挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第21章 青年期 クリフ編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

243/286

第二百二十三話「ひっくり返して玉を拾う」

 こんにちは。
 ルーデウス・グレイラットです。

 今、ガラの良い連中に囲まれています。
 磨き上げられた青色の鎧を身につけた、八人の騎士たちが、ぐるりと俺を囲んでいます。
 本日は彼らを一人ずつ紹介していこうと思います。

 まず、俺の正面にいる人物がテレーズ。
 テレーズ・ラトレイア。

 ええそうです。
 私の叔母で、ラトレイア家の人間です。
 魔族排斥を掲げる神殿騎士団において、ちょっと毛色の違っている人ですね。
 魔族と仲のいい俺を理解してくれている……。
 というより、魔族とか人族とか、わりとどうでもいいと思ってるみたいな感じです。
 普段はほやっとした顔を俺に向けてくれますが、今はどんな顔をしているのでしょうか。
 ちょっと兜で隠されていて、わかりません。

 彼女の右隣から、時計回りに見てみましょう。

 テレーズの隣。
 髑髏を模した兜を被っている男。
 鎧の胸のあたりに傷があります。
 この傷には見覚えがあります。
 本名はわかりませんが、『スカル・アッシュ(頭蓋骨の灰)』と呼ばれていた騎士でしょう。
 兜も髑髏ですし、恐らく間違いありません。

 その隣。
 ミリス神聖国の街角に設置してあるゴミ箱のような兜を被っている男。
 彼は七名の中で、唯一、赤いマントを身につけています。
 この赤いマントの事を神子はとても気に入っており、よく彼のマントで汚れた手を拭いていました。
 そんな彼は『ダスト・ボックス(ゴミ箱)』と呼ばれていたことを覚えています。

 さらに隣。
 のっぺりとした兜に『安らかに眠り給え』という文字がびっしりと刻まれている男。
 身長はゆうに2メートルを超えているこの男。
 よく神子をその肩の上に乗せて、木の上にある木の実を取らせてやっていました。
 そのときに呼ばれていた名前は『グレイブ・キーパー(墓守)』

 4人目。
 竹箒を頭に乗っけたような兜。
 鎧に特徴は無い。
 えーと……。
 箒……掃除……。
 あ、多分『トラッシュ・スイーパー(掃除屋)』と呼ばれていた奴です。

 残り3人。
 ぶっちゃけ見分けもつかないし、思い出せない。
 確か、『死』とか『墓』に関連した名前で呼ばれていた。
 彼らは神子から名前を呼ばれるたびに、誇らしげに胸を張っていたが……。
 背筋が痒くなるような中二病チックなコードネームだ。

 ああ、そうだ。
 ブラック・コフィン(黒い棺)。
 ブリアル・ガーメント(死装束)
 コルテージ・ヘッド(葬列の先導者)
 こんな感じだったな。

 チーム名は……なんだったか……えーと。

「これより、異端審問を開始する! 審査長は『聖墳墓の守り人(アナスタシア・キープ)』隊の隊長、テレーズ・ラトレイアが勤める!」
「ハッ!」

 周囲の七人が、また剣を地面に突き立てた。

 そうそう『聖墳墓の守り人(アナスタシア・キープ)』だ。
 前に、一度テレーズに教えてもらった。

「では、被告人に最初の質問を行う。異議のあるものは!?」
「異議なし!」
「異議なし!」
「異議あり! 即刻処刑すべし!」
「異議なし!」
「異議なし!」
「異議なし!」
「異議なし!」
「異議は却下とする!」

 あ、ダストさんがしょんぼりしてる。
 そうだね、これから調べようって時に調べずにやっちまおうって言っても、却下されるよね。
 ……でもてめぇ、覚えとけよ。

「被告人の名は、ルーデウス・グレイラット!」

 えーっと……ちょっとまってほしい。
 状況が飲み込めない。
 誰か、前回までのあらすじを頼む。

 前回までのあらすじ
 母ゼニスを救い出すため、神子と、神子の護衛隊長であるテレーズに根回しをしていたルーデウスだったが、ある日テレーズに会いにミリス教団本部にいくと、王級の結界に捕らわれてしまった。
 話によると、どうやら神子の誘拐を企んだ異教徒として、疑われているらしい。

 と、自分で独白して現状確認。
 オッケー。
 俺は確かに、一時期、神子の誘拐を思いついたことはある。
 しかし、それは諦めて、今はテレーズに根回しして、ゼニスを返してもらうように交渉中だ。

 つまり、この状況はなにかの間違いだ。
 あるいは、誰かがデマを流したか、だ。
 俺が誘拐を提案した人物は、そう多くない。
 アイシャ、ギース、クリフ……教皇もか?
 この中で一番可能性が高いのは教皇だろうな。
 あるいは、ギースがすでに捕らえられていて、拷問の末に吐いてしまった可能性もある。
 ……アイシャは無事だろうか。

「審問を開始します! 被告人ルーデウスは、質問には正直に答えるように」
「……はい」

 状況はわからない。
 ひとまずは落ち着くことが大事だ。
 ここで暴れるのは、ここまで積み重ねてきたことをおじゃんにしかねない。

「被告人ルーデウス・グレイラット。
 あなたは、魔族が悪ではないという図書を配布し、信徒たちの心を惑わせていますね?」

 それも調べたのか。
 まぁ、教皇も知っていたしな。
 データベースにあるのだろう。

「いいえ」
「正直に答えてください。調べはついているのですよ?」
「配布じゃありません、ちゃんとお金とってます」
「でも、本とは思えないほどの格安な値段で」

 そりゃ、格安だと思うよ。
 多数に行き渡らせることが目的だしね。

「テレーズさんも知っての通り、俺は――」
「被告人は質問以外に答えることは許されていません」

 そう言わずに聞いて欲しいが。
 俺が、理由あってルイジェルドをヨイショしているということを。
 いや、テレーズだって知っているはずだ。
 以前にも、話したはずだ。

「被告人ルーデウス・グレイラット。
 あなたは魔族を崇拝し、それを神として崇めていますね?」
「……」

 あ、これ、ハイって答えちゃいけないヤツだ。

「いえ、私は神を信じていません」

「嘘!」
「被告人は嘘をついている!」
「嘘だ!」
「嘘です!」
「嘘だ!」
「被告人の言葉は嘘だと判断します!」
「嘘だね!」

「過半数により、嘘と断定します」

 断定された。
 多数決なんて、ずいぶんと民主主義的じゃないか。
 でもそうだな。
 異端審問なんてそんなもんか。

「最後の質問です。
 被告人ルーデウス・グレイラット。
 あなたは、我らがミリス教団の象徴たる神子の誘拐を画策しましたね?」
「いいえ。冗談めかしてそのようなことを口走ったことはありますが、画策には至っておりません」

 確かに、口走った時は冗談じゃなかったが……。
 でも、実際には用意すらしていない。
 話半分……冗談で終わった話だ。

「嘘!」
「被告人は嘘をついている!」
「嘘だ!」
「嘘です!」
「嘘だ!」
「嘘だと判断します!」
「嘘だね!」

 ですよね。
 なんか逆に面白くなってきた。
 絶対に笑ってはいけない異端審問とかやってみたい。
 普通の質問に対してありえない嘘を言って、笑ったヤツの頭の上にタライが落ちてくる感じで。
 でも、これが最後の質問なんだよな……。

「過半数により、嘘と断定します」

 テレーズの厳かな言葉と同時に、他七名が、また剣を打ち付けた。
 威圧感が凄い。
 もし、この一ヶ月ほどで彼らの中身を見ていなかったら、ブルってしまっただろう。

「審問の結果。被告人ルーデウス・グレイラットを異教徒と認定します!」
「異議なし!」
「異議なし!」
「異議なし!」
「異議あり、こんな裁判には付き合っていられねぇ! オラは帰って稲刈りをしなきゃなんねえだ!」
「……異議なし!」
「異議なし!」
「異議なし!」
「異議なし!」

 途中で口を挟んだら、ちょっと睨まれた。
 ごめんな、トラッシュさんの番だったね。

「以上で異端審問を終わる。被告人には『術奪い』の刑を執行する!」
「それ、死刑の一種ですか?」

 答えてはくれないだろうと思いつつ、一応聞いてみる。

「いいえ……命は取りません。
 両手を切り落とし、二度と魔術が使えぬよう、結界を編み込んだ布で封印し、その上から土魔術で固めさせてもらいます」

 答えてくれた。
 まぁ、お互い手出し出来ないこの状況で、どうやってやるつもりなんだと思う所だが……。
 閉じ込めたのは向こうだ。
 その後の攻撃方法ぐらい、いくらでも用意してるだろう。

 しかし、術奪いか。
 両手を切り落として、結界で封印。
 さらに腕をコンクリ詰めにして二度と手を使えなくする。
 魔術も、剣術も奪う。
 ゆえに『術奪い』って事かな。

 そんなことをされたら、おっぱいが揉めなくなるな。
 また義手の世話になっちまう。
 ザリフの義手、感触は悪くないが、揉まれる方はあんまりよくないらしいし。
 やっぱり、手は暖かく、柔らかく、温もりがないと。

「テレーズさんは、人の趣味を奪うつもりですか?」
「……人を殺すのが趣味なのですか?」

 本性を見たりって感じで言われた。
 そんな風に思われてたんだろうか。
 両手が自由なら人を殺すって……。
 むしろ逆なのに……作る方が好きなのに。

「いいや、妻を抱きしめるのに両手が無いと、締まらないでしょう?」
「は? なんですって……?」
「え、あ、あの、妻を抱きしめるのが……楽しみ、です」
「チッ」

 恥ずかしい事を二度も言わされた挙句、凄い舌打ちされた。
 なんなの……。

 まあいい。
 俺だって、捕まってエロ同人みたいなことをされるのはごめんだ。

「何にせよ、あなたたちは俺を逃がすつもりはないということですね?」
「その通りです」
「今の冗談みたいな裁判は、遊びじゃなくて本気だったって事ですね?」
「その通りです」
「神子様を呼んでいただければ、身の潔白が証明できるのですが……確か、審問の時は必ず神子様がいらっしゃるんですよね?」
「……七人以上の神殿騎士には、簡易審問にて異教徒を断罪する権限が与えられる」
「つまり、神子様を呼んでくださるつもりはない、と」
「その……通りです」

 テレーズの顔色は兜で分からない。
 だが、声音は少しだけ震えていた。

「今まで俺によくしてくれたのは、みんなこの瞬間のための演技だったってことですか?」
「…………いいえ、私達も神子様も、あなたを受け入れていました。裏切ったのは、ルーデウス君、キミだ」
「俺は裏切ってなどいません。テレーズさんを信用して相談したし、あなた方が大切にしている神子様とも仲良くやってきたつもりだ」
「……」

 答えない。
 俺の言葉に聞く耳なんて持ってないってことか。
 はぁ……。

 残念だ。
 実に残念だ。
 今回、俺は本当に裏表なく付き合ったつもりだった。
 はやる心を抑えて、自分を殺して、地道だけど確実な手でゼニスを取り戻そうとしたつもりだった。

「テレーズさん、母さんはどうなりますか?」
「…………私が、責任を持って母上を説得します。今回のこととそれは、無関係ですので」

 ふむ。
 こう答えるってことは、テレーズは主犯ではないのかね。

「俺は確かにミリス教徒じゃないし、教皇ともつながりはありますが……そんなのはあなた方だって最初から知ってた事でしょう? それを今更になって――」
「質問は、以上ですか?」

 もう終わりだと言わんばかりの冷たい声。
 答えてくれる気配は無い。
 もともと問答はするつもりはなかったのだろう。

「最後に、俺の情報は『夢に出てきた神のお告げ』によるものですか?」
「違います。ある信用できる筋によるものです。我々はそのような得体の知れない者の言葉は信用しない」
「その夢の神様が、ミリスを名乗っても?」

 そう言った瞬間、周囲が大声を上げて抗議してきた。

「ミリス様はお告げなどなさらない!」
「だからこそ、神なのだ」
「例えお告げをなさるとしても、我々のような矮小な者が頂けるものか!」
「神子様が先だ!」
「そうだ! 神子様にお声を掛けぬのなら、もはやそれはミリス様ではない!」
「ミリス様こそが神だ!」
「神を騙る者は悪魔だ!」

 周囲に声を聞いて、テレーズは誇らしげに言った。

「そのとおりだ。皆よく言った……ルーデウス君。我々の信仰は、絶対だ」
「……それを聞いて安心した」

 ひとまず、この気の良い狂信者達の中に、ヒトガミの使徒はいない。
 みんな、敬虔なミリス信徒だ。
 それが聞けただけでも十分だ。

「……」

 俺はローブの袖を払うように両手を広げた。
 バッと、自分でもかっこいいと思えるような音が響く。
 左手の先には、こういう時に備えた装備がついている。

「『(かいな)よ、吸い尽くせ』」

 俺の魔力を通した吸魔石が作動し、
 足元にあった結界が、音もなく消失した。

 神殿騎士たちが目を見開く中、俺は言った。


「じゃあ、喧嘩しましょうか」



---



「総員! 散開しろ!」

 テレーズの一言で、神殿騎士たちが飛び退った。

 距離を取る神殿騎士に対し、俺はサイドステップを踏みつつ、両手で岩砲弾を生成。
 速度と硬度はそこそこ。
 急所に直撃すれば死ぬだろうって程度。

 射出。
 まず狙うのは……お前だ、ダスト・ボックス!

「サポート!」
「ぐっ!」

 ダストに向かった二つの岩砲弾は、両脇から飛び込んできた別の神殿騎士に弾かれた。
 彼の手には、半透明の膜のような盾。
 初級の結界魔術『マジックシールド』だ。
 ……あれ、本当に初級か? 初級に弾かれたのか?

「ダスト、グレイブ、スカルは右翼!
 トラッシュ、コフィン、ブリアルは左翼!
 コルテージは私と遊撃!」

 逆側の三人から、一斉に魔術が飛んできた。
 火と水と土。
 3つの属性だが、関係ない。

「『(かいな)よ、吸い尽くせ』」

 吸魔石で魔術を分解しつつ、カウンターで岩砲弾を放つ。
 が、これも弾かれる。
 攻撃に加わらず、予め結界魔術マジックシールドを構えているヤツに弾かれた。

「――小さな燻りが巨大なる恵みを焼きつくさん!『火炎放射(フレイムスロワー)』!」
「―――― 勇壮なる氷の剣を彼の者に叩き落せ!『氷霜撃(アイシクルブレイク)』!」

 同時に、逆側から魔術が飛んでくる。
 火と水。
 違う! 一人が地面に手を置いている。三種類だ。
 土槍かっ!

「『(かいな)よ、吸い尽くせ』!」

 火と水を吸魔石で同時に分解。
 同時に、土槍の発生地点に泥沼で上書きして、無効化。

 いかん、一手遅れた。
 カウンターが撃てない。

 だが足は動く。
 俺は咄嗟にバックステップを踏んで、逆方向から飛んできた魔術を回避した。

 魔術は一つ。
 火属性のみ。規模を見るに『火球ファイアボール』か?
 一つ?
 そっちの方向に敵は三人いた。なぜ3つじゃない?

 考えているヒマはない。
 俺は左翼右翼の両方に向けて、両手を向けた。

「『岩砲弾』!」

 バックステップで距離を取ったせいか、よく見えた。
 左右に展開している神殿騎士はそれぞれ三人ずつ。
 そのうち、二人ずつが半透明の盾を持ち、俺の岩砲弾の射線に飛び込んでいる。

 弾いた。
 先ほどよりも速度と質量の乗せた岩砲弾だが、あっさりと弾き飛ばされた。
 あれも見覚えがあるな。
 水神流の技だ。
 魔術の盾でも応用できるのか。すごいもんだな。

「大地の精霊よ! 我が呼び声に答え、大地より天を突け!『土槍(アースランサー)』! 」
「雄大なる水の精霊にして、天に上がりし雷帝の王子よ!  勇壮なる氷の剣を彼の者に叩き落せ!『氷霜撃(アイシクルブレイク)』」

 時間差で、盾を構えていないヤツが魔術を放つ。
 無論、俺はそれをレジストできるが……さて、どうする。

 敵は左翼・右翼で三人ずつに別れている。
 三人の内、二人がそれぞれ結界魔術を使い、俺の魔術をそらす。
 俺は魔術を二つ同時にしか撃てないから、盾は二つでいい。
 三人目は自分の方に魔術を撃たれた時はカウンターで魔術を放つ。

 魔術を撃たれなかったチームは、攻撃されなかったとわかった瞬間に盾を解く。
 そして、無防備に横っ腹を見せている俺に対し、三人で一斉に魔術を放つ。

 三つの属性を使ってきたのは、俺が二つしか魔術を使えないことを知っているからだろう。
 吸魔石で同時に無効化できることを知らなかったのは、向こうの情報不足かね。

 最初に片側からしか魔術が飛んでこなかったのは、恐らく距離の問題だ。
 あそこなら、踏み込めば接近戦に移れた。
 魔術詠唱の隙をついて殴る事も可能だったはずだ。
 盾を持たない残りの一人は、接近戦への対応も担っているのだろう。
 でも、俺が安全圏にいるうちは動かない、と。

 ……よく考えているな。
 じゃあ、こういうのはどうだ?

「『火球(ファイアボール)!』」

 わざと大声で叫びつつ、魔力を込める。
 直径2メートルほどの大きさの火球を発生。
 大きさ、熱量は上級並み。
 だが、速度は岩砲弾に比べ、遅い。
 ふわりと、スローボールかと思えるほどの速度で。
 両翼へと放つ。

「サポート!」

 盾を持った二人の騎士が前に出てくる。
 だが、魔力障壁には弱点がある。

「『乱魔』!」
「!?」

 乱魔にて、騎士の盾が掻き消えた。
 左翼側、二人同時に。

 結界魔術は、ほとんどのモノは発動中に魔力を消費し続ける。
 それは、初級の魔力障壁でも変わらない。
 つまり、詠唱中でなくとも、乱魔が効く。

 右翼は防がれるだろうが、なぁに、各個撃破だ。

「……っ!」

 と、思った瞬間、真後ろから何かが飛んできた。
 咄嗟に振り返りつつ、右手を振り上げて防御する。
 ガァンとでかい音がして、俺の目の前で何かが粉々に砕け散った。

 茶色の岩石が、顔に降りかかり、破片となって後ろへと飛んで行く。
 肘の辺りに衝撃が残っている。
 これは、岩砲弾だ。
 相手に使われたのは初めてかもしれない。

「ルーデウスは両手で一つずつ魔術を使う!
 二人が対処し、一人が攻撃すればお釣りが来る。
 一人も抜かれるな!」

 テレーズともう一人が、いつのまにか俺の真後ろへと移動していた。
 今のは、もう一人が放った魔術か。

「……」

 気づけば、包囲は完成していた。
 最初に後ろに下がったのは失敗だったか。
 いや、接近戦に対しても、何かしらの対抗策があったと見るべきだろう。

 先ほど、火球を受けた騎士たちも、鎧から煙は出ているが健在だ。

「ルーデウス君。我々は神殿騎士団の中でも最も強い。君に勝ち目は無いよ」
「そうなんですかね?」
「ああ、この10数日の間に、君の戦い方については調べさせてもらった。
 有名だったおかげで、対策はすぐに立てられたよ」

 ふむ。
 なら、なぜ剣を抜かないのだろうか。
 魔術ばかりだ。
 いや、現状、俺の魔術を回避できているのは確かだ。

 無論、俺にはまだまだ手が残っている。
 それを警戒して、接近戦を挑まないという可能性はある。
 完封している現状を見るに、効果的であると言える。
 そのまま消耗戦を挑むというのならリサーチ不足と言えるが、背後も取った。
 何か策があるのだろう。

 なら、俺も、次の手を撃たなきゃいけない。

「ルーデウス君、投降してくれ! 先に言っておくが、君の得意とする魔術への対抗策はある! 左手の魔道具は想定外だったが、それももう見切った!」
「ほう」
「庭園の入り口は結界魔術にて封鎖した! しばらく助けもこない!」

 そうか。
 そこまで言うなら、完璧なんだろうな。
 俺を捕らえるために、きっちりと作戦を立ててきたんだろう。
 生半可な戦法では打ち破れないように。
 綿密に。

 それを打ち破るために、色々試してみるのもいいだろう。
 だが、その結果として負けては、目も当てられない。

「……『泥沼』」

 俺も本気を出そう。



--- テレーズ視点 ---


 ルーデウスのつぶやきと同時に、足元がぬかるみにハマった。
 この魔術も情報にある。
 ルーデウス・グレイラットの代名詞と言われる魔術『泥沼』だ。

 本来なら、相手の足元に皿ぐらいの沼を作るだけの魔術。
 だが、さすが、代名詞と言えるだけあって範囲は広い。
 この広い庭園の、見える範囲の全ての地面が泥の沼と化している。
 神子様の大好きだったサラークの木や、バルタの木、ピーリスの木がずずっと音を立てて傾いでいる。

 だが、こんなもので我々の足を止めることは出来ない。
 すでに、トラッシュがレジストのための詠唱は始めている。

「……『濃霧』」

 ルーデウスのつぶやきが聞こえた途端、周囲が一瞬にして白い霧に飲み込まれた。
 まずい!

「各員警戒しろ! 沼で足を止め、霧にまぎれて各個撃破を狙ってくるぞ!」

 次の瞬間、地面が紫電を帯びた。
 遅れて、パァンと何かの破裂する音が聞こえ、耳がキーンとした。

「うろたえるな! 鎧に施した付与で、『電撃』はきかない! ヤツの逃亡には気を配れ! 一気に抜けてくるぞ!」

 霧の中から「了解!」という声が聞こえる。

 大丈夫だ。
 情報によると、ルーデウスの近接戦闘能力は決して高くはない。

 『聖墳墓の守り人(アナスタシア・キープ)』は、全員が上級以上の剣士であり、結界魔術上級、四種魔術上級の腕を持っている一流の神官戦士だ。
 単体でも強いが、多対一で相手を抑えこむ訓練は、いやというほどやってきた。
 私はせいぜい水神流中級だが、そばに控えているコルテージ・ヘッドは水聖である。
 いかにルーデウスが帝級の力を持つ魔術師と言われていても、この包囲を突破することは出来ない。

 私の戦術は間違っていない。

「――『泥沼』をレジスト、いきます!」
「『流砂』!」

 コルテージの声とズレるように、トラッシュの声が聞こえた。
 足元のぬかるみが砂へと変化していく中、埋もれないように足を引っこ抜く。

 すまんな、ルーデウス君。
 『泥沼』は上級土魔術『流砂』で上書きできる。
 これは、魔法大学でも教えてもらわなかったはずだ。
 混合魔術のレジストについては、まだまだ研究途上だからね……。

 泥沼を真っ向からレジストをされるのなんて初めてだろう?
 君が何を企んでいたかわからないが、これでチェックメイトだ。

 もちろん、私たちだって、君が本当に神子様を誘拐しようとしているなんて思っていたわけじゃない。
 君は本当に、神子様を楽しませてくれた。
 ゼニスを本気で心配して、私に相談してくれた。
 本当にそれだけだったというのはわかる。

 けど、仕方ないじゃないか。
 枢機卿からの命令なのだから。
 情報の真偽はともかく、私達はそれに従うしかないんだ。
 ダストだけは、やっぱりアイツは神子様の事が好きだったんだ、と息巻いていたけど……。

 せめて、命は奪わないようにと進言はした。
 その進言も通った。
 枢機卿は神敵に対し、両手を奪うだけという、寛大な処置でいいとおっしゃられた。
 ゆえに、剣も毒も使わない。

 大丈夫だ、ルーデウス君。
 君はまだ若いが、いいお嫁さんをもらったんだろう?
 なら、エリス様に支えてもらえば、腕をなくしても生きていけるさ。
 それに、君は龍神の配下だって話じゃないか。
 龍族は不思議な術を使うと、子供の頃に聞いたことがある。
 もしかすると、私達の封印をとけるかもしれない。
 私達も、自分たちの目の届かない所で君が何かをしたって、気にはしないさ。

 それに、ゼニスの事だって、なんとかしよう。
 さっきも言ったが、それとこれとは、別問題だからね。

「――『濃霧』のレジスト、いきます」

 コルテージの声で、思考から浮かび上がってくる。
 それと同時に、ふと、違和感が襲った。

 ……何かおかしい。
 何がおかしい?
 何もしていない。

 そうだ。ルーデウスは、濃霧を使ってから、一歩も動いていない。
 走ったり、魔術を使ったりすれば音の一つもするだろう。
 しかし、一メートル先すら見えない霧の中では、何の物音もしない。
 最初の『電撃』以降、何も。

 もしかして、すでに逃げられたのか?
 あの泥沼と濃霧、電撃は我々の足を止めるための布石。
 別の魔術を使って、すでにこの――。

「――『強風ウインドブラスト』!」

 風魔術が発生し、一瞬にして霧が晴れた。

「……」
「……」
「…………え?」

 私達は、全員が目を疑っていた。

 濃霧が吹き飛んだ中、私達の中央にいたのは、ルーデウスではなかった。
 破れたスクロールの上に立つ、何か。

 巨大な……岩の。
 人形?
 甲冑?

「……召喚魔術?」

 ふと思いついた言葉をぽつりとつぶやいた、次の瞬間。

 巨大な鎧が動き出した。
 その巨体から想像もできない、凄まじい速度で。



--- ルーデウス視点 ---


 最初に打ちのめしたのは、ダストの一団だ。
 霧が晴れた瞬間を狙って急接近。
 奴らはあっけに取られており、対処が間に合わない。
 さらに予見眼で奴らの盾の位置、足運びを確認しつつ、一発、二発、三発。

 防御はしただろうが、あっさり貫通した。
 鎧をひしゃげながらぶっ飛んでいく。
 無論、手加減はした。
 意識を刈り取っただけだ。
 死にはしないだろう。

 三人を潰すと同時にガトリングを作動。
 左後方に振り向きつつ、腕を振った。
 ブーンと蜂の羽音のような音が響き、岩砲弾の線が薙いだ。

 三人の足が鎧のレガースごと、小枝のように叩き折られた。
 ちぎれてはいない。
 急所には当たっていないし、死んでないだろう。
 だが動かれても困るため、頭に岩砲弾をぶち込み、気絶させた。

 あと二人。
 俺はオルステッドに教えてもらったステップを踏みながら振り返る。
 背後から攻撃してくる敵に肉薄するための、回避を織り交ぜたステップ。
 攻撃をされている感じはしなかったが、念のため。

 止まった時、テレーズは目の前にいた。
 目を見開き、口を半開きにして俺を見ている。
 もう一人が、彼女を守るように剣を抜き放つ。

 が、遅い。
 遅すぎる。
 エリスなら、こいつの抜刀までに10回は斬りつけてきているであろう。
 一式に乗った時、俺はそれに対応出来る。
 そういう訓練をしてきた。

 剣が抜かれる前に、俺の拳は振りぬかれていた。
 最後の一人は声も出せずに吹っ飛び、教団本部の壁面に叩きつけられて気絶した。

 テレーズは、それでもまだ呆然としていた。
 何が起きたのかわからないという顔をしていた。

「な、なん……」

 俺は彼女に対し、今まで動いてくれたせめてもの敬意を表し、拳ではなく岩砲弾にて気絶させた。


 終わった。


 やはり魔導鎧『一式』は圧倒的だった。
 相手の攻撃はまったく受け付けず、こちらの攻撃は相手の防御をあっさりと貫通した。
 大人げない、とまで思ってしまう。

 周囲には、テレーズ他、神殿騎士たちが転がっている。
 誰も死んではいない。
 ヒトガミの使徒じゃない人間は、出来る限り殺したくない。
 そういう俺ルールだ。
 今回は余裕もあったしな。

「はぁ~……スッキリした」

 最近、フラストレーションが溜まってたせいか、やけにスッキリした。
 やっぱり、定期的に暴れないとダメだな。
 エリスを参考にして……。
 いや、あれは暴れすぎだな。

 しかし、この後どうしよう。
 こうなった以上、神殿騎士団は完全に敵に回るだろう。

 そもそも、誰が裏切ったんだ?
 誘拐の話を知っているのは、俺とギース、アイシャ……あとはクリフと教皇か?
 クリフの家にいた少女もそうか?

 まず、アイシャは絶対に無いな。
 彼女が裏切ったのなら、こんな事しなくてもいい。
 おにいちゃーん、おんぶしてー、って甘えて、俺が背中の胸の感触を楽しんでいる間に、喉でもかっ切ればいい。
 いやもう、飲み物に毒でも仕込んでおくだけでいい。
 クリフとギースも無いだろう。
 あいつらだって同様だ。
 周りくどい方法を使うまでもなく、俺の背中は取れるはずだ。

 なら、教皇か?
 このタイミングで教皇が俺を消す?
 なんの得がある?

 いや、逆か。
 単純に俺という駒を神殿騎士団にぶつけたかったのかもしれない。
 教皇側からみると、味方になるといって、結局味方にならなかった。
 チラチラうぜぇと思われ、こんな事を画策したのかもしれない。

 こうして護衛の人たちが出張っている裏で、教皇の息のかかった連中が神子を誘拐しているとか……。
 まてまて。
 テレーズは信用できるスジからの情報と言った。
 彼女にとって、教皇は信用できるスジか?
 教皇は敵だ。
 まず、信用できないスジだろう。

 そもそも、誘拐というのが偶然の一致なだけという可能性もある。
 俺が神子を誘拐するという嘘を、誰かがでっちあげたのだ。

 まて。
 偶然と考えるより、ヒトガミの仕業と考えた方がいいな。
 今回も、ヒトガミの使徒が俺の見えない所に潜んでいる可能性だ。
 うん、誰かが裏切ったとかんがえるよりは、そっちの方がわかりやすいし、確率も高い。
 ヒトガミの意図?
 どうせ未来を見て決めてるんだろうし、わかんねぇよ。
 大体悪いことは全部あいつのせいだ。

「……」

 こんな現状では、犯人はわからない。
 考えるだけ無駄だな。

 問題は、そこじゃない。
 問題は、このままだと敵ができるって事だ。
 現在、神子がどうなってるのかはわからない。
 だが、護衛の神殿騎士団はこのザマだ。

 ここから、枢機卿派の動きは推測できる。
 まず、『神子誘拐未遂』で、俺を逮捕だ。
 そこから芋づる式に、俺を連れてきたクリフと、クリフの祖父である教皇を攻撃。

 あれ?
 そう考えると、教皇が仕組んだわけではないのか?

 いやだから、犯人探しはいいんだって。

 このあと、どうするかだ。
 どうしたものかね……。

 もう、皆を連れて、この首都から逃げ出しちゃおうかな?

 いや、ゼニスはどうする?
 ゼニスを置いていくわけにはいかない。
 今からラトレイアの屋敷に行って、ゼニスを救出して……。
 いなかったら?
 こんな作戦をしてる間に、ゼニスを別の場所に移動させてたら?
 そのまま、ミリス神聖国を滅ぼすまで騎士団と戦う?
 それこそ、ヒトガミの思うがままだ。

 まぁ、いいか。
 それでも。
 やっちまおうか。

 ひとまず、今からアイシャとギースとクリフを避難させる。
 ラトレイア家に行って、ゼニスを回収する。
 いなかったら、適当に城の方まで行って、王族でも捕まえて、人質交換を要求しよう。
 もういい。
 それでいい。
 考えるの、疲れた。

「……あ」

 ふと、声がした。

 見ると、泥沼で歪んだ光景となった庭園の端。
 中枢に続く、特殊な鍵が無いと開けられない扉の前に、一人の少女が立っていた。
 鍵を持って立っていた。
 ぽつりと一人で立っていた。

「……」

 彼女は俺の眼を見ていた。
 咄嗟に逸らそうとしたが、すでに遅かった。

 彼女は全てを見透かしたような顔をして微笑んだ。
 そして、何かを求めるように、俺に向かって両手を広げた。

 俺はそれを見て悟った。
 それはただの勘だったのかもしれない。
 だが、決断は早く、行動も迅速だった。








 俺は神子を拉致した。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ