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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第14章 青年期 日常編

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第百三十三話「ロキシー教師になる」

 目覚め。
 それは甘美なる匂いによってもたらされた。
 まどろみの中でふわりと香る、愛おしい匂いだ。

「!?」

 目を開くと、目の前に神がいた。
 神はそのあどけないとも言える寝顔をこちらに向けて、静かな寝息を立てていた。

「おおぉ……」

 俺はゆっくりと毛布から出て、正座をする。
 手をあわせ、一礼。
 なにせ、尊いお方だ。

「まてよ、てことは、まさか……」

 俺はある事に気づいて、神の体に掛かる毛布をめくってみた。
 すると、やはりだった。
 予想通りだった。
 なんと、そこには。
 毛布の下には……!
 神の裸身があったのだ!

「おおぉ……!」

 幼すぎるのでないかと思える肢体。
 決して女らしいとはいえない、くびれの無い腰。
 暗くてよくわからないが、胸に見えるは白毫ではないだろうか。
 あのお釈迦様の額に付いている白毫ではないだろうか。
 いや、白毫ではないだろう。
 しかし、それぐらい尊いものに違いあるまい。

「ごくり……」

 触ってしまってもいいのだろうか。
 悪いわけはあるまい。
 なにせ、俺は神に選ばれたのだ。
 救世主たる俺が、神に触れて悪いわけがあるまい。

 とはいえ、涅槃の最中に触ってしまってもいいのだろうか。
 ここで触ってしまうと業を背負い、ニルヴァーナできないのではないだろうか。
 触った瞬間に後光に遮られて、「去れ、マーラよ!」とか言われて浄化されてしまうのではなかろうか。
 俺の使徒は朝っぱらからこんなにもパウロしてるのに。

「ん……寒……」

 神は毛布を手繰り寄せ、もぞもぞと体を隠して後ろを向いてしまった。

「おおぉ……」

 なんと神々しいのだ!
 水色の髪から覗く白いうなじ!
 艶かしいとは言いがたい首筋!
 昨日付けた首筋のキスマーク!

 素晴らしい。
 こんなものが見れるなんて、俺は世界一幸せな人間に違いない。

 ……っと、いかん。
 朝は時間が無いのだ、起こさねば。

「ロキシー、起きてください。朝ですよ」
「ん……」

 神が目を開け、ゆっくりと体を起こす。
 毛布がぱさりと落ちて、綺麗な背中のラインが露わになった。
 見よ、これが人類の夜明けだ。

「……おはようございます」

 神はのっそりと振り返る。
 眠そうな目。
 胸の二つの白毫、その下の可愛らしいおへそ。
 小さなパンツに包まれた、小さな曼珠沙華。
 それを目の当たりにした俺の卒塔婆(そとば)は、悟りが開けそうなほどの業を背負っていた。

「あ……」

 彼女は毛布を持ち上げ、体を隠した。
 その瞬間、俺は神がお隠れになってしまったのだと悟った。
 光は失われ、暗い時代がきたのだ。

「なんですか、そんな残念そうな顔をして」
「いえ、もっと明るい場所でロキシー先生の美姿(おすがた)をじっくりと見てみたいと」
「…………見ても楽しいとは思いませんが」
「何をおっしゃいますか。さぁ、その毛布を退けて、この私めにその素晴らしき太陽を拝ませてください」
「なんでそんなに朝から元気なんですか……まあ、そこまで言うなら今更ですし、構いませんが……」

 そう言いつつも、ロキシーはゆっくりと毛布の前をはだけた。
 すると世界は光に包まれた。
 俺は光を見て、良しとした。
 俺は光と闇を見つけた、
 光をアポロンと呼び、闇をエロスと呼ぶことにする。
 闇の側には(クピド)があり、太腿(アモール)があった。
 第一の日である。

「もういいでしょう?」

 と、目の前で毛布が閉じられた。
 また暗黒の時代が……って、それはもういいか。

「その、ルディ」
「はい、なんでしょうか」
「昨晩は、ありがとうございました」

 顎を引くように頭を下げたロキシー。
 俺は昨晩のロキシーとのアレに至るまでの日々を思い出した。

 予定では子供が生まれたら、ロキシーも正式な妻になるという事だった。
 だというのに今日に至るまで、俺はロキシーと致していなかった。
 子供の世話で忙しかったのもある。
 ロキシー自身が遠慮していたのもある。
 理解はあったが、しかしロキシーも不安だっただろう。

 なので、俺はその不安を払拭すべく頑張った。

 ロキシーを可能な限りお姫様扱いし、できる限りのご奉仕をさせてもらった。
 私の愛を受け取ってとばかりに、ルーデウス流の真髄を見せてやった。

 おかげで、まだちょっと顎が痛い。
 舌を使い過ぎた。
 ともあれ愛は十分伝わったはずだ。
 ロキシーも満足してくれたし。

「それにしても、まさかあんな、やり方? 技ですか? が、あるとは、知りもしませんでした」

 ロキシーは顔を赤くして目を泳がせつつ、そう言った。

「ふふ、世界は広いという事です」

 俺は今まで培ってきた技術をすべて使った。
 シルフィが為す術もなく蹂躙され、息も絶え絶えになってしまうコースである。

 ロキシーを息も絶え絶えにしたい。
 そんな俺の欲望を叶えるための最短コースであった。
 はずだったが、ロキシーは予想と少し違った。
 彼女は事あるごとに質問をしてきたのだ。
「わたしは何をすればいいんでしょうか?」と。
 男女の交わりの最中であっても、彼女は真面目で勤勉だった。
 俺はその度に、細かく説明し、ロキシーに技を教示した。

「次からはもっと色々教えてください」
「いや、ロキシー先生は寝そべってすべてを任せてくれれば、俺が完璧にやってみせますよ?」
「いえいえ、わたしもこういった技術は伸ばしていきたいのです」

 正直、思っていたのとは少し違った。
 もっとも、悪いわけではない。
 シルフィにはシルフィの、
 ロキシーにはロキシーのやり方があるのだ。
 どっちも俺を満足させてくれるし、何の不満も無い。

「……学校に遅れてしまいますね」

 ロキシーは赤い顔をしたまま、ぷいっと顔をそむけると、のそのそとベッドから降りた。
 俺は正座の形を崩さない。
 白くて小さな可愛いおしりは、部屋を明るくして離れて見ましょう。

「ん? なんですか?」
「いえ、なんでもないですよ」

 ロキシーが振り返ったので、俺も着替えている振りをする。

「……」

 ふと、後ろからロキシーの視線を感じる。
 腕を振り上げて、マッスルなポージングでもしてみようか。
 なんて思っていると、ロキシーがトコトコと近づいてきた。
 俺の背中を触った。

「すいません。引っ掻いてしまったようです。痛くはありませんか?」
「ん?」

 首をめぐらせて見てみる。
 脇の裏のあたりに、4本の蚯蚓腫れが出来ていた。
 触ってみると、少しヒリヒリする。

 昨晩、ロキシーがつけたものだ。
 すなわち、男の勲章である。
 ああ、この傷をつけたときのロキシーの顔を思い出したらムラムラして……っと、いかんいかん。
 朝からそんな事をしている時間は無い。

「大丈夫ですよ」
「痕にならなければいいのですが……」

 そういうロキシーの顔は、真っ赤だった。
 治癒魔術で消すといわないあたり、彼女も昨晩の事を思い出しているのだろう。

 顔を見ると、目があった。
 綺麗な水色の瞳。
 その瞳には俺の顔が映っている。
 そして、その瞳はすぐに閉じられた。
 キス待ちの顔。
 恐らく、これにキスをしたら、第二回戦が始まってしまうだろう。
 なので、頬を撫でるにとどめておく。

「……着替えましょう」
「え、ええ。そうですね!」

 ロキシーは慌てて俺から飛びのいた。
 そして、ブラジャーから順番に身につけていく。
 それを見届けて、俺も着替え始めた。

「ルディ、おかしな所はありませんか?」

 着替えが終わった後、ロキシーはくるくると俺の前でローブ姿を披露する。
 三つ編みがふわりと躍った。

「大丈夫です」
「そうですか?」
「もちろんです」

 俺は温かい返事を送る。
 ロキシーをおかしいとか抜かす奴がいたら、俺がただじゃおかない。
 そんな意志を込めて。

「今日は授業初日ですからね。失敗はできません」

 ロキシーはそう言って、ぐっと拳を握った。
 彼女は、今日から学校に通う。
 生徒ではなく教師としてだ。
 そして俺も、今日から三年生だ。


---


 さて、三年生の初日の事を話す前に。
 少し前の事を話しておこう。

 ロキシーが教師になった日の事だ。



-- 数ヶ月前 --


 あれは、旅から帰ってきてから一週間ほどが経過した日。
 色々とバタバタしたものが落ち着き始め、居間でくつろいでいた時の事だ。

 ロキシーが唐突に切り出した。 

「ルディ、魔法大学で働こうと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「えっ?」

 よくわからず聞き返すと。
 ロキシーはいつもの平坦な顔で見下ろしていた。

「最近、どうにも時間を持て余していまして、何か出来る事は無いかと思ったのです」
「えっと……それは、魔法大学で教師になるという事ですか?」
「はい、そのつもりです」

 ロキシーは神妙な顔で頷いた。
 確かに最近のロキシーは暇そうである。

 ロキシーの家事能力はそれほど高くはない。
 彼女はソロの冒険者だった事もあり、ひと通りはできる。
 だが、シルフィやアイシャ、リーリャと比べると、どうしても劣ってしまう。
 家にメイドが二人もいる以上、ロキシーに出番は無い。

 仕事と言えば、俺の左手の代わりになってくれるぐらいだ。
 片手をなくした生活は不便で、色々と不都合が多い。
 着替えや食事の手伝い等をしてくれるのは実に助かっている。
 が、それだけだ。

「ふむ……」

 教師か。
 俺は彼女に魔術を教えてもらえる人の幸せを知っている。
 加えて言うなら、ロキシーは俺の左手で収まるような器ではない。
 拒否する理由はない。
 俺だけのロキシーという優越感より、
 ロキシーという素晴らしい人物が世に出ることの方が大事だろう。

「あの、ルディから見ると、わたしごときが何かを教えるなんておこがましいと思うかもしれませんが、人にものを教えるのが好きなようです」
「おこがましいなんて思いませんよ!」

 心外な。
 ロキシーをおこがましいと思う俺は、どの平行世界に行ったって存在しない。
 どれだけ世界線を超えた所で、俺がロキシーを尊敬する事は運命だ。
 それがシュ○インズゲートの選択だ。

「ロキシーは是非、大学で教師になるべきだ!」
「そういって頂けると、ありがたいというか、少し照れますね」

 よし。
 そうと決まれば、善は急げだ。

「今からジーナス教頭に話をしに行きましょうか」

 そう言うと、ロキシーは驚いた顔をした。

「えっ、ジーナスさん、今は教頭になってるんですか」
「知り合いですか?」

 ロキシーは実に苦々しい顔をしていた。

「…………師匠です」

 あれ、ジーナスって水聖級だったっけか。
 火聖級だとおもっていたが、どこかで勘違いしていたか。
 いや、二種類使えても、ダブルとかツインとか言われたりはしない。
 俺が知らなかっただけで、ジーナスは水聖級魔術もいけたのだろう。

「昔、酷いことを言って別れました。若気の至りだと反省しているのですが……」
「昔の事なら気にすることはありませんよ」

 話に聞くロキシーの師匠は、傲慢で居丈高な人物という話だった。
 けれど、俺の知るジーナスは勤勉な会社員という印象だ。
 俺の知るジーナスと、昔ロキシーに聞いた師匠の像が一致しない。

「でも、向こうが根に持っていたら?」
「俺が根腐れさせます、後腐れなく忘れてもらいます」

 ジーナスには色々と借りがあるが、ロキシーのためだ。
 もういくつか増やしてしまっても問題はない。

「まあ、その時は、よろしくお願いします」

 ということで、魔法大学へと赴くことになった。


---

 ジーナスはいつもどおり、書類の山に埋もれていた。

「これは……」

 ロキシーを見たジーナス教頭は苦笑した。
 いつだって苦笑している人だが、今日は特に苦々しかった。

「すいません、ジーナス教頭。少々お時間をいただけますか?」
「ええ、もちろんですよルーデウスさん。部屋を変えましょうか」

 ジーナスは忙しいだろうに、快く時間を取ってくれた。
 ジーナスはいつも忙しそうだが、頼めばいつでも時間を取ってくれる。
 悪い人ではないのだ。

 面接室へと移動する。
 この部屋も久しぶりだ。バーディガーディと決闘した時以来だろうか。

「お掛けください」

 ジーナスを前に、俺とロキシーが並んで座る。

「まずは……お久しぶりですね、ロキシー」
「はい、お久しぶりです……師匠」
「私のことは、もう師匠と呼ばないのでは、なかったのですか?」

 その言葉に、ロキシーは目を伏せて答えた。

「それは、申し訳ありませんでした、わたしも当時は思い上がっていまして」
「お互い様です。私も、プライドが高すぎた」

 二人は互いに頭を下げあった。

 過去にどんなやりとりがあったのかは知らない。
 けれど、時間の波が流してくれたのだろう。
 10年も経てば、人は変わるもんだ。

 数秒後、気を取り直したようにジーナスが頭を上げた。

「それで、本日はいかなご用件で?」
「はい師匠。あれから色々あって、人にものを教える喜びというものがわかったので、こちらで教鞭を取らせていただけないかと」
「なるほど、教師なんていらないと言っていたあのロキシーが、随分と変わりましたね」

 ジーナスは皮肉めいた事を言って苦笑した。
 乗り気ではないのだろうか。
 そう思ってロキシーを見ると、彼女もまた苦笑していた。
 何やら通じるもののある苦笑だった。

 なんだろう。急に疎外感がわいてきたな。
 もしジーナスが反対するなら、無理にでもロキシーを売り込むつもりだったが、そんな事しなくても大丈夫な気がする。
 それどころか、俺の存在は邪魔かな。

「ロキシー先生。俺は一旦席を外した方がいいでしょうか?」
「……えっ? いてもらっても構いませんよ?」
「ちょっと知り合いの所にも顔を出しておきたいので」

 ロキシーとジーナス。
 古い知り合いなら、積もる話があるのだろう。
 そして、ロキシーにしてみれば、青い頃の自分はあまり俺には聞かれたくあるまい。

 俺は少し寂しく思いつつも、行き先を告げてその場を後にした。


---


 俺はザノバの研究室を訪れる。

 二年で帰ってくると言って半年。
 ザノバもさぞ驚くだろう。

 パウロやゼニスの事で鬱々とした気分にもなる。
 けれど、奴にそれを飛び火させるつもりはない。
 明るくいこう。

「よし!」

 俺は扉をノック。
 返事を待たずに中に入る。

「ビッグニュースがあるのよザノバ! 彼が帰ってきたの!」
「ふぁっ!?」

 等身大のマネキンに恍惚とした表情でのしかかっているザノバがいた。

「……」
「……」

 数秒ほど、俺とザノバは見つめ合う。
 ザノバは今、どんな気持ちでいるのだろうか。
 好きとか嫌いとかじゃないのはわかる。
 わかるとも。

「……」

 俺は目をそらし、無言で扉を閉めた。

 中からゴソゴソガチャガチャと音がする。
 その音が聞こえなくなるまで、10分ほど待つ。
 そして、中から「どうぞ」という声がしたので、扉をバーンと開け放つ。

「ビッグニュースがあるのよザノバ! 彼が帰ってきたの!」
「おおぉぉ! 師匠ではございませんか!」

 俺とザノバは何事もなかったかのように抱き合い、再会を喜んだ。
 わだかまりなど何もない。
 俺とザノバは親友だ。
 何も見てない、何もなかったのだ。

「随分とお早いお帰りで、2年掛かると聞いていました」
「ま、色々あってな、早めに戻ってこれたよ」
「2年かかる所を半年で帰ってくるとは、さすが師匠という所ですかな!」

 俺は周囲を見る。
 並べられた人形。
 民族色豊かな人形や銅像が並んでいる。
 見慣れたザノバの研究室だが、久しぶりに見たせいか、やけに懐かしく感じた。
 それにしても、ちょっと見ないうちに物が増えたな。
 特に、ジュリの机の上には、土人形のフィギュアで一杯だ。
 俺がいない間にも、サボらず頑張っていたらしい。

「ジュリとジンジャーはどうしたんだ?」
「二人は、現在買い出しに行っております、夕方にしか仕入れられないものを頼んだゆえ、夕方までは帰ってこないでしょう」

 なるほど、それで愛しいあの人(にんぎょう)と逢瀬っていたというわけだ。
 滅多にない機会だろうに悪いことをしたな。

「おや、師匠、その手はどうなさいました……?」

 ふと、ザノバが俺の左手に気づいた。
 顔を曇らせながら、手首から先のない腕を見ている。

「ちょっとな。不覚をとったよ」
「……師匠が片腕を失うほどの敵が相手だったのですか?」
「魔術の効かないヒュドラだよ」
「ヒュドラ。ふむ、大物ですな」

 ザノバは顎に手をやり、考え込んだ。
 思えば、単純に足りないのは物理攻撃力だった。
 ザノバがいてくれれば、あるいはあのヒュドラももっと楽に倒せたかもしれない。
 やはり、あの時は一旦戻り、ザノバあたりをつれてくるべきだった。
 今更言っても詮無いことではあるが。

「魔術が効かないとなれば、さすがの師匠も苦戦したでしょう」
「ああ、しかも首を斬っても再生するから、骨が折れたよ」
「ほう、再生まで……どうやって倒したのですか?」
「父……剣士に首を斬ってもらってから、傷口を俺が焼いたんだ」
「なるほど、わかりますぞ。傷口を焼くというのは師匠の考えた策ですな」
「そういう逸話を知ってただけさ」

 あの戦いの事を思うと、溜息が漏れそうになる。
 攻略法を知っていたにもかかわらず、このざまだ。
 褒められれば褒められるほど、惨めな気分になるな。

「浮かない顔ですな」
「勝つには勝ったけど、失ったものが多くてな」
「ああ、なるほど」

 ザノバは俺の手を見て、得心がいったように頷いた。

「そういう事でしたら、丁度いい」

 ザノバは嬉しそうに笑い、自分の作業机へと向かった。
 一番下の棚をごそごそと探る。

「これを見てください」

 棚から取り出されたのは、手の模型。
 いや違うな。
 手にしては少々不格好だ。
 見た目は小手に似ていない事もない。
 手袋の模型か。

「なんだそりゃ」
「ふふ、この半年の成果であります」
「ほう」
「余も遊んでいたわけではないのです」

 ザノバは含み笑いをしながら、自慢げに言った。

 人形に抱きつくのは遊びじゃないもんな。
 いや、そんな事は無かった。
 俺は何も見ちゃいない。

「で、なんなんだそれは?」
「はい、ご覧ください!」

 ザノバは自信満々な表情で手袋の模型を掲げ、己の手をグーにして模型へと突っ込んだ。
 さらに、叫ぶように詠唱する。

「『土よ、我が(かいな)となれ』」

 ザノバが一言言った瞬間、腕の模型がぴくりと動いた。
 グーの形だった手が、ゆっくりと開いていく。
 ぐーぱーと繰り返し、指を一つずつ折り曲げる。
 その全ての動作が、驚くほどになめらかだった。

「己の思い通りに動く、手の魔道具です」
「……」
「師匠の申し付け通り、例の人形の手の開発を進め、クリフに協力してもらい完成にこぎつけました」
「……」
「師匠、師匠?」
「あ、ああ。すまん」

 驚きで何もいえなかった。
 確かに、手を優先して解析しろとは言ったが。
 いや、まさか、こんなものを作るとは。

「すごいな。正直驚いたよ」
「ふふふ、驚くのはまだ早いですぞ。なにせ、この魔道具を使えば、余の怪力も抑える事ができますからな」
「そうなのか?」
「はい」

 ザノバは目を細め、感慨深げに頷いた。
 その表情には、嬉しさがにじみ出ていた。
 怪力の呪いが抑えられるというのなら、人形制作もできるということだ。
 これで、好きなものを生み出す事ができるのだ。
 自分の手で。
 その嬉しさたるや、俺には想像もつかないものだろう。

「『腕よ、土へともどれ』」

 ザノバの言葉で手袋から動きが消えた。
 オンオフがあるらしい。

「さ」

 ザノバは魔道具を俺へと差し出してきた。

「どうぞ、使ってみてください。腕にはめて『土よ、我が(かいな)となれ』と命じれば、己の腕となります。外す時は『腕よ、土へともどれ』と詠唱すればいいでしょう」
「おう」

 言われるがまま、俺は魔道具に左手を突っ込んだ。
 手のない腕である。
 グーであることを前提に作ってあるためか余裕がありすぎて、すぐにでも落ちてしまいそうだ。

「落ちそうだ」
「問題ありません、詠唱してみてください」
「ああ……『土よ、我が(かいな)となれ』」

 そう言った瞬間、俺の腕から魔力が吸い出される。
 大した量ではない。ザノバでも使えるのだから、当然だ。

「おっ」

 次の瞬間、手の切断面が、魔道具の奥にピタリと張り付いた。
 張り付くような感覚はじわじわと消えていく。
 同時に"指先"の感覚が出てきた。

「……どうですか?」

 俺は左手を動かしてみた。
 手を開き、そして握る。
 親指から順番に開いていき、小指から順番に閉じる。
 無骨な土の手は、まるで自分の手のように動いた。

「動く、動くぞ!」
「まだまだですぞ。何かを触ってみてください」
「ああ」

 近くにあった木彫の像を持ってみる。
 こぶし大ぐらいの馬の像だ。
 やや鈍く、そして硬く感じた。
 まるで軍手をつけているような感じだ。
 だが、指先にモノが触れる感触があった。

「すごいな、指先の感覚まであるのか」
「はい、感覚がなければ、人形は作れませんからな」

 だろうな。
 微妙な力加減とかも必要となってくるし。
 ザノバが自分でそういう事を目的として作ったのなら、そこは譲れない所だろう。

 試しに、小さな魔術を指先で使ってみる。
 小指の先ほどの水弾が出来た。
 どうやら、魔術も差し障りなく使用できるようだ。

 これを半年で作ったのか。
 楽ではなかったろうに。
 これが好きこそ物の上手なれ、というものなのだろうか。

「手が無い状態で使えるかどうかはわからなかったのですが、問題はないようですな」
「ああ、動くよ。感覚もある」
「力を出したければ魔力を込めれば込めるだけ、力が出ます」
「ほう」
「もっとも、師匠の魔力を全力で注ぎ込んだら、手の方が壊れてしまうでしょうな。人の手よりは硬く作ってありますが、注意してください」
「どれどれ」

 話半分で魔力を込めてみる。
 みるみるうちに木彫り馬の重さが消えていく。

「こりゃすげぇ」

 と言った瞬間。
 手の中で「パキョッ」という音がした。

「あっ」
「ああっ!」

 馬の像の足が、バッキリと折れていた。

「あ、あぁ……師匠……」

 ザノバが恨みがましい目で睨んでくる。

「すまん、弁償するよ……」
「うぅ……この馬像は、今は無きギアラ公国の伝統工芸で……恐らく、二度とは……」
「な、なんだったら、俺が新しいのを作るよ。土魔術のものになるけどさ」

 そういうと、ザノバはパッと顔をほころばせた。

「おお! なんだか催促をしたようで申し訳ありませんな!」

 ザノバはそう言いつつも、像を机の中へとしまった。
 あとでボンドか何かでくっ付けるのだろうか。
 うまく修繕できることを祈ろう。

 ザノバは改めて向き直ると、言った。

「その手は差し上げましょう。まだ試作品ですが、無いよりはマシでしょうから」
「いいのか?」
「師匠とクリフに手伝ってもらえれば、似たようなものはすぐに出来るでしょうからな」

 まあ、これからも研究は続けるわけだしな。
 この軍手のような感覚をより鋭敏にしたい。
 そうすれば、おっぱいだって楽しく揉めるはずだ。

 それだけじゃない。
 この腕は夢が広がるアイテムだ。
 例えばそう、アタッチメント式に改造するのも面白そうだ。
 指先をドリルにすれば、人形制作においても便利だろう。
 銃口のような形にして、魔術の砲弾を発射できるようにするのも面白いかもしれない。

「……ザノバ、これは凄い発明だと思うぞ」
「ですな。自分で言うのもなんですが、素晴らしいものが出来たと自負しております」

 人形制作や武器として使うだけじゃない。
 治療にだって使える。

 この世界では四肢を切り落とされても、上位の治癒魔術があればくっついたり生えたりする。
 前世であればしかるべき施設で治療しなければならないような怪我でも、初級治癒魔術を使えるだけで、あっさり治ったりもするのだ。

 それがゆえか知らないが、義手や義足の類はあまり見かけない。
 見ても、エイハブ船長のように棒きれ一本だけなんて事も多い。

 完全に欠損してしまうと、治療は難しい。
 腕が生えるレベルの上位の治癒魔術を使える人間は少数だ。
 ミリス神聖国に行けば使える者もいるだろう。
 だが、治療を頼むとなれば莫大な金が掛かるはずだ。

 そういう人たちに対し、この魔道具を買える金額で売りつければ、金にもなるだろう。
 ミリスの治療術師は損をするだろうが、世界の端と端だし、魔法大学か魔術ギルドを間に挟めば、いけそうな気もする。
 いや、いける。

「この魔道具。名前はなんていうんだ?」
「まだ名前はついていないのです。余もクリフも、あまり名付けは得意な方ではございませんゆえ」
「そうなのか」

 だからって、無銘のままではつまらんだろう。

「はい。師匠が付けてくださいませんか?」
「え、ああ、いいけど」

 俺だって、別に名付けが得意というわけではないのだが。
 しかし、頼まれてはノーとはいえない。
 俺は自分のものとなった手を見つつ、考える。

 取り外し可能な手と言えば、真っ先に思いつくものはある。
 ロ○ットパンチとか。
 でも、別にこの手は飛んではいかない。
 飛ばす事は出来るだろうが。

 他にも、「栄光の手(ハンドオブグローリー)」という単語が思い浮かんだりもする。
 死刑になった罪人の手の屍蝋だな。
 バンダナにジーパンのスケベな高校生は関係ない。

 まあ、その辺から名前をとるのはやめておこう。
 この世界では、きっと最初の物なのだ。
 だから、製作者の名前を入れればいいのだ。

「ザノバ、クリフの名前をそれぞれ取って『ザリフの義手』というのはどうだろうか」
「師匠の名前が入っておりませぬが」
「いいんだよ、俺は関わってないんだから」
「……関わっていないという事はないと思いますが……わかりました、では、その手は『ザリフの義手』の試作第一号、というわけですな」

 ザノバは嬉しそうにそう言った。

 こうして、俺の手に魔道具『ザリフの義手』が装着された。
 前ほど器用でも鋭敏でもないが、思い通りに動くし感覚もある。
 魔力を込めればパワーも段違いだ。
 力加減の調整は少し訓練が必要だろうが、これも慣れだろう。
 目標としては、シルフィとロキシーの胸を優しく揉めるぐらいだな。

「まだまだ改良する点はあるとは思いますが、自動人形の方の研究も進めねばなりませんな、どう致します?」
「そうだな……」

 いくつか問題はあるらしい。
 例えば消費魔力だ。
 ザノバ程度の魔力だと2、3時間程度しか魔力が持たないらしい。
 他にも、指が太すぎて美しさに欠けるとか、感覚がやや鈍いとか。
 そこら辺を解決していけば、さぞや素晴らしいものが出来上がるだろう。
 しかし、これはあくまで副産物だ。

 俺たちの目標は、動く人形をこの手で作る事である。
 売れるし、便利なものではあるし、いずれ売り出すのもアリだが、そっちに時間を取られすぎるのはよくないだろう。

「いや、俺たちの目的は、あくまで動く人形を作ることだ。それを忘れちゃいかん」
「そうですな」
「だから、義手は後回しにして、人形の解析を進めてくれ」
「師匠なら、そういうと思っておりました」

 俺とザノバは、活動方針を新たにした。
 腕の方は、片手間でいいだろう。


---


 その後、しばらくザノバと話をしていた。
 内容は、主にベガリット大陸で見てきた人形についてだ。
 ガラス製の人形の話を聞くと、ザノバは目を輝かせていた。

「そういえば、ジュリの方はどうなってる?」
「ジュリは先日、かの御仁の人形を完成させました。師匠に会って見せたいと思っている事でしょう」

 む。
 出来たのか。ルイジェルド人形。
 それは見たい、見たいが……。

「そうか、でも帰ってくるのが夕方となると、会えるかどうかわからんな」
「ふむ、何かご用事が?」
「先生の面接が終わったら、他の連中の所にも顔を出すつもりなんだ」
「先生?」

 と、そこで扉がノックされた。

「ルディ、いますか? こちらでしたよね?」

 ロキシーの声だ。
 俺がザノバと話している間に、面接の方も終わったらしい。

「入ってください。丁度いま、先生の話をしようと思っていたところなんです」
「失礼します」

 ロキシーが部屋に入ってくる。
 きょろきょろと見回しつつ、ややオドオドとした中腰で。
 そして、ゆっくりと俺の隣まで歩いてきた。

「随分と立派な研究室ですね、わたしを入れてもよかったのでしょうか。こういう場所には見ては行けないものもあるでしょうに」
「この学校にロキシー先生が入ってはいけない場所などありません」
「それはルディが決める事ではないでしょう」
「そうですね。でも、ここは大丈夫です」

 と、話をしていると、ザノバが固まっていた。
 ブルブルと震えている。

「ザノバ。紹介しよう。彼女はロキシー・M・グレイラット。俺の先生です」
「お久しぶりです、ザノバ殿下。ご健勝なようでなによりです」

 ロキシーはザノバに対して、深々と頭を下げた。

「お、お、ぉ……」

 ザノバはロキシーを見て、わなわなと震えていた。
 腕を震わせながら、頭の上へと持っていく。

「うおおおおおぉぉ!」
「わっ!」

 ザノバが唐突に雄叫びを上げる。
 カエルのように飛び上がり、その場に五体投地した。
 ロキシーはビクリと震えつつ、俺の後ろに体を半分ほど隠した。

「お久しぶりです、ロキシー殿! 以前は師匠の師匠とは知らず、とんだご無礼を致しました!」
「頭をお上げください、一国の王子がわたしなんかにそんな、恐れ多い、人に見られたらどうするんですか!」

 ロキシーがキョドっている。
 仕方ない、フォローを入れておくか。

「大丈夫です先生。文句言う奴がいたら、俺が片付けます」
「ルディまで何を言ってるんですか!」

 あわあわと慌てるロキシー。
 慌てる事なんて何も無いのに。

「先生こそ落ち着いてください。ザノバがロキシー先生にひれ伏すのは当然の事でしょう?」
「そ、そうなんですか? どうしてですかと理由を聞いても?」
「なぁ、ザノバ、そうだろう、当たり前だろう?」

 ザノバに同意を求めると、彼は五体当地をしたまま、かしこまった。

「はっ。師匠の師匠であらせられますがゆえ」

 ほら、ザノバもこう言っている。

「当たり前とかではなく、理由を教えてください!」
「当然の事に理由などありません。先生はそのまま泰然としてらっしゃればいいのです」
「しかし……」
「仕方ありませんね。ザノバ、立ってくれ」

 このままでは話が進まないので、ザノバを立ち上がらせる。
 ザノバは背が高いので、今、ロキシーのつむじを見ている事だろう。
 頭が高いな。
 まあいい、背が高いのは本人の意志じゃないしな。

「それで、どうでしたか。教職にはつけそうですか」
「はい、ジーナス師匠……教頭先生もわたしの能力に関しては認めてくださっていましたので」
「俺を育てたんですから、当然ですね」
「ルディは勝手に育ったので、わたしの教師としての腕とは関係ないと思いますがね」

 ともあれ、ロキシーは来季からこの学校で教師をやることに決まったらしい。
 これは、お祝いをしなきゃいけないな。
 お祝い、お祝いか。
 ロキシーの結婚祝い。
 妹たちの十歳の誕生日のお祝い。
 もうすぐ生まれる子供の誕生祝い。
 いずれ、家族内で大きなお祝いをするか。
 パウロの手紙にも、戻ってきたらまとめてお祝いしたいとか書いてあったしな。

 まあ、いずれだな。
 今は忙しいから、色々と落ち着いてからにしよう。

「ああ、そうだ。他の人にも挨拶しなきゃいけないな」
「そうですな。皆、師匠が帰ってきたとあらば、驚きましょう」

 ザノバは快活に笑った。
 つられて、俺も笑う。
 今から、他の連中にロキシーを紹介するのが楽しみで仕方が無い。

「じゃあザノバ、義手、ありがとな。また来る」
「はい、また暇な時に顔を見せてください。ジュリも喜びますので」
「もちろんだ」
「義手の調子が悪くなったら、余よりもクリフに見せた方が早いかもしれません」
「わかった」

 こうして、ザノバと別れた。


---


 寒い廊下にキリキリという音が響いている。

 俺の義手から鳴る音だ。
 俺は歩きながら、義手にどれぐらいの魔力を込めればいいのかを調節している。
 グーパーを繰り返す度に、義手がキリキリと鳴るのだ。
 流石に、試作品から静音仕様というわけではないらしい。

「その義手、魔道具なのですか?」

 ふと、左側を歩くロキシーが聞いてきた。

「ええ。ザノバの研究の成果だそうです」
「凄いものですね、そんなに精密に動くとは」
「そうですね。これだけ動けば、ロキシーに介助してもらわなくてもなんとかなりそうです」
「あっ……そう、ですね」

 見ると、ロキシーは失敗した時の顔をしていた。

「すいません。ルディのこと、あまり考えていませんでした。わたしがいなくなると大変なのに、教師なんて……」
「左手のことでしたら、ロキシーが気に病むことはありませんよ」

 助かってはいたが、俺が頼んだわけでもないしな。
 ロキシーがやりたいことを優先した方がいいに決まっている。
 お前の代わりなんているという感じになりそうだから言わないが、
 困ったときに助けてくれる奴は俺の周囲にたくさんいるのだから。

「ともあれ、よかったですね。左手ができて」
「ええ、これで思う存分、ロキシーを触れます」

 そういいつつ、義手でロキシーの肩をペタペタと触る。
 ローブ越しにロキシーのやわらかさや暖かさが伝わってきた。
 温度もわかるらしい。
 高性能だな、この義手。

「とにかく、みんなに紹介したいので、付いてきてください」
「紹介……はい!」

 ロキシーは緊張の面持ちで頷いた。


---


 それから各所を回り、帰還報告と共に、ロキシーの紹介をした。

 リニア、プルセナ。
 アリエル、ルーク。
 そしてナナホシだ。
 クリフの所にも行こうと思ったが、研究室の中から悩ましい声が聞こえてきたので遠慮しておいた。

 各人の反応はさまざまだった。

 特に、リニアとプルセナの反応は面白かった。
 二人はロキシーの匂いを嗅いだだけでブルってしまったのだ。
 尻尾を丸めた二人に、俺が敬愛する師匠だと教える。
 すると二人は揃ってロキシーに頭を下げた。
 獣族は敏感だからわかるのだろう。
 本当に逆らってはいけない者のスゴ味というものが。

 逆に、アリエルとルークは鈍感だった。
 彼らは帰還の挨拶に行くと「帰ってきた時は顔を出すのですね」とイヤミを言ってきた。
 といっても、責めるような口調では無かった。
 けれど、俺が旅に出るという事で、色々援助も出来たという。
 準備不足で失敗した身としては、恥じ入るばかりだ。
 なので、俺も謝罪をしておいた。

 けどまあ、それはいい。
 ロキシーを紹介すると、二人はきょとんとした顔をした後、顔を見合わせていた。
 見た目にも幼いロキシーが教壇に立つ、というのが信じられなかったのだろう。
 とはいえ、流石は一国の王女というべきか。
 アリエルはロキシーに対しても丁寧に挨拶してくれた。
 出来た人物だ。

 ナナホシは不健康そうな顔をしていた。
 風邪でも引いたのかコホコホと咳をしつつ、俺の顔をみると「これで研究の続きが出来るわね」と、ホッとしていた。
 ロキシーのことを紹介し、彼女が来年度から教師として働くと伝えると「あっそ」とそっけない返事が返ってきた。
 あまりにもそっけなかったものでロキシーの良い所をつらつらと並べ立てると「ロリコン、気持ち悪い」と顔をしかめられた。
 まあ、一般的な女子高生にロキシーの素晴らしさはわからんか。


---


 関係各所に挨拶回りは済んだ。
 そろそろ帰るかという段になって、ロキシーが口を尖らせた。

「ルディ」
「なんでしょう」
「紹介していただけるのは嬉しいのですが、少々わたしを過大評価し過ぎているように思えるんです」
「そんなつもりはありませんが」
「そうですか?」
「先生の素晴らしさは俺ごときの言葉では言い表わせませんからね、あれでも足りないぐらいです」

 俺がそう言うと、ロキシーはビシッと指をさしてきた。

「そう、それです! もしかしてルディ、わたしをからかってるんですか?」
「滅相もない。俺はいつだって本気で先生を尊敬しています」
「はぁ、なんか、ルディがわたしに『先生』と呼ぶときは、からかわれている気がしてなりません」

 ロキシーは盛大にため息をついた。
 俺から見ると正当な評価でも、ロキシーにとっては過剰に映るらしい。

「それはいいとして、色んな方に紹介していただいたのに、自分の『先生』だったとは言ってくれても、『妻』とは言ってくれないんですね」
「あっ」

 その言葉で、俺は自分の失態に気づいた。
 もはや取り返しのつかない失態である。
 そうだ、ロキシーは、もうロキシー・ミグルディアではない。
 ロキシー・M・グレイラットだ。
 俺もそう紹介していたし、
 ロキシーも、名乗る時はそう名乗っていた。
 だから、てっきり必要ないと思っていた。
 アリエルあたりはどういう意味かわかっていたはずだ。
 でも、文句は言っていなかったし、了解はしてもらえたと思っていたが。

 でもそうか、そうだ。
 なんということだ。
 ロキシーは偉大な方で、俺の妻などもったいないとは思っていたが。
 そうか、彼女は妻として紹介してもらいたかったのか。
 第二夫人でも妻は妻。
 俺の子供を産んでくれるかもしれない存在だ。

「ごめんよロキシー、マイスウィートハート。
 でも本当に愛しているんだ。
 なんだったら、ロキシーの両親の所に行って、報告をしてきてもいい」
「うっ、いえ、それは必要ないです、遠いですし、いずれで」

 いずれか。
 元気に暮らしているだろうか、ロインさんとロカリーさん。
 ロキシーと結婚した以上、あの二人は俺の父と母も同然だ。
 いつかの恩もあるし、会いに行きたいな。
 例の転移魔法陣を何個か経由すれば、2ヶ月ぐらいで行けそうな気もするが……。

「わかりました。では、いずれ」

 今はいいか。
 いずれ、本当に時間に余裕が出来た時にでも、家族全員で旅行がてらお邪魔するとしよう。


 そう思いつつ、家へと帰ったのだった。
学校の噂・その1
「番長の腕は飛ぶ」
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