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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第23章 青年期 決戦編

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第二百四十九話「地竜谷の底」

 目が覚めると、白い場所にいた。
 俺の体は前世のものへと変わっており、無力感が襲う。
 久しぶりの感覚だ。
 そして、この感覚と同時に、敗北感が襲ってくる。

 俺は、負けたのだ。
 ルイジェルドという餌に釣られ、
 ビタを倒した事で油断を誘われ、
 ビヘイリル王国に渡りをつけて、ギースに居所を知られ、
 結果として、剣神と北神の二人を自らの懐に呼び込んだ。
 挙句、一人になって、前後を挟まれ、あのざまだ。
 思い返してもため息が出る。

「……」

 ギースは、よく見ているよな。
 腕を根本から切り落せば魔術が使えないなんて、俺ですら知らなかった。
 場所の選び方もうまい。
 確かに、橋の上じゃ、一式は呼び出せない。
 予め、ああいう地形を選んで戦いを開始するように、って言ってあったんだろうな。
 今は、魔法陣を広げなくてもどうにかなるシステムをロキシーが作ってくれたけど、ギースはそれは知らないし……。
 二式改なら、あの二人で戦えば負けないだろうしな。
 もっとも、あの二人自身も、橋が二式改の踏み込みにすら耐えられないとは思わなかったみたいだが。
 でも、そう考えてみれば、下に逃げ場はあったんだよなぁ……。

「……」

 結局、ギースはどこにいたんだ?
 ビヘイリル王国の国王に化けていたって所かな?
 声が違ったけど……ギースのことだから、声真似ぐらいできるだろうし。
 なんだったら、お前の助力があれば、どうにでもなるだろう?
 まてよ。
 怪しいと言えば、シャンドルも怪しいな。
 声も顔も体格も、ギースと似ても似つかないけど、魔道具か、魔力付与品(マジックアイテム)があれば変えられる可能性もありそうだし。
 最初からアスラ王国に潜り込んで、黄金騎士団長とやらを拘束した、とか。
 やけに情報収集が手馴れていたし、可能性は高いよな。

「……」

 にしても最近、こういうのが多いな。
 夢を利用しての精神攻撃。
 冥王ビタもそうだった。
 あ、もしかして、お前もスライムみたいな姿をしているのか?
 そのモザイクみたいな姿は、別に姿を隠しているとかじゃなくて、もともとそんな姿だとか?

「……」

 なー、おい。
 そろそろなんか言えよ。
 一人で喋ってるのは馬鹿馬鹿しいだろ。
 俺が負けたんなら、笑いながら種明かしでもしろよ。
 お前の役割はそういうのだろ。
 肩をポンと叩いて、ご苦労さん、頑張ったけど僕の勝ちだ、残念だったね、デュフフ、とか言うんだろ?
 ほらこいよ、最後にぶん殴ってやる。

「…………死ねよ」

 だから、死んだんだろ。
 ていうか、どうしたのヒトガミちゃん?
 今日はなんだか、モザイクのキレが悪いよ。
 なんか落ち込んでる?

「お前が動く度に、僕の未来が変わっていく」

 そりゃそのために動いているしな。

「僕は、自分の未来は常に見れるんだ。
 ずっとずっと先の、自分の未来が見れるんだ」

 ああ、知ってるよ。
 未来視だろ。
 確か、三人まで。
 ん? 三人目は自分の未来を見てるとか?

「三人? 本当はもっと見れるさ。
 でも、自分の未来からは、目が離せない。だから、三人なんだ」

 ……自分の未来を見るのに、大半の力を使ってるって事か?

「僕の未来は、真っ暗だ。ある瞬間から、暗くなった」

 お先真っ暗、てか。

「最初はオルステッドだけだった。でも、オルステッドは雑魚だ。僕の敵じゃない。あんな短絡的な馬鹿には、絶対に負けない」

 馬鹿って……。
 まぁ、オルステッドも、ちょっと抜けてる所あるよな。
 この間も、スペルド族のこと、黙ってたし。
 俺も人の事は言えないけど。

「でも、ある瞬間から、オルステッドの隣に、一人の男が立つようになった。
 僕の知らない男だ。全然違う。恐らく、この世界の人間じゃないんだ。
 その時は、ちょっと暗くなっただけだった」

 あー。
 もしかして、それってナナホシの彼氏じゃないか?
 名前は……忘れたけど。

「でも、すぐに、他の奴が増えた。女の子だ。それから僕の未来は暗く、静かになっていった」 

「お前が動くたびに、オルステッドの回りに仲間が増える」

「その度に、僕の未来は暗くなる」

「もう、真っ暗だ」

 じゃあ、俺がやった事は、無駄じゃなかったって事かな?

「いや、全部無駄だよ。無駄にしてやる」

 憎々しげだ。
 でも、もう死んだんだとすると、できることもないしな。

「お前が死ねば、まだ間に合う。
 所詮は一人が作った未来だ。
 運命の強い人間を殺せれば覆る。
 今まで、僕はずっとそうやってきた」

 いっそ、命乞いでもしようか……?
 土下座して、家族の命だけはどうにかしてください、って言うの。
 ま、そういう状況なら、もう無理だろうけど。

「死ね」

「死ね、死ね」

 死ね死ねって小学生かよ。

「死ねよ、ルーデウス」

 話聞けよ。


---


 目が覚めた。
 寝覚めは最悪だ。
 こう、ああも真正面から死ね死ねと言われると、やっぱり嫌な気分だな。

 でもまぁ、死ねとは言えども殺してやる、と言わない所からヒトガミの他力本願さがわかるというか、なんというか。
 あくまで自分は手を下さない。
 上から指示を与えるだけ。
 嫌な奴だ。

 それにしても。

「生きてるのか」

 確実に死んだと思った。
 魔導鎧『二式改』は、高い強度を持っている。
 だが、俺は生身だし、気絶していた。
 その上、あの高さだ。
 落下の衝撃に耐えられるとは思えない。

 しかし、こうして目覚めた以上、耐えられたのだろうか。
 何かがクッションになったとか?
 木々があったようには見えなかったが……。
 ともあれ、丈夫に産んでくれた、おパウロさん、おゼニスさん、ありがとう。

「……ん」

 体を起こす。
 周囲は薄暗い。洞窟だろうか。

 ふと違和感があった。
 今、体を起こす時に、何を使っただろうか。
 腹筋に力を入れて、肘をついて……。

「あれ? 腕がある」

 剣神に両方とも斬り落とされたはずの腕が、なぜかくっついている。
 俺に自己修復機能は無いはずだが……。
 そう思いつつ、じっと手を見る。

「おあ! なんだこれ……」

 俺の手は、真っ黒だった。
 黒曜石のような漆黒の腕だ。
 しかし、神経でも通っているかのように、自在に動く。
 視線を二の腕まで上げてみると、黒い腕は、肩の根本のあたりで植物のように根付いていた。
 ちょっと気持ち悪い。

 ていうか、どうやら魔導鎧二式改も脱がされているようだ。
 足パーツもない。
 下はパンツ一丁だ。

 ついでにいうと、体中に包帯が巻かれていた。
 脇腹のあたりが血で滲んでいる。
 応急処置だろうか。
 治癒魔術の使えない奴に助けられた、ということだろうか。
 というと、この腕も、そいつのお陰……か?

「……あ」

 周囲を見渡していると、俺の服が折りたたまれていた。
 その上には、なんと、腕がゴロンと置いてあった。
 生首ならぬ生腕だ。
 あ、この腕、俺のだな。
 龍神の腕輪がはまってる。

「痛っ……」

 慌ててそこに移動しようとして、体中に痛みが走る。
 すぐさま治癒魔術を唱えて、傷を癒した。
 そして、腕輪を生腕からはずして、黒い腕にはめた。
 効果……あるよな?

「ここはどこだ?」

 口に出しつつ、立ち上がってみる。
 同時に、掌に火を出して、周囲を照らす。
 広さは5メートル四方。壁は土。
 天井があるところを見ると、やはり洞窟か。
 洞窟の最奥、そこに、布か何かが敷かれており、その上に寝かされていた。
 この布は……マントか?

「……」

 ひとまず、位置を確かめるべく、洞窟の出口へと向かう。
 洞窟は湾曲しているが、すぐに光が見えた。
 出口だ。

 しかし、出口には何者かが立っていた。
 巨大な背中。
 体に見合った、大きな鎧。

 彼は俺が近づくと、ゆっくりと振り返って、兜の面頬を上げた。
 見覚えのある顔が現れた。

「ドーガ……」
「……うす」
「お前が、助けてくれたのか?」
「……橋が落ちてるの見て、すぐ、飛び込んだ。ルーデウス、気絶してた。運ぼうとしたけど、鎧、重かったから、脱がせた。ここ連れてきて、手当した」

 助けてくれたらしい。
 こんな、谷の底に飛び込んで……。
 うう、ごめんよドーガ。
 影が薄いとか、いなくてもいいとか言って。

「そうか、ありがとう、君は命の恩人だ。ごめん、一人になって。油断したよ」
「……うす。シャンドルの、命令だから」

 ドーガはそう言って、ゆるく笑った。
 言いつけとはいえ、彼はずっと、俺を守ってくれようとしてくれていたのだ。
 いいやつじゃないか。
 二人を守ろう、なんて考えていた俺が馬鹿らしい。

「この腕も、お前が?」

 黒い腕を持ち上げてみると、ドーガは首を振った。

「見つけた時、ルーデウス、繭みたいに、なってて、開けてみたら、繭、腕になった」

 ……?
 繭になってて、繭が腕になった?
 腕は繭として、じゃあ、その繭はなんだよ。
 こんな腕がくっつくようなもの、持ってたっけか。
 そう思いつつ腕を見ると、ドーガがすまなさそうな顔をした。

「元の腕、一本は、見つけた。
 もう一本は、探したけど、無かった。食べられたかも。ごめん」
「あ、いやいや、いいんだよ」

 治癒魔術で、また生えてくるからね。
 ……この黒い腕がはずれれば、だけど。

「ここはどこなんだ?」
「谷の底、一番、深い所」
「そうか…どれぐらい経った?」
「わかんない。ここ、太陽、登らない。二日か三日以上は、経ってると思う」

 そう言って、ドーガは体をずらした。
 すると、俺の目に、光が飛び込んでくる。
 薄ぼんやりとした、やや青い光。
 洞窟の外には、光る苔や、光るキノコのようなものが、びっしりと生えていた。
 それが、周囲を光らせているのだ。

 しかし、目についたのはそれだけではない。
 洞窟の外。
 洞窟の入り口を塞ぐかのように、三つの死体があった。

 甲羅を持つ、恐竜のような生物。
 地竜だ。
 それが、なぜか三匹も、死体となって転がっていた。

「……これは、お前が?」
「うす。オレ、ルーデウス、守った」

 見れば、ドーガの斧には、真っ赤な血が付いている。
 地竜の血液か。

 それにしても、一人で倒したのか。
 すごいな。
 ちょっと、ドーガを甘く見ていたかもしれない。
 ていうか、北神カールマンだか、剣神だかが言ってたな。

「お前、北帝なんだっけか?」
「うす。師匠には、まだ、未熟だって言われるけど。魔物、倒す、得意」

 誰だよ、ドーガは使えないとか言ってた奴は。
 アリエルは、きちんと使える戦力を寄越してくれてたじゃないか。
 すいません、俺です。
 正直、ナメてました!

「そっか……すごいな」
「うす」

 褒めると、彼はまた、嬉しそうに笑った。
 しかし、ドーガが北帝だとすると……。

「シャンドルは?」
「…………俺、言えない」
「そっか」

 まぁ、心当たりはある。
 帰ったら問い詰めよう。

「さて、ここから脱出しないとな」

 とにかく、今は戻ることが先決だ。

 剣神に、北神。
 敵は強大で、姿を隠している。
 もしかすると、俺がやられたことを、まだ誰もしらないかもしれない。
 そして、彼らが敵だとすると、討伐隊は来る。
 スペルド族を滅ぼす意志を持った連中が、来てしまう。
 討伐隊の100人や200人はどうとでもなるが、
 それの中に剣神と北神が隠れているとなれば話は別だ。
 止めなければならない。

「……ひとまず、俺が落ちていた場所に案内してくれ。
 鎧を回収したい。まだ使えるスクロールもあるかもしれないからな」
「うす」

 頷いて歩き出したドーガ。
 俺は、その頼もしい背中を追いかけた。


---


 魔導鎧の所までは、比較的すぐに到着した。
 途中で倒した地竜は二匹。
 どちらも、ドーガが一撃で倒した。
 一撃である。

 突進してきた地竜を待ち構え、その巨大な斧をブンと一振りするだけで、地竜の頭が爆ぜた。
 実に頼もしい。
 透明狼との戦いを思い出すと、絡め手には弱いようだが、パワー対決なら負けなしと見た。

 まぁ、ドーガはいいんだが……。

「うーん……」

 魔導鎧は、ざっくりと切れていた。
 特に、背中のスクロールバーニアは壊滅的だ。
 スクロールの束の全てが真っ二つになっている。
 その上、俺の血がバーニア内に飛び散ったのか、ぐっちゃぐちゃだ。これでは使い物にならない。
 せっかくロキシーに作ってもらったのに……。

 剣神クラスとなると、魔導鎧ですら防具として役に立たないのだろう。
 しかし、剣の方がモロかったのだろうな。
 剣が鎧の中程に食い込んだまま、途中でポッキリと折れている。
 見たところ、普通の剣だ。
 ガル・ファリオンは魔剣の類をたくさん持っているというが、カモフラージュのために持ってこなかったのだろう。
 もし、これが奴の愛剣だったら、鎧などでは止まらず、俺ごと真っ二つだったろう。
 ぞっとしない話だ。
 もっとも、そんなものを持ってくれば、さすがにオルステッドかクリフが気づくか……。

「これは、もう使えないな」

 ロキシーが作ってくれたスクロールバーニアは打ち捨てるしか無いようだ。
 せっかく、ロキシーが俺のために作ってくれたのに……。
 せめて、あとで回収に来よう。

 鎧本体の方は、まだ動く。
 腕パーツは一つ残っているし、足パーツに関しては無傷だ。
 完璧とはいえないが……。

 にしても、魔導鎧の召喚スクロールが使えなくなったのは痛いな。
 あの二人と戦うのに、あれ無しでは相手になるまい。
 スペルド村に戻ったら、すぐにでも事務所にとって返して、予備を取ってこなければならない。
 そんな暇が、あればいいが。

「…………ん?」

 魔導鎧からスクロールバーニアを取り外すと、突き刺さっていた剣先と共に、スクロールの一つが、ボトリと落ちた。
 いや、これはスクロールじゃない。

 箱だ。
 バーニアの中に、丁度空きがあるから、と入れておいた箱だ。
 大きさは国語辞典ぐらい。
 禍々しい悪魔の文様が刻まれた、開けると呪われそうな箱だ。

「アトーフェからもらった、箱……」

 窮地に陥った時に開けろと言われていた、箱。
 剣は、その箱に食い込む形で折れたらしい。
 箱には中途半端な切れ込みが入っていた。

「……」

 俺は恐る恐る、箱を開いて中を見た。
 中身はなかった。
 空っぽだ。
 いや、蓋の裏に何かが書いてある。

『この黒い肉塊は不死魔王アトーフェの分体である、窮地に陥った時に開けば持ち主を守るだろう。丁寧に扱うように』

 黒い肉塊……。

 そう思いつつ、腕を見る。
 ……もしかして、この腕がそうなのか?
 開いた憶えはないが、ガル・ファリオンの攻撃で亀裂が入り、
 そこから俺の危機を察して、落下から守り、腕に寄生して、止血してくれたと……。
 そういう事なのか……?

「アトーフェ様……ありがとうございます!」

 答えるものはいない。
 だが俺はそう決めつけて、心の底から、あの暴力的な魔王に感謝した。
 東に向かって、叩頭礼。
 今はまだ移動中だろうが、もし会ったら、美味しいお酒を献上させてもらおう。

「さて、戻るぞ」

 戦いは近い。
 早く帰らなければならない。


---


 と、カッコつけてはみたものの、崖を登る事ができなかった。

 土魔術を使ってある程度登ると、キノコと苔の地帯は無くなり、周囲は真っ暗闇となった。
 そんな真っ暗闇の中、俺達に襲いかかってきたのは、地竜の群れだ。

 右から左から、次々と襲いかかってくる地竜。
 その圧倒的な物量を前に、俺達は撤退を余儀なくされた。
 土魔術で作った足場は不安定な上、暗闇の中を十匹以上の地竜が、ヤモリのように襲いかかってくるのだ。
 それだけならまだなんとかなったが、地竜は当然のように魔術を使ってきた。
 上下左右に加えて、壁からも無数の土槍が打ち出されては、突破できない。
 さすがは、ドラゴンというべきか。

「ふぅ……」

 その後、何度かあれこれと試してはみた。
 カタパルト射出で一気に上に行こうとしてみたり、
 土魔術で俺たちの姿を隠しつつ、上に上がってみたり。

 しかし、どれも地竜に邪魔された。
 地竜は意外に俊敏で、実にしつこかった。
 カタパルト射出は途中で迎撃されたし、姿を隠していても、結局は襲われた。
 ついでに、一度ロックオンすると、俺達をどこまでも追ってきた。

 もっとも、キノコと苔の生えている辺りまで戻ってくると、大半が追撃を諦めた。
 どうやら、この辺りは苦手としているらしい。
 このキノコがダメなのか、それとも縄張りとは考えていないのか。
 いや、それでも数匹は追撃してきた。
 絶対に無理ということでもないのだろう。

「どうしよう……ていうかドーガ、お前、よく降りてこれたな」
「……うす。降りる時、あんまり、襲ってこなかった」
「そうなのか……いや、そうだったな」

 地竜は、上からの相手には鈍感で、下からの相手には敏感だ。
 そういう知識はある。
 だが、実際に目の当たりにしたのは、今が初めてだ。

 本当に過剰だ。
 鶏みたいな勢いだった。

 いっそ、広範囲の魔術で吹き飛ばしてやろうか。
 いや、仮に吹き飛ばしたとしても、瓦礫で埋まるだけか。
 谷は広く深い。
 地竜は自在に土魔術を使える。
 何十匹かを消した所で、あまり意味はないだろう。
 これから剣神や北神と戦うというのに、あまり無駄な魔力を大量に使いたくもない。

 かといって、まごまごしていると、剣神と北神の凶刃がスペルド族の村に向くかもしれない。
 スペルド族ではなく、別の方向に向いてもおかしくはない。
 少なくとも、ザノバの場所はバレているだろう。
 すでにやられてしまっているかもしれない。
 焦りはある。
 が、落ち着こう、焦っても事態は好転しない。

 だが、千里眼で上を見てみても、地竜たちはまだ下に降りた俺たちを警戒している。

「どこか、地竜が手薄な場所はないかな」
「……うす」

 そうして、俺達は歩き始めた。


 苔とキノコのお陰で、足元は暗くない。
 襲いかかってくるのは地竜だけではない、人と同じぐらいの大きさを持つカミキリムシやムカデのような虫だ。
 どうやら地竜は、この虫を食って生きているらしい。
 先ほども、目の前で一匹の地竜が虫を咥えて、上へと登っていった。
 かと思うと、上で死んで落ちてきたと思わしき地竜が、虫に集られている光景もあった。

 餌は下にいて、上からは滅多に何かが降りてくることはない。
 となれば、地竜が下しか警戒しないのもわかる。
 この場所だけで、妙な食物連鎖サークルが出来ているようだ。

「……」

 しかし、歩いていて思った事がある。

「この道、歩きやすいな」

 谷底の道は、思った以上に平坦だった。
 でかいキノコや、落石と思わしき石のせいで塞がれている所もある。
 しかし、全体的に平坦で、実に歩きやすい。
 この歩きやすさ、どこかで感じた事がある気がする。

「……うす、赤竜の顎、こんな感じ」
「ああ!」

 オルステッドとの心温まる嫌な思い出が残っている、あの!
 しかし、確かにこんな感じだ。
 赤竜の上顎、下顎、聖剣街道。
 キノコや落石でわかりにくいが、あのへんを歩いている時も、こんな感じだった。

「じゃあ、誰かが作ったって事か……?」

 でもあれらの道に魔物はいなかった。
 てことは、誰かが作って、この地に地竜を呼び込んだ……。
 いやまて。
 確か、竜を中央大陸に呼び込んだのは、ラプラスだって話じゃなかったか。
 てことは、この道も、ラプラスが作ったのだろうか。
 何のために?

「……」

 分かるはずもない。

 そんな事より、登る場所だ。
 こう、地形的に地竜が巣を作っていない場所は無いのだろうか。
 先ほどから千里眼で上を見上げてはいるが、谷の岸壁は耐久性が大丈夫かってぐらい穴が開いている。
 さながら隙間なく建築された高層ビル街のようだ。
 あの穴全部に地竜が住んでいるわけじゃないとしても、相当数の地竜がいるのは間違いない。
 千か、二千か。

 その中でも、特に下っ端の奴が、下に降りて、餌を探すのだ。
 底にそれだけ大量の地竜を食い支えられるだけの餌があるとも思わないが、
 しかし、この世界では餌の量と魔物の量が合っていない事など、日常茶飯事だ。

 ……そのへんをうまいこと利用して、上にのぼるというのはどうだろうか。
 いや、どう利用しろって言うんだ。

 落ちたら、こうも上がれないのか。
 地竜の谷。
 落ちるなとは言われていたけど、ちょっとナメてたかな……。

「ルーデウス」
「ん、敵か?」

 また新たな虫でも出てきたのかと構えた所、ドーガが真横を指さしていた。

 その方向には、壁があるだけだ。
 いや、違う。
 キノコの影になって見えにくいが、穴がある。
 穴自体は、底でもちょこちょこと開いているのだが、
 その穴は、ちょっと他とは違った。

 階段だ。
 階段がついていたのだ。
 上にではなく、下に降りる階段である。

「……」

 これ以上、下にいけというのか。
 そんな思いが脳裏をよぎった。

「お?」

 が、次の瞬間、俺の手が勝手に動いた。
 右手が、穴を指さしたのだ。
 まるで、ここに入れとでも言うかのように。

「アトーフェ様、こちらに出口が……?」

 アトーフェの分体は答えてくれない。
 だが、指さしている。
 手甲がはまっていない方の腕で。

「……そうだな」

 歩き続けても、登れる場所は見つかりそうもない。
 この谷だってどこまでも続いているわけじゃない。
 ずーっと進んだって、行き止まりに到達するだけだろう。
 そこで引き返して、反対側を探すのも手間である。
 なら、気になったものは、全て調べてみるのがいいんじゃないだろうか。

「降りてみるか」
「うす」

 ドーガは迷いなく頷いた。
 彼も、この階段を見て、何かを察したのかもしれない。

 俺たちは、暗い階段を降り始めた。


---


 階段を降りた先には巨大な祭壇があった。
 巨大な祭壇。
 と、それ以外になんと表現すればいいだろうか。

 キノコと苔で覆い尽くされた、巨大な空洞。
 そこを支えるかのように立つ、彫刻を彫られた二本の柱。
 その間には石を切り出したような台があり、台の奥には、これまた細緻な彫刻を彫られた壁画のようなものが飾られている。
 壁画に描かれているのは、ドラゴンだろうか。
 色々ごちゃごちゃと描かれているが、暗くてみえにくい。

 しかし、こういうのはどこかで見たことがあるような気がする。
 どこだったか。

「ここは龍族の遺跡……か?」

 そうだ。
 転移遺跡。
 あそこの感じに、よく似ているのだ。
 さらに言うと、この彫刻の感じも、空中城塞で見たものに似ている。

 となると、ここに転移魔法陣があるのだろうか。
 だが、仮にあったとしても、賭けになるだろう。
 どこに飛ぶかもわからない転移魔法陣に乗って、どこに行こうと言うのか。
 俺がいきたいのは、真上だというのに。

 いや、そう決めつけるのは早い。
 みた所、この祭壇の他に部屋はない。
 それに、アトーフェハンドが指しているのは、そうしたものではない。
 壁画の方だ。
 壁画の下にある、小さな石棚だ。

 いや、壁画が大きいおかげで小さく見えるだけで、実際は別に小さくもないのだが。
 だが、アトーフェの手は、間違いなく、そこを指していた。

「……」

 ふと、アトーフェの顔が浮かぶ。
 あの頭の良くない魔王さまの導きに従っていていいのだろうか。
 そんな不安が、一瞬だけ走る。

 しかし、足は動いた。
 アトーフェハンドの指差すまま、棚の前に立つ。

 そこには、いくつか瓶が並んでいた。
 透明度が低く、口の開いた瓶だ。
 さらに、棚の中央には、透明度の低い水晶玉のようなものが固定されている。

「まさか、お酒でも入ってるんじゃないでしょうね」

 そう思いつつ、瓶の一つを持ち上げてみる。
 竜の文様が刻まれた瓶だ。
 きっと、ザノバあたりに見せれば、その価値について語ってくれるだろう。
 ちなみに中身は空だった。

「……で、これをどうするんです?」

 アトーフェハンドに問いかける。
 返事はない。
 だが、その代わりにアトーフェハンドは、その手を伸ばした。

 瓶をスルーして、透明度の低い水晶へと。
 そして、その水晶の上に手を載せた所で、俺に主導権が戻ってきた。

「……」

 なんだろう。
 何をしろというのだろうか。
 瓶に、水晶に、祭壇。
 なんか、RPGをやっていたらいきなりパズルが始まった感じだ。

「ルーデウス、あれ」

 ふと、ドーガが後ろで、俺の頭上を指さした。
 見上げてみると、祭壇を支える巨大な柱の上の方が、青く光っていた。
 いや、違う。
 柱が光っているのではない、柱の上の方から青く光る何かがしみだしているのだ。
 そして、それはみるみる内に下に降りてきて、祭壇の下にあった、受け皿のような場所に溜まった。

 どうやら、この水晶球は――というか、祭壇全体が魔道具だった、という所だろうか。
 青い水を吐き出す魔道具。
 しかし、この光、どうにも周囲の苔やキノコを連想してしまう。

「で、この水がなんだってんだろう」

 飲めとでもいうのだろうか。
 体に悪そうなカラーだが……。
 いや、瓶が一緒においてあるということは、この水をどこかで使うのかもしれない。
 この瓶に水を入れて、どこかにある装置に流し込むと、装置が動いて扉が開き、伝説の剣が手に入るとか。
 剣はいらねぇ。

「これ、じゃないか?」

 ドーガが指を差した場所は、壁画だった。

 そこには、巨大な壁画が描かれている。
 人と地竜が描かれた絵だ。
 魔道具を起動させると、青い水が流れこむ構造だったのか、一部分が光り、全容が露わになっている。

 壁画は、青い水の流れを示しているようだ。
 一番上には祭壇があり、そこから出た青い水を人が瓶で汲んでいる。
 そして、瓶を持った人が、周囲の人間にそれをふりかけている。
 振りかけられた人間は、剣や槍を持って、地竜と思わしき生物に後ろから襲いかかり、狩っていた。

 と、パッと見て判断すると、この水が地竜を狩るための役に立つ、ということだろうか。
 絵の脇には文字も書いてあるようだが、読めない。
 龍族の文字とも、少し違うように見える。

「あ、でも……」

 しかし、ふとあることが思い当たった。
 地竜は、谷の底までは降りてこない。
 青い苔、青いキノコ。
 そして、青い水。

 もしかすると、かつてここに人が住んでいたのではなかろうか。
 その人々は、この青い水を使い、地竜を遠ざけていた。
 地竜は、青い水に入っている成分を嫌う。
 そして、青い苔やキノコにも、その成分が入っている。

 いや、壁画を見ると、人々は地竜の後ろから、それも斜め下から襲いかかっている。
 あの敏感な地竜の、斜め下だ。

 ……もしかすると、見えないのだろうか。
 地竜は、この青い光を放つものが見えない。
 だから、底にはあまり降りてこない。
 そして、体中にふりかければ、地竜の目にはいらない、とか?

「……これ、やってみるか?」

 ドーガに振り返り聞いてみる。
 説明はしなかった。

「うす」

 だが、ドーガは当然とばかりに、頷いた。


---


 しばらく後、俺は谷の上にいた。
 脱出したのだ。
 地竜の谷を。

 洞窟から出た俺たちは、瓶の中身をまんべんなく体にふりかけた。
 その後、土魔術を使ったエレベーターで、ゆっくりと自分たちの体を持ち上げてみた。
 あんまりはやいスピードで動いたら見つかるかも、という不安から、ゆっくりとだ。

 ビンゴだった。

 地竜は、青い光を放つ俺たちを見ても、何の反応もしなかった。
 見えていないのか、あるいは食べ物として認識できないのか。
 岸壁に張り付いたまま、身を寄せ合って、じっとしているだけだった。

 そして、ほんの小一時間。
 ゆっくりとエレベートさせ続けた結果、夜空が見えた。
 現在時刻は夜だったらしい。
 月明かりに何故か感動しつつ、俺達は谷の縁に降り立ったのだ。

「やったな」
「うす!」

 ドーガの背中を叩くと、彼も嬉しそうに頷いた。
 少々手間取ったが、脱出成功だ。
 すぐにスペルド族の村に戻り、剣神と北神の事を伝えなければならない。
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