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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第13章 青少年期 迷宮編

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第百三十二話「墓標の前で」

 ロキシーが妻になって数日が過ぎた。
 まだ何か不幸があるかもという不安も、最近は除々に薄れてきた。


 ゼニスはこの家にもう一つある、大きな部屋を陣取った。
 前の入居者が死んだ部屋だからヤメテおいた方がいいかも、とリーリャには言った。
 だが、ゼニスが気に入って離れようとしなかったのだ。
 リーリャもそれを見て、気にする事は無いでしょうと押し切られた。

 まあ、ゼニスは狭い部屋より広い部屋の方がいいだろう。
 介護や療養については詳しくないが、狭いより広い方がいいはずだ。

 もちろん、ゼニスを医者にも連れて行った。
 アリエルの紹介で、ラノア王国でも指折りの名医に。
 しかし、こういう症例には心当たりが無いらしく、治療法もわからないと匙を投げられた。
 やはり、この世界の医療技術では、記憶に関する事はあまり強くは無いらしい。
 治癒魔術があるからか、どうもこの世界の医療には偏りがあるな。

 とはいえ、記憶喪失者用のリハビリのメニューなどを組んでもらう事は出来た。
 治るかどうかは分からないが、何もしないよりはマシだろう。
 ……機会があったら、記憶を取り戻すための魔道具とかを探してみるのもいいかもしれないな。
 もちろん、そんなものがあるのかどうかは、分からない。
 長い目で見て、治療していくしか無いかもしれない。
 ミリス神聖国のゼニスの実家も何と言ってくるかわからない。

 ゼニスに関しては、まだ不安が残っている。


---


 シルフィの経過は順調だ。
 最近お腹の子供が蹴るのだと嬉しそうに俺にお腹を触らせてくれた。
 ついでに、妊娠の影響で膨らんだ乳を揉んでみたら、結構真面目に怒られた。
 強く触られると痛いらしい。
 そんなに強く触ったつもりはなかったのだが、いきなりで驚いたのだそうだ。

 触るなら優しく、とお願いされた。
 そのまま押し倒したくなるようなお願いの仕方だった。
 思えば、かつての俺はこのシルフィの誘惑に負けて何度も押し倒した。
 しかし、今の彼女は妊婦。
 俺の欲望に晒すわけにはいかない。

 とはいえ、触りたいものは触りたい。
 丁寧に、優しく触らせてもらった。

 やはり妊娠すると体に変化があるらしい。
 揉みなれたシルフィの胸ではなかった。
 俺が変化させたのだ、と思うと、なんとも言えない嬉しい気分になる。
 これがいわゆる、征服感という奴なのだろうか。
 嗚呼、シルフィは俺のものだ。

 しかし、やはり左手が無いと不便だな。
 両手で胸を揉んでいたあの頃が懐かしい。
 二つしか無いものが一つ減ったのだから、満足感も半減だ。

 もう少ししたら母乳も出るのだろうか。
 ちょっと味見したいと言ったら怒られるだろうか。
 軽蔑されるだろうか。
 ダメ元で一度だけ言ってみたらどうだろうか。
 やめておいた方がいいかもしれないが。
 しかし一度ぐらい……。

「ルディはボクのおっぱい大好きだよね」
「ああ、シルフィのおっぱいは小さいけど世界一だよ」
「世界一って……別の女の子に手を出したくせに?」
「すすすんまへん」
「えへへ、怒ってないよー」

 なんて甘い会話をしつつも、シルフィとの関係も良好だ。
 もし、これが前世の日本だったら、かなりギクシャクしてしまったんだろうが。
 ここは異世界で、シルフィは理解がある。
 妻を二人だの三人だのと娶っても、俺は平等に愛するだけでいい。


 もう一人の妻ロキシーはというと、彼女は二階にある小部屋の一つを陣取った。
 二階で一番小さな部屋の一つだ。
 もっと大きな部屋を、とも言ったのだが、狭い部屋が好きらしい。
 俺も狭い部屋は嫌いじゃない。
 匂いが充満するからな。

 ロキシーは魔法大学の教師になった。
 その時、彼女を紹介するついでに帰還報告もしたのだが、この話は後にしよう。


---


 さらに一ヶ月後。
 雪の強い日。

 シルフィが出産した。

 特に問題のない、普通の出産だった。
 逆子でもなく、早産でもなかった。
 問題として、雪が強すぎて医者を呼びに行くのが間に合わない、という程度。
 前世ならそれはもう慌てただろうが、頼もしい事に、我が家にはリーリャがいた。
 助産婦の経験豊富な彼女は、俺が何を頼まずとも、アイシャを従えてテキパキと動いてくれた。

 リーリャはアイシャに手順を教えるように、一つ一つの事を丁寧に行った。

 一応、何かあった場合に備えて、俺とロキシーが脇についていた。
 治癒魔術が使える、使えないで緊急事態への対応力も段違いだからだ。
 とはいえ、その時の俺は完全にテンパっていた。
 治癒魔術の事など頭に無かった。
 苦しそうなシルフィの手を握って上げるので精一杯だった。

「今のルーデウス様を見ていると、奥様の……ノルン様の出産の時を思い出します」

 リーリャのその言葉に、俺も昔の事を思い出した。
 ノルンは逆子で、母子共に危険な状態にあった。
 パウロは役立たずで、オロオロしているだけだった。
 あの時の俺は冷静に動いていたが、今の俺はこのザマだ。
 子供の頃の方がよく出来るとは、今世でも前世でも変わらないな、俺は。

「しかし、ご安心ください。ルーデウス様。シルフィ様は大丈夫です。何の心配もありません」

 リーリャはそう言いつつ、淡々と作業をこなした。
 その手さばきは惚れ惚れするほどだった。

 大丈夫だと言われても、俺の動揺は収まらない。
 シルフィの手を握りつつ、「ひっひっふー」と呼びかけたり、額の汗を拭いてあげる程度の事しか出来ない。
 シルフィは苦しそうな顔をしていたが、オロオロしてる俺を見てクスッと笑った。

「えっと……ルディは、もっと力抜いた方がいいよ?」

 その言葉に、アイシャがプッと吹いた。
 リーリャがアイシャの頭をペシリと叩いた。
 シルフィがそれを見て、くすりと笑った。

「んっ!?」

 場が緩んだその瞬間、波がきた。

「シルフィエット様。はい、イキんでください」
「んぅぅ!」

 シルフィが頑張るのを、俺は静かに見守った。
 口元から出てくるのは、ただ頑張れという言葉だけだった。
 俺が何かをしなければという気持ちはあったが、何も出来なかった。

 リーリャの掛け声に合わせてシルフィが苦しそうな顔をして。


 生まれた。


 赤子は無事にこの世界に誕生し、元気な産声を上げた。
 女の子だった。
 俺と同じ髪色をした、可愛い女の子だ。

 彼女はリーリャの手によって抱き上げられ、シルフィの手に渡った。
 シルフィは赤子を抱いて、ほっと息を吐いた。

「よかった……髪、緑じゃなくて」

 ぽつりとつぶやいたその言葉に、俺はシルフィの頭をなでた。
 シルフィの綺麗な白い髪を。
 元は緑色だった髪を。

「……そうだね」

 俺は、例え生まれた子供の髪が緑色でも、シルフィを責めるつもりはない。
 当たり前だ。
 俺にとって、この世界の緑色というのは、この世界で一番好きな色なのだから。
 緑はシルフィの色であり、ルイジェルドの色だ。
 ロキシーの髪の色だって、光加減ではエメラルドグリーンに輝いて見える。
 好きな色は緑だ。

 緑色を差別しようというのなら、例え世界だって敵にまわしてみせる。

「お疲れ、シルフィ」
「うん」

 でも、俺がそういう心積もりでも、この世界ではそうじゃない。
 緑色の髪というのは、それだけで禁忌なのだ。
 俺と同じ髪の色で生まれてくれた娘。
 その幸運を神に感謝せざるをえない。
 もっとも、俺にとっての神は部屋の隅で杖を握りしめて、青い顔をしているのだが。

「ほら、ルディも抱いてあげて」
「うん」

 赤子を抱く。
 熱いぐらいの体温に、うるさいぐらいの泣き声。
 小さい手に、小さな頭、小さな口、小さな鼻……。

 全てが生命に満ちあふれていた。
 これが俺の子供なのだと思うと、胸の内から沸き上がるものがあった。
 シルフィが産んでくれた、俺の子供。

「……」

 涙が出てきた。

 パウロは死んでしまった。
 けれど、子供は生まれた。
 パウロは俺を生かしてくれた。
 あいつがいなければ、俺は子供を抱けなかった。
 その代わり、パウロは自分の妻も、娘も、孫も、抱くことは出来ない。

 この場にいない事を、パウロは悔やむだろうか。
 それとも、オレのお陰だなと自慢げに笑うだろうか。

 何にせよ、俺は生きなければならない。
 この子のためにも、死ねない。
 シルフィも、家族も、守らなければならない。
 俺はこの世界で生きていく。
 生きていくのだ。


 娘は俺とシルフィの頭文字を取り、ルーシーと名付けられた。
 ルーシー・グレイラットだ。
 アイシャは安直だと笑い、リーリャに頭を叩かれていた。

 それにしても、女の子でよかった。
 もし……男の子だったらパウロと名付けてしまったかもしれないから。


---



 その後、リーリャに部屋を追い出された。
 色々やることがあるらしいので、待っていろという事だ。

 居間に移動して、ソファに座る。
 ほとんど動かなかったが、どっと疲れた。

 隣にはロキシーが座っている。
 彼女も疲労した顔で、ため息をついていた。
 ロキシーは俺以上に何もしていない。
 どう見ても気疲れだろう。

「人が生まれる瞬間というものを、初めて見ました。凄いですね」
「俺は……何度目かな。3回目ぐらいになりますかね。自分の子供だと、やけに疲れるものです」

 シルフィは、もっと疲れただろう。
 あとで精一杯、労ってやらないといけない。

「わたしも、ああして生まれてきたんでしょうか」
「まあ、誰もが皆、そうでしょうね」

 ミグルド族の生体に関しては知らないが。
 人の形をしている以上、そう大きな違いは無いだろう。

「……わたしも、ああして産むことになるんですよね?」

 ロキシーを見ると、若干赤らんだ顔で、俺を見上げていた。
 俺は靴を脱ぎ、ソファの上で正座した。

「はい。よろしくお願いする事になると思います」

 シルフィの子供が生まれた。
 という事は、ロキシーともそういう生活が始まる。
 正直、期待してしまっている。
 シルフィとの子供が生まれたばかりだというのに、ダメな奴だな俺は。
 もっとも、俺はそんな自分の事が嫌いじゃない。
 パウロもそんな気持ちだったのかもしれないと思うと、嫌いになれない。

 今から楽しみだ。
 そう思って笑うと、ロキシーは真っ赤な顔をして、己の体を抱きしめた。

「ルディ、すごくエッチな顔してますよ」
「生まれつきです」

 そう。生まれつきだ。
 俺は生まれた時からこうなのだ。

「……」

 ああ、そうだ。
 ロキシーとそういった生活に入る前に。
 子供が出来た事を、報告しなきゃいけない相手がいるな。


---


 翌日。
 俺は一人でパウロの墓へと赴いた。

 パウロの墓は郊外に作った。
 小高い丘にある貴族用の墓地だ。
 パウロは貴族どもと一緒だなんて嫌だと言うかもしれない。
 けど、大衆用の墓より管理がいいのだ。我慢してもらおう。

 俺は雪の中、ラノア式の丸っこい墓石の前に立つ。
 パウロの宗教が何だったのかは知らない。
 神なんて信じていなかったようにも思える。
 例え何かが間違っていたとしても、宗派とかそういう事を気にする男でもないだろうから、許してくれるだろう。

 本当なら、墓はアスラ王国のブエナ村あたりに作った方がよかったのかもしれない。
 この土地は、パウロには縁もゆかりもない。
 けど、俺の家からあまり離れた所に作っても、墓参り出来ないからな。

 この場所の事は、ギース達にも伝えてある。
 一応、一度は全員で墓参りにきた。
 その時には、各員それぞれ、パウロの好きそうなものを持ち寄ったものだ。
 酒とか、短剣とか。
 ギースやタルハンドは墓の前で盛大に酒盛りをして、墓守に怒られていた。

 俺は、途中で買ってきた酒瓶を小脇に置いて、パウロの墓を掃除する。
 墓石の頭にのった雪を除けて、持ってきた布で墓石を磨く。
 そう大変な作業ではない。
 ここに来る前の道は雪で閉ざされているが、墓場自体は墓守によってある程度の除雪がされているから。

 掃除をして、酒瓶を墓の前に置いて、片手で拝む。
 お供えに花でも買ってこようかと思ったが、売っていなかった。
 この北方大地で、冬に花を手に入れるのは難しいのだ。
 まあ、花を愛でる趣味を持つ男ではないか。

「パウロ……父さん。昨日、子供が生まれたよ。女の子だ。
 シルフィの子供だし、きっと美人になるよ」

 俺は墓の前に座って、パウロにそう報告をした。

「父さんにも見せたかったな」

 パウロがルーシーを見たら、きっと、はしゃいで、はしゃいで、ゼニスに窘められるまではしゃいただろう。
 お祝いだ、なんて言って俺と一緒に酒を飲んで、べろんべろんに酔っ払って、リーリャにセクハラをして、ゼニスに呆れられる。
 そんな光景までありありと目に浮かぶようだ。
 パウロが無事に生きていて、ゼニスが記憶喪失になってなかったら、の話だが。

「ロキシー先生を妻にしたんだ。
 妻が二人。父さんと一緒だな。
 こういう時の心構えとか教えて欲しかったよ」

 思えば、あの時。
 あの迷宮で。
 パウロが俺に言いかけたのは、そういった事だったのだろうか。
 ロキシーが俺の事を好きだと知って。
 俺もロキシーを好きだと知って。
 妻を二人持つ事の心構えを教えてくれようとしたのだろうか。

「父さんと違って、いきなり娘が二人ってわけじゃないけど、
 いずれはロキシーも妊娠して、俺の子供を産む事になると思う。
 そっちはまだまだ先の事だけど、
 ノルンやアイシャみたいに、元気に育ってくれるといいな」

 リーリャの教育を悪いと言うつもりはないが、
 俺の子供はあくまで平等になるように、育って欲しい。
 魔族とのハーフだとか言われて、変に歪まないように。

「シルフィはこれから先、もっと妻が増えるって思ってるらしい。
 俺はそのつもりはないけど、二度ある事は三度あるって言うしな。
 その通りになるのかもしれない……」

 パウロは、ギレーヌとか、エリナリーゼとか、ヴェラとかと結婚しようとは考えなかったのだろうか。
 ギレーヌとは肉体関係にあったみたいだし、一度ぐらいは考えたと思うんだが。
 まあ、その辺に関してパウロは俺より緩く考えてたし、考えても見なかったのかもしれない。

「俺も、あんまり難しく考えない方がいいのかな」

 そう墓石に向かって尋ねると、パウロのイタズラっぽい笑顔が見えた気がした。
 笑顔だけで、パウロの言葉は聞こえてこない。
 だが、パウロだって考えなかったわけじゃないだろう。
 あいつはずっと苦悩していたように思う。
 この世の中に、考えないで生きてる奴なんて、そうそういないのだ。

「……父さん。俺、ダメな息子だったよ。
 前世の記憶とか持っててさ。きちんと父さんを愛せてなかった」

 俺はそう言って、立ち上がった。
 酒瓶を手にとって、最初の一口を飲む。
 カッと焼けるような火酒の味を喉で味わってから、どぷどぷと墓にかける。

「けど、今はもう、ちゃんと息子のつもりだから」

 酒におぼれて失敗をしたパウロにとって、酒はあまりいいものじゃないかもしれない。
 けど、今日はいいだろう。
 なにせ、誕生祝いなのだから。

「自分の子供が生まれて親になって。
 ようやく、俺、わかったよ。
 自分がまだまだ子供だったって。
 前世の記憶で大人ぶってただけのガキだって」

 飲んで、かけて、飲んで、かけて。
 すぐに酒瓶は空になった。

「すぐに大人にならなくちゃとは思うけど。
 きっと、もっとたくさん失敗しなきゃ、なれないんだろうな。
 でも、父さんもそうだったろうし、俺も頑張るよ」

 俺は酒瓶の蓋をしめて、墓の前に置いた。

「じゃ、また来るよ。今度は、皆連れて」

 俺はそう言って、パウロの墓に背を向けた。

 色んな事に一段落がついた。
 辛い事もあったし、嬉しい事もあった。
 けれど、終わりじゃない。
 俺はまだまだこの世界で生きていく。

 生きていくのだ。

 いつ死んでも後悔しないように。
 本気で。
第13章 青少年期 迷宮編 - 終 -

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