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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第22章 青年期 組織編

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 間話「私達、結婚しました」

 十数軒ほどの家の集まり。粗末な柵。
 小さな畑。畑の端のパック○フラワー。
 大鍋に群がる中学生たち。
 どれもが、以前のまま、記憶のままだ。

「お義父さん、元気にしてますかね」
「どうでしょうね……」

 ミグルドの村は、時が止まったかのようだった。


---


 アトーフェを仲間に加えてから、二ヶ月ほど時間が経過した。
 その間、俺は各地の魔王に書状を届けて回った。

 アトーフェの書状と、オルステッドのオススメの貢物を携え、
 魔大陸の端から端まで……といっても、転移魔法陣でだが。

 魔王は色んな奴がいた。
 美食家で豚みたいな姿をした『略奪魔王』バグラーハグラー。
 モアイ像のように顔しかない『顔の魔王』ラインバイン。
 体中から常に光を発している『光の魔王』サーメディノーメディ。
 半透明の肉体を薄衣で隠した『妖艶魔王』パトルセトル。
 などなど。

 オルステッドが要注意と言っていた『不快の魔王』ケブラーカブラーにも会った。
 全身に穴の開いた球体状の魔王で、穴という穴からは常にゲロの匂いを発していた。

 全ての場所に、戦う覚悟で赴いた。
 なにせ、相手は魔王だ。
 魔王といえば、アトーフェラトーフェやバーディガーディを筆頭とする馬鹿集団。
 話など聞いてくれるはずもない。

 と、思っていたのだが、思いの外、話が通じる連中だった。
 俺からの贈り物を渡すと子供のように喜び、アトーフェからの書状を渡すと、真っ青な顔をして「勇者か……」と呟き、目をそらしつつ頭を垂れた。
 失禁しながら「殺さないでくれ」と懇願してきた奴もいた。
 『不快の魔王』ケブラーカブラーもそうだった。
 アトーフェがどれだけ恐れられているのか、そしてどれだけイレギュラーなのか、よくわかった。

 魔王ってのは、基本的に自分の好きな事をやってるだけの、気のいい連中なのだろう。

 彼らに対して要求を述べると、真面目な顔で検討してくれた。
 ただ、彼らはキシリカの捜索に関しては聞いてはくれたが、80年後に関しては「そんな先の事はよくわからん」という返答が多かった。
 長い寿命を持つ魔王たちは、先の事なんて考えていないのだろう。

 途中、リカリスの町にも立ち寄った。
 バーディガーディの支配する、キシリカ城のある町。
 かつて、キシリカが本拠地として構えていた、クレーターの町。

 バーディガーディはいなかった。
 聞いてみたが、一度も戻ってきていないらしい。
 どこをほっつき歩いているのか、兵士たちも肩をすくめるばかりだった。
 一応、留守を守る兵士に書状を渡し、キシリカだけでなく、バーディガーディの捜索も依頼しておいた。

 魔王の居城もあと数箇所。
 このまま、問題なく終わりそうだ。
 という段階になって、ロキシーが言った。

「ちょっと、故郷に顔を出してきてもいいでしょうか。
 大丈夫です。すぐ終わりますので、一人でさっと行ってさっと帰ってきます」

 一人で行かせるわけもない。
 俺は即座に家に戻り、ララと結納品を持ち出して、リカリスの町へと戻ってきた。

 そして、三日間の旅路を終えて、今、ミグルドの村にやってきた。

 俺と、ロキシーと、ララの三人だ。
 エリスはなんだかんだと言って、遠慮してしまった。
 剣のお礼だけはしておいて、と言われたが……彼女も遠慮というものを覚えたのだと思うと、感慨深い。


---


 ロキシーの母ロカリーは、ロキシーの姿を見ると、固まってしまった。
 否。
 ロキシーの姿を見て、ではない。
 ロキシーの隣で、仲睦まじく立つ俺と、ロキシーが抱いている子供を見て、固まったのだ。

 この村では、ロキシーを見ると、じっと見てくる奴がいた。
 念話を飛ばしてきているのだろう。
 だが、ロカリーは違う。
 確実に、思考停止による停滞だった。
 五秒ぐらい、固まっていた。

「お母さん、ただいまもどりました」

 口で挨拶され、ロカリーはびくりと体を震わせた。

「ろ、ロキシー、そちらの方と、その子供は?」
「わたしの夫と、子供です」
「…………!!」

 次の瞬間、ロカリーは「まぁ!」という顔をして、周囲をきょろきょろと見回した。
 ほぼ同時に、近くにいたミグルド族がこっちに寄ってきた所を見ると、念話で何かを叫んだのだろう。
 あるいは、ロキシーの父ロインを呼んだのかもしれない。
 キャー、アナター、ロキシーが男連れて来たわー!
 とか言ってるのかもしれない。

「……」
「……」

 無言の視線が痛い。
 だが、俺はロキシーの男だ。
 恥ずかしくないように振る舞わなければいけない。
 腕を組んで、足を揃えて、胸を張って。サイコパワーを身に纏わせて……。

「お母さん、お父さんはいますか?」
「え、ええ。いま呼びました。長老の家にいるので……すぐに戻ってくると思います」
「では、家で待たせてください。視線を集めすぎて、ルディが変なポーズとってしまっているので」

 ええっ!?
 変かな!?
 由緒正しき悪の総帥のポーズなのになぁ……。

「ではルディ、どうぞ」
「うん」

 ロキシーに言われるまま、俺は後に続いた。
 背中の荷物が重く感じるのは、これからお義父さんとお義母さんにご挨拶させてもらうプレッシャーからだろうか。
 愛するロキシーに、渾身のポージングをディスられたからではないと思いたい。

「お邪魔します」

 二人の後に続きつつ、視線を浴びて、ロキシーの実家へと入った。
 思えば、前に来た時はこの家には入らなかった。
 ロキシーの若いころの部屋とかも見せてもらえるんだろうか。
 いや、この集落に、個人の部屋という概念が無い事は知ってるけど。

「食料の備蓄はあったかしら……」
「いえ、すぐに帰りますので、お構いなく」
「そんなロキシー、せっかく帰ってきたんだから、ゆっくりしていきなさい」

 寂しそうなロカリーの言葉を聞きつつ、囲炉裏の近くに座る。
 と、ロキシーがすぐに隣に腰をおろした。

「いえ、わたしたちも忙しい身の上ですので」
「そう……」

 ロカリーは残念そうだ。
 なんだったら、3日か4日ぐらいは滞在してもいい気がするんだが……。
 ロキシーはあまり故郷が好きではないそうだし、早く帰るのは仕方がないかもしれない。

「それにしても、こんな突然戻ってくるなんて……それも、こんな立派な方を連れて……」

 と、そこでロカリーは改めて俺の方を見た。
 じろじろと足元から頭の先まで、無遠慮に見た後、
 ハッと気づいたように頭を下げた。

「あ、申し遅れました。わたし、ロキシーの母で、ロカリーです。初めまして」

 初めまして……か。
 やはり10数年前、たった一度しか会っていないのでは、覚えてはいないらしい。

「ルーデウス・グレイラットです。以前にも一度お会いしたのですが……」
「そうでしたか……?」
「はい、10年ほど前に、一度。ルイジェルドに連れられて」
「ルイジェルド・スペルディアのお知り合い? でも、彼がこの村にいたのは……」

 ルイジェルドと聞いて、ロカリーは考えるように顎に手を当てた。
 そして、ふと思いつく事があったのか、「あ」と声を上げた。

「もしかして、ルイジェルドが旅立った時に一緒にいた、小さな人族の子?」
「はい、そうです」
「まぁ……! なつかしい! 随分と大きくなりましたね。まだ十年と少ししか経っていませんが、人族でも、それだけ大きくなれば、もう立派に一人前でしょう?」
「はい。一人前であろうとは思っています。まだまだ未熟ですが……」

 そこで俺は床に手を置いて、頭を下げた。

「ご報告が遅れましたが、娘さんと結婚させていただきました」
「……あ、はい。その、この子でいいんですか?」
「この子がいいんです」

 そう言ってロキシーを見ると、顔を赤くしていた。

「ええと、ロキシーは、人族の妻としてきちんとやれていますか? 人族と魔族では軋轢もあるでしょう? ご迷惑をお掛けしてはいませんか?」
「やれているもなにも、僕はロキシーには助けられてばかりです。我が家で一番頼りになるのは、ロキシーです」
「そう、ですか……」

 ロキシーに脇をこづかれた。
 なんだろうと思ってそちらを見ると「持ち上げすぎです」と小声で言われた。
 何も誇張しとりゃせんがな。

「でも、こんな立派な……本当にうちの娘でいいんですか?」

 さっきと同じ質問。
 ロカリーも混乱しているようだ。

「ルディは他にも二人、妻がいますので。わたしは妾のような立場なので、多少ダメでも、問題ありません」

 ロキシーが口を挟んだ。
 ロキシーにダメな所なんて一切無いし、俺はロキシーを妾扱いした事は一度もないのだが……。

「そうなの……でも……」
「お母さん、もう恥ずかしいからやめてください」
「そう……うん……でもやっぱり心配よ。あなたは昔から無愛想で無口で……」
「自分のダメな点はわかっています。でも、こうしてちゃんと子供も産みましたし、妻としての勤めは果たしています」

 勤めとか事務的な。
 仮に子供を産めなくたって、俺の愛は変わらんのになぁ……。
 でも、そう言った方がいいのかもしれない。

「ルーデウスさん、本当ですか?」
「はい。少なくとも、僕がロキシーに愛想をつかす事はありません。神に誓えます」

 俺の愛はアガペだ。
 無限の愛だ。

「そうですか……」

 ロカリーが困惑した表情をしている。
 やはり行動で示した方がいいのだろうか。
 こう、隣のロキシーの肩とか抱いてみたり。
 あ、手を掴まれた。
 違うのロキシー、お尻を触ろうと思ったわけではなくて。

 と、思ったら手を握られた。
 ロキシーの手、暖かい。

「そうみたいですね」

 ロカリーは納得してくれたらしい。
 と、そこでロキシーの隣に座っていたララが、ふと、外に顔を向けた。

「あ、ロインが戻ってきましたね」

 お義父さんの登場らしい。
 改めて、ご挨拶させていただこう。
 気を引き締めていこう。

 土下座の準備は出来ている。


---


 ロインに対しても、挨拶はスムーズに行えた。
 彼もまたロカリーと同じ反応をしていた。
 同じような発言をしたため、俺も同じ返答をする。とてもイージーなオペレーションだった。
 土下座はしなくてもすみそうだ。

「何にせよ、おめでとうロキシー。お前が幸せなようで、何よりだ」

 ロインは最終的に、涙ぐみながらそう言って、ロキシーの手を握った。

「ありがとうございます。お父さん」

 ロキシーもロカリーも涙ぐんでいた。

 俺はちゃんとロキシーを幸せにできているのだろうか。
 そもそも、幸せとは何なのだろうか。
 わからないが、彼女に愛想をつかされないように、今後も頑張りたい。

「それにしても、ロキシーが結婚かぁ……小さいころから何もない所で転んで泣きべそをかいてた、あのロキシーがなぁ……」
「ルディの前でそういう話はやめてください」

 ロキシーの小さい頃か。
 きっと可愛かったのだろうなぁ。
 あるいは外見は今とそう変わらないのだろうけど。
 その頃に出会って、一緒に育っていたら……きっと今とはまた違う関係になってたんだろうなぁ。
 いや、どのような関係であれ、俺がロキシーを尊敬する運命に変わりは無いと思うがね。

「何にせよ、孫の顔なんて、見れるとは思わなかったよ」

 ロインは感動しているらしい。
 窘められてもなおそんな言葉を言いつつ、ララを抱き上げ、上機嫌だ。
 ララはいつもどおり、暴れるでもなく、ただじっとロインを見つめた。
 ロインはそれを見て、にっこりと笑った。

「そうか、ララちゃんと言うのか。ちゃんと名前を言えるなんて、おりこうさんだ」
「えっ?」
「えっ?」

 俺とロキシーは、同時に声をあげていたと思う。
 ララの名前は、まだ言ってない。
 ララもまた、何も言っていない。
 なんでだ……。
 と、思った時、ロキシーがハッとした顔でロインを見た。

「……うちの子、もしかして、念話を使ってますか?」
「え? ああ。まだたどたどしいけど、きちんと伝わってくるよ」

 俺はロキシーと顔を見合わせた。

 今明かされる衝撃の真実。
 うちの娘はエスパーだった。

 いや、考えてみれば、それほどおかしな事ではなかった。
 ロキシーは念話を使えない。
 だが、ロキシーの両親はともにつかえているし、
 遺伝するものではない、ということだろう。

「知らなかったのかい?」
「……ウチには、念話が出来る人がいないもので」
「そうなのか……? でも、ララはおばあちゃんがよくお話してくれると言ってるぞ?」

 おばあちゃん。
 ララのおばあちゃん……というと、ロカリーのこと……ではないな。
 ゼニスだ。

「あ~……」

 同時に、何かに納得した。

 神子は言っていた。
 ゼニスは、相手の心が読める、と。
 そして、ゼニスの記憶の中で、ララは随分とおしゃべりだった。
 普段は無口で、むっすりとしたララ。
 彼女が、楽しそうにゼニスとおしゃべりをする記憶。

 そうか、念話か。
 ララはずっと、念話で喋っていたのだ。
 だから、ゼニスと会話することが、出来たのだ。

「……」

 なんか、ほっとした。
 が、ロキシーはそうではなかったらしい。
 なんだか難しい表情をして、俯いてしまった。
 娘が出来るのに、なんで自分だけ、とか思っているのだろうか。
 場が暗くなってしまう。

「本当に……ええ? どうしよう……ララちゃーん、パパですよー」

 俺は立ち上がり、ララの頭を撫でつつ、そう告げた。
 ララはニコリともしないが、じっと俺を見ている。
 何か言ってるのだろうか。

「何て言ってるのかわからない、と言ってるね」

 あれ?
 あ、そうか、今のは魔神語だからか。

『ララちゃーん、パパですよー』

 今度は人間語で言ってみた。
 そして、ロインの様子を伺ってみる。

「知ってる、と言ってるね」

 知ってるか。
 そうか、そうだな、知らないわけないよな。
 いつも言ってるもんな。

 にしても、ドライだな。
 パパ大好きー、ぐらいのリップサービスはしてくれてもいいと思うんだが。
 昨今、ルーシーだって言ってくれるのに。

 ていうか、念話に言語は関係ないんだな。
 口で発する言葉とは、違う感じが伝わってるのか……。
 そうだな、じゃないとゼニスと会話するのも大変だろうし。

「何にせよ、少し成長が遅いかな、と思っていたので、少しほっとしました」
「まだ幼いから頭でしか喋れないが、もう少しすると、口でしゃべるようになるだろうね」

 ロインは懐かしさに目を細めつつ、そう言った。

「きっと、今の君たちの感じは、俺たちがロキシーを産んだ時と同じなんだろう」
「と、いうと?」
「俺たちも、ロキシーが生まれた時、喋れない、成長が遅いと思っていたから……」

 家族の中で唯一念話が出来ないロキシーと、
 家族の中で唯一念話が出来るララ。
 立場は似てるのか。
 似たもの親子か。

 何にせよ、安心した。
 うちの子は、きちんと成長しているらしい。
 本当に家の中に誰も喋れる相手がいないと困るだろうが、そんなこともない。
 ゼニスは確定として、おそらくレオも、念話に似た力で、ララと会話しているのだろう。
 言葉が喋れるようになったら、他の家族とも交流できるようになる。
 もうちょっとだ。

「ララは、ロキシーそっくりということですね」
「ははは、そうだな。そっくりだ。目元なんか特にな」

 ロインは嬉しそうに笑った。
 ロカリーも楽しそうだ。
 ララも心なしか、楽しそうな表情をしているように見えた。



 その後、以前借りた金を10倍にして返したり、結納品を贈呈したり、
 久しぶりの大王陸亀の料理に内心で顔をしかめつつ、外面では美味しいですと言ってみたり。
 楽しい時間を過ごした。

 来てよかった。
 と、俺はそう思ったのだが、
 ロキシーの表情は優れなかった。

 最後まで、優れなかった。


---


 結局、その晩、俺とロキシーは村に泊まる事になった。
 夫婦ということを考慮してか、ロキシーの実家の近くにある、空き家にて宿泊だ。
 ややほこりっぽさの残る空き家にて、親子三人、川の字になって寝る。

 旅館にいったらベッドが一つしかなくて、枕が2つ並んでいた的な何かを感じる。
 が、ララと一緒にいる時にそういう事は出来ないし、今の俺は禁欲のルーデウスだ。
 隣にロキシーが寝ていても、ノータッチで済ますことが出来る。

 でも、こう、目を瞑って寝ているロキシーを見ていると、どうしてもね。
 ちょっとぐらいなら、という気持ちがね。
 湧いてきたりね。
 したりね。

 まぁ、よく考えてみよう。
 俺は、しばらく子供が出来ないようにと、禁欲生活を始めた。
 てことは、逆に言えば、子供さえ出来なければいいのだ。
 悪い膿を排出するだけの行為なら、運命は狂わない。
 ロキシーは安全だ。
 というわけで、ちょっと失礼しま――。

「ルディ」

 ふぁぁ!
 ごめんなさい。
 ちょっとした出来心です。

「まだ起きていますか?」
「くかー、すぴー」
「寝たフリはいいですから、さっき目が合ったじゃないですか」

 しぶしぶ目を開ける。
 横になったロキシーが、俺の方を見ていた。
 真面目な顔だ。

「ララの事です」

 ララは、すでに寝息を立てている。
 普段はふてぶてしい顔だが、寝顔は天使だ。

「正直、そうなんじゃないかとは思っていました」

 何が、とは聞くまい。
 今日の話だ。
 ララが、きちんとミグルド族の能力を使える、という話だ。

「今まで黙っていましたが……私は、ララとゼニスさんが見つめ合っているのを見る度に、その可能性について、考慮していました」
「俺は、全然、考えた事もありませんでした」
「でしょうね。ルディはここ数年、ずっと忙しく動きまわっていますから」

 子供の事なんて見てないでしょう。
 と、言われた気分だった。
 まあ、見ていないといえば、見ていないかもしれない。
 可愛い部分だけ見て、かわいがっているだけかもしれない。

 子育てらしいことも、教育らしいことも、何一つしていない。
 正直、シルフィやロキシーに甘えている。

「なんて顔してるんですか。その事を責めるつもりなんてありませんよ」

 そう言ってもらえるとありがたい。
 どれだけ悩んだり、反省した所で、今の俺はヒトガミの件で手一杯だ。
 子育てに割けるリソースは無い。

「ただ、ちょっと、思ったんです」
「なにを?」

 ロキシーは、ララの頭をさらりとなでた。

「わたしは、この村で生まれました。物心ついた時から、ずっと疎外感を覚えて、育ちました」
「……」
「思い返せば、辛い日々でした。
 この村を出て、言葉で意思疎通をする町にいって、
 そこで知り合いを作り、冒険者として生活をし始めた時、
 私の住む世界はここだったのだと、そう実感したのを覚えています」

 みんなが出来る事が、できない。
 とても単純なことなのに、できない。
 こんな常識的な事がなぜ出来ないのか、と聞かれても、わからない。
 ただ出来ず、周囲からは役立たずの出来損ないと言われ、
 自分でもそうなのだと認識してしまう。
 でも、それが、実は常識ではなかった。
 出来なくてもよかった。
 そう知った時のロキシーには、言い知れぬ解放感があったに違いない。

「このまま、ララが育ったら、わたしと同じ思いをさせてしまうかもしれません。
 わたしは、村から出るだけでよかったのですが、
 ララは違います。ミグルド族と同じ能力を使う種族など、他にいませんから」

 ロキシーは、そこでふと目を逸らした。

 だが、そうなのかもしれない。
 ミグルド族は、あまりこの村から外には出てこない。
 魔大陸ですら、ミグルド族らしき種族を見かけることは、ほとんどない。
 排他的ではないが、閉鎖的な種族だ。

 将来的に、ララが疎外感を覚えないとは、限らない。

「それで、考えたんです」

 ロキシーは顔を逸らしたまま、言った。
 自分の考えに自信がないように、難しい顔をして。

「ララを、お父さんとお母さんに預けるというのは、どうかな、と」
「……え?」
「10歳か15歳ぐらいまで、ある程度成長するまで、
 ミグルド族の村で、ミグルド族として暮らした方がいいのではないかな、と。
 その後、村から出るか、村にとどまるのを決めさせた方がいいんじゃないかな、と。
 そう思ったんです」
「……」

 俺は、息子も、娘も、出来る限り、側においておきたい。
 それが産んだ者の義務だと思っている。責任を取るとは、そういうことも含んでいると思っている。
 ヒトガミの件を差し引いても、ララは見える所において育てたい。

 でも、ロキシーはきちんと考えてモノを言っている。
 決して、義務から逃れたくて、育児を放棄したくて言っているわけではない。
 ララが辛いから。
 自分と同じ目に遭わせるのが嫌だから、そう言っているのだ。

 青い髪を持ち、他人と異なる通話手段を持つ子供。
 今後、辛い出来事が皆無なはずがない。
 子供の辛さを親が肩代わりできないのは、言うまでもない。

「俺は反対です……でも、ロキシーが、それがいいというのなら、俺は……」

 言葉は出てこない。
 選べない。
 自分の気持ちを優先するか、ロキシーの提案を優先するか。
 わからず、ただ口をつぐんだ。

「すいません。ルディ。今のは無しです。忘れてください」

 しばしの沈黙の後、ロキシーはそう言った。
 その日は、それでおしまいだった。

 俺とロキシーは、手をつないで眠った。


---


 ミグルド族の村。
 ここは静かな村だ。
 会話が聞こえない。
 村人同士はテレパシーで話すから、この村に会話はない。
 あるいは、ロキシーに向かって挨拶をしている子もいるかもしれないが、
 しかし、ロキシーには聞こえない。
 ララには、聞こえているのだろうか。
 向こうで食事の用意をする人々の会話や、家の中での痴話喧嘩、その他もろもろの喧騒が。

「この変化のなさを見ると、自分の十年間の濃厚さ……というか人族の生活の慌ただしさがわかるようです」

 ロキシーはそう言って、自分が抱いている娘へと視線を向けた。
 ララは相変わらず無愛想な顔で、ロキシーを見ている。
 この村はきっと、あと十年経過しても、変化しないだろう。
 あるいは、変化をしていても、俺達は気づけないのだ。

「じゃあ、気をつけてな」
「もう少し、ゆっくりしていけばいいのに……」

 ロインとロカリーは、村の入り口まで見送りにきてくれた。
 彼らは寂しそうだ。

「最後に、もう一度ララを抱かせてくれないか?」

 ロインはそう言って、手を伸ばした。
 初孫は、どこの世界でも可愛いのだろう。
 彼らは、ロキシー以外に子供を作るつもりもなさそうだし。

「構いませんよ、はい」

 ロキシーは抱いたララを差し出した。
 差し出そうとした。

「あれ?」

 ララは、ロキシーのローブの首筋辺りに、ガッシリと抱きついていた。
 どこかで見たような光景だ。

「ほら、ララ、おじいちゃんとおばあちゃんにご挨拶しなさい」
「……」

 ララは両手両足を使い、セミのようにロキシーにしがみついている。
 その体勢のまま、俺の方を見た。
 いつものようにむっすりとした、ふてぶてしい顔……。
 では、無かった。

 口元を歪め、眉根を寄せ、今にも泣き出しそうな顔だった。
 助けを求めるような顔だった。

「ああ……ははは。やっぱりいいよ」

 ロインは苦笑いしながらそう言って、手を振った。

「お母さんと離れ離れになるのは嫌だって言ってる」
「……!」

 ロキシーは驚いたように、ララを見た。
 ララの泣きそうな顔を見て、ロキシーの顔に、みるみる不安の色が広がっていく。

「やだ、いっしょがいい……」

 ララが、絞りだすようにそう言った。
 今までほとんど喋らなかった我が子が。
 初めて自己主張をしたのだ。

「……」

 もしかすると、ララは昨晩の会話を聞いていたのかもしれない。
 聞いていなくとも、あんな話をしたから、置いて行かれる夢でも見たのかもしれない。
 無意味に不安にさせてしまったのかもしれない。

「大丈夫ですよ」

 ロキシーは、そっとララを抱きしめた。
 泣くのを我慢しながら、唇をきゅっと結んで。
 母子でまったく同じ顔をしながら、ロキシーは言った。

「ずっと一緒ですから」

 そう言うと、ララはほっとしたような顔で力を抜いた。

「ロキシー、次は、いつ頃戻ってくるの?」
「そうですね、ララが大きくなってから……10年ぐらいしたら、また来ると思います」
「……そう、わかったわ。体に気をつけてね」

 10年という感覚を長いと思っていないのか、ロカリーは心配そうにそう言った。


 そうして、俺達は村を出た。
 二人は、俺達の姿が見えなくなるまで、村の入り口で見送ってくれた。

 ぎこちなくはあったが、挨拶出来てよかった。
 エリスの両親も、シルフィの両親も、死んでしまってもういない。
 ロキシーの両親とは疎遠だが、それでも、やはり親は親だ。

 生きている間は、末永く付き合っていこうと思う。

「さて、ルディ、また忙しくなりますよ」
「はい」

 その前に、まずは目の前の事を片付けよう。
 そう思いながら、俺達はリカリスの町へと戻るのであった。
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