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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第2章 少年期 家庭教師編

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第十七話「言語学習」

 10歳の誕生日以来、エリスが素直になった。
 授業も真面目に聞いてくれるようになり、殴られることも少なくなった。

 俺はドメスティックバイオレンスの恐怖から解放され、
 心に余裕を持つことが出来た。

 なので、自分の勉強をすることにした。



 まずは、書庫で見つけた歴史書より、この世界の大まかな歴史を調べてみる。

 歴史書によると、世界は10万年前からあったらしい。
 実にファンタジックな歴史だった。

 大まかに年表で分けると、以下のような感じだ。

--10万年以上前--
 世界は7つに分かれていて、それぞれ神が世界を支配していたらしい。
 これを太古の神の時代、と呼ぶらしい。

 7つの世界と神はそれぞれ、
 人の世界、人神。
 魔の世界、魔神。
 龍の世界、龍神。
 獣の世界、獣神。
 海の世界、海神。
 天の世界、天神。
 無の世界、無神。
 こんな感じだ。

 当時、世界は結界のようなもので隔絶されており、簡単には行き来できなかった。
 一つの世界の住人は、他に世界がある事など知らなかった。
 他の世界があることを知っていたのは、一部の神や、
 隔絶した結界の存在を通り抜ける事のできる、
 力の強い人物だけだったという。

--2万~1万年前--
 龍の世界に悪い龍神が誕生する。
 凄まじい力を持った龍神は結界をぶち破り、
 《五龍将》と呼ばれる配下を操って他の世界を滅ぼした。

 滅ぼされた世界の生き残りは住む場所を追われ、
 最後に残った人の世界へと逃げこんだ。

 あと一つ、という所になって《五龍将》が龍神を裏切った。
 《五龍将》筆頭である龍帝と四人の龍王は圧倒的な力を持つ龍神と戦った。
 五対一の死闘。
 結果は相打ちであった。

 その戦いの余波により龍の世界は崩壊した。
 そして人の世界だけが残った。
 これが、この世界である。

--1万年前~8000年前--
 混沌の時代と呼ばれている。
 元々住んでいた人族の祖先と、別世界の住人とが入り乱れて戦っていた時代。
 この時代の文献はほとんどない。
 が、学者によると、長い年月を得て、各種族が住み分けられたと考えられている。
 獣族は森に住み、海族は海を支配し、天族は高地を確保した。
 龍族はほとんど残っていなかったが、人目を避けてこっそり暮らし、
 無族はどこでも暮らせたので、どこにでもいた。
 そして、人族と魔族だけが平地で争った。

 当時は、中央大陸と魔大陸は陸で続きで、巨大陸と呼ばれていたそうだ。

--約7000年前--
 武技や魔術が発達し、人も増えてきた。
 ここで第一次人魔大戦が起きる。
 人魔大戦とは文字通り、人族と魔族の大規模な正面衝突だ。
 生前の世界でいう所の世界大戦だろう。
 人族、魔族だけでなく、他の種族も巻き込んでの長い戦いだ。

--約6000年前--
 人魔大戦は激戦状態と小康状態を繰り返しながら1000年も続き、
 勇者アルスが六人の仲間を率いて、《五大魔王》と《魔界大帝キシリカ》を倒すまで続いたらしい。
 名前からするに、魔界大帝は女性だろう。
 俺の頭の中では、ボンデージファッションに身を包んだエリスが高笑いしている姿が浮かんだ。
 てか、勇者アルスってドラ○エかよ。

--約5500年前--
 人族というのは愚かなもので、魔族を倒した自分たちは強いと勘違いし、他種族に戦争を挑んだり、
 人族同士で争ったりと、戦いの日々を送ったらしい。
 ちなみに、魔族は奴隷として扱われていたのだとか。
 500年近くも戦国時代が続いたらしい。

--5000年前--
 第二次人魔大戦勃発。
 1000年の鬱憤を晴らすように、《魔界大帝キシリカ》を筆頭に魔族が決起した。

 またキシリカ………襲名制なのか?
 と、思ったが、なんでも不死身の魔帝なので、死んでも1000年ぐらいで復活するらしい。
 魔界大帝と呼ばれているのも他の魔帝より頭ひとつ上の存在だからなのだとか。

 魔族は獣族と海族を仲間に引き入れ、人族を圧倒。
 人族を追い詰める。

--4200年前--
 第2次人魔大戦終結。
 戦争大好きな人族は、800年も敗北宣言をせずに戦いつづけ、ついに押し返したらしい。

 なんでも、黄金騎士アルデバランという英雄が頑張ったのだとか。
 こいつがとんだチート野郎で、
 一人で1万を超える敵軍を蹴散らし、魔族の有力者を全て倒し、当時の魔界大帝と一騎撃ち。
 最後に放った大技で当時の巨大陸に大穴が空き、
 中央大陸と魔大陸にわかれ、リングス海ができたのだとか。
 一説によると、人神その人だとも言われている。
 俺の知っているアルデバランと言えば、必殺技を放てば必ず殺される男だが、この世界の黄金○闘士は規格外に強いようだ。

 大陸云々は眉唾だが、この戦争で大陸が二つに分かれて、真ん中に新しい海ができたのは事実なのだとか。
 ともあれ、大陸が二つにわかれたおかげで、念願の平和が訪れることとなる。

--4200~1000年--
 ここで年代が一気に飛ぶ。
 世界は平和だったが、徐々に魔族が中央大陸より駆逐される。
 人族は狡猾で、外交的手段を用いて、魔族を魔大陸に閉じ込めたのだ。

 中央大陸は自然豊かで暮らしやすい土地。
 魔大陸は魔力溜まりのできやすい不毛な大地。
 人族は下賤な魔族を魔大陸に押し込めようと、3000年以上掛けてゆっくりじわじわ真綿で首を締めるように、魔大陸を封鎖した。
 他の種族と連携を取り、二度と人魔大戦が起きないようにと願いを込めて。

 恐らく、魔族も抵抗はしただろう。
 外交的手段を用いて、ゆっくりと攻めてくる相手に、しかし戦争まで起こす事はないと。

 いつしか魔族は魔大陸より出られないことを疑問に思わなくなった。
 そして、過酷な環境と僅かな資源の奪い合いで、自然と内乱状態となっていく。
 魔族は自然と鍛えられ、しかしその数を減らしていった。

--1000年前--
 魔神ラプラス誕生。
 長い歴史の中で、魔王・魔帝は数多けれど、
 魔神と呼ばれる人物はこのラプラスただ一人だ。
 ラプラスは、瞬く間に魔族をまとめあげ、魔大陸を平定した。

 当時の戦いの記録は残っており、戦記にもなって語り継がれている。
 今もなお、ラプラスは魔大陸のアイドルなのだ。
 ラプラスは長い年月を掛けて、統一魔界帝国を作り、魔族という種族全体をタフで強靭に育てていく。

--500年前--
 ラプラス戦役勃発。
 長い年月を掛けて海族と獣族を説得し、ラプラスは中央大陸へと攻め入った。
 人族は、それまでとは比べ物にならないぐらいキツイ戦いを強いられた。

 まずは南から侵攻し、人族の戦力を南部へと集める。
 中央大陸にレッドドラゴンを放ち、山を通行不能にする。
 北方より侵攻して、人族を分断させ、一気に南部を攻め落とす。
 そんな感じで、あっという間に中央大陸の北部と南部を制圧し、二方向から西部に侵攻した。

--400年前--
 追い詰められた人族は、最後の賭けに出た。
 七人の英雄が海族を説得して海の封鎖を解除、海路にてミリス大陸を目指した。
 ミリス大陸は侵攻を免れていた。
 理由は多い。
 聖ミリスの結界と屈強な聖騎士団、
 大軍が上陸しにくい地形、等など。
 また、彼らが引きこもっていたのは、北にある大森林の存在のせいだ。
 獣族は魔族と同盟を結んでおり、ミリス神聖国ににらみを効かせていたのだ。

 なので、七人の英雄は獣族を説得した。
 説得というか、七人で獣族の各族長を周り、子供を人質に取ったりして恫喝したらしい。
 かなり美化して、子供が協力してくれた、なんて書き方をしてあるがね。
 俺は騙されんよ?

 決戦予定日。
 当時唯一残っていた人族の国であるアスラ王国は、総力を持って決戦を挑んだ。
 やや時間をおいて、七人の英雄はミリス聖騎士団と獣族を率いてラプラスの本陣を強襲。
 激戦の末、七人の英雄のうち四人が死亡したが、ラプラスの側近を全滅させ、魔神ラプラスを封印することに成功する。
 生き残った三人。
 龍神ウルペン、北神カールマン、甲龍王ペルギウス。
 彼らを《魔神殺しの三英雄》と呼ぶ。

 ……殺してねーだろ。

 ラプラスは倒したものの、人族はかなり疲弊しており、これ以上戦い続けるのは無理だった。
 そこで、ラプラスについていけなくて魔大陸に残っていた穏健派の魔王と条約を結んだ。
 魔大陸の封鎖は解かれ、魔族は他の大陸でも大手を振って歩けるようになった。
 その他にも、魔族だからと差別されていた部分が条約によって禁止された。
 生前の世界でいうなら、世界人権宣言である。

--~現代--
 中央大陸において魔族を差別する風潮は根強く残っているが、概ね平和である。


 この話でわかったことが幾つかある。

・七がキリのいい数字と言われている理由
 これは歴史からくるものなのだ。
 七英雄、七世界。
 縁起がいい数字は七。
 六が不吉。
 《五龍将》とか《五大魔王》とかいるが、ボスを含めれば六だ。

長耳族エルフ炭鉱族ドワーフ小人族ホビットといったもろもろの種族
 彼らは分類としては、一応は魔族であるらしい。
 が、混沌時代に生まれた新種という説もある。
 もしかすると、最初の方に出てきた無族とも関係しているのかもしれない。

 ちなみに、これだけ長い歴史が残っているのは、寿命が無い種族がいるからだそうだ。
 魔界大帝キシリカもそうだし、他にも不死身と呼ばれている魔王は数多くいるらしい。
 体を不死身にする、そういう魔術があるのかもしれない。


---


 歴史を学んだことで、この世界にある言語についても多少知ることができた。

 この世界で使われている主な言語は以下の通りだ。

・中央大陸で使われている人間語。
・ミリス大陸で使われている獣神語。
・ベガリット大陸で使われている闘神語。
・天大陸で使われている天神語。
・魔大陸で使われている魔神語。
・海全般で使われている海神語。

 要するに、そこに住んでいる種族の神の名前が使われている。
 だが、人間だけは人神語ではない。
 罰当たりめ。

 人間語を使う中央大陸は三部に分かれていて、それぞれの人間語もちょっとずつ違う。
 が、せいぜいアメリカ英語とイギリス英語ぐらいの違いでしかない。

 俺が使っているのは中央大陸西部の人間語だ。
 西部の言葉を北部でしゃべっても通じる。
 だが、他の地域では、あまり西部の言葉を喋らないほうがいいらしい。
 西部からきた人間は裕福だと思われている。
 そのため、よからぬ輩がスリよってくる。

 ミリス大陸も北部と南部で言語が別れている。
 獣神語が使われているのが北部、人間語が使われているのが南部だ。

 海全般には、海人族というのが住んでいる。
 海魚族という単語はどこかで聞いたが、町中で見たことはない。


---


 さて、
 俺は毎月の給料の他、
 フィギュアを作って売ったり、
 休日に日雇いのバイト(フィリップの手伝い)をしたり、
 ある日購入した商品を数か月後に転売したりと、
 あれこれ動きまわって、それなりに小銭を稼いできた。

 『シグの召喚術』を買おうと思って貯めていた金だ。
 だが、あの本はちょっと見ない間に売れてしまった。

 召喚術。
 興味はあったのだが、仕方がない。
 無いものは買えないのだ。

 俺は手元にある金を別の事に使おうと考えた。
 金貨五枚程度で買えるもの。

 いや、何も一回で使い果たさなくてもいいだろう。

 そこで目に付いたのが、知らない言語で書かれた本だった。
 歴史の話を聞き、言語の話を聞き、
 やはり言葉を覚えるということは大切だと想い出す。

 ということで、俺は別言語を学ぶことにした。

 まずはギレーヌが扱えるという、獣神語からにする。

 魔神語も習いたい。
 ロキシーに触りだけでも教えてもらえるように、手紙を出しておこう。


---


 9歳になった。
 エリスの家庭教師になってから、2年が経過した。


---


 一年掛けて獣神語を習得した。
 ギレーヌにはかなり手伝ってもらった。

 習得にはそれほど時間は掛からなかった。
 覚えるべき文字数が少なく、
 パターンさえ知ってしまえば、口語も簡単だった。
 生前では外国語は大の苦手だったが……。
 この身体は本当に物憶えがいい。


 そして現在。
 俺は魔神語を習っている。
 魔族の言葉で書かれた本は安かった。

 本屋の店主にも、

「何書かれてんのかわかんないよ?」

 と、前置きされた。
 銀貨7枚だった。
 6枚に負けさせた。


---


 そうして、さらに三ヶ月が経過した。

 翻訳という作業は中々難しいものがある。
 ていうか、ハッキリ言おう。
 何書いてあるのか、まったくわからない。

 せめてタイトルがわかれば、内容を想像しつつ、穴埋めしていくこともできたかもしれない。
 しかし、内容もわからない、言葉もわからないとなれば、俺にはお手上げだ。

 獣神語の習得が容易だったのは、ギレーヌがいたのもある。
 だが、それだけではない。
 教科書として使用した本の内容が『ペルギウスの伝説』に出てくる獣族の英雄の話だったからだ。
 外伝的な位置付けだったが、手元に『ペルギウスの伝説』をおいておけば、単語を拾うのは楽だった。

 しかし、魔神語はさっぱりわからない。

 考古学者はいったいどうやって文字を解読していたんだろうか。
 確か、単語を拾うのだ。
 同じ単語を探して書きだして、それぞれの意味を仮定していく。
 多分そんな感じ。

 うん、まぁ、それ以前に、どれが単語かすらもわかんない。
 さっぱりだ。


---


 ようやくロキシーからの手紙が帰ってきた。 
 一年以上も音信がなかったので、これは途中で手紙に何かあったか、ロキシーがもうシーローンの王宮にはいないのかもしれない、と思っていた矢先だ。

 ようやくだ。
 ロキシーからの手紙というだけで嬉しくなる。
 師匠は元気にしているだろうか。

 俺は逸る気持ちを抑えて、メイドから手紙を受け取った。

 手紙……。
 というか、小包みだった。

 ズッシリと重い木箱だ。
 大きさはそれほどでもない。
 精々、電話帳ぐらいだ。

 木箱の中から出てきたのは、手紙と一冊の分厚い本だった。
 本にはタイトルが無く、カバーは動物の革。
 電話帳にカバーを付けたような感じである。

 とりあえず手紙から。
 開ける前に匂いを嗅ぐと、ロキシーの香りがしたような気がした。

『ルーデウス様へ
 お手紙、拝見しました。
 ちょっともしない間に、随分と成長なされたことと思います。
 まさか、フィットア領の領主のご息女の家庭教師に収まるとは、驚きで開いた口がふさがりません。

 ちなみにわたしはその仕事、面接で落とされました。
 これがコネの力でしょうか。
 現在、王子様の家庭教師でなければ、嫉妬していたかもしれません。

 また、それだけではなく、
 剣王ギレーヌとまで知り合いになって、あまつさえ弟子にしてしまうとは。
 剣王ギレーヌはとても有名な人なんですよ。
 なにせ剣神流で4番目に強い人ですからね。
 はぁ、五歳にしてわたしの水浴びを覗いていた頃のルーデウスはどこに行ってしまったのでしょうか。
 遠い人になってしまいましたね。

 本題に入りましょう。
 魔神語を習いたいという話でしたね。
 魔族の各部族には人間族の知らないオリジナル魔術が数多く存在しています。
 文献は残っていないでしょうが、魔神語を喋ることが出来れば、将来的に部族の集落に赴き、教えてもらうことも出来るかも知れません。無論、良好な関係を築ければ、ですが。
 並の魔術師では習得は不可能でしょうが、ルーデウスならあるいは使いこなすことも出来るでしょう。

 そういう期待を込めて、ルーデウスのために一冊、教科書を書き上げました。
 わたしの直筆です。
 かなり時間が掛かったので、売ったり捨てたりしないで大切にしてもらえると嬉しいです。
 本屋とかで売ってるのを見たら泣くかもしれません……。

 道具屋といえば、
 先日、王子様がこっそり城を抜けだして、わたしにそっくりの彫像を買って来ました。
 ローブが着脱式で、体型からホクロの位置まで同じでした。
 不気味です。
 もしかすると近日中に呪い殺されるかもしれません。
 心当たりはないんですが……。
 大丈夫そうならまた手紙を出します。
 ロキシーより

 P.S.冒険者の中では杖を持っていれば魔術師、という認識があるのです』


 なるほど。

 水浴びの件は誤解だよ。覗いたわけじゃない。
 偶然見えてしまったんだ。
 偶然なんだ。ほんとに。
 ロキシーが水浴びする時間は知ってたけど
 覗けたのは偶然なんだ。
 ある時間帯に意識的に家の中を散歩したけど、
 偶然なんだ。

 それにしてもギレーヌって剣神流で4番目なのか。
 剣神、剣帝、剣王だから………あれ?
 あ、剣帝が二人いるのか。
 てことは剣王は一人しかいないのか?

 剣神流の剣士は世界中に大量にいると聞いていた。
 だから、剣王とかも十人ぐらいいると思っていたが、意外と狭き門なのか。

 あと、ロキシー像は偶然にも本人の近くに届いてしまったらしい。
 王子様もお目が高い。

 おっと、そんなことより。

 同封されていた本は直筆本らしい。
 手紙が届くのがどんなもんかわからないが、執筆期間は半年もないだろう。
 俺のために頑張って書いてくれたのだ。
 きっと、魔神語の解読に役立つものに違いない。
 俺も頑張って魔神語を解読しよう。

 そう思い、俺は椅子に座り直し、本を開いた。

 NOW READING。
 ルーデウス読書中、なんちて。


「こりゃ、すげえ」

 俺は中を見て、驚きを隠せなかった。

 それは教科書であり、辞典だった。
 あらゆる魔神語を人間語で翻訳してあった。
 恐らく、シーローンの王宮にあるであろう言語辞典 (辞書)か何かを見ながら書き写したのだろう。
 単語から、細かい言い回し、発音の仕方までを、完全に網羅してある。

 それで驚くのはまだ早い。
 後半には、ロキシーの知る限りのあらゆる部族の情報が乗っていた。
 この種族はアレがだめ、あの種族はコレがダメ。
 ヘタクソだが挿絵も一応書いてあって、注釈で『ココが特徴!!』と矢印までしてある。
 ロキシーがこれを一生懸命書いたのだとすると、微笑ましい。

 ミグルド族の項目は5ページに渡って一番詳細に書かれている。
 ロキシーが俺に自分たちの種族のことをよく知ってもらおうと頑張ったのだとすれば、実に微笑ましい。

『ミグルド族は基本的にみんな甘いものが好きです』
 本当かよ。

 それにしても、これを一年足らずで描き上げたと考えると、ロキシーには本当に頭が上がらなくなる。
 もし出会う事があれば、その時は足でも舐めさせてもらおう。
 きっと美味しいに違いない。


 さて。

 しかしこれは、今の俺にとって最強の教科書であると言えた。
 生前はそれほど成績のいい俺ではなかったが、この身体は妙に物覚えがいい。
 さらに半年もあれば、この本を完璧にマスターできることだろう。
 最低でも、簡単な言い回しぐらいは出来るようになりたい。

 頑張ろう。




--- ギレーヌ視点 ---


 ルーデウスが部屋に篭りだした。
 またなにかやっているらしい。

 あの少年は度々あたしを驚かせてくれる。
 最初に出会った時は、なんとも頼りない少年だと思った。
 あの自信家のパウロが親馬鹿で押し付けたのだと思った。
 パウロには義理もある。
 義理以上の感情は無いが、義理はある。
 だから、万が一エリスお嬢様の家庭教師になれなかったとしても、館には留めてもらえるように進言しよう。
 などと考えていた。

 それが、あっというまにエリスお嬢様の信頼を勝ち取り、家庭教師の座へと収まった。
 誘拐事件はルーデウスが企画したもの。
 それを執事が金ほしさに利用したと聞いたが、
 あたしが現場に付いた時、ルーデウスは執事の雇った男二人と対等に渡り合っていた。
 曲りなりにも片方は北神流の上級剣士だったというのに、二つの魔術を使い分け、あるいは合体させ、実にユニークな戦い方で圧倒していた。

 まだ子供なせいか詰めが甘かったが、あの歳であの戦闘センスは天性のものだ。
 このあたしでも、100メートル以上離れた位置から戦いを始めたら、敗北もありうる。

 戦闘センスだけではない。
 エリスお嬢様の授業計画とやらを組立て、効率的な授業を行いだした。
 授業もわかりやすい。
 まさか、このあたしが読み書きと算術を覚え、
 あまつさえ杖までもらうとは……。

 村きっての悪童と言われ、
 10にならないうちに旅の剣士に預けられ、
 剣聖になったもののあらゆるパーティから爪弾きにされ、
 ようやく居着いたパーティでも、頭の悪そうな軽薄な男から、
 お前は頭が筋肉だから考えるな、と言われ続けたあたしが、だ。

 もし、今帰れば、集落の連中はどんな顔をするだろうか。
 思い浮かべるだけで笑みが溢れそうになる。
 まさか、集落の連中を思い浮かべて、こんな気分になる日がくるとは。

 自分の息子ともいえるような年齢の子供から、こんなに何かをもらった事はない。

 パーティを解散してからは、奪われるだけの毎日だった。
 詐欺にあって一文無しになり、しかし他人の物に手を付けるなと師匠に厳しく躾けられたため窃盗にも至れず。
 空腹でロクに仕事もできず、餓死寸前にまで陥っていたあたしを拾ってくれたサウロス様とエリス様。

 あたしはこの二人と同様の敬意を、ルーデウスには払っている。

 師匠……というと剣神様(ししょう)が「そんなガキと俺様が同列か!」怒りそうなので、先生と言うべきだろう。
 ルーデウスには、先生として敬意を払っている。
 彼は本当に根気強く、算術や魔術を教えてくれている。
 頑張ってはいるが、あたしは物覚えがいい方ではないし、何度も同じミスを繰り返している。
 だがルーデウスは嫌な顔せず、懇切丁寧に教えてくれる。
 それも毎回言葉を変えて、あたしが理解できるようにだ。

 おかげで、あたしは二年という短い期間で火と水系統の初級魔術をマスターすることができた。
 ルーデウスの教育方針なのか、すぐには中級に移らず、覚えた魔術は無詠唱で使えるようにと訓練を行なっている。
 両手が塞がっていても簡単な魔術が使えるというのは、合理的だ。
 なので、とても理解しやすい。理解できれば、努力も捗る。
 もっとも、努力をしても出来ないのだが。

 剣の師匠である剣神様は、頭の悪いあたしに『合理』という言葉をひたすら説き続けた。

「合理とは、すなわち基礎である」

 とは、剣神様(ししょう)のお言葉だ。
 長い年月を経て培われてきた流派の基礎は、合理性の塊である。

 地味な基礎を嫌がる幼きあたしに、
 師匠は延々とゴリゴリゴリゴリ言い続けた。
 延々と基礎を練習させ続けた。

 おかげで剣王などという分不相応な力を手に入れた。
 ルーデウスの教育方法は剣神様とよく似ている。
 エリスお嬢様はルーデウスのいない所で、

「もっと派手な魔術を使いたい」

 と、愚痴をこぼしているが、あたしは今のままでいいと思う。

 実戦で最も頼れるのは、長い時間詠唱して強大な魔術を使用する上級魔術士ではない。
 状況に応じて細かく初級・中級魔術を打ち分けてくれる魔術師だ。

 昔は魔術師など、人同士の戦いではなんの役にも立たない存在だと思っていた。
 だが、今は違う。
 ルーデウスを見た後だから言える。
 高速で動きまわりながら行動阻害と攻撃魔術を同時に行って来るような相手がいれば、剣士にとってこの上ない強敵となる。

 村ではずっとパウロが相手をしてきたと聞いた。
 大人げないパウロのことだ、ルーデウスを力のままに叩きのめしたりしたのだろう。
 その結果として、対剣士戦術としてパーフェクトとも言える動きを手に入れたのだとすれば……。
 怪我の功名。
 パウロもたまにはいいことをする。

 もっとも一歩間違えば、ルーデウスが戦いそのものを諦め、その才能を埋もれさせてしまった可能性もある。
 諦めずにやってこれたのは、パウロの負けず嫌いな部分が遺伝したのだろう。
 いずれ、パウロを倒せるような技を教えてやれればと思う。

 もっとも、ルーデウスにあるのは戦闘の才能だけだ。
 剣神流の才能は無い。
 合理性を求めるがあまり、考えすぎるのだ。
 合理的な動きをしている基礎を、さらに合理的にしようとして、結果的に不合理な結果に終わっている。
 ルーデウスの性格を考えれば悪い事ではないし、恐らく魔術を使うことを前提にしているのだろう。

 だが、踏み込み一つで全てを判断し、
 一瞬の交差で決着を付ける剣神流には合っていない。
 パウロは教えなかったようだが、北神流が一番合っているだろう。

 あいにくとあたしは剣神流しか使えない。
 教えることは出来ない。
 が、ツテはある。
 三年後、もしルーデウスがまだ剣術を習うつもりがあるのなら、北神流の誰かを紹介しよう。

 あたしに出来るのは、剣神流の基礎を教え続けることぐらいだ。
 基礎ができていれば、北神流を習い始めてもすぐに上達できるはずだ。
 もっとも、それも彼に剣術を習うつもりがあればの話だ。

 今は師に恵まれず行き詰まっているようだが、
 いずれ、ルーデウスは魔術師として大成するだろう。
 神級となると人外すぎてわからないが、
 あるいはルーデウスなら帝級までは習得するかもしれない。

 ルーデウスの将来として何を勧めればいいのか。
 きっと、ロキシーとかいう魔術の師匠も悩んだのだろう。
 結果として逃げ出すとは情けない奴だと思うが、責めるつもりはない。
 むしろ、彼女に感謝するべきだろう。
 お陰で、あたしは魔術を使えるようになったのだから。

 愚鈍な師の元で学んでも、弟子の頭が押さえつけられるだけだ。
 ……いずれ、あたしも誰かに剣術を教える事を苦痛と感じる日が来るかもしれない。

 思考が脇に逸れた。


 そうだ。
 ルーデウスが何かをやっているのだ。
 もっとも、休日と言われて常に暇を持て余しているお嬢様と違い、ルーデウスはいつも何か新しいことをやろうとしている。
 この間も、獣神語を習いたいと言い出して、夕食後に本を片手にあたしの部屋に来た。
 大森林でしか使えないような言語を憶えてどうするのかと思ったが、
 ルーデウスは半年かけて言語を憶えてしまった。
 獣神語に難しい言い回しはない。
 日常会話ぐらいなら完璧にこなせるだろう。

「これで、いつでも『大森林』に行けますね」

 あんな閉鎖的な所にいって何をするのか。
 そう聞いてみると、

「え? いえ、特には……あ、可愛い子がいるかもしれませんね。猫耳の」

 その時、あたしは確信した。
 こいつはやっぱりパウロの息子で、グレイラット家の血を引いていると。

 そう。
 グレイラット家の連中はなぜかあたしのことを変な目で見てくる。
 女として見られているのなら悪い気分はしないのだが、そうじゃない。
 なんとも奇異な視線なのだ。

 大抵、雄という生物はあたしの胸を見てくる。
 まず顔を見てから、チラチラと別の場所を見ているフリをして、胸を見てくる。
 それから、すっと視線が降りて、腹、股間、太ももだ。後ろからなら、尻を見てくる。
 まあ、悪い気はしない。

 だが、グレイラット家の男連中は違う。
 最初は彼らも、顔と尻を見ているのだと思っていた。
 まあ、見るぐらいならいいだろう、それ以上を期待されているわけではないだろうし。
 そんな物好きはパウロぐらいなものだ。

 などと思っていたのだが、どうにも視線の位置がおかしいことに気付いた。
 顔を見る視線はちょっと上を、尻というよりはちょっと外を……。
 何を見ているのかと思ったら、耳と尻尾だった。
 エリスお嬢様も、サウロス様も、フィリップ様もそうだ。

 ルーデウスを馬車で迎えに行く前。
 なぜ耳を見るのか、と初めて聞いてみた。
 するとフィリップ様は顔色一つ買えず、

「『ボレアス』は獣族が好きなのだ」

 と、言った。
 言いながら耳を見ていた。
 また、ルーデウスは、貴族としての名前は継いでいないが『ノトス』の一族だから違うと説明をうけた。

「もっとも、パウロの息子だから女好きなのは間違いないだろうがね」

 と、付け加えられた。
 さもありなんと、その時は思った。

 しかし、会ってみると、ルーデウスはパウロの息子とは思えないほど紳士だった。
 そしてパウロの息子とは思えないほど努力家で、
 パウロの息子とは思えないほど勤勉で、
 パウロの息子とは思えないほど禁欲的……ではなかったか。

 とはいえ、パウロの息子ではないのかもしれない、と思ったのは事実だ。

 だが、考えを改めた。
 間違いない。
 ルーデウス・グレイラットはパウロの血族だ。

「やはりお前はパウロの息子だな。
 言葉の通じる同種だけでは満足できんか」
「冗談ですから。そういう言い方はやめてください」

 いや、あながち冗談でもないのだろう。
 この男は将来、女ったらしになる。
 最近、ルーデウスを見るエリスお嬢様の目に、ちょっと色が出始めている。

 色恋沙汰には疎いあたしだが、それぐらいはわかる。
 パウロに惹かれ始めた頃のゼニスにそっくりだ。


 そんなルーデウスが、最近は魔神語を習得しているらしい。
 獣族の次は魔族か。
 あの少年は将来、全世界の女の子を探す旅にでも出るつもりなのだろうか。

 パウロも昔似たようなことを言っていた。
 中央大陸中を回ってハーレムを作る、とかなんとか。
 結局はミリス大陸でゼニスに捕まった時に断念したようだが、その意志を継いでいるのか。
 まったく、ロクでもない親子だ………。


 いや、ルーデウスには敬意を払っている。
 嘘じゃない。
 軽蔑しているのはパウロだけだ。
 ルーデウスはその片鱗を見せているだけで、何もしていない。
 まだ。何もしていない。

 彼は尊敬できる少年だ。
 うむ。




「どうしたのギレーヌ?」

 考え事をしていると、エリスお嬢様が目の前にいた。
 彼女も、この二年間で随分と成長した。

 初めて出会ったのは五年ほど前になる。
 当初はどうにも手が付けられないワガママ娘だと思った。
 初日に剣術の授業で足腰が立たなくなるまで『可愛がって』やったら、夜中に木剣を持って襲いかかってきた。
 返り討ちにするとしばらくは大人しくなったが、
 それでも何ヶ月も目を爛々と輝かせて隙を伺っていたものだ。

 自分もかなりの悪童だったので、その行動には親近感が湧いた。
 あたしも、昔はこんな感じだったな、と。

 最初の頃、
 剣術の稽古をしていても、アレがイヤ、コレがイヤと文句ばかり言ってきた。
 それが最近では、随分とおとなしくなった。
 去年の誕生日あたりからあまり叫ばなくなったし、服も汚さなくなった。

 礼儀作法の授業のおかげというより、ルーデウスによく見られたいからだろう。
 さては、10歳の誕生日にルーデウスが何か言ったのだ。
 パウロ直伝の、子宮の奥を痺れさせるような言葉で篭絡したに違いない。

 そういえば、10歳の誕生日にエリスお嬢様はルーデウスの部屋に泊まったらしい。
 まさか………いやまさか。
 だが、いずれこの二人が(つがい)になったとしても、あたしは驚かない。
 エリスお嬢様を御せる男は、そう多くはあるまい。

「ルーデウスのことを考えていた」
「ふぅん、なんで?」

 エリスお嬢様は首をかしげた。
 その目には、少しばかり嫉妬の色がある。
 取ったりしないから、安心してほしい。

「なぜ、魔大陸の言語を学んでいるのか、と」
「前に言ってたじゃない」

 言っていただろうか。
 ルーデウスの教えは覚えているつもりだが、
 唐突に言語を学びだした理由には心当たりがない。

「なんと?」
「何かの役に立つかもしれないからって」

 そういえば、来たばかりの頃、商店で値段と商品名を書きながらそんな事を言っていたか。
 結局、あれは何かの役に立ったのだろうか。

 そういえば、
 昔パーティを組んでいたシーフは、消耗品の相場に詳しかった。
 いきなりある店を見つけて、ここの治療薬は相場の半値だから買い込もうと言って、粗悪品を掴まされたりしたのは嫌な思い出だ。

 だが、考えてみれば、相場を知らなければ、粗悪品を2倍、3倍の値段で買わされても気付かないのだ。
 あの時はわからないと言ったが、よく考えれば、やはり相場というものは知っておいたほうがいいのだ。

 ルーデウスに算術を習ったおかげで、もう釣りを誤魔化されることは無いが、最初から値段を誤魔化されている可能性もある。
 算術を習ったからといって、商人になれるわけではない。

「ルーデウスの事はいいわ。
 どうせ考えてもよくわからないもの。
 そんなことよりギレーヌ。暇なら剣術の稽古をつけて頂戴」

 エリスお嬢様は、ここ最近、熱心に剣術にうちこむようになった。
 理由はわからないが、焦りのようなものを感じているのかもしれない。

 ルーデウスは九歳。
 お嬢様がルーデウスと出会ったのも九歳。
 当時のお嬢様より今のルーデウスの方がしっかりしていることは一目瞭然だ。
 読み書き、算術、魔術は当然のことながら、社会常識や対話能力に至るまで。
 作法は無いが礼儀はある。
 物腰も商人のように丁寧だ。
 ユーモアもある。
 ちょっと性的な悪戯が目にあまるが、それも愛嬌だろう。

 本当に9歳かと疑う。
 文字だけでやりとりをしたら、四十歳そこそこと言われても信じてしまうかもしれない。
 そういえば、王竜王国の方では、そういう詐欺が流行っているらしい。
 読み書きの出来る賊が、貴族の青年を装って貴族の子女に手紙を出し、長い時間を掛けて信用させて、ある日いきなり呼び出して捕まえて奴隷屋に売るのだとか。

 エリスお嬢様は、そんなルーデウスにせめて何か一つ、勝てるものをと思ったのかもしれない。
 それが剣術なのだから、あたしとしては嬉しい限りだ。

「わかったエリス。中庭にいこう」
「うん!」

 エリスお嬢様は元気に頷いた。

 エリスお嬢様には剣神流の才能がある。
 このまま本気で剣の道を歩めば、いずれあたしをも超える使い手になるかもしれない。
 今はまだ中級だが、3年間ひたすら基礎を教え続けた結果が、最近如実に現れ始めた。
 踏み込みは鋭く、疾く。
 身体には『闘気』が乗るようになってきた。
 『闘気』を自覚的に御せるようになれば、晴れて剣神流の上級剣士となる。
 完全に御せれば、剣聖だ。

 そう遠い未来ではないだろう。
 エリスお嬢様がどこまで伸びるかわからないが、
 もしもあたしが教えている間に剣聖になったら、一度師匠に会わせよう。

 出来れば、ルーデウスも一緒に。
 師匠はどんな顔をするだろうか。

 楽しみだ。
:ステータス:
名前:エリス・B・グレイラット
職業:フィットア領主の孫
性格:やや凶暴
言う事:素直に聞く
読み書き:書きも上達
算術:割り算がまだ苦手
魔術:無詠唱はまったく出来ない
剣術:剣神流・中級(もうすぐ上級)
礼儀作法:淑女の真似事
好きな人:おじいちゃん、ギレーヌ、ルーデウス
+注意+
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