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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第22章 青年期 組織編

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第二百三十三話「激闘、魔王アトーフェ」

前回までのあらすじ
 アトーフェとの戦いが始まってしまった。
「オレは不死魔王アトーフェラトーフェ・ライバック!
 オレに勝てれば勇者の称号をやろう!
 負ければ、我が傀儡として、息絶えるまで使ってやろう!」

 圧倒的な殺意をまき散らすアトーフェ。
 それに一人で立ち向かうのは、勇者の姿だ。

「剣王エリス・グレイラットよ」

 エリスは剣神七本剣が一つ『鳳雅龍剣』を大上段に構え、アトーフェと相対した。

「剣神流か!」

 アトーフェはエリスから目を離さず、嬉しそうに剣を抜いた。

「最初に言っておくが、光の太刀はオレには通用しない」
「……」

 アトーフェの言葉に、しかしエリスは動じない。
 彼女とて、そんな事は知っている。
 不死魔王の伝説は、聞き及んでいる。

 不死魔王アトーフェは決して倒れない。
 そこに技術は無い。
 剣は鈍く、遅い。
 ただ死なない。
 どれだけ攻撃を受けても、どれだけ致命傷を負っても、死なない。
 どんな攻撃を受けても立ち上がり。
 そして、最後に勝つ。
 それが不死魔王アトーフェだ。

 ラプラス戦役において彼女に対抗できたのは、魔神殺しの三英雄を含む、十人未満の猛者のみ。
 恐怖の象徴として恐れられた彼女を単独にて倒しきったのは、北神カールマンのみと言われている。

 エリスは洞察する。
 己の力量で目の前の魔王を倒せるか、と。
 否。
 一人では無理だ。
 伝説上の存在に挑むことに対する高揚感はあるが、自分の手札にアトーフェを倒せる術は無い。

 だが、その事を嘆く必要もない。
 自分の手札にないとしても、すでに持っている者がいる。
 そのあたりの打ち合わせは、ここに来る前に、すでに終了しているのだから。

「……」
「おい、なんとか言え」

 エリスは喋らない。

「いや、お前のように、全神経を集中し、最高の一撃を放つ。そんな奴がいた……」
「……」
「フフ、オレは物覚えはいいからな。覚えているぞ。
 もっとも、その一撃はオレに届かず、オレの拳は奴をカエルのように潰したがな」

 アトーフェはその時のことを思い出しているのだろう。
 クククと邪悪な笑みを浮かべ、エリスを睨めつけた。

「どうだ。エリス・グレイラット。
 一世一代の賭けだ。
 信じる仲間の前で、無様を晒すか……それとも名誉か」
「……」
「オレの首はここだ。これを持ち帰れば、貴様は人族の勇者として、永遠に歴史に名を残せるぞ」

 とんとんと己の首を叩くアトーフェ。
 その表情に溢れるのは自信だ。
 この女に、オレを殺せるはずもない。
 そんな自信だ。

 周囲の親衛隊が嘆いている。
 ああ、またアトーフェ様が油断を! と嘆いている。
 だが、英雄に対し、あえて一撃を入れさせる事は、もはや不死魔王の血族にとって、避けては通れぬ性分なのだろう。

「別に、名誉なんていらないわ」

 エリスはきっぱりと言った。

「でも、あんたの首は斬り落とす」
「よくぞ言った! エリス・グレイラット! さぁ、こい!」

 アトーフェの叫びがこだまする。
 夕暮れの太陽が山へと落ち、あたりが薄暗闇に包まれ、紫色の炎を灯す燭台が、二人を照らしだす。

 ランランと輝くアトーフェの目。
 負けじと睨み返す、エリスの瞳。
 二人の視線が交差する。二人の殺気がぶつかり合う。
 一触即発の二人。

「あ……」

 しかし、その時、親衛隊は、二人を見ていなかった。
 エリスの後ろを見ていた。

 そこには、巨人が立っていた。
 薄暗闇の中、身の丈3メートルはあろうかという、石の巨人が立っていた。
 いったいどこから現れたのか。
 召喚魔術か?
 いいや、それにしてはその痕跡はない。
 さらに、その巨人から数歩離れて、青い髪の魔術師が立っている。
 成功だと言わんばかりに、ぐっと手を握って巨人を後ろから見上げている。

「あ~……」

 気性の荒そうで、かつ剣神流のエリスがなぜ攻めなかったか。
 親衛隊の中にはそれに納得し、感嘆の息を漏らすものもいた。
 エリスが時間稼ぎをしている間に、ルーデウスが準備したのだ。
 魔導鎧『一式』は召喚された。

「お……おおお……」

 エリスの後ろに立った影。
 それを見上げて、アトーフェはうめいた。

 見覚えがある。
 あの鎧。ラプラス戦役より前、第二次人魔大戦の時だ。
 封印される前、見た記憶がある。
 少し形状は違う。
 色は少し違う。
 しかしそんなのは些細な事だ。
 このような鎧が、世界にいくつも存在してたまるものか。

「闘神鎧……!」

 見上げて呆然と呟くアトーフェに――。

「ガアアアアアァァァァァ!!!!」

 エリスが襲いかかった。


--- ルーデウス視点 ---


 エリスの剣が走った。
 魔導鎧を見上げるアトーフェの左首筋へと、まっすぐに。最短距離を。
 一筋の銀光と化した魔剣は、圧倒的な殺傷力を保ったまま、アトーフェの首筋に滑りこむ。
 そして、そのまま通りぬけ――。

「っ!?」

 止まった。
 剣はアトーフェの首の中程で止まった。

「……」

 アトーフェの剣が、エリスの右肩に深々と突き刺さっていた。
 それだけで、エリスの右腕は動かなくなっていた。
 止まったのではない。
 止められたのだ。
 骨と骨の間に剣を突き刺し、支え棒のようにすることで、最強の剣技と謳われる光の太刀を。

「ガアアアァァァァ!」

 瞬間、エリスは右腕を諦めた。
 左手のみを使い、剣を振りぬいた。

 本来なら、光の太刀は首など一撃で跳ね飛ばす。
 しかし、片手とあらば威力は半減。
 アトーフェの首は、3分の1を残したまま、胴体とくっついたまま、残った。

 本来ならば、それで死ぬ。
 だが、相手はアトーフェ。
 不死魔王アトーフェラトーフェだ。

「っらあぁぁ!」

 アトーフェは半死人のような風体のまま、エリスを蹴り飛ばした。
 ベゴンと嫌な音を立ててエリスが吹っ飛び、ロキシーが背後から受け止めた。
 肩口からダクダクと血を流しながら、獰猛な視線をアトーフェに向け続けるエリス。
 彼女の出番はここまでだ。

「おおおお!」

 アトーフェは雄叫びを上げながら俺へと向き直った。
 防御をするように剣を構え、そのまま前傾姿勢を取る。
 ガトリング砲を構える俺へと突っ込んでくる。

 エリスが吹っ飛んだ事で、射線は開けていた。

「『撃ち抜け』!」

 岩砲弾の雨が降り注いだ。

 一歩。アトーフェの鎧が粉々に砕けた。

 二歩。アトーフェの肩が千切れ、剣が宙を舞った。

 三歩。蜂の巣になったアトーフェの上半身が下半身と分離し、吹っ飛んだ。

 四歩目は無い。
 上半身を失った下半身が、ぐらりと傾いで、倒れた。

 心臓に悪い光景だ。
 不死魔王だからか血は出ていないが、
 もし血が出ていれば、気分が悪くなってしまったかもしれない。
 人殺しには慣れない。
 慣れるわけがない。

 こんな至近距離からガトリングを撃ち込むなど、死なないとわかっているから、出来る事だ。
 そうだ。
 死なないんだよなぁ。これでも。

「やりましたか?」

 エリスに治癒魔術を掛けたロキシーが、不安そうに親衛隊を見回しながら聞いてくる。
 彼らはアトーフェの命令が無い限り、襲い掛かってくることはない。
 誰も、アトーフェの心配をすることもない。
 不死の主人に対する、絶対の信頼があるのだ。

「まだだ」

 俺は警戒しつつ、そう答える。

「この後、俺らもやんの?」
「いやぁ、あれは無理だろ」
「床見ろよ。黒曜鋼鉄がえぐれてんだぜ?」
「鎧も意味をなさないな。なんだあの魔術……」
「前にアトーフェ様が戦った時に、あいつすんげー威力の岩砲弾を使ってたんだよ。多分それだ」
「ああ、なるほどな。岩砲弾を連射してんのか」
「てことは、鎧とは別に、あの杖? が、魔道具か」

 なんか分析されてる。
 気の抜けた連中だ。
 だが、あの程度でアトーフェが死なない事がわかっているのだろう。

 アトーフェは復活する。

 バラバラにされた肉が、より大きな肉片へと寄っていく。
 そして、少しずつ結合し、元の大きさへと戻ろうとしている。
 どこかの寄生生物と違って、髪の毛を引っこ抜いても、自力で戻るのだろうな……。
 また、仮に肉片が全て戻ってこなくとも、小さな肉片から細胞分裂で再生しそうな生命力を感じる。

 こんな生物が、鎧を身にまとって、武術まで使う。
 強いわけだよなぁ……。

 なんて考えてるうちに、アトーフェが元の姿に戻った。
 ただ、蜂の巣にしたため、上半身は裸だ。
 エリス以上に鍛えられた筋肉と、エリスほどではない大きな乳房が見えてしまっている。

 あんな生物なのに、筋肉を鍛えるとか、意味はあるんだろうか……。
 あるんだろうな。
 むしろ、細胞が死なないと考えると、人間より鍛える事に意味がありそうな気もする。
 興味深い。

「まだやりますか?」

 俺は再生を終え、丸腰となったアトーフェに尋ねる。
 戦いは覚悟していた。
 だが、本気で戦いにきたわけでも、敵対しにきたわけでもない。

 ここで本気でアトーフェを消しに掛かると、後ろの方で見ているムーアに敵対とみなされる。
 敵対したと判断したムーアは、親衛隊を率いて攻撃を仕掛けてくる。
 ってのは、オルステッドから聞いてきた。
 その場合の対処法も一応考えてはきたが……。

 まあ、何度も打ち倒し、アトーフェを満足させるのがベターだ。
 何度向かってくるかはわからないが、魔力が尽きるまで、相手をしよう。

「やらん!」

 そう思っていたのだが、アトーフェは、そう叫んだ。
 するとムーアが駆け寄り、アトーフェにマントをはおらせた。

「今、換えの鎧を取りに行かせておりますので」
「ふん!」

 アトーフェは地面にあぐらをかいて、どっかりと座った。
 戦うつもりは無いらしい。
 ただ、忌々しそうに俺を見上げている。

 実に、意外だ。
 てっきり、復活と同時に猪のように突進してくるものと思っていた。
 あるいは、周囲に号令を掛けて、包囲するものかと。

「……」

 彼女と俺の間には、剣を構えて立つエリスの姿があったが、お構いなしだ。
 俺の斜め後ろには、杖を構えて立つロキシーもいるが、今回は出番がなさそうだ。

「……」

 アトーフェは、じっと俺を見てくる。
 しばらく、無言のまま、じっとだ。

「ムーア、憶えているか?」

 そして、ぽつりと言った。

「いえ、自分は人魔大戦の頃はまだ……」
「そうか、そうだったな」

 いつになく低い声で、いつになく落ち着いた声で、アトーフェが呟く。

「あの時のとは違う。
 あの時のは、もっとキンキラだった。
 力も速度もあったが、あんな武器は無かった」

 アトーフェが言ってるのは、オリジナルの『闘神鎧』の事だろうか。
 ラプラスが作ったという、最強の鎧。

「だが、人族はそうだった。
 最初は弱い。とてつもなく弱い。オレたちが攻め入れば、すぐに瓦解して逃げ始める。
 だが、しばらくすると、どんどん変わっていく。
 気づけば顔ぶれが変わり、鎧が変わり、武器が変わる。
 戦い方もそうだ。
 固まったり、バラケたり、山の中に待ち構えたり、川を挟んだり……。
 そうしながら、少しずつ強くなっていく。
 カールは、それこそが人族の強さだと言っていた」

 なんか、アトーフェの顔が落ち着いている。
 言ってる事も、なんだか理知的だ。
 不死魔族は、一度再生すると賢者タイムに入るのだろうか。

「それは貴様が作ったのか?」
「はい」
「そうか……強いな、お前は、実に強い」

 アトーフェはスッキリとした表情で言った。

「愉快な話だ。親父がどれだけ苦心しても勝てなかった龍族に、木っ端のごとき人族が追いつこうというのだから……」

 アトーフェはゆっくりと立ち上がった。
 ムーアを脇に携え、俺を見上げ、腕を組み、言った。
 理解の追いつかぬ俺に、アトーフェは続けた。

「負けを認めよう。約束通り、お前が生きている限り、オレはお前の傘下となる」

 かくして、アトーフェが仲間に加わった。

「ルーデウス・グレイラット。オレに勝ったお前は、勇者だ」

 ついでに俺は勇者となった。


---


 その後、アトーフェの要塞にて、宴が開かれた。

 魔王討伐の宴だ。
 主催者は倒された魔王本人。
 スタッフは、親衛隊。
 参加者も親衛隊だ。

 宴会場は巨大な練兵場に作られた。
 木人やアスレチックが片付けられ、中央に闘技場が作られ、その周囲をぐるりと囲むように獣の革で作られた絨毯が敷かれ、親衛隊の面々が食ったり飲んだりしている。

 魔王アトーフェは倒された。
 かといって、アトーフェに捕らえられている者が解放されるわけではなかった。
 俺としてもアトーフェ親衛隊の戦力が少なくなるのは困るし、アトーフェもきっと理解はしてくれないだろうから。
 ひとまずは、今のままだ。
 ケイドロじゃあるまいし、全員解放というわけにもいかない。

 まぁ、もしどうしても帰りたい奴がいるなら、折を見て、少しずつ家に返そう。
 ちょっとずつなら、アトーフェにもバレないさ。

 とはいえ、アトーフェ親衛隊の面々も、ただただ宴を楽しんでいる者ばかりに見える。
 反旗を翻すつもりもないらしい。

「今宵はめでたい日だ! 飲め! 歌え! そして戦え!」

 アトーフェは、敗北したというのに、実に上機嫌だった。
 宴会場のどまんなかの闘技場。
 そこで配下同士を戦わせて、悦に入っている。
 俺が送った酒を一杯飲むたびに「うまい!」と叫んでいる所をみると、気に入っていただけたようだ。

 なんとも不思議な感じだが、そのへん、バーディガーディと似てる所があるな。
 決闘のあとはとりあえず飲んだり歌ったりする所とか……。
 やはり姉弟ということだろう。
 不死のネクロスラクロスとやらも、そんな感じの奴だったのかもしれない。

「ハハハハハ、いいぞ!」
「ぶっつぶせー!」
「ガード落ちてる! 上げろ! 上げろ! うわぁ……」

 闘技場で行われているのは、格闘戦だ。
 武器は無し、鎧も無し、素手と素手で行われる、男らしい勝負だ。
 そこで、親衛隊の屈強な男たちが拳を握りしめ、相手をぶん殴り合っている。
 あ、いや、まて。あれ親衛隊同士じゃない。男でもない。

「勝者、エリス!」

 闘技場に出てるの、エリスだ。
 あの戦いでは不完全燃焼だったのだろう。
 獰猛な野犬のような動きで、アトーフェ親衛隊の魔族を叩きのめしている。
 結構、いい勝負だ。
 親衛隊も精鋭という話だが、エリスも剣を持っていない。
 素手の殴り合いなら、互角なのか、それともどっちかが手加減してるのか……。

 いや、手加減は無いな。
 闘技場の脇には、気絶した選手が何人か転がっている。
 エリスはすでに三人ほど相手を叩きのめした後のようだ。
 無傷ではないが、セコンドにロキシーがついて治癒魔術を使ってるから、大丈夫だろう。
 エリス、強くなったなぁ……。

「アーッハハハハハ! 強いじゃないか! さすがは勇者の仲間だ! 次は誰だ!? 誰がいく?」
「勝負よ! 魔王アトーフェ! 降りてきなさい!」
「アーッハハハハハハ! オレに素手での戦いを挑むとは、キシリカに勝るとも劣らぬアホウだな! いいだろう、気に入ったぞ! 相手になってやる!」

 アトーフェがバッとマントを脱ぎ捨て、上半身裸になりつつ、闘技場に降りていく。
 会場には割れんばかりの歓声が上がった。
 宴はいまや最高潮。
 エリスが勝つか、アトーフェが勝つか。
 オッズはアトーフェが上だろう。しかしエリスなら、エリスなら大番狂わせの――。


「ルーデウス殿……ルーデウス殿!」
「っと、失礼」

 俺はその宴には参加していない。
 要塞の一室にて、ムーアと今後について会議中だ。

 俺が主役のはずなのに……宴は最高潮だ。
 何のための宴なんだろう。

「こほん、仔細についてはわかりました。
 ヒトガミと、その使徒ギースの捜索と殺害、並びに戦いの時の援護。
 キシリカ様の捜索。諜報組織の設置。魔神ラプラスとの戦いの援助。
 大まかには、以上ですね?」
「はい」

 アトーフェと違い、ムーアは話のわかる男だった。
 俺の要請を聞いて、まとめ、前向きに検討してくれている。
 もしかすると、彼はアトーフェの脳みそが人格を持ち、狭い頭蓋骨から飛び出したことで生まれたのかもしれない。

「前者二つはともかく、後者二つ、特に魔神ラプラスとの戦いの援助はできそうにもありませんね」
「やはり、無理ですか? ラプラスに義理があるとか……?」
「アトーフェ様は、あなた個人に敗北したのです。あなたが死んでしまえば、それも終わりとなるでしょう。それとも、生きていられますか? あと80年」
「……難しいでしょうね」

 あくまで個人。
 俺、個人。
 ロキシーあたりに負けたと思わせればいけたかもしれないが……。
 まあ、仕方ないか。
 これも運命だろう。

「傭兵団の支援も難しいです」
「それは、やはり縄張り意識的なもので?」
「アトーフェ様はこの一帯に君臨しておられますが、支配しているのは親衛隊のみです。別の組織を作るのは勝手ですが、面倒は見きれません」
「……了解です」

 傭兵団も無理。
 作るだけなら可能だろうが、隣にいる組織の頭がアトーフェ、ということを忘れてはならない。
 問題は起きる。そして問題を解決するには知恵ではなく、その場での力が必要だ。
 きっと、気づいたら壊滅している、なんて事態が発生するだろう。

「キシリカ様の捜索については、各地の魔王にアトーフェ様のサインの入った書状を届けるようにしましょう。捜索ぐらいであれば、魔王様方も手を貸してくれるでしょう」
「お願いします」
「お願いはされません。届けるのは、ルーデウス殿です。我らは転移魔法陣の詳しい位置など知りませんからな」
「あ、はい」

 そっか、そういやこの人らは転移魔法陣のことを知ってるから、隠さなくてもいいんだな。
 転移魔法陣。
 人族にとっては禁忌だが、魔族にとっては、特に長生きしている人たちにとっては禁忌じゃないのかもしれない。

「キシリカ様も、特に理由がなければ逃げまわったりもしませんので、すぐ見つかるでしょう」
「なるべく、早いほうがいいですが」
「書状の届くスピードにもよりますが……一年以内には、どこかで見つかるかと」

 キシリカは相変わらずどこにいるかわからない。

「なんで、あの人はいっつもフラフラしてるんですかね」
「さて、古い魔族の方の考えなど、私にはわかりません」
「……ですよね」

 俺からすれば、ムーアも古い魔族の一人だと思うが……。
 何年生きてるのか知らんけど、不死魔族なら、100や200じゃきかない年数は生きているだろう。

「しかしルーデウス殿は、本当にお強くなられた。以前にお会いした時と比べると、見違えました」
「魔導鎧の力です」
「ご謙遜を」
「謙遜のつもりはありません。アトーフェ様をねじ伏せるだけの強さを手に入れることはできましたが、俺自身が劇的に強くなったわけではありませんから」

 『強い』は作れる。
 魔術と技術の融合で。
 もっとも、この『強さ』は、俺だけの力で手に入れたわけではない。
 俺と、ザノバと、クリフ、最近ではロキシーも。
 彼らがいなければ、魔導鎧は完成しなかったし、運用もできない。

「アトーフェ様がただ一撃で強さを認め、傘下に入ると決めたのは、北神カールマン様に続いて二人目でございます」
「列強のレベルには、及ばないと思いますがね」

 あのまま、何度も何度も蘇り、戦い続ければ、いずれ倒れていたのは俺だろう。
 魔力は無尽蔵ではないのだから。

「足りぬのならば補えばいい。
 技術、武具、仲間。
 アトーフェ様は、それら全てを認めておいでです。
 ゆえにいつも、全員でかかってこいと仰られるのです。
 それが人族の強さだから、と」

 人族の強さは総合力……ということだろう。
 武器を使うのも、仲間を使うのも、全て戦略や戦術に入る。
 相手が何をしても卑怯と言わない。
 だからこそ、アトーフェは負けを認め、ムーアは俺を褒めている。
 ちょっと納得した。

「ですが、アトーフェ様にはまだ、我ら親衛隊と、北神流の剣術があります。
 本気で戦われたとは思わぬよう」
「肝に銘じておきます」

 今回、アトーフェは一人で戦った。
 だが、それはアトーフェにとって最低限の力だ。
 まだまだ、アトーフェは力を残している。
 どこで使うつもりかはわからないが。

 未来の俺も、ムーアにしてやられたせいで負けかけたようだし……。
 今回は一応、親衛隊と戦うビジョンはあったし、そのための準備もしてきたつもりだった。
 そのためのロキシーだ。
 彼女には、あらゆる事態を想定したスクロールを所持してもらっている。
 ほんの短い時間でも、ムーアを抑えてもらえれば、撤退の準備ぐらいは出来る。
 なんて思っていたが、本格的に親衛隊に参戦されたら、やばかったかもしれないな。

「ムーア! ムーアァァァァ! ルーデウスをつれて来い!」

 と、そこでアトーフェから呼び出しがかかった。
 ムーアを呼ぶ大声は、ここまで響いてくる。
 窓の外を見ると、エリスがうつ伏せに倒れており、ロキシーが駆け寄っていく所だった。
 負けたらしい。
 まぁ、そらそうだ。

「そろそろ、行かないといけませんね。連絡の方は、先ほど設置した石版にてお願いします」
「はい。ですがその前に」

 ムーアはそう言うと、脇においてあった箱を差し出した。
 大きさは国語辞典ぐらい。
 禍々しい悪魔の文様が刻まれた、開けると呪われそうな箱だ。
 持ってみると、意外に軽かった。

「アトーフェ様より、こちらを渡しておくようにと言われております」
「……これは?」
「窮地に陥った時にお開きください。必ずや、ルーデウス殿の力となりましょう」

 なるほど。
 開けてみてのお楽しみ、って事か。

「では、参りましょうか」
「はい」

 俺は箱を荷物に加え、その部屋を後にした。


 その後、アトーフェの隣に座らされ、特等席で闘技を見つつ、酒を振る舞われた。
 親衛隊による、五対五の団体戦。
 ムーアたちによる、ド派手な魔術の見世物。
 その他、中国雑技団のようなアクロバットや、元吟遊詩人による音楽なども奏でられた。

 もっとも、俺はそれらをあまり楽しむ事ができなかった。
 隣に座るアトーフェが、なぜかずっと上半身裸で座り続けていたからだ。
 いやはや、目のやり場にこまる。
 禁欲のルーデウスは、禁欲だからこそ、欲深いのだから。

「……」

 チラチラ見ていたら、いつしか隣に座っていたエリスに耳を引っ張られ、
 膝の上に乗ったロキシーに、アトーフェへの視界を封鎖された。


 楽しい宴会だった。
+注意+
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