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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第13章 青少年期 迷宮編

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第百三十話「報告」

 少しあわただしく過ごした。

 まず、アイシャがノルンを学校から呼び戻しに走った。
 ロキシーは気を利かせてくれたのか、それとも居づらかったのか、ギースたちを呼びに戻った。
 エリナリーゼは、いとしの(クリフ)の元に駆けつけたそうだったが、我慢していた。

 彼らが戻ってくるまでの間、俺はシルフィから、自分のいなかった間の事を聞きだした。
 シルフィは、何よりもまずこちらの事を聞きたかっただろうけれど、文句も言わず、話してくれた。

 まず、シルフィの容態。
 経過は順調らしい。
 医者によると、予定通り生まれるだろう、という事だそうだ。

 他の面々も元気に過ごしているようだ。
 先日も学校で些細な事件があったらしいが、ナナホシが解決したそうだ。
 この世界の人のために何かをするとは、あいつも少し考え方を変えたのだろうか。

 アイシャやノルンも、怪我や病気をすることなく生活していたらしい。
 アイシャはガーデニングの趣味をどんどん拡張しているらしく、
 部屋でも新しい植物を栽培し始めたらしい。
 今度見せてもらうか。

 ノルンは学校では、アイドル的な存在になっているらしい。
 ファンクラブらしきものがあるんだとか。
 ノルンは可愛いからな。

 ザノバやクリフ、リニアやプルセナといった他の面々も、時折この家に来て様子を見てくれていたそうだ。
 アリエルは、俺が挨拶に来なかったと愚痴をこぼしていたらしい。
 そういえば忘れていたな。
 今度、謝っておこう。
 また一つ借りが増えるな。

 ともあれ、聞いた話だけでは、全員元気そうだ。
 折を見て、順次帰還報告をしていかねばなるまい。

 ただ、例外としてバーディガーディの姿は見かけないらしい。
 まあ、不死身の奴に何かあるとは思えないが。

 この約半年の間に何があったのか。
 顎に指を当てて考えるシルフィは、相変わらず可愛かった。

「本当に、誰にも何もなかったんだな」
「うん。ルディが心配するような事は無かったと思うよ」
「そっか」
「それより、ルディの事も教えてよ。何があったの?」
「ああ、話すよ。けど、皆が揃ってからにしよう。こっちは結構、色々あってさ」
「……うん。あ、帰ってきたみたい」

 と、話している所で、ロキシーたちが戻ってきた。
 ギースたちを居間へと招き入れる。
 ギース、タルハンド、リーリャ、ヴェラ、シェラ、エリナリーゼ、ロキシー。
 そこに俺とシルフィで、9人か。
 うちの広い居間はこれだけの人数が入ってもまだまだ余裕がある。

「っと、そっちが先輩の奥さんか、ヘヘッ可愛いじゃねえか。果報者だな、先輩は」
「わたくしの孫ですわ」
「ま、淫乱なババアがコブで付いてるのがタマに傷だな」
「なんですって!?」

 ギースとエリナリーゼの喧嘩を尻目に、彼らは一人ずつ、シルフィに対して挨拶を行った。
 シルフィはかしこまりつつも、その全員に挨拶を返していく。

「どうも、ロキシー……ミグルディアともうします」
「ロキシーというと、ルディがいつも自慢している、お師匠様の?」
「はい一応……ルディに自慢されるほどのものではありませんが」
「初めまして、ルディからいつも話を聞いています、シルフィエットです、お会いできて光栄です」
「こ、こちらこそ……」

 ロキシーはなんとも気まずそうにしていた。
 先日、あのような話をしたばかりだから、当然だろう。
 だが、その話は後だ。

「お久しぶりです、シルフィエット様」
「リーリャさん、お久しぶりです!」

 シルフィに対して、リーリャはかしこまって頭を下げた。
 シルフィも彼女との再会は嬉しかったらしく、顔をほころばせる。
 しかし、すぐに苦笑した。

「えっと、そのシルフィエット様というのは……昔みたいにシルフィと呼んでいただけませんか?」
「いいえ、ルーデウス様とご結婚なされたのであれば、以前のようにはできません」
「そ、そうですか……」

 シルフィは恐縮していた。
 彼女は、家事類は全てリーリャに教わったといっていた。
 言ってみれば、師匠のようなものだ。
 俺にとってのロキシー。
 なら、尊敬していて当然だろう。

「あの、ゼニスおばさんも、お久しぶりです」

 最後に。
 シルフィはゼニスに話しかけた。

「……あの……ゼニスおばさん?」
「……」

 その呼びかけに、ゼニスはボーッとしているだけだった。

「えっと……」

 シルフィは困ったような顔でこちらを見た。
 結婚のこと、快く思われていないのかな、という顔だ。

「シルフィ。父さんと母さんの事は、ノルンが帰ってから説明するよ」
「そういえば、パウロさんの姿が見つからな……」

 俺がそういうと、シルフィはパウロの姿を探した。
 その途中、周囲の沈痛な顔を見て、何かを察したらしい。
 口を閉じて押し黙ってしまった。

 ノルンが帰ってくるまで、沈黙があった。
 全ては全員が揃ってからという、暗黙の了解があった。


---


 しばらくして、アイシャとノルンが帰ってきた。
 二人とも息を切らしていた。

「に、兄さん。長旅、お疲れ様です!」

 ノルンは荒い息を吐きながら頭を下げて。
 そして、俺の手を見て、ギョっとした顔をした。

「兄さん、手、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。不便な事は多いけど、痛みもないしね」

 これから話すことに比べれば、左手は大した事ではない。

「そ、そうですか」

 ノルンは荒い息をつきながら、キョロキョロと周囲を見渡し、「あれ?」とつぶやきながら椅子の一つに座った。
 アイシャはというと、俺のところまで来て、一つ聞いてきた。

「……お兄様、お話をする前に、お客様にお茶をお出ししたほうがよろしいのでは?」
「そうだな。長くなるし、頼むよ」
「あっ、ごめん。本当はボクがやっておかなきゃいけない事なのに……手伝うよ」
「いえ、奥様はそのままで」

 そう頼むと、アイシャは即座に動き出した。
 全員分のお茶を用意したり、各自の荷物を一箇所にまとめたり、雪で濡れた上着をハンガーに掛けたり、スリッパを用意して全員に靴を脱いでもらい、濡れた靴を暖炉の傍で乾かしたりと。

 俺は、なんとはなしに、その動きを見守っていた。
 と、見守っているのは俺だけではなかった。
 リーリャもまた、アイシャの姿をじっと見つめていた。
 思えば、迷宮探索の時にこういう場面で働いているのはいつもリーリャだった。
 彼女は、誰もが沈黙している間にも、何もしていなかった。
 珍しいことに。

「アイシャ」

 アイシャの仕事がひと段落したと思われた時、リーリャは娘に声を掛けた。

「はい、なんでしょうか、お母様」
「ルーデウス様にご迷惑を掛けず、きちんと働けているようですね」
「はい」
「ルーデウス様とは血がつながっているとはいえ、貴女にとって命の恩人でもあります。以後、気を抜かずに、これからも侍女としての本分を全うなさい」
「はい。お母様」

 アイシャの返事は硬く、リーリャもまた事務的だった。
 親子の会話ではない。
 久しぶりに会ったんだろうから、もっとこう。
 心温まる会話があっても、いいと思うんだが。
 いや、リーリャもそれは、自重しているのかもしれない。
 これから、辛いことを説明しなきゃいけないのだから。

「全員、揃ったので話をしよう」

 俺はやや気が重いが、俺が話すべきことだろう。
 パウロが、いないんだから。

「あの、兄さん、お父さんがいないんですけど……」

 ノルンが不安そうに聞いている。
 彼女は怒るだろうか。
 お父さんを助けてと泣きついて。まかせろと俺は言った。
 なのに、そのお父さんが死んでしまったと聞いて。
 俺を責めるだろうか。
 責めるなら、責めてもいい。
 俺はノルンの願いを叶えることが出来なかったのだから。

 俺は全員を見渡して、言った。

「父さんは……パウロ・グレイラットは死亡した」
「えっ……?」

 ノルンが短く戸惑いの声を上げる。
 シルフィは痛ましげな表情で顔を伏せる。
 アイシャは目を見開いて、ギュっと拳を握り締めた。

「これが遺品だ」

 俺はそう言って、パウロの装備を一つずつテーブルの上に置いた。
 剣と、短剣と、鎧と、骨壷。
 たった四つの遺品だ。

「……な、なんで!?」

 ノルンが立ち上がり、俺に詰め寄ってくる。

「兄さんが行ったのに! なんでお父さんが死んじゃうんですか!」
「ごめん……俺の力不足だ」
「だって兄さんは……!」

 ノルンはそのまま詰め寄り、俺の胸倉でも掴もうとしたのかもしれない。
 しかし、その勢いは急激に失速した。

「……」

 彼女の目には、俺の失われた左手が映っていた。
 左手と、遺品と、俺の顔を、ノルンの視線が行き来する。
 そのノルンの目に、みるみるうちに涙が溜まっていく。
 申し訳なさを感じつつも、俺は言葉を続ける。

「これから、詳しく説明するから」
「…………ぐすっ……はい」

 そんなノルンの肩を、後ろからアイシャが掴んだ。

「ノルン姉、いまは」
「いいから、わかったから……!」

 ノルンはアイシャの手を振り払い、自分の席へと戻っていった。
 アイシャは所在なげに立ち尽くしていたが、すぐにシルフィの後ろに戻っていった。

「じゃあ、最初から説明するけど――」

 俺は起こった出来事をかいつまんで説明した。
 エリナリーゼと二人でラパンに赴き、そこでパウロと再会した事。
 そこで、ゼニスの情報を頼りに、パウロたちと一緒に転移の迷宮を攻略した事。
 途中までは順調だったが、守護者(ガーディアン)に苦戦し、俺は左手を失い、パウロが死に至った事。
 ゼニスを助けたものの、廃人状態になってしまっていた事。
 途中、ギースが幾つか補足を入れつつ、ゆっくりと、一つずつ話していく。

 最後に、ノルンが聞いた。

「じゃあ、お父さんも、お母さんも、助からなかったって事ですか?」
「そうだ」

 その言葉に、俺はゆっくりと頷いた。
 ノルンの髪が、ぶわりと持ち上がったかに思えた。
 しかし、爆発はしなかった。
 彼女は下唇をかみながら、俺の左手をじっと見ていた。

「兄さんも、頑張ったんですよね?」
「全力を尽くしたつもりだ」
「なら、兄さんが頑張っても、ダメだったんなら、誰が行っても……」

 ノルンは落ち着いて何かを言おうとしていた。
 けれど、みるみる目に涙をためていき、

「きっと、どうしてもダメで……お父さん、死んじゃ……ぐすっ……うぇ……うええぇぇぇん」

 ボロボロと大粒の涙がこぼれだしたら、もう止まらなかった。
 泣いた。
 ノルンは泣いた。
 大声で泣いた。
 泣き声が心に突き刺さるようだった。
 誰もが鎮痛な面持ちで、その声を聞いていた。

 ノルンは盛大に泣いた。
 泣いて、泣いて。
 わんわんと泣いた。
 他のみんなが泣かなかった分まで泣くように、泣いた。
 俺たちは、ノルンが泣くのを、ただ聞いていた。

 しばらくして。

 ノルンは泣き止んだ。
 目を真っ赤に腫らして、ひっくひっくと喉を鳴らして。
 でも、一つの決意を持った目を、俺に向けていた。

「兄さん……」
「なんだい」
「この、剣、わたしが……ひっく、持っていても……いいですか……?」

 ノルンが指したのは、パウロの愛剣だった。
 俺が生まれた時にはすでに持っていた、パウロの剣だ。
 パウロは、ずっとこの剣を持っていた。
 肌身離さず持っていた。

「ああ。そうだな。お前が持っていろ。でもむやみに使おうとするなよ」
「……?」
「剣を持ってるからといって、自分が強くなったと勘違いしちゃ、いけない」

 あれは、五歳の誕生日の時だったか。
 パウロは俺に剣を渡して、そんなようなことを言った。

「わかり、ました」

 ノルンはそう言うと、剣を胸に抱いた。
 強い子だと思う。
 部屋に引きこもって、泣いてもおかしくない状況で。
 きちんとパウロの死に向き合った。
 ロキシーに助けてもらわなければ這い上がれなかった俺とは大違いだ。

 本当に、強い子だ。


 そのほかの形見分けについては、家族で分配する事となった。
 アイシャは短剣を選び、俺は鎧か。
 骨壷は後で墓を作り、そこに埋めるつもりだ。
 と、思った所で、ゼニスがふらりと動いて、鎧を手に取った。

「……母さん?」
「……」

 呼びかけても、ゼニスは何も言わない。
 相変わらず、廃人のようにボーッとしているだけだ。
 しかし、まるで今がどんな場面かわかっているかのような動きだった。
 偶然だろうか。
 いや、ゼニスもゼニスとしての核の部分は残っているのかもしれない。

 ともあれ、俺の手元に遺品が残らない形となったが、いいだろう。
 パウロにもらったものは多いのだから。


---


「さて、次は母さんの事についてだ」

 俺は改めてゼニスの容態を説明した。
 記憶喪失であり、ほとんど中身が無い状態であると。

「治らないの?」

 シルフィの問いかけに、俺は首を振った。

「わからない」

 一応、これから医者や治癒術師には見せるつもりだ。
 けれど、記憶喪失を治す治癒魔術など聞いたことはない。
 考えてみれば原因もわからない。

 魔力結晶の中に閉じ込められて記憶喪失。
 酸素欠乏症に近いものなのだろうか。
 なんとも言えないが、治る可能性は低いように思える。

 脳へのダメージであるなら、この世界の医療技術では治るまい。
 少なくとも、上級の治癒魔術を掛けても、ゼニスは治らなかった。
 漫画なんかだと、記憶を失った時と同じぐらいの衝撃を与えたりで治ったが、ゼニスにそれを試すわけにもいかない。

 しかし、治すのは本当に幸せなのだろうか。
 パウロはゼニスを助けようとして死んだ。
 ゼニスは、自分を責めるだろう。
 なら、記憶は戻らない方が幸せかもしれない。

 ……いや、そんなわけはないな。
 記憶を取り戻す努力はすべきだ。

「ともあれ、母さんには治療と、そして介護が必要だ」

 介護。
 もし、前世で両親が死なず、年老いて寝たきりになったら。
 俺も介護をすることになったのだろうか。

「母さんにはこの家で一緒に暮らしてもらうつもりだ」

 リーリャは最初、俺の生活を邪魔しないようにと、別に部屋を借りるつもりだと言っていた。
 転移の迷宮を攻略した金があるため、むこう10年以上はこの町で暮らしていけるだろう。
 しかし、俺はその提案を蹴った。
 そんな事は許されない。
 死んだパウロだって許さないだろう。

「母さんの世話はリーリャさんに一任するつもりだけど、皆には細かい所で迷惑をかけると思う」
「わかった。ボクも頑張るよ」

 シルフィはそう言って快く了承してくれた。
 誰にも、異論は無いようだった。
 俺も、異論を言わせるつもりはなかった。
 パウロは、死んでもゼニスを守れと言ったのだ。
 その真意がどうだったか、今となってはわからないが。
 パウロが死んでも、俺はゼニスを守らなければならない。

 まあ、介護と言ってもゼニスはアルツハイマーというわけではない。
 ただ抜け殻のようになってしまっているだけだ。
 リーリャがつきっきりなら、大丈夫だろう。
 もっとも、そのために必要なものは揃えなければいけないが。

「あの、ということは、お母様もここで暮らすんです、か?」

 ポツリとそう言ったのか、アイシャだった。
 戸惑うような、不安そうな、そんな声だった。

「はい。アイシャ。ルーデウス様のお世話になるつもりです」

 アイシャにとって、やはりリーリャは目の上のたんこぶだろうか。
 リーリャは教育ママだから。
 そのリーリャから解き放たれたアイシャは、毎日が楽しそうに見えた。
 でも、それを今不満として出すのは、よくないんじゃないか。
 もし、そういった事を口にするようなら、きっちりと怒らなければならない。

「仕事の分担とかは、するんでしょうか……」
「それは後で話しましょう。私は奥様のお世話を中心とした仕事をさせていただくつもりなので、大まかな仕事はアイシャに変わらずやってもらうつもりですが」
「……はい」

 アイシャは不満を口に出す事はなかった。
 けれど、やはり自分の母親が苦手なのだろうか。
 声音は固く、表情も暗い。

 その様子を見て、口を挟んだのは、ノルンだった。

「ねえ、アイシャ」

 ノルンはアイシャの肩に手を乗せて、囁くように言った。

「私たちに、遠慮する事は、ないよ?」

 アイシャは、その言葉で、ノルンとリーリャと、俺を代わる代わる見た。
 リーリャもまた、俺の方を見ている。
 何を要求されているのかわからない。
 だが、俺はとりあえず、頷いておいた。

 すると、アイシャはパッと立ち上がり、リーリャに抱きついた。

「お、お母さん……! おがあざんが、無事でよか、よかった!」

 アイシャは泣きながら、リーリャの腹に顔をうずめた。

「ただいま、アイシャ……」

 リーリャは、優しげな表情で娘の頭を撫でた。

 そうか。
 そうだな。
 アイシャも心中複雑だったろう。
 彼女にとって、リーリャは母親だ。
 もちろん、パウロやゼニスの無事を祈る気持ちもあっただろう。
 けれど、リーリャの無事を祈る気持ちは人一倍強かったはずだ。
 そして、実際にリーリャは無事帰ってきたのに。
 それを素直に喜べない状況なのだから。

 うがったことを考えた俺を許してくれ。


---


 その後、細々した事を話し、帰還報告は終了した。
 ギースによる黒字の収支報告もあった。
 莫大な金が全員の手にわたっている。
 しかし、各員の顔が晴れる事はなかった。

「さて、んじゃ、俺らは宿でも探すとすっか」

 報告が終わったと同時に、ギースは立ち上がった。
 それに釣られるように、タルハンド、ヴェラ、シェラという面々が立ち上がる。
 俺は慌てて、彼らを引き止める。

「今日は、ここに泊まってくださっても構いませんが?」
「へっ、先輩。馬鹿言ってんじゃねえよ。家族水入らずを邪魔するほど、俺らぁ野暮じゃねえんだよ」

 ギースの言葉に、当然というように、他三人は己の荷物を手に取る。
 乾ききっていない靴を履き、上着を羽織る。

「……」

 結局、俺は玄関で彼らを見送る事にした。
 淡々とその場を後にしようとする四人を引き止めるように、声を掛ける。

「皆さん。長い間、父さんを手伝っていただき、ありがとうございました」

 ヴェラとシェラには、特に深く頭を下げておいた。
 彼女らは、ミリシオンにいた頃からパウロを手伝ってくれていた。
 俺とはあまり会話をしなかったが、転移の迷宮ではサポート役として細々と動いてくれた。
 影の功労者だ。

「いえ、私たちこそ、あまり役立てず、申し訳ありません」
「パウロ隊長のお墓ができたら、あとで場所だけでも教えてください」

 二人の返事は短かった。
 彼女らにとって、パウロとはどういう存在だったのだろうか。
 捜索団が解散した後もベガリット大陸まで付いていったのだ。
 何か特別な感情があったのかもしれない。
 けれど、例え彼女らがパウロの事を好いていたとしても、俺には関係のない事だ。

「これから、どうするんですか?」
「冬が終わったらアスラ王国に帰ります。捜索団の中には、お世話になった人もいますので」
「そうですか、お気をつけて」
「はい、ルーデウスさんも、これから大変でしょうけど、体に気をつけて」

 彼女らは、最後にもう一度、俺に頭を下げると、雪の中へと消えていった。

 捜索団か。
 そういえば、パウロの活動に、ゼニスの実家が資金援助をしてくれていたという話だったか。
 ゼニスが無事……とはいえないが、見つかった事は伝えなければなるまい。
 届くかわからないが、何通か手紙だけでも出しておくとしよう。

 そんな事を考えていると、ギースに肩を叩かれた。

「じゃあな、先輩」
「ギースさん、タルハンドさん」
「なんだ、あんま辛気臭ぇ顔すんなよ」
「……あなた達は、これからどうするんですか?」

 そう聞くと、ギースはポリポリと頭を書いた。

「俺らもアスラまで行くつもりだよ。ベガリットの金や、魔力付与品(マジックアイテム)の換金もしてぇからな」
「全部換金するんですか?」
「幾つかは自分で使うつもりだけど、大体はな」

 俺の手元にも魔力付与品(マジックアイテム)は残っている。
 鑑定した時にどんな効果を持っているかは一応聞いているが、大したものは少ない。
 マッチ代わりになる短剣とかだ。
 一応、何かで使うかもしれないので、地下の倉庫に放り込んでおくつもりだ。
 金に困ったら、その時に売り払えばいい。
 どんなマヌケな効果を持つものでも、一財産にはなるからな。

 ただ、魔力を吸収する魔石、これは別だ。
 できれば、時間のある時に研究しておきたい。
 また同じような相手と戦う時に、何も出来ない、対処法も分からないでは二の舞いになるからな。
 俺では何も分からないかもしれないが、しないよりはマシだろう。

「なんだったら、先輩のもアスラまで持って行って換金してやろうか? ここらで金に変えるより、ずーっと高い金になるぜ?」

 アスラ王国は物価が高いし、アスラ王国の貨幣は中央大陸なら大体どこでも使える。
 モノを売るなら、アスラが一番だ。

「それで、帰りがけにギャンブルでスってトンズラするつもりですか?」
「おっ、ちょ、いや、先輩の金にゃ手は出さねえよ?」

 ギースはそういって、挙動不審に目を泳がせた。
 もし本当に俺から品を預かったら、ギャンブルはするつもりだったのかもしれない。
 まあ、それでもいいぐらい、ギースには世話になった。
 こいつがいなければ、転移の迷宮は踏破できなかったはずだ。

「冗談ですよ」
「ま、ギャンブル自体はすんだけどな」

 ギースはそう言うと、口端を持ち上げてニヒルに笑った。

「その後は?」
「冒険者を続けるよ。俺らぁ、他にとりえもねーからよ」
「そうですか」
「まぁ、冬があけるまではここらにいるから、暇があったら酒でも飲もうや。いいメス猿、紹介してくれんだろ? っと、妻も子もいる先輩は、そういうお店には出入りしにくいか? ヘヘッ」

 確かに、今すぐに別れる、というわけではない。
 けれど、このギースという男は、いざ旅立つとなると、俺に挨拶などしないだろう。
 ふっといなくなってしまうに違いない。
 だから、今のうちにきちんと別れと礼を済ませておかなければ。

「ギースさん……」
「先輩よ。さっきから口調がおかしいぜ?
 いつもどおり、『おい、新入り』とでも言えよ」
「……なんでそこまで新入りにこだわるんですか」

 そう聞くと、ギースはヘラッと笑った。

「ジンクスだよ」

 ジンクス。
 その言葉は、理由としては不十分なはずなのに、俺の心にストンと落ちる。
 ジンクスなら、仕方がない。

「ともあれ、お二人とも、今までありがとうございました」
「いいって事よ。じゃあ、達者でな、先輩」

 俺が深く頭を下げると、ギースは手を振りながら、歩き始めた。

「うむ、お主に礼を言われる筋合いはない。言われるならパウロからじゃな。つまり、儂らは礼など必要ないということじゃ」

 タルハンドも重そうな体を揺らしながらそう言うと、ギースの後をついて歩き始める。
 俺はその二人の背中を、見えなくなるまで見送った。


「男どもはすぐにカッコつけたがりますわね」

 ふと、見ると、エリナリーゼが隣に立っていた。
 俺が別れの挨拶をしている間、シルフィと何やら話していたらしい。
 例の件だろうか。
 例の件なら、俺が全て話さなければいけない事だと事前に言ったつもりだが、
 おせっかい焼きのエリナリーゼの事だから、何か根回ししてくれたのかもしれない。

 正直、気が重いので、その気遣いはありがたい。

「さて、わたくしはクリフの所に行きますわ。もうギリギリですもの」

 エリナリーゼは下腹部を撫でながら、そんな事を言った。
 彼女にも苦労をさせてしまった。
 行き帰り、総計合わせて三度程、知らない相手と関係を持った。
 いつもの事だし、気にしていないと彼女は笑って言っていたが、俺にとっては笑えない話だ。

「エリナリーゼさんも、お世話になりました」

 そう言うと、エリナリーゼは渋い顔をした。

「…………パウロの事、すみませんでしたわ」
「いえ、あれは俺の」

 俺のミス、俺の油断。
 そう言おうと思ったが、エリナリーゼは言葉を続ける。

「あのパーティのわたくしの役割は、ああならないように立ちまわる事でしたのよ。パウロが死んだのは、わたくしのミスでもありますわ」

 そんな事はないはずだ。
 あの場にいる全員が、必死に戦った。
 ヒュドラの切り札も回避して、あと一本、あとすこしという所で、死に物狂いになったヒュドラがあんな行動に出るとは、誰も思わなかった。
 少なくとも、エリナリーゼを責められるのは、彼女自身と、そして死んだパウロだけだろう。

「俺は責めませんよ。誰もね」
「なら、自分も責めたらダメですわよ」
「……はい」
「じゃ、いきますわね!」

 エリナリーゼはそう言うと、雪の中を走り出した。
 彼女の帰還報告はこれから始まる。

「……ふぅ」

 俺は長い溜息をついた。
 白い息が、雪の中に消えていく。

 これで。
 これで、俺にとっての転移事件は、一応の終わりを迎えた事になるだろう。
 行方不明となった家族は全員探しだした。
 世界では、まだ見つかってない人がいるかもしれないが、俺が探す義理はない。
 終わったのだ。

 長く、苦しく。
 そして苦々(にがにが)しい結果だった。

 けれど、ここからは次の展開だ。
 過去を振り返らず、前を向いて生きていかなければならない。
 この世界で、まだまだやることも、やりたい事も残っているのだから。
 先を見据えなければ。

「ルディ。皆さんはもう帰られましたか?」

 ふと見ると、ロキシーが後ろに立っていた。

「私も、彼らと少し話したかったのですが……」
「まだこの町にいるようなので、暇を見つけて会えばいいかと」
「そうですね」

 ロキシーは雪の中を歩き出したりはしない。
 彼女は一人、この家に残る。
 宿になるか、この家の住人になるかは、これからの話し合い次第だ。

「じゃあ、ロキシー」
「はい」
いきましょう(・・・・・・)

 俺は家の中へと戻った。
 ロキシーの小さな背を伴って。
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