦士たちが出てくる。
 さらに、エリナリーゼ、クリフ、ノルン、ジュリ、ジンジャー。

 俺は、魔導鎧から降りた。
 なんだかんだで大量の魔力を使ったせいか、少し体がだるい。

 ジュリとジンジャーはザノバへと駆け寄る、
 ノルンはルイジェルドへ、
 クリフは、ぐったりしたままのドーガに向かった。

 抱き合う者、ほっとした顔で話し合う者。
 それを見ていると、ようやく実感が湧いてきた。

「……」

 最後に、オルステッドが出てくる。
 オルステッドは、俺の所へと歩いてきた。

「勝ったか?」
「はい」

 俺は勝利の証として、彼に剣を渡した。
 北神の代名詞とも言える、王竜剣カジャクトを。

「勝ちました」

 俺たちは勝利した。
 完全勝利には程遠いが、苦境は乗り越えた。
 ギースの作った罠を打ち破り、一手リードした。

 色々とかんがえる事は多い。
 反省点も数限りない。
 でも、勝ちは勝ちだ。

「ご苦労だった」

 剣を受け取ったオルステッドからねぎらいの言葉をもらい、頭を下げる。

 そこでふと、横から視線を感じた。
 エリスだ。
 彼女が腕を組んで、こちらを見ていた。

 両手を広げる。

「……!」

 エリスが飛び込んできた。

 俺はその胸の感触を楽しみつつ、俺は改めて思った。
 勝利したのだ、と。
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