挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第20章 青年期 ザノバ編

225/286

第二百七話「火急の知らせとザノバの真意」

 戦闘から10日が経過した。

 ザノバは敵国に対し、人質を使って停戦協定の申し出をした。
 そう遠くない未来に、戦争は終わるそうだ。

 同時に本国にも早馬を送った。
 初戦の勝利と、人質の入手、停戦の申し入れについての連絡だろう。
 事後承諾になるが、今のシーローンに総力戦を行えるほどの戦力は無い。
 パックスが本当の阿呆でないのなら、文句は言うまい。
 まあ、まだ返事がこないあたりに、少し不安を感じるが。

 砦内では、あの戦いについて熱狂的に語られている。
 俺とロキシーの魔術がすごかっただの、敵陣に切り込んだザノバの戦いぶりがすごかっただの。
 興奮冷めぬといったところか。

 戦闘での活躍のお陰か、それとも襲撃者を撃退したお陰か。
 兵士たちの俺に対する態度が柔らかくなった。
 今までも礼は失せずに対応してくれてはいた。
 けれど、その表情は固かったように思う。
 それが、最近では笑顔を向け、明るい表情で話しかけてくれるようになった。
 得体のしれない魔術師から、戦友に変わったのかもしれない。
 少なくとも、聖級魔術に巻き込まれて死んだ奴の事を責めてくる奴は一人もいなかった。

 そんな彼らの態度と、
 ロキシーの日々のカウンセリング、
 ザノバの気遣いといったもののお陰で、俺の精神状態は回復した。
 間違った事や、悪いことをしたわけではないと考える事ができた。

 思えば、悩みすぎた。
 ここは異世界で、俺はオルステッドの配下。
 家族を守るために、神を敵に回したのだ。
 いつかはこういう日が来るのだと、覚悟していたはずだ。
 揺らぎやすい覚悟だが、決めた事は確かなのだ。

 でも多分、今後、誰に頼まれたとしても戦争には参加しないだろう。
 あそこは異世界というか……別世界だ。

 それと、多分、人殺しも最低限で行くだろう。
 一々悩んだら疲れるしな。
 殺さなくていい時は殺さない、そう決めた。
 殺す度に一々何日も悩むほど精神ダメージを受けるんじゃ、割に合わないからな。


 さて、気を取り直していこう。
 この10日間、警戒はしていたのに、何も起こらなかった。
 すでに俺の魔力も精神状態も完全回復。
 万全の状態だ。
 傍らには一式魔導鎧もあり、警戒も十分。
 今の状態で死神を襲わせるなら、謁見の時点で襲わせていた方がよかっただろう。

 やはり、今回の一件にヒトガミは関係がなかったのだ。
 オルステッドの言うとおり。
 この事件は、あの日記でも起きた出来事。
 俺がいなくても、ザノバはこの逆境をなんとか跳ね除けたか、
 あるいはなんらかの理由で召還されなかったのだ。

 とんだ無駄骨だった。
 とは言うまい。
 ザノバが死んでいた可能性は、依然としてあったのだから。

 とにかく、戦争は終わりだ。
 シーローン王国を狙う敵国はいない。
 ザノバも、満足しただろう。
 うまいこと説得して、シャリーアに帰ろう。
 あいつをパックスの傍に置いとくのは、嫌だからな。


---


「んー……!」

 俺は朝日の中で伸びをした。
 ヒトガミは無関係……と決まったわけではないが、
 ここまで何もしてこないなら、罠の可能性は限りなく低いと見ていい。
 そう考えると、久しぶりにぐっすりと眠れた。
 そして、寝こけている間にも何も起きなかった。
 だから、やはり罠ではないのだ。

 幾分かスッキリとした態度で、近くの川まで顔を洗いにいくことにした。
 水魔術を使ってもいいが……まあ気分だな。
 川では、城の兵士たちが三々五々、洗顔や歯磨きに勤しんでいた。

「あっ、ルーデウス様だ!」
「毎晩の見張り、お疲れ様です!」
「いやー、あの人形、てっきりザノバ様の趣味かと思っていましたが、魔道具だったのですね!」

 あっという間に囲まれてしまった。
 人気者だ。
 こうして連日チヤホヤされるのは、初めてかもしれない。
 それにしても、シーローンの兵士は戦闘以外では上下とも薄茶色のシャツと短パンを着用している。
 男も、女もだ。
 しかも、寝るときにブラジャーはしないらしい。
 俺に抱きついてきた弓兵ちゃん、ポッチが浮かび出ている。
 眼福、眼福。

「何やら人だかりができていると思ったら、師匠でしたか」

 と、そこにザノバもやってきた。
 こいつも兵士と同じ上下だ。
 王族っぽさは無い。
 ヒョロくて筋肉が無いせいで、ニートみたいだ。

「ザノバ様!」

 しかし、そんな彼に対して、兵たちは即座に膝をついた。

「よい、洗顔を続けよ」
「し、しかし……」
「大体、この格好で偉ぶってどうするというのだ。余も諸君らと同じ、起き抜けのねぼすけに過ぎんのだ」

 ザノバはそう言いつつ、大きなあくびをした。
 ザノバはこの数日、先日の戦闘の後処理に追われていた。
 詳しいことは知らないが、大規模な戦闘ともなると、色々と面倒な処理も多くなるのだろう。

 ちなみに、戦場に残された死体は放置されていたが、
 数日の間に、山賊のような風体のものたちがどこからともなく現れ、装備を剥ぎ取り、焼いて去っていった。
 そういう仕事を専門とする連中が、紛争地帯にはいるらしい。
 職業、落ち武者狩り、みたいな。

 そんな事を思い出しつつ、ザノバと並んで川の前に跪く。

「……それで、停戦協定の方はどうなんだ? うまく締結できそうな感じか?」

 説得の前に、軽いジャブ。
 停戦が決まれば、ザノバもこんな所にはいなくていいだろう。
 戦争はおしまいだからな。

「はい。昨日、返事をもらいました。
 まだ決めかねているようですが、ひとまずは締結できるでしょう。
 これで、最低でも3年は攻めてこないでしょうな」

 ザノバの言葉に、兵たちが「おぉ」という声を上げた。
 ああ、こんな所で聞くべき内容じゃなかったかな。
 嬉しいニュースだから、問題ないか。

 それにしても、三年か。

 つまり、仮に北の国ビスタが、大敗にも関わらず侵略を諦めなかった場合だ。
 今回の大敗により今の指揮官は罷免されるとして、後釜は誰か。
 減った兵力はどこから補充してくるのか。
 仮にも結ばれてしまった停戦協定を、いかな大義名分を持って破るのか。

 いろんな要素が絡まり、3年。
 最低でも、3年。
 だから、実際にはもっと掛かるんだろう。

「でも良いのです。3年もすれば、こちらも体制を立て直すことが出来ましょうからな」

 なるほど。時間稼ぎの意味もあるのか。
 確かに、それだけ時間を稼げば、十分過ぎると言えよう。

「できるかな、あのパックス王に」
「出来ますとも」

 ザノバは胸を張ってそう答えた。
 俺にはわからんが、何か策でもあるのだろうか。
 何にせよ、これで戦争は終わりか。
 あっけなかったな。

「そっか、はやい所、平和になるといいな」
「そうですな……」

 ザノバは嬉しいような、悲しいような顔をしていた。
 まあ、戦時中じゃないと、こいつの役割はないもんな。

 さて、どうやって説得するか。

「ザノバ、この戦いが終わったら、お前、どうするんだ?」

 二発目のジャブ。
 思わず、死亡フラグのような言葉になってしまった。
 恋人にプロポーズするつもりだ、とか言い出したらどうしよう。
 すでに花束も買ってあるとか言い出したら、さすがの俺でも守り切る自信が無い。

「そうですな、ひとまず王都に戻り、陛下の指示をもらう形になるでしょうか。
 あるいは、そのままこの砦に配属になるやもしれませんが……」
「それは国に、残るってことか?」
「……ふむ? 当然そうなりますが?」

 まあ、そうだよな。
 予想された答えだ。

 それにしても、ザノバはすでに魔法都市シャリーアに戻る事は考えていないのだろうか。

 魔導鎧は完成していない。
 自動人形の研究も途中で止まっている。
 ジュリと共に人形を売る計画も、ようやく足がかりが出来たって所だ。
 そのへんに未練は無いのだろうか。
 いや、無いはずがない。

「ザノバ」
「なんでしょうか」
「停戦が結ばれたら、俺と一緒に魔法都市シャリーアに戻って、今まで通り人形を作らないか?」

 プロポーズのような言葉になってしまった。
 花束は買っていない。

 でもまあ、プロポーズといっても差し支えないかもしれない。
 結婚するわけではないが。
 国を捨てて、俺を取ってくれと言ってるようなもんだ。

 ザノバは濡れた顔のまま、俺を見てきた。
 無表情だ。
 今までの楽しそうな雰囲気が嘘のような。
 まずいな。
 これは断られる。
 失敗した。
 ムードを上昇させずに、最初から告白してしまった。
 これはいかん。
 フラれる空気だ。
 俺は空気が読める男だからわかる。
 あうあう。

「師匠、それはできま……ん?」
「ん?」

 と、そこでふと、砦の方が騒がしくなった。
 パカラ、パカラと馬の走る音も聞こえる。
 この砦に騎馬隊はいない。
 誰が走らせているのか。
 そう思って視線を巡らせると、砦をぐるりと回って、一匹の騎馬が向かってきた。

「ふむ、首都からの早馬でしょうか」

 ザノバの言葉で、俺も立ち上がる。

「恐らく、パックスが停戦協定に関しての文を返してくれたのでしょう」
「どうする? もし、敵国を滅ぼすまで戻ってくるなとか書いてあったら」
「そうですなぁ、師匠がいればできそうな気もしますが……」

 なんて冗談を言いつつ馬の接近を待つ。
 近づいてくると、その馬に乗る人物に見覚えがあるのがわかった。
 あれは、俺も知っている人だ。

「ジンジャー?」

 ジンジャーは、必死の形相で馬を走らせていた。
 何かあったのだろうか。

 ジンジャーは俺たちの姿を見つけると、首を巡らせ、まっすぐにこちらへと向かってきた。
 兵士たちが、俺達を守るために壁を作る。
 途端、ザノバが叫んだ。

「あれは余の親衛隊だ! 道をあけよ!」

 ザノバの言葉で兵士が慌てて道をあける。
 ザノバが前に出ると、ジンジャーはほっとしたような顔で……ズリ落ちるように落馬した。

「ジンジャー、何があった!」
「はぁ……はぁ……」

 ザノバが彼女を抱き起こすも、ジンジャーは青息吐息だ。
 外傷は無いが……あからさまに疲労の色が濃い。
 恐らく一昼夜、馬を走らせ続けたのだろう。

「お、王都ラタキアにて乱あり。
 元将軍ジェイドが第11王子を旗頭に決起。
 軍を率いて王城を包囲いたしました……」

 ジンジャーは絞りだすようにそう言って、気を失った。

「第11王子? 馬鹿な、シーローン王家には10人しか男子はいなかったはず……ジンジャー! 詳しく説明せぬか……おい!」
「落ち着けザノバ、まずは休ませてやろう」

 俺はジンジャーをガクガクと揺するザノバを制した。
 ひとまずジンジャーを部屋へと運ぶ事にした。


---


 第11王子ハルハ・シーローン。
 御年3歳。
 前国王パルテン・シーローンが晩年に作った子供。
 母親は農民の娘であり、本来ならば王族との婚姻は許されない身分であった。
 ゆえに、ハルハはその存在を認められなかった。
 表向きは地方領主に召し抱えられたという名目で、母親と共にシーローン王国の片隅に屋敷を与えられ、ひっそりと暮らしていた。

 その存在を知っているのは、ごくわずかだったという。
 前国王パルテン・シーローン。
 屋敷の手配をした大臣。
 それと、母親の実兄である、ジェイド将軍。

 その内二人は、パックスの大粛清によって故人となった。
 残ったのはジェイド将軍。
 彼は、前国王に忠誠を誓っていた。
 ジェイドが農民上がりであるにも関わらず、その類まれなる用兵の才能を見込んで、将軍にまで取り立ててくれたからだ。
 ジェイドが将軍になったおかげで、家族は飢えずに済み、裕福な暮らしができるようになった。
 多大な恩があった。
 国王が妹の一人を望んだ時に差し出したのも、その恩に報いるためである。

 クーデター勃発時、ジェイドはカロン砦に駐在していた。
 当時、カロン砦には1000人近い兵士がいたという。
 ジェイドはそのうち500を率いて、首都ラタキアへと向かった。
 しかし、到着した時には時すでに遅く、国王は崩御。
 王族は皆殺しという報告が待っていた。

 当時の首都防衛の兵力は2000。
 ジェイドの兵は行軍途中で地方領主の援軍もあり、1500にまで膨れ上がっていた。
 数だけを見るなら、ジェイドの用兵を持ってすれば勝ち目のある戦いができる。

 数だけを見るなら……。

 指揮官が増えたジェイドたちの軍は、真っ二つに割れていた。
 パックスが、地方領主に対し今まで通りの待遇を約束したからだ。
 おっとり刀で駆けつけた地方領主の中には、前王を快く思っていないものもいたし、臆病風に吹かれたものもいた、パックス王のやり方に賛同する者もいた。

 ジェイドはバラバラの貴族たちを見て、勝てないと悟った。
 パックスに投降し、恭順を示した。

 無論、ジェイドがそうした行動を取ったのには、裏があった。
 自分の妹。
 そして、その子供である、第11王子ハルハ・シーローンが生きているという情報を掴んでいたからだ。
 今は耐える。
 ハルハを旗印に、亡き前王の無念を晴らす。
 そう誓ったのだ。

 それから、ジェイドは水面下で動き始めた。
 秘密裏にパックスの統治に不満のあるものを集め、戦力を増強。
 反乱軍を組織し、決起の時を今か今かと待ち構えた。
 勝算はあった。

 そして、時期は来た。
 北国が侵攻の気配を見せ、パックスはそれを迎え撃つべく、兵力を北へと送り込み始めた。
 クーデターとジェイドの引き抜きにより、シーローン王国の兵力は落ちている。
 王竜王国からの援軍は無い。
 今はまだどう転ぶかはわからないが、シーローンは北国に劣勢となるだろう。
 守りに適したカロン砦を突破されれば、パックスも虎の子の『死神』を北へと送らざるを得ないだろう。
 ジェイドはそう考えていた。

 誤算だったのは、第三王子ザノバ・シーローンが帰国した事であった。
 それも、かつて宮廷魔術師であったロキシー・ミグルディアと、アスラ王国にて北帝オーベールや水神レイダを打ち倒したというルーデウス・グレイラットを連れての帰還。
 あるいは、ザノバがパックスを討つために戻ってきたのなら、ジェイドもザノバに対して接触を図っただろう。
 だが、ザノバはパックスに恭順し、カロン砦へと向かった。

 ジェイドの計算は狂った。
 カロン砦は歴史的な大勝で敵を撃退し、『死神』は出陣しなかった。
 今は落ちている兵力も、いずれは回復する。
 北の方へと集めている戦力をどうする気かはわからないが、首都近辺に戻す可能性も高い。
 もう、機会はこないかもしれない。

 そう考えたジェイドは、クーデターに踏み切った。
 集め、潜伏させていた兵を使い、首都を占領。
 王城を包囲した。

 というのが、到着から数時間後に目覚めたジンジャーが語ってくれた、今回の事件のあらましである。
 ジンジャーは町中にいたが、反乱が起こった混乱に乗じて首都を脱出。
 そのままザノバの元まで一直線というわけだ。


---


「私が首都を出た時は、王は僅かな手勢で城内に立てこもっているようでしたが……現在の詳しい状況は、わかりません」

 ジンジャーは努めて冷静な声で、そう締めくくった。

 どうやら、パックスは籠城しているらしい。
 反乱が起こってから数日。
 パックスが死に、王城が占領されていてもおかしくはない。
 でも、手勢に『死神』が含まれているのだ。
 逆に反乱軍が全滅していてもおかしくはない。
 逃げようと思えば、包囲網の突破も容易だろう。
 なぜ籠城なんだ。

 わからない事が多い。
 ここはひとつ、慎重に状況を――。

「そうか、では早速、首都に参ろう」

 ザノバはコンビニにでも行くかのように言って、立ち上がった。
 ジンジャーはその態度を見て、ホッとした顔をした。
 しかし、次の言葉を聞いて表情が凍りついた。

「もし陛下が脱出しておれば、このカロン砦にお連れし、保護を。
 何らかの事情があって脱出できていないのであれば、
 王族だけが知る秘密の抜け道より侵入し、陛下をお救いしてこよう」
「お、お待ちください!」

 ジンジャーは体を起こした。
 必死の形相でザノバを引き止める。
 そんな彼女に対し、ザノバはまかせておけとでも言わんばかりの表情で言い放った。

「なに、心配はいらん。ジンジャーはそこで体を休めておれ」
「いえ、そうではなく…………パックス王の味方につくのですか?」

 信じられない、という口調のジンジャー。
 ザノバが振り返った。
 何をいわんや、という顔だ。

「当たり前であろう。そもそも、余は第11王子など、顔は愚か、生まれた事さえ知らぬのだ。
 本当に父上の血を引いているかすら怪しいものだ」

 一理ある。
 パックスが気に食わないジェイド将軍が、傀儡としてでっち上げた可能性もあるのだ。
 妹が王の手つきになったという事実があれば、いくらでもホラを吹ける。

 だが、ジンジャーの眉がハの字に歪む。
 理解不能って顔だ。

「パックス王の味方をして、お助けして、その後どうするというのですか」
「その後の事は、無論陛下にお任せする。反乱軍を鎮圧せよと言われればそうするだろう」
「そんな……あのような者を助けてどうするというのですか!」

 ザノバの眉がピクリと動いた。
 怒りの表情。

「あのような者? ジンジャー、貴様、誰に向かってそのような口を聞いている?」
「不敬は承知! ですが、ザノバ様は、パックス王子が何をしたのか覚えてはいないのですか?」
「何をしたというのだ!」
「私は、家族を、人質に取られたのです!」

 ザノバの眉がピクリと動いた。

 そういえば、そんな事もあったな。
 随分昔の事なので忘れかけていたが、
 まあ、当事者にとっては嫌な記憶だろう。
 イジメられた側は、その事実を忘れないのと同様に。

「仮にも己の親衛隊である私の家族を人質に取って言うことを聞かせるなど……守るべき価値のある王とは思えません!」

 前世の江戸時代の殿様にきかせてやりたいセリフだ。
 でも、確か、この国では、親衛隊が王族の力を示すバロメータだったはずだ。
 親衛隊の数が多いほど、王位継承権の順列が高くなるとか、そんな感じの制度があった。
 単なる配下、臣下ではないのだ。
 人質を取って無理矢理従わせるのは、禁忌なのかもしれない。

「ふむ、ならばジンジャーよ。逆に問うが……なぜ貴様はこのザノバ・シーローンを守る?」
「それは……」
「余は、過去に貴様を売った。価値のある王族とは思えぬ行為だ。何故ジンジャーは付き従う?」

 ジンジャーが家族を人質に取られるようになった理由って、ザノバに売られたからだったはずだ。
 パックスが買ったロキシー人形と引き換えに。
 なんでこの人、ザノバにくっついてるんだっけ……。
 あ、ザノバの母親に恩があったんだっけか。

「それは、ザノバ様が、本当は賢いお方だからです……」

 しかし、ジンジャーはそうは言わなかった。
 まぁ、この場は王族としての価値云々だからな。
 母親に頼まれたから守っています、では答えになるまい。

「パックスも、あれでいて知恵が回る男ではないか」
「パックス殿下は『知恵が回る』のであって、『賢い』のではありません、後先を考えずに自分のしたいことをするだけでは、単なる愚か者です……」
「余だってそうだ、人形狂いの愚か者。まさにパックスと同列ではないか」
「それは違います」

 ジンジャーは膝をついた姿勢のまま、ザノバを見上げた。

「ザノバ様は神子です。
 賢く、力も強いとなれば謀殺される可能性があると考え、
 わざと愚かなフリをしていた……そうでしょう?」

 一理ある。
 ザノバは、たまに深い事を言う。
 難解だった自動人形の古文書も読み解いたし、魔導鎧も作った。

 今回、状況もすぐに見ぬいたし、戦況の把握も早かった。
 先も見通せる。

 愚かなフリはしていると言われても、そうかもしれないと思える下地はある。
 もっとも、人形が好きなのも本当だろうし、演技ってわけじゃないだろう。
 ただ、賢い姿を人前で積極的に出そうとはしていないだけだ。

「……余は元から愚かだ。ただの好きな事をしたいだけに過ぎん」
「ならば、帰りましょう。魔法都市シャリーアでならば、ザノバ様は死ぬまで好きな事をして過ごせます」
「そうは行くまい。人形は、操られて初めて動くのだ」
「なん……で……」

 ジンジャーはそこで、俺の方を見てきた。
 あなたからも言ってください、と言わんばかりの目だ。
 確かに、パックスは許せない事をしたと思う。
 リーリャとアイシャを捕らえて、そこから俺をおびき寄せ、ロキシーをエロ奴隷にしようと画策した。
 あまつさえ、リーリャをぶん殴った事もある。
 当時はその事に激高することもなかったが、今考えれば、腸が煮えくり返るような光景だ。

「なぁ、ザノバ、俺も反対だ」
「師匠……」
「確かに、パックスは王竜王国に行って少しは変わったかもしれない、けど、パックスはお前が命を賭けて仕えるような相手じゃないよ」

 ザノバはムッとした顔をして、俺の方に向き直った。

「師匠まで何を言うのですか……前にも言いましたが、余は国のモノ。国は王。王が窮地となればそれをお救いするのが……」
「『他国との戦争は余の義務です。そのために生かされ、そのために勝手を許されてきたのです』
 確か、お前はそう言ったよな?」

 ザノバは口をつぐんだ。
 一言一句覚えている。

「王なんて、パックスだろうが、その第11王子だろうが、お前にはどっちでもいい事だろ?
 お前の仕事は王族間のゴタゴタを片付ける事じゃない。
 そして、停戦協定を結んだら、北の国との戦争は終わり。
 お前は義務を立派に果たした。違うか?」
「師匠……」
「もう終わりでいいだろう?
 シャリーアで好きな事をやって暮らせばさ。
 一緒に帰ろうよ、なぁ」
「ふむ」

 ザノバは顎に手を当て、空を仰ぎ。
 そして、すぐにこちらを見た。

「魅力的な提案ですが……それは出来ませぬ」
「なんでだよ」

 落ち着かなければ。
 説得は、落ち着いてしなければ。
 声を荒らげても、相手は意見を変えてなどくれない。

 俺の理論に穴があることもわかる。
 自分の仕事が終わったから、ハイさようならってわけにもいかない。
 わかる。
 わかるさ。
 でも、そういう言い訳をして帰ってもいいだろう。

「理由を、聞かせてくれ」
「さて……自分でも、よくわかりませぬ」

 わかんねぇのかよ!
 いや落ち着け
 根気よく、根気強くだ。
 ザノバはきっと、何かに対して意固地になっているだけなんだ。
 そこを根気よく聞き出して、解きほぐすのだ。

「……ザノバ。パックスは、お前の事を怖がっているはずだ」
「そうですかな?」
「だってそうだろう。あいつは他の王族を皆殺しにしたんだ」

 いくらザノバが恨みとか持っていなくたって、向こうには後ろ暗い所がある。
 後ろ暗い所があれば、疑心暗鬼にもなる。

「もし助けに行っても、なんのために来たのだと死神を差し向けてくる可能性もある」
「…………」
「助けた後もそうだ。
 お前がどれだけパックスを助けても、
 パックスが心の底からお前を信頼することはない。
 自分に後ろ暗い事があるからな。
 いずれ、何がキッカケで、お前は殺される。
 そんな所には、いるべきじゃない」

 ザノバは何も言わない。
 ただ俺の方を見て、仏頂面をしているだけだ。

「お前は。前に、国が死ねといったら死ぬしかないって言ったよな。
 戦争で死ぬのは、わかる。
 けど、パックスの疑心暗鬼で殺されるのは、おかしいだろ。
 だって、国のために、なんの貢献にもならないじゃないか」
「……」

 ザノバは目を瞑り、沈黙した。
 俺の言葉を吟味するように、ゆっくりと息を吸い込む。
 ゆっくりと、息を吐き出した時、目が半眼に開かれた。

「あんなのでも余の弟……最後の肉親です」

 弟。
 肉親。
 その単語で、俺は一発で言葉を失った。
 もう、何も言い返せない。
 であるにも関わらず、ザノバは言葉を続けた。

「今まで、そのような事を言った試しのない余が、何を今更と思うやもしれませんが……。
 でも、パックスは弟なのです」

 ザノバはじっと中空を見つめている。
 その表情には、なんの色もない。
 あのワザとらしい身振り手振り、叫び声、笑い声、何もない。
 今日のザノバは、ただまっすぐに俺を見ている。

「はぁ……」

 思わず、ため息が出た。

 これがザノバ流の交渉術なら、大したものだと言わざるをえない。
 弟のため、家族のためと言われれば、俺は強く反対できない。
 ザノバが意固地な理由も理解できてしまう。

 俺だったら。
 アイシャがノルンを殺したら、あるいは逆だったら、その行動をまず諌めるだろう。
 きっと許さないだろう。

 でも、もし、どっちかと、あるいは両方との関わりが極端に薄かったら。
 生き残った方が、何か大きな力で運命を翻弄されていたら。
 間違った行動をしつつも、前に進もうとしていたら。
 俺は諌めつつも、協力してしまうだろう。

「わかったよ」

 ザノバはもう、俺達の所には帰ってくるつもりはない。
 それが、わかった。

 弟だからというのが、嘘か真かはわからない。
 でも、俺に対して、肉親を盾に取った事まで言うんだ。
 すでに考えを曲げるつもりなど無いのだろう。

 すまん、クリフ、ジュリ。
 俺には、どうにもザノバを連れて帰る事は出来ないようだ。

 俺にできそうなのは、ザノバがパックスと信頼関係を結ぶまで、ザノバを守ってやることぐらいだ。
 そのサポートをしてやる事ぐらいだ。

「正直、半べそ土下座をしてでもお前を連れ帰るつもりだったけど、そういう事なら、もう少し付き合うよ」
「…………ありがとうございます。さすがに、師匠に泣いて頼まれれば、余もグラついてしまいますからな」
「じゃあ、最初にやっとけばよかったな」
「ご冗談を」

 俺とザノバは、声に出さず笑った。

 クリフには、言えばわかるだろう。
 ジュリは……彼女の希望を聞いて、もしザノバの元に行きたいっていうなら、送ってやろう。
 ルイジェルド人形の販売計画は白紙だな。
 せっかく、ペルギウスに許可を取って、アリエルの協力も取り付けて、アイシャの所から人材を探してもらってたっていうのに……。
 長い年月を掛けて準備してきただけに、喪失感はある。
 でもいいんだ。
 ザノバが家族のためにっていうなら。
 仕方がない。
 としか、俺には言えないな。

 確かにパックスとザノバは……まあ、今のところ、仲がいいとは言えない関係だ。
 けど、関係ってのは、これから作ればいいのだ。
 昔の事は謝って、相手を許して、相手に許してもらって。
 長い時間を掛けて、ゆっくりと関係を育んでいけばいい。
 間違いは正せるのだから。

 パックスは嫌なやつだと思う。
 でも、彼だって変わるはずだし、現に変わった。
 変わらないヤツなんていないんだ。

「そんな」

 ジンジャーは蒼白になっていた。
 そういえば、彼女は王になった後のパックスを見てはいなかったな。
 彼女の中では、パックスは昔のままなのかもしれない。
 嫌な奴だった、昔のパックスのまま。

「ジンジャーさん、すいません。
 そういう事でしたら、俺はザノバを尊重します」

 まあ、こんな状況になって、パックスが王を続けられるとは思えんがな。
 何はともあれ、パックスの所に行ってみない事には始まらない。
 案外、助けにきたと言えば、パックスもザノバの事を見直すかもしれないしな。

「そういう事だ、ジンジャーよ。苦労を掛けるな」

 ザノバはジンジャーの肩にポンと手を載せて、その脇を通り過ぎた。

「あ、お、お待ちください」

 ジンジャーが転がるようにベッドから降りてきた。
 そのまま立ち上がる事なく、ザノバの足にすがりつく。
 ジンジャーは必死に懇願した。

「ザノバ様が止まらないのはわかりました、でも一つだけ、一つだけ私の願いを聞いてください!」
「申してみよ」
「もし、王が、パックス王がザノバ様に死ねと言っても、死なないでください!」

 拙い言葉だった。
 とっさに出た言葉だったのだろう。
 けど、ジンジャーの望みはわかった。
 ザノバに生きていて欲しい、それだけだ。
 それだけなのだ。

「ふむ、しかしそれは……」
「わかりました。ジンジャーさん。俺が必ず、ザノバを生きて返しましょう」

 ザノバの代わりに、俺が答えた。
 ザノバがどれだけパックスに対して負い目があろうとも。
 死んでは元も子もない。
 本当に仲がこじれて、どうしようもないようだったら。
 俺が責任を持って、ザノバを連れて戻ろう。

 もともと、ザノバにくっついてきたのも、それが目的だったのだ。
 初志貫徹。
 それだけは忘れまい。

「ありがとうございます。ルーデウス殿。恩に着ます……」

 ジンジャーは、俺に対して深々と頭を下げた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ