挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第14章 青年期 日常編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

157/286

 間話「新たなる剣王の誕生」

 剣の聖地。
 当座の間。

 そこには三人の剣聖が片膝を付いていた。

 ニナ・ファリオン。
 ジノ・ブリッツ。
 エリス・グレイラット。

 彼らの前に、剣神ガル・ファリオンの姿があった。
 剣神はゆるりとした立ち姿で腰の剣に手をかけつつ、三人を睥睨する。
 ゆっくりと口を開いた。

「お前らの剣技は、すでに剣聖の域にない」

 その言葉にジノの肩が微かに震えた。

「そろそろ、ギレーヌに続く二人目の剣王を決めようと思う」

 ジノの目が見開かれた。
 拳がギュっと握られ、わなわなと震えた。
 歓喜の感情が体を支配しているのだ。
 彼は飛び上がって喜びたい気持ちを、ただひたすら抑えつけている。

 しかし、剣神の話はまだ続いている。

「その前に質問だ」
「……」
「お前らは、剣聖と、剣王と、剣帝の違いは何かわかるか?」
「……強さですか?」

 ぽつりと答えたのはニナだった。
 そんなもの、強さ以外に何があるのか、と全員の目が語っている。
 だが同時に彼らは理解していた。
 剣神が聞きたいのはその先。
 強さの元となるものであろうと。

 剣神はニナには応えず、逆に質問を返した。

「ニナよ。『光の太刀』を習得する前、お前の師匠はなんと言っていた?」

 ニナの師匠は剣神ガル・ファリオンではない。
 彼女に直接剣を教えたのはジノの父、剣帝ティモシー・ブリッツである。
 ニナは師の教えを思い出し、言葉を絞り出した。

「『お前は右利きであるがゆえ、左手を鍛えろ』と。左手一本で完璧に剣を操作出来るまでは、光の太刀は放てないと」
「そうだ。『光の太刀』は利き腕とは逆の腕が重要だ。なぜか分かるか?」
「利き腕に力が入れば、剣先が横にブレるからです」
「そう。全ての闘気をそこにつぎ込み、まっすぐ斬る。単純だが、これが『光の太刀』の極意だ」

 剣術というものは、動く相手を斬るものである。
 馬鹿正直に真正面から斬りかかっても、簡単に回避されるだけである。
 故に下から、横から、斜めからと、剣士は斬るための工夫として、様々な形で斬撃を放つ。

 しかし、初代剣神は違った。
 彼にそんなものは不要だった。
 ただ最速で剣を振り、あらゆるものを両断した。

「この極意ってやつには、剣神流の歴史が詰まっている」

 コンと、剣神が剣の柄を爪で叩いた。

「初代様がなんとなしにやってた事を、歴代の剣神が少しずつ解明して、ようやく行き着いたのが、今の剣神流だ。
 『光の太刀』の極意の解明、原理、その練習方法。
 行き着いてしまえば簡単な事だ。
 ちょっとでも才能のあるやつなら、誰にでも使えるようになった。
 剣神流が最強と呼ばれる時代の始まりだ。
 俺様たちは初代様と、初代様の技を解明した歴代剣神のお陰で、でかい顔が出来る」

 剣神は、コンと、もう一度、剣柄を指で叩いた。

「『光の太刀』は剣神流最高の技、他流派で言う所の『奥義』だ。
 その極意を習得したのに、優劣が出やがる。
 剣聖、剣王、剣帝、剣神……おかしな話だなぁ。同じ事をしてるだけなのに、強ぇ奴と弱ぇ奴がいやがるのはよぉ」

 剣神はそこで、ジノへと顔を向けた。

「その違いはなんだと思う? ジノ、答えてみろ」

 問われ、ジノは顔を上げる。
 その顔には不安が張り付いている。
 問いの答えがわからない。
 しかし、早く答えなければという焦燥が、彼に口を開かせた。

「ご、合理的に考えて、技以外の、足運びの巧みさや筋力、あるいは……ぶ、武器の優劣、でしょうか」
「武器だぁ!? お前、何年修行してんだ! 初級からやり直した方がいいんじゃねえのか!?」
「も、申し訳ありません!」

 剣神の怒鳴り声に、ジノは真っ青になって俯いた。

 ジノは「才能」と答えたかった。
 だが、剣神がその答えを望んでいない事は、ジノも重々に理解していた。
 そんな簡単な言葉で片付けてはいい話ではないはずだ。
 なにせ、才能の中身についての話をしているのだ。
 そんな事を言えば、本当にこの場から追い出されかねない。

「お前はまだガキだからわからねえか?
 まあいい。わからなくても強ぇ奴は強ぇからな。
 よし、じゃあ、ニナ、答えてみろ」
「…………」

 問われ、ニナは熟考する。
 今聞かれていることが、恐らく剣神と剣帝、そして剣王。
 自分たちと上との違いを指すのだ。
 彼らにあって、自分には足りないもの。
 そういえば、剣神と剣帝は全員、すでに伴侶がいる。
 自分が欲しいもの。彼氏? 夫?
 ジノの方をちらりとみる。
 彼は俯いている。
 その表情は実に悔しそうだ。
 ここ最近、ニナは年下の彼のことが気になって仕方がない。
 と、そこで剣神がよく口にする単語を思い出した。

「……『欲望』ですか?」
「ハッ、お前、最近なんか色気づいてきたな。さすが俺様の娘だ」

 剣神は、ニナの心の奥底を覗きこむように笑った。
 ニナは動じない。
 動じないような訓練を、続けてきた。

「『欲望』それも間違っちゃいねえ。けどじゃあ、お前の欲望ってなぁ、どこまで耐えられる?」
「耐える、ですか……?」
「例えばだ。ジノと結婚するのと、剣王になるのと、どっちか選べと言われたら、どっちを選ぶ?」

 結婚と言われ、ジノとニナの目線が絡んだ。
 ニナの頬に若干の紅がさした。

「……剣王を選びます」

 ジノとの結婚と剣王なら、自分は剣王を選ぶだろう。
 つまり、自分の欲望とは、その程度のものだ。
 ニナは自分が言葉を間違えた事に気付いた。

「相変わらず甘っちょろいな。じゃあエリス、お前はどうだ」
「覚悟よ」

 エリスは即答であった。
 何ら考える事なく、即答した。

「『覚悟』。そいつは違うな」

 剣神は、それを笑って否定する。
 だが、エリスは剣神を睨みつけるように、もう一度答えた。

「違わないわ。『覚悟』よ」

 この時、エリスの脳裏には、かつての光景がありありと浮かんでいた。
 オルステッドに胸を刺し貫かれる、ルーデウスの姿。
 無力を嘆く自分、崩れ落ちるルーデウス。

 あの時より、自分は強くなった。
 パワーもスピードも、数年前に比べれば段違いだ。
 しかし、オルステッドには勝てまい。
 この数年の修行で、エリスも自分の限界が見えた。
 恐らく、これからどれだけ修行しても、オルステッドの領域にはたどり着けまい。

 だが、ルーデウスと一緒なら。
 彼と一緒ならば、手は届くはずだ。
 魔術師(かれ)と、剣士(わたし)、二人でやるのだ。

 もし、私が刺し違えてでもオルステッドの足を止めれば、ルーデウスはやってくれる。
 ルーデウスが勝てれば、勝ちだ。
 もちろん、自分が死ぬが、ルーデウスは生き残る。
 そうすれば、きっとルーデウスと共に生きる未来はなくなる。
 だが、それでもいい。
 未来を考慮すれば腰が引ける。
 腰が引ければ剣が鈍る。
 剣が鈍れば、自分もルーデウスも、二人とも死ぬ。
 なら、死ぬのは自分だ。

 エリスは覚悟をしていた。

「じゃあ、剣王にはなれなくてもいいな?」
「別にどうでもいいわ」
「強くなりたいんじゃねえのか?」
「ええ。なりたいわ。でも呼び名なんてどうだっていいでしょ?」

 剣神は嬉しそうに呟いた。

「よし、エリスにニナ。お前たちの内、勝った方を剣王とする!」

 その言葉に、最年少のジノは静かに肩を落とした。


---


 エリスとニナ。
 二人は向かい合って立つ。

「……」

 互いの手に握られるのは木剣である。
 しかし、剣聖同士の技を持ってすれば、相手を絶命させるに容易い。

「初めて来た時の事を思い出すわね」
「そうね」

 二人の脳裏に浮かぶのは、数年前。
 エリスがギレーヌに連れられてやってきた時の事だ。
 魔獣のようなこの女に、ニナは屈辱を植え付けられた。
 他の剣聖や、ジノの見ている前で、無様に失禁させられたのだ。
 今思い出しても、顔を覆って転げまわりたくなる。

 だが、エリスに対する憎悪は無い。
 彼女のおかげで、自分は強くなれた。
 慢心をなくし、ひたむきに修行に打ち込めた。
 そう思えば、あの屈辱も糧となったと、そう自信を持って答えられる。

「今日は、私が勝つから」

 ニナがそう宣言した瞬間、エリスから殺気がほとばしった。
 だが、ニナはたじろぎもしない。
 悟りきった修行僧のような玲瓏たる表情にて、エリスを見つめる。

「…………ふん」

 次の瞬間、エリスの殺気がみるみるうちに消えていった。
 そして、ニナとは対照的な表情がエリスの顔に張り付く。
 笑みである。
 ニマニマと、気持ち悪い笑みが、エリスの顔に張り付いた。
 猛獣の笑みである。

 ニナはこの笑みに本能的な恐怖を覚えている。
 水王イゾルテとの鍛錬中、エリスとは何度も打ち合った。
 そして、負けた。
 無論、勝てる時もあった。
 だが敗北の記憶だけが、やけに頭に残っている。

「……」

 エリスは動かない。
 野獣の笑みを浮かべたまま、静止している。
 常に先手を取ろうとする彼女にしては、珍しいことに。

 ニナの脳裏に、カウンターの文字が思い浮かんだ。
 イゾルテとの戦いで何度ももらった、あのカウンターだ。
 エリスは、水神流の技を使えない。
 だが、北神流にもカウンターの技術はある。
 エリスは恐らく、それを狙っているのであろう。

「…………」

 場に沈黙が流れた。
 中段に構えるエリスと、上段に構えるニナ。
 一足一刀の間合いで静止する二人。
 無表情のニナ、笑みのエリス。
 不気味なオブジェのように、二人はただただ睨み合った。

 静止、それは先手必勝をモットーとする剣神流同士の戦いでは珍しい事である。

 ぴたりと静止した二人。
 それにため息をついたのは、何を隠そう剣神であった。

「いつまでお見合いしてんだ?」

 その言葉がきっかけとなった。

 動いたのはニナであった。
 彼女は鋭く踏み込んだ。
 何十万と繰り返してきた、剣神流の所作。
 極めて合理的な位置についた足は、爆発的なエネルギーを上半身へと送る。
 そのエネルギーはニナの体から発せられる闘気と融合。
 腕へと伝わり、そして剣に乗った。
 『光の太刀』。
 圧倒的な剣速を誇る剣が、上段より勢いよく振り下ろされる。

 完璧な技であった。
 誰がみても惚れぼれするような、完璧な『光の太刀』であった。

 だが。

「があぁっ!」

 ニナは腹にすさまじい衝撃をくらい、後ろへと吹っ飛んだ。
 道場の壁にたたきつけられ、ずるりと地面に座り込む。
 道着が破れ、よく鍛えられた腹が見えている。
 その腹に、ゆっくりと赤いミミズ腫れが走り始める。
 焼けるような痛みを感じる頃、剣神が宣言した。

「そこまで!」

 ニナは呆然とした顔でエリスを見た。
 額にびっしりと汗をかいたエリス。
 道着の肩がわずかに破けているが、それだけである。
 その顔には、すでに笑みは浮かんでいない。
 だが、その立ち姿は、勝者のそれであった。

「……くっ」

 何をされたのか、ニナは理解している。

 エリスは、ニナが動くとほぼ同時に踏み込んでいた。
 そして、上段のニナに対し、エリスは身を深く落としながら、横薙ぎの『光の太刀』を放ったのだ。

 だかわからない。
 それなら自分の方が先に届くはずである。
 先に動いたのはニナであり、剣速もエリスよりニナの方がわずかながら速く、しかも、もっとも剣速が上がる、上段からの振り下ろしでもある。
 ならば、わずかに頭を下げたとしても、エリスより先に自分の剣が届いてもおかしくない。
 だというのに、結果は相打ちにすらならなかった。
 なぜ自分はへたり、エリスは立っているのか。

「人を倒すのに、必要以上の力はいらないわ」

 エリスは静かにそう言った。
 その言葉の意味が、ニナにはわからなかった。

 エリスが使ったのは、北神流の技であった。
 本来ならあらゆる相手をオーバーキルする『光の太刀』。
 エリスはその威力を、速度に回したのだ。
 斬撃の威力を倒すに止め、その分だけ速く動かす。
 エリスはそうした闘気の配分を、北帝との鍛錬で学んだのだ。

 もっとも、そうして生まれる速度は、微々たるものである。
 大きく殺した威力に、釣り合わない速度。
 しかし、そんなわずかな速度の上昇は、髪の毛一本分の差を覆し、勝敗を決するのに十分であった。

「見事だエリス。お前に剣王の称号を授けよう」

 ニナはゆっくりと起き上がった。
 腹部に鈍痛を覚え、顔をしかめる。

(完全にやられた)

 木剣だから吹っ飛ぶだけで済んだが、真剣であればニナは内蔵をぶちまけただろう。
 光の太刀と言えば、胴体が真っ二つになってもおかしくないが、致死量には十分だ。
 対するエリスは、肩口を切り裂かれる程度にとどまったろう。
 完全に敗北である。

 ニナはため息をついて、その場に座り、背筋を伸ばした。
 全てにおいて負けた。
 先に動き、そして負けた。
 負けた。
 負け。
 ニナの胸のうちから、重く苦しいものがせり上がってきた。

「悔しいか、ニナ」
「はい」

 ニナの目からは、ボロボロと大粒の涙が流れていた。

「お前はまだ伸びる。精進しろ」
「はい、お父さん」

 ニナはその日、久しぶりに己の父を父と呼んだ。

「……」

 剣神はニナが泣き止むのを静かに待っていた。
 エリスもまた、口をへの字に曲げ、腕を組みながら、待っていた。


---


 ニナが泣き止むのを見届けて、剣神はエリスに対し、言った。

「エリス。お前に剣王の称号を授けたが、すでに教えることは何も無い。免許皆伝も授けよう」

 免許皆伝。
 その言葉を聞いて、ニナとジノは顔を見合わせた。
 二人の剣帝も、剣王ギレーヌも、もらえなかった称号。
 免許皆伝とは、そうしたものである。

「ついでに剣帝の称号を授けてもいいんだが……ただし、その場合は、ギレーヌと戦ってもらう事になる。もし一足飛びに剣神を名乗りたいなら、俺様を殺すんだな」

 どうする?
 と、剣神は己の刀に手を掛ける。
 エリスは首を振った。

「剣神なんてどうでもいいわ」
「だろうな……じゃあ、これからどうするつもりだ?」
「ひとまず、家族の所に帰るわ」

 エリスのまっすぐな瞳を見て、剣神は眩しさを覚えた。
 彼女は、彼がいつしか失ってしまったものを持っているように感じた。
 愚直に強くなる姿勢と、その目的を見失っていないなら。
 あるいはエリスなら。
 あの無敵のオルステッドを倒せるのではないか、そんな予感すらあった。

「来いエリス、剣王の証として、七本剣の内、一本を授ける」
「……はい」

 エリス・グレイラットの長い修業はその日、終わりを告げた。


---


 エリスと剣神が退出し、剣王称号授与式は終わった。
 残ったのは二人。
 ニナと、ジノである。

「……」
「……」

 二人はしばらく、黙って座っていた。
 二人の胸の内にあるのは、悔しさであり、羨望であった。
 だが、決してそれを口にも、そして顔にも出さなかった。

「……」

 二人どちらともなく立ち上がった。
 並んで歩き、当座の間の端に並べ置かれている木剣を手にした。


 ややして、当座の間から、カンカンと木刀の打ち合う音が聞こえてきた。
 それは、剣の聖地なら、どこにいても聞こえてくる音であった。
(続く)
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ