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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第22章 青年期 組織編

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第二百三十二話「潜入、ネクロス要塞」

 魔大陸ガスロー地方。
 そこは、魔大陸においてもっとも過酷な土地の一つである。

 魔大陸に生息する魔物は、他の大陸とくらべても非常に強力で、数が多い。
 だが、それでも分布というものは存在する。
 ビエゴヤ地方にはアシッドウルフやパクスコヨーテが多いように、この地方には、他より凶悪な魔物が多く生息する。

 石化ブレスを吐くバジリスク。
 大空を自由に飛び回り、強靭な顎と毒爪を持つブラックドレイク。
 池に擬態する巨大なレイクスライム。
 高い敏捷性と、魔術に対する耐性を持つ固い鱗に覆われた白牙大蛇。

 その他、毒ガスの発生地帯やら、深い谷なんかもある、魔大陸の中でも特に魔境と言われる場所。
 町や集落の数も極端に少なく、そのどれもが堅固な要塞と化している。
 冒険者も滅多に来ない……。
 だが、武者修行で旅をしている者は、最終的にここを目指す、と言われている。
 というのも、ここにはかつての《五大魔王》不死のネクロスラクロスが建造した、魔大陸最大の要塞があるからだ。

 そこを支配するのは、魔王アトーフェラトーフェ。
 ガスロー地方の『不死魔王』。
 400年前の戦争においては、ラプラス側について猛威を振るい、幾度と無く甲龍王ペルギウスらと鉾を交えた猛者。

 彼女に関して、武芸者の中でまことしやかに流れる一つの伝承がある。

『力を望むものよ、旅をせよ。
 力を望むものよ、魔大陸を目指すのだ。
 魔大陸を踏破せよ、ネクロス要塞に到達せよ。
 魔大陸を踏破せよ、不死魔王アトーフェラトーフェに謁見せよ。
 かの魔王に力を示し、さらなる力を渇望せよ。
 そなたは類を見ぬ圧倒的な力を手に入れるであろう』

 そして、その伝承を目指し旅だった者は、誰も帰ってこない。
 真実は、誰もしらない……。

 まあ、俺は知ってるけどね。
 大半は旅の途中で死に、残った大半は、そのままアトーフェ親衛隊へと吸収されるのだ。
 たまに帰ってくる奴もいるだろうが……一人や二人が真実を話した所で噂が消えるはずもなし。

 この噂は、きっとアトーフェの側近ムーアあたりが流したのだろう。
 酷い罠だ。
 武芸者の純朴な心をもてあそぶ、悪魔の罠だ。

 さて。
 そんな彼女の所にいくメンバーは、俺を含めて三人。
 俺と、エリスと、ロキシーだ。
 アイシャは王竜王国の一件で、アスラ・ミリスとの調停役だ。

 ちなみに貢物として、酒も持ってきた。
 オルステッドの情報によると、アトーフェは酒が好きらしいからな。

 まぁ、それでも多分、何かしら戦いは起きるだろう。


---


 ネクロス要塞は、転移魔法陣の遺跡から三時間程度の距離にあった。

 さして遠くは無い距離だったが、転移魔法陣のある遺跡は山の中で、しかもブラックドレイクの巣になっていた。

 襲い掛かってくる黒い飛竜をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、
 倒した飛竜は焼き肉に、見つけた卵は玉子焼きにして腹ごしらえをしつつ、踏破。
 やや高い位置にある場所から、襲い来る数々の魔物を、時には回避し、時には蹴散らしながら山を下ってきて、丸一日といった所か。

 これほど人里に近い位置にある転移魔法陣というのは初めて……。
 というか、これほど魔力の濃い場所にある人里が初めてだ。

「ま、余裕だったわね」

 対するエリスは、襲い来る魔物を嬉々として斬り伏せていた。
 日々の訓練の成果だと言わんばかりだ。
 まぁ、普段から素振りとか欠かしていない割に、戦う機会ってのは少なそうだしな……。
 俺の見ていない所で、町の周辺の魔物とか狩ってるらしいけど。

「さすが、厳しい場所でしたね……一人でくると思うと、ぞっとします」

 対するロキシーは、お疲れの様子だ。
 彼女は出来る限り、魔物に見つからないようなルートを取ろうと努力していた。
 彼女のお陰で、おみやげのお酒は守られたと言っても過言では無いだろう。

「ロキシーもまだまだね!」
「冒険者だった頃はもう少し動けたのですが、最近は机仕事ばかりなもので……」
「そんなんじゃ生徒にナメられるわよ」
「ですね……では、今度、少し稽古をつけてください」
「もちろん!」

 エリスとロキシーの会話を聞きつつ、俺は眼下に広がる要塞を見下ろした。
 まず全体的な色はブラックだ。
 キシリカ城と同じ材質でできているのだろう。

 大きさはさほどでもない。
 分厚い城壁に守られた城と町、という感じだ。
 この世界では珍しくもない。

 要塞という言葉が表すのは、その構造だろう。
 城壁によって五つのブロックに別れ、それぞれ階段状になっているのだ。
 下三つにあるのは、普通の城下町だ。
 上から二つ目は、生活感のない建物や、広い運動場のようなものが見える。おそらく軍事施設だ。
 最も高い位置には、城のような黒い建物がデンとそびえている。
 あれが天守閣だろう。

 俺たちは、そんな要塞に後ろから近づいている形になる。
 こっちから見ると無防備な感じだな。
 背後は山で守っているわけだから、当然だが。

「あ、人がいますね」

 そう考えつつ近づいていくと、城壁の上に人が立っているのが見えた。
 黒い甲冑をつけた人間が、五人ばかし。
 彼らは俺たちを見て、なにやら騒いでいるようだ。

「コチラ側から入るのは、礼儀に反するんでしょうか」
「いえ、そんな礼儀はありません。山側から来る旅人が少ないというだけでしょう」

 ロキシーがきっぱりとそう答えているうちに、エリスがずんずんと先に進んでいく。
 上から射掛けられたらどうしよう。
 なんて思いつつも、城壁の彼らは特に動く気配はない。

 やがて、城壁の真下までやってきた。
 一応裏門になるのだろうか、大きめの扉の存在も確認できた。
 黒い城壁に黒塗りの門だったので、遠目にはわからなかったが、近づいてみると一目瞭然だ。

『英雄よ! よくぞネクロス要塞へと到達した!』

 魔神語だ。
 久しぶりだな……。
 一度乗った自転車は年をとっても乗れるというが、一度覚えた言語も、そうそう忘れないらしい。
 で、英雄ってなんだ?

『魔の山を超えるとは、その心意気や良し!』
『貴様が求めるものは勇者の名誉か? それとも魔王の力か!?』
『どちらにしても構いはしない!』
『ここを通りたければ!』
『我らアトーフェ親衛隊を倒していくがよい!』

 要約すると、ここは通せませんって事らしい。
 そりゃそうだ。
 見知らぬ男を裏門から城に入れる国なんて、どこにもない。

『わかりました。表門に回ります』

 郷に行ってはなんとやら。
 ここは大人しく回り道をするとしよう。
 こっちはお願いをしにきている立場だからな。

『…………』
『……』

 黒鎧は黙ってしまった。
 どうしようとばかりに、隣の奴と相談している。
 アトーフェの事は聞いておいたが、こういう門でのやりとりについては聞いてない。
 なんかまずい事言ったかな……?

『あ、一応ムーアさんに、ルーデウス・グレイラットがアトーフェ様に貢物を持ってきた、と伝えておいてくださると助かります』

 怪しい者ではない、と先に言っておいたほうがよかったかもしれない。
 そう思いつつ踵を返そうとした時、

『待て! 貴様、アトーフェ様の客人か!?』

 そんな声が響いてきた。

『はい、以前、ほんの少しだけ、お世話になりましたので! ご挨拶を!』
『…………わかった、今、門を開ける!』

 おお。
 開けてくれるらしい。
 遠回りするのも面倒だから、入れてもらえるのは助かるな。

「正面から入りたかったわね」

 エリスがボヤいたが、俺は裏からがいいね。
 親衛隊四天王を順番に倒していくアトラクションなんて、ゴメンだよ。


---


 ネクロス要塞の謁見の間。

 そこには、天井が無かった。
 屋外だ。
 悪魔のような彫刻が施された太い柱に挟まれた長い階段。
 それを上った先に、大きな広間がある。
 広間は紫色の炎をもつ燭台に囲まれ、さらに燭台の前には、黒い鎧を身にまとった兵士が一人ずつ、直立不動で立っていた。
 広間は開けていて、壁も手すりもない。縁に近づけば、ネクロス要塞の城下町を見下ろすことができるだろう。

 その奥に、禍々しい装飾をされた玉座があった。

 いや、ここ謁見の間じゃないな。
 多分、ここはあれだ。
 有事の際に巨大な魔法陣を描いて、古の大悪魔とかを呼び出す場所だ。
 そして、それを阻止する勇者一行が、魔王と戦うのだ。
 そういう場所だ、ここは。

 謁見の間ではない。
 決戦の場だ。

「英雄よ、よくぞここまで辿り着いた!」

 さて、玉座に座っているのは一人の女だ。
 周囲と同じ黒い鎧を身にまとった女。
 背丈はエリスと同程度。

 彼女は実に嬉しそうな顔で立ち上がり、バッとマントを広げた。
 山の向こうへと落ちる夕暮れが、その姿に深い陰影をもたらした。
 姿だけを見れば、実に荘厳で幻想的であった。
 姿だけを見ればね。

「オレが不死魔王アトーフェラトーフェ・ライバックだ!」

 裏門から中に入って、ムーアに引き合わされ、
 この決戦の場に通されるまで、約2時間といった所か。
 その短時間で、わざわざ準備してくれたのか。
 それとも、この幻想的な風景を知っていて、夕暮れまで待ったのか。
 どちらかわからないが、星4つあげちゃおう。

「よくぞ人の身でここまで辿り着いた!」

「幾多の困難を乗り越えし勇気ある者よ! 問おう!」

「その身が望むは勇者としての名誉か? 英雄の称号か! それとも……魔王の力か?」

 いやな質問だ。
 これで勇者とか英雄と答えたら、ボコボコにされて手下にされて、
 魔王の力と答えたら、ボコボコにされずに手下にされるのだ。
 『はい』としか答えられない究極の二択だ。

「ふふん……」

 あ、なんかエリスがニマニマしてる。
 そうだね、君は好きそうだもんね、こういうの。 

「アトーフェ様……ごにょごにょ……」

 そこで、隣にいた黒鎧を着込んだムーアが、アトーフェに何かを耳打ちした。
 段取りについての話だろうか。
 俺が謝罪にきた、という話を通してあったはずなのに英雄とか言ってるから、何か勘違いされている可能性が高い。

「うるせぇ! こっち側からだと、眩しくてよくわからんのだ!」

 アトーフェパンチ!
 ムーアくん吹っ飛んだ。

「顔を見せろ!」

 アトーフェはムーアをぶん殴った拳をそのままに、こちらにズンズンと歩いてきた。
 そして、俺のすぐ目の前まで来る。

「あ」

 俺と目が会った途端、アトーフェの顔が、みるみる歪んでいく。
 にたぁと。
 そして、低い声で、言った。

「お前かぁ……」

 見つけた、と言わんばかりの声で。
 怖い。

「……お、お久しぶりです」
「ペルギウスと一緒に、オレを、罠に、ハメてくれた、お前が、のこのこと、来たのかぁ……」

 アトーフェは獰猛な笑みを顔に張り付かせた。
 だが、それは予想できていた事だ。
 そのために、貢物ももってきた。
 今回は、謝りにきた、といっても過言ではない。

「そのことについて、私の方から、その、謝罪を申し上げたいと……」
「いいぞぉ。前よりも、随分と男らしい顔つきになった。いい顔だ、覚悟を決めた顔だ。オレに挑んだ勇者は皆、そういう顔をしていた」

 アトーフェは話を聞かなかった。
 ただ目を見開きながら、俺に顔を近づけてきた。
 そして、歯を見せて笑った。
 ギラリと音のしそうな牙が見えた。

「死の覚悟を決めた者の顔だ」

 あ、あれ。
 おかしいな。
 ちゃんと想定してきたはずなのに……あれ?
 なんで、足が震える?
 や、やばい、体中に震えが……。

「ん?」

 と、そこで俺の視界が赤いもので一杯になった。
 赤い髪。

「離れなさい」

 エリスが、俺とアトーフェの間に割って入っていた。

「なんだ、お前は」
「エリス・グレイラットよ」
「ほう」

 アトーフェは一歩下がった。
 そして、エリスの顔をじっと見つめた。

「いい面構え、いい殺気、いい武器も持っている。そして今にもオレに斬りかかろうとしているその気概……」

 アトーフェは鋭い眼光でエリスを射抜いた。
 エリスもまた、野獣のようなギラついた目で、アトーフェを睨み返す。
 緊張が走る――。

「お前が、勇者か」
「そうよ」

 違うでしょ。
 何言ってんの。

「そっちの女は、したたかに周囲を観察している……魔術師だな?」
「……はい。ロキシー・グレイラットと申します。お初にお目にかかれて光栄です」

 ロキシーが帽子のつばを少し下げ、挨拶をした。
 魔術師って、服装を見りゃわかると思うんだが。

「お前もいい面構えをしている。このオレと、戦う気だな?」
「……魔王様が我が弟子を殺すと決めたのであれば。微力ながら」

 ああ、あの冷静なロキシーまで、戦うつもりになっているのか。
 てことは、今の俺は、それほどブルってたってことか。
 守らなきゃいけないと思うほどに。

 いかんな、これでは。
 しっかりしなくては。

「ククク、面白い。三人ともグレイラットか……偶然にも同じの名を持つ連中が集まり、オレの前に現れたとは、実に面白い」

 その解釈は確かに面白いね。
 エリスもロキシーもうちの妻です。
 うん。
 よし、落ち着いた。

「アトーフェ様。戦う前に、一つ、私の話を聞いてはいただけないでしょうか」

 俺は震える足に活を入れ、アトーフェへと向き直った。

「なぜだ?」
「話をしにきたからです」
「オレは話は嫌いだ。お前たち人族は、わけのわからん話ばかりするからな」
「今日のは、わかりやすいかと思います」

 そこで、俺はロキシーに目配せをする。
 彼女は背負っていたバッグを下し、中から一つの木箱を取り出した。
 俺はそれを受け取り、捧げ持ち、アトーフェに対して恭しく差し出した。

「まずはこちらを。以前の一件に対する、謝罪とお詫びの品にございます」
「なんだ、これは」
「アスラ王国にて作られた、ワインにございます」
「酒か!」

 アトーフェの顔色が変わった。
 情報通りだ。
 オルステッドの話によると、彼女と戦った勇者の中には、彼女に飲み比べの勝負を挑み、酔わせて泥酔させてから倒そうとした者もいるらしい。
 結局、負けたそうだが。
 飲み比べに。

「アスラ王国の戴冠式の際に、ノトス・グレイラット公が宮へと献上されたもので、非常に希少価値の高いものとなっております」
「うまいのか?」
「とても」

 と、答えたものの、俺も飲んでいないので本当にうまいかどうかはわからない。
 アリエルによると、これは100年前に作られたワインだそうだ。
 そのうまさたるや、ワインを作っていた製作者の蔵とぶどう畑は、王室御用達と定め、飲み尽くすのはもったいないからと、蔵の奥底に眠らせ、滅多な事では出さないほどだったという。
 でも、それから100年だ。
 王室に重要なイベントは多く、全て使いきってしまった。

 しかし、それはあくまで王室での話だ。
 生産者であるノトス・グレイラットの貯蔵庫には残っていたのだ。
 アリエルの戴冠式において、その貯蔵庫に保管されていた10本が献上された。
 ピレモンのごますりである。

 現在のお値段は、一本につきアスラ金貨300枚程度。
 1リニア相当だな。
 だからうまいはずだ。

 もちろん、買ったわけじゃない。
 アリエルに、何かいいお酒はないかと聞いた所、これを一本くれたのだ。
 後になって、別の人物から値段を聞いて、びっくりしたもんだ。
 王竜王国の件もあっさり聞いてくれたし、最近、アリエルはマジで俺に恩を売ろうとしていて、ちょっと怖い。
 なんか、そのうち本当に子供を一人、取られそうだ……。

「そうか、うまいのか」
「はい。ですので、前の事を許してください」
「許そう、オレはペルギウスとは比べ物にならないぐらい寛大だからな。あの程度、根には持たん」
「ありがとうございます」

 ひとまず、これで前の事はチャラ、でいいのかな?
 飲んだら忘れるかもしれないけど。

「ただ、ペルギウスは許さん。アイツはいつか殺してやる」

 それはご勝手にどうぞ。
 そこは本人同士の問題だ。
 ペルギウスも、わざわざ頭を下げに来たりはしないだろう。

「で、話はそれだけか?」
「いえ、もう一つ」

 俺はロキシーの荷物から、もう一つの酒瓶を取り出す。
 これはオルステッドがくれたものだ。
 こっちは木箱には入っていないし、メーカーも値段もわからない。

 透明度の低く、古そうな瓶には何やら文様が刻まれている。
 ただ、アトーフェなら気にいるだろう、とオルステッドは言っていた。
 だから、中身が悪くなっているとかは無いと思う。

「こちらを――」
「おいっ!」

 ひったくられた。

「まさか、これは……そんな馬鹿な…………ムーアァァァ!」

 唐突な叫びに、黒鎧たちがザワつき始める。
 オロついた空気の中、一人がゆったりとこちらに移動してきた。
 先ほど顔面を陥没させられ、血だまりに沈んだ男、ムーアだ。

「見ろ! どうだ!」

 ムーアは酒瓶を受け取り、表面を仔細に観察している。
 そして、中に沈殿しているビー玉のような何かを見て、ほうと息を吐いた。

「以前見た時と、まったく同じですな」
「だろう! 貴様、どこからこれを持ってきた!」
「それは、我が主『龍神』オルステッドより、アトーフェ様と仲良くするなら、これだと」
「龍神……! では、間違いないのか……!」

 アトーフェはわなわなと体を震わせながら、酒瓶を見ている。

「これぞまさしく、オレとカールの婚姻の時に、ウルペンめが送り届けてきた龍族に伝わる幻の秘酒!」

 おお、そんな逸話が。
 そりゃ気に入るわな。

「その名を『龍神宝玉酒(エールシュナイル)』」

 うわぁ、すげぇ必殺技だ。鳥肌立ちそう。
 ていうか、中身はエールなんだろうか。瓶の色が濃いので、なんともよくわからん。

「これを飲んだのは、後にも先にも、あの日だけ。それ以来、あの酒を探しまわっていたが、とうとう見つけたぞ!」

 テテレテー。
 と、効果音が出そうなほど嬉しそうに、アトーフェは瓶を掲げた。

 何にせよ、喜んでもらえたのなら、何よりだ。
 さすがオルステッドと言うべきか。
 誰が何を好んでいるか、よく知っている。
 アリエルには悪いが、この勝負オルステッドの圧勝のようだ。

「では、その酒を――」
「決めたぞ! オレは貴様を倒し、この酒を我が物とする!」

 アトーフェが右手にワイン、左手に龍神宝玉酒を持って、宣言した。
 欲しいものは力尽くで奪う。
 まさに魔王だ。

「差し上げます!」
「なに!」
「龍神オルステッドから不死魔王アトーフェへの、ささやかな友好の証です!」

 大声で言い返す。
 アトーフェの頭の上に、クエスチョンマークが浮かび上がった。
 クエスチョンマークが三つほど浮かび上がったあたりで、アトーフェの頭がパンクした。

「貴様! 怖気づいたか! 戦え!」
「戦うのは構いませんが、そのお酒は差し上げます!」
「わけがわからん!」

 わからないかー。
 そうかー。
 わかりやすく言ったつもりだったんだけどなぁ……。

「宴でもない、祝でもない、礼でも詫びでもない。ならば、なぜあなたは、このようなものを差し出すのですか?」

 ここで、ムーアのナイスフォロー。
 そうだ。
 そこを説明しなきゃならんですよね。

「はい。実は、近々、ギースという男と戦う事になっておりまして。
 奴めは強力な手駒を引き連れて俺を倒すとかいうので……。
 その戦いにおいて、アトーフェ様にご助力を願えれば、と思っております」

 80年後のラプラス戦役については、ノータッチだ。
 オルステッド曰く、ラプラスと戦うために協力してくれ、といっても、決して首を縦にはふらず、戦いになって終わるだろうとの事だ。
 別にラプラスに義理立てしてるとか、そういうわけでもなく、
 単に難しすぎて理解できないからだって事だ。

 オルステッドの知る未来でも、アトーフェはまず間違いなく、ラプラス側につくそうだし。
 説得はしないほうが無難である、とまとまった。
 後の細々したことは、ムーアの方に頼んでおくのがいいだろう。

「よし、わかったぞ! オレは馬鹿じゃないからな!
 いいだろう! そうしてやる!」

 アトーフェは、きっとよくわかってないんだろう。
 わかってないのに「わかったわ」という時のエリスと、同じ顔をして頷いた。
 こういう返答が来るということは、アトーフェもギースの口車には乗っていなさそうだ。

「それで、話は終わりか!?」
「はい」

 かくして、俺はアトーフェの協力を得る事に成功した。
 死神と不死魔王。
 俺が敗北した二人をコチラ側に引き込んだ事で、大きなアドヴァンテージを得られた気分だ。
 ギースがどこで何をやっているかはわからないが、今のところは順調と見ていいだろう。
 いやあ、それにしても、まず戦うだろうと思って身構えていたが、戦わなくてよか――。

「よし、では決闘だ!」

 ――あれ?

「さっき、『戦う前に』と言ったな! 話は終わった。なら、次は戦いだ!」

 あれ? そんなこと言ったっけ?
 いやでも、あれ?
 酒を献上して、許してもらって。
 俺の側についてくれると約束してくれて……戦う理由はもう無いはず。
 おかしい、オルステッドはこんなことは教えてくれなかったぞ。

「オレは不死魔王アトーフェラトーフェ・ライバック。英雄たちよ、三人まとめて、掛かってくるがいい!」

 なんでや……。

 戸惑う俺。
 ロキシーも頭の上にクエスチョンマークだ。
 親衛隊の人たちは特に動いていないので、きっとこれがアトーフェスタンダードなのだろうが。
 それでも呆れているような雰囲気が漂っている。
 ムーアも「しょうがないですね」という感じだ。

 ただ一人だけ、待ってましたとばかりに前に出たやつがいる。

「私が相手よ」

 エリスだ。
 間合いなど関係ないとばかり、アトーフェの鼻先まで歩いて行き、その顔を近づける。

「ほう、このオレと、一対一で戦いたいか」

 キスでもするんじゃないかと思える距離でのガン付け。

「あんた如きにルーデウスはもったいないわ」
「言ったな、小娘」

 アトーフェはそのあからさまな挑発を受けて、殺意をふくらませていく。

「この100年の間に、このオレにそんな口を利いたのはお前だけだ」

 両手に酒瓶を持っていなければ、その口上はとてもかっこよかっただろう。
 でも、そのまま戦うと、きっと酒瓶は割れてしまう……。
 なんて思っていたら、ムーアが脇から「お預かりします」と言って、持っていった。

「貴様のような奴こそ、オレの親衛隊にふさわしい。叩きのめして、配下に加えてやろう」
「あんたが負けたら、ルーデウスの言うことを聞くのよ?」
「いいだろう」

 戦う、倒す、仲間になる!
 わかりやすいってこういう事か。

 失敗したな。
 ちょっと勘違いしちゃってた。
 貢物をあげるから前の事を許してね、さらにもう一つ貢物をあげるから仲間になってね、ってのは、アトーフェには難しすぎたんだ!

 何にせよ、戦う事になりそうだってのは、最初からわかっていたことか。

 戦って、勝って、魔王アトーフェを味方にする。
 そのための手順も、準備も、ちゃんとしてある。
 やるか。


 かくして、魔王アトーフェラトーフェとの戦いが始まった。
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