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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第18章 青年期 アスラ王国編

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第百八十九話「帰還と決意」

 魔法都市シャリーアは、何ら変わらなかった。
 二ヶ月前と一緒である。
 まぁ精々、建設中だった家や、修理中だった城壁が完成しているぐらいのものだ。

 そりゃそうだ。
 何かあってたまるものか。
 オルステッドは家族の無事を約束したのだ。

 もしこれでシャリーアが灰塵と帰していたら、労働組合を立ち上げる所だ。
 アリエルと一緒にハチマキを巻いて社長に直談判だ。
 と、そんな冗談を言えるのも、特に何事も無さそうだとわかってホッとしているからだろう。

 広場を通り、我が家の前まで移動する。
 家もなんら変わりは無い。
 燃えていたり、凍りついていたり、茨で覆われていたりといった変化は無い。
 庭先で光合成をしていたらしいビートが、グネグネと揺れたぐらいだ。
 犬小屋にはアルマジロのジローもいて、お昼寝している。
 平和だ。

「ただいまー」
「おっかえりなさーい!」

 玄関の扉を開けると、家の奥からタタッと音がして、すぐにアイシャが飛び出してきた。

 彼女は元気いっぱいといった感じに、俺の胸に飛び込んできた。
 元気だな。
 変わりないようで何よりだ。

「おみやげは!? おみやげはちゃんと買ってきた?」
「はい、これよ」

 すかさず、エリスが荷物の中から一つの箱を取り出す。
 アイシャは俺からパッと離れ、それを受け取った。

「わぁ、エリス姉ありがとー!」

 アイシャはすぐさま箱を開けると、中のものを取り出した。
 しゃもじのような形をした陶器。
 持ち手には精妙なレリーフが刻まれている。
 アイシャはそれを見て、目を輝かせた。

「これ鏡だよね! シーローンで見たことある!」
「そうよ!」

 アスラ王国はベガリット大陸と交流があるせいか、ガラス細工が多く売っていた。
 今回は移動時間が短い事もあり、鏡やガラス細工などを中心に買ってきた。

「わー、すごいなぁ……すごい高そう! わー……!」
「ふふん、気に入ったようね!」

 喜ぶアイシャを見て、エリスは自慢げにしているが、選んだのはシルフィである。
 エリスもセンスは悪くないのだが、彼女の選ぶものはシンプル過ぎるのだ。

「こうして見ると、なかなかあたしって可愛い……!」

 アイシャは自画自賛しながら、くるくると回っている。
 リーリャがちょっと遅れて出てきて、その頭をペシっと叩くまで、その回転は続いていた。
 元気にあふれるアイシャを見てると、ほっとするな。
 喜んでもらえたようで何よりだ。

「……リーリャさん、その後、何も変わりはありませんね?」

 一応聞いておく。
 リーリャはいつもどおりの無表情で軽く頷いた。

「はい、皆健康に過ごしております」
「そっか」

 よかった。
 本当に良かった。
 と、胸をなでおろした所で、アイシャがふと表情を暗くした。

「あ、でもね、お兄ちゃん……ロキシー姉が……」

 ロキシー!?
 ロキシーがどうしたというの!?
 まさか流産……!?
 いや、だったらリーリャもそう言うはずだし。
 ちょっと調子が悪くて入院しちゃったとか?

「ロキシー姉がデ……」

 と、そこでアイシャは言葉を止めた。
 その視線は、リビングへと続くドアへと向けられている。
 そこから、ロキシーが顔をのぞかせていた。
 家政婦は見た、みたいなポーズで。

「ロキシー、ただいま戻りました」

 少なくとも、不健康そうには見えない。
 怪我をしているようにも見えない。
 とても健康そうだ。

「ルディ、おかりなさい」

 俺が声を掛けると、ロキシーはそのポーズのまま、返事をくれた。

「もう少し掛かるかと思っていましたが、予定通りに帰ってきたということは、順調に終わったようですね」
「はい。アリエル様は、無事に政争に勝ちました」

 まあ、正確にはまだ勝ってなくて、
 後になってから「アリエル王女死亡!」というニュースが届くかもしれないが……。
 まぁ、そんな事を言い出したらキリがない。
 帰還は社長の指示なのだから。

「そうですか、それは何よりです」

 ロキシーは姿を見せない。
 顔だけをこちらに見せている。
 その顔は、心なしかふっくらしているようにも見える。
 もしかして、ロキシーがでぶった……!?
 いいのよロキシー、子供を生む体は、多少ふくよかな方がいいって俗説もあるみたいだし!
 体重が増えた事なんて気にすること無いのよ?
 エリスなんて、ロキシーの2倍ぐらい体重ありそうなんだからね?

「あ、あのね、お兄ちゃん。ロキシー姉、最近ちょっとナイーブだから、優しくしてあげてね」

 アイシャの言葉。
 ナイーブ。
 妊娠中に体重が激増したら、不安にもなろう。
 そして、不安になった時、安心させてやるのも俺の務めだ。

「ナイーブというほどではありません」
「じゃあ、なんでさっきから体隠してるの?」

 と、シルフィに言われ、ロキシーはしぶしぶといった感じで姿を現した。

 家を開けていたのは、約二ヶ月。
 その間に、ロキシーのお腹は、ずいぶんと大きくなっていた。
 考えてみれば、妊娠中に体重が増えるのは当然の事か。
 子供がでかくなるんだから……。

 それにしても、胸もちょっと大きくなったように見える。
 もう母乳とか出るのだろうか。
 ちょっと味見……いや、それは置いといて。

 それにしても魔族とはいえ、ミグルド族は人族とそんなに変わらないんだなぁ……。

「最近、自分の体が自分の体ではないような感じがします。
 お腹も膨らんできて、中で動いているのが分かりますし……。
 皆さんは心配ないと言いますが……」
「あ、わかるよ。ボクもそうだった。でも、そういう時に限って、ルディがいないんだよね」

 シルフィの同意に、ちくりと胸が痛む。
 ごめんよ。
 あの時は本当に、仕方なかったとはいえ、ごめんよ。

「うぅ、ごめんよシルフィ……ロキシー……」
「え? あ、うん。別にその事でルディを責めるつもりはないんだよ」

 シルフィはあっけらかんに言って、視線を泳がせた。

「えっと、とりあえず今日はルディと二人で過ごすといいよ。ね、エリス?」
「へっ? あ、そ、そうね」

 エリスはロキシーのお腹と自分のお腹を交互に見ていた。
 自分の時のことでも考えていたのだろうか。

「そういうわけだから、ルディはロキシーと一緒にいてあげて、
 荷物とかはボクがやっとくし……えっと、ルーシーはどこかな?」
「ルーシー様は、二階でゼニス様と遊んでおられます」
「そっか、ありがとリーリャさん……ほら、エリスも」
「わかったわ」

 二人は俺の返事を待つことなく、荷物を持って二階へと上がってしまった。


---


 俺は言われるがまま、ロキシーとリビングへと移動した。

 リビングでは、聖獣レオが暖炉の前で丸まっていた。
 レオは俺の姿を見ると、わふんと一声鳴いて、尻尾を振って近づいてきた。
 頭を撫でると、手をペロペロと舐められた。
 おお、愛い奴だ。

「……」

 ロキシーと並んでソファに座る。

 彼女は、俺にあまり体を見せたくないのか、
 ゆったりとした服に身を包んだまま、身を縮こまらせている。
 体の線が崩れたことを気にしているのだろうか。
 今の姿も十分に魅力的だと思うが。

「ロキシー?」
「し、仕事の方はどうでしたか? 予定通りに帰ってきたということは、順調に終わったようですね」
「それ、さっきも言いましたよ?」

 珍しくロキシーがテンパってる。
 どうしちゃったのだろう。テンパるロキシーは可愛いからいいんだけど。
 あまり可愛い姿を見せて誘惑しないでほしいな。
 王都ではそういう事に不自由しなかったとはいえ、一仕事終えた安心感からか、俺の頭の煩悩の割合は大きくなっているのだから。

 ともあれ、ナイーブならエロ方面はちょっと抑え気味にした方がいいだろう。
 空気の読める男は、自分の欲望をぶつけたりしないのだ。
 気遣うような言葉から入っていこう。
 よし。

「ええと……その、お腹、結構大きくなったよね、なでてもいい?」
「だ、ダメです!」

 即答であった。
 ダメなのか。
 ま、まぁ、デリケートな時期だしね。

「む、胸もダメですよ?」

 先んじて言われた。
 まるで俺がいつもおっぱいの事を考えているかのようだ。
 否定はしないけど。

「最近、なんだか黄色いものが滲んでくるのです」
「なるほど」

 シルフィの時もそうだったが、母乳の出る前兆だろう。
 マッサージなら任せて欲しい所だが、やらせてはくれまい。

「じゃあ、頭は?」

 そう言うと、ロキシーは頭頂部をこちらに向けてきた。
 撫でる。
 サラサラとした髪が指に心地いい。

 胸と腹がダメ。
 でも頭はいい。
 ラインを見極めねばならない。
 ギリギリのアウトコースを探るのだ。

「お尻は?」
「……ま、まあいいです」

 ロキシーは顔を赤くしつつ、合意してくれた。
 いいらしい。
 遠慮無く撫でる。
 まロい。
 っと、いかん、ちがう。
 こうじゃない、子供の事だよ。

「ええと……家にいる間は、できるかぎりロキシーといようと思います」
「そ、そうですか?
 でも、無理をしなくてもいいんですよ。
 アイシャもいますし、ルディもやることは多いでしょう?」
「多いですけど、でも、妊婦が大変なことぐらいは、俺にもわかりますからね。
 階段の昇り降りから、お風呂の介助まで、なんでもやりますよ」
「お、お風呂ですか!?」

 ロキシーはお風呂という言葉に過剰に反応した。
 何だ。
 胸と腹がダメで、頭と尻がよくて、風呂がよくないもの。
 くっ。

「そうですね……ルディは、私の体を洗うのが好きでしたもんね……」

 ああ、大好きだ。
 布を使わない手もみ洗いが大好きだ。
 大体は途中で我慢できなくなって、ガソリンを供給してしまうのだが。

「ルディ……いずれバレる事なので、言っておきます」
「はい」

 ロキシーは観念したかのように、こちらを向いた。
 真面目な顔だ。

 あれ?
 もしかして、俺が思っている以上に大変な事が起きたのだろうか。
 実はお腹の中の赤ん坊が悪い病気に掛かっているとか。
 お腹の中から「人呼んで! 魔・界・大・帝!」という声が聞こえてくるとか……。
 いや、それならリーリャだってそう言ってくれるはず。
 どうみても異常事態だし。
 なら、なんだろう。
 はっ、もしかして、お腹の子はルディの子じゃないんです、というんじゃなかろうな。
 生まれてみたら、耳と尻尾が生えてたりとか。
 お、おいおい、勘弁してくださいよそういうのは……。

「……」

 ロキシーは神妙な顔で、服のボタンを外した。
 そして、まくり上げるように、お腹を見せてくれた。
 白いお腹は大きく膨れ上がり、ちょんとおへそが出ていた。
 可愛い。
 うむ、可愛い。
 それしかわからない。
 肌に変な斑点ができているとかもないし……。

「何が、問題なんですか?」
「み、見ればわかるでしょう?」

 見てもわかんないから聞いてるのに……。

「その……おへそが、出てるでしょう?」

 ふむ。
 確かに、でべそになっている。
 それが、どうだというのだろうか。
 妊婦ならよくあることではないのだろうか……。

「……ええ」
「うぅ、やっぱりおかしいですよね……?」

 ロキシーはどうやら、このでべそが気に食わないらしい。
 なるほど、確かにナイーブだ。
 他人から見ても大した事は無い。
 けど、本人にとっては大事。
 そんな事もあるのだろう。

「……いいえ、とても可愛いですよ」
「騙されませんよ。今、ちょっと間がありましたからね」
「嘘じゃないですよ。俺は気にしません」
「嘘です。だってルディは前に言ってたじゃないですか。
 わたしのおへそを舐めながら「やっぱりロキシーのお腹は最高だ」って」

 そんな馬鹿な。
 いくら俺でも、そんな気持ち悪いはずがない……。
 あ、いやでも、ベッドの上では雰囲気で適当な事を言うかもしれない。

「あの日から、わたしはおへその掃除だけは欠かしたことがないんです。
 おへそ好きのルディは、これを見て、ガッカリしたのでしょう?」
「してません」

 今度は即答できた。
 ヘソ愛好家ってわけでもないしな。
 ロキシーの体なら、例えヘソからミサイルが発射されても、崇め奉ってみせるさ。

 あ、それで思い出した。
 確かそう、夜の大人相撲の最中にヘソを舐めると、ロキシーがすごく恥ずかしがったのだ。
 だから調子に乗って褒めまくったのだ。

「騙されませんよ。ルディは口ばっかりですからね」

 しかし、ロキシーは信じてくれなかった。
 むぅ。

「騙されて欲しかったら、行動で示してください」
「行動って、何をすれば」

 俺にできる事といえば、ロキシー教団を本格的に立ち上げて、
 10万人を超える信徒を前に演説と儀式を行う事ぐらいだ。
 それもちょっと時間が掛かるだろうから、今すぐにというわけにはいかない。

 と、思うと、ロキシーは腹をちょっとつきだした。

「舐めてください」
「よろしいのですか」

 ロキシー、とんでもない事を口走りなさる。
 しかし、そんな事でいいのか。
 むしろご褒美と言えるのではないだろうか。
 こちらからお願いすべき事なのではないだろうか。

 いや、難しく考えることはない。
 これが神の思し召しってやつだ。
 よし。
 手を合わせてください!
 イ・タ・ダ・キ・マ・ス。

「……」

 舐めた。
 何やら面白そうな事をやってるね、とばかりに近づいてきたレオの鼻を押しのけつつ、ロキシーのヘソを舐めた。

 その途端、お腹の中で何かが動いた。
 びくんとも、ぽこんとも言えるような力で、しかし舌で触っていたせいか、よくわかった。

 ロキシーもわかったのだろう。
 体を硬直させ、顔をあげた俺と目を合わせた。

「動いた」
「……お父さんに、おかえりなさいと言ったのでしょう」

 俺は体を起こした。
 ロキシーのお腹をなでる。
 彼女はダメと言った割に、拒絶しなかった。

 温かいお腹だ。
 冷やしてはいけないな。

「……」

 ロキシーはもう、恥ずかしがってはいなかった。
 ただ慈しむような表情で、俺の手に、自分の手を重ねた。

「ありがとうございますルディ。シルフィの言うとおりでしたね。なんだか、安心しました」

 ロキシーのその言葉で、なぜだか俺も安心した。

「改めて、ルディ。おかえりなさい」
「ただいま」

 俺は、家に帰ってきた。


---


 翌日、俺は関係各所に帰還の挨拶を行った。

 ザノバ、クリフ、エリナリーゼ。
 ナナホシは空中城塞に寄った時に会ったから、また今度だ。
 考えてみると、魔法都市シャリーアにおける俺の知り合いも、随分と少なくなった。
 皆、この町を出て行く。
 クリフやザノバも、いつかはいなくなるのだろう。

 そう思いつつ、最後の場所に向かう。

 時刻は既に夕暮れ。
 オレンジ色の視界の中、俺が赴いたのは、墓地だった。
 丸い墓標の並ぶ、静かなる場所。
 普通なら逢魔が刻に来るもんじゃないが、挨拶をしていたらこんな時間になったのだから仕方がない。

 俺は墓守に一言だけ挨拶をして中に入り、そのうちの一つの前に立った。

 パウロ・グレイラット。
 そう書かれた丸い墓標。
 まだまだ新しく見える墓石に向かって、手をあわせた。

「父さん、今回は誰も死なずに済みました」

 王都で買ってきた酒と、近所で買ってきた花を捧げ、今回の事を報告する。
 オルステッドの事、ヒトガミの事。
 そして、アスラ王国での戦いの事。

「父さんの弟にも会いました。俺の叔父ですね。
 父さんに似て、心の弱そうな人でした」

 ピレモンの顔を思い出す。
 彼はやはりどことなくパウロに似ていた。
 体つきも、性格も全然違うが、やはり弟だからだろう。

「その人も、死なずに済みました。
 父さんの甥が、命を賭けて守りました。
 正直、ちょっとうらやましかったです」

 ルークは処刑されようとする父を守った。
 話を全て聞いたわけじゃないが、俺の目にはそう映った。
 ピレモンは決して褒められた人間ではなく、
 当初の予定では殺すつもりだったのだが……。
 なぜか俺はルークの姿を応援したくなり、援護をしてしまった。

「それから人を殺しました。
 俺が直接手を下したわけではないですが、
 殺すつもりで迫り、攻撃し、相手は死にました。
 後悔はしていませんが、後味は悪かったです」

 初めての殺人ってほどじゃない。
 あれぐらいだったら、前にもあった。
 今回だけが特別というわけじゃない。
 そのはずなのに、なぜか今回だけは心に残った。
 きっと、水神レイダの話を聞いてしまったからだろう。

「……」

 俺は今回の事を振り返る。

 今回は、なんとかなった。
 俺が死んで欲しくない人は誰も死ななかったし、目的も達成した。

 でも、ギリギリだった。
 ギリギリだったのだ。
 何かが少し間違っていれば、誰かが死んでいたかもしれない。
 目的は達成していただろうが、何か心にしこりの残る結果に終わったかもしれない。

 今回の一件は、確かに成功した。
 申し分のない、完全勝利だ。
 だが、反省すべき点が多かったように思える。

 例えば、準備段階において、もっと早いタイミングでアリエルと連絡を取っていれば。
 あるいは、ヒトガミはルークを使徒にせず、道中で揉める事もなかったかもしれない。
 まあ、それは結果的にアリエルとオルステッドを結びつける事になったから、置いておくとして……。

 もし、赤龍の顎ヒゲでオーベールを倒せていれば。
 もし、水神の剥奪剣界の時にオルステッドがこなかったら。
 もし、オーベールの毒に解毒薬がなかったら。

 と、もちろんそんな事を言い出せばキリが無い。

 だが、一つだけ言えることがある。
 ヒトガミは死んだわけではない。
 一件は終わったが、戦いは終わったわけではない。
 戦いは続くのだ。

 その戦い……これからも、こんなギリギリでいいのだろうか。

 今回は運が良かった。
 だが……じゃあ、今まではどうだろうか。

 俺は今まで、何度も失敗してきたのではないだろうか。
 けど、俺はそれを失敗とは思っていなかったように思う。

 例えばパウロが死んだ時。
 全力を出した結果だから仕方ないと、そう思っていたようにも思う。
 確かに、その時、その時では、全力を出した。
 判断ミスはあったし、選択を間違えたって事はあるかもしれない。
 けれども、あの場で出来る事は、全部やったはずだ。
 その末に、望まない結末がきてしまった。
 それは避けられない事だ。
 運が悪かった。
 仕方なかった。

 けど、本当にそうだろうか。
 じゃあ運がよかったら、パウロは生き残ったのだろうか。
 ああ、そりゃ生き残るだろう。
 最後の最後、ヒュドラの最後っ屁で、パウロは死んだ。
 なら、運がよければ生きてるだろう。
 運よく、何かが違えば。
 逆に運悪く、途中で誰かが負傷して、帰る事になったのだとしたら。
 あの時と少しでも状況が違っていたら、戦力が一人でも多かったら……。

 たら、ればの話になるが、運なんてのはそんなもんだ。

 俺は、これから。
 そんなものに、家族の命を委ね続けなければいけないのだろうか。

 今回は、色んな人が死にかけた。
 特にエリスは、肩に重傷を負い、毒の苦無まで食らった。
 死の淵のギリギリに立ち、運よく生に残った。
 次はギリギリで死に落ちるかもしれない。

 それを、運に委ねていいのだろうか。
 いや、そりゃもちろん、運でしか語れない時もある。
 人間の能力には限界もあるし、出来ない時もある。

 けど、例えば今回の場合。
 俺が、もうちょっとだけ、できる事が多かったら。
 もうちょっとだけ、強かったら。
 ギリギリには、ならなかったんじゃなかろうか。 
 もう少し、何かが違えば。
 もう少しだけ、余裕を持てたんじゃなかろうか。

 もう少しの何か。
 それを、自分の手でたぐり寄せる必要がある。
 俺は、もっと強くなる必要がある。
 鍛える必要がある。

 これから、オルステッドの配下としてヒトガミと戦うのなら。
 ギリギリで助かったのが、余裕で助かるように。
 家族を、自分の無力で殺さないように。
 きちんと守れるように。
 ならなければならない。

 そう、改めて誓おう。

「父さん、これからも頑張ります。見守っていてください」

 俺は最後にそう言って、墓地を後にした。
第18章 青年期 アスラ王国編 - 終 -

次章
第19章 青年期 配下編
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