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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第17章 青年期 王国編

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第百七十四話「甲龍王と第二王女」

 空中城塞ケィオスブレイカー、謁見の間。

 そこに並ぶは、12の精霊。
 空虚のシルヴァリル。
 光輝のアルマンフィ。
 贖罪のユルズ。
 洞察のカロワンテ。
 時間のスケアコート。
 轟雷のクリアナイト。
 破壊のドットバース。
 波動のトロフィモス
 生命のハーケンメイル。
 大震のガロ。
 狂気のフュリアスファイル。
 暗黒のパルテムト。

 そして最奥に座るは彼らの王。

 甲龍王ペルギウス・ドーラ。

 対峙するはアスラ王国第二王女。
 アリエル・アネモイ・アスラ。

「……」

 あの会議の後、アリエルはシルヴァリルを通じて、ペルギウスへの謁見を求めた。
 シルヴァリルは即座に動き、アリエルはその間に服装を整えた。
 シルフィとルークも、それに合わせて衣装を変えた。
 アスラ王国第二王女と、その護衛という肩書きに恥じない、見目麗しく、格好のいい服装。

 俺はというと、オルステッドにもらったローブ姿である。
 まあ、これはオルステッドに貸与されたものだし、問題ないだろう。

 アリエルは気合の入った表情で12精霊の間を歩く。
 集まる視線を物ともせず、ペルギウスの前に立ち、優雅に礼をした。
 それに合わせてシルフィとルークが膝を付く。
 今回は俺も膝を付いた。

「この度は謁見の場を用意していただき、真にありがとうございます」
「能書きはいい。今日は何の用だ? 出で立ちを見るに、茶会の誘いとは思えぬが……」

 ペルギウスは、すっとぼけるような仕草で言った。
 彼は轟雷のクリアナイトという精霊の能力により、空中城塞の内部の音を、全て把握しているはずだ。
 つまりこのセリフは、いけしゃあしゃあってやつだな。
 でも、こうして、場を作って問答をするのも、形式の一つなのだろう。

「ペルギウス様に、私がアスラ王国国王となるための、お力添えを願いに参りました」

 アリエルはペルギウスの演技に動じることなく、はっきりと真正面から言い放った。

「ほう……ならば改めて問おう」

 ペルギウスは玉座に肘をつき、首をかしげるように頬杖をついて、問いを放った。

「王として最も重要な要素とは、なんだ?」

 アリエルはその問いに顎を上げた。

「王としての重要な要素、それは……」

 答えについて、俺は聞いていない。
 だから、それが正解であるかどうかはわからない。
 アリエルはわかったと言ったが、それが正解である保証はない。
 もっとも、俺が聞いた所で、正解であるかどうかもわからないのだが……。
 それでも、明らかな間違いでないかどうかを確認するためにも、聞いておいた方がよかったかもしれない。
 いや、ここはアリエルを信じてみよう。
 あれだけ自信を持っているのだ、大きく的外れである可能性も少ないはずだ。

「『意思を継ぐ』ということです」

 言葉が響いた。
 静かな謁見の間に。
 この場に17人もいるとは思えないほどの静寂を持つ、謁見の間に。

「ほう」

 ペルギウスは、息を吐くように、言葉に反応した。
 その表情からは正答かどうか、判断できない。

 意思を継ぐ。
 アリエルがその答えに行き着いた思考は、理解できる。

 アリエルの王への道は死から始まっている。
 デリックに始まり、13人の従者の死。
 彼らがどういう人物だったのか、どういった未来を望んでいたのか。
 彼らは、死んでなお、自分の意思をアリエルに託した。
 その他にも、数多くの人間が、彼女に意思を託してきたのだろう。
 それが、アリエルが王になる根底となった。

 そして、ペルギウスの朋友。
 ガウニス・フリーアン・アスラは戦中の人物だ。
 聞いた感じ、友達感覚で付き合える王族だったように思う。
 そんな彼が王となった。
 それは、戦時中に死んだ人物の意思を受け継いだからではないのか。

 一応ながら、繋がりも感じられる答えだ。
 ゆえに、この答えなのだろう。

 しかしどうだろうか。
 個人的には、ちょっと安直すぎる気もするが……。

「…………フッ。意思を継ぐ、か」

 ペルギウスはアリエルを見下ろし笑った。

「つまり、貴様が王になりたいと思う志は、所詮は他人に左右されるものというわけだ。そのような者が、真の王と呼べるか?」

 小馬鹿にするような口調であった。
 となると、この答えは間違いなのだろうか。
 しかし、アリエルは動じなかった。

「はい、その通りです。ペルギウス様。
 私の志など、所詮は他人に左右されるもの。
 世間一般的に思うような、真の王とは程遠いでしょう。
 ですが……」

 アリエルは息を吸い込み、毅然とした態度で言った。

「私は、私に意思を託してくれた者に対する王であれば、真の王でなくとも、構いません」
「ほう……」

 ペルギウスは面白くなさそうだった。
 不機嫌そうに頬杖をついたまま、さらなる問いを放つ。

「つまりこの我に、愚鈍な王に力を貸せと、そういうのだな?」
「はい。愚鈍であればこそ、お力添えをと願って思っております」
「ハッ!」

 これは、あまり良い流れではないのだろうか。
 アリエルの答えは立派だと思う。
 真の王なんて、形のないものにとらわれず、自分に尽くしてくれた者に報いる。
 そのために王になる。
 彼らのために政治をして、彼らの望む王になる。
 合ってるかどうかはさておき、立派だと思う。
 だが、これはペルギウスの求める答えとは、あまりにも違うのではないだろうか。

「それで、その答えで、この我に、本当に力を貸してもらえるとでも思ったのか?」
「いいえ、ペルギウス様。しかし、これが私の本当の気持ち。
 嘘偽りのない、アリエル・アネモイ・アスラの王となる心構えです」

 アリエルは強い視線で、ペルギウスを見据える。

「それが拒絶されるというのなら、ペルギウス様のお力など、必要ありません」

 否定の言葉。
 ペルギウスは目を見開き、12精霊にも動揺が走った。
 シルフィも、ルークも、驚いている。
 俺も驚いた。

「王になるため、我の力は必要ないと申すか」
「私の理想と、ペルギウス様の理想があまりにもかけ離れているというのなら、逆に足かせとなりましょう」

 ペルギウスは頬杖をやめて、ゆっくりと立ち上がった。
 その表情は、怒りだろうか。
 口元は引き締められ、目は見開かれている。
 拳こそ握られていないものの、肩をいからせているようにも見えた。
 彼は、サッと手を上げた。
 一瞬、ペルギウスが12精霊をアリエルにけしかけたのだと錯覚した。

「よくぞ言った、アリエル・アネモイ・アスラよ!
 貴様の信念、しかと聞き届けた!」

 俺は杖を握り、魔力を込めようとして……その言葉に動きを止めた。

「この甲龍王ペルギウス・ドーラ。
 貴様の力添えとなることを、今は亡き朋友ガウニス・フリーアン・アスラに誓おう!」

 ペルギウスは、さらに声を張り上げる。

「転移魔法陣は用意しておく!
 すぐにでも王宮に戻り、場を整え、そして我を呼ぶが良い!」
「ありがとうございます」

 ペルギウスの言葉にアリエルは謝辞を述べ、
 シルフィとルークもまた、さらに頭を下げた。

 俺は杖を握ったまま、硬直していた。

 正直、よくない流れだと思った。
 答えは間違っていた。
 アリエルはペルギウスの気に入らない選択をした。

 しかし、ペルギウスはアリエルに力を貸すという。
 彼は、アリエルとの問答の中で何かを見たのだろうか。

 なんにせよ、ペルギウスはアリエルの側につくと宣言した。
 ペルギウスがアリエルの幕僚となったのだ。


---


 アリエルが謁見の間より退出していく。
 アリエルはすまし顔のまま、シルフィとルークは何かを達成したような顔をして。

「……」

 俺は彼らについて行こうとして、ふと振り返った。

 そこには12の配下に囲まれてふんぞり返る、ペルギウスの姿があった。
 ペルギウスは退出する者を見据えており、当然のように目が合うこととなる。

「どうした、ルーデウス・グレイラットよ」
「いえ……」

 俺は振り返り、そのままアリエルを追おうとして、
 しかし、やはり気になった。

「結局の所、王として最も重要な要素というのは、あれで正解だったのですか?」

 ペルギウスは鼻息を一つ、答えた。

「我の望む答えではなかった」
「では、どうして?」

 俺の問いに、ペルギウスは愉快そうに笑った。

「アリエル・アネモイ・アスラはガウニスと似ても似つかぬ。
 しかし、アリエルの言葉、アリエルの立ち振舞いを見ていて、ふと思い出したのだ。
 かつて、ガウニスの言った『理想の王様』は、このような者ではなかったか、とな」

 ガウニスの語った理想の王様?

「かつて、我らは誰もが、ガウニスこそが真の王だと思っていた。
 だが、奴にとって、自分の存在は理想とは程遠かったらしくてな。
 若き日の酒場で、戦役中の野営地で、アスラ王となった後、
 奴は常々『理想の王様』について、語っていたものだ」

 ペルギウスは懐かしそうに言った。
 要するに、アリエルはペルギウスの理想とする王とは違う。
 けど、ガウニスの理想とする王に近いのではないか、という事か。

 人それぞれ、理想が違うのだ。

「なるほど……それで、ペルギウス様の理想とする王というのは、どういったものだったのですか?」

 そう聞くと、ギロリと睨まれた。

「それを貴様に言う必要は無い」
「そうですね。失礼しました」

 俺は一礼をして、その場を去ることにした。
 教えてくれないのなら、俺が知る必要はないだろう。
 仮に聞いて。
 仮に俺がアリエルに答えを言ってしまったら。
 せっかくあれだけ自信満々に言い放ったアリエルが、また迷ってしまうかもしれないしな。
 知らなくていいことは、聞かない方がいいのだ。

「ルーデウス・グレイラット」

 と、思ったのだが、今度は俺がペルギウスに呼び止められた。
 振り返ると、ペルギウスは立ち上がり、別の入り口より退出する所だった。

「我からも一つ、貴様に問おう」
「なんでしょうか」
「なにゆえ、貴様はオルステッドの名を出さなかった?
 我は奴が嫌いだが、それでも奴の名を無視はできん。
 あの場においてオルステッドの名を出せば、もっと楽に話が進んだであろう?」

 オルステッドはペルギウスに頼み、断られたと言っていた。
 そんな俺がベラベラとオルステッドの名前を出しても、いい結果につながったとは思えない。
 これは、俺も試されているのだろうか。
 スカした言葉をお望みか。

「私や、オルステッド様が王になるわけではありませんので」
「しかし、奴はアリエルを王にしたいのだろう?
 貴様はそれに同調しているのだろう?
 ならば、目的のためにオルステッドの名を最大限に使えばよかろう」
「だとしても、やはり王になるのはアリエル様で、それに協力するのはペルギウス様ですからね。俺やオルステッド様は手伝いはしますが所詮は外様。必要以上に名を出し、強引に話を進めるのはよくないと判断しました」

 フフッ。決まったな。
 我ながら良いこと言った。
 うん。やっぱり、当人同士の事だし、当人同士の話し合いで決着ってのが望ましいよな。
 俺はアリエルが王様になった後、特に何かするわけじゃない。
 ていうか、何も要求する事はない。
 オルステッドがどうするつもりかは知らないが……。
 ともあれ、わりと無責任な立場だし、あんまり強くは出れないよな。

「貴様のその考え、温すぎるぞ」

 ペルギウスは吐き捨てるように言って、部屋を出て行った。

「……」

 俺もまた、残った12の配下たちの視線に耐え切れず、その場を後にした。
 ちょっと、恥ずい。
 ま、口先だけで適当な事を言ってもダメってこったね。


---


 謁見の間を出て、まっすぐにアリエルの部屋へと戻る。
 やや遅れた事を詫びつつ部屋の扉を開ける。

 透き通るような真っ白い肩が目に飛び込んできた。

 アリエルが着替え中だった。
 シルフィの手によって豪華な衣装が脱がされ、下着姿でコルセットを緩めている最中であった。

「あっ! コラ! ルディ!」
「いいのですよ。ルーデウス様は此度の功労者。
 どんな時であっても、部屋に入る許可を得る必要はありません」
「えぅ、でもアリエル様……」
「あぁっと……申し訳ありませんシルフィ。配慮が足りませんでしたね。
 ルーデウス様。申し訳ありませんが、出て行ってもらえると助かります」

 そんな言葉が出た時、俺はすでに部屋の外におり、扉を締める寸前だった。
 アリエルが何をどう勘違いしたのかは知らないが、俺は着替え中と見てその場に居座るほどの破廉恥漢ではない。

 でもまぁ、アリエルってスタイルいいなぁ。
 エリスもスタイル抜群なんだけど、彼女は訓練の果てに出来た体であるのに対し、
 アリエルは生まれつき、努力もなくああいう体型になった、という感じだ。
 遺伝子のなせる技かな。

 もっとも、バランスという点ではシルフィだって負けてない。
 彼女は胸も尻も、全部無いからな。
 実にバランスがとれている。
 俺はそんな彼女が大好きだ。

 ロキシーは神なので、比べるまでもないだろう。

「次からは、ちゃんとノックするか……」

 ノックしないで扉を開けると、むさい男が人形に抱きついている事が多い。
 その経験から、ノックは重要だと知っていたはずなのに。
 俺も学習が足りないな。

 あれ?
 ていうか、部屋の中にルークいたよな。
 あいつはいいのか?
 ……いいんだろうなぁ。
 アリエルにとって誰が一番安全って、きっとルークなんだろうし。

「ルディ、もういいよ」

 しばらくして、シルフィが扉の隙間から顔を覗かせた。
 言われるがまま中に入ろうとすると、シルフィがちょっとむくれた顔をしていた。

「アリエル様の、見た?」
「パンツは白だったね」

 シルフィの頬がプクッと膨れた。
 ちなみに、彼女のパンツも白である。
 昨晩、履き替える時に確認したから間違いない。

 俺はツンツンとシルフィの頬をつついてから部屋の中へと入ろうとする。
 その途中で尻をつねられた。

「シルフィエットさんや」
「なんですか、ルーデウスさん」
「イチャイチャするのは、家に帰ってからにしましょうよ」
「……もうっ!」

 シルフィはバシリと俺の尻を叩き、膨れたまま、部屋の隅にある椅子まで歩いて、乱暴に座った。
 顔が赤くて実に可愛いなぁ。
 ま、それはいいとして。

 部屋の中には、着替えの終わったアリエルが座っていた。
 普段着でもお姫様っぽさが出ているのは、着ている服の値段が関係しているのだろう。
 いや、それはいいか。
 ひとまず謝っとこう。

「先ほどは、着替え中に失礼しました」
「いいえ……どうでしたか?」
「どう、とは?」
「私の体の感想です」

 それ、言わなきゃいけないんだろうか。
 いや、きっとこれも試されているのだ。
 今日は試される日なのだ。
 今度の俺は選択を間違わない。

「素晴らしかった……と、言いたい所ですが、個人的にはシルフィの方が好みです」
「そうでしたか。それは、お目汚しをしてしまいましたね」

 アリエルはくすくすと笑い、シルフィは「何いってんだよ……」と赤くなった。
 ルークは肩をすくめている。

 ペルギウスの説得に成功したせいか、空気が軽い。

「お座りください」

 椅子に座ると、彼女は真面目な顔になった。
 俺も切り替えよう。

「ルーデウス様のお陰で、次の段階に進む事が出来ました」
「いえ、俺は何も」
「謙遜なさらずに。まさにルーデウス様のおっしゃった通りではありませんか。
 答えは、私の中にあったのです」

 結果的にはね。
 もっとも、これも運命かもしれないが……。
 いや、今はペルギウスを説得するというデリックはいないし、日記によるとアリエルはペルギウスの信を得られなかった。
 俺の助言を受けて、アリエルが自分の力で切り開いた。
 そう考えよう。
 その方が気分がいい。

「それで、次の話なのですが。ペルギウス様はすぐにでも王宮にもどり、場を整えろとおっしゃいました。私はその言葉に従い、アスラ王宮に戻ろうと思います」
「場を整える、とは?」
「言葉通りの意味です」

 言葉の意味が俺にはよくわからんのだが。
 いや、少しは自分で考えよう。
 まず話を統合すると、ペルギウスは俺たちと一緒にテクテクと歩いてアスラ王国にいくつもりはない。
 なので、先にアリエルが戻り、そこでペルギウスの登場にふさわしい場所を作るのだ。
 例えば貴族が大勢あつまるパーティ会場。
 そうしたものを用意してから、改めてペルギウスを呼ぶ。
 すると、ジャーンジャーンと銅鑼の音と共にペルギウスと12精霊が登場する。
 貴族たちはビックリ仰天「ゲェッ、ペルギウス」という驚きと共にハハァとひれ伏す。
 そんな感じだろう。

「……そう、急がなくてもいいのではないですか? もっと準備に時間を掛けては?」
「そうも行きません。父上が重病という情報も入ってきておりますゆえ」

 アリエルはすまし顔で、衝撃的なことを告げた。
 そうか、もう少し報告が遅れると思ったが、すでにアリエルはその情報を得ていたのか。
 てことは、ルークがヒトガミの使徒である可能性も、少し低くなるな。
 ヒトガミから情報を得た可能性が減るのだから。

 あ、でもルークがヒトガミから情報を得て、それをアリエルに伝えたという可能性もあるか。
 いやいやまてまて。
 そもそも、アリエルが直接ヒトガミから情報を得た可能性も出て来る。
 アリエルが使徒である可能性だ。
 もしアリエルが使徒であるなら、目的の大前提が崩れる気がする。

 オルステッドが時期を間違えた可能性もあるが……。
 ともあれ、アリエルが使徒である可能性については、オルステッドに聞いておかなければならないな。

「その顔を見ると、ルーデウス様はご存知だったようですね」
「えっ?」
「さすがは、龍神の配下となられるお方。
 アスラ王が病気という報を聞いて顔色一つ変えないとは」
「あー……ルーク先輩の唐突の懇願や、アリエル様の焦りようを見れば、何かあったのだろうなと予想は付きましたので」

 と、言っておこう。
 アリエルも満足そうに頷いている。
 問題ない。

「ルーデウス様もご予定があるでしょうから……。
 そうですね、準備には14,5日ほどあれば問題ないでしょうか?」

 アリエルは二週間程度で出発するつもりらしい。
 拙速だな。
 いや、日記には正確な日付は書いていなかった。
 元々、こういうタイミングで出発するつもりだったのかもしれない。
 オルステッドが時期を読み違えた可能性だ。

「幸い、ペルギウス様に転移魔法陣を用意してもらえば、移動時間はそれほど掛かりませんので、時間的な余裕はあります。でも父上がご病気となれば、今すぐにでも戻らなければ、手遅れという事もありえます。兄上たちが地盤を固めきる前に、戻りたい所です」

 話の流れを見るに、この病気で国王は死ぬ。
 そして、次代の王が誕生する。
 あんまりグズグズしていると、アリエルは勝負に参加する事すらできない。

 というのはわかるのだが、懸念がある。
 オルステッドも言っていたが、アスラ王国には一人、厄介な人物がいる。
 ダリウス・シルバ・ガニウスという上級大臣だ。
 オルステッド曰く、奴がいる限りアリエルの勝ち目は薄いようだ。

 そのため、ダリウスのアキレス腱となりうる人物、トリスティーナと接触する必要がある。
 トリスティーナがいれば、ダリウスを失脚させることが可能となる。

 ペルギウスの協力をえれば、一国の上級大臣など恐るるに足りず。
 と、思いたい所だが、それなら、オルステッドもわざわざ口には出すまい。
 ペルギウスが協力した事で、第一王子派とほぼ互角。
 ダリウスを失脚させることで有利、という感じになるのだろう。

 勝利を確実なものにするためにも、ここはもう一手、動かなければなるまい。

「アリエル様。転移魔法陣のことなのですが、アスラ王国の国境付近に出るようにしてもらった方がよいのではないでしょうか」
「ほう、それはなぜですか?」
「一国の王女ともあろう者が、国境も通らずに国内に入ったとなっては、何かやましい事があるのかと勘ぐられます。
 まして、転移魔法陣は禁忌とされているもの。
 それを利用したとなれば、いらぬ腹を探られかねません。
 せめて国境から首都までは徒歩で移動をし、国民にアリエル様の姿を見せるのがよろしいかと思います」
「なるほど、一理ありますね」

 よし。
 これで、あとは適当な理由をでっち上げて、トリスのいるという組織に接触を図るだけだ。
 接触の方法については考えていないが、基本的には大丈夫だろう。
 ああいう組織との交渉は、基本的に金があればなんとかなる。

「自分は反対です」

 会話に割って入ってきたのは、ルークだった。

「陛下がご病気となれば、道中に第一王子、第二王子の手のものが待ち構えているやもしれません。転移魔法陣は禁忌ですが、出てくる場所さえ見られなければ、どうとでも言い訳が効きます」
「……なるほど、確かにそうですね」
「以前と違い、今回はルーデウスもいます。
 戦力的な不安は無いでしょう。
 ですが、風の噂によると、第一王子派が北帝を剣客として迎え入れたと聞きます。
 王宮内でならまだしも、道中で北神流の熟練剣士に狙われるのは危険かと思います」

 ルークの言葉からは、恐れのようなものが感じ取れた。

「狙われるのは……勘弁してほしい所ですね……」

 表情を見るに、アリエルとシルフィも心情的にはルーク寄りらしい。
 この三人は、アスラ王国を脱出するのに、それこそ死に物狂いで戦った。
 狙われる旅を恐れているのだ。

 とはいえ、どうしたものか。
 なにかと理由をつけて、俺だけ早めに移動して、トリスとの接触を図るか。
 いや、その間にアリエルたちがどうにかなっても面白くはない。

 ルークがヒトガミの使徒であるという疑いも晴れてはいない。
 この提案も、ヒトガミの助言かもしれない。

「ルーデウス様の意見か、ルークの意見か、どちらも一理ありますが……シルフィはどう思いますか?」

 アリエルは悩みつつも、シルフィへと話題を振った。

「そうですね。ボクとしては、国内に転移した方がいいと思います。
 アスラ王国内のどこに転移するかはわかりませんが、
 国境を通らないことで、第一王子の裏をかけるなら、
 それに越したことは無いと思います」

 おっと、シルフィもルーク寄りの意見か。

「それに、ボクらは出て行く時も大々的ではありませんでした。
 だから、帰ってくる時もこっそりでいいかと思います。
 国境から首都までだと一ヶ月以上かかるし……移動時間は無駄ですからね」
「そうですか……わかりました。では、予定通り、アスラ王国内への転移としましょう」

 納得できる意見だ。
 反論しにくい。

 この場合、やはりシルフィに情報を提示していなかった俺の失態という事になるのだろうか。
 仕方ない。
 俺だけ別行動をとって、トリスと渡りをつけるとしよう。
 あるいは、誰か別の人に頼んで動いてもらうのでもいい。
 ギレーヌ……は、交渉役には向いていないからやめとくか。
 ああそうだ、忘れないように、出発前にギレーヌをアリエルに紹介しておかないといけないな。

 エリナリーゼ……は、妊娠中。
 となると、クリフを連れ回すわけにもいかない。

 あと、誰か交渉上手で信頼できそうなのっていたっけか。
 ザノバも交渉役には向いてなさそうだし。
 いや、ジンジャーを同行させれば……。
 いやいや、他国の王子を連れ回したらそれこそ大問題になりかねない。

 などと考えていた時である。

 コンコンと、唐突に扉がノックされた。

「どうぞ」
「失礼いたします」

 入ってきたのはシルヴァリルだった。
 彼女は部屋の中をぐるりと見渡し、背中の翼をゆらりと動かした。
 そして、言った。

「今しがた、アスラ王国内の転移魔法陣が、全て破壊されていることが判明しました」
「えっ!?」

 唐突に告げられた言葉。
 転移魔法陣の破壊。

「どういう事ですか?」

 シルヴァリルは淡々と説明をした。

 ペルギウスはあの謁見の後、すぐに魔法陣を起動させるようにとシルヴァリルに命じたらしい。
 この空中城塞には、アスラ王国の某所へと転移するための魔法陣が存在している。
 シルヴァリルがその魔法陣の場所へと赴いた所、転移魔法陣は効力を失い沈黙中。
 おかしいと感じたシルヴァリルはアルマンフィに現地を調べさせてみた所、現地の魔法陣が破壊されているとわかったそうだ。
 アルマンフィがさらに調べた所、アスラ王国内でペルギウスが使える魔法陣は、のきなみ破壊されていたという。

 ゆえに、シルヴァリルは言った。

「アスラ王国内への転移は不可能となります」

 最寄りの魔法陣はアスラ王国の国境付近。
 そこから徒歩での移動になると。


 何者かの明確な作為。
 確実に、誰かが何かをしたのだ。
 それはヒトガミか、オルステッドか。
 また明日にでもオルステッドに聞けばわかる事だろう。

 しかし、この場で発生した俺への不信感を拭うのは非常に難しい事だった。
 ルークの訝しげな視線。
 あんな会話の後で、まるで俺の案を通すしかないような状況。
 お前、何か知ってて黙っているんじゃないかと言わんばかりの視線。
 シルフィですら、不安そうな視線を向けてきていた。
 オルステッドの仕業を疑っているのだろう。

 ただ、アリエルだけが動じなかった。

「それならば、仕方ありませんね。ルーデウス様の案で行きましょう」
「で、ですが、アリエル様」

 ルークの狼狽する声。
 アリエルはそれを黙殺するように、淡々と言葉を続けた。

「ルークはエルモアとクリーネに通達。
 二人と協力して旅の準備を開始してください。
 シルフィは私と共に、ラノア王国各位へのあいさつ回りを。
 ルーデウス様はお任せいたします。
 各員、知り合いとの別れは済ませておいてください」
「……ハッ」

 ルークは静かに頷いた。


 少々の不安を抱えつつも、その場は解散となった。
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