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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第2章 少年期 家庭教師編

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第十九話「ターニングポイント」

 シーローン王宮。
 ロキシーはふと窓の外を見て、眉をしかめた。

 色がおかしかったのだ。

 茶色、黒、紫、黄色。
 普段は見られない空の色。
 しかしどこかで見たことのあるような色。

「あれはなんでしょうか……」

 色彩には覚えがある。
 だが、空がそんな変化を起こすところは、一度も見たことはない。
 ただの自然現象ではない。
 誰でも一目見ればわかることだ。

 恐らくは、何らかの理由で魔力が暴走しているのだ。
 あの規模。
 遠目にも、魔力が渦巻いているのが見えるようだ。

 そこまで考えてロキシーは思い出した。
 あの光り方。
 どこかで見たことがあると思ったが、魔法大学だ。
 召喚魔術の光に似ているのだ。

「あの方角はアスラ……。まさか、ルーデウスが?」

 ロキシーは、かつての弟子である一人の少年を思い浮かべた。
 あの少年は、五歳の時にはすでに涼しい顔で嵐を起こしてみせた。
 当時ですら底知れぬ魔力を完全に制御下に置いていたのだ。
 今は十歳。
 あれぐらいは出来るかもしれない。
 召喚魔術は勉強できなかったと、最近の手紙には書いてあった。
 だが、何らかの理由で教本を手に入れたのかもしれない。

「隙ありぃ!」

 物思いに耽っていると、いきなり背後から抱きつかれた。
 そのまま、胸を揉まれる。と同時に、ふともものあたりに固い感触。

「はぁ……」

 ロキシーはゲンナリした。
 分厚いローブごしに揉んだり押し付けたりしたところで大した感触など味わえないだろうに……。
 もっとも、やる方がどんな感触を得ていようと、やられる方としては不快だ。

「爆炎を身体に、バーニングプレイス!」
「ギャゥ!」

 身体に炎の結界を纏い、背後の人物を弾き飛ばす。
 まだまだルーデウスのように無詠唱とはいかないが、この五年でかなり詠唱を短縮できるようになった。
 ルーデウスは自分の弟子にも無詠唱を練習させているのだとか。

 それを聞いて自分も詠唱省略を練習してみたが、そんな簡単に出来るものではなかった。
 あの天才少年は自分の弟子にどれだけ期待しているのだろうか。
 皆がみな、彼のような才能があるわけではないのに。

 ロキシーは振り返ると、寝転がる少年へと視線を向ける。

「殿下。背後から女性の胸を揉んではいけません」
「ロキシー! 貴様は余を殺す気か! 牢屋にぶちこむぞ!」

 シーローン第七王子パックス・シーローンは、今年15歳になった悪ガキだ。
 最初の頃は微笑ましかったが、最近は色を覚えたのか、昼間からストレートな性欲を振りまくようになった。

「それは申し訳ありません。あの程度で死ぬとは、殿下は羽虫のような生命力しか持ちあわせていないのですね」
「ぐぬぬ! 不敬罪だ! 許さんぞ! 許して欲しければ今すぐそのローブを捲くしあげてパンツを見せろ!」
「お断りします」

 メイドは何人もお手付きになり、国王も頭を悩ませている。
 そして、最近は無愛想な家庭教師を自分のモノにしたいらしい。

(こんな野暮ったい女のどこがいいのか)

 と、ロキシーには理解できない。
 ともあれ、あれこれと性的な要求はされるものの、王子の命令に従う必要はない。
 国との契約では、王子がわがままを言っても教師の裁量で判断せよ、となっているからだ。
 この城に住む人間で王子の命令を直接聞く人間は少ない。
 所詮は第七王子。
 王位継承位は低く、権限もほとんど無い。
 権利だけで見れば、限定宮廷魔術師であるロキシーの方が偉いぐらいだ。

「ロキシー。余は知っているぞ。お前に恋人がいることをな!」

 だから、王子は別の手を使う。

「はて、このわたしにいつの間にそんな大層なものが出来たのでしょうか」

 唐突に寝言を言い出した王子に、ロキシーは首をかしげた。
 恋人。
 欲しいと思ったことはあるが、理想の男性にはまだめぐり合っていない。
 めぐり合ったところで、ミグルド族特有のこの体では、見向きもされないだろうと諦めている。
 王子は異常なので、こんな自分の体も一度は味わってみたいと考えているようだが、そんな軽い気持ちで体を売るほど安くはないつもりだ。

「ククク、お前の部屋に忍び込んで棚の奥に溜まっていた手紙を見たのさ! どこの馬の骨かしらんが、余の権力でそいつを叩き潰すことも出来るのだぞ! 愛する男が無残に処刑されるのを見たくなければ、余の女になれ!」

 王子の使う別の手段とは、つまりこういったものだ。
 手を出したい相手の恋人を人質に取り、恋人を助けたければ身体を差し出せと言うのだ。
 恋人の目の前で犯して、征服感を味わうのがたまらないのだ。
 無論、王子にそんな権限は無い。
 とはいえ、曲がりなりにも一国の王子だ。
 好きに出来る手勢はあるし、実際に恋人を人質に取られたメイドがいるとの噂もある。

(悪趣味。嫌悪感しか浮かんできませんね)

 ロキシーは思う。わたしに恋人がいなくてよかったと。
 手紙は全てルーデウスとの物だ。
 ルーデウスは尊敬すべき弟子だ。
 恋人ではない。

「どうぞご自由に」
「な! なに! 本当にやるぞ! 謝るなら今のうちだぞ! 今ならお前の身体だけで済むんだぞ!」

 王子は考えなしだ。
 そもそも、ルーデウスの居場所すらも掴んでいないだろう。
 この調子では、手紙の中身すら読んでいないに違いない。

「ルーデウスをどうにか出来たら、わたしの身体を好きにしてもいいですよ」
「な、なんだその自信は……お前だって余の権力は知っているだろう!?」

 ロキシーは知っている。
 王子の権力が王族としては鼻で笑う程度しかないことを。

「ルーデウスはアスラ王国の上級貴族ボレアスの庇護下にあります」
「ボレア……? 上級貴族ごときが王族である余の思い通りにならんわけがない!」

 アスラ王国の上級貴族の名前も知らない。
 その事実に、ロキシーはため息をもらした。
 一体、他の家庭教師は何を教えているのだろうか、と。
 アスラ王国のノトス・ボレアス・エウロス・ゼピロスの四大地方領主は有名だ。
 アスラ王国が戦争になったとき、真っ先に矢面に立つ存在であり、代々の武人が務めている。
 シーローンで式典があれば、あるいは、それらの名を持つ貴族が来国してもおかしくない。
 憶えておくべき貴族の一つだ。

「アスラはシーローンの10倍は大きい国です。その上級貴族の子弟に言われのない嫌疑を掛けて処刑台に送るには、それはもう高い政治力と謀略が必要になるでしょう。
 殿下の権力では、とうてい無理ですね」
「あ、暗殺してやる! 余の親衛隊を送り込んで……」

 親衛隊と聞いて、ロキシーは内心でまたため息をついた。
 本当にこの王子は、何も考えていない。

「親衛隊が国境を超えられるわけがないじゃないですか。それに万一超えられたとしても、ボレアスには今、剣王ギレーヌが食客として招かれています。フィットア領の城塞都市の館に忍び込んで、剣王ギレーヌの眼をかいくぐり、魔術の達人を暗殺する? できると思っているんですか?」
「ぐ、ぐぬぬ……」

 王子は歯軋りをして地団太を踏んだ。
 その様子を見て、ロキシーはまたまたため息を漏らす

(はぁ。まったく、もう15歳だというのに、分別のふの字もない)

 ルーデウスの教えているエリスというお嬢様は、3年前は手がつけられない野獣のようだったが、最近はかなりお淑やかになったと聞く。

 対してウチの殿下はこのザマだ。
 昔はまだ可愛らしさもあったし、魔術の才能もあった。
 それが、自分の権力に気づいてからは、上達する意志がみるみる無くなって、今では授業中は半分以上寝ている。
 自分の教師としての才能の無さを感じる。

「もっともわたしはもうすぐ殿下の家庭教師を辞めるので、今から暗殺者を送り込んだのでは間に合いませんがね」

 そう告げると、王子は驚愕の声を上げた。

「な! なにぃ! 余はそんな話は聞いていないぞ!」
「覚えていないの間違いでしょう」

 最初から殿下が成人するまでという約束だった。
 当初ロキシーは契約期間が終了しても請われるなら居続けてもいいと考えていた。
 だが、王宮内にはロキシーの存在を快く思わない者たちも多い。
 ここらで身を引くのが賢い立ち回りなのだ。

「いい機会ですしね」
「なにがいい機会なんだ?」
「西の空に異変があったので、見に行って来ます」
「な、なんだそれは……」

 久しぶりにルーデウスの顔が見たい、とは言わなかった。
 言えば激昂するに決まっているからだ。

「よ、余にはまだロキシーが必要だ! 授業もまだ途中じゃないか!」
「途中も何も、いつも寝てて聞いてないじゃないですか」
「ロキシーが起こしてくれないのが悪いんだ!」
「そうですか。では悪い教師はすぐにでもいなくなりますね。
 今度は起こしてくれる人を雇って下さい。わたしはゴメンです」

 ロキシーは思う。
 この王子は、わたしには無理だ。 
 ルーデウスはこちらが何かを一つ教えると、自分で勉強して十も二十も学んでいた。
 あんな生徒に出会ってしまったわたしには、二度と教師などできないのだ。 



 こうして、ロキシーはシーローンより旅立った。
 出掛けに、第七王子とその息の掛かった騎士たちに襲われたが、撃退した。
 第七王子はロキシーが自分を攻撃した、許されざる暴挙だ、指名手配して自分の前に引っ立てるべきだと強弁した。
 だが、シーローン国王がそれに取り合うことは無かった。
 むしろ、『水王級魔術師ロキシー・ミグルディア』を国に引き込む事ができなかった第七王子を叱りつけ、厳しく処罰したという。


---


 空の異変に気づいたのは、ロキシーだけではなかった。
 世界のあらゆる場所で、あらゆる人物が気づいていた。
 その異常性、その突発性に。
 世界に名を馳せる者たちは気づいていたのだ。




--- 赤竜山脈にて ---


 百代目『龍神』オルステッドは西の空を見上げた。

「魔力が集まっていく……?
 なんだ。どこで狂った?」

 訝しげに顔をしかめ、

「まあいい。行ってみればわかることだ」

 そのまままっすぐ西へと進んでいく。
 たった今、一撃で仕留めたばかりの赤竜(レッドドラゴン)の死体を乗り越えて。

 その周囲には、羽虫のごとき数の赤竜(レッドドラゴン)が旋回していたが、どの個体も手を出さない。
 彼らは、今地上を歩く生物が何者かを知っている。
 自分たちが束になって掛かっても殺されるだけだとわかっている。
 また、こちらからちょっかいを出さなければ殺されることは無いと知っている。

 あれは龍神。
 世界の理からはずれし者。
 決して手を出してはいけない。

 プライドの高い若い竜が、また一匹、身の程をわきまえずにオルステッドへ襲いかかった。
 一瞬で肉塊に変わった。
 赤竜(レッドドラゴン)たちは知っている。
 あの生物が気まぐれを起こさない限り、空さえ飛んでいれば安全だということを。

 赤竜(レッドドラゴン)は、中央大陸の絶対強者である。
 だが、それは戦闘能力だけに非ず。
 赤竜(レッドドラゴン)は、賢いからこそ強者なのだ。

 赤竜(レッドドラゴン)は知っている。
 あれは世界最強とも噂される男だと。
 何匹で束になっても敵わぬ相手だと。

 彼はゆっくりと山を降りていった。
 赤竜(レッドドラゴン)に見守られながら……。

 その目的は誰にもわからない。



--- 空中城塞にて ---


 三大英雄が一人、『甲龍王』ペルギウスは北の空を見下(・・)ろした。

「なんだ、あれは。魔界大帝の復活の光と似ているが」

 脇に佇む、白き烏の仮面。
 黒き翼を持つ天族の女が、囁くように言った。

「魔力の質が違います」
「そうだな。あれはどちらかというと、召喚光に近い」
「はい。しかしさて、あのサイズの召喚光……見覚えが」
「我が空中城塞(ケイオスブレイカー)を創りだした時と似ているな」

 ペルギウスは行く。
 今日も空中城塞(ケイオスブレイカー)の玉座に座り、12人の下僕を従えて。
 ただ気ままに監視を続ける。
 目的はただひとつ。
 憎き仇、魔神ラプラスを復活直後に倒す。
 ただその封印が解けるのを、空にて待っていた。

「もしや、魔界大帝が魔神の封印を解こうとしているのか?」
「ありえますね。復活してから300年。魔界大帝は不気味なほどに静かです」
「よし。アルマンフィ!」
「ここに」

 黄色の仮面を被った白衣の男が、音もなくペルギウスの前に跪いていた。

「今すぐ行き、調べ……いや、どうせロクでもない事をしているに違いない。怪しい奴は見つけ次第、殺せ」
「御意」

 『甲龍王』ペルギウスは動く。
 12人の臣下を従えて。
 4人の親友の仇を取るために。
 今度こそラプラスに、確実なる止めを刺すために。



--- 剣の聖地にて ---


 『剣神』ガル=ファリオンは南の空を見上げた。

「なんだあの空……てか」

 ちょっと意識を取られた瞬間、可愛い愛弟子が二人同時に打ち込んでくる。

「よそ見してる時にくるんじゃねえよ」

 その表情は余裕。
 対する二人の愛弟子は息も絶え絶えである。

 相変わらずセンスのない奴らだと、剣神は思う。

 こいつらは剣帝とか呼ばれて調子こいてるが、所詮はこの程度だ。
 くだらねえくだらねえ。
 剣術に名声はいらんよ。
 ただ強くなれりゃあ、それでいいのよ。
 名声で得られるものなんざ、せいぜい権力と金だ。
 そんなものには何の価値もねえ。
 そんな、誰にでも手に入れられるものなんざ、俺様の剣で一刀両断よ。
 強けりゃワガママを通せる。
 ワガママを通すのが生きるってことよ。

 ギレーヌはそのへんが一番わかってたが、段々甘くなった。
 だから剣王程度で行き詰まっちまった。
 生きるって事に貪欲な奴は、力が弱くてまともに剣が振れなくても強ぇのに。
 力が強くなると貪欲さを失っちまう。

 今のギレーヌはダメだ。
 ワガママが足りねえ。
 コイツラも大して才能があるってわけじゃねえが、薄汚い欲望のおかげでここまでこれた。
 決死の戦場で生きるコツは、飽くなき欲望よ。

「オラオラ、さっさと掛かってこいや。
 俺様を倒したら二人で殺し合いでもして剣神を名乗りな!
 金は人生百回遊んで暮らせるぐらいにガッポガッポ、
 女はそこらの奴隷から姫様までずらっとケツ並べさせてパッコパッコ、
 名前だしゃあ誰もがビビって腰抜かし、一歩歩きゃあ人の海が真っ二つよ!」

「自分はそんなことのために剣を習ったのではありません!」
「師匠! 見くびらないでください!」

 これだ。
 こいつらも、もうちょっと自分に正直になろうぜ。
 そうすりゃ、俺程度簡単にぶっ殺して剣神を名乗れるってもんだ。


 剣神は南の空のことなど、とっくに忘れていた。



--- 魔大陸のどこかにて ---


 魔界大帝キシリカ=キシリスは東の空を見上げた。

「フッ、妾ぐらいになると逆を向いていても見えるのだ! どうだ、すごいだろう?」

 しかし返事をする者はいない。
 周りに誰もいないからだ。

「無視か! ファーハハハ!
 いいともいいとも、許してやるぞ人間ども!
 ていうか、平和なせいで妾の近くに誰も擦り寄ってこないので許してやる他ないぞ人間ども!
 ファーハハハ、ファーハハハハハ! ファーハげほげほ……」

 キシリカは孤独だった。
 なにせ、誰も構ってくれないからだ。
 復活した瞬間、「魔界大帝キシリカただいまふっかーつ! 皆の衆待たせたな! ファーハハハハ!」と叫んだが、誰もいなかった。
 ならばと町にいってもう一度叫んだが、かわいそうな子を見る眼をされた。
 以来、ずっと誰も構ってくれない。
 古い友人の下を訪れたが、今は平和だからおとなしくしていてくれと言われた。

「人族の占い師はなにをやっとるのだ。
 昔は妾が復活となると、急にガタガタ震えだして奇声を上げながら窓からフリーダムフォールするというパフォーマンスをやってくれたというのに。
 あの前座がなければ、妾が復活にハクが付かんではないか……。
 はーまったく。最近の若いのはなっとらんのう」

 キシリカは地面の石を蹴って、魔力渦巻く西の空を見上げる。
 魔界大帝は別名『魔眼の魔帝』。
 十を超える魔眼を持ち、一目見ればそこにあるのが何かわかる。
 どんな遠くにあっても一目瞭然である。
 強大な魔力。見慣れた召喚光。そしてそれを制御する者。

「なんじゃ、見えんではないか。結界でも張っておるのかのう。
 あんな大きなことしでかして顔を見せないとか、恥ずかしがり屋なんじゃからもう……」

 キシリカの眼は万能ではない。だから魔界大帝止まりなのだ。
 いつまでたっても魔神と呼ばれないのだ。
 そのこと自体を気にしてはいないが。

「勇者でも召喚されればええんじゃがのう。
 でも最近は猫も杓子もラプラスだからのう……キシリカ? 誰そいつ? じゃからのう……。
 やっぱ勇者もラプラスとかいう若手イケメンの方に行ってしまうのかのう……。
 目立ちたいのう。また脚光を浴びてパレードとかしたいのう」

 溜息を付きながらキシリカは旅立つ。
 適当な方向へ。



--- 同時刻・ルーデウス視点 ---


 俺は城塞都市ロアの郊外の丘へと来ていた。
 誕生日に交わした約束を守るため、ギレーヌに聖級水魔術を見せるのだ。
 当然のようにエリスも付いてきている。

 『傲慢なる水竜王(アクアハーティア)』を取り出す。
 一応、現在は魔石部分と持つ部分に青い布を巻いてある。
 不恰好だが、隠したいほど大きな魔石が入っているとおもわれるよりは、魔力の篭った布で強化していると思われたほうがマシだろう。
 あんな高価なものを見せびらかして、盗賊が寄ってきたら話にならない。

 水聖級をやる前に、『傲慢なる水竜王(アクアハーティア)』の試し撃ちをする。
 いつもと同じように魔力を注ぎ水弾を作ると、普段より遥かに大きい水弾が出来た。

「おお、でかい」

 より小さく圧縮しようとすると、小さくなりすぎて、視認できなかった。
 ちょっとずつ調整していく。

 30分ほど試した結果、水魔術に関しては5倍ぐらいの効果が出ることがわかった。
 攻撃魔術をより強く、
 あるいは同じ威力で、
 消費魔力だけ少なく。

 数字で表すと、
 杖なしの状態:消費10、威力5

 杖ありの状態:消費10、威力25
 杖ありの状態:消費2、威力5

 そんな感じだろう。

 ようは虫眼鏡か顕微鏡だ。
 細かい調整が難しいが、慣れればいけるかもしれない。

「ど、どう?」
「調整が難しいけど、すごいですねこれは」

 エリスが不安そうな顔を向けてくる。
 安心しろ、俺は新しいオモチャに夢中だ。

 それからしばらく試して、火の魔術が2倍、土と風がそれぞれ3倍になるという事が分かった。
 この杖を使って魔術を混ぜるのは難しそうだ。
 いや、それも慣れかな?

「よし、それじゃあ、皆様お待ちかね。
 ルーデウス・グレイラットの最強最大の奥義をお見せしましょう」
「わー!」

 エリスが嬉しそうに拍手をする。
 ギレーヌも興味深そうだ。
 俺もノってきた。
 よし、ここはかっこよく決めよう。

「フハハハハ! 集えよ魔力!
 雄大なる水の精霊にして、天に上がりし……あれ?」
「む?」
「なによあれ!?」

 キュムロニンバスをわざわざ詠唱で発動しようと、
 杖を両手に持って天に掲げた。
 全員の意識が空へと向いた時、俺たちはそれを眼にした。

「空の色が変わっていく……なんだあれは!」

 空が変色していた。気持ち悪い色だ。
 紫と茶色が混じったような……。

 ギレーヌが眼帯を外した。
 眼帯の下からは濃緑の色彩を持つ眼が現れた。
 なんだあれ。
 ていうか、隻眼じゃなかったのか。

「なんなんですか、あれは」
「わからん、凄まじい魔力だ……!」

 あの眼は魔力が見えるのだろうか。
 三年越しに知る、ギレーヌの真の能力……。
 ギレーヌはすぐに眼帯を戻した。

「とりあえず、館に戻りましょうか?」

 この異常な空が何の前触れかはわからないが、空に異変があったなら屋根のあるところに避難したい。

「いや、町に近づくほど魔力が濃くなっている。ここから離れたほうがいいかもしれん」
「だったら、せめて館に戻ってそう伝えないと!」

 フィリップ達に言って町人を避難させた方がいいだろう。

「では私が戻っ……ルーデウス! 伏せろ!」

 反射的にしゃがんだ。
 頭のてっぺんを、ヴォっという風切り音を残し、何かが高速で通り過ぎる。
 背筋がぞっと泡立つ。

 なに。
 何が起こった?
 今、何された?

 視界の中、ギレーヌが腰の剣に手を掛けて、いっしゅんブレる。
 次の瞬間には、ギレーヌは剣を振り終えたポーズで止まっていた。

 剣神流・剣聖技『光の太刀』、別名『光剣技』。
 何度か見せてもらった。
 完全に極めれば剣先が光の速度に達すると言われている、剣神流の奥義。
 この技があるからこそ、剣神流は剣術の流派で最強なのだと、ギレーヌは教えてくれた。

 ギレーヌが眉を潜める。
 俺は、そこでようやく振り返った。

「な……いつのまに……」

 そこには男が立っていた。
 金髪に、白い学生服のようなカッチリした前留めの服、ズボン。
 おそらくイケメンであろう顔は、黄色い仮面に隠されている。
 キツネに似た動物をモチーフにしているのだろうか。
 右手には、大振りのダガー。
 あれだ、アレが俺の頭を掠めたんだ。

 次の瞬間、男の顔が光った。
 凄まじい光の量、一瞬で視界が真っ白になった。

「ガァッ!」

 ギレーヌの吠え声が聞こえる。
 キンッと金属のぶつかり合う音。
 誰かが走り回る音。
 二度、三度の金属音。

 視界が復活する頃、ギレーヌは俺の前に出ていた。
 眼帯が外れている。
 そうか、あの光で視界を奪われた瞬間、眼帯を外して残った眼で見たのだ。

「貴様。何者だ。グレイラット家に敵対する者か!」
「光輝のアルマンフィ。それが我が名」
「アルマンフィ?」
「この異変を止めに参上した。それがペルギウス様の命……」

 ペルギウスという名前は聞いたことがあった。
 確か、『魔神殺しの三英雄』(殺していない)の一人だ。
 12人の使い魔を操っているとかいう召喚術師。

 そして連鎖的にアルマンフィの名前も思い出した。
 ペルギウスの12の使い魔の一人、光輝のアルマンフィ。

「気をつけてギレーヌ、文献によるとそいつは光の速度で動くそうです」
「ルーデウス、お前はお嬢様を連れて下がっていろ」

 言われるまま、俺はエリスを背中に庇うようにして、二人の邪魔にならない位置へ。
 しかし遠くはなり過ぎないように。
 いざとなったらギレーヌを援護できる距離で。
 あれが本当に光輝のアルマンフィなら、剣ではダメージを与えられないはずだ。

 しかし、この男、どこに潜んでいたんだ?

 ……いや。
 確か光輝のアルマンフィは、光を司る精霊。
 目で見えている部分なら、どんなに離れた距離でも一瞬で移動できる。
 本で読んだ時は出来るわけないじゃんと思ったが、俺の背後に一瞬で現れた。
 ギレーヌが油断するとは思えないし、前々から潜んでいる理由もない。
 飛んできたのだ。
 文字通り、光速で。

「女。どけ。その小僧を殺せば異変が止まるやもしれん」

 ていうか、なんなんだ。
 異変って。
 なにを勘違いしてるんだ?

「あたしは剣王ギレーヌ・デドルディアだ。あれとあたしらは関係ない。引け!」
「信じられるか。証拠を見せろ」
「見よ! 剣神七本剣が一つ『平宗(ヒラムネ)』だ!
 剣王とこの剣の名において、まだ信じられんか!?」

 ギレーヌが剣を握ったまま拳を突き出して、アルマンフィに見せる。
 あの剣、そんな銘があったのか。
 ヒラ胸。
 そんな名前の武器、ギレーヌには似合わない。

「師と一族に誓え」
「我が師、剣神ガル・ファリオンとデドルディアが一族の名誉に誓う!」
「よかろう。無実でなかった場合、後日ペルギウス様が沙汰を下す」
「構わん」

 アルマンフィがダガーを収めた。
 よくわからんが、なんとかなったらしい。
 俺の常識だと、ちょっと口で誓いだのなんだの言ったところで眉唾ものだが、
 異世界の常識では違うのか。
 ていうか、それだけギレーヌという人物の誓いの言葉に信用があるってことか。
 ローマ法王が神に誓うような、そんな信用が。

「お前たちでないのなら、いい」
「……唐突に襲ってきて謝罪もなしか?」
「こんな場所で怪しいことをしている方が悪い」

 光輝のアルマンフィはそう言って踵を返した。
 その瞬間だ。

「あ」

 その瞬間を、俺の目は捉えていた。
 白く染まった空から、一条の光が地面へと伸びるのを。

 そして、それが地面に着いた瞬間。
 白い光の奔流があらゆるものをかき消しながら津波のように迫っているのを。
 館を消し、
 町を消し、
 城壁を消し、
 草花や木々を飲み込みながら迫ってくるのを。

 アルマンフィは振り向き、それを目にした瞬間、金色の光となって一瞬で逃げた。
 ギレーヌはそれを目にした瞬間、こちらに走り込もうとして光の中に消えた。
 エリスはそれを目にした瞬間、ただ意味がわからなくて呆然と動きを止めた。

 俺はせめてエリスを守ろうと、彼女に覆いかぶさった。




 その日、フィットア領は消滅した。
第2章 少年期 家庭教師編 - 終 -


次章
第3章 少年期 冒険者入門編
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