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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第23章 青年期 決戦編

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第二百五十一話「狂剣王vs元剣神」

 エリスたちは、気づけば谷から遠く離れていた。
 鬼神が動いた次の瞬間、ガル・ファリオンが戦場から離れるように走りだしたからだ。

「この辺がいいか」
「……」

 ガルが止まったのは、森の中でもやや開けた場所であった。
 時間にして、約一分。
 しかし、ガルの足は速く、谷との距離はかなり離れてしまっている。
 エリスはルーデウスと距離が離れた事に、やや不安を覚えたが、
 すぐに目の前の敵に対して、意識を集中させた。

「鬼神は暴れだしたら見境がねえからな。邪魔されんのはごめんだ」

 ガルはそう言って、改めてエリスと向かい合った。

「……」

 しかし、剣は抜かない。
 まるでお前ごときには素手で十分だと言わんばかりに。
 エリスの目から見ても、隙の多い立ち姿である。

 対するエリスは、愛剣『鳳雅龍剣』を大上段にかまえている。

 しかし、目の前にいるのは仮にも剣神である。
 エリスはその隙を攻めるべきか否か、少し決めかねていた。

「……お前、元気そうだな」

 意外であった。
 意外にも、ガルは言葉を発した。
 否、ガルも人間。言葉を発するのはおかしな事ではないはずだ。
 だが、それでも、このような状況になったにもかかわらず、この男が剣ではなく、言葉で会話をしようとしたのが、エリスには意外でならなかった。

「……」

 訝しげに首をかしげたエリスに、ガルはハッと笑う。

「ジノって覚えてるか? ジノ・ブリッツ」
「……いたわね。パッとしない奴だったわ」

 その答えに、ガルはハッと笑った。

「そう。年齢の割には強かったが、パッとしなかったアイツだ」

 ガルはそう言って、空を見た。
 風で木が揺れ、さわさわと葉のこすれあう音が聞こえる。
 鳥や、小動物の気配は無い。
 ただ、遠くから木々の倒れる音や、何かが破裂するような音が聞こえる。
 鬼神か、あるいは北神の戦う音だろう。

 その音に乗って、ガルの言葉が流れてきた。

「今はあいつが剣神だ」
「…………は?」
「俺は、あいつに剣神の座を譲った」

 エリスは言葉の意味がわからなかった。
 剣神ガル・ファリオンが剣神じゃない。
 そう言われても、エリスには理解できない。

「あの野郎、なんなんだろうな。いきなりニナと結婚する、とか言い出しやがってよ。それで、ニナと結婚したけりゃ俺様より強くなれ、なんて言った途端……強くなりやがった」

 そう言うガルは実に愉快そうだった。
 口角を上げ、ニヤニヤと笑いつつ、当時の事を思い出している。

「一瞬だったぜ。あんなに速くて重い剣は、俺様の若い頃でも、一度か二度か……いや、俺様より上だったかもしれねぇ」

 ガルは何かを思い出したのか、中空で手をブンと振った。
 衝撃波すら発生しそうな速度で振られた手刀。
 その手刀を返そうとして、ピタリととまる。

「この俺様が、二太刀目を振れねぇんだぜ? 意味がわからねぇ」

 そして、腕を組み直した。

「生まれた時から最強だった俺様にゃわかんねぇが、やっぱり普通の奴には、そういう瞬間があるんだろう。一皮むける瞬間がな……」

 もう一度空を見上げ、ガルは言う。
 いや、もう最強じゃねえかと口の中でつぶやきながら。

「何にせよ。アイツは欲しかったもんを全てを手に入れた。惚れた女に、剣神の座……剣の聖地では、今や誰もがあいつを認めている。剣神と言えばジノって時代も、そう遠くはねえだろう」

 そこで、ガルはエリスを見た。
 ようやく、彼女を真正面から視界にいれた。

「それに対してお前はなんだ?」
「……何がよ」
「男をこしらえた挙句、敵だった龍神オルステッドに尻尾振ってやがる」

 ハッ、と。
 ガル・ファリオンは笑うが、そこに笑顔はない。
 怒りが篭っているとも言える顔で、エリスを睨みつけた。

「俺様は、お前に託したんだ。龍神オルステッドっていう、絶対的な何かを打倒する夢をな」

「今考えると馬鹿馬鹿しい。なんでこんなことをお前なんかに託したのか」

「すっかり牙の抜けちまいやがって。ハッ、何が狂剣王だ。お前のどこが狂ってるってんだ? 男を手に入れたのはいいにしても、三番目だ? そんなもんに満足してんのか?」

 矢継ぎ早に繰り出される言葉。
 しかし、エリスの耳には響かない。
 だからなんだとしか、言い様がない。
 知ったことではない。
 お前に何かを託された憶えなど、無い。

 ゆえにエリスはこう答える。

「……あんたは、女々しくなったわね」

 剣神の瞳孔が、キュっとすぼまった。
 殺気が凝縮され、腕へと向かう。

「お前は破門だ」
「どうでもいいわ」
「剣王なんて、二度と名乗らせねぇ」
「やれるもんなら、やってみなさいよ」

 エリスはすでに臨戦態勢だ。
 むしろ、なぜ今までこんな言葉遊びをしていたのかと疑問に思う心すらある。

「勝てるつもりか?」
「当たり前じゃない。あんたみたいな雑魚、一撃であの世に送ってあげるわ」
「ハッ……雑魚なんて呼ばれたのは、人生で二度目だ」

 ガル・ファリオンは構えた。
 足を広げ、腰を落とし、剣柄に手を添えて、剣を隠すように、構えた。
 居合の構え。
 かの剣王ギレーヌ・デドルディアが得意とした、必殺の構えを。

「……」

 エリスはそれを見て、奥歯を噛み締めた。

 剣神流は、とにかく最速で重い剣を叩き込む事を主流とした剣術である。
 しかしながら、三つの構えがある。

 一つは中段。
 どんな理合であろうとも対応する、剣神流の基本形。

 一つは上段。
 相手の理合を崩し、より前へと攻める者に向いた、攻撃型の構え。

 最後に居合。
 相手の理合を見切り、嗅覚で最善のタイミングを取れる者に向いた、防御型の構え。

 すなわち、
 理合を見切る者は居合を、
 理合を崩す者は上段を
 どちらにも特化していない者は中段を構える。

 天性のリズム感を持ち、相手の理合を積極的に崩せるエリスは上段を得意とする。
 獣族としての嗅覚や聴覚、直感と反射に優れるギレーヌは居合を得意とする。

「……」

 ガル・ファリオンが取ったのは、居合である。
 この元剣神は、どの構えでも戦う事ができる。
 だが、今の状況を見て、居合を選択したのだ。

 それがわかっていながらも、しかしエリスは恐れない。
 無言で、細い息を吐きながら、ジリ、ジリと間合いを詰める。

 その瞬間、ガルは違和感を抱いた。
 エリスが、妙に静かだった。
 剣の聖地にいた頃は『狂犬』の名の通り、牙をむき出しにして愚直に襲いかかってくるあのエリスが。
 襲いかかってこない。

 ただ、変わらぬものもある。
 表情だ。
 エリスは笑みを浮かべていた。
 ニマニマと気持ちの悪い笑みを顔に張り付かせ、しかし修行僧のような玲瓏とした雰囲気を纏い、立っていた。

 その表情を見ていると、つい自分から仕掛けたくなるほどに。
 だが、ガルは仕掛けるつもりはなかった。
 ただ、大木を背に、時が止まったかのような姿勢で待った。

「……」
「……」

 それは、異様な光景であった。
 特に二人を知るものが見れば、ただひたすらに奇異に映っただろう。
 エリスも、ガルも、自分から攻めていくのを得意とする剣術家である。
 でなければ、剣神流で上にのぼることなど、できはしない。
 しかし、動かない。
 雪のように舞い散る木の葉だけが、時間が正常に流れていることを示していた。

 だが、この光景を見て、あの時と同じだと思う者もいるだろう。
 例えば、先の会話に出ていた人物、ジノ・ブリッツ。
 彼は、見たことがある。
 剣神流が静止状態になる戦いを。

 そう、数年前。
 エリスが剣王となったあの日。
 エリス・グレイラットと、ニナ・ファリオンとの戦いである。

 動かない。
 二人とも動かない。
 あるいは、高レベルな剣神流同士であれば、こうして静止するのが常であるかのように、動かない。

 否、動いている。
 エリスは、ジリジリと、ほんの指先ほどの距離であるが、間合いを詰めている。
 今はギリギリ、一足一刀。
 エリスの間合いの中である。
 だが、この距離は遠い。
 必殺には程遠い。
 最高の一撃を放つには、今少し、足りない。

「……」

 エリスとニナの戦いでは、先に動いた方が負けた。
 完璧な『光の太刀』を放ったニナに対し、エリスは速度でもってそれを上回った。
 ガル・ファリオンであるなら。
 仮にも剣神と呼ばれた男なら、エリスの動きを超えることなどたやすい。
 巧妙にエリスの間合いを外し、ほんの少しだけ自分の剣を先に届くように調整することは可能である。
 だが、しない。
 ガル・ファリオンは不動の構えを貫いた。
 間合いを詰めることも、角度を変えることもしない。
 ただ動かず、エリスの動きを見据えている。
 この世界には、エリスしかいないとでも言うように、エリスだけの動きを。

 やがて、エリスが必殺の間合いへと入った。
 最も自信のある、最高の斬撃を放てる位置へと立った。

「……」

 エリスの中に小さな、本当に小さな迷いが生まれた。
 ガル・ファリオンに隙はない。
 今、この場で『光の太刀』を放てば、いかに元剣神といえども、斬り伏せる自信がある。
 だが、相手はガル・ファリオンである。
 剣の聖地に赴いたあの日、あの屈辱の瞬間を思い出す。
 まったく見えず、ガル・ファリオンにふっとばされた、あの瞬間。

「……っ!」

 次の瞬間、ガル・ファリオンが動いた。
 腰をほんの数ミリだけ落とし、剣柄を握る手に力が篭った。

 エリスはそれに釣られるように、動いた。
 動いてしまった。
 完璧な動作から、必殺の一撃へと。
 『光の太刀』
 世界最高の剣技が、放たれた。

 だが、その瞬間、エリスの目は捉えていた。
 ガル・ファリオンの手が、逆手で剣柄を持っていたことを。
 それは、『光返し』ではなかった。
 だが、間違いなく『光の太刀』であった。
 エリスが今まで見たこともない『光の太刀』であった。

「水神流奥義『流』」

 エリスの手に、ぬるりとした感触が残った。
 大上段から放たれた『光の太刀』は、迎撃するように放たれたガルの神速剣とぶつかり、流された。

 ガルの後ろの大木が斜めに両断された。

 剣と剣が離れる寸前、ガルの加えたほんの少しの圧力で、エリスの上体がほんの少し、かしいだ。
 エリスは振りぬいたその姿勢のまま体勢を崩された。

 それだけで十分。
 ガルの瞳に、無防備なエリスの首が映った。

 返す刀が走る。
 慣れない他流派の奥義を使った代償か、その剣速は決して速いものではない。
 その剣速は光に達しない。
 せいぜいが音速。
 『無音の太刀』。

 だがこの距離、この間合い。
 人を一人殺すのに、『光の太刀』など必要ない。
 ただ、首を切り飛ばすだけの一撃があればいい。

 ギロチンのように、刀が落ちた。

 鋭い音がした。
 キン、とも、カキンとも言える、金属のぶつかる音。
 剣は止まっていた。 エリスの首筋に食い込み、動脈に達しつつも、止まっていた。

 ガルの目が見開かれる。
 いつしか、エリスの後ろには、一人の男がいた。
 緑色の髪を持ち、白亜の槍を持った戦士がいた。
 エリスの後ろに隠れるように立っていた彼が、守護霊のようにガルの剣を受け止めていた。

 もし、今のが光の太刀であったなら。
 ガルがほんの一瞬そう思った次の瞬間。

「があぁぁぁぁ!」

 体をひねりつつ、右腰より抜刀されたエリスの剣が、ガル・ファリオンの胴体を薙いだ。

「……ぐっ!」

 咄嗟にガル・ファリオンは、背後へと飛び退った。
 トンと、背後へと着地する。

「……」

 だが、着地した足に、上半身は乗っていなかった。

 ガル・ファリオンの上半身は、中空を飛んでいた。
 くるくると三回転して、地面に落ちた。


---


 ガル・ファリオンは、己の下半身がゆっくりと倒れるのを見ていた。
 己の敗北を見ていた。

「ああ、畜生……」

 仰向けになったまま、ガル・ファリオンはつぶやく。

 見えていなかった。
 エリスの後ろに隠れたスペルド族が、見えていなかった。
 否、見えてはいた。
 見えてはいたが、気にも止めていなかった。
 この程度の相手ならいてもいなくても変わらぬと、そう思っていた。

 事実、ルイジェルドは『光の太刀』が見切れていない。
 そのあまりに早い剣閃は、いかに歴戦の戦士といえども、捉えることはできなかった。

 だが、ガルの二太刀目は違う。
 あれは光の太刀でもなんでもない。
 首を切り落とすだけの必要最低限の速度と力の込められた、斬撃だった。
 並の戦士であれば、止める間もなくエリスの首は両断されていただろう。
 だが控えていたのはルイジェルド。
 数百年を生きる歴戦の戦士。
 見えないはずもない。
 止められないはずもない。

 ガルは、ルイジェルド・スペルディアを見誤った。
 そして、ルイジェルドを信頼し、背中を任せたエリスをも。
 もし、エリスに迷いがあれば。
 ルイジェルドがあそこで止めてくれるだろう事を、ほんの一瞬でも疑っていれば。
 ガル・ファリオンの跳躍は間に合っていただろう。

「なんで、剣神流の技を使わなかったのよ?」

 仰向けに倒れたガルを、首筋からダラダラと血を流すエリスが尋ねた。
 一瞬の攻防であったにも関わらず、その額には、汗がびっしょりと付いている。

「負けると思ったのさ」

 一太刀目から。
 エリスと同じく大上段に構え、最速の『光の太刀』を放っていれば、ガルが勝っただろう。
 だが、そうはしなかった。
 できなかった。

 ガル・ファリオンの脳裏によぎったのは、ジノ・ブリッツとの戦いの記憶である。
 信じて疑わなかった自分の剣。
 信じて疑わなかった自分の技。
 それが、いとも簡単に破られ、そして敗北した記憶。
 左手を骨折し、無様に道場に尻もちをついたあの瞬間。
 周囲の視線。
 見下ろすジノ。

 それが、初太刀に光の太刀を放つ意思を鈍らせた。
 ガル・ファリオンは剣の天才である。
 剣神と名は付いているが、水神流の道場を叩けば、水帝程度までは上がれる才気に溢れている。
 ゆえに、水神流の技を使った。
 確実に勝てるという自信もあった。開き直りもあった。
 剣神を名乗っていた頃であれば、そんなことはできなかった。
 剣神としての振る舞いがあった。
 剣神として、剣神流の技を使わねばならぬという義務感のようなものがあった。

 だが、今は違う。
 より確実な方法を取るため、水神流の技で『光の太刀』を流すことに、何の障害もなかった。

 ゆえに、口を使ってエリスを挑発し、先手を取らせた。
 剣神と呼ばれていた頃の自分なら、絶対にやらない事。
 思えば、ギースの指示通り、ルーデウスの腕を切り飛ばしたのも、絶対にやらない事であった。

 恐らく、最初から歯車が狂っていたのだ。
 ジノ・ブリッツに負けた時から、狂っていたのだ。
 ガル・ファリオンに、昔のような自信はもう無い。
 昔のような強さも無い。
 最強の剣士はすでに存在しないのだ。

「お前の言うとおり、俺様は女々しい雑魚だったのさ」

 ガルは言い訳はしない。
 己の技を信じた者が勝ち、信じられなかった者が負けた。
 ただ、それだけのことだ。
 そして、戦いの前に自分が吐いた言葉の、なんと女々しい事か。
 あんなセリフを吐くぐらいなら、とっとと斬りかかればよかったろうに。
 あれではまさに雑魚、エリスから見れば、酒場の酔っぱらい以下の存在だったろう。

 オルステッドと戦わなければならない、このままで終われない、最後に一花咲かせたい……そんな気持ちに突き動かされてギースの誘いに乗ったが、これでよくオルステッドに挑もうなどと考えたものだ。
 そう思えば、自嘲げな笑いすら出てこない。

「……何やってんだろうな」

 エリスはそんな彼を見下ろし、思った。
 哀れだ、と。
 そして言い知れぬ悲しさが湧き上がってきた。
 これが、かつて自分が震え、僅かながらも恐れた者の末路か、と。
 ゆえに聞いた。

「……言い残すことはある?」

 ガルは、目だけでエリスを見上げた。
 赤い髪の女。
 最初にみた時から、素質があると思った。
 荒削りだが、ギレーヌ以上の素材だと思った。

 まさか、自分を殺す相手だとは、露ほども思わなかった。
 ずっと下にいる存在だと思っていた。
 戦えば、いつだって勝てると思っていた。

「自分のためだけに振るう剣は純粋で、純粋な剣は誰よりも鋭くなる。
 人は変わる。他人のために振るう剣はつえぇが、他人のせいで左右する。
 一度迷えば、以後はその迷いに取り憑かれる。剣が鈍くなる。
 俺様がそうだ。
 女ができて、子供が生まれて。弟子を育てて。剣神としてやるべきことは何だ……なんてくだらねえことを考えてたら、こんなに鈍くなっちまった」

 ガルは、薄れゆく意識の中で、言葉が漏れていくのを感じた。
 伝えるべきことがあるわけではない。
 言い残したい言葉があるわけではない。
 前々から死に際の言葉を考えているわけではない。
 こんな所で死ぬなどとは、思っていなかった。
 ただ思った事が口から漏れた。

「エリス。
 やっぱりお前は、いいな。
 弱くならなかった。
 取り憑かれてるようにみえて自由だ。自由なままだ」

 ごぽりと、ガルの口から血の塊が流れ出る。
 その血を拭うことなく、ガルは己が握り続けた剣をエリスに差し出した。

「……やるよ」
「もらうわ」

 脈絡のない行動。
 だが、エリスはそれをすぐに受け取った。
 死を間近としたガルの手は、恐ろしく冷たい。
 だが、剣柄は熱かった。

「ハッ……」

 それを見届けガルは息を吐いた。
 もはや、息を吸う力も、残っていない。

「自由に生きた奴が強ぇのは、いいなぁ……」

 腕が落ちた。


 剣神ガル・ファリオンが、死んだ。


「……」

 エリスは無言で膝をついた。
 ガルの腰から、鞘を引き抜いた。 
 そして、受け取った剣を鞘へと納め、己の腰に差した。

「ふぅー……」

 彼女は大きく息を吐きつつ、懐から一枚のスクロールを取り出した。
 初級の治癒魔術スクロール。
 いざという時のためにと渡され、持っていた一枚。
 それをダクダクと血を流し続ける首筋に当てて、魔力を流し込む。
 傷口は一瞬で癒えた。

「……エリス」
「行きましょう、ルーデウスの援護に」
「ああ」

 二人は短くそう言って踵を返し……。
 数歩歩いた所で、エリスは立ち止まった。
 振り返る。
 無残に死体を晒すガル・ファリオンを視界におさめ、エリスは拳を握りしめた。

 呪文を詠唱した。
 これだけは憶えておくべきだと、大昔にルーデウスに言われ、ギレーヌと共に何度も何度も練習した魔術を。

「――『火弾(ファイアーボール)』」

 エリスの手から放たれた火球は、ガル・ファリオンの死体を燃やした。
 炎に包まれるガル・ファリオンの死体を、エリスは最後まで見届けなかった。
 踵を返し、足早にその場を歩み去った。

 炎は近くの木に燃え移り、狼煙のような煙を出し続けた。
 誰に邪魔されることもなく、自然とその火が消えるまで、ずっと……。
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