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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第15章 青年期 召喚編

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第百五十話「不死魔王との謁見」

 旧キシリカ城。
 外観を一言で言い表すなら、魔王城。
 特殊な石を使って作られた、黒金の城。
 天守閣と思わしき場所に穴が開いているのが玉に瑕。
 ペルギウスの空中城塞ほど繊細で優美なものは無いが、これも立派な城である。
 実用性重視の人間なら、きっとこっちの方が気に入るだろう。

 普段は観光名所として一般公開し、入場料まで取っているこの城。
 一応、観光地として見ることができる場所と、人の住む場所で分けられているらしい。
 俺たちがつれてこられたのは、謁見の間である。
 一般公開されている広くて煌びやかな玉座の間ではなく、
 狭くて実務的な謁見の間であった。

 そんな狭い部屋の中に、
 黒い全身鎧を着た連中が、ずらりと並んでいる。
 実に狭苦しく、そして暑苦しい。

 そして、その暑苦しい部屋の玉座には、誰も座っていなかった。

 俺はゆうに2時間は待たされていた。
 外は、とっくに日が落ちてしまっている。
 立っているのが辛いとは言わないが、せめて座らせてくれてもいいんじゃなかろうか。
 ちなみに、今ここにいるのは、俺とザノバの二人である。
 エリナリーゼとクリフの二人は、兵士に案内され、地下に例の草を取りに行っている。

「おい、アトーフェ様はどうしたんだ?」
「だから、今呼びに行ってるって」
「遅くないか、まさか町の外に出てるんじゃ……」
「時間にルーズなんだから、城の中でも1日は誤差と考えろよ」
「でも、あんまり待たせるわけには……」
「貴様ら、少し黙らんか」

 兵士たちがあれこれ言っているのが聞こえる。
 わりとアットホームだな。
 こういうやりとりを見ると、安心する。
 と、見ていると、老兵士がこちらにやってきた。

「もうすぐお越しくださるので、もうしばしお待ちください。あと、アトーフェ様より褒美は受け取らないようにお願いします」
「はい?」
「褒美を受け取る流れになってしまった場合、我々にはどうすることも出来ませんので」
「はぁ……はい、わかりました」

 俺は素直に頷いた。
 褒美というのが何かは分からないが。
 まあ、受け取るつもりはない。
 キシリカを売っておいて何かをもらうほど、外道に成り下がったつもりはない。

 キシリカは縄でぐるぐる巻きにされて、芋虫のように転がっている。
 これから彼女は罰を受けるらしい。尻叩きか、トイレ掃除か、とにかくそれほど重い罰ではないそうだが……。

 何はともあれ、油断は禁物だ。
 相手は魔王だしな。
 俺の知る魔王格と言えば、バーディガーディとキシリカ。
 二人とも怒らせると……あれ?
 大丈夫そうな気がしてきたぞ。

「どけ」

 ふと、後ろから声が掛かった。
 振り返ると、そこに一人の女が立っていた。
 その女は、俺が今まで見た中で、一番魔族っぽかった。
 青色の肌。白い髪。
 赤い目。コウモリのような翼。
 そして額から突き出る、一本の太い角。

 服装は兵士たちと同じ、黒鎧。
 いや、彼らよりも使い込まれている事が見て取れた。
 鎧の表面は傷だらけで、装飾も剥がれ落ちてしまっている。
 歴戦だな。

 彼女の腰には、その細腕で振れるのかと思うほどの大剣。
 鞘も兵士たちのものより立派である。

 背の高さはさほどでもない。
 一般的な成人女性と同程度だろう。
 アリエルよりも少し大きいが、俺のほうが高い、そんな感じだ。

 だが、特筆すべきは、そこだけではない。
 彼女から立ち上る、言い知れぬ殺気や怒気に似た気配。
 有無を言わさぬ暴力の香り。
 そこはかとなくエリスに似ている。

 女騎士。
 いや、女騎士団長といった所か。
 逆らわないほうがよさそうだ。

「聞こえなかったのか? どけと言った」
「あ、はい」

 言われるがまま、俺は道を譲った。

「よし」

 女騎士団長は長い髪を揺らしながら、ツカツカと玉座に近づき、くるりと振り返った。
 腰から鞘ごと剣をはずすと、ゴンとその先を床に突き刺し、まさに睥睨というポーズを取った。
 そして、大きく息を吸い、言い放った。

「オレが不死魔王アトーフェラトーフェ・ライバックだ!」
「……え?」

 と、俺が首をかしげたのと同時に、黒鎧たちがあわてて剣を抜いて捧げ持った。
 だが、そのうちの一人がそれに倣わず、玉座へと詰め寄った。
 先ほどの老兵士だ。

「アトーフェ様! なぜそちらから来るのですか! 玉座に入る時は後ろから、と何度も申し上げたではないですか!」
「決まっている。前から入った方が、気分がいいからだ」
「気分で動いてどうしますか!」
「知っているか? 長き旅を経て魔王に挑む勇者は、玉座の間を歩き魔王と戦う時、非常に誇らしい気分になるのだそうだ」
「だからなんだというのですか! かつての五大魔王の一人であったお父上がお嘆きになりますぞ! それだけではございません、あなた様の夫であるライバック様の」
「うるっせぇ!」

 アトーフェは剣を抜き放ち、目にも留まらぬ一閃を老兵士へとたたきつけた。
 老兵士は咄嗟に剣を抜いてそれを迎撃しようとしたものの間に合わず、兜を弾き飛ばされて、後方へと倒れた。
 周囲の黒鎧たちがあわてて駆け寄る。

「客人の前でギャーギャー怒鳴るな! 死んだ親父が嘆くわ!」

 兜がゴロゴロと俺の前まで転がってきた。
 兜は真っ二つに亀裂が入っていた。
 すさまじい威力だ。

 ふと拾ってみると、中にベットリと血がついていた。

「おわっ!」

 え?
 あれ?
 これって、斬撃が頭に到達して……。
 てことは、今の人、え?
 死んだ?

「わかりました。しかし粗相のないように」

 と、思ったら、老兵士は何事もなく立ち上がった。
 頭からシュウシュウと煙を出しながら、アトーフェに頭を下げた。
 もしかすると、あの人も不死系の一族の人なのだろうか。
 あるいは、ここにいる全員が?

「わかればよいのだ。よし、やり直すぞ」
「ハハッ!」

 アトーフェは剣を鞘に戻し、ハイランダーなポーズへ。
 先ほどの老兵士は、別の兵士から予備の兜をもらい、兵士たちの最前列へ。
 そして、兵士たちは再度、剣を抜いて、ささげ持った。

「オレが不死魔王アトーフェラトーフェ・ライバックだ」

 ザノバがさっと膝をついて頭を下げたので、俺もそれに倣う。
 こういう礼儀はザノバの真似をしておけば大丈夫だろう、多分。

「まずは、礼を言おう。お前たちのおかげで、キシリカのアホを捕まえることができた」

 そう言うアトーフェの視線の先には、キシリカの姿がある。
 簀巻大帝となった彼女は、完全にあきらめた顔で地面をみていた。

 なんか、ちょっとかわいそうだな。
 恩を仇で返すことになったが、仕方ない。
 俺たちにも目的があるのだ。

「こいつの小さい頃の絵姿が無く、捜索に手間取っておったのだ。よくぞ見つけてくれた」

 ああ、あの絵はやっぱりそういう理由なのか。
 アバウトだなぁ。

「そして……」

 アトーフェはポーズをそのまま、明後日の方向を見上げた。
 そして、静止した。

 五分ほど。
 そのままの姿勢で、彼女は止まっていた。
 ゼンマイでも切れたのだろうか。

「ムーア、なんだったか」
「褒美です」

 どうやら、セリフを忘れていたらしい。
 そして、先ほどの老戦士さんはムーアというらしい。
 ムヒョムヒョと笑いそうな感じだ。

「む、そうだ。褒美をやらねばなるまい」

 アトーフェはポツリと言った。

「いいえ、褒美は不要です」

 俺は、用意しておいた言葉を口にした。
 ここまでのやりとりは、きっとテンプレートなのだろう。
 だから、先ほどのムーア氏も「いらないと言え」と言ったのだ。

 そう思ったのだが、アトーフェはダンと足を踏み鳴らした。

「お前、オレの褒美がいらんというのか?」

 ギラリと鋭い眼光には、殺気が宿っていた。
 俺の脚がガクガクと震えだす。

 これは本気の殺気だ。
 リニアやプルセナとは違う。
 ルイジェルドに睨まれた時と、同じ感覚だった。

「いえ、い、いただきます」

 こういう相手は、逆らわない方がいい。
 どうしても与えたいというのなら、もらった方がいい。
 そんな風に言い訳をしつつ。

「何が頂けるのでしょうか」

 そう聞くと、アトーフェは満足そうに目を細めた。

「力だ」

 力。
 力か。
 欲しくないといえば嘘になる。
 もらえるというのなら、もらっておきたい。
 いや、でもムーアさんはもらわない方がいいって言ってたからな。
 先ほど地下でお茶をもらったので帰ります、みたいな感じで話を逸らして……。


「貴様には我が親衛隊に入り、体を鍛え抜く権利をやろう!」


「えっ!」

 あれ?
 こう、頭に手を当てて潜在能力を引き出してくれるとか、
 キシリカみたいに 魔眼をくれるとかじゃないの?

「お前は軟弱そうだが、なに、10年も修行すれば、一端のレベルにはなろう」
「あの、えっと」
「10年間、このオレがみっちりと休みなく鍛えてやる。どうだ、光栄だろう」

 10年間、みっちり休み無くって……。
 いや、俺には妻も子もいる身なんで、そういうブートキャンプ的なものは勘弁してもらいたい。
 そりゃ、確かに10年も修行だけをしてりゃ、強くなれるだろうけど。
 他のものを全部ほっぽり出してまで強くなってどうするんだ。
 そんなに強くなって、誰を倒すってんだ。
 守るべき生活を放り出して、何を守るっていうんだ。

 ムーアさんの方を見ると、諦め顔で首を振っていた。
 どうする。
 いや、断らないと。
 親衛隊になんて入りたくはない。

「申し訳ありませんが、その名誉、謹んで遠慮させていただきます」
「遠慮することはない! さぁ、誰か、こいつらに予備の黒鎧と、契約の準備をしろ!」

 その言葉で、親衛隊の人の何人かが部屋の外へと出て行った。

「魔大陸でも最高の鎧に身を包み、魔大陸でも最高の訓練を受け、魔大陸最強と名高い親衛隊に入れるのだ。名誉なことだぞ! 契約をすればオレには逆らえんが、なに、契約しなくともどうせ逆らえんのだ、むしろ嬉しかろう?」

 逆らえないって……。
 嬉しくない。
 いやでも、今まで会った魔王の中で一番魔王っぽい物言いだ。
 そういう意味では、魔王らしい人に会えて、ちょっと嬉しいけど。

 もしかして、今この場にいる親衛隊にもこうして無理やり契約させられた奴がいるのだろうか。

「いえ、申し訳ありませんが。私は家族が待っていますゆえ、10年も家を空けるわけには参りません」
「……家族など気にすることはあるまい。オレも100年は息子と会ってないが、なぁに、便りが無いのが息災の証だ」

 だから俺も100年ぐらいってか?
 冗談じゃない。

「ひ、人族の10年は非常に長く、私も家族には、すぐに戻ると約束してます、それに」
「それに?」

 アトーフェの額が、ピクピクと動いた。
 機嫌が悪そうだ。

「病気の友を待たせています。一刻もはやく治療法を見つけて帰らねばいけません。また、現在はやることも多く、己のためだけに力を得るのは」
「うるっせぇ!」

 アトーフェの怒号が響き渡った。

 怖い、怖い。
 マジで怖い。
 なんなの。なんなの。
 なんで怒鳴るのよ。

「親衛隊になるのか、ならないのか、どっちなんだ! ハッキリしろ!」
「な、なりません!」

 そう答えると、アトーフェは硬直した。
 端正な顔が、みるみるうちに赤くなっていく。

「なんでだ! なんで断る!」

 あっれ?
 俺、今、理由、言ったよな。

「えぇ……と」

 こういう時はザノバだ。
 と、見ると、平然としていた。
 ああ、今のはずっと魔神語で、こいつは言葉がわからなかった。

 こういう時、どうすりゃいいんだ。
 どうやって説得すりゃいいんだ。

 周囲を見る。
 いつしか 部屋の雰囲気が、ガラリと変わっていた。
 兵士たちの気配が和気藹々としたものから、何か異質なものに変わっていた。
 なんだ、このアウェイ感は。

「ほらな」

 キシリカがポツリとつぶやいた。

「こいつは馬鹿なのじゃ。関わりあいにならん方がいい。まともな話などできるものか」
「うるっせぇ! 馬鹿じゃねえ!」

 アトーフェは唐突に叫び、剣を抜き放った。

「そうか、馬鹿にしてんだな! 褒美を受け取ると言ったり受け取らないと言ったり! オレの頭が悪いことを馬鹿にしてんだな!」

 そして、ズンズンとこちらに歩いてくる。
 え?
 なに?
 あ、ちょっとまって。

「アトーフェ様! 殿中でございます!」
「オレは馬鹿じゃない! 馬鹿じゃないぞ!」

 ブンブンと剣を振り回しながら、怒りの形相で迫るアトーフェを黒鎧が押しとどめる。

「どけぇ!」

 吹っ飛ばし、ラッセル車のように近づいてくるアトーフェ。
 あ、やば、やばい。
 魔術?
 いや、攻撃するのはまずいだろう。

『ここは余が』

 と思った瞬間、やおらザノバが立ち上がり、前へと出た。

「フン!」

 迫りくるアトーフェの腕を、ガッシリと掴んだ。
 アトーフェはザノバをも蹴散らして前進しようとする。
 だが、さすが神子の力というべきか、アトーフェの行進は止まった。

「むっ! お前、すごい力だな!」

 アトーフェは感心したように目を見開いてザノバを見て、口元に笑みを浮かべた。
 ザノバはそんな彼女を諌めるように、言葉を放った。

『落ち着いてくだされ。我らはなにも愚弄したつもりはありませぬ。ただ草を』
「わけのわからん言葉で喋るなぁ!」

 アトーフェはザノバの言葉に耳を貸さなかった。
 というか、人間語がわからないらしい。ムーアさんは喋れるのに。
 アトーフェは剣でザノバをガンガンと殴り、ゲシゲシと蹴り、通用しないことがわかると、唸るように言った。

「貴様、この硬さ。相当な闘気をまとっているな! 面白い!」

 アトーフェはそう叫び、ザノバに掴まれている己の手を剣で切り落とした。
 己の手を、である。
 何の躊躇もなかった。
 ただ、そこを捕まえられていて邪魔だからといわんばかりの。
 セーターの糸がドアに引っかかったからハサミで切るぐらいの、そんなあっけなさだった。

「むっ!」

 アトーフェの体を離れた瞬間、腕はぶよぶよの肉塊と化した。
 ザノバの手から離れ、ボトリと肉塊が落ちる。
 肉塊はぐねぐねとうごめきつつ、アトーフェのところへと戻り、腕にくっついた。
 そして、瞬く間に元通りの腕を形成する。
 バーディガーディの時といっしょだ。
 物理ダメージは無いのか。

「よかろう、オレは不死魔王アトーフェラトーフェ・ライバック!
 北神流開祖、カールマン・ライバックが妻!
 貴様に本当の北神流を見せてやろう!」

 アトーフェは大剣を大上段へと構える。
 ザノバは受けるつもりなのか、拳を握り締めて立っている。

「……」

 それを見た瞬間、俺の背筋にぞわりとしたものが這った。
 何かがヤバイ。
 ザノバが死ぬ、そんな予感が。

 ザノバは神子だ。
 並の攻撃ではかすり傷一つ負わない。
 だが、無敵というわけではないはずだ。

 あの龍神オルステッドだって、俺の魔術でダメージを受けた。
 物事に絶対は無い。
 ザノバだって、火は苦手だ。
 物理的な衝撃に強いというだけで、ダメージを受けないというわけではないのだ。

「くっ!」

 俺は咄嗟に魔力を溜めた。
 できる限り速く、できる限り硬く。
 岩砲弾は……間に合わない。
 だが、かつてより、俺の魔法技術は向上している。

「フハハハハハ! 死ねぃ! 北神流奥義……」
電撃(エレクトリック)!」

 俺の義手より、アトーフェに向けて紫電が伸びた。
 パチンと一瞬。
 アトーフェがのけぞった。 

「うあがぁ!」

 アトーフェは背をのけぞらせ、大剣を取り落とした。
 同時に、俺の左手も肘までしびれたが、問題は無い。
 感電死するほどの魔力を込める必要はない。

「ふん!」

 アトーフェの隙を、ザノバは見逃さなかった。

「がぶぎょぁ!」

 ザノバの鉄拳がアトーフェの顔面に着弾した。
 アトーフェは顔面を大きく変形させつつ、ふわりと音のするほど綺麗な放物線を描いた。
 そして、玉座の後ろ。
 壁へと当たり、そのままガラガラと音を立てて壁を破壊。
 城外へと落ちていった。

「あ、アトーフェ様ァァァ!」

 黒鎧たちが、スズメのように壁に開いた穴へと群がった。

「む、いかん……師匠を守ろうとするあまり、つい手が出てしまいました。死んでしまいましたかな?」
「いや、死にはしないと思う」

 不死魔王だし。
 だが、問題はこの後だ。

「ああ、やっちまったな」
「これはもう……」
「なんてことを」

 周囲には、二十人近い黒鎧たちがいた。
 彼らはあれこれと言い合いながら、俺たちを囲もうとしている。
 己の主をやられたのだから、黙ってはいまい。

「くっ」

 杖を構える。

 俺の責任だ。
 俺があんなことを言わなければ、こんな事には。
 ……いや、俺が悪いのかな?
 俺、悪くない気がするんだけど……ええい。

「……」

 しかし、彼らは剣を抜くこともなく、こちらを見ているだけだった。

「お前……」

 ザノバが徒手空拳で構える。
 ザノバにも武器を持たせた方がよかったかもしれない。
 今から用意している暇はない。
 どこかに丸太は落ちていないか。

 ムーアが近づいてきた。
 彼は親衛隊の代表のように、口を開いた。
 出てきた言葉は、魔神語である。

「もう一度聞くが、お前たち、我らの仲間になるつもりは無いのだな?」
「あ、ありません」

 ハッキリと言った俺に、ムーアは言った。

「あのお方は強き者が好きだ。奥義を直前で止められ、一発で城外まで吹っ飛ばされたとなれば、必ずやお前たちを欲しがるだろう」

 この世界の魔王はそんなのばっかりか。
 まともなのはいないのか。
 しかし、そんなことを言うわりには、みんな俺たちを捕らえるつもりはないらしい。
 場外に落ちたアトーフェを見て、「うわー」「アトーフェ様はすぐ油断するからな」「あーあ」などと口々に言っている。

「我ら親衛隊は、命令が無ければ動きませぬ。ですが、一度命令が下れば……逃がしませぬ」

 ムーアがそう言うと、親衛隊の何人かが、鋭い目線を送ってきた。
 指示待ち族だと笑いはすまい。
 今はそれがありがたい。

「こうなった以上、アトーフェ様はあなた方を逃しはしないでしょう」
「捕まったら、どうなるんですか?」
「あなた方はアトーフェ様と決闘をすることになるでしょう」
「……」
「決闘に敗北すれば、気絶させられた上で無理やり契約を交わされることになります。契約を交わせば、アトーフェ様の命には二度と逆らう事はできなくなります」
「そ、その契約期間は、いつまで?」
「無論、死ぬまで」

 ゴクリと、自分の飲み込む唾の音が大きく聞こえた。

「もっとも、10年に1度、2年間の休暇をもらえますがな」

 10年に2年の休暇。
 5日に1日は休みだ。
 なのに、全然多いと思えないのはなんでだろうか。

「ここにいる大半は好きでアトーフェ様の親衛隊をやっていますが、そうでない者も多い。特に、人族は嘆く者も多くてな。我らもちと不憫に思っております」

 親衛隊のうち、何人かが俯いた。
 似たような感じで、契約させられた者も多かったということか。
 褒美と称して奴隷契約。

 なるほど、褒美を受け取るなとは、こういう事か……。
 もっと詳しく言っといてくれれば。
 いや、相手を責めてはいかん。
 詳細を聞かなかった俺が悪いんだ。
 油断しないと考えておきながら、最初から油断していたのだ。

「……け、決闘に勝ったらどうなるんですか?」
「ほう、勝てると。この5000年の間、北神カールマン様と、魔神ラプラス様以外に勝ち得る事の出来なかった我らが王に、勝てると?」

 まあ、無理でしょうね。
 不死って名前がついてるぐらいだし、耐久力については、バーディガーディみたいな感じなんだろう。
 しかも、その上、バーディガーディよりも武芸が達者と見える。
 バーディガーディは北神流剣術なんて使ってこなかったしな。
 少なくとも、俺との訓練中には、だが。

「引き分けになると、どうなるんですか?」
「敵であれば再戦を、味方であれば同格として認められますが……」

 俺の場合、どうなるんだろう。
 まあ、きっと再戦だな。
 明らかに敵として見られている気がする。
 そして、何度もやるうちに、負けてしまいそうだ。

「ど、どうすれば……」
「逃げなさい」

 ムーアはハッキリと言った。

「今頃、ソーカス草の採取も終わっている事でしょうし、城の地下に町の外へと出られる抜け道がありますゆえ、それを使うのがよろしかろう」

 その途端、周囲の黒鎧たちが、口々に言った。

「俺の二の舞いにならんでくれ」
「もし、ミリス神聖国に行くことがあったら、ワコ村の……」
「馬鹿やめろ、お前、あと7年で一度戻してもらえるだろうが」
「でもよぉ……」

 後ろの方から、そんな悲痛な声が聞こえる。
 まあ、聞かなかった事にしておこう。
 ワコ村とか、どこにあるか知らないし。

 俺は兵士たちに感謝しつつ、玉座の間から逃げ出そうとして。
 ふと、視界の端、キシリカと目が合った。
 その懇願する瞳。
 こうなった以上、俺もこいつも同じ、逃亡者だ。

「キシリカ様、連れて行ってもいいですか?」
「……まあ、我らの任務は、キシリカ様を捕まえるところまでですからね」

 親衛隊の人たちは、見てみぬフリをしてくれた。
 捕まえておけとの命令は無いらしい。
 罰を与えられるんじゃないんだろうか。
 ええい、ままよ。

 俺はキシリカの縄を素早く魔術で焼ききった。

「おお、す、すまんのう! 恩に着るぞ!」

 俺達は玉座の間から逃げ出した。


---


 城内でエリナリーゼたちと合流。
 二人はバックパックにパンパンになるまで茶葉を詰め、両手に鉢植えを持っていた。
 黄土色の葉。しなびたアロエって感じだ。
 これが、例の草だろう。

「日光には弱いそうですから、地下で栽培しなければならないそうですわ。ただ、メモをもらったのですけれど、わたくしには読めなくて」
「俺かロキシーが読めますから、急いで」
「どうしたんですの?」

 かくかくしかじか。
 エリナリーゼは、やっぱりという顔をした。

「そんな話、どっかで聞いたことがあると思ってましたのよ。キシリカは魔眼、バーディガーディは知恵、アトーフェラトーフェは力を授けるとかなんとか」
「聞いてたんなら教えてくださいよ」
「魔神語がわからないんだから、もっと丁寧に教えてくださいまし」

 まあ、確かに説明不足だったかもしれない。
 けど、俺は通訳の資格は持っていないんだ。
 さすがにわからんて。

「喧嘩してる暇はないだろ、早く逃げないと。えっと、地下通路だったか? 戻るのか?」

 クリフの言葉で我に返る。
 そうだ、今にもアトーフェがザノバに潰された顔を取り替えて、やってくるかもしれない。
 元気百倍で。

「いや、地下はやめておけ」

 足元から声がした。
 見てみると、キシリカが俺を見上げていた。
 いつぞや会った時は俺と同じぐらいの背丈だったが、いつのまにか見下ろす立場になってしまったな。

「さっきは裏切った腹いせに黙っててやろうと思ったが、地下通路はラプラス戦役の時にバーディが壊してそのままのはずじゃ」
「マジですか」
「マジじゃ。さっきの男、食わせ物じゃぞ。ムーアは嘘ばっかりついてアトーフェのいいように物事を運ぶ、アトーフェの右腕的存在じゃからな。あんな事を言っとったが、お主らがアトーフェと戦った時点で、何か企んでおったはずじゃ」

 キシリカの話はあまり信用ならないが、しかしあり得そうな話だ。
 ムーアに騙されて、地下で追い詰められる。
 おのれ……。

 ……だが、あの場で襲いかかられなかっただけマシと見るか。
 大体、草も栽培用のメモも、好意で用意してくれたのだ。
 その好意を裏切ってアトーフェとの仲をこじらせたのは、俺達の失態だ。
 キシリカを渡して、褒美をハッキリと断って。
 それでさっさと帰ればよかったのだ。
 ムーアは、アトーフェに手をやいているようだが、それでも俺達の味方ではないのだから。

「でも、それなら、あの場で俺たちを捕まえた方がよかったんじゃないのか?」
「あのアトーフェじゃぞ。自分で追い、自分で追い詰めたいに決まっておろうが」

 なるほど。
 シチュエーション作りか。
 あの魔王様の忠臣でいるには、そういったことも大事なのだろう。
 他の黒鎧たちは、それに気づいているのかいないのか。
 気づいている奴もいるし、いない奴もいるんだろう。

「わかった、じゃあ、地上から逃げるんですか?」
「うむ。今なら、検問もやっておらんはず」

 検問、入口付近でやってたもんな。
 確かに、今は親衛隊が城内に集まっているから、いないのか。

「でも、キシリカ様を逃したことで、その裏をかかれている可能性もありますね。実は地下通路も修復されてたりとかして」
「そこまで考えると、どっちに行っても同じじゃぞ?」

 確かに。
 敵が上に来るか、下に来るか。
 うーむ。

「エリナリーゼさんなら、どっちにします?」
「わたくしなら、行き止まりの可能性の高い道は行きませんわ」
「ザノバは?」
「余としては、狭いほうが戦いやすいですな」
「クリフは?」
「ぼ、僕も地上だ。暗いのは嫌だ」

 よし。
 ここは民主主義でいこう。

「じゃあ、地上で行きましょう、エリナリーゼさんが先頭で、まっすぐ転移魔法陣に向かってください。ザノバとクリフが真ん中、俺が殿を担当します。荷物はザノバと俺で運びましょう」

 エリナリーゼから荷物を受取る。
 二人が持つより、俺達が持った方がいいだろう。
 俺は魔術を使えば足を使わなくてもなんとかなるし、ザノバは重さなんて感じまい。
 クリフはパワー不足だから、持たない方がいい。

「妾はどうするんじゃ!」
「陛下はザノバの荷物の上にでも座っててください」
「了解した」

 キシリカは俺に言われるがまま、ザノバにパイルダーオンした。
 冗談だったんだが……。
 まあいいか。そこが一番安全だろう。

「よし、じゃあ出発!」

 俺たちは城の出口へと向かって、走りだす。
 城を出る寸前、どこからか「ムーアアァァァ! 奴らを追えぇぇぇ!」という怒号が聞こえた。
 怖い。


---


 夜の大通りを走る。
 闇に紛れたい所だが、周囲はまだまだ明るい。
 クレーターの壁面から煌々たる光が降り注いでいるのだ。

 しかし、地上ルートは正解だった。
 通りに黒鎧は一人もいない。
 背後から追いかけてくる様子もない。

 キシリカの予想通りだ。
 今頃は地下通路を探しているのだろうか。
 それとも、アトーフェが諦めたのか。
 無いな。考えてみると、キシリカまで連れてきたんだ。
 諦める理由がない。


 大通りを抜けて、冒険者ギルドの前を通る。
 ノコパラはまだいるのだろうか。

 こんなに早く帰ることになるとは思っていなかった。
 宿の料金も払ってしまった。
 着替えも置きっぱなしだ。
 もったいないが、でも大したものは無い。

 人気の少なくなった市場を通り抜ける。
 ふと、かつてルイジェルドの髪を染めた路地裏が目についた。
 あの時も逃げるように町を後にしたが、今回もか。
 本当に、この町にはいい思い出が無い。

 クレーターの亀裂、町の入り口まできた。
 黒鎧はいなかったが、門番がいた。
 トカゲ頭と、ブタ頭。
 彼らは俺達の姿を見て戸惑ったものの、素直に通してくれた。
 ここから先は、もうあと少しだ。

 クレーターを沿うように、移動していく。

「おおっ? どこにいくんじゃ?」
「こっちに、俺達のつかった転移魔法陣があります」
「ほう。転移魔法陣か。そんなもん、まだ残っておったか、や、でも……あでっ、舌かんだ……」

 来る時に目印はつけておいた。
 問題は無い。
 周囲は暗いが、エリナリーゼが見間違えるはずはない。

 目印を左折して、斜面を登ろうとした時、俺達は足を止めた。

「ふむ、遅かったな」

 斜面の上。
 俺たちの通ってきた転移魔法陣への入り口。

 そこにアトーフェが立ちふさがっていた。
 そして、十人近い黒鎧たちもいる。
 転移魔法陣への入り口の近くにもう一つ穴があった。
 もしかして、地下通路の出口って、ここなのか……?

「さすがムーアだ。予想通りだな。あとで褒めてやらねば」

 俺たちの動きは読まれていた?
 違う、先回りされていたのだ。
 移動先を読まれていたのか?

「ず、ずいぶんと……早いお付きですね?」
「ふん、飛べばすぐだったぞ。貴様らが走っている姿もよく見えた」

 アトーフェは背中の翼を動かしつつ答えた。

「ムーアも来たようだな」

 後ろを見ると、遠くから黒鎧たちがクレーターを回ってくる所だった。

 空から来たアトーフェ。
 あの十人の黒鎧は、地下からきて。
 地上からも当然、追いかけてくる。
 3方向からの追撃。
 ……考えてみれば、当然か。
 銭形警部じゃあるまいし、普通に手分けして探すわな。
 まして、行き先が読めているのなら、当然、全てのルートを潰す。

 背後の黒鎧たちが、俺達を囲んだ。
 逃げ場はない。
 退路は塞がれている。

「ムーアよ。よくやった。貴様の言うとおりであったぞ」
「そう思うのでしたら、私の言いつけも守ってください」
「断る」

 アトーフェは短く言って、手を上げる。
 すると、黒鎧たちが、ジャキンと、一斉に剣を抜刀した。

「さて……」

 アトーフェが前に出て、剣を抜き放った。
 そして、高い位置から俺達を剣で指し、言い放った。

「アーッハハハハハハ!
 オレは不死魔王アトーフェラトーフェ・ライバック!
 オレに勝てれば勇者の称号をやろう!
 負ければ、我が傀儡として、息絶えるまで使ってやろうではないか!」

 獰猛な笑み。
 膨れ上がる圧倒的な殺気。
 俺より背が小さいはずのアトーフェが、5メートル以上ある巨人に見えた。

「……」

 ごめんシルフィ。
 俺、帰れないかもしれない。
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