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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第2章 少年期 家庭教師編

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第十八話「確約」

 そんなこんなで、俺ももうすぐ10歳だ。

 ここ一年間は語学学習に費やした。
 魔神語、獣神語の他に、闘神語も習得できた。
 闘神語は人間語にほど近くて、習得するのはそう難しくなかった。
 英語の中に、ちょこっとだけドイツ語が混じっている感じだ。
 単語や言い回しが違うだけ。
 文法の基礎は人間語と一緒だ。

 この世界の言語は、そう難しくない。
 一つ覚えれば、他でも応用がきく。
 世界中を巻き込んで戦争をしていた影響だろうか。
 もっとも天神語と海神語は文献もなく、使う人もいなかったため、習得することが出来なかった。

 剣術の方は、なんとか中級になれそうだ。
 エリスがたった二年で中級から上級になってしまったので、俺ではもう相手にならない。
 才能の差を感じるね。
 まあ、休みの日にも努力していたみたいだし、そういうものかな。
 俺が言語学習に費やした時間を、彼女は剣術に費やしたのだ。
 差が出てしまうのも当然だろう。

 魔術はフィギュア制作の訓練をする程度だ。
 より細かい作業が出来るようになってきたので、上達はしているはずだ。
 とはいえ、行き詰まっているのも確かだ。
 まあ、こっちは魔法大学で学べばいいだろう。
 焦ることはない。


 それにしても、この世界にきてもうすぐ10年か。
 感慨深いものを感じるね。


---


 誕生日の一ヶ月ぐらい前から、エリスを筆頭に館中の人間がそわそわとして始めた。
 何事だろうか。
 もしかして誰か重要人物がやってくるのだろうか。
 他のグレイラット家の誰かとか、
 あるいはエリスのフィアンセとか……。
 いやまさか、そんなまさか。
 エリスにフィアンセなんて(笑)。

 でも不安になったので、ちょっと調べてみる。

 エリスの後を華麗に尾行。
 すると、台所でエリスとメイドが嬉しそうに会話している所に遭遇した。
 ギレーヌもいたが、どうやら俺には気付いていないらしい。
 その目は料理前の食材なまにくに釘付けだ。

「ルーデウスが驚く所を見るのが楽しみね! 泣いて喜ぶかも!」
「どうでしょう。ルーデウス様のことですから、内心でびっくりしていても、顔には出さないかもしれませんよ」
「でも、嬉しいとは思うわよね?」
「そりゃあもちろん。分家ということで、大変苦労しておられるでしょうから」

 別に苦労はしていないんだが……。
 しかし、一体なんの話をしているのだろうか。
 陰口だろうか。
 うまくやってる自信はあったんだが、
 そう思ってるのは俺だけで、
 この家の人間は迷惑しているという話だろうか。
 だとしたら泣く自信がある。

「ルーデウスの誕生日までに間に合わせないと!」
「焦ってもうまく出来ませんよ?」
「うまく出来ないと、食べてくれないかな?」
「いいえ、ルーデウス様ならたとえ消し炭でも食べます」
「ほんと?」
「ええ、サウロス様がその場にいる限り」

 あ。
 これ、もしかして、あれか。
 サプライズバースデイの準備か?

「ルーデウスも、あんな家の生まれじゃなければね……」

 エリスが不憫そうに言った。
 なるほど、と俺は話の流れに納得して、その場を離れた。

 どうやら俺はあまり表沙汰には出来ない人物らしい。
 そうだな、あんなヤツの息子では隠したくもなろう、と思う。
 が、そういう意味ではない。

 ここ数年で知った話だ。

 パウロの本名は、パウロ・ノトス・グレイラットと言う。
 『ノトス』というのがパウロの貴族名である。
 パウロはノトス家から勘当され、ヤツの弟だか従兄弟だかが現当主となった。
 ま、それはいい。終わったことだ。

 だが、終わったこととしていない人々が何人かいるらしい。
 ノトスの現当主がパウロ以上のクズなので頭をすげ替えようとする一派だ。
 現当主もその気配に敏感で、取って代わられそうな相手は極力排除しようとしている。

 なので、現在ボレアス家で保護されている俺がノトス家であると声高に叫ぶのはまずい。
 俺にはまったくその気は無いのだが、パウロの息子がボレアス家という後ろ盾を得て、ノトス家を取り戻そうとしている、と考えられる可能性が高い。

 権力者ってのは疑心暗鬼が好きだからな。
 最悪、暗殺者を送り込まれるかもしれない。
 だから隠さなければならない。

 さて、それで話は盗み聞きした所へと戻る。

 ルーデウスは不憫。
 本来ならエリス以上の扱いを受ける立場なのに、使用人のごとき扱いを受けている。不憫。
 なので、貴族の中では恒例中の恒例……。
 特別な一日とも言える10歳の誕生パーティーも大々的には行えない。
 不憫だ。実に不憫だ。

 そこでエリスが久しぶりにお祖父様ことサウロスにワガママを言って、内々で誕生パーティーを開催することを決めたらしい。
 館の人間だけの、ささやかなホームパーティーを。
 俺のためにだ。
 泣かせる話じゃないのよさ。


 それにしても危ない所だった。
 知識では知っていたが、
 俺には10歳の誕生日が特別とかいう意識はあんま無いからな。
 まして俺の常識でのパーティーといえば、
 先日のエリスの誕生日のような大々的なものではなく、ホームパーティーだ。
 身内だけでお誕生日会をすると言われても「ああ、そうなんですか。どうもありがとうございます」としか返せない所だった。

 今回は、エリスの企画だ。
 同年代もいなかったし、こういうことをするのも初めてだろう。
 俺が喜ばなければ、彼女もガッカリしてしまう。
 水の魔術を使って泣く練習をしておくとしよう。

 俺は空気が読める男だからな。


---


 当日。
 館中がそわそわとしていた。

 昼の授業を終えると、ギレーヌが俺の部屋にきた。
 珍しく緊張した様子で、シッポがピンと立っている。

「ま、魔術で教えてほしいことがあってな」

 目が泳いでいる。
 どうやら俺をこの部屋に釘付けにしておきたいらしい。
 オッケーオッケー。
 乗ってやろう。

「ほう、どんな事を?」
「聖級の魔術というものを見せてはもらえないだろうか」
「いいですけど、町に被害が出ますよ?」
「なに? どんな魔術なんだ?」
「水聖級は暴風と嵐雷ですね。頑張ればこの町ぐらい水没させられますよ」
「それはすごいな……今度是非とも見せてもらいたいものだ」

 珍しく、やけに持ち上げてくる。
 そういう作戦か。
 よし、ちょっとからかってやろう。

「わかった。そこまで言うならやりましょう。
 2時間ぐらい馬で移動すれば、なんとか範囲の外に出られるでしょうから。
 今から行きましょうか」

 ギレーヌの頬がヒクッと動いた。

「や、いや、まて。
 今からだと帰りが遅くなる。夜は魔物が出やすい。平原でも危険だ」
「そうですか? でもギレーヌがいれば大丈夫でしょう? 獣人族って、音にも敏感だから夜中の警戒もうまいって言ってましたよね」
「か、過信は禁物だ」
「そうですね。聖級を使うと俺も結構魔力使いますし。今度の休日にしましょうか」
「あ、ああ。そうだ、そうしよう」

 キリの良い所で切り上げる。
 普段何事にも動じないギレーヌをからかうのは中々面白い。
 動揺すると尻尾がピンッと動くのだ。
 俺の言葉ひとつで尻尾が動くのだ。
 それだけで幸せな気分になれる。

「あ、そういえばお茶も出さずにすいません。今お湯をもらって……」
「いやいい、構うな。動くな。喉は乾いていない」
「そうですか」

 まぁ、お湯なんて自分で出せるしね。
 気づいてないようだから言わないが。

 よし、この調子なら、俺が外に出ないように全力を尽くすに違いない。
 ちょっとセクハラしてみよう。

「そういえば、今俺が作ってる人形(フィギュア)なんですが」

 と、製作中の1/10ギレーヌを戸棚から取り出す。
 最初の頃に比べ、かなり上達してきた自信がある。
 この筋肉の流線なんかプロ並だろう。

「ほう。これは私か? なかなかうまくできているな。前にエリスお嬢様の人形を作っていた時もうまくできていたが……。
 うん? 尻尾がついていないな」
「どうにもそのあたりの知識が曖昧で、いつもは想像で作っているんですが、
 今回は出来がいいのでリアル志向にこだわってみたいと思いまして」
「ふむ」

 ギレーヌは考えこむような仕草で尻尾を振った。
 ふっ、どんな顔をするか楽しみだぜ。

「見せてもらえませんか?
 尻尾の付け根の部分」
「お安いご用だ」

 そう言って、ギレーヌは俺に向かってぺろんと尻を見せた。
 一瞬の躊躇もなかった。

 すごい!
 さすが僕らのギレーヌだ!
 男らしい!
 こいつは勝てない!

 いや、怯むな。
 まだだ。
 せっかくガードの硬いギレーヌに公然とエロいことができるチャンスなのだ。

「ちょ、ちょっと触ってみてもいいですか?」
「ああ。もちろんだ」

 ぺたりと触る。
 硬っ!
 えっ!?
 ちょっとまって、これ尻?
 尻だよね?
 すげぇ筋肉。
 もうね、鋼みたいに硬い。
 でもなんていうか、柔軟性を感じる。
 なんていうか、理想?
 ちょっとこれにエロさを感じるのは難しいですね。

 憧れの筋肉です。
 男なら誰しも一度は憧れる筋肉ですよ。
 赤筋と白筋の両方の性質を兼ね備えたピンク色の筋肉ですよ!

 マッスル様はエロ神様と対極に存在するありがたい存在です。
 ありがたや、ありがたや。
 俺にも筋肉をお授けください……。

「もう、いいです」

 うちひしがれた気分で、ギレーヌの尻から手を離した。

「一度エリスお嬢様が絵師に自画像を書かせていたのを見て、私も今の自分の姿を残しておきたいと思っていたのだ。
 完成が楽しみだな」

 素で嬉しそうな顔をされた。
 負けた気分だ。
 男として。
 男らしさで。 
 くそう、俺ではギレーヌには勝てないのか……。

「………そろそろ夕飯の時間ですね」
「ふ、ふむ。もう少し先じゃないのか?」

 最後に1回だけ尻尾をピクらせた時、メイドが食事に呼びにきた。


---


 食堂に入った瞬間、拍手が巻き起こった。
 館で一度は見かけた事のある人達が勢ぞろいしていた。
 もちろん、サウロスやフィリップ。滅多に姿を見ないヒルダもいた。

「こ、これは……?」

 後ろを振り返ると、ギレーヌも拍手していた。

「えっ? えっ?」

 うろたえる演技。

「ルーデウス! お誕生日おめでとう!」

 真っ赤なドレスをきたエリスが大きな花束を持っていた。
 うろたえた表情のまま、受け取る。

「あ、そっか。俺、今日、10歳か……」

 予め練習しておいたセリフの後、くしゃっと顔を歪めて、
 袖で目元を覆う。
 と、同時に水魔術を使って目の中から涙を溢れさせる。
 しばらくすると、鼻のおくがツーンとしてきて、鼻が詰まる。

「ご、ごめんなさい。お、俺、こんな……こんな……初めてで……
 ここにきて……失敗しちゃいけないって思ってて……
 歓迎されてないって……失敗したら、と、父様に迷惑がかかるからって……
 い、祝ってもらえるなんて……お、思ってなく……て……ぐすっ……」

 袖をどけてみると、エリスの唖然とした顔が見えた。
 フィリップやサウロス、館の人々も拍手の手をとめて、ぽかんとしていた。
 ヤバイな。演技がクサすぎたか……?

 いや違うな。
 逆か。
 演技がうますぎたか。
 失敗したな、そこそこでよかったんだが。

 はあ。
 こんなことを考えるとは、俺も嫌な大人になったな……。
 まあいいか。
 初志貫徹。
 このままいこう。

 エリスが狼狽えて、「どうしよう、どうしよう」と執事に聞いている。
 俺が泣くのがそんなに大事件か。

 可愛かったので抱きしめた。
 そして鼻声のまま、耳元で囁くようにお礼を言う。

「エリズ、ありがとう……」
「い、いいのよ! ルーデウスは、か、家族なんだから! 当然よ!
 ぐ、グレイラット家としてこれぐらいは、ね! お父様! お祖父様!」

 いつものエリスなら「感謝しなさいよ!」とかいう所だろうが、
 何かいいワケをするようにフィリップに同意を求める。
 見ると、サウロスが吠えていた。

「せ、戦争じゃぁ! ノトスん所と戦争じゃあ! ピレモンをぶっ殺してルーデウスを当主に添えるぞ! フィリィップ! アルフォォンス! ギレェェィヌ! わしに続けぇぃ! まずは兵を集めるぞ!」

 こうして、ボレアス・グレイラット家とノトス・グレイラット家の戦争は幕を開けた。
 血で血を洗う戦争は残り二つのグレイラット家をも巻き込み、アスラ王国を長い内乱の歴史へと引きずり込んだ。
 ………なんてことには、もちろんならず。

「ち、父上、抑えて! 抑えてください!」
「フィリィィップ! 邪魔立てするか! 貴様とて! あんなクソタワケよりルーデウスが当主になった方がいいと思うであろうが!」
「思いますけど落ち着いて! 今日はおめでたい日なんですから!
 それに戦争はまずいです、ゼピロスとエウロスも敵に回します!」
「愚か者ぉ! わし一人でも勝ってみせるわ! 離せ、離せぇぇえい!」

 サウロスは、そのままフィリップに引きずられて退出した。
 唖然。

「こ、こほん」

 エリスは咳払いを一つ。

「お、お祖父様の事は置いといて……。今日はルーデウスがビックリするものを用意したわ!」

 エリスは顔を真っ赤にしたまま、えっへんと胸を張った。
 最近ちょっと大きくなってブラジャーなど付けるようになった、可愛らしい胸を張った。
 今はまだ可愛らしいが、将来はかなり生意気に育つと仙人は言っていた。
 ありがとう仙人。

「びっくり、するもの、ですか?」
「なんだと思う!?」

 びっくりするもの。
 なんだろう。
 俺が喜びそうなもの。
 パソコンとエロゲー。いやいや。

 エリスが思い付きそうなもの。
 俺の境遇。
 家族から引き離されて、何年も一人。
 寂しかろう。
 そんな中での誕生日。
 エリスが自分だったらどんなプレゼントを喜ぶ?
 ギレーヌかお祖父様に来て、祝ってもらうことだろう。
 それを俺に当てはめると……。

「まさか、父様がここに……?」

 エリスの顔が曇った。
 エリスだけじゃない。メイドや執事も、気の毒そうな顔に変化した。

「ぱ、パウロ……さんは、最近、森で魔物が活性化してるからこれないって……で、でもルーデウスなら別に俺なんかいなくても大丈夫だって……ゼニスさんも、子供が急に熱を出したからって……」

 エリスはしどろもどろになって答えた。

 あー。
 一応、呼んだのか。
 まぁしょうがないだろ。
 パウロはあの村では結構頼りにされてるし、
 妹たちが病気なら、リーリャに任せっきりにするわけにもいくまい。

「え、えっと、あのね、ルーデウス。その、ね……」

 エリスがまたオロオロし始めた。
 普段は強気な猫が困ってるみたいで可愛いなぁ。
 安心しなさい。
 パウロはむしろ、こういう場にはいない方がいいんですよ。

「そうですか、父様も母様もきていませんか……」

 気にしていない風を装ってそう言った。
 つもりだったが、涙を出したせいで鼻声だった。
 かなり落胆した風になってしまった。

 すると、メイドさんの中にも鼻をすする者が出てきた。
 失敗した……。
 こんな空気にするつもりじゃなかった。
 ごめん、俺、やっぱ空気読めてなかったよ……。

 と、思っていると、いきなりヒルダが走りこんできて、俺を抱きしめた。
 思わず花束を取り落とした。

「うわっ」

 ヒルダとはほとんど話したことがない。
 彼女はエリスと同じ赤毛を持つ、ザ・未亡人って感じの色気を振りまく妙齢の美女だ。
 タイトルに若奥様とか未亡人とか入っている系エロゲーに出てきそうな人だ。
 もちろん、フィリップが生きている限り未亡人ではないんだけど。

 要するにこの人……てか、おっぱいでけえ!
 もしや、エリスも成長するとこのレベルに……!?
 ああん!

「大丈夫よルーデウス、安心していいの。あなたはもうウチの子よ!」

 俺をぎゅっと抱きしめながら、ヒルダは喚くように言った。
 あれれ?
 この人、俺のこと嫌ってたんじゃなかったっけ?

「誰にも文句なんて言わせないわ! 養子……いえ、エリスと結婚しなさい! そうよ! 名案だわ! そうしなさい!」
「お、お母様!?」

 ヒルダが唐突にテンパりだした。
 さすがのエリスもびっくりだ。

「エリス! あなたウチのルーデウスのどこが不満なの!」
「ルーデウスはまだ十歳よ!」
「年齢なんて関係ないわ! あなたは言い訳ばかりしていないでもっと女を磨きなさい!」
「してるわよ!」

 暴走するヒルダ。
 言い返すエリス。
 入り嫁だと聞いていたが、やっぱりこの人(ヒルダ)もグレイラットの人間か。
 サウロスと同じ気配がする。

「はいはい。また今度ね」
「キャッ! あなた! 何を! 離しなさい! 可哀想なあの子をわたくしが救わなくては!」

 サウロスを抑えて帰ってきたフィリップが、華麗にヒルダを退場させた。
 フィリップは、全員が混乱してる時でも、ただ一人氷のように冷静に状況をみてやがる。
 クールだ。
 大魔導士だ。
 頼れる男だ。あらゆるリファレンスになる。

 さて、気を取り直して。

「で、なんです?
 その、ビックリするものって」

 花束を拾い直して、改めてそう聞く。
 するとエリスは、腕を組んで、ぐっと胸を張り、顎をつきだしたいつものポーズ。
 このポーズも久しぶりに見る気がする。

「ふふふん! アルフォンス! 例のものを!」

 と、エリスが指をパチンと鳴らそうとして、スカッとかすれた音が。
 エリスが赤い顔をして、しかしアルフォンスは気にせず、俺に見えない彫像の影から一本の杖を取り出した。

 杖。
 ロキシーが持っていたのと同じような、魔術師の杖だ。
 節くれだった木製のスタッフ。
 先には高そうなでかい魔石がついている。

 俺は一目みてわかった。
 この杖は、高い。

 杖のランクは木材と魔石で決まる。

 木材の方は各種系統の相性が関係してくる。
 火・土系統と相性のいいクロガキ、
 水・風系統と相性がいいエンジュが一般的だ。
 もっとも、相性が悪ければ威力が減少するというわけではないので、素材はなんでもいい。

 特に重要なのが魔石だ。
 魔力を魔石に通すだけで、なぜか消費魔力はそのままに、魔術の威力が増幅される。
 魔石はピンからキリまであるが、より透明度が高くて大きいものだと効果が高くなる。
 効果と一緒に値段も増えていく。天文学的に。
 俺がエリスとギレーヌに作ったワンドに使用した魔石は、一粒で銀貨1枚。
 もっと安いものもあったが、ロキシーからもらった杖についていた大きさを思い出して、そのサイズにした。

 それが小指の先ほどの大きさである。
 この拳大ほどの大きさの魔石なら、金貨100枚は優に超えるだろう。

 まして、この魔石はやや青みがかった水魔石だ。
 色がついている魔石は色に対応した系統が大幅に強化される。
 そしてお値段も以下略。
 これ一つで一体いくらするか……。

 ちなみに、迷宮で取れる魔力結晶も魔石の一種ではあるが、
 魔石と違い魔力を増幅する効果はない。
 その変わり魔力を内包しているため、杖ではなく魔道具や魔力消費の大きな魔術に用いられる。

 と、俺が杖を見定めていると、エリスが満足気な顔で頷いた。

「アルフォンス、説明よ!」
「はい、お嬢様。
 杖素材はミリス大陸・大森林東部に生息するエルダートゥレントの腕を用いました。
 博学なルーデウス様はご存知かと思いますが、エルダートゥレントはレッサートゥレントが妖精の泉より養分を吸い上げたことで生まれる上位亜種で、水魔術を操るAランクモンスターでございます。
 魔石はベガリット大陸北部、はぐれ海竜より出たAランクの逸品。
 製作者はアスラ王国・宮廷魔術団でも随一の杖製作師(ロッドディレクター)、チェイン・プロキオン」

 おお、すげえ。
 聞いた感じ水魔術特化なのか。
 でもお高いんでしょう?
 いや、この際値段は気にすまい。

 エリスには無駄遣いするなと教えたが、今日ぐらいはいいだろう。
 なんか俺のためにオーダーメイドしたっぽいし、拒否したら気まずい。

「銘は『傲慢なる水竜王』(アクアハーティア)」

 受け取る手が一瞬止まった。
 いま、ちょっと中二っぽい何かが聞こえた。

「受け取って!
 これはグレイラット家からの送り物よ!
 お父様とお祖父様が頼んで下さったの!
 ルーデウスはすごい魔術師なのに、杖を持ってないなんておかしいものね!」

 エリスの声で我に返り、『傲慢なる水竜王(アクアハーティア)』を受け取る。

 見た目に反してかなり軽い。
 両手で構えて、くいくいと動かしてみる。
 魔石がでかいわりに全体のバランスもいい。
 さすが、高いだけはある。
 名前はあれだけど。

「ありがとうございます。パーティーだけでなく、こんな高価なものまで……」
「値段の事なんていいわよ!
 さぁ、早くパーティーを再開しましょ!
 せっかくのお料理が冷めちゃうもん!」

 エリスは上機嫌で俺を引っ張り、巨大なケーキが目の前に鎮座するお誕生日席へと案内してくれた。

「私も手伝ったのよ!」

 なんですって!?






---


 パーティーが始まり、エリスはしばらくマシンガンのように喋っていた。
 俺はうんうんと聞いていたが、エリスは途中からうとうとし始め、最後にはうたた寝を初めてしまった。
 はしゃぎすぎたのか、それとも緊張の糸が切れたのか……。
 ギレーヌがお姫様だっこで寝室に運んでいった。
 お疲れ様。

 サウロスとヒルダも途中から戻ってきた。
 サウロスは俺に酒を飲ませようとしてフィリップに邪魔され、ちょっとイジけていた。
 が、ヒルダに酌してもらい、最終的には泥酔。
 真っ赤な顔に笑みを浮かべ、上機嫌で自室に戻っていった。
 それと同時に、ヒルダも最後に俺におやすみのキスをして、自室へと戻っていった。

 料理もほぼ食べつくし、メイドたちもやや眠そうな顔で空の皿を下げていく。

 フィリップと俺だけが残った。



 二人になってしばらく、フィリップは静かに酒を飲んでいた。
 ワインだろうか。
 エリスの誕生日の時に知ったが、アスラ王国では地域によって飲まれる酒が違う。
 このへんでは麦から作ったものが多いが、お祝いの時にはブドウから作ったものが用意される。

「私は、跡目争いに負けてね」

 ぽつりと、フィリップは語り出した。

「君は、どうしてエリスに兄弟姉妹がいないのか、気にならなかったかい?」

 俺は静かに頷いた。
 気にはなったが、結局聞くことはなかった。

「実はいないわけじゃないんだ。エリスには兄と弟が一人ずついる。弟は君と同い年だ」
「………死んだんですか?」

 すると、フィリップはビックリした顔でこちらを見た。
 思わず、単刀直入に聞いてしまった。
 失敬。

「生まれてすぐに、王都に住む兄に取られたのさ」
「取られた? どういう意味ですか?」
「表向きには王都で勉学を学ばせるための養子。でも本当はただの……伝統かな」

 それから、フィリップはボレアス家の伝統を語ってくれた。
 ボレアス家の跡目争い、それに繋がる伝統を。


 サウロスには十人の息子がいる。
 その中でも、サウロスが特に気に入っていたのは三人。

 フィットア領で町長を務めるフィリップ。
 エウロス・グレイラット家に婿入りしたゴードン。
 そして、王都で若くして大臣職に付いているジェイムズである。
 機関車のような名前だ。
 まあ、それはさておき。

 サウロスは三人のうち誰かを次期当主にすると決め、争わせた。


 結論から言おう。
 次期当主はジェイムズだ。
 フィリップとゴードンは敗北したのだ。

 権力闘争の前半。
 まず、ジェイムズは秘密裏にゴードンをエウロスの令嬢とを引きあわせた。
 お互いの身分がわからないように画策し、恋を燃え上がらせた。
 ゴードンは恋にかまけ、最後にはジェイムズの手引きによって電撃的に婿入り。
 ボレアスの当主の道が途絶えた。

 権力闘争の後半。
 当時、フィリップとジェイムズの状況は伯仲していた。
 互いに裏で糸を引き合い、あらゆる人物を使って戦いを続けた。
 劇的な何かがあったわけではない。
 ただ、フィリップは敗北した。
 地力の差と言えば、それだけの話だろう。

 ジェイムズはフィリップより半周りほど年上だ。
 王都でも顔が広く、大臣の補佐職についていた。
 人脈もあり、金もあり、そしてなにより権力を手に入れた。
 フィリップも優秀だったが、六年分の差はいかんとも埋め難かった。

 彼はフィリップにフィットア領ロアの町長の仕事を与えた。
 王都から離したのだ。
 そして、もし、自分がフィットア領主になったとしても、そのままフィリップに仕事をさせる気なのだ。
 彼は大臣であり、王都を離れるつもりはない。
 フィットアは田舎で、フィリップが力を蓄えて再起を図ることは難しい。

 そして、ジェイムズは、
 フィリップに男児が生まれると、養子と称して取り上げた。

「男児を全部持っていくなんて、横暴じゃないですか?」
「いいよ、それは別に。伝統だし」

 ボレアス・グレイラット家では、生まれた男児は全て次期当主の家で育てられる。
 これは、権力闘争に負けた者を、次代の権力闘争に参加させないための措置である。
 息子を擁立しての権力闘争。
 ありがちな話だ。
 それを防ぐ措置。

 ゴードンの嫁いだエウロス家ではまた伝統が違うらしいが、フィリップは伝統に則り、男児を全てジェイムズへと差し上げた。
 物心付く前から。
 ジェイムズを親だと認識するように。

「私が勝っていれば、立場は逆だったしね」

 フィリップは納得していた。
 彼自身も、サウロスの実子でないのかもしれない。

 しかし、奥方であるヒルダは納得していなかった。
 フィリップにあてがわれた(・・・・・・)彼女は、ごく普通の貴族の娘だ。
 生まれたばかりの子供を取り上げられ、心中穏やかではなかったらしい。
 エリスが生まれるまでは、ずっと不安定だったそうだ。
 エリスが生まれてしばらくは安定したが、エリスの弟がすぐに取り上げられて、また不安定になった。

「彼女は君を嫌っていたよ。自分の息子はここにいないのに、
 なんで他所の子供が我が物顔で館を歩いているんだ、ってね」

 無視されているのはなんとなく気付いていたが。
 そうか、そんな理由があったか。

「しかも、残ったエリスは淑女とは正反対のお転婆だ。どうしようもないと思ったね」
「どうしようもない、とは?」
「娘を使ってジェイムズを失脚させるのも難しいってことさ」

 あ、この人、まだ諦めてないのか。

「しかし、最近、君をみて、まだちょっと希望が出てきた」
「………はあ」
「君はヒルダや父さんを騙せるぐらいの演技もできる」

 騙すとは人聞きが悪い……。
 空気を悪くしないように振舞っただけだ。

「金の事も大事だとわかっているし、社交辞令というものを知っている。
 人の心を得るために体を張る事だって厭わない」

 例の誘拐騒ぎの事だろうか。
 それとも何年もエリスに殴られ続けたことだろうか。 

「そして何より、君のお陰でエリスがあんなに成長した」

 こんな事は想定外だ、とフィリップは言っていた。
 パウロから優秀だとは聞いていた。
 しかし、幼くしてメイドのスカートをめくることを生きがいとするような(パウロ)の息子。
 所詮はちょっと出来のいい悪ガキだろう。
 うちの悪ガキとぶつけ合えば、あるいは何か面白い化学反応が起きるかもしれない。
 その程度の認識だったらしい。

「パウロが泣きついてきた日が懐かしいよ」

 と、フィリップは嘯いた。

 聞けば、パウロは、結婚するからまとまった金と住む場所と安定した仕事が必要だけど、上級貴族には戻りたくない、とフィリップに泣きついたらしい。
 パウロは俺のために土下座したらしい。
 リーリャの時はしなかったのに……。
 まあ、それはいいや。

「エリスは、僕がいなくても、なんとかなったんじゃないですか?」
「なんとか? そんなわけがない。私だってエリスのことは絶望視していたんだ。これはもう、貴族としては無理だから、将来は冒険者にしようとギレーヌに剣術を教えさせるぐらいにね」

 そう言って、フィリップはエリスのエピソードをいくつも語ってくれた。
 聞くに堪えないエピソードばかりだった。
 エリスという名の暴れん坊は、九歳の時にはすでに完成されていたのだ。

「どうだい。エリスと結婚して、一緒にボレアス家を乗っ取らないかい?
 なんだったら、今から君のベッドに両手を縛った娘を置いておこう」

 それは魅力的……。
 あのエリスが縛られて好きにできるなんて。
 最近どうにも性欲の高ぶりを感じるし、最高のシチュエーションで捨てるなんてトンデモナイものを捨てられるのではなかろうか。

 いやいや。まてまて。
 冗談じゃない。
 その前文を読め。
 ボレアス家を乗っ取る?

「10歳の子供に、何をさせようっていうんですか……」
「君もパウロの息子だろう?」
「そっちではなく」
「乗っ取りは私がやるよ。君はただ、座っていればいい。なんなら、他の女の子も付けよう」

 女を与えれば言う事を聞くとでも思っているんだろうか。
 パウロの悪名が憎い。

「……酒の席での話ということにしておきましょう」

 そう言うと、フィリップは静かに笑った。

「そうだね。それがいい。
 でも、ボレアス云々は抜きにしても、エリスのことは好きにしていいんだよ?
 娘には、何の責任もないし、どうせ嫁に出しても戻ってくるだろうしね」

 フィリップは静かに笑った。
 嫁に出し、数日中に夫を殴り殺すエリス。
 簡単に想像できた。
 また、手を出したが最後、フィリップの手の平の上で踊らされる自分の姿も。

「そろそろ寝ようか」
「はい、おやすみなさい」

 こうして、エリス主催の誕生パーティーは終了した。


---


「あ、お、おかえりなさい……!」

 部屋に戻ると、眠ったはずのエリスがベッドに腰掛けていた。

 赤いネグリジェ姿だ。
 今まではあんな格好をしていたことはなかったはずだ。
 なんだろう。
 ちょっと背伸びし過ぎじゃないだろうか。
 ていうか、寝たんじゃなかったんだろうか。

「どうしたんですか、こんな時間に」
「る、ルーデウスも一人で寂しいだろうから、
 今日は一緒に寝てあげるわ……!」

 顔を真っ赤にしてそっぽを向いて、エリスは言った。
 どうやら、さっきのパーティーで両親が来ないのかと言った件を気にしているらしい。
 エリスは12歳にもなって家族とべったりだからな。
 三年も会えないと考えたら、いたたまれない気持ちになったかもしれない。

 いや、案外、ヒルダあたりの策略かもしれない。
 叩き起こしてネグリジェに着替えさせてここに送り込んだのだ。

 しかしこうしてみると……。
 エリスももう12歳だ。
 まだまだ女らしいとはいえない体つきだが、俺のストライクゾーンには入っている。
 外角低めギリギリだが。

 俺の身体はまだ幼い。
 オトコノコの日もまだきていない。
 だが、そろそろだろう。

 ツンデレロリお嬢様のハジメテでハジメテのハジメテを迎える……。
 そんなフレーズを思いついた瞬間、
 俺の脳内を一瞬で34歳住所不定無職 (若干ロリコン気味)が支配した。

(デュフフコポォ オウフドプフォ フォカヌポウ)

 ニキビ面で気持ち悪い笑みを浮かべて、エリスに襲いかかろうとしている幻覚が見えた。
 一瞬で我に返る。

 いかんいかん。
 手を出してはいかん。
 フィリップの手のひらで踊らされる。
 パウロが逃げ出してフィリップが負けるような権力闘争に足を突っ込んでしまう。

「きょ、今日は寂しい気持ちなので、エッチなことをしちゃうかもしれませんよ?」

 ここは丁重にお引き取り願おう。
 エリスは日頃から俺のセクハラを嫌がっているからな。
 こういえば退散するはずだ。

 と、思ったら、意外な答えが返ってきた。

「ちょ、ちょっとぐらいなら、い、いいわよ!」

 まじすか!?
 きょ、今日はぐいぐいきますねエリスさん。
 お、オジさん、
 そんなこと言われちゃうと、
 が、我慢できなくなっちゃうんだな。

 と、思いつつエリスの隣へと座った。
 ベッドがキィと小さな音を立てる。
 もし生前の俺だったら、ギギギとすごい音を立ててムードを台無しにしただろう。

 もう頭の中には、難しいことは何も考えていなかった。

 手のひらの上で踊らされる?
 いいじゃないか。
 三年前のエリスがここまでデレたんだ。
 多少のリスクは甘んじて受け入れるべきだろう?

「声が震えていますよ?」
「き、気のせいよ」
「本当ですか?」

 エリスの頭を撫でる。
 さらりとした髪の毛。
 上級貴族とはいえ、この館には風呂はない。
 なので、毎日髪を洗えるわけではない。

 毎日外で剣術の修行に明け暮れているエリスの髪は、いつもはもっとがさついている。
 今日は俺のために準備して、気飾ってくれたのだ。

「エリスは可愛いな」
「な、なによ、いきなり……」

 エリスは耳まで真っ赤になって俯いている。
 肩を抱いて、頬にチュっとキスをした。

「はう……!」
「触るよ」

 俺は我慢出来ず、エリスの胸へと手を伸ばした。
 まだ小さいが、育ち始めた胸。
 だが、確かにこれがおっぱいだ。
 触ることを許されたオッケー果実だ。
 いつものように恐る恐る、殴られることを覚悟して触るものではない。
 服ごしだが、俺はたしかに今、ロリっこのおっぱいを自在に操っている。

「んー……」

 エリスは感じているわけじゃないだろう。
 ただ、恥ずかしいことをやっている事には気づいている。知っている。
 戸惑いと恥ずかしさをこらえて、涙目になって口をつぐみながら俺を見ていた。
 可愛い。

 そろそろと背中を撫でる。
 剣術の稽古のおかげで、エリスの背中には質のいい筋肉がついている。
 ギレーヌほどではない。
 だが程よく、子供らしくしなやかな筋肉だ。

 エリスが目をギュっとつぶって、すがるように肩を掴んできた。

 あ、もしかして、これ、オッケーなんでしょうか?
 オッケーですよね?
 最後までやれますよね?
 いけますよね?
 よ、よし。
 い、いただきます。

 そう判断して、エリスの内股へと手を伸ばす。
 初めて触る女の子の内股。
 暖かくて、しかし柔らかいだけじゃなく、ぎゅっと肉が詰まっている。

「いやぁっ!」

 ドンッ!
 突き飛ばされた。

 パァン!
 頬を張られた。

 ドガッ!
 蹴り飛ばされて床に転がった。

 ゴッ! ゴッ!
 2回追撃が入った。

 戸惑う俺は、何も出来ずに無防備に食らった。

 仰向けに寝転がったまま見上げる。
 エリスは立ち上がり。
 真っ赤な顔で俺を睨みつけていた。

「ちょっとって言ったじゃない! ルーデウスの馬鹿!」

 そのまま、扉を蹴破るように開け放ち、風のように去っていった。


---


 俺はそのまま、呆然と天井を見ていた。
 何かに操られるように熱を持っていた頭は、もうすっかり冷えていた。

「これだからDTは……」

 自己嫌悪。

 完全に読み違えた。
 突っ走りすぎた。
 途中から相手が子供だってことを忘れていた。
 我を失っていた。

「ああ、くそっ、なにやってんだ……」

 エロゲーをたくさんやって、ヒロインの気持ちがわかった気にでもなっていたか。
 確かに昔は鈍感系の主人公を見て、さっさと押し倒せば解決だ、なんて無責任に思ってた。
 その結果がコレだ。

 プレイヤーの視点ならヒロインの独白を見ることも出来る。
 しかし、主人公の視点では、そんなことがわからないのだ。

 世の鈍感系主人公は、
 十中八九、自分が好きだと確信していても、
 こういうことが起こりうるから、
 気付かないフリをして、少しずつ距離を縮めていたのだ。
 彼らと比べ、俺のなんと浅はかな事か。

 特に、フィリップとあんな会話をした後だ。
 何が、酒の席での話にしておきましょう、だ。
 言った事とやった事が真逆じゃないか。

 エリスを抱けばどうなるかぐらいわかってただろう。
 抱いた、デキた、結婚した。
 3コンボで簡単にボレアス家の仲間入りだ。

 それとも、ドロドロの権力争いは嫌だと言って逃げたのか?
 責任を取らないつもりだったのか?
 一夜だけの関係だと言い逃れるつもりだったのか?

 馬鹿な。

 どうせ毎晩毎晩、猿のようにエリスを求めたに決まってる。
 生前はかなり性欲が強い方だったし、こっちの身体もパウロの事例を見るまでもなく、性欲が強い。
 一度で我慢できるわけがない。
 今日は向こうから来たけど、次からは俺が出向くだろう。
 フィリップもヒルダもそれを望んでいるのだ。
 誰も止める者はいない。
 そして、俺は一時の快楽を餌に、ドロドロの権力闘争に沈んでいくのだ。


 ふと、部屋の隅に立てかけられている杖が目に入った。

「………っ!」

 そうだ。
 エリスの気持ちも忘れていた。

 お金を出したのはフィリップとサウロスだが、
 『杖を送る』ということを思いついたのはエリスだろう。
 俺を喜ばせるために、パーティーを企画して。

 そしてパーティーでの会話を気にして、
 寝る前に俺を慰めにきてくれた。

 今日の彼女は、ずっと俺のことを考えてくれていた。
 それなのに俺は、自分の欲望のままに彼女を蹂躙しようとした。
 純粋に人として俺のことを考えてくれた子を、思うがままにしようとしたのだ。
 メイドと話してた時のエリスの嬉しそうな顔を思い出せよ。
 俺はあれを踏みにじろうとしたんだよ。

「…………はぁ」

 俺はクズだ。
 パウロをどうこう言う資格なんてない。
 誰かに何かを教える資格もない。
 クズは異世界にきてもやっぱりクズのままだったのだ。

 明日にでも荷物をまとめてでていこう。
 クズらしく、ゴミのようにそこらでのたれ死のう。

「あっ…………!」

 気づくと。
 部屋の入り口にエリスがいた。

 半分だけ顔を覗かせて立っていた。
 俺は慌てて身体を起こし、立って……。
 ……いや、このまま土下座だ!

「さ、さっきはごめんなさい」

 亀のように丸まって、土下座。

「…………」

 チラッと見る。
 エリスは目線を泳がせ、
 もじもじと内股をこすり合わせていたが、
 ぽつりと呟くように言った。

「きょ、今日は特別な日だから、特別に、許してあげる……!」

 ゆ、許された……!

「ルーデウスが、すごくエッチだってことは、知ってたもん」

 誰だそんなこと教えたのは……!
 いや、エッチでした。
 すいません。俺です。
 俺がエッチマンです。
 俺が悪いです。
 おさわりマンこっちです。俺です。

「でも、こ、こういうのはまだ早いから……五年!
 あと、五年経って、ルーデウスがちゃんと成人したら、
 その時は……ごにょ……
 そ、それまで我慢しなさい!」
「ははぁ……!」

 平伏。

「じゃ、じゃあ、私、もう、寝るから。
 じゃあね、ルーデウス。おやすみ。また明日から、よろしく」

 しどろもどろになって、エリスは本当に帰っていった。
 走って遠ざかっていく音が聞こえる。
 それが完全に聞こえなくなるまで待ってから、俺は扉を閉めた。


「ふぅぅぅ~~~~~~」

 ズルズルと扉にもたれて座り込む。

「よかったぁぁぁ~~~~~~」

 今日が誕生日でよかった。
 今日が特別な日でよかった。
 もっと酷いことをしなくてよかった。

「そして、よっしゃぁぁぁ!」

 五年後。
 確約!
 あのエリスが!
 約束! 

 よし。
 それまでは二度と軽薄な真似はすまい。

 五年後。
 十五歳だ。
 長い年月だとも。
 だが我慢出来る。
 確実にもらえる商品があるなら、頑張れる。

 それまでは俺は紳士だ。
 変態ではない紳士だ。

 今までのようなセクハラもやめよう。
 酒は何年も寝かせて、初めて味に深みが出るのだ。
 ちょいちょいと味見をしていては、五年後の味が楽しめないかもしれない。
 チャージショットは溜めれば溜めるだけ威力が増すのだ。

 俺はどんなエロイベントにも屈しない強靭な男になる。
 今度こそ、鈍感系主人公を目指すのだ。
 Aボタンを押しっぱなしにして、五年後に放すのだ。

 そう心に誓った。

 イエスロリータ、ノータッチ。



 ん?
 まてよ、今から五年後……?
 鈍感系?

 ……………。

 俺の脳裏に、青白い顔でにこりと微笑むシルフィの顔が思い浮かんだ。



 はわわ……。


---


 翌日、目覚めるとパンツがカピカピだった。
 うっかりAボタンを離してしまったらしい。

 あ、明日から頑張るんだぜ。


 ちなみに、洗濯物を回収しにきたメイドさんに、
 エリスには黙っててくれるように言うと、
 クスクスと微笑ましいものを見る目で笑われた。

 ちょっと恥ずかしい。
:ステータス:
名前:エリス・B・グレイラット
職業:フィットア領主の孫
性格:やや凶暴・所によりしおらしい
言う事:素直に聞く
読み書き:ほぼ完璧
算術:割り算もできる
魔術:無詠唱は無理、中級も難しい
剣術:剣神流・上級
礼儀作法:難しい宮廷作法を勉強中
好きな人:おじいちゃん、ギレーヌ
大好きな人:ルーデウス
+注意+
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