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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第23章 青年期 決戦編

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第二百四十一話「探し求めていた者」

 前回までのあらすじ。
 長年探し求めてきたものをついに発見したルーデウス。
 しかし、今はそんなものはどうでもいい。
 ルーデウスはその場で即座に金を出して醤油の小瓶を購入し、先を急いだのである。
 翌日。
 第二都市イレルの郊外に行き、転移魔法陣と通信石版を設置。
 その後、ルイジェルドが目撃されたという村に向かった。

 ビヘイリル王国、地竜の谷の近くにあるという村には、第二都市イレルから半日の距離にあった。
 『地竜谷の村』とか『帰らず森の村』と呼ばれているが、国の定めた正式名称はマーソン村だ。
 とはいえ、マーソン村と言っても通じない事が多いらしいので、もう『地竜谷の村』でいいだろう。

 何もない村だ。
 特産品があるというわけでもなく、観光地があるというわけでもない。
 森の木を切り出し、森の近くにある栄養のある土を使って野菜を作ってはいるが、フィットア領のブエナ村のように、何かを作るために人を集めて作られた村ではない。
 元々、ここに住んでた人たちがいて、それがビヘイリル王国の傘下になった。
 そんな感じだろう。
 国ではない、人が先なのだ。
 家と家の間隔も空いており、寒々しく、人気は無く、閑散として……は、いなかった。

 俺たちが到着した時には、寒村とは思えないほど、人の気配があった。
 村人ではない。
 明らかに村の人間ではない風体をしている者達が、村の入り口にたむろしていた。

 鎧姿で、腰には剣。
 冒険者だろうか。
 いや、冒険者にしては、剣呑な雰囲気だ。
 傭兵か、あるいは賞金稼ぎか。

「シャンドル、これは、抜け駆けしようとしてる奴が多いってことか?」

 昨日の酒場での出来事に加えて、移動中の手際。シャンドルは、使える男だ。
 今まで、彼の有用性に関しては、半信半疑だったが、
 これならオルステッドが俺に付けたのもうなずける。
 こうした場面では、常に意見を聞いていきたい。

 対するドーガの方は、あんまり役に立たない。
 お荷物というほどではないが……。
 今のところ、付いてきているだけという感じだ。

 まあ、俺も人を品定めできるほど偉くはない。
 どこかで何かの役に立ってくれることを祈ろう。

「いや、下見に来ただけだろう。今のうちから情報を集めておけば、開始直後に有利だからな」
「でも、抜け駆けをして、先に対象を狩ろうって奴もいるだろう?」
「いたとしても、そう多くはねえよ。国が音頭取ってる討伐依頼だ。先走って悪魔を狩れたとしても、報奨金がでねぇ可能性すらあるんだ」

 討伐隊に参加し、国の騎士団か何かと一緒に森に入り、悪魔の正体を確かめ、倒し、安全を確保する。
 そこまでやって、初めて報奨金が手に入るのだ。

 とはいえ、横並びでは、特別報酬を得られるかどうかは運の勝負になってしまう。
 運ではなく、しかるべきタイミングで一歩前に出て一位を掻っ攫う。
 そのための下調べなのだ。

「俺らには、関係のない事だな」
「まったくもってその通り」

 シャンドルと笑いながら、村の奥へと入っていく。
 宿らしき建物に、広場。
 広場には、閑散とした村とは思えないほど大勢の人間が集まっていた。
 みんな必死だな。

 でも人が多いのは都合がいい。
 この集団に紛れつつ、情報収集をするのもいいだろう。


「出て行け!」


 なんて思っていたら、いきなり退出勧告ですよ。
 いや、もちろん、俺が言われたわけじゃない。
 声は、広場の端から聞こえた。
 下調べの連中が何人か、嫌そうな顔をして広場から離れていく。
 見ると、杖をついた老婆が、大声を張り上げている所だった。

「帰れ! この森からは、悪魔など出てこん! 森の民が守ってくださっとる! 森の民を害する者は帰れ!」

 老婆はヨタヨタと杖を突きながらも、たむろしている男たちに近づいていき、その体を打ち据えていた。
 ビシッと、ここからでも、聞こえるほど、大きな音が響いた。

「てめっ……」
「おい、やめとけって、問題起こしたら鬼族に……」
「チッ」

 叩かれた男は怒りを露わに剣を抜こうとするが、仲間と思わしき男に止められ、足早に逃げていった。
 老婆はそれを無理に追いかけなかった。
 喚きながら、広場にいる別の連中を蹴散らしている。
 男たちは老婆から離れるように、散っていく。
 なんだあれ。

 老婆は広間から人がいなくなったのを見て……あ、こっち見た。
 どんどん近づいてくる。

「帰れ!」

 老婆の杖が俺の鎧にあたり、カーンと音を立てた。
 ダメージはない。
 突然の老婆にも安心。アスラ印のフルアーマー。

「森を荒らしちゃいかん!」

 老婆は喚きながら、俺の鎧をカンカンと叩いてくる。

「おばあちゃん、落ち着いて」
「なんが悪魔じゃ! 森の民にあんな世話んなっといて! 助けを求めてきたら殺すのか! ひとでなしが!」

 老婆は非常に興奮状態にあり、俺の話を聞いてくれる様子はない。
 とはいえ、気になる単語が一つ。

 森の民。
 新たなワードだ。
 その点について、詳しく聞きたい。

「森の民というのは……」
「森の民がいなくなってみぃ、悪魔が出てくるぞ!」

 森の民がいなくなると、悪魔が出てくる。
 となると、森の民とやらが、悪魔を封じ込めているという事だろうか。

「森の民と悪魔は、別の存在なんですか?」
「当たり前じゃ! 悪魔と森の民を一緒にするな!」
「クレイ、やめとけよ、この婆さんが正気とも限らんぞ」

 シャンドルの制止が入る。
 確かに、正気の人間は、見ず知らずの相手を杖で叩いたりなどしない。
 しかし俺は老婆の話を聞いておきたい。

「わしは狂ってなどおらん! 森の民はおる! わしは若い頃! 迷い込んだ森の奥で助けてもらった! それよりずーっと昔、わしのひいじいさんも助けてもらった!」

 若いころっていうと、少なくとも20年か、30年以上は前だよな。
 少なくともこの老婆、60は軽く越えてそうだし。
 で、そんなばばあのひいじいちゃんというと、軽く100年は前だろう。
 でも、ルイジェルドと俺が別れたのは、せいぜい10年前。
 じゃあ、もしかして、ルイジェルドと関係ない、のか?
 でも……あ。

「森の民は悪魔ではない! なんでわからんで殺そうとする! アホウが! アホウは帰れ! アホウが! ハァ……アホウ……ハァ……ハァ……」

 老婆は、しばらく俺の鎧を叩いていたが、やがて息切れして、へたり込んでしまった。

「おばあちゃん、詳しい話を聞かせてくれませんか」

 落ち着いたのを見計らって、俺は老婆に笑いかけた。
 ルイジェルドはいないかもしれない。
 だが、もしかすると……。

「俺は森の民と友人かもしれない」

 森には、ルイジェルドが探し求めていた、スペルド族の生き残りがいるかもしれない。


---


 憤懣やるかたなし。
 老婆の態度はまさにそれだったが、先ほどよりも落ち着いて話をしてくれた。 

 結論からいうと、ルイジェルドか、スペルド族か。
 それはわからなかった。
 だが、現在ビヘイリル王国で起きている事件の流れのようなものは、なんとなくわかった。

 森の民。
 老婆が生まれる前から、帰らずの森にはそう呼ばれる種族が住みついていたそうだ。
 彼らは滅多に森の外には出てこない。
 しかし、稀に、ごくごく稀に、村の人間が森の中で迷子になったり、魔物に襲われて死にかけている時に出てきて、助けてくれる。
 老婆も含め、村の住人は森の民が何なのかは知らない。

 だが、村には、こんなお伽話が伝わっている。

 大昔、まだ魔神との戦争が終わってすぐの頃。
 帰らずの森には、目には見えない悪魔が生息していた。
 悪魔は夕暮れになるとやってきて、家畜や子供をさらって食ってしまう。
 村人は悪魔をどうにかしたいと思いつつもどうにも出来ず、怯えて暮らしていたという。

 そこに現れたのが、森の民だ。
 森の民は、村人に対し、こう提案した。

『悪魔をなんとかする代わりに、森に住むことを許してほしい。でも、決して我々の存在を他に知らさないように』

 村人はそれに承諾し、森の民は森の奥へと入っていった。
 森の民がいかにして、悪魔を退治したのかは、わからない。
 以降、悪魔が森から出てくることは無くなった。今でも森を守ってくれているのだ。
 それを受けて、村の子供は小さい頃から、森の民に感謝をしろ、でも誰にも言うなと教えられて育つらしい。

「そんな森の民の森を荒らすなんて、とんでもねえことだ」

 老婆はそう締めくくった。

「なるほど、ありがとうございました」

 彼女の言ってる事が本当かどうかはわからない。
 昔話なんてのは、大半が作り話だ。

 だがここで、森の民をスペルド族だと仮定してみよう。

 スペルド族の額には、第三の眼がある。
 あらゆる生き物を感知する、一種の魔眼だ。
 それを用いれば、目に見えない程度の魔物、どうとでもなる。

 うまいこと姿を隠しつつ、村と共存してきたスペルド族。
 しかし、半年だか一年ほど前に、悲劇が襲う。
 病気か、あるいは怪我か。
 見えない悪魔とやらが大量発生して、抑えきれなくなってしまった感じかもしれない。

 今まで姿を見せなかったスペルド族が、村に薬を買い求めに来たのだ。
 その対応をした商人が誰だったかは、もはや誰も覚えていないが、
 しかし、情報は流れた。
 森からあからさまに怪しい奴が出てきた、と。
 村人は彼らに対し、便宜を図ったはずだ。助けを求めてきた、という言葉が本当なら、だが。
 それが、どうねじ曲がったのか。
 昨日、酒場で聞いた話へとつながっていく。
 『悪魔が森から出てきた、退治しなければいけない』と。

 どこで何がどう動いて今の状況になったのか。
 一年前の事だから、ギースを疑うのは、さすがに早計だとは思うが……。

 とにかく、森の奥にはスペルド族がいる。
 そんな確信が、俺の中に生まれた。

 しかし、さて。
 同時に疑問も生まれます。

 なぜ、俺はその事を知らなかったのでしょうか。

 俺は、ずっとルイジェルドを探してきました。
 それは、みんな知っているはずです。
 みんなです。
 例えばそう、オルステッドも。

 ……もしここに、そんな昔からスペルド族がいたというのなら、なぜ、俺はそれを、知らないんだ。


---


 帰らずの森は、静かな森だった。

 通常、この世界の森は、大量の魔物が生息している。
 森の魔力濃度にもよるが、一日いれば一回は魔物に遭遇する。

 特にトゥレントだ。
 トゥレントはこの世界のどこにでもいるが、特に森には多く生息している。
 全ての森はトゥレントの巣だと思ってもいいぐらい、頻繁に遭遇する。

 しかし、この森には、そうした気配が無い。
 本当に、静かだ。
 生物の気配はあるが、魔物の気配が無い。
 シンと静まり返る静謐とした森。
 わずかに鳥や小動物がいるのはわかるが、それだけだ。
 まるで、悪夢の中みたいだ。

「不気味ですね」
「ええ」

 シャンドルもまた、この森に違和感を感じているようだ。

「……」

 ドーガは静かだ。
 あまり不気味にも思っていないのか、周囲を見渡す事もない。

「……」

 しばらく、無言で森の奥へと歩いて行く。
 それに従い、次第に動物の気配も消えていった。
 虫や鳥はいるが、小動物はいない。
 もちろん、魔物もいない。
 木々も巨大になっていき、生い茂る葉が空を塞いだ。
 薄暗い中、生きているのが自分たちだけではないかという錯覚が芽生え、時折聞こえる鳥の鳴き声で、ハッと我に返る。

 今にも、見えない悪魔とやらが後ろから尾行してきているのではないか、と。
 そんな考えが浮かび上がり、背後を振り返る。
 その度に、ドーガの朴訥とした目と合って、気のせいかと前を向き直る。

「おや」

 ふと、道端の石を見ると、見覚えのある石碑があった。
 七大列強の石碑だ。
 昔は、この石碑のマークがどれ一つわからなかったものだが……。
 最近は、大体わかるようになった。
 相変わらず、順位に変動は無いらしい。

「こんな所にもあるんですね」
「珍しいことではないでしょう。七大列強の石碑は、ある程度魔力の濃い場所にしか存在しませんからね」
「ああ……魔道具ですもんね」

 しかし、よく知っているな。
 この手の魔道具は、魔力の濃いところにしか設置できない。
 って、あんまり知られてないんだが。
 でもまぁ、知る人ぞ知る情報ってわけでもないか。

「そろそろ日が暮れます。ここらで野宿をしましょうか」
「そうですね、では、ドーガ、薪を」
「……うす」

 その日は、石碑の近くで野営をする事にした。
 念のため、土砦(アースフォートレス)でテントを作り、そこで休んだ。


---


 翌日。
 静かな森を歩く。
 そこで、ふとシャンドルが思いついたかのように言った。

「この感覚、赤竜山脈に似ていますね」
「というと?」
「竜を恐れて、他の動物が近寄らないのです」

 強い動物の縄張りに近づかない。
 この森の奥には、地竜の谷がある。
 地竜(アースドラゴン)は言うまでもなく、強力な生物だ。
 野生の生き物がそんな危ないところには近づかないってのは、自然の摂理である。

「シャンドルさんは、赤竜山脈に立ち入った事があるんですね」
「麓までですがね。あそこもこんな感じで、近づくにつれて動物の気配が減っていきました」

 地竜は、谷の岩壁に棲家を作る。
 基本的に谷からは出てこない。空を飛ぶこともないが、土魔術を使って穴を掘る。
 性格もドラゴンにしては温厚で、縄張りを荒らさない限りは人間に襲いかかることもない。
 また、不思議な性質を持っており、上から来る相手に対しては無防備だが、下からくる相手には過剰に襲いかかる。

 ちなみにオルステッド曰く、地竜は赤竜の天敵だという話だ。
 もっとも、生息域の違いすぎるこの二種が出会う事は、ほとんど無いそうだが。

 そんな相手にこれから近づいていくわけだが、危険は少ない。
 とりあえず、谷底に落ちなければ大丈夫だ。

「お」

 なんて話をしていたからだろうか。
 ふと、目の前が開けた。
 森の中に、切り立った崖が唐突に現れたのだ。

 底が見えないほどに深い崖。
 向こう岸までは、4、500メートルといった所だろうか。
 山の頂上にでも立ったかのような感覚に陥る。
 俺も、あまり谷というものに詳しいわけじゃないが、この大きさはグランドキャニオンを思わせる。

「これが、地竜の谷かな?」
「でしょうね。どうします? 何事もなく、たどり着いてしまいましたが……」
「うーん」

 俺は悩みながら、左目に魔力を込めた。
 視界が開けているのなら、千里眼が使える。

 ひとまず、谷底を覗きこむ。
 まだ魔眼の使い方には慣れていないため、谷底まで何メートルかはわからない。
 だが、すぐに底が見えた。
 谷底では、青白く光る苔やキノコが生えていて、その近くを岩のような甲羅を持つトカゲのような生物が、ゆっくりと動いていた。
 あれが、地竜か。
 ドラゴンより、大王陸亀に似ている気がする。
 あの甲羅があるから、赤竜に勝てるとか、上からの存在に無防備なのかもしれない。
 ていうか、よく見ると、谷底より岩壁にたくさん張り付いているな、ちょっと気持ち悪い。

 魔眼を戻し、次は谷の周囲を見回してみる。
 右手側、見える範囲には、何もない。
 やがて、崖と森で視界が遮られた。
 地図によると、地竜の谷は直線ということだが、湾曲しているようだ。
 地図に間違いがあるな。

 左手側。
 こちらも見える範囲には何も……あ、いやまて。

「吊り橋だ」

 谷の幅が狭くなっている所に、橋が掛かっていた。

「なるほど、向こう側(・・・・)ですか」
「行ってみましょう」

 情報屋から情報を得るまで、あとまだ7日ある。
 帰りの日数を計算しても、あと1日か2日は奥に移動しても大丈夫だろう。

 そう決めて、谷に沿って歩き出した。

 吊り橋までは、さほど遠くはなかった。
 徒歩で一時間程度だ。
 運良く、吊り橋の見える位置に出ることが出来てよかったな。


---


 吊り橋は、ボロかった。
 谷の幅が狭くなっている所に、太い蔓を二本渡し、それに木板を載せただけ、という感じか。
 手作り感のあふれる橋で、強度に不安が残る。
 不安といっても、大人一人が荷物を持って渡るぐらいなら、どうにかなりそうではある。

「渡りますか?」

 だが、魔導鎧を着用した俺が乗ったら、まず落ちるだろう。
 谷底に落ちなければ大丈夫、と言われている段階で、落ちるような愚を冒すわけにはいかない。

「いや、この橋を渡るのは、やめておきましょう」
「では、戻ると?」
「いえ、別の橋を渡しましょう」

 俺は、そう言いつつ、崖の端に立つ。
 橋が脆弱で渡れないなら、自分で作ってしまえばいい。

 手から地面へ。魔術で土を起こす。
 使う魔術は土槍(アースランサー)を応用。
 強度は俺が乗っても問題ないほど。
 それを骨子として、向こう岸まで届くでっかい槍。

「……ほっ」

 魔力を放出すると土槍が出現。
 土槍は音もなく伸び、谷の向こう側に突き刺さった。
 音は聞こえてこない。
 それを、三本ほど繰り返す。
 念のため、人がすれ違えるぐらいの幅にしておこう。

 その上に、板を渡す。
 これまた土の板。
 頑丈な奴を向こう岸まで。
 最後に、橋の根本や裏側を土魔術で補強して、石橋の完成だ。
 手すりは……まあいいかな。

「見事ですね……話には聞いていましたが、ここまでとは……」

 シャンドルの賛辞を浴びつつも、しかし油断は出来ない。
 俺は橋の建築知識なんて無いからな。
 叩いて渡るまではしなくてもいいだろうが、魔導鎧着用で乗って壊れるようなら、作りなおさなきゃいけない。

「とりあえず、ロープを」

 俺は近くの木にロープを括りつけて、そろそろと渡り始めてみた。
 数歩歩いてから、トントンと橋を踏みつける。
 石橋はガッチリと俺の重量を受け止めていた。
 これで落ちたら間抜けにもほどがあったが、これなら大丈夫そうだ。

 一応、強度的に脆そうな所に補強を加えつつ、ゆっくりと渡っていく。
 途中でロープが足りなくなったため、シャンドルの持っていたものを継ぎ足して渡りきった。
 ロープが一つ50m程度で、かつ2つでギリギリ足りた所を見ると、長さは、100メートル弱という所か。

「よし」

 俺は木にロープを結びつけ、谷の向こう側へと合図を送った。
 シャンドルたちは、ロープを掴みながら、悠々と渡ってきた。
 二人同時に。
 崩れるかも、とか思わないのだろうか。
 それとも俺が信用されているのかな。
 落ちたらすぐ助けないとな……。

「さて、参りましょうか」

 なんて不安に思っていたが、シャンドルたちはあっさりと渡り終えた。

「しかし、ここからは、警戒しなければいけないようですね」

 シャンドルは森の奥を見て、そう言った。
 暗い森の奥。
 そこからは、今まで歩いてきた森とは、一つ、違いのようなものを感じた。

 魔物の気配だ。


---


 100メートルも進まないうちに襲撃を受けた。

 最初は音だった。
 ガサガサと、葉っぱのこすれあうような音。
 しかし、同時に風も吹いていたため、近くに魔物がいるとは思わなかった。
 どこか遠くの方にいる奴が近づいてきている。
 そんな感じだ。

 まだ遠い。
 まだ大丈夫。
 そう思った次の瞬間、耳元で音が聞こえた。

「ウォフ……ウォフ……」

 その音が聞こえた時、俺の鼻のあたりに、生臭く生温かい何かがむわりと掛かった。
 すぐ真横の木の幹に、何かが、へばりついている。

 と、思った瞬間、木が一瞬しなり、枝葉がガサリと音を立てた。
 一瞬遅れて、何か、質量のあるものが、俺の後ろに落ちてきた。

「……!」

 とっさに振り返ると、そこには仰向けに倒れたドーガが見えた。
 ドーガだけが見えた。
 だが、ドーガの頭は彼の意思とは無関係であるかのように小刻みに震え、
 ドーガの手は己の頭を操る何かを塞ぐように、中空を掴んでいた。

 そこに何かがいる。

 そう思った瞬間、俺は魔術を使わず、ドーガの上にいる相手を、力の限り、ぶん殴った。
 魔力で強化された魔導鎧の拳が、ドーガの上にいる相手を弾き飛ばした。
 肉と、骨の砕ける感触が残る。

 ドーガの上に乗っていた何かは、木の幹にたたきつけられ、赤い血を飛び散ちらせた。
 血の色で何かの姿が露わになる。

 四足獣だ。
 詳細はわからないが、確かに足が4つある。
 俺は反射的に、そいつに岩砲弾をぶち込んで、止めをさした。

 ほぼ同時に、ドンと俺の背中に何かがあたる。
 とっさに振り返りつつ、その何かに対して魔術を放とうとするが……。

「ドーガ! 立て!」

 シャンドルだった。
 彼が、俺の背中を守るように立っていた。

「……うす!」

 ドーガが立ち上がり、背中から斧を抜きつつ、俺の真正面についた。
 おい、前が見えねえよ。

「見えない相手だ! 数不明! ドーガ、目に頼るな、音を聞け! 目の前の相手だけ対処しろ!
 ルーデウス殿は魔術を! 範囲魔術で焼き払って!」

 シャンドルから鋭い指示が飛ぶ。
 さすが騎士団長と言うべきか、判断が早い。
 お飾りではないらしい。

 言われるまま、俺は両手に魔術を込める。
 使う魔術は火がいいか。
 いや、森で火はまずいだろう。
 消火は二度手間だ。
 水魔術で行く、フロストノヴァ。

「…………う!」

 俺が魔術を発動する寸前。
 ほんの一瞬である。

 ドーガが目の前で動いた。
 巨大な斧が振り切られる。
 深い森で振り回された巨大な戦斧は、木の幹を砕きながら振りぬかれる。
 だが、手応えは無い。
 木片が飛び散る中、ドーガの脇をすり抜けて、何かが俺に接近するのを感じ取る。

 魔導鎧は重く、固い。
 恐らく魔物の突進や爪、牙を受けても、傷ひとつつくまい。
 瞬時にそう判断し、そのまま魔術を発動しようとして……。

「ルーデウス殿!」

 俺はシャンドルに突き飛ばされた。

 何だ、と思う間もない。
 気づけば、俺の脇に、槍が突き立っていた。
 槍は中空に突き立っているように見えたが……違う、透明な何かを地面に縫い付けていたのだ。

 白い槍だ。
 とても白い、白亜の槍。
 何かの生物の骨のように白い槍。
 ああ、なんと懐かしい槍だろう。

 そして、槍を回収するかのように、一人の男が地面に降り立った。
 緑色の髪。
 病気のように白い肌。
 ポンチョのような民族衣装。
 ああ、間違いない。
 背を見ればわかる、俺が彼を間違えるはずがない!

「ルイジェルド!」

 俺は身を起こし、手を大きく広げながら、そう呼んだ。
 彼は槍を手に、俺へと振り返る。

「ん?」
「…………あれ?」

 知らない顔だった。
 美形で、ルイジェルドっぽい感じではあるのだけど、しかし違う。
 俺のルイジェルドはもっとこう……あごのあたりがこう……。

「すいません、間違えました」

 なんか。
 すごいガッカリ感。
 別のスペルド族がいる。
 というのは、ある程度予想していたことではあったが……コレジャナイスペルド族。
 やばい、おもいっきりルイジェルドとか叫んじゃったせいか、顔が熱い。

「……ルイジェルドを知っているのか?」

 俺の知らないスペルド族の男は、不思議そうな顔でそう言った。
 あ、でもそうか。
 彼もスペルド族なら、ルイジェルドの事は知っている。
 そして、仮にルイジェルドじゃなかったとしても、問題は無いのだ。
 うん。
 今、ビヘイリル王国で起きている問題的にはね、何もね。うん。

「え? あ、はい。仲間……いえ、友人……恩人かな?」
「客人なら、付いてくるがいい。会わせてやる」

 男はそう言って、踵を返した。

「えっ……ちょっとまってください、いる(・・)んですか?」
「いる」

 呆然とする俺に、そのスペルド族は当然のように頷いた。
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