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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第18章 青年期 アスラ王国編

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第百八十三話「宵闇の死闘」

 翌日。
 アリエルと共に王城へと赴いた。

 トリスも拠点にて出番に備えて準備中。
 従者の2人はいない。
 なので、6人でだ。

 従者二人が戦闘において足手まといだというのもあるが、
 彼女らにも家があり、彼女らの家がアリエルにとって大きな味方となるという事もあった。
 それ以外にも、二人はアリエルに仕事を割り振られていた。
 本当に10日でやるべきことを終えるつもりなのだ。


 さて、初めての王城。
 アスラ王国の王城は、遠目で見た通り、でかかった。
 恐らく、ペルギウスの空中城塞の上に乗っかっている城よりもでかいだろう。
 その上、この城の裏側には、王宮が存在しているという。
 王族が暮らす、数々の庭園と宮殿からなる場所だ。
 宮殿以外の場所は貴族ならだれでも入れる場所だそうだが、今回はそこには用事は無い。
 後宮にはちょっと興味あるけど、用事は無い。
 病に伏せる国王の見舞いと、『会場』の予約だ。

 そんな王城で、驚くべきものを見つけた。
 いや、驚くべきという程ではないのかもしれない。
 ここになら、そうしたものがあっても不思議ではない。
 だが、実際にあるのを見ると、二度見せずにはいられなかった。

 ペルギウスの肖像画である。

 3つ並べられた肖像画の一つ。
 龍族の顔は見分けが付きにくい、肖像画となればそれは顕著だ。
 そして恐らく、その肖像画のペルギウスは、やや美化されており、今から見て10歳は若く見えた。
 正直、ペルギウスだとすぐには分からなかった。
 最初はちょっと似ているなという程度の認識で、すぐに視界から外した。
 しかし、肖像画のすぐ下のプレートが視界をかすめたため、二度見するに至った。
 名前が、書いてあったのだ。
 ペルギウス・ドーラ、と。

 驚いた。
 何が驚いたって、歴代のアスラ王の肖像画のすぐ近くに飾ってあったから。

 隣には、見知らぬ人族と、
 金髪と銀髪が交じり合った髪を持つ男の顔。
 ペルギウスという名前を見たせいか、こちらはすぐにわかった。

 人族が北神カールマン。
 そして、この龍族と人族のハーフみたいなのが、龍神ウルペンだろう。
 魔神殺しの三英雄だ。

 以前の俺なら、殺してないと茶化しただろうが、
 しかし、オルステッドの話を聞いた後となっては、あまり茶化す気にもなれない。
 結局の所、彼らは全力で戦い、魔神ラプラスを打倒し得たのだから。
 長いこと、この世界に最強として君臨していたであろう魔龍王ラプラスの、片割れを。

 だからこそ、こういう場に肖像画が飾られるのだろう。
 今なお生きる伝説の英雄として。

 凄い人物なのだ。
 正直、ペルギウスが『場』に現れたぐらいでどうにかなるかと不安な部分もあったが、
 しかし、こうして王様の近くに肖像画まで飾られている所を見ると……。
 大丈夫そうだ。


---


 3日経過した。
 作戦は順調に進んでいる。
 着々と『会場』設営の準備を行うアリエル。
 彼女の帰還を心待ちにしていた貴族たちは彼女に従い、その後押しをした。

 俺はその護衛をしながら、何十人もの貴族に紹介された。
 正直、名前は全然覚えられなかった。

 ダリウス上級大臣と第一王子グラーヴェル。
 彼らには紹介されなかったが、一度だけ遠目に見ることが出来た。

 ダリウスは、一言で言うなら古狸だ。
 でっぷりと太った体に、たるんだ頬、嫌らしい目つき。
 親近感を覚える醜悪な体つきをした、豚の化け物だ。
 彼は俺を見ると、非常に怯えた顔をしていた。
 死神でもみるような目つきだった。
 顔色で判断するのはよくないのだろうが……。
 あれだけわかりやすい反応を示してくれると、ヒトガミの使徒かどうかで迷わなくていい。

 第一王子グラーヴェルは、普通のおっさんだ。
 王子という単語から想像できる、金髪でふわふわした髪を持つ十代・二十代の若者ではない。
 口ひげを蓄えた働き盛りの30代という感じで、王子というイメージからはやや遠い。
 だが、見ていると、不思議と「この人の下で働きたい」と思わせる何かがあった。
 これもまた、一つのカリスマなのだろう。

 そういえば、第二王子ハルファウスの噂も聞いたが、
 彼は第一王子との政争に敗れ、軟禁状態にあるらしい。
 オルステッドが何かしたのだろうか。
 それとも、オルステッドはこれを知っていて、第二王子は警戒する必要が無いと言ったのだろうか。

 ともあれ、第二王子派についていて、勝利が絶望的だと諦めかけていた連中が、アリエル帰還の報を得て、あわよくばと群がってきた。
 彼らはアリエルの『会場』作りを、手伝ってくれるようだ。

 アリエルは、アリエルの戦いをしている。
 俺の戦いの相手は、そのアリエルに襲いかかる敵だ。

 何度か襲撃はあった。
 今のところ大物は釣れていないが、毎日のように暗殺者は送り込まれてきた。
 彼らはアリエルだけを狙ってきた。
 具体的には、アリエルに扮したシルフィだ。
 移動中、食事中、睡眠中。
 飯を食う間も寝る間もないとはこの事だ。
 もっとも、本物のアリエルは、メイド服を着てカツラをかぶり、
 メイド用の粗末な(といってもそこらの下級騎士よりかは豪勢な)食事を食べ、
 メイド用の部屋の粗末なベッドでぐっすりと寝ているのだが。

「前よりめちゃくちゃ数が多いけど、ルディ達がいると凄く楽だね」

 とは、シルフィの言である。
 暗殺者集団が雑魚とは言わないが、
 俺やエリス、ギレーヌと戦うとなれば力不足もいいところだった。

 でも、俺一人だったら、少し苦戦していただろうな。
 どうせ、殺す殺さないで一喜一憂してしまうだろうし。
 そう考えると、まあ、うん。
 エリスやギレーヌがいて、良かったという事にしておこう。

 少なくとも、エリスとギレーヌのツートップを突破できる敵は、出てきていない。
 もし、『場』にて総力戦を行うつもりだというのなら、少々厄介だ。
 北帝、北王とそれぞれがマンツーマンで対応すれば、次は俺の所まで来る。
 あとの敵が水神だけならいいが、他に戦力があればシルフィに。
 そして、もう一人多ければ、アリエルにまで手が届いてしまうだろう。

 その前にオルステッドがなんとかしてくれるとは思いたいが、
 王都に入ってから接触を図れてはいない。
 そもそも、町中に入れたのかどうかも不明だ。

 ともあれ、祈るだけで解決しないのは承知している。
 いざという時のためにも、敵の数は減らしておきたい。

 そうアリエルに進言すると、彼女はわかりましたと頷いた。

「では、少し仕掛けてみましょう」

 アリエルはその日、第一王子派の貴族になにやら話しかけていた。
 本日はエリスとギレーヌが同時に生理になって大変だ、とかそんな感じの下品な話だ。
 相手貴族の方は、とても興味深い目でエリスを見ていた。
 エリスは実に不快そうな顔をしていた。

 護衛の調子が悪いという噂を流して、襲撃を促すらしい。

 もっとも、この作戦は失敗に終わった。
 露骨すぎたのだろう。
 翌日から、暗殺者すら現れなくなった。


---


 5日経過した。
 襲撃は無い。
 その代わり、周囲の有力貴族たちが狙われ始めた。
 『会場』の設営を推進する者達だ。

 もっとも、彼らも自前で自衛手段ぐらいは持っているらしく、大事には至らなかった。
 しかし、その襲撃は、警告なのだと言っているかのようだった。
 事実、何人かの小物が第一王子派についたようだ。

 そんな中、俺はある人物と出会った。
 ピレモン・ノトス・グレイラットだ。
 彼は事前の情報通り、グラーヴェル側に寝返っていた。

 ピレモン。
 歳は30代中盤といったところか。
 彼はパウロとよく似た顔をしていた。
 だが、その表情に、パウロの持つ飄々とした自信や余裕のようなものは存在していなかった。
 空腹の鼠のようにおどおどとした印象を持った。
 リスクを恐れ、安全な方向へ、安全な方向へと逃げるタイプの男。
 俺はそういった人物も嫌いではないが、サウロスの爺さんは嫌いそうな人物だ。

 彼に対して、ルークがあれこれと話をしていた。
 喧嘩といっても過言ではない言い合いだった。
 なぜアリエルを裏切ったのか、自分の努力は何だったのか。
 そんなルークの問いに、ピレモンは「お前には説明してもわからぬ」と切って捨てていた。
 ルークは信じられないといった顔だった。
 それでもルークは追いすがり、今からでも遅くはない、こちら側に戻ってくれと懇願した。
 だが、ダメだった。
 最終的に、ルークの兄と思わしき青年に「お前は家督でも欲しいのか?」と忌々しそうに見られ、
 唾棄するような態度で、置いてけぼりにされた。

 酷い態度だと思う。
 少なくとも、十年近くも異国の地で苦労してきた息子に対する態度ではない。
 だが、パウロもかつてはあの手のクズだったようだし、
 俺も似た手合のクズだった。
 アスラ貴族には、アスラ貴族の道徳があるだろうし、一方的な見方で軽蔑するつもりはない。

 アリエルが勝てばルークが、
 グラーヴェルが勝てばルークの兄が、
 ノトスという家を、政争を勝ち抜いた重鎮として存続させていくのだ。
 そう考えれば、あの二人の態度も、まあ、ある意味、ルークに対する心配りができているといえない事もない。
 内心は、単にルークの事が嫌いなだけかもしれないがね。

 俺の心情はさておき……。
 こうなった以上、ギレーヌがピレモンを斬ることになるのは、間違いなさそうだ。

 例えルークの一家が家庭崩壊寸前だとしても。
 ルークが家を大事にしたいってんなら、少し力になってやりたいと思う気持ちはある。
 でも、自分の事の方が大事だという気持ちもある。

 嫌な状況だ。


---


 9日目。
 『会場』の設営が完了した。
 パーティ自体は王城ではよく行われている。
 だが、今回の参列者には、アスラ王国の名だたる貴族全員が参加している。
 アリエルが、そういう風に仕向けたのだ。
 第二王女アリエルが、第一王子グラーヴェルを慰労する名目のパーティ。
 俺なら、そんな見え見えの罠みたいなパーティには参加しないだろうが。
 しかし、アスラ貴族は、そういうわけにも行かないらしい。
 パーティの参加は、貴族の義務なのだ。

 妨害はいくつもあったようだが、アリエルはそれを全て乗り越えた。
 あとは、本番。
 そして、俺の仕事だ。

 明日は、きつい一日になりそうだ。
 誰か死ぬかもしれない。
 エリスか、シルフィか、ギレーヌか。
 そうならないように動くつもりだが……。
 今日は興奮して眠れなくなるかもしれない。
 エリスあたりに抱いてもらおうかしら……。


---

 と、思っていた、その夜の事である。

 月のない夜だった。
 全ての準備が終わり、明日の本番を待つのみ。
 本日はただ眠り、英気を養うべし。
 そう思いつつ、帰る途中の事だ。

 道の真ん中に、一人の男が立っていた。
 頭を見れば、獣族の男だとすぐに分かった。
 ウサギの耳……確かミルデット族だ。
 女ならバニーちゃんだが、男ならなんと言えばいいのだろうか。

「……」

 彼はつや消しの黒い鎧を着て、直剣を手に立っていた。
 馬車の行く手を塞ぐように。

「何者だ!」

 馬車の脇を行くルークが前に出て、誰何した。

 彼は答えない。
 答えるはずもない。
 襲撃者が己の名前を――。

「北神三剣士が一人、北王『双剣』のナックルガード」

 名乗りおった。

「……」

 次の瞬間、ナックルガードとやらが分裂した。
 ふわりと、幽体離脱でもするかのように、左右に別れた……。

「ナクル兄ちゃん。こういう時、名前言っちゃダメだと思うよ?」
「あ、そっか。いつもとは違うんだったな……。ガドは賢いな」
「へへ、最近は勉強してるからね」

 違う、分裂したのではない。
 双子なのだ。
 まったく同じ顔をした剣士が二人なのだ。

「たしか、こういう時、雇い主がダリウス様だってことも、言っちゃダメなんだよ」
「そういえば、いつも襲ってくる暗殺者は、依頼主の名前を吐かないもんな」
「そうそう。ナクル兄ちゃん、だから絶対に言っちゃダメだよ」
「わかってるって」

 まあ、依頼主が誰かなんて、今回に限っては言わなくてもわかってるんだが。

 と、少し拍子抜けしている所に、エリスが前に出た。
 馬から降りて、剣を抜き放つ。

「エリス・グレイラットよ」

 貪欲な殺気を受けて、双子の耳がピクピクと動いた。

「おお、うわさに聞く『狂剣王』!」
「剣の腕前は鋭牙の如く、気性の激しさは魔獣の如く!」
「我らか弱きミルデッドの身なれど!」
「相手にとって不足は無し!」

 エリスが上段に剣を構えると、
 双子は左右対称の構えを取り、それに相対した。

「我ら一人は半人前」
「二人で一人の一人前」
「二対一とて」
「卑怯とは言うまい」

 いや、二対一は卑怯だろ。
 と思った時、馬車の後ろにもう一つ、人影が出ていた。
 小さな影だ。

 その影は、墨で塗りつぶしたような真っ黒の鎧を着ていた。
 その手に持つのは、黒い盾と、黒い剣。

「……」

 彼は名乗らない。
 名乗らず、ただ構えた。

 彼に相対したのは、ギレーヌだ。
 彼女は当然とばかりに、その男に対して剣を抜いた。

「先日の借りを返すぞ」
「……ドルディアは夜目が効く……此度はやや不利か」

 ウィ・ターだ。
 前回、ギレーヌは彼に遅れを取った。
 だが先日、ウィ・ターの技について、一応ながらギレーヌには話しておいた。
 彼女が理解してくれたかどうかは分からないが、今回は大丈夫だろうか。

 前門のウサギ、後門の小人。
 こういえば、この状況がとても楽そうに見えてくるから不思議だが、
 実際には全門北王だ。

 どちらかに加勢するべきか。
 俺がエリスに加勢し、シルフィか、あるいはルークがギレーヌに加勢する。
 そうすれば、二対一の状況を作れる。
 そう思うところだが、動けない。
 オーベールがいない。
 その状況が、俺の動きを静止させていた。

 この場にアリエルはいない。
 アリエルは別ルートを使い、王城から安全に別宅へと移動している。
 ゆえに、シルフィがエリスを、ルークがギレーヌをそれぞれ援護する形を取ってもいい。
 だが、そうなった場合、敵も悟るだろう。
 この場にアリエルがいないこと。

 そして、逃げるだろう。
 標的が居ないのだから、当然のことだ。
 明日、より万全な体勢で俺たちを迎え撃つだろう。
 今度は、もう一人か二人、人数を増やして。

 今はチャンスなのだ。
 北王二人を倒す、チャンスだ。
 ここで倒さなければ、明日、より辛い窮地に陥る。

 ならば、俺がエリスを、ルークがギレーヌを援護するか。
 その場合、オーベールと戦うのはシルフィになる。
 シルフィでは、オーベールに勝てない。
 絶対とは言い切れないが、オルステッドはそう見立てていた。
 やはり、俺という駒は動けない。

「……いや」

 考えろ。
 オーベールは、前、どこに潜んでいた?
 森の中ではない、土の中だった。
 今回も、どこか近くに潜んでいる。
 近くに潜み、俺達の誰かを淡々を狙っているはずだ。

 なら、探せばいい。
 こちらから奴の隠れ場所を見つけ出し、一撃で倒す。
 そうすれば、なんの憂いもなくエリスとギレーヌに加勢できる。

「大丈夫よルーデウス。一人で勝てるわ」

 エリスの声が闇夜に響く。
 確かに、あのナックルガードとかいう剣士は、エリスの間合いに入れないでいる。
 半人前という言葉通り、一人ひとりはせいぜい北聖レベルなのだろう。
 そして、エリスはその程度なら、一撃で斬り伏せることができる。
 どちらかが間合いに入れば、片方が死ぬ。
 それを許容できるほど、仕事熱心なわけではないらしい。

 ギレーヌも、まだ間合いの外だ。
 小人族のウィ・ターと上背のあるギレーヌでは、間合いに差がありすぎる。
 こちらも、そう簡単に間合いには入れない。

 それでも彼らが撤退しないのは……。
 やはり、後一人、いるからだろう。
 相手はカードを三枚、切ってきている。
 ここで俺たちを仕留める腹積もりだ。

 オーベールはどこだ。
 周囲に隠れられる所はどれほどある?
 ここは襲撃に適した場所とは言いがたい。
 左手には城壁、右手には貴族の邸宅だ。

 右手はやや隠れる場所が多そうに見える。
 だが、庭付きの家はどれも高い塀で囲まれている。
 家と家の間に路地はある。
 だが馬車が通ることを前提として広く取られているため、言うほど隠れやすくは無い。
 庭の中に隠れていて、塀を壊して出現する?
 馬鹿な、バーディガーディじゃあるまいし。

 城壁はどうだ?
 見上げるほどの高さを持つ城壁だ。
 あそこからロープで降りてくる?
 それとも、飛び降りてくるか?
 北帝ならできるかもしれないが……。

 なら、下か?
 前と同じように、地面の下に隠れているか?
 いや、それは無い。
 前回のことを踏まえて、地面には注意を払って移動してきた。
 見落としたとは思えない。

 どこだ……。
 死角があるのか?

 俺は馬車の左後方。
 ルークは馬車の右前方に位置している。

 光源は二つ。
 馬車に備え付けられた松明。
 そして、出掛けに俺が召喚した灯火の精霊。
 光量は強く、黒装束の襲撃者の姿もくっきりと見えている。
 見えない場所は無い。

 やはり城壁の上か?
 城壁の上に、魔術を降らせるか……?
 と、灯火の精霊を上へと移動させつつ城壁を見上げ、

「……!」

 見つけた。

 最初に城壁を見た時は、気付かなかった。
 その中腹にある違和感に。

 城壁の中腹、そこには城壁の色と酷似した模様の布が敷かれていた。
 昼間だったら、一目瞭然だっただろう。
 あるいは、車のヘッドライトで照らせば、異変があると気づくだろう。
 馬車の松明程度では、到底気づかない変化。
 しかし、灯火の精霊を使えば、わずかながらその違和感に気づける。

 勝った。

 俺は杖をその布へと向けた。

「……」

 詠唱は無い。
 いつもなら、周囲に魔術を使うと知らしめるために術名を言うが、それもしない。

 岩砲弾。
 勢いは全力で。
 …………やる。

 さらば、オーベール。

「くおおぉ!?」

 しかし野生の勘か。
 それとも武人としての勘か。

 俺は一秒たりとも逡巡はしなかった。
 だというのに、 何かを感じ取ったのだろうか。
 オーベールは、すんでの所で隠れ身の術を解除し、魔術を回避した。
 いや、回避しきれていない。
 岩砲弾はオーベールの足を貫き、大きくえぐりとっていた。
 彼は受け身を取りつつ、城壁から落ちた。

「ぬぐぅぁ!」

 それが、戦いの合図となった。

「ちっ!」

 俺はオーベールに対して魔術を放つ、岩砲弾。
 しかし、オーベールはへたり込んだ姿勢のまま、それを、難なく受け流してみせた。

「とああぁぁ!」

 背後から迫るルーク。
 オーベールは左手を軸に体を反転させ、その剣をはじき返した。
 バランスを崩すルークの足を払い、寝転んだまま、ルークに止めを刺そうとする。
 俺が岩砲弾で阻止。

「ぬっく!」

 体をバネのようにしならせ、片足で立ち上がるオーベール。
 だが、オーベールの片足はとれかけている、機動力の大半は奪ったと見てよかろう。

 彼は一本足で揺れなく立ちながら、馬車と俺と、そして前後を見る。

「……」

 その視線に誘われ、俺も見た。
 今の一瞬のやりとりの間に、戦いの趨勢は、ほぼついていた。

 エリスは、己の言葉通り、二人をすでに葬っていた。
 だが、エリスも無傷ではなかったらしく、肩口に重傷を負っていた。
 左肩がだらりと垂れ下がっている。
 だが、エリスはそんな傷をものともせず、こちらに向き直っていた。
 視線の先にいるのは、オーベール。

 ギレーヌは、ウィ・ターを圧倒していた。
 ウィ・ターはすでに、片腕を失っていた。
 盾を失ったウィ・ターと、無傷のギレーヌ。

 俺が見た時、今まさにギレーヌが止めの一撃をウィ・ターへと繰り出す所だった。

「オーベェェェル!」

 ウィ・ターが叫ぶ。
 と、同時に彼は地面に何かを叩きつけた。
 バフンと粉っぽい音が響き、周囲が一瞬にして黒い煙に包まれた。

 マジックアイテムか、あるいは魔道具の類か。
 夜のウィ・ターは黒煙の目潰しを使う。
 ただ知っているのと、実際に見るのとでは大違いだ。
 思った以上に何も見えない。

 濃霧のような視界の中、ウィ・ターの走る音が聞こえる。
 それを追う、ギレーヌの足音。

<目の前に唐突に剣が振り下ろされる>

 慌てて回避した。
 俺のそばを、ウィ・ターが走り抜ける。
 俺を狙ってきた?
 いや、狙いは馬車か?

「任せて!」

 次の瞬間、馬車の扉が開いた、シルフィが転がり出つつ、魔術を放った。
 混合魔術『火炎竜巻』。
 炎と風の混合魔術は黒煙を吹き飛ばし、周囲を浮き彫りにする。

 状況確認。
 ギレーヌ、健在。
 ルーク、健在。
 シルフィ、健在。
 エリスも健在。

 ウィ・ターは路地へと消える所だった。
 逃げたのか?
 まあいい、 ウィ・ターを逃しても、オーベールを仕留めればいい。
 オーベールは……あれ、いない?
 どこだ?

「ルーデウス!」

 エリスの叫び。
 彼女の視線の先を見ると、オーベールが鉤爪を使い、ゴキブリのように城壁を登っていく所だった。
 彼はすげー速度で城壁のてっぺんへと消えていった。
 もう、追い切れない。
 と、呆けている場合ではない。

「ウィ・ターを追います!」

 即座に判断を下し、路地に入る。
 追いつけるか?
 少しだけ、判断を誤ったか?
 ウィ・ターが路地裏に逃げた時、すぐに追いかけるべきだったか。
 奴は片腕を失っている。
 バランスを欠いた体では、そう早くは走れない。
 でも、北神流の事だから、それぐらいの訓練は……。

 と、考えて路地に足を踏み入れた所で、俺は足を止めた。


 ウィ・ターが死んでいた。


 小さな体の真ん中に大きな風穴を開けて、血だまりに倒れていた。
 ずいぶんと既視感のある死に方だった。
 俺はこんな死に方をしたことがある。

 周囲に気配はない。
 だが、居たのだろう。
 そしてやったのだろう。
 オルステッドが。

「ルーデウス……やったわね」

 振り返ると、エリスがいた。
 肩からザックリと斬られ、ダラダラと血を流したエリスが、ニヤリと笑っていた。

「あ、ああ……」

 ひとまず、俺はエリスの肩に触れて、治癒魔術を詠唱した。
 酷い傷だ。
 腱までいっちゃってるんじゃなかろうか。
 肉を切らせて骨を断つというやつなんだろうが、心臓に悪いな。

「ありがとう」

 エリスはお礼もそこそこに、身を翻した。
 通路へと戻り、叫ぶ。

「さっきのはルーデウスが討ち取ったわ!」

 その言葉で、周囲に安堵のため息が流れた。

「すまん、足手まといだったな」
「いや、あたしが仕留めていれば、ルーデウスはオーベールの相手に専念できたのだろうが……」
「ボクこそ、もっと早く飛び出してればよかったよ、ちょっと遅かったね」
「一人逃したけど、まずまずね!」

 と、互いにあれこれ言い合い、死体を片付ける。
 俺も、もっと違う魔術を使っていれば、オーベールを逃がす事はなかったかもしれない。
 足を奪ったと思わず、泥沼でも使っておけば……。

 と、後になって言っても仕方がない。
 戦いは一瞬で、流動的だった。
 細かい事を、ああしていれば、こうしていればと後になって言っても仕方がない。

 今回は、
 北王ウィ・ター。
 北王ナックルガード。
 二人(三人)を仕留めた。
 予定通り敵の手駒を減らすことに成功した。
 オーベールこそ逃がしたものの、大勝といっていい。

 あとは、明日、本番を迎えるだけだ。

『奇抜派! 北神三剣士!』

『孔雀剣』のオーベール
 地形や魔道具等を利用した変則的な戦いが得意。
 派手な装いとは裏腹に地味な技が多い事から、孔雀という名前が定着した。

『光と闇』のウィ・ター
 体の小さい小人族というハンデを覆すため、相手の視界を奪う戦法に長けた。
 彼自身は視界を奪われた状態でも戦える術を持っている。
 故。

『双剣』のナックルガード。
 双子の剣士。鏡写しのようなコンビネーションで相手を圧倒する。
 二人で一人。
 故。

 四人揃って、北神三剣士。
+注意+
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