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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第18章 青年期 アスラ王国編

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第百七十六話「アスラ王国へ出発」

前回までのあらすじ:ヒトガミに対抗するため、オルステッドの陣営についたルーデウス。彼は最初の指令として「アリエルの王位争奪戦を手伝う」という任務を負う。最初の一手としてペルギウスの説得に成功したルーデウスは、ヒトガミの影に怯えつつ、アスラ王国へと旅立つ。
 旅のメンバーは八名。
 アリエル、ルーク、シルフィ、エルモア、クリーネ。
 この王女メンツに、俺とエリス、そしてギレーヌが加わる。
 使用するのは二頭引きの馬車が一つと、馬が五頭だ。
 大国であるアスラ王国の第二王女であるアリエル・アネモイ・アスラの出立とは思えないほど、質素な旅支度であった。

 表向きはお忍びでの帰国のため。
 その真実は禁忌である転移魔法陣による移動を世間に隠すためである。

 しかし、お忍びであるにも関わらず、魔法都市シャリーアの入口には大勢の人間が押しかけていた。
 魔法大学の教頭に、生徒会の役員。
 魔術ギルドの本部長。
 魔導具工房の長。
 その他、何かの組織の長や魔法三大国の王族・貴族の代理人が、続々とアリエルを見送りにきたのだ。

 奴らはお忍びという言葉の意味をわかっているのだろうか。
 大々的にパーティを開かないことを意味するのではないというのに。
 ……ま、なんにせよ見送りがあるのは、アリエルの努力の成果だ。

 オルステッドは強大だが、人とのつながりは薄い。
 となれば、いずれ彼らとのコネを使う時がくるかもしれない。
 そう思い、俺も彼らへの挨拶を済ませておいた。


---


 さて、では出発だ。
 移動には、転移魔法陣と馬、馬車を併用する。
 馬車で空中城塞まで行き、馬車に乗ったまま転移魔法陣を使用、赤竜の上顎の北部へと転移し、そのまま陸路で南下するのだ。

 ペルギウスも馬車が進入できる場所に魔法陣を設置してくれた。
 そこまでするなら、いっそアルマンフィをアスラ王国内に送り込み、魔法陣を書いて欲しい。
 なんて言ってみたのだが、ペルギウスを含む13人の内、転移魔法陣を描けるのは二人しかいないらしい。
 ペルギウスと、シルヴァリルだ。

 また、転移魔法陣はどこにでも設置できるというわけではないらしい。
 空中城塞にある魔法陣はペルギウスの魔術によって動くが、受け皿となる魔法陣を起動させておくには、ある条件が必要になってくるらしい。
 その条件とは、すなわち魔力だ。
 かつて、転移魔法陣というものを作り上げた天才は、魔力濃度の濃い場所の特性を活かし、周囲から魔力を吸収して、半永久的に魔法陣を活性化させる魔道具を作り出した。
 つまり、魔力濃度の濃い場所にしか、転移魔法陣は作れない。

 俺がベガリット大陸に赴く際に使った魔法陣が森や砂漠の奥にあったのは、そういう理由によるものだろう。

 もちろん、後の研究により、定期的に魔力結晶を取り付けることで活性化させておく事はできるようになった。
 魔力結晶による、手動供給型の魔法陣だ。
 アスラ王国は『魔力濃度が薄い』ため、ほとんどの魔法陣がその形式だそうだ。
 緊急時に魔力結晶を取り付けて、必要のない時ははずしておく。
 魔力結晶を取り付けるべき場所は、限られた人間しかしらない。

 今回、破壊されたのは、魔力結晶を用いるタイプと用いないタイプ、全てだ。

 場所と、装置と、魔法陣。
 三つの知識がなければ、転移魔法陣を作ることはできない。

 では、どうやってペルギウスはアスラ王宮に来るつもりなのか。
 という点については、お前が気にする必要はない、と教えてくれなかった。
 アリエルは知っているようなので、何かサプライズな登場をするつもりなのだろう。


ーーー


「すごい! すごいわよ! ルーデウス! ほら見て! 町が豆粒みたい!」

 空中城塞へと転移した瞬間、エリスが喝采を上げた。
 馬を飛び降りて空を見下ろしたり、城を見上げて感嘆の声を上げ始めたのだ。
 とても二十歳の女性とは思えないほどのはしゃぎっぷりに、俺達は苦笑せざるを得なかった。
 なんとも微笑ましい。

 そんなエリスの態度に上機嫌となった者もいる。
 魔法陣前に待機していたシルヴァリルだ。
 彼女ははしゃぎまくるエリスを見て、自慢気であった。
 仮面越しにもわかるほどに。

「空中城塞ケィオスブレイカーからの風景は、お気に召していただけたでしょうか」
「最高ね! こんなの初めてよ!」

 エリスの屈託のない笑顔に、シルヴァリルのエリスに対する好感度が上昇していく。
 人間、素直であるという事が一番なのだろう。

「そうですか、わたくしはペルギウス様の第一の僕、空虚のシルヴァリルと申します。以後、お見知りおきを」
「エリス・グレイラットよ!」

 エリスは城の中に入りたくてウズウズしているようだった。
 シルヴァリルもそれを察してか、嬉しそうに周囲を警戒しつつ、案内を始める。
 俺たちはそれを微笑ましく見守りながら、追従した。

 シルヴァリルがエリスにあれこれと説明しながら案内したのは、謁見の間だ。
 出発の前にペルギウスに挨拶をする予定なのだ。

「来たか」

 ペルギウスは前と同じように、精霊に囲まれて椅子にふんぞり返っていた。
 今回は挨拶のみ。
 という事でアリエルが前に出て、堅苦しい口上を口にしようとした時。
 エリスがずいっと前に出た。

「なんだ、貴様は?」

 ヒヤっとした。
 俺の脳裏には、エリスが拳を握りしめてペルギウスに殴りかかる光景が浮かんでいた。
 いくらペルギウスとはいえ、堂々と真正面から喧嘩を売られては、寛大ではいられないだろう。
 俺が慌てて止めようとした所、エリスはサッと片膝をついた。

「お初にお目にかかります。先日ルーデウスの妻となりました、エリス・グレイラットです。お見知りおきを」

 あっけに取られた。
 ちょっとまって、今、そこで畏まっているのは、どこの誰?

「甲龍王ペルギウス・ドーラだ。
 エリス・グレイラット。知っているぞ、剣王の位を拝領し、オルステッドに挑みかかった『狂剣王』だな」
「いまだ未熟な身の上なれど……」
「ほう」

 エリスが謙遜の言葉を発しているが、棒読みだ。
 もしかすると、丸暗記かもしれない。

「エリス・グレイラット。貴様のその殊勝な態度、気に入った」

 ペルギウスは嬉しそうだ。

「ならばこそ我も詫びよう。八年前、我が配下が貴様を襲ったことをな」

 エリスは顔を上げ、訝しげな表情を作った。
 あの顔は、覚えてないって顔だ。

「気にしてないわ!」
「そうか……感謝しよう」

 ペルギウスはククッと笑い、ぞんざいに手を振った。
 エリスは立ち上がり、満面のドヤ顔で俺の方に歩いてきた。
 これぐらい、やろうと思えば出来るんだからね、と言わんばかりの顔だ。
 わざわざ練習していたのかもしれない。

 ともあれ、ペルギウスはエリスのことが気に入ったようだ。
 俺の時とは態度が違う。
 やはり、裏表のない人間ってのは、皆に好かれるな。
 仲良きことは良いことだ。

「皆様、こちらへどうぞ」

 アリエルが挨拶をした後、俺達はシルヴァリルの案内で、謁見の間を退出した。


 転移魔法陣は、俺たちが使用していた出入口から、ぐるりと回った所にあった。
 今は何もない、ガランとした巨大な広間の奥で、転移魔法陣はほのかな光を放っていた。
 その広間についてシルヴァリルがあれこれと説明していたが、割愛しよう。

 俺たちは魔法陣へと乗り込んだ。


---


 転移魔法陣先は、遺跡だった。
 転移魔法陣の遺跡だ。
 ラノア王国の近くにもベガリット大陸にもあったヤツだな。

 オルステッドによると、昔はこうした遺跡がもっと大量に存在しており、さまざまな人種が大陸間の移動を自由にしていたらしい。
 それが、戦争で悪用されてからは全面的に禁止となった。
 こうして隠されているのは、ある龍族がそれを嫌い、自分の使用していた遺跡に結界を張ったからだそうだ。
 どこの世界にも、自分の都合で世間に逆らう奴はいるものだね。
 そのおかげでこうして楽に移動できるのだから、責めるつもりは毛頭ないが。


 遺跡は鬱蒼とした森の中にあった。
 事前に地図で確認した情報によると『赤竜の上顎』と呼ばれる渓谷の、やや北西だ。

 しかし、そこで問題がおきかけた。
 転移魔法陣で馬車ごと転移したのはいいが、馬車が遺跡から出られなかったのだ。
 これだけ何人もいて、そこを考えていなかったのか……。

 そう呆れ掛けた所で、アリエルの従者二人が、おもむろに馬車を分解し始めた。
 二人はなれた手つきで馬車をバラバラにすると、遺跡の外に運び出してしまった。
 やけに小さい馬車だと思っていたが、組み立て式だったらしい。
 そこから、馬に馬車のパーツを積んで、街道付近まで移動。
 街道付近で馬車を組み立てれば、あっという間に元通りだ。

 街道に出る頃には日が暮れたので、街道付近でキャンプを張り一夜を明かす事となった。

「ふぅ……」

 焚き火を囲み、飯の用意をする。
 周囲に森のあるこの場所では、薪も食料も心配なかった。
 というか、森の中で襲ってきた魔物から回収済みだ。
 獣系の魔物とトゥレント、それに野草をいくつか。
 本当にトゥレントはどこにでもいるな。
 俺の家にだって住み着いているぐらいだし、もしかするとこの世界の次の支配者はトゥレントかもしれない。

 普段なら地面にそのまま座る所だが、従者の片方が絨毯を持ってきていた。
 さすが王女御一行というべきか。

 料理は従者二人とシルフィが担当していた。
 手伝いを申し出たが、やんわりと断られた。
 まあ、シルフィの手際を見るに、俺が手伝っても邪魔になるだけか。
 一応、食器や料理道具が足りないようなら作るから、とだけ伝えておいた。

 料理の最中は手持ち無沙汰。
 ならば周囲の警戒をしようかとも思ったが、すでにエリスとギレーヌが歩哨に立っており、俺の出番はなさそうだ。
 この旅では、俺のすべき仕事が無い。
 こんな事は初めてだ。
 一人で旅をして、各所のパーティにお邪魔してもらっていた頃にも経験した事がない。
 あの頃は、魔力に余裕のある俺は便利な雑用として重宝された。
 食器の製作から水の精製までだ。

 魔術が使える従者が何人かいるだけで、ここまで俺の仕事は無くなるらしい。

 ま、俺がやるべきはアリエル王女の世話ではない。
 ヒトガミと戦うことで、誰がヒトガミの使徒かを見極め、そいつを倒す事だ。
 今の予想では、ルークと、ダリウスと、あと一人。
 可能性として高いのは、北帝か水神。
 それぞれの対処法はオルステッドに聞いている。
 俺は教わった通りに脳内で何度もシミュレーションして、実戦で試せばいい。

「……それにしても」

 呟きつつルークを見る。
 彼は立派な鎧姿で、アリエルのすぐ傍に立っていた。
 いざという時に、即座にアリエルを庇える立ち位置だ。

 ……もし、ルークが人神の使徒だとして。
 俺が彼を殺さないと判断したとして。
 オルステッドはルークをどうするつもりなのだろうか。
 ルークはアリエルにとって重鎮だ。
 王になった後も助けになるというのなら、ヒトガミの使徒であるのはまずいのではないだろうか。

 いや、アスラ王国がオルステッドの助けになるのは、将来的な話だ。
 という事は、その頃にはルークは死んでいるだろう。
 だから、あまり関係が無いのか。
 でも、王になったアリエルがすぐに死んでしまったら意味が無いのではなかろうか。
 いや、きっと『アリエルが王になる』というイベントが、そのまま転換点になるのだろう。
 あるいは『第一王子が王になる』というイベントが、バッドエンドのフラグになるとか。
 うーむ……一応、次の機会にでも聞いておくか?
 教えてくれるかどうかはわからんが。

 オルステッドは100年後のことについては詳しく教えてくれない。
 ヒトガミが「自分が死ぬと世界が滅ぶ」と言っていた件についても聞いたが「その可能性もある」とだけ返された。
 ヒトガミさえ殺せれば、後の世についてはどうでもよさそうな感じだった。

 まあ、将来的に世界が滅ぶのだとしても、俺にそこまで気にする余裕は無い。
 今は家族を守るので精一杯だ。
 無責任だろうが、知ったこっちゃ無い。
 未来の出来事は、未来の人間が片をつけるべきなのだ。

 でも、俺の子孫が『世界が滅ぶ』ことを承知でオルステッドに手を貸すのだろうか。
 知らずに、手を貸してしまうのだろうか。
 後者なら、ちと可哀想だ。
 一応、その可能性がある、ということについても、文章で残しておいた方がいいかもしれないな。

「ルディ、ご飯できたよ。エリスとギレーヌも!」

 その言葉で、思考は中断された。
 まあ、アスラ王国から帰ってきた後にでも、日記は書くべきだろう。
 忘れっぽいしな。


 夕食は美味しかった。
 さすがシルフィというべきか。
 それとも従者二人もすごいのか。
 食材も満足にない状態で、よくもまぁ、ここまでうまく作れるものだ。
 今度、暇があれば教わっておくか。


---


 夜。
 アリエルのみがテントを使い、残りは交代で見張りをする。
 見張りは二人一組。
 とはいえ、アリエルを除けば7人だ。
 少しだけ三人一組となる時間帯がある。

 その時は、一名が周囲の見回りをする。
 俺、シルフィ、エリス、ギレーヌ。
 能力的に見て、一人で魔物を打倒しうる者だ。

「周囲の見回りをしてきます」

 初日は俺の番だ。
 俺は他の者に一言告げると、焚き火から離れた。
 向かう先は森の奥。

 周囲は真っ暗闇で、手に持つ松明だけが明かりとなる。
 もっとも、俺はこの周辺に魔物がいないことを知っている。
 油断するつもりはないが、警戒はそこそこだ。

「……」

 そうして五分ほど歩いたか。
 焚き火から十分に離れたあたり。
 暗がりから唐突に、ソイツが現れた。
 銀髪金目の三白眼。
 悪魔のような恐ろしい顔をした男が、暗闇の中に浮かんでいたのだ。

「ひっ!」

 思わず悲鳴が出て、松明を取り落としかけた。

「ハッ……失礼。お疲れ様です。オルステッド様」
「ああ」

 俺は挨拶をしつつ、近くの木の根に座った。
 オルステッドもまた、俺と向かい側の木の根に腰を下ろす。

 オルステッドは、俺たちを追尾している。
 その事は、ペルギウスも知っているだろう。
 魔法陣は使っただろうし。
 そんな彼と旅の間は、こうして定時連絡を取るのだ。
 あまり頻繁に連絡を取っても怪しまれるので、数日に一度。
 見回りの番の時だけだ。

「どうだ?」
「ルークに特に怪しい動きはありません。旅も順調です」

 と、定時連絡を済ませる。
 初日だし、特に言うべきことはない。
 オルステッドもそれについては期待していなかったようで、追求して何かを聞いてくることはなかった。

「そうか。しばらくは何もあるまい」
「はっ」
「ただ、赤竜の上顎を抜けたあたりでは注意しろ」
「ははっ」

 赤竜の上顎。
 赤竜山脈によって隔てられた、アスラ王国と北方大地を繋ぐ谷だ。
 大きな馬車がすれ違える広さを持つ、一本道の谷。
 ちなみに、かつて俺がオルステッドに殺されかけたのは、赤竜の下顎となる。

 この谷を抜けた先には、大きな森がある。
 アスラ王国でも有名な森だ。
 その森には『赤竜の顎ヒゲ』という名前がある。
 だが、その北にある渓谷とひっくるめて赤竜の上顎と呼ばれる事が多い。

 一応、そこもアスラ王国の一部なのだが、アスラ王国の国境は森より南にある。
 森の南側を塞ぐような形で、万里の長城のような城壁が作られており、何百という兵士が在中しているのだ。
 魔物を南側に行かせないようにするため、北からの侵攻に備えるため。
 理由はさまざまだ。

 そして重要なポイント。
 この深い森は、要人を始末する時によく用いられる場所なのだ。
 国外であり、森に入ってしまえば目撃者もいない。
 森の中には、強力な魔物や、南北を股をかける盗賊団も跋扈している。
 人知れず、誰かを始末するには、うってつけの場所だ。

 もし、ダリウスが、ヒトガミより助言を受けていたならば、そこで襲撃を掛けてくるだろう。
 なにせ、赤竜の上顎より北に兵士を派遣するのは他国との干渉になりうる。
 関所よりも南だと、アスラ王国内で王女が襲われたという事件はニュースになる。
 双方とも、状況次第ではダリウスにとってマイナスとなる。
 ゆえに、最初に仕掛けてくるのは、ここ。
 ここなら、一番リスクが少なく、アリエルを始末できる。
 オルステッドはそう睨んでいた。

「では、予定通りという事で」
「ああ」

 襲撃があれば、街道を通るルートの危険性を示唆できる。
 このまま街道を通るのは危険だから、別ルートを通りましょう。
 と、流れるようにトリスのいる盗賊団と渡りを付ける方向へと持っていける。

 襲撃が無ければ、その時はオルステッドが動く。
 自作自演だ。
 そのために、あらかじめ召喚魔法陣の描かれたスクロールと、魔力結晶を用意してある。
 召喚獣がこのあたりの魔物ではないから何者かの妨害だろう、という言い訳も用意してある。
 すべて、予定通りだ。

「襲撃があった場合、北帝オーベール・コルベットが出てくる可能性が高い、奴には気をつけろ」
「はい。それも予定通りで」
「……ああ」

 もしアスラ王国が北帝と水神を雇い入れているなら。
 襲撃者として、北帝を派遣する可能性が高い、オルステッドはそう見ていた。
 オーベールという剣士は、そういった仕事が得意なのだそうだ。

 北神流を体言するかのような奇抜な剣士。
 服装から髪型、戦い方に至るまで、すべてが奇抜。
 奇襲の申し子。
 『孔雀剣』オーベール・コルベット。

 彼や水神と戦う可能性については、事前にエリスにも伝えてある。
 エリスは一時期、オーベールやレイダに剣術を習っていたそうだしな。
 師と戦うのは、さぞや辛かろう。
 そう思ったのだが、彼女は「そう、腕が鳴るわね!」と腕を組んで答えただけだった。

 二人とは、ギレーヌのような関係を築けなかったのだろうか。
 ていうかエリス、剣の聖地に友達とかいなかったんだろうか。
 ちょっと心配だ。

「心配だな」
「何がですか?」
「お前だ」
「……」
「戦いを前にしているというのに、楽観的に見える」

 楽観的。
 そうだろうか。
 そうかもしれない。
 とはいえ、準備はした。
 対処法についても、聞いた。
 オーベールがくるとは限らないが、何通りかのシミュレートはしてある。
 恐ろしい相手だという事も、頭ではわかっている。
 後は、冷静に対処するだけだ。
 万全とは言いがたいが、それでも必要以上に緊張する必要は無い……はずだ。
 むしろ、今の段階ではリラックスしておいた方がいい……はずだ。

「一応、これを持っておけ」

 オルステッドは、懐から数枚の紙束を取り出した。
 複雑な魔法陣の描かれたスクロールだった。

「王級治癒魔術の魔法陣だ。
 お前は治癒魔術を上級までしか使えないと言っていたからな。
 いざという時には、それを使え」
「……はい」

 王級の治癒魔術は、どこまで治るんだったか。
 腕とか欠損しても、再生できるんだったっけか。
 俺の防御力と回避力、そして相手の攻撃力。
 それを踏まえると、これぐらいの回復力はあった方がいいだろう。

「王級の治癒魔術にも魔法陣ってあるんですね」
「この世界にあるほとんどの魔術は魔法陣で再現が可能だ」
「ほとんど……ってことは、再現できないものも?」
「特殊な発動方式を持つ固有魔術は、その限りではない」
「例えば?」
「獣族の使う吠魔術、王竜の使う重力魔術……。
 そういったものは、理を解せねば、使う事はできない」

 吠魔術ってのは、俺が音声魔術って呼んでる奴か。
 一応、俺も相手をびっくりさせる位はできるんだよな。
 大声で相手がビクッとなるだけだから、魔術としての体を為しているかどうか微妙なところだが。

「未来のお前は重力魔術を使いこなしていたと聞くが、
 おそらく、それを使いこなすまでに相当の時間を要しただろう。
 研究と、理解と、訓練の時間だ」
「……オルステッド様は、すべての術を使えると聞きました。
 重力魔術も使えるのですか?」
「ああ。あまり使い勝手のいいものではないがな」

 おお、使えるのか。
 流石だな。

「……生まれた時から使えたわけではなく、やはりそうやって一つずつ、覚えていったのですか?」
「そうだ」

 なるほどね。
 現時点では、できると聞いても原理の想像すらできないが。
 長い時間を掛ければ、自然と思いつくものなんかね、反重力とかそういうのは。

 まあ、出来るかどうかわからないものを追求するより、今は目の前の事を片付けよう。
 そういう方面に目を向けるのは、もっと余裕のある時でいいだろう。
 よし。
 あと聞くべきことは……ルークの事か。

「そういえば、オルステッド様。
 もしルークがヒトガミの使徒だとして、俺に生殺与奪の判断をくれましたよね?」
「ああ」
「もしそれで殺さず、アリエル王女を王にすることができたら、彼はどうなるんですか?」
「どうにもならん、その時には、奴もヒトガミの呪縛から逃れているだろう」
「ヒトガミの使徒は三人までなんですよね? 放置しておいて大丈夫なのでしょうか?」
「問題ない、人間がヒトガミの使徒でいられるのは、奴の未来予知の結果が出るまでだ」

 未来予知の結果が出るまで?
 おいおいオヤブン、そういう大事な事は、もっと早く言っといてほしいな。
 するってぇとなにかい、戦いの最中で使徒が変化するって事態もありうるわけかい?

「そして、奴の未来予知は、ある転換点が境となる。今回の場合は、アリエルがグラーヴェルとダリウスを退けて王となるか否か、といった所か」
「それまで、使徒は変化しない、と?」
「ああ」

 むぅ、大事なことを後になってから……。
 まあいい。
 知れただけでもいいとしよう。
 この一件が終わるまでは、使徒は変わらない。
 逆にいうと、その一件が終わってしまえば、自動的に使徒ではなくなる、という事だ。
 まあ、再度使徒にされる可能性は残っているが。

 そしてオルステッドの口ぶりからするに、
 その未来予知の結果が出るまでに使徒が死んでも、使徒枠は残ったままなのだ。
 なるほど、殺せというわけだ。

「……では、戻ります。あまり遅くなると、不審に思われますので」
「わかった」

 そう言って、オルステッドとの定時連絡を終えた。

 足早に焚き火へと戻り、周囲に異常が無いことを報告。
 時間通りに交代し、毛布にもぐりこんだ。


 こうして、アスラ王国への旅の初日は過ぎていった。
+注意+
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