挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第19章 青年期 配下編

211/286

第百九十三話「研究進捗」

 クリフは最近、眼帯姿が板につくようになってきた。
 クリフのイニシャルの入った眼帯は実にオシャレで、エリナリーゼが作ったものらしい。
 しかし、眼帯をつけていると、オシャレというより凄みのようなものをまとっている気がする。
 上背も筋肉もさほどないことを鑑みるに、ギレーヌの眼帯姿を思い出してそう思うのだろう。

「アリエルの次は、第一王子のご子息か……また面倒なことになりそうだ」

 クリフはホームルームで、例の三人組を紹介されたらしい。
 今後のことを考えて溜息をついていた。

「彼はアリエル様と違って人質みたいなものだと思いますから、仲良くしてあげてください。あんな小さいのに、父親の喧嘩に巻き込まれることはない」
「そうだな。ま……せいぜい、あいつらが君の妹に手を出さないように注意しとくよ」
「ありがとうございます」

 クリフと会話をしながら彼の研究室へと入る。
 エリナリーゼはいない。
 彼女は子育ての真っ最中だ。
 数百年も生きてきたエリナリーゼは、何人もの子供がいる。
 でも、クリフとの子供は特別可愛いようで、クライブ君は蝶よ花よと育てられている。
 子育てもベテランの彼女なら、立派な子に育つだろう。

「さて、行くか」

 クリフは研究室の中から3つの木箱を手にとり、戻ってきた。
 三十センチ四方の大きさを持つ木箱だ。
 俺はそのうちの二つを持つ。
 ずっしりと重い。

「悪いな」
「いえいえ」

 それらを手に、研究棟を出て、そのまま学校の外へと赴く。

「クライブ君はどうですか?」
「元気に育ってる。でも夜には泣くし、手が掛かる……孤児院にいた頃を思い出す」
「クリフ先輩は孤児院育ちでしたもんね」
「ああ。孤児院には、捨て子も多いからな……でも、やっぱり自分の子供ってのは特別だ」
「ですね」

 向かう先は郊外だ。
 俺達は学校前で馬車を拾って、町の門まで運んでもらう。
 二人乗りの馬車に並んで座って、会話を続ける。

「クリフ先輩は立派ですね。ちゃんとお父さんをしていて」
「何もできてないさ。リーゼがいるから、ちゃんとして見えるだけだ」
「でも、俺なんかは、月一ぐらいでしか、子育てに参加していませんからね」
「子育てにだって、いろんな形があるさ。 
 君の場合は、妻もメイドもいるし、君は君でやるべきことをやってるんだ。
 重く捉える必要はない」

 クリフは箱を膝の上に置きつつ、悟ったようなことを言っていた。

「僕にしてみれば、子供の成長を毎日見られない君は……可哀想だよ」
「クリフ神父にそう言っていただけると助かります」
「ああ、また懺悔したくなったら来なさい……なんてね」

 クリフはいつのまにか、ミリス教団の神父としての試験に合格していた。
 正式なものではないらしいが、それでも教会で働ける身分になったそうだ。

 彼も研究ばかりをしているわけではない。
 てことは、やはり、故郷に戻った後のことを、考えているのだろうか。
 俺が今、6年生だから、クリフは7年生。
 最上級生、来年で卒業だ。

「クリフ先輩は、卒業したらどうするんですか?」
「……わからない。本国のお祖父様からはなんの連絡もないしな。でも、一度は帰ると思う。結婚して、子供が出来たって報告もしたいし」
「寂しくなりますね」

 俺の予想では、クリフがミリスに帰る頃、またヒトガミと決戦だろう。
 というのはあくまで予想にしか過ぎないが。

「まだ先の話さ」
「ですね」

 他愛のない会話をしている間に、馬車がシャリーアの南門へと到着した。
 俺達は御者に金を払い、そこから徒歩で移動を始める。

 門から外へと出て、南東へ。
 しばらくすると、我が社の事務所が見えてきた。
 郊外にポツンとある、やたらとでかい建物。
 人が近づかないように柵で囲ってある。

「しかし、なんとなく気づいてたけど、やっぱりあの時、君は嘘をついていたんだな」
「ええ、呪いに関しては、どうしても信じてもらえないようでしたので」
「責めているわけじゃない。あの呪いは強力だ。今だって……ほらみろ、足が震えている」

 そんな会話をしながら事務所の前に移動する。
 扉には『関係者以外立ち入り禁止』の文字が書いてある。
 俺は懐から鍵を取り出して解錠。
 一応作ってはみたものの、何にも使っていない受付。
 そこを抜けて、奥の部屋へ。

「うっ……」

 扉を開けた瞬間、クリフがたじろいだ。
 彼の視線の先には、高級な木材を使用した机について、何かを書いているオルステッドがいた。
 相変わらず怖い顔だ。

「む。クリフ・グリモルか」
「あ、ああ、そうだ。クリフ・グリモルだ……」
「お前も毎度大変だな」
「どういう意味だ……!」

 どうもこうも、そのままの意味だろう。
 俺の頼みでオルステッドと顔をあわせることになってて大変だって意味だ。

「オルステッド様。手早く行きましょう、今日は3つです」
「ああ」

 俺とクリフは机の上に木箱を置いた。
 オルステッドは、そのうちの一つを開けて、中にあるものを取り出す。
 箱の中身はフルフェイスのヘルメット。
 他の箱にも同じようなものが入っている。
ただ色は違う。それぞれブラック、ブラウン、グレーの三色だ。

「どうぞ、被ってみてください」
「……」

 オルステッドは言われるがまま、自分の頭を押し込めるように、ヘルメットを装着した。
 鎧も無しに兜だけつけてると、不審者感がパないな。
 俺の目には、よりいっそう怖く見えるが……。

「クリフ先輩、どうですか?」
「…………ダメだな。前より悪い」
「じゃあ、次で」

 と、オルステッドは3つのヘルメットを順番に被っていく。
 その度にクリフが反応を見て、効果があるかどうかを確かめていく。
 ひと通り被せ終わった後、クリフの意見を聞く。

「やはり3番だな。1はフラック方式で魔力を変換してみたが、裏目に出た。
 ってことは、魔力そのものが呪われている可能性が高いな」
「魔力そのものですか……?」
「ああ、オルステッド……様の魔力を視界にいれた途端、呪いが発動する感じだと思う」
「じゃあ、全身を魔力の通さない物質で覆うとか?」
「一切隙間のない箱にでも入れば、そりゃ呪いは発動しないだろうけど、何の解決にもならないな」
「おっしゃるとおりで」

 俺達が何をしているのかというと、オルステッドの呪いの研究だ。
 この一年、エリナリーゼの呪いの研究に基いていくつか実験してみた。
すると、オルステッドの呪いの核はどうやら頭にあると判明した。
 なので、こうしてヘルメット型の魔道具を被せ、クリフが主観で判断することで、魔道具の効果の程を試している。

 一応、成果はあった。
 現在、最新バージョンのヘルメットを装着する事で、オルステッドの呪いは緩和される。
 ただし効果は薄い。
 ヘルメットを付けていても、町を歩けば子供は泣き出すし、野良犬は怯えて逃げ出すし、馬車はひっくり返る。

 しかし、シルフィやエリスがオルステッドに対する態度を軟化させるには、十分だった。
 まあ、『親の仇のような存在』から『大嫌いな上司』に変わった程度だろうが、結果として、彼女らはなんとなく呪いについて察してくれた。
 俺がオルステッドに付いているのも、呪いが効かないからだ、と。
クリフも研究の途中で、オルステッドの呪いと、俺が嘘をついていた理由について察してくれた。
 大事な一歩だ。
 今はまだ、複雑な気持ちのようだが、一応はなんとかなっている。

 もっとも、先は長い。
 ヘルメットサイズは現時点でオルステッドの頭の約2倍。
 空気穴が無いため被ると息が出来ないし、前も見えない、声も聞こえない、喋れない。
 長時間着けていられる代物ではない。
 本当に、先は長い。

 とはいえ、一年でそれを作ってしまうクリフは、紛れも無く天才だろう。
 このまま研究が進めば、オルステッドが大手を振って町を歩ける日も近いはずだ。

 クリフも、別の人間の呪いを研究した事が、エリナリーゼの呪いを解除する魔道具への参考になりそうだと喜んでいた。
 エリナリーゼの子育てが一段落したら、またそっちの研究に戻ってしまうのが残念だ。
 でも心配することはない。
 さっさと二人目を作ってしまえばいいのだ。

「じゃあ、次回はまた一ヶ月後に」
「ああ、苦労を掛けるな、クリフ・グリモル。お前にこんな才能があるとは、思っていなかったぞ」
「えっ!? あ……ああ、そ、そうだろう。僕は天才だからな」

 オルステッドも、クリフの研究の成果には驚いていた。
 長いループの中で呪いをどうにかしようとした事はあったらしい。
 けど、数百年分で試して成果が出なかったため、半ば諦めていたそうだ。
 200年の間に、呪いの研究で成果を出せる人はクリフ以外にもいたかもしれない。
 でも、そいつはオルステッドの味方をしてはくれなかったのだろう。

 しかし、結果は出た。
 次周からは、オルステッドもどうにかしてクリフに呪いの研究をさせるように画策させるのだろう。

 てか、その周回に俺はいるんだろうか。
 前の周ではいなかったそうだが……。

「ルーデウス」

 と、考えていると、オルステッドに話しかけられた。
 クリフはすでに、事務所の外へと移動している。
 呪いが効いているから、一刻も早くオルステッドから離れたいのだ。
 頭では呪いとわかっていても、体は彼を敵と認識してしまう。
 ゴキブリに人間を殺す力は無いとわかっていても、見つけたらビビるのと同じだろう。

「……助かる」

 お礼を言われ、ニヤけてしまった。
 んもー、シャチョサン、口がうまいんだから。
 よーしよし、呪いのヘルメットが完成したら、ウィンドウショッピングでも楽しもう。
 オルステッドと街デート。
 虎の威を借る狐の気分を存分に味わわせてもらおう。

「いえ、家族に反対され続けても、俺が心苦しいだけですしね、オルステッド様が自由に動けた方が、ヒトガミも嫌がるでしょうからね、自分のためですよ」
「そうだな」

 社長の病気が治った暁には、オルステッドコーポレーションを世界一の大企業にするのだ。
 などと考えつつ、俺は事務所から出た。


---


 オルステッドと別れ、裏手に回り、武器庫に入る。
 そこから、魔導鎧を取り出す。
 小型の魔導鎧。
 腕パーツ、脚パーツ、胴パーツにわかれた、漆黒の甲冑だ。
 一見すると軽そうにも見えるが、俺の土魔術で作ったものであるため、非常に重い。
 そのため、身につけて魔力を通すことで持ち運ぶ。

「クリフ先輩、おまたせしました」
「ああ、それじゃ行こうか」

 クリフと一緒に大学へと戻る。
 次はザノバだ。
 移動が二度手間であるが、オルステッドが大学に入ると大騒ぎが起きそうだし、仕方がない。

「クリフ先輩、昼飯どうします?」
「そうだな……僕は部屋に戻って、コレを置いてから食堂に行く。君はザノバを呼んできてくれ。みんなで食べよう」
「了解」

 クリフはヘルメットを置きに、自分の研究室へと戻っていった。

 俺は言われた通りにザノバの研究室へと直行。
 そのまま扉を開けようとして、ふと止まる。
 以前、ここで何気なく開けて、ザノバのお色気シーンを拝む事になった。
 お互いに気まずい状況。
 俺は反省する男だ。
 部屋にはいる前には、必ずノックだ。
 俺は扉を叩いた。

「ノックしてもしもーし」
「おお、師匠! 良い所に! 入ってくだされ!」

 すぐに返事があった。
 俺はそれを確認してから、扉を開ける。

 すると、そこでは30ぐらいのオタクっぽい男性と……。
10歳ぐらいの全裸の幼女がいた。

 幼女はお腹を抑えて泣きべそをかいている。
 その足の間からは、一筋の血が流れていた。
 あ、これ、犯罪の現場だ。

「ザノバ……お前……ジュリに手を出すなんて……」
「冗談を言ってる場合ではありませんぞ! 師匠、ジュリに治癒魔術をかけてやってくだされ。先ほどから血が止まらんのです」

 ザノバの必死な声。
 事故でもあったのだろうか。
 ジュリも半べそをかきながら俺を見上げている。

「グランドマスター……お腹が痛いです。助けてください……」

 俺は医者じゃないんだが……と思いつつ、ジュリの体をまじまじと見てみる。
 外傷は無い。
 となれば、内臓だろうか。
 血は股の間から流れている。
 生臭い。
 これ、多分……いや、間違いないな。

「多分、生理だろう。ジンジャーさんを呼んできた方がいい」
「え? おお、生理でしたか! そういえばジュリも乙女でしたな! まったく想定していなくて失念しておりましたぞ!」
「マスター?」

 ザノバはカカッと笑い、ジュリは不安そうな顔で彼を見上げた。
 ジュリももう9歳、いや10歳か?
 初潮が来るには随分と早い気がするが、炭鉱族はこんなものなんだろうか。
 それとも、買った時の年齢に誤差があったとか?
 まあ、何でもいいか。

「と、その前に昼飯ですな。ジュリ、今日は休んでよい。ジンジャーが戻るまで、一人で寝ていられるか?」
「…………怖いです。マスター、一緒にいてほしいです」
「ふむ……」

 おやおや、ザノやん、モテモテやん。
 にくいねこいつ。

「ま、いいじゃないか。俺が何か買ってくるよ。ここで食おう」

 ジュリも、もう大人か。
 成人まで待とうと思っていたが、最近は魔力総量も上がらなくなってきた。
 そろそろ、計画を実行に移す頃合いかね。


---


 小一時間後、ザノバの研究室。

 あの後、俺はクリフと合流、飯を購入して戻ってきた。
現在、俺たち三人は、飯を食いながら顔を突き合わせている。
 脇ではジンジャーがジュリの世話をしている。
 もうあの人、騎士っていうよりメイドだな。

「師匠、魔導鎧の方ですが、いかがでしたか?」
「悪くなかったよ。魔物の一撃も受け止められたしな。
 ただ、やっぱり、能力的には心もとないな。
 魔物ならいいけど、剣士とか相手にするのはきついと思う」
「防御力、回復力、機動力……全て犠牲にしておりますからな」
「でも、プロトタイプ並の性能にするには、大きさが必要になる……」

 この一年半で、魔導鎧もかなりバージョンを重ねていた。
 当初は最初の魔導鎧『一式』を、性能をそのまま小型化にと思ったのだが、これが中々うまくいかなかった。
 そもそも、あれは当時の技術の粋を集めたものだし、ヒトガミに教えてもらった謎技術も使われている。
 デチューンした『一式改』にしても、やはり小さくはなりきらなかった。大きさが一回り小さくなり、性能だけが落ちるという、あまり意味のない結果に終わった。

 そこで、試行錯誤を繰り返した挙句、胴体部分の魔法陣を撤廃。
 魔法陣を両手両足に集中させ、根本まで包むような形に変更した。
 これにより、小型化と、使用魔力の大幅減少に成功した(といっても、未だ俺しか装着できないレベルで魔力をバカ食いするが)。
 腕パーツと脚パーツのみの『二式』の完成である。

 が、『二式』はパワーに制限が掛かるようになってしまった。
 なにせ、胴体部分に魔力が通ってないって事は、俺がフル魔力で動かすと、手足が根本からちぎれるって事なのだ。
 これでは、せっかくの高い性能があっても、せいぜい上級剣士程度の力しか発揮できない。
 そこで、四肢が千切れないように補助用の魔法陣を組み込んだ胴パーツを装着。
 現在の、聖級剣士並の性能を持つ『二式改』の誕生だ。

 理想としてはもうちょっと高性能であった方がいいのだが……理想は遠い。
 いつだって、理想は遠く、世の中は思い通りにならないのだ。

「まあ、これは使いながら改良していくしかないだろう」
「そうだな」

 クリフも同意してくれる。
 いずれは、彼が装備できるようなものにしたいものだ。

「で、師匠、ガトリング砲はいかがしますかな?」
「あれは殺傷力が高すぎて、使い道が限られるんだよなぁ……」

 武器の方もあれこれと考えている。
 ロキシーの知り合いに作ってもらった、ガトリング砲。
 オルステッドの助言に従い、あれをもう少し簡略化し、10の岩砲弾をほぼ同時に発射する方式に変えてみた。
 フィンガーフ○アボムズ……なんてカッコイイものではなく、ただのショットガンだ。
これは水神流対策でもある。
オルステッド曰く、水神流は魔力そのものを受け流している。
 だから、ほんの僅かな時間差で、ほぼ同時に発射されるショットガンはわりと有効なのだそうだ。
 水王以上には無意味だそうだが、長物で取り回しがしにくいことさえ除けば、使い勝手のいい武器ではある。

 いろいろ頑張ってはいるが、中々一足飛びに強くはなれないな。
 魔術の訓練と、体の鍛錬は行っている。
 もっと頭をひねらなきゃいけない。
 最近はまた雑魚ばかりだが、強敵がいつ現れるか、わかったもんじゃないのだから。
 ネタ殺しでもいい、一撃で相手を倒せるようなのが必要だ。

「そういえばザノバ、自動人形の方はどうなってる?」
「ああ、そっちは凍結中ですな。
 行き詰まっているのもありますが、師匠の命を守る研究の方が大事ですゆえ」
「ああ……そりゃすまないな」
「はっはっは、魔導鎧も楽しいですからな。謝ることなどございません。むしろこっちが礼を言いたいぐらいですぞ」

 ザノバはそう言いつつ、ゴンゴンと魔導鎧を叩いた。
 なんて頼もしいのだろうか。

「そういえばザノバ、ジュリが大人になったって事で、そろそろ絵本と人形の方を本格的に売り出していきたいんだけど、できそうかな?」
「ふーむ……」

 絵本と人形。
 一応、第一弾は完成している。
 俺が知らない間にザノバは染料を買い集めており、塗装をした完成品を作っていたのだ。
 まあ、若干、ルイジェルドの髪色が淡いかな、槍の色がクリーム色かな、肌の色が明るすぎるかなと思う所はあったが、ささいな問題だ。
 あれなら、誰がどう見てもスペルド族だとわかるだろう。
 枕元の棚においておいたら、ロキシーが起き抜けに見て悲鳴をあげ、それを聞きつけたノルンが俺に無断で自室に持って行ってしまうぐらいだ。

 絵本の方も出来はいい。
 なんと、絵はザノバが描いた。
 子供が好きそうな柔らかなタッチで、それほどうまいとはいえないが、味は出ている。
 それを版画にして量産し、手作業で着色だ。
 手作り感あふれる作品になったが、この世界の本はだいたい全部そんな感じだから、違和感は無い。
 最後に、巻末に文字習得用の表を付ければ、教科書にもなる。
 教科書になるなら、そうそう捨てられることもあるまいという配慮だ。

 人形と絵本、二つ揃ったという事で、俺も仕事先で誰かを助ける度に、忘れずに布教している。
 それを続けてもいいのだが……本格的に、だ。

「難しいですな」

 しかし、ザノバは難色を示した。

「……金か?」
「いえ、元手の方でしたら心配はありません。アリエル王女の方から資金援助がきておりますのでな。アスラ王国の方にも工房を用意してあるということで、作る方はいいでしょう。ですが、商人となると、ツテがありません」
「ああ……」

 そういや、売る人の事は考えてなかったな。
 元々は、俺が自分で店でも開こうかと思っていたのだ。
 しかし、こんな状況ではそれも出来まい。
 売り子……というより、雇われ店主みたいなのが必要だな。
 商才のありそうな奴……。
 俺の知り合いにはいないな。
 まったく心当たりがない。

「アリエルあたりに紹介してもらうのがいいかな」
「アリエル殿下も最近は忙しい様子、もうすぐ戴冠式ですからな。あまり手を煩わせるのもどうかと思いますぞ」
「借りばかり作るのも面白くないしな」

 ひとまず、保留か。
 まあ、急ぐことはない。
 ジュリが成人してからでも遅くはないのだ。
 うん、そうだ。

「ザノバ、今から5年でジュリに商売のイロハを教える事は可能だと思うか?」
「可能ですが……しかし、やはりジュリは作り手であるべきでしょう。
 売り場を任せられる者として、別の奴隷を買ってくるのが良いかと思いますぞ」

 別の奴隷か。
 商売に興味があって、読み書き、算術が出来て。
 ついでに、顔も広かったりするといいだろうな。
 人気者であれば、宣伝も上手だろう。
 そういう奴隷…………うん、心当たりは、無い!

 うちの店は詐欺に引っかかった挙句、奴隷にされるようなニャンコには任せられん。
 新しく買ってきた方がいいだろう。

「うーん……やっぱ、もっと綿密に計画を立ててから実行した方がいいな」
「ですな」

 そうだな。
 こっちの計画は、もっと練るとしよう。
 急いては事を仕損じる。
 今まで、ゆっくりやってきたんだ。
 あと10年ぐらい掛けて、ゆっくりやろう。

「じゃあ、これはまた今度という事で……魔導鎧の改良に入るか」
「はい師匠、実はすでに次のバージョンの構想はできておりましてな?」

 その後。
 食事が終わってからも、研究についての会議をして、解散した。
 魔導鎧も、少しだけ性能が向上した。


---


 夕暮れの中、職員室に寄って、教頭のジーナスに挨拶。
 仕事をしているロキシーの後ろをウロウロして怒られて、廊下に立たされた。
 しょんぼりしている所にノルンが生徒会室の鍵を返しにきて、じゃあ久しぶりに、と三人で帰った。

「ノルン、今日の授業でわからない所はありませんでしたか?」
「はい、大丈夫です。ロキシー姉さん。いつも通り、わかりやすい授業でした」

 俺のすぐ脇で、ロキシーとノルンが楽しそうに会話をしている。
 俺の知らない間に、二人は随分と仲良くなっていた。
 昔のあのぎこちない関係は無い。

「気をつけてはいるつもりですが、わからなければ何時でも言ってください」
「その時はまた、個別に教えてください」
「ふふ、わたしの個別授業は高いですよ」

 弾む会話。二人の声を聞きながら、俺は心地よく家に帰った。

「ただいまー」
「おかえりなさいませ、皆様」
「……」

 玄関を抜けて、庭先で草むしりをするゼニスとリーリャに声を掛ける。
 ゼニスは、未だ変化らしいものが見られない。
 いい意味でも、悪い意味でも、安定しているように思える。
 やはり、記憶は戻らないのだろうか。
 手立てはまったく見つからなくて、俺も手いっぱいで中々手が回らない。
 最近、リーリャやシルフィも何やらしているようだが、成果は出ていない。

「ただいま」
「お帰りルディ、ロキシー……と、ノルンちゃん」

 家の中に入ると、奥からシルフィが現れた。
 エプロン姿のマイハニーの後ろから、ルーシーがてこてこと歩いて付いてくる。
 そして、ドタドタっと走り、ノルンにタックルをかました。

「ノーンねえ! おかえり!」
「ルーシーちゃん、ただーいま」

 ノルンは慣れているのか、ルーシーを抱きかかえて、その頭を撫でた。
 ルーシーはノルンが好きなのか、満面の笑みだ。
 しかし、俺と目があうと、ノルンの顔の影に隠れるように体を動かした。
 そんな嫌わなくてもいいのになぁ……。

「ノルンちゃん、今日ウチに泊まる日だっけ?」
「いえ、でもなんか、リニア先輩がうちにきたって聞いたので、ちょっと見に来ました」
「あー……うん。まぁちょっと色々あってね。ルディが助けてあげた感じ」

 シルフィはそう言いつつ、はぁとため息をついた。
 なによそのため息は。

「また、増えるんですか?」
「うーん、どうかな。リニア、あんなだけどルディの事、結構好きみたいだし。色っぽいし……」

 俺がリニアに手を出すような言い草だ。
 確かにあの猫娘が色っぽい事は認める。
 夜のベッドでプロレスごっこをしたいかどうかって言われたら、したい。
 けど、それはそれ、これはこれだ。
 俺には理性ってのものがある。

「エリス姉さんはなんて? 反対しなかったんですか?」
「この子は私のものだから、ルディには渡さないって」
「あ、そういう……」

 そういえば、エリスいないな。

「シルフィ、エリスは?」
「レオの散歩だよ。身重なんだからやめておきなさいって言ってるのに、聞かないんだ。昼間だって気づいたら素振りしてるしさ。いくらある程度安定してるからって、もし流れちゃったらどうするつもりなんだろ……」

 エリスは相変わらずか。
 でも、本当に、飛んだり跳ねたりはほどほどにしてほしいものだ。
 エリスは強いけど、お腹の子供は弱いんだから。
 こっちもため息が出そうだ。
 本当に、エリスの子供はちゃんと生まれてくるんだろうか。
 不安だなぁ……。

「あ、おかえりなさい!」

 その声は、上から降ってきた。
 見ると、階段の上にアイシャがいた。

「ねぇ、皆、見てみて!」

 アイシャは嬉しそうに、二階の奥へと手招きした。
 そこから出てきたのは、アイシャと同じデザインのメイド服を着た、一人の女性だ。
 彼女は階段の踊り場まで移動し、クルリと一回転。
 スカートの裾がふわりと持ち上がり、健康的なふくらはぎが覗いた。
 そして、腰に手を当ててグラビアアイドルのようなポーズを取る。

「ニャッハー!」

 猫耳メイドだ。

「お母さんのお古を縫い直して、リニアさんの服を作ってみたんだ。どう、可愛いでしょ?」

 確かに可愛い。
 女性陣からも感嘆の息が漏れている。

 アイシャの手作りか。
 お古というが、新品にしか見えないな。
 でも、確かに生地自体は古いのか。

「明日と言わず、今日から、どんどん働いてもらうからね!」
「ハイ、アイシャ先輩、お願いしますニャ!」
「では料理から!」

 小さなアイシャを先頭に、大きなリニアを引き連れて。
 二人は意気揚々と俺達の横を素通りし、台所へと出陣していった。
 アイシャが張り切ってる姿を見るのは、なんだか珍しいな。

「なんか、リニア先輩、ホントに元気そうですね……。奴隷なんかになって、もっと落ち込んでるかと思ってました」

 ノルンがポツリと言った。
 リニアも馬鹿だからな、喉元過ぎて、熱さを忘れたのかもしれない。


---


 その後、久しぶりに家族全員で食事を取り、エリスと二人で風呂に入ってお腹の大きさを確認。
 夜がふける前にシルフィと二人でルーシーを寝かしつけて、風呂あがりにアイシャとノルンに魔術を教え、リーリャと少しばかりゼニスの今後について話した。
 寝る前にロキシーがララに母乳をあげるのをまじまじと観察。
 最後に、シルフィと致してから眠った。

 満ち足りた一日だった。

 明日からは、しばらく訓練の毎日だ。
 頑張ろう。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ