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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第21章 青年期 クリフ編

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第二百二十二話「詰め将棋」

 翌日。
 俺はまた、結界に阻まれた個室の中で教皇と対峙した。
 脇にはクリフの姿もある。

「猊下、ご機嫌麗しゅう」

 クリフも昨晩のことは知っている。
 ゼニスを連れて戻らなかったことに関して、全て話した。
 ラトレイア家の暴挙に関して憤りを見せてくれた彼に、俺は「教皇に力を借りたい」と頼んだ。
 その結果が、二日連続での拝謁である。
 教皇も暇ではないだろうに、俺が来るということで、時間を取ってくれた。

「ルーデウス様は、少々お疲れのご様子ですね」
「わかりますか?」

 俺は己の頬にてを触れた。
 剃ったばかりの髭の感触が手にのこった。
 昨晩はクレアの言動を思い出し、イライラしてあまり眠れなかったのもある。
 ひどい顔をしているのだろう。

「はい。本日は、もしかしてその一件についてですか?」

 見透かしたような教皇の態度。
 もしかすると、すでにゼニスの一件は彼の耳に届いているのかもしれない。

「実は昨晩、母が誘拐されましてね」
「ほう、それは、誰に?」

 教皇は微笑をたたえたまま、俺を見ている。
 誰にといういい方をする所を見ると、やはり、知っているのだろうか。
 まさか、教皇が裏で手を引いているということはないと思いたいが……。

「ラトレイア家です」

 そのまま昨日の詳細を話すと、教皇は目を細めた。

「それで、私に捜索を手伝って欲しいと?」
「端的に言えば」

 教皇は思案げに、自分のひげをなでた。
 サンタクロースのようなひげをくりくりと。
 そして、俺を見た。
 顔は微笑のまま、しかし目は笑っていない。

「では、何をしてもらいましょうか……」
「猊下?」

 教皇の言葉に不可解そうな声を上げたのは、クリフだった。

「彼は僕の友人です、今回は派閥のことではなく、家族のこと。何か交換条件を持ち出すのはいかがなものかと……」
「だからですよ。クリフ」

 そんなクリフに、教皇は優しげな声音で、諭すように言った。

「今回はラトレイア家の問題。
 我々が口を出すことはできますが、他家に口を出すことになります。
 グリモル家が口をだすのは、ラトレイア家も面白く思わないでしょう。
 しかし、教皇からの口利きだと考え、話はきいてくれる。
 所詮は母と娘、そして孫の話ですからね。
 そして、グリモル家は、ラトレイア家に大きな借りを作ることになります」

 ラトレイア家側にすると、エビで鯛を釣る形になるわけだ。
 鯛側としては、もう少し何かがないと割に合うまい。

「猊下としては、俺に何をしてほしいと?」
「さて、それを口にするのは簡単ですが……。
 ずいぶんと私に都合の良すぎる話に思えてきました。
 『龍神の右腕』が、困り顔で私の前に現れ、助けを求めてくるなんて……。
 そもそも、ラトレイア家は、なぜわざわざ『龍神の右腕』とも称されるあなたと敵対する行動を取ったのでしょうねぇ?」
「……わかりません。そんな情報、持っていないんじゃないですか?」

 思えば、クレアは最初から俺を見下していた気がする。
 アイシャに対する配慮にしても、最初の挨拶の無視にしてもそうだ。

「ラトレイア伯爵は、あれでいて情報収集に長けている人物です。
 あなたのような武人の情報は逃さないでしょうし、軽視するとも思えませんが」

 伯爵というと、クレアの事ではないな。
 クレアの夫、カーライルの事だ。

「……私は、当主である伯爵とは会っていません。何も知らない伯爵夫人であるクレアが独断で動いているのかもしれません」

 仮にクレアが情報を持っていたとしても、人の価値観はそれぞれだ。
 俺は貴族でもなく、どこかの国で要職についているわけでもない。
 龍神という、名前だけは聞いたことあるという程度の武人の下にいると聞かされても、よくわからず。
 アリエルと繋がりがあると言っても、どれだけ親密かはわからない。
 虎の威を借る狐なだけかもしれない。
 クレアの常識で考えると、俺という人間に価値はなかったのかもしれない。

「ラトレイア家のクレア殿は、確かに少々、家柄を重視しすぎるところもありますからね……そうしたことも、ありうるでしょうか……」

 教皇はヒゲを撫でつつ考え、うんと頷いた。

「まあ、いいでしょう。
 冒険をせねば宝は手に入らないとも言います。
 それで、ルーデウス殿……具体的に何が出来ますか?」

 何ができるか、か。
 言い換えると「どこまで出来るか」という意味かもしれない。
 あなたの誠意はどこまででですか、って意味だ。

「そうですね……」

 考えたのは、昨日ふと思いついたことだ。
 唐突におもいつき、当然のように却下された思いつき。
 だが、可能であること。

「神子様を誘拐するぐらいのことは可能です」

 その言葉を聞いた瞬間、クリフが叫んだ。

「誘拐って、ルーデウス! 何を言ってるんだ!」
「つまり、魔族排斥派の急所を取ってくることができると言ってるんです」
「そうじゃない! こんな話で神子を誘拐したらラトレイア家は取り潰しにされかねない! 君は、自分の実家を潰すつもりかと言っている!」

 俺はゆっくりとクリフの方を向いた。

「俺の実家じゃ、ありません」
「……!」

 言葉を失ったクリフから目を外す。
 教皇は、にこやかな顔のままだ。

「もちろん、何が出来るかという事で、猊下にとって有用そうな事を上げたまでです。
 やろうと思えば、町一つを灰にしたり、森を更地にするぐらいは可能です」

 あくまで手札を見せただけだ。

 だが、教皇はまたひげをなでた。
 彼にとってはうますぎる話に見えるだろうか。
 誰かが罠を張っているように見えるかもしれない。

 裏を取ってもらっても構わない。
 少なくとも、俺に関しては、裏など無い。
 ただゼニスを取り戻すことだけを念頭に動いている。

「僕は反対です!」

 唐突にクリフが叫んだ。

「誘拐は犯罪です。いかに敵とはいえ、お祖父様が間に入れば、それで解決するはず!」
「……」
「ルーデウス、君もだ! 相手と同じことをしてどうする! 君らしくもない……頭に血が上ってるんじゃないか?」

 頭に血が上っている?
 ああ、そうだろうとも。
 俺はクレアのやり方に煮えくり返っている。
 クレア・ラトレイアに怒っている。
 暴力に訴えないのが不思議なぐらいだ。

 これが、ゼニスではないなら、ここまで怒りはしない。
 北王との戦いでエリスが負傷しても、死神との戦いでロキシーが死にかけても、怒りはしない。
 彼女らには、意志があった。
 自分の意志で俺についてきていたし、覚悟もあった。

 その結果として死んだら、俺はきっと悲しむだろう。
 その意志を尊重し、己が力不足だったことを嘆くだろう。

 だが、今のゼニスに意志はない。
 手紙によって呼び出され、行くとも行かないとも言わないまま連れてこられた。
 その上で、見ず知らずの男と結婚し、子供まで産まされる可能性がある。

 もし仮にゼニスに意志があって、自分の意志でここに来ているのなら、話は別だ。
 拒絶した上で戦い、敗れた結果そうなったのなら。まだ許容できる。

 許容できると言っても、あくまで『怒りはわかない』という程度だ。
 その時はその時で、俺の心中に自殺したくなるような何かが湧き上がるだろう。
 怒りとは別の、何かだ。
 やるせなさとか、そういうたぐいの無力感だ。
 それは、怒るより、もっとずっと辛い感情だ。

 そうだ。
 俺はクレアにそういう感情を与えたいと思っているのかもしれない。
 お前のせいで神子が誘拐された。
 責任をとれと詰め寄られ、糾弾され、
 何もできずに困り、弱りはてるクレア。
 そんなのが見たいのかもしれない。

 ようは、意趣返しをしたいのだ。
 ……嫌なヤツだな、俺は。

「ルーデウス。今ならまだ間に合う、もっと話し合え。なんだったら、僕が話し合いに同席してもいい」
「クリフ先輩……」
「ラトレイア家は、君の母上の捜索に尽力してくれたんだろう? それは、君の母上や、妹たちを思っての行動のはずだ。なら今回の件だって少しお互いに誤解があるだけで、ちゃんと互いの考えを話しあえば、納得できるかもしれないじゃないか」

 クリフの言葉で、少し心が動く。
 だが、すぐに元の位置に戻る。
 俺だって、話し合いで済むならそうしたい。
 でも、あの婆さんは俺の話なんて聞いてくれないじゃないか。
 俺は、あの婆さんと和解できる気がしない。
 考え方が、価値観が、違いすぎる。
 別の言語でしゃべっているみたいな違和感がある。

「……そうですね」

 だが、と少し落ち着いて考えてみる。
 それは、あくまでクレアと俺の間での価値観の違いだ。
 クリフの言うとおり、改めて第三者を間に挟んで見れば、解決策はあるかもしれない。

 教皇は立場的に無理だ。
 間に立てば、貸し借りを作ってしまう。
 クリフも厳しい。
 彼はまだ、この国において何の立場もない。
 クレアは彼の言葉を聞いてくれないかもしれない。

 だが、まだ、相談できる人はいる。
 クレアに話が通じそうで、派閥間の貸し借りができない人物。
 教皇ではなく、先に、そっちに相談すべきだった。

「テレーズさんに相談してみます……猊下、申し訳ありませんが、誘拐の話はなかったことに」
「それがいいでしょう」

 教皇はそう言って、柔らかく微笑んだ。

「彼女は神殿騎士団の中でも、特にまっとうな考え方の持ち主です。
 きっと、あなたの力になってくれるでしょう……」

 教皇の言葉に俺は頷き、
 クリフはほっとしていた。


---


 翌日から、テレーズへの相談を始めることにした。
 が、少々問題があった。

 彼女は神子の護衛隊長だ。
 神殿騎士団の所属で言うと、盾グループの『中隊長ミドルリーダー』という位置づけになる。

 彼女は日頃から神子と一緒に暮らし、その身を守り続けている。
 その神子は日頃、何をしているかというと、特に何もしていない。

 神子は、教皇たちと同様、教団本部の中枢に軟禁状態になっている。
 以前は外出などを頻繁にしていたらしいが、
 暗殺されかけたこともあって、現在は教団の用事が無い限り、外に出ることはない。

 教団本部には神殿騎士や、神撃魔術や結界魔術の使い手が多数駐在しており、
 神子自身にも、専属の護衛が十人弱ついている。
 非常に安全な場所というわけだ。

 そんな神子と常に一緒にいるテレーズと会うのは、かなり困難だ。
 手紙は届かないし、呼び出しても出てきてはくれない。
 教皇に助けてもらえばよかった、と思うほどに。

 もっとも、無理というわけではない。
 教皇からの情報になるが、
 神子も年がら年中、部屋の中に閉じ込められているわけではない。
 何日かに一度、ほんの短い時間だけ、教団内の庭園に出ることだけは許されている。
 神子の自由時間だ。

 一般信徒にも開放されている庭園に出て、木々や花々を見たり、
 護衛たちと他愛のない話をしたり、たまにいる一般人から話を聞いたり。
 極めて狭い範囲でしか生きられない神子にとっての、唯一の楽しみだ。

 そこを狙ってテレーズと会う。
 とはいえ、あまりあからさまに出待ちしていては、余計な疑いを持たれる。
 神子はVIPだからな。
 テレーズに用があるとはいえ、付け狙うような動きをすれば、当然のように神殿騎士に目を付けられるだろう。

 なので、俺はほぼ毎日、庭園に通うことにした。
 クリフの護衛として当然のような顔をして本部に顔を出し、当然のような顔をして庭園で過ごすのだ。
 表向きの理由としては、サラークの木が気に入ったから、という事にして。
 さらにキャンバスを持込み、絵を描いた。
 絵は一日では完成しないし、毎日通うための口実となる。

 その間にも、アイシャとギースには動いてもらった。
 アイシャは超特急で建物を探している。
 ギースは人を使い、ラトレイア家の使用人たちの行動を監視しつつ、ゼニスを捜索している。
 無論、まだ成果はない。


 そんな事をしているうちに、神子の休日とぶつかった。

「あっ、ルーデウス様! 今日もいらしていたのですね!」

 神子は俺の姿を見ると、すっ飛んできた。

「約束です! エリスの話を聞かせてください!」

 俺は望み通り、彼女にエリスの話をしてやった。
 エリスのエピソードは面白いものが多く、神子も嬉しそうに話を聞いた。

 護衛は俺を警戒していた。
 彼らの仕事は、不審者と神子を遠ざけることにある。
 もっとも、俺は不審者ではない。
 クリフの友人であるという身元は割れているし、護衛隊長であるテレーズとも面識がある。

 神子との会話の後、テレーズに相談をした。
 彼女は、ゼニスが誘拐されたという件について聞き及んでいるようだった。
 真剣に相談に乗ってくれた。

「まさか、母上がこんな強引に出るなんてな……ともかく、もうすぐ休日があるんだ。その時にでも、私も母上と話しておこう。大丈夫、君が知らないうちにゼニスが別の男と結婚してることなんて無いよ」

 テレーズは、ゼニスと同じぐらい大きな胸をドンと叩いて、そう言ってくれた。
 頼もしい。

「だが、私も騎士団に入るときに母上に大反対されてな、私の言い分に耳を貸してくれるかどうかはわからない」
「……貸してもらえなかったら、どうしましょうか」
「そのときは、父上でも兄上でも、いくらでも相談できる相手はいるさ。任せてくれ」

 実に頼もしい。


---


 何日か経過した。

 ゼニスはまだ見つからない。
 ギースの話では、使用人たちに怪しい行動をしている者はいないらしい。
 外で誰かと連絡を取るって事も無い。
 むろん、ゼニスらしき人物が出入りしているという事もない。
 ゆえに、ギースは、ゼニスはラトレイアの屋敷の中にいる可能性が高いと見ていた。

 傭兵団の支部となる建物は設置できた。
 商業区の端にあった酒場の跡地だ。
 アイシャは現在、そこに保存食や衣類などを用意する手配を進めている。

 俺はその建物の地下に、通信石版と緊急用の転移魔法陣を設置した。
 この転移魔法陣は魔力結晶を利用したシステムを用いている、俺の手持ちのスクロールと通じているが、一度しか使えない。
 まぁ、これは使わないだろうが。

 とにかく、通信石版を用いて、早速オルステッドと相談だ。

 オルステッドに今回の件を話すと、
 幾つかの情報と、ヒトガミの思惑の予想を教えてくれた。


 まず、神子の情報だ。
 神子。
 名前は無い。
 神子として教団に召し上げられた時点で、名前は捨てられた。
 以後は、表向きは要人として、裏向きはただの道具として扱われている。

 そんな神子の能力は『記憶の閲覧』だ。
 彼女は他人の瞳を見ることで、記憶を見ることが出来るのだ。

 そんな彼女の仕事は、審問。
 教団内部の審問や、国の裁判の時に呼ばれ、容疑者の記憶を見る。
 完全犯罪をしたはずの司教が、貴族が、神子一人の言葉によって断罪される。
 強力な嘘発見器で、その力は国王が証明している。
 枢機卿派が祭り上げ、教皇派が弱体化するわけだね。

 それにしても、記憶か。
 記憶を見る。
 見るだけ。
 だが、もしかするとと思う部分はある。
 神子ならゼニスの記憶を取り戻せるのではないか……と。

 オルステッド曰く、神子の能力は見るだけだから無理だろうって事だが……。
 でも、機会があったら、試してみてもらおうと思う。

 ただ、その神子の能力ってのは、部外者がちょいちょいと頼んで使ってもらえるものでもないらしい。
 神子の能力はミリス教団が、実際には枢機卿派が独占しており、
 使用するとなると許可が必要になる。
 王族だろうと、教皇だろうと、枢機卿の許可がなければ、神子の能力は使えないのだ。
 俺がちょっと仲良くなったからって、ラトレイア家まで出向いてクレアの嘘を暴いてくれ、とか言えるわけじゃないって事だ。

 ちなみに、この強力な能力の神子。
 彼女は、非常に儚い運命を持っているらしい。
 どのループにおいても、大抵は10歳前後で、長生きしても30を迎える前に死んでしまうそうだ。
 運命的に見ても能力的に見ても、ヒトガミの使徒である可能性はゼロに近いとオルステッドは言った。


 それから、ラトレイア家に関してだ。
 ラトレイア家で現在成人しているのは、ゼニスを除いて4人。

 現当主、カーライル・ラトレイア伯爵。
 その妻、クレア・ラトレイア伯爵夫人。
 長男、神殿騎士エドガー・ラトレイア。
 四女、神殿騎士テレーズ・ラトレイア。

 長女であるアニスは、バークラント侯爵家に嫁に行った。
 バークランド侯爵家は、ミリシオンの西の方、一日ほど移動した町にある。
 そのため、彼女は現在、ミリシオンにはいない。

 長男であるエドガーも同様。
 神殿騎士団の小隊長として、アニスと同じ町に赴任しているそうだ。

 当主であるカーライルは、神殿騎士団の大隊長。
 かなり忙しい役職で、仕事中はほぼ宿舎に泊まっており、10日に一度ぐらいしか家に帰らない。

 テレーズは先日調べた通り、神子の護衛として、教団本部に寝泊まりだ。
 基本的には休日にも家に帰らない。

 つまり、屋敷は実質クレア一人で切り盛りしているというわけだ。

 クレアという人物について、オルステッドにも聞いてみた。
 クレア・ラトレイア。
 ラトレイア家の長女で、生まれた時から頑固な性質で、家の教育で自分にも他人にも厳しい人間として育ったものの、自分がこうと決めたことは、決して曲げない性格で、死ぬまで残っているらしい。
 夫であるカーライルは入婿。
 子供は男が一人、女が四人。
 オルステッドの知る限り、特に歴史に名前を残すことも、大きなことをやるわけでもない、どこにでもいる普通の貴族の女。
 正々堂々とした人物を好み、犯罪を嫌う。
 強引に誰かを誘拐するような人物ではない、とはオルステッドも言っていた。


 さらに、ミリス教団の内部抗争についても詳しい話を教えてもらった。
 知っていた事ではあるが、ミリス教団は教皇派と枢機卿派に分かれて争っている。
 分かれたのは300年ほど前。
 それまでは経典にある「魔族は全て滅ぶべし」という文言に従い、ミリス教団は魔族を排斥していた。
 だが「いかなる種族もミリスの下に平等である」という文言を見たある神父が「魔族も平等なのでは?」と言い出した事で分裂。
 その後は、魔族迎合派と、魔族排斥派として争いを続けている。

 現在は、以下の感じだ。

教皇派:魔族迎合派。現在の最大派閥。クリフの祖父が教皇。ミリス国内に住む平民や、教導騎士団の大半がこの派閥に所属。(教皇派、迎合派)
枢機卿派:魔族排斥派。神子を有している派閥。ラトレイア家等の古いミリス貴族や神殿騎士団の大半がこの派閥に所属。(枢機卿派、神子派、魔族排斥派、神殿騎士派)

 王族や聖堂騎士団は中立。
 50年ぐらい前までは排斥派の方が勝ってて、ミリシオン内での他種族への風当たり強く、大森林の連中とは、よく諍いを起こしていた。
 けど、獣族とのやや大きめの抗争を迎合派が終わらせた事で、迎合派の発言力が強くなった。
 それから30年ぐらいは迎合派が好き勝手やってたけど、神子が生まれ、それを擁立。排斥派だった大司教が枢機卿に格上げ、排斥派がまた逆転しつつある。
 そんな感じだ。


 最後に、ヒトガミの関与について。
 オルステッドが言うには、今のミリスにさしたる重要人物はいないそうだ。
 ミリスという国柄、どう転んでも、ラプラスが戦争を起こした時、魔族側につくことはない。
 ヒトガミにとっても、オルステッドにとっても、教皇派が勝とうが、枢機卿派が勝とうが、どっちでもいいということだ。

 もっとも、俺の理想は、教皇クリフの誕生だ。
 それを妨害するためにヒトガミが何らかの行動を起こしている可能性もある。
 が、それにしては動きが妙だ。
 ゼニスを攫わせるという行動の意味がわからない。
 正直、ヒトガミの関与は低いと見て良い、らしい。

「迷ったなら、殺せ。思惑を潰せる」

 ってのがオルステッドの言葉だ。
 今回は、本当にそうしちゃおうかって気持ちになってくる。


 ひとまずは、それだけだ。
 この程度の情報は、事前に仕入れておくべきだったな。
 まあ、今回のミリス行きは結構唐突だったし、ちょっと行って挨拶して帰ってくるだけだからと楽観視していた所もある。
 王竜王国の時には、もっとちゃんとしていこう。


---


 さらに数日後。
 テレーズが朗報を持ってきてくれた。

「母上がゼニスを監禁していることを暗に認めたぞ」
「おお!」

 テレーズは数少ない休日を利用して、クレアに会いに行ってくれた。
 そこであれこれと問い詰めた所、配下を使ってギースを騙し、ゼニスを誘拐した事を、それとなく認めたということだ。
 そして、どこかにゼニスを監禁しているとも。

「だが、やはり母上の様子は少し変だったな……何かを隠しているというか、迷っているみたいだ。まさか本気でゼニスの結婚まで考えているわけではないと思うけど……」
「なるほど……それで、監禁場所は?」
「いや、すまん、そこまでは聞き出せなかった」

 そこでテレーズは顔を曇らせた。
 彼女は、監禁場所を吐かせようとしたが失敗。
 その後、テレーズはゼニスを俺に返してやるように説得したそうだ。

 今のゼニスがどういう状況になっているかは知らないが、
 未亡人で心に異常がある女の相手を探す余裕なんて無いだろう、とか。
 ルーデウスは実感できないだろうが、教皇にあっさりと面会を許されるほどの立場にいる男だから、もっと真面目に対応しろ、とか。
 そんな男が死ぬまでゼニスの面倒を見ると言ってるんだから、任せればいいじゃないかとか。

 だが、クレアは要領の得ない返答でのらりくらりと避けたらしい。

「最終的には、あなたはいつ結婚するのかって話に転換させられて……すまんな。それを言われるとどうしても喧嘩になってしまってな……」
「……」

 ギースからの、誘拐した後、動く気配は無いという行動。
 隠しているというか、迷っているみたいな言動。
 オルステッドの、強引に誰かを誘拐する人物ではないという情報。
 やはり、何かあるのだろうか。

 ……何かあるのだとしても、俺がそれを考慮する義理はないか。
 向こうだって、俺の事情を考慮しなかったんだから。
 ないがしろにしたのだから。

「まあ、ラトレイア家は私の相手も用意できないんだ。すぐにゼニスの結婚相手を見つけられるわけがないよ」
「……え? あ、はい、そうですね。まったくその通りです」

 よくわからん理論だが、テレーズがそう言うんなら、そうなんだろう。

「とにかく、母上はただ意固地になっているだけさ。次は周囲から固めていくよ。父上にも話を通しておいたし、兄上と姉上も地方から呼んだ。母上はあれでいて男を立てる人だからね。父上や兄上に言われれば、聞く耳ぐらいは持ってくれるはずだ」
「何からなにまで……ありがとうございます」
「お礼なんていいさ。悪いのは母上なんだから」

 テレーズはうまく動いてくれている。
 なんでこんなに献身的になってくれるのかと思うほどだ。
 会ったことなんて一度や二度しかないのに……。

「テレーズ! お話は終わりましたか?」

 話が一段落した頃、神子が寄ってきた。

「ハッ、神子様! 任務中に私事で時間を取ってしまい、申し訳ありません」
「いいんですよ。エリス様の夫の事ですからね。恩は返さねばなりません。ミリス様はいつも見ておいでですから」

 そうか、テレーズが俺を助けてくれるのには、エリスの事もあったな。
 エリスがやらかした事で人に感謝されたのは初めてな気がする。
 よし、もう少し子供が大きくなったら、エリスも連れてこよう。

「神子様、そろそろお時間です」
「お部屋に戻りましょう」
「ルーデウス殿も、いつもお疲れ様です!」

 取り巻きの人たちも、最近は俺に対してゆるくなった。
 最初こそ、教皇派の人間につながりがあるという事で、護衛が殺気立つ事は何度かあったが、最近は特に突っかかってくる事もない。
 あくまで警戒はされているようだが、一応は中立の立場にある、安全な人物だと考えてくれているようだ。

 いや、俺だって頑張ったのだ。
 あくまで神子を害するという意思を見せず、
 また神子ということで変にかしこまることもなく、
 いつも面白おかしい話をして神子を楽しませたつもりだ。

 俺といると、神子は常にご機嫌だし。
 己の自室に戻った後も、俺の来訪を心待ちにしているようだし。
 努力の成果だよ。

 それ以上に、護衛隊長テレーズが俺に親身になってくれているというのもあるだろうな。
 隊長があまりにも警戒していないから、警戒するのも馬鹿らしくなったのかもしれない。

 正直、もっと警戒してほしいと思う。
 こんな状態だと、簡単に神子を誘拐してしまえそうだ。

 でも、テレーズの働きかけも虚しく、ゼニスが帰ってこなかった場合。
 本当に追い詰められて、手段が無くなった場合。
 俺は、やる。
 神子の誘拐だろうが、ラトレイア家の襲撃だろうが、俺はやる。
 最終的には、ゼニスを優先する。
 そうでなくては、死んだパウロにも、シルフィを任されてくれたリーリャにも、申し訳が立たない。

 それを踏まえ、神子とは目をあわせないようにしている。
 記憶を読むという彼女の能力で、相手の思考をどこまで読み取れるのかはわからない。
 見られた所で、俺が神子を誘拐するという選択肢を持っている事を、知られないかもしれない。
 知られるかもしれない。
 何にせよ、目を合わせなければ発動しないのは間違いない。

 護衛の中に、俺が神子と目をあわせないようにしている事に気づいた者はいないと思う。
 もしかするといたかもしれないが、
 教団内でも目を合わせるのを避ける者ばかりだそうだ。
 記憶を見られるのは、誰だって嫌だろうからな。
 目を合わせなかった所で、誰も不思議には思ってはいないはずだ。

 誘拐するのは簡単だ。
 神子がいつも座る椅子の下、土の中にでも、転移魔法陣のスクロールを設置しておけばいい。
 作戦決行時、俺は護衛の目を盗んでその魔法陣に魔力を込め、神子を転移させる。
 俺の目の前で神子が消えるため、疑われはするだろう。
 だが、証拠はない。
 インクは消え、紙が残る。
 一部の人間を除き、転移魔法陣が使われたのだと、気付きはしないだろう。

 転移魔法陣は傭兵団支部へと続いている。
 あそこには、傭兵団を動かしていくための食料や衣料品が詰まっている。
 そこでアイシャに神子を監視させ、交渉を進めていく形になるか。

 しかし、出来る限り、この方法は使いたくない。
 神子警備の責任者であるテレーズにも申し訳がない。
 彼女は、本当に親身になってくれている。
 クレアの強引なやり方に、憤りを感じてくれている。
 説得のため、ミリシオンからやや離れた町に滞在している兄姉へも連絡を取ってくれた。
 近くにいるはずのカーライル卿がどう思っているかはまだわからないようだが……。

 何にせよ、テレーズは、本気でクレアを説得しようとしてくれている。
 そんな彼女の裏をかくように誘拐するなど、やりたくない。

「テレーズさん。もし時間がありましたら、俺にもカーライル卿や叔父上、叔母上を紹介してください。挨拶はしておかなければならないでしょうし、今回の一件で俺の方からもお願いをしたいので」
「ああ、わかった!」

 でも、それでも。
 いざとなったら、俺は動く。
 俺の汚名でパウロやリーリャとの約束が守れるのなら、いい。

 だが、できればその前にテレーズにスジを通しておきたいな。
 テレーズの説得が無理だとわかった時には、
 せめて卑怯な手は使わず、真正面から堂々と護衛を打ち破って神子をさらいたい。

 準備とは真逆の感情だ。

「こんな立派な息子のいるゼニスより、私の相手を探して欲しいものだよ………………はぁ……」

 ぼやきながら立ち去るテレーズに、俺はもう一度、頭を下げた。
 俺はあんまり立派ではないです。


---


 さらに数日が過ぎた。
 この国に来て、14、5日ほどが経過しただろうか。

 ギースと、拠点設置を終えて捜索に参加したアイシャから、新たな情報が来た。

 昨日、服飾店の者が、ラトレイア家に出入りしたそうだ。
 アイシャが人を使ってそいつを締めあげた所、
 花嫁衣装の注文があったため、家の中で女の採寸を取っていたという事だ。
 少々トウの立った、うつろな目をした女ということだから、ゼニスに間違いあるまい。
 さらに、クレアは昨日、執事を使って教団の誰かに裏で連絡をとっていたらしい。
 話の流れからすると、ゼニスの結婚相手を選んでいるのだろうか。
 となれば、もしかするとあまり時間が無いのかもしれない。

 だが、焦ることはない。
 現在、テレーズの要請を受けて、ラトレイア家の長男と長女が、こちらに向かっている。
 先に届いた手紙の内容によると「いくらなんでも、喋る事もできない娘を結婚させることはないだろう」と言ってくれているらしい。

 カーライル卿とはまだ会えない。
 大隊長ということで、忙しい立場にいるのだろう。
 もっとも、テレーズ曰く「今のクレアのやり方を許す人ではない」ということだ。
 アイシャも、「当主様には優しくしてもらった」と憶えていた。
 今回の一件でどういった意見を言うのかはわからないが、早く会いたいものである。

 当主を含めた家族全員が反対したとなれば、クレアとて好き勝手は出来ないだろう。
 いくら屋敷を切り盛りしているといっても、当主ではないのだ。
 何か動いていたのだとしても、時間の問題だ。
 詰んだ、と見ていいだろう。
 迅速に動いてくれたテレーズには、感謝してもしきれない。

 もしダメだったとしても、すでにゼニスの居場所はわかり、屋敷の戦力も把握している。
 テレーズに事前に言えば、屋敷の見取り図や監禁場所の予想ぐらいは出してくれるだろう。
 もっとも、当主が味方になったのであれば、襲撃というレベルにはなるまい。
 ちょっと強引にゼニスを見つけ出し、クレアを糾弾する、という程度だろう。
 それなら、ラトレイア家と俺の問題だけでカタが付く。

 よかった。 
 なんとか、ラトレイア家と俺の問題だけでカタが付きそうだ。
 クリフにも教皇にも迷惑を掛けず、クレア以外のラトレイア家の面々とツテも出来る。
 紆余曲折あったが、理想の形に落ち着きそうだ。

 うん。
 やはりあの場で暴れなくてよかった。
 ちゃんと周囲に相談して、こうやって外堀を埋めていけば問題無かったのだ。
 神子を誘拐する必要など、無かった。
 あの日の俺は、どうにかしていた。
 物事を一発で打開できる道を探そうとして、突拍子もない事をしようとしていた。

 物事は一つ一つ、地道にだ。
 そうすればほら、悪いヤツはちゃんと追い詰められているじゃないか。
 意趣返しはできないが、固執することもあるまい。

「……」

 なんて思いつつ、俺はいつもどおり、教団本部の中庭へと赴いた。
 教団本部のサラークは、この14、5日程度の間に散ってしまった。

 だが、俺の絵の中では満開だ。
 今日もピンク色の花びらを散らせている。

 そんな絵も、そろそろ完成する。
 自分でもヘタクソな絵だとは思う。

 最初の頃は、取り巻き連中にも、思う様馬鹿にされた。
 けど、途中で絵に白いワンピースを着た神子の姿を追加したら、連中はコロッと意見を変えた。
 大賛辞の嵐だ。
 単純な連中である。

 神子も絵が完成したら欲しいと言ってきた。
 俺の絵でよければいくらでも差し上げよう。

 ついでに、裏でこっそり人形も作って贈呈しようと思う。
 考えてみれば、別に魔族排斥派の戦力をそいで教皇派の発言力を上げなくても、
 神子がツルの一声で「人形の販売を許可します!」と言えば、通る気がする。
 最初から魔族の人形を売るのではなく、人形を一つ一つ販売していけば、シリーズとして魔族のものも……。
 いや、やっぱ無理かな。
 神子にそんな権限はなさそうだし。

「……あれ?」

 ふと、庭園の入り口で違和感を覚えた。
 人の気配がする。

「……もうきてるのか?」

 いつもだと、俺が庭園に入ってから、しばらくして護衛が数名庭園内を見まわり、その後に神子が出てくる。
 この時間帯だと、誰もいないはずだが、すでに見回りを始めているのだろうか。
 それとも、別の誰かだろうか。

 庭園の中へと足を踏み入れる。

 すっかり花の散ったサラークの木。
 その下に設置した、俺のイーゼルとキャンバス。
 人影は無い。
 気配がしたと思ったが、気のせいだったか。
 よくよく考えるまでもなく、俺はルイジェルドみたいな目は持ちあわせていないからなぁ。

「ん?」

 一箇所だけ、俺の知らないものが置いてあった。
 イーゼルの上だ。
 イーゼルの上に、火のついたろうそくが置いてあったのだ。
 ポツンと。一つだけ。
 日の光の中でゆらゆらと揺れている。

 近づいてみると、床に足あとが残っているのが見えた。
 足あとはひとつ。
 サラークの木の裏へと続いている。
 木の幹の後ろに、誰か隠れているのだろうか。

「……テレーズさん?」

 俺は呼びかけながら、予見眼を開いた。
 返事は無い。
 何か変だ。

「誰かいるのか!?」

 やや強い言葉を発しつつ、俺は魔導鎧にも魔力を込めた。
 戦闘態勢。
 全方位に注意を配りつつ、サラークの木には近づかない。

 出てこないのであればそれでいい。
 距離を保ったまま、死角に届く魔術で攻撃する。
 あの木は神子のお気に入りだから傷つけないように……風魔術で。

 先手必勝。

「あれっ?」

 右手に込めた魔力が霧散した。
 何かがおかしい。
 と、思った時には、もう遅かった。

 大きくバックステップを踏もうとして、後ろの壁にぶち当たった。
 振り返ると、何もない。
 否、見えない壁があった。

「……っ!」

 咄嗟に足元を見る。
 そこには、朝日の中、うっすらと青白く光る魔法陣があった。

「……結界か」

 見覚えのある結界魔法陣。
 魔法陣から外に出ようとすると、不可視の壁に遮られる。
 魔法陣の中で魔術を使おうとすると、魔術を霧散させる。

「王級の結界だ。ルーデウス君」

 声は、木の後ろから聞こえた。
 ゆっくりと出てくるのは、青色の鎧に身を包んだ、一人の女性。
 本来ならゼニスによくにた頭のあるであろう部分は、無骨な兜で隠されている。

 彼女だけではない。
 別の木の影から、林の茂みから、続々と鎧姿の男たちが出てきた。
 オタサーの姫に群がる、オタク達。
 別名、神殿騎士団。
 だと、思うのだが、その顔は変な形をした兜に覆われていた。

「悪いが……君が、神子様を誘拐しようとしているという情報が入った」

 呆気に取られる俺。
 騎士たちは結界の回りをぐるりと取り囲んだ。
 唯一居場所がバレていたテレーズが、俺の真正面に立ち、言った。

「よって、これより異端審問を始めさせてもらう」

 兜を被った男達が鞘ごと剣を地面に突き立てる。
 ザクリとガシャンの合わさったような奇妙な音が響き渡った。
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