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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第23章 青年期 決戦編

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第二百五十三話「北神三世vsデッドエンド+α」

 一式を稼働させて、北神を追う。
 森の中、木々を避け、ただひたすらに、北神を追う。

 走りつつ、体内の魔力を大まかに探る。
 北神の戦いで消費はしたが、あの程度なら1割も使っていない。
 魔力には、まだ余裕がある。

 だが、先ほどから、北神と戦っている間にひっきりなしに聞こえてきた轟音がしなくなっている。
 ザノバとドーガ。
 いくら相性がいいとはいえ、さすがに神級の相手は無理だったか。
 無事でいてほしい。

 しかし、もし二人がやられたとすると、
 北神と鬼神。
 この二人を相手に立ち回らなければならない。
 魔力は持つのか。
 いつぞやのオルステッド戦の時のように、途中で切れるのではないか。

 いや、今が正念場だ。
 先の事を考えるのは、やめよう。
 目の前の事から、一つずつ、だ。

 まずは第一目標。
 北神カールマン三世。


---


 俺がその現場に到着した時、すでにシャンドルは敗北していた。
 木を背に尻もちをつき、ぐったりと、俯いていた。
 手に武器はない。
 あの棒は折れ、近くに転がっている。

 それを見下ろすのはアレク。
 北神カールマン三世は、先代を圧倒していた。

「父さん、いつまでお遊びを続けるんですか?
 わかっているんでしょう?
 最低でも魔剣クラスの武器を持たなければ、僕には勝てないって」

 シャンドルは答えない。
 すでに気絶しているのか。
 まさか死んではいないと思うが。

「それとも、それも作戦ですか?
 死んだ振り。奇抜派はみんな得意ですよね?
 何がなんでも勝って、目的を達成する。
 僕も、その姿勢は素晴らしいと思う。
 正直、オーベールらはやりすぎだとは思いますが……。
 彼らにそれを教えた父さんが、なぜ僕を否定するんですか……」

 シャンドルは答えない。
 ただ黙したまま。

「じゃ、そろそろ行きますよ」

 アレクはそう言って振り返った。
 俺の方に。

「……えっ?」

 熊にでも遭ったような顔をしていた。
 予想外の遭遇。
 こんな所にこんな奴がいるはずがない。
 そんな顔。
 そんな、魔導鎧は、もう使えないはずじゃあ。

「息子よ。問いに答えよう」

 そして、ほんの数秒。
 アレクが停止していた時に、シャンドルは立ち上がっていた。

「お遊びは終わりだ。
 君の言うとおり、魔剣を持ってこなければ勝てない。
 だから、エリスさんから、一本借りてきた。
 ただ、あくまで最低限だ。魔剣だけでは、勝ち目が薄い。
 だから、待った。粘って、粘って、死んだふりをして、待った。
 確実に勝つために」

 そう言いながら、シャンドルは一本の剣を、腰の後ろから抜き放った。
 あれは、エリスが持っていた二本目の剣。
 魔剣『指折』。

「なぜ君を否定するか。
 それは、君が英雄を目指しているのに、
 英雄とは程遠い行為に手を染めようとしているからだ。
 英雄なら、英雄らしく、姑息な手で勝利を拾ったり、
 弱者を蹴散らして名声を稼ぐのではなく、
 己より巨大な敵に、勝算無しで戦いを挑み、そして勝ち、栄光を掴み給え。
 私のようにではなく、北神カールマン一世のように」

 シャンドルは超然とした雰囲気で鞘から剣を抜き放ち、構えた。
 魔剣『指折』は短い剣だ。
 しかし、その剣を構えたシャンドルは、北神の名にふさわしい強者に見えた。

 対するアレクは、肩越しにチラリと後ろを振り返る。

「……なるほど。
 援軍ですか……。
 ギースには、『ルーデウスを魔導鎧には乗せるな』と言われましたよ。
 でも、それはあくまで、相手を最高の状態にさせるなというだけの話だ。
 二人だけで、僕と、そしてこの王竜剣に勝てるとでも思ったのかい?」
「だれが二人だと言ったんだ?」

 シャンドルの言葉。
 それに呼応するように、茂みが動いた。

 そこから、二人の男女が出てくる。
 赤い髪の女に、緑色の髪をした男。
 エリスに、ルイジェルドだ。

 俺が魔導鎧を取ってきている間に、気絶から目覚めたのだろう。
 怪我は残っているようだが、二人とも、俺よりずっとタフだ。

「……」

 エリスは俺をチラリと見た。
 その視線は強く、意味がある。
 背中を任せるという、信頼のある瞳。
 ルイジェルドもまた、エリスと同じような視線を送ってきた。
 魔導鎧を見るのは初めてのはずだが、
 第三の目によって、俺だとわかるのだろう。
 そして、俺の援護に、当然のような信頼を寄せてくれている。

 そして、俺は三人を援護しきる。
 魔導鎧『一式』まで持ちだして、援護。
 情けないと思う所はある。
 だが、だからこそだ。
 俺たちは、ずっと昔から、こうやってきた。
 エリスを中心に、ルイジェルドが管理し、俺が援護する。
 言葉はいらない。
 一人余分なのが混じっているが、最高の陣形だ。

「さぁ、二回戦だ」

 シャンドルの言葉で、北神との第二回戦が始まった。


---


 真っ先に仕掛けたのは、エリスだ。
 彼女はいつもどおり、最速かつ最短距離を描く剣撃にて、アレクに迫った。
 アレクは、それを捌いていた。
 俺の目にも止まらない速度で放たれる斬撃。
 それらを、危なげなく捌き、時にはカウンターを放つ。
 エリスの攻撃は間断なく続いているように見えたが、俺が反応できないだけで、確かに隙はあるのだ。

 しかし、カウンターはことごとく防がれた。
 ルイジェルドだ。
 彼が槍を振るう度に、アレクのカウンターは不発に終わった。
 ルイジェルドはエリスの影に回っている。
 エリスがどれだけミスをしようとも、ルイジェルドがいる限り、そのミスがつけ込まれる事はない。

 だが、時にアレクは重力を無視する。
 体勢を崩したと思ったら、明らかにおかしな動きでもって、連続で攻撃を、あるいは防御を行う。
 大きな回避運動から、アクロバティックな動きをしたと思ったら、突如急降下して攻撃に転ずる。
 そうした動きには、さしものルイジェルドといえど、対応出来ない。

 ルイジェルドが対応できない動きは、シャンドルが防ぐ。
 誰よりも重力を操った時の挙動をしっている北神カールマン二世が、防ぐ。
 着地点を、あるいは空中にいる所を狙われる。
 直撃こそ避けるものの、思い通りの流れにはならず。
 ただ、イタズラに体力を消耗し、傷を増やす結果に終わる。

 かといって、距離を取れば、俺の魔術の餌食となる。
 かのオルステッドでも避けきれなかった岩砲弾は王竜剣によって曲げられる。
 だが寸前で吸魔石を使う事で対応を遅らせ、何発かは確実にかすらせる事が出来る。
 直撃は無いが、明らかに密度の多い銃撃はアレクを足止めし、エリスらから距離を取ることを許さない。
 確実に当たると思ったタイミングで放たれる『電撃(エレクトリック)』は受け流されるものの、アレクに息を整える隙を与えない。

 よって、先ほど使われた『必殺技』を放つ隙もない。

「くっ……!」

 アレクはこの場にいる誰よりもパワーがあり、スピードもある。
 だが、急いでいるせいか、焦っているせいか、雑だ。
 全体の動きに雑さがにじみ出るようになっている。

 確実で安定性があり、かつ有利な戦いの展開になっている。
 ダメージも着実に与えている。
 余計な事はしない。

 かといって、彼を倒す決定的な何かがあるわけではない。
 このままジリ貧で戦いを続ければ、いずれ、ほころびが生じる。
 体力に、魔力。
 長く続ければ、減ってくるものはある。

 この戦いが始まってから、誰が一番無理をしているのか。
 この戦いが始まる前、誰が一番、消耗していたのか。

 それは、戦い始めてしばらく経過した所で、如実にあらわれた。

「……っ!」

 エリスの顔に傷が付く。
 ほんのかすり傷。
 しかし、時間の経過につれて、多くなってきた。

 穴は一つ。
 シャンドルだ。
 北神カールマン二世。
 かつて七大列強と言われた男が、穴となってしまっている。
 だが、しかたあるまい。
 三世と戦い、必殺技を受けてからエリスとルイジェルドを保護し、
 そして、俺たちが来るまでの間、ボロボロになるまで北神カールマン三世を抑え続けていた。

 彼の動きは、傍目から見ていてもわかるほど、精彩を欠いていた。
 いや、それでも動けてはいる。
 彼は自分の仕事はこなせている。
 あるいは、アレクが雑だから、仕事をなんとかこなせているという状況なのかもしれない。

 だが、人である以上、限界は来る。
 エリスはもちろん、予見眼で相手の動きを予測できている俺も。
 歴戦の勇者であるルイジェルドですら、息が上がり始めている。
 厳しい戦いだ。
 常に紙一重の攻防が続けられているのだ。
 あと十分もすれば、シャンドルに限界が来るだろう。

「……」

 だが、余力はある。
 先ほどと違い、俺は魔導鎧一式を着込んでいる。
 視線は高くなり、状況も見やすい。
 補助の幅だって広がっている。
 シャンドルが凹んだ。
 なら、今のこの動きを、さらにシャンドルを補助するように変化させればいい。

 攻撃パターンに、真下からの岩槍と、真上からの真空波を織り交ぜる。
 そして、吸魔石を使う頻度も上げる。
 重力を無視し、三次元的な動きをするアレクだが、それはあくまで、王竜剣の力によるもの。
 そして、王竜剣の力は、吸魔石が有効なのは検証済みだ。
 頻度を上げると俺の援護も減るが、アレクの動きは狭まる。
 結果として、シャンドルの負担が3割は減る。
 だが、所詮は3割。
 体力を回復し、勝負を付けられるほどではない。

 有利ではある。
 だが、勝利が遠い。
 考えなければならない。

 ……いっそのこと、常に吸魔石を展開するか?
 常に吸魔石を展開すれば、俺の遠距離攻撃も潰れるが、魔導鎧一式の能力なら接近戦も出来る。
 あのアクロバティックを封じれば、より有利な展開になる……か?
 いや、無い。
 エリスとルイジェルドとシャンドル。
 三人は超至近距離で立ちまわっている。
 あのスペースに、巨大な魔導鎧が入り込む余地は無いし、いくらパワーやスピードが同等でも、技術が伴っていなければ足を引っ張りかねない。

 でも、時間稼ぎだけならどうだ?
 シャンドルを一旦下がらせて、体力を回復させる。
 ほんの数分。
 それだけでも大きく違わないか?

 まて……アレクとて北神だ。
 あの重力制御がなかったとしても、戦う術は持っているはず。
 持っていないはずがない。
 重力制御はアレクの真骨頂ではない。
 それを封じて1ランク落ちるとしても、俺の近接戦はシャンドルより2ランクや3ランクは落ちる。
 予見眼をもってしても、アレクの動きはまだ読み切れていない。
 結果として、エリスか、ルイジェルドに大きな負担が掛かるかもしれない。
 彼らはすでにかすり傷は負い始めている。
 ほんの指先一本、髪の毛一本分の差で、動脈を断ち切られる可能性だってある。

 エリスは全力だ。
 先ほどから、息つく暇もなく仕掛けている。
 だが、ことごとく外されている。アレクがうまいからだ。
 もしかすると、剣神との戦いで消耗しているのかもしれないし、先ほどのアレクの必殺技でどこかを痛めているのかもしれない。
 だとしても、エリスは俺の知る限り、最高のパフォーマンスを見せている。
 だが、これもいつまで続くかわからない。

 ルイジェルドも病み上がりだ。
 つい何日か前まで寝たきりだったのは間違いない。
 今はいい動きだが、急にストンと落ちることもありうる。

 どうする?
 今のままでも負けないが、勝てない。
 俺の魔力は大丈夫だが、いずれシャンドルに限界は来る。
 どうする?
 何をすればいい?
 吸魔石を全力展開し、リスクを覚悟で前に出るか?
 それとも、別の魔術で打開を狙うか。
 仕切り直しをするか。

 苦しい。

「くっ!」

 そう思った時、アレクの狙いが、エリスからシャンドルに変化した。
 エリスへの対応を減らし、アレクの体の表面に、斬撃による傷ができはじめる。
 だが、無論、決定打にはなりえないが。

 狙いは見えた。
 アレクも気づいたのだ。
 シャンドルがやられれば、均衡は崩れることに。

 ぞっと、背中に何かが走る。

 シャンドルの死。
 続いて、エリスの死。
 そしてルイジェルドが死に、一対一となれば、俺も殺される。
 負ける。

(早めに勝負を決めに行った方がいいのではないのか?)

 俺の中で、生まれてはいけない不安が、焦りが生まれる。
 動きが迷い、判断を間違える不安が生まれる。
 小さなミスをし始める。

 俺が小さなミスをしても、ルイジェルドがなんとかしてくれる。
 とはいえ、確実に負担を強いている。

 このままじゃダメだ。

 何か。
 何か一手。
 決定打を打たなければならない。

 そう思った時。

「……!」

 決定打が訪れた。
 森の奥から訪れた。

 最初に吹っ飛んできたのは、鈍色の鉄の塊だ。
 吹っ飛んで、玉のように転がり、木にぶち当たって止まった。
 鉄の塊は、すぐに起き上がった。
 だが兜ははずれ、分厚い鎧はベコベコに凹み、頭からは血が流れ、鼻血も止めどなく、朦朧とした表情だ。
 それでも武器は手放さず、純朴そうな顔を精一杯に歪め、己をふっ飛ばした相手を睨みつけていた。
 ドーガだ。

 次に吹っ飛んできたのは、ヒョロっとした人物だ。
 すでに鎧はなく、上半身は裸。
 貧相な肉体がバラバラになりそうな吹っ飛び方で、先に吹っ飛んできたドーガにぶち当たった。
 ザノバだ。

 そして、決定打。
 それは、赤い肌をして、長い牙を持っていた。
 身の丈は二メートルをゆうに超え、筋肉に包まれていて、猿のように、上から降ってきた。
 タンともトンともダシンとも言えない、なんとも奇妙な着地音で、俺達の近くに降り立った。

「……!」

 鬼神マルタ。
 その姿を見た瞬間、全体の動きがピタリと止まった。
 同時に俺の体に戦慄が走る。
 頭のなかをぐちゃぐちゃの思考が駆け巡る。

 この拮抗状態。
 なぜこっちにきた?
 勝てるのか?
 勝てない?
 一旦引くか。
 それとも攻めるか。

「おお! 鬼神殿!」

 誰よりも嬉しそうな顔をしたのは、何を隠そう、アレクだった。
 彼は、鬼神を見るなり、喜色満面の笑みを浮かべた。

 その笑みを見るに、もしかすると彼も苦しかったのかもしれない。
 そうか、苦しいのはこちらだけじゃない。
 拮抗していたということは、彼も苦しいのだ。

 そうだろう。
 先に進みたい、進みたいと思っている所に足止めをくらう。
 負けはしない、かといって、突破できる対策も見つからない。
 あの必殺技を使いたくとも、使えない。
 そんな状況が長時間続けば、彼とて精神的な疲労はするだろう。

「いい所にきた!」

 アレクの笑顔に対し、鬼神はむすっとした顔をしていた。
 むすっとした顔、かつ、「なんでお前らここにいる?」とでも言わんばかりの顔。
 先ほど、俺を見たアレクが熊に遭ったような顔なら、
 今の鬼神は熊が人間に遭ったような顔とも言える。

 しかし、まずい。

 この拮抗状態。
 おそらく10分もすれば崩れるだろう状態で、敵増援。

「手伝って下さい」

 鬼神が頷いた。


---


 余力は完全になくなった。
 俺は常に戦場を動きまわりつつ、2つの標的に対する援護が必要となってしまった。

 隙を見て、ドーガとザノバの治療には成功した。
 だが、彼ら二人は、鬼神に対して劣勢だ。
 鬼神がその巨体に似合わぬ速度で動く度に、ザノバかドーガが吹っ飛ぶ。
 ザノバが近くの木を無理やり引き抜いて殴りつけても、ダメージが無いかのように反撃してぶっ飛ばし、
 ドーガが巨大な斧を叩きつけても、傷一つつかず、蚊にでも刺されたかのようにドーガをぶん殴り、ぶっ飛ばす。
 ドーガも、ザノバも、決して力が無いはずではないのに。
 それでも、弾き飛ばされる。
 圧倒的なパワー。

 対するアレクは、変わらず攻撃を続けている。
 シャンドルは最後の力を振り絞って、動いているが、戦線を保てているのが不思議なぐらいだ。
 いや、不思議ではない。
 シャンドルが動けぬ分、ルイジェルドが疲れ始めている。
 彼が無理をしているのだ。

 やばい。
 この状況はヤバイ。
 もはや打開策などと言っている状況ではない。
 あと数分もすれば、確実に戦線が崩壊する。
 撤退しなければならない。

 しかし、後ろはない。
 オルステッドの所に到達されてしまう。
 それでオルステッドが死ぬわけではない。
 でも、いいのか?
 それでいいのか?
 それは、敗北だが、本当にいいのか?
 本当に打開策は無いのか?
 せめて、どちらか片方でも仕留めなければ。

 考えろ。
 何かあるはずだ。
 俺の使える手札を、フルに使えば、何かできるはずだ。
 スクロールのほとんどを失い、なんとか一式を戻した。
 一式のガトリング、巨体、スピード、パワー。
 出来る事はないか?
 何か無いか。
 何か……!

「くっ……」

 ついにシャンドルが膝をついた。
 俺は絶望的な気持ちで、鬼神を見つめた。
 こいつだ。
 この暴走機関車を止めなければ、勝ち目はない。

 もう一手。
 もう一手ほしい。
 やや優勢な拮抗状態から、劣勢な拮抗状態に追い込まれただけ。
 まだ、逆転出来る。
 この鬼神をどうにかできれば、ザノバかドーガとシャンドルを交換、シャンドルを後列に配置して、回復させられる。
 一手でいいんだ。
 一手で。


「アーッハッハッハッハッハァー!」


 その時だった。

 周囲に笑い声が響き渡る。
 と、同時に、俺の腕の付け根が、熱を帯びた。
 声に聞き覚えがあったのか、アレクとシャンドルが、バッと顔を上げて、周囲を見渡す。

「随分と面白いことになっているな!」

 次の瞬間、黒い何かが茂みから飛び出してきた。
 黒い鎧に身をまとい、一本の剣を握りしめ、まっすぐに鬼神へと向かう。

「ウガアアアアァァァ!」

 そいつは、鬼神に対して、一撃を見舞った。
 ガキンとボギンという凄まじい音が重なって鳴り響き、剣が折れた。
 腕でガードした鬼神は、その腕からダクダクと血を流しつつ、数歩、後ろに下がった。

「ハアアァァ!」

 黒い何かは、剣が折れても一切気にしなかった。
 そのまま肉薄し、鬼神のみぞおちに、鋭い正拳突きを見舞った。
 鬼神は一瞬前かがみになり、そこに左フック。
 首が一瞬、ぐりんと回ってよろめくが、しかし倒れない。
 鬼神は怪我をしていない腕を振り上げて、黒い何かをぶん殴った。

 黒い何かは数メートル後ろへと飛び、空中で羽を広げ、ふわりと地面に降り立った。

「アーッハッハッハッハ! いいぞ、いいぞ、いい感じだ!」

 魔神語にその姿。
 俺は息を飲んだ。

「アトーフェ様……!」

 不死魔王アトーフェラトーフェ。
 魔大陸で誰よりも恐れられる人物が、そこにいた。

「なんで……」

 彼女は俺に振り返り、顔を獰猛に歪めて、笑った。

「ククク、分体より貴様のピンチを嗅ぎとって、決戦が近いと思って急いで来たのだ! 何がどうなっているかはさっぱりわからんが、間に合ったぞ。鬼神に、アレク……ククク、フフ……アハ、アーッハッハッハッハァー!」

 アトーフェは笑う。何がそんなにおかしいのかと思えるほどに笑う。
 不気味な笑いは森にこだまし、アレクを呆然とさせている。

 しかし分体……。
 そうか、この腕か。
 状況が正確には伝わっていないようだが、しかし、間に合った。
 アトーフェが来た。戦力十分。
 これならいける。

「この場にいる全員、このオレ、魔王アトーフェラトーフェ・ライバックが消し去ってやろう!」

 全員は勘弁してください。
 くそっ、ムーアはいないのか。
 他の親衛隊の面々は?
 手綱は無いのか!
 野放しか!

「と、言いたい所だが……」

 アトーフェは、鬼神と相対した。
 背の高さは2倍ぐらい違う。
 アトーフェも女性にしては大きい方だが、それでも鬼神はでかい。
 縦も横も奥行きも。

「鬼神マルタよ!」
「次は、お前が我輩と戦うのか?」

 鬼神の口から出たのは、流暢な魔神語だった。
 外見に似合わず、威厳のあるしゃべり方をする。
 さすがは神級といった所か。

「貴様の島、鬼ヶ島は、我が親衛隊が占拠した! 大人しくここから去れ! 去らねば、皆殺しだ!」
「……!」

 鬼神は、ギョっとした顔でアトーフェを見た。
 その真意を探るように。
 今の言葉が、嘘か誠か。
 しかし、一つだけ言える事がある。
 アトーフェが嘘をついたり、駆け引きが出来るとは思えない。

「無論、オレは皆殺しでも構わんぞ! むしろその方がいい! そうだ、その方がいいな! よし、掛かって来い!」

 大きく手を広げて構えるアトーフェ。
 その姿、その言葉。
 何かに信憑性を感じたのか。

 鬼神の行動は劇的だった。
 一瞬、体を溜めると、猿のように跳躍した。
 木の上に。
 そして、そのままこちらを見下ろした。

「ちょ……! 鬼神さん!?」

 慌てたのは、アレクだった。
 鬼神はその時、初めてアレクの方を見た。
 どうでもいいものを見るような目で。
 そして、言った。

「おで、帰る。島、大変」

 口から出たのは人間語。
 いなかっぺのようななまった人間語。
 鬼神は、人間語より魔神語のほうが得意なのか。
 しかし二ヶ国語である。
 アトーフェは人間語など喋れないというのに!

「は?」

 鬼神は、そのまま、木を飛び移りながら、森へと消えていった。
 呆然と見送るアレク。
 呆然としていたのは、アレクだけじゃない。
 俺も、ルイジェルドも、シャンドルも、目を丸くしていた。

 そして、一人残った。
 アレクが一人。
 俺と、エリスと、ルイジェルドと、シャンドルと、ザノバと、ドーガと、アトーフェに囲まれて、残った。

 あまりに呆気なく。
 あっけなく、鬼神は帰ってしまった。

「さぁ、敵は一人だ!」
「お、お祖母様……」

 敵に回った父。
 話の通じない祖母。
 同情すらも禁じ得ない状況。
 呆気なく、毒気を抜かれ、どうしようかという空気。

 だが、この場には一人だけ、そんな空気を読まない人間がいる。

「ガァァァ!」

 エリスはその隙をついて、アレクに渾身の一撃を放っていた。

「っ!」

 アレクは、防御した。
 防御だ。
 回避でも、受け流しでもなく、防御をしようとした。

 剣神流の必殺技、『光の太刀』を。
 ガード不能の必殺技を、防御(ガード)しようとした。

 気づけば、アレクの左手が、中空に飛んでいた。
 血しぶきを上げながら。クルクルと。

「あっ」

 その腕がボタリと地面に落ちた。

 それが、戦いの再開の合図となり、そして決定打となった。
 開始された戦いは、形勢などあってないようなものであった。
 北神流には腕を失っても戦う術はあるという、あるいは両手が使えれば、まだアレクにも打つ手があったかもしれない。
 だが、その打つ手は、すでに斬り飛ばされてしまった。
 拮抗したハイレベルの攻防に、左手無しでは戦いにならない。
 そう、もはやそこからは、戦いではなかった。

 ほんの5分。
 たった5分。

 傷だらけになったアレクは、無様にも逃げ出した。


---


「はぁ……はぁ……」

 それは、戦術的撤退ではなかった。
 ただ息を切らし、恐ろしいものから逃げるような敗走だった。

 北神。
 七大列強の一人とは思えない。
 いい高校に入り、いい大学に入り、いい企業に就職し、
 しかしそこで初めて挫折を味わった新入社員のように。
 無様で、そして焦燥感に駆られる敗走だった。

 しかし、そこで終わりだ。
 逃げ場など無い。
 アレクは、ほんの一時間、無様に逃げ続けた後、谷まで戻ってきた。
 追い詰めた。

 追撃戦についてこれたのは、5人だ。
 アレクが逃げ出した瞬間、ザノバは倒れ、ドーガもその場にへたり込んでしまった。
 だが、まだ5人。
 シャンドルに、アトーフェ。
 エリスにルイジェルド。
 そして俺。

 目の前には、谷。
 狭い場所ではなく、200メートルを超える断崖絶壁。
 逃げ場はなく、戦力は十分。

「くそ……」

 追い詰めているのか。
 それとも演技なのか。
 アレクは息を切らしながら、崖の縁で立ち止まった。

 余裕が無いようには見える。
 だが、油断はならない。
 片腕を失ったと言えども、彼はもともと王竜剣を片手で操っていた。
 重力を操る王竜剣の前では、片手などあってないようなもの。
 よく腕を斬り落とされる俺が言うのだ、間違いない。

 と、思うのだが、アレクの顔には、恐怖が張り付いているように見える。
 でも北神流だし……。

「もう、諦めなさい。無いだろう。君に、この状況を打破する術は」

 シャンドルがそう言うからには……彼に逆転の目は無いということか?

「そうだ、大人しく死ぬがいい!」
「母さん、今は僕がアレクと話してるから、ちょっと黙ってて」
「む……ああ……」

 口を挟んだアトーフェだが、シャンドルに黙らされた。
 あのアトーフェが大人しく。
 そうした光景を見ると、やはりこいつらは家族なのだなと再認識。
 全然似てないが。

「こほん……オルステッドとの戦いに備えて力を温存し、片腕を飛ばされた時点で、君の負けだ。どんな時でも相手を舐めるなと、昔教えただろう」

 手加減からの、取り返しのつかないミスをしての敗北。
 よくあることだ。
 特に、格下をナメて掛かっている時に。

「剣を捨てて、投降しなさい。君の親として、悪いようにはしないから」

 シャンドルの優しい言葉。
 『親として』。
 この数年で、俺もその言葉には随分と弱くなってしまった。

 本当なら、スペルド族をも皆殺しにしようとした彼を許してはおけない。
 でも。
 彼はヒトガミの直接の使徒ではなく、ギースの使徒っぽいし、未遂だし……。
 アレクが泣いて謝るなら……まぁ、でも、うーん……。

 見たところ、彼は若い。
 若きこと、パウロの如きだ。
 実年齢についてはわからないが、俺の親となったばかりの頃のパウロより、ずっと若いだろう。
 幼い、と言い換えてもいい。
 なら、今からでもきちんと学び直せば……。

 と、そこでふと思った。
 そんな幼い子が、こんな上から目線の物言いを、素直に聞くのか。

「嫌だ!」

 だろうな。

「僕は全力で戦ったわけじゃない!
 左手(コレ)だって偶然だ。鬼神が逃げなければ、こんな事にはならなかった!」
「それも君の敗因だよ」
「仲間に頼るなっていうのか!?
 お前たちだって4人で戦ったくせに!」
「英雄は、仲間のせいにはしない。
 いざという時に仲間に助けてもらうが、
 例え途中で仲間の助力が無くなっても、勝つものだ」

 シャンドルはハッキリと言い切った。
 それ以外に正解は無いと言わんばかりに。
 そのせいか、妙に説得力があった。
 彼がどんな英雄伝説を紡ぎだしてきたのか、俺も細部まで知っているわけではないが……さすが引退英雄というべきか。

「それに、君の敗因はそこだけじゃない。戦略だよ。全力で私たちを叩いて、それから一旦引いて、回復してから再挑戦すればよかったんだ」
「オルステッドを叩くチャンスが、そう何度もあってたまるか!」
「そう、誰かに仄めかされたのか?」
「……!」

 図星をさされた顔をしていた。
 ギースだな。
 オルステッドは、ヒトガミの視界に映らない。
 そして、オルステッドは長らく、行方不明とされていた。
 シャリーアに来れば会える、というのはあくまで俺の常識だ。
 ここでしか会えない、今しか戦うチャンスが無い、と思っても仕方ないかもしれない。

 特に、アレクはまだ若い。
 英雄になりたい、という言葉も、父親を超えたい、という言葉も、若さから来るものだと思う。
 次なんて無い、目の前にあるチャンスは全てモノにしたい。
 そう思っても仕方がない。

 ちょっと強引すぎるが。
 その姿勢そのものは、応援できるものだ。

「君はもっと、同世代の、同じ目標を持てる友達かライバルを見つけるべきだったね」
「うるさい!」

 シャンドルの憐れむ言葉にアレクが叫び、剣を構える。
 エリス達もそれに呼応するように、剣を構える。
 俺もまた、構えた。
 五対一。
 勝ち目などあるはずが無いのに。

「僕は、まだ、負けてない! 英雄は、ここから逆転する! お前たちはみんな倒す! スペルド族も滅ぼす! そしてオルステッドだ! 龍神を殺し、僕は英雄になる!」

 剣から何かが発する気配を見た瞬間、俺は左手を上げた。

「『腕よ、吸い尽くせ』」

 重力が一瞬だけ狂った。
 エレベーターに乗った時のように、一瞬だけ体が浮きかけるが、すぐに地面へと戻る。

「ウリャアアアァァァ!」

 次の瞬間、アレクは剣を振りぬいていた。
 俺を含む五人が、散開するように背後へと飛ぶ。
 だが、アレクの狙いは誰でもなかった。

「くっ!」

 地面だ。
 アレクは地面に巨剣を叩きつけ、破壊した。
 一瞬にして土砂が舞い散り、視界が埋め尽くされる。
 煙幕の中、攻めてくるのか。
 そう思って身構えた時、俺の千里眼が、土煙の隙間をとらえた。
 後ろ向きに、谷へと落ちていくアレクの姿を……。

 まさか、自爆したのか。
 自分の斬撃でふっとばされて、落ちたのか……?

 違う。
 アレクの顔には、笑みが張り付いている。
 嫌らしい笑み。
 勝利の笑み。

 いや……そうだ。

 アレクは、橋から落ちても、戻ってきた。
 王竜剣の能力は、重力操作。
 谷底に落ちても、簡単に上がってくる事ができる。

「……!」

 次の瞬間、俺は跳んだ。
 アレクを追って、谷へと。
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