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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第12章 青少年期 ベガリット大陸編

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第百十七話「到着」

 迷宮都市ラパン。

 その町は他に類を見ない不思議な檻に閉じ込められている。
 広大な砂漠の中に、白く巨大な檻があるのだ。
 何かと思ってその檻に近づいてみると、なんとそれは骨なのだ。
 巨大なベヒーモスの骨なのだ。
 ラパンとは町ひとつ覆うほどの巨大な肋骨の中に作られた町なのだ。

 かつて小さなオアシスでしかなかったここは、ベヒーモスの死骸によって変貌した。
 驚くほど多くの迷宮が出現し、数多くの冒険者を魅了する土地となったのだ。
 ラパンは一攫千金を求める世界中の冒険者がこの地を訪れ、数々の感動劇と悲劇を生み出した。

 混沌渦巻くこの町は、いまやベガリットでも指折りの大都市である。

 冒険家・ブラッディーカント著 『世界を歩く』より抜粋


---


 『世界を歩く』の知識もうろ覚えだ。

 ラパンは大きな町だ。
 特徴的な12本の白い柱を中心に、土色の町並みが広がっている。
 建物は土と魔物から取れる素材で作られている。
 こういう雰囲気の町並みは魔大陸でよく見かけた。
 木材が少ないからな。

 それにしても、意外にも緑が多い。
 骨の柱の隣にオアシスがあるせいだろうか。
 遠めからでも、やしのような木が立っているのがみえる。

 雰囲気も独特だ。
 汗のにおいというか、野卑な匂いというか。
 奴隷市場にも似た人間の匂いがする。

「驚いたか? あの柱は、ベヒーモスの肋骨よ」

 歩きながら観察していると、ガルバンが得意げに話しかけてきた。
 フォーメーションの問題で、ここ最近はガルバンと会話する事も多い。
 ガルバンは自慢話が大好きだ。
 嘘かまことかわからない俺スゲー話は、物語として聞いている分には楽しめる。

「かつて、かの大英雄、北神カールマン二世がこの地を訪れた時、
 この砂漠で暴れまわる大ベヒーモスを仲間と共に退治したのだ。
 ベヒーモスの肉は食われ、腐り、今となっては跡形もなくなったが、
 骨だけは今もああして朽ちずに残り続けておる」
「へぇ」

 ここは北神カールマンのゆかりの地なのか。
 かの北神の逸話はいくつか知っているが、ベヒーモスを倒したとは初耳だな。
 旅の途中、一度だけベヒーモスは見たが、あんなのを倒すとは正気の沙汰ではない。
 どうやって倒したんだろうか。
 まあ、北神は不死身の魔王とか巨大なドラゴンとかを倒しているらしいし、
 そういうHPの高いバケモノを倒すのが趣味だったのかもしれない。

「迷宮が多いのは、ベヒーモスを食った魔物の中に、アント系が混じっていたからだな。
 強力な魔物の肉を食えば、強力な魔物が生まれる。
 変異したアントが大量の巣穴を掘ったことで、それらが全て迷宮と化してしまったのだ」
「なるほど」

 ベヒーモスが死に。
 そこに虫がたかり。
 虫が繁殖して巣をつくり。
 長い年月をかけて虫が死に、巣が変異したと、そういうわけか。

 ちなみに、強力な魔物の肉を食えば、強力な魔物が生まれる。
 というのは俗説だ。
 人魚の肉を食えば不死身になるというぐらいの信憑性の無さだ。
 もしそれで強力な魔物が生まれるというのなら、
 魔物の肉を日常的に食っている魔大陸の人々はもっと強くてもおかしくない。
 魔物の肉を食って変化するのは魔物の特権、ってわけでもないだろうしな。

 いやまてよ。
 バーディガーディやキシリカのようなのが生まれる可能性が高くなるという説はどうだろうか。
 魔物はそもそも普通の生物の突然変異らしいし、
 人からも突然変異が生まれてもおかしくはない。

 やばいな。
 俺って結構魔物の肉とか食ってるよな。
 どうしよう、シルフィとの子供が、生まれた瞬間にいきなり「妾は魔・界・大・帝!」とか叫びだしたら。
 カッコウに託卵されたモズのような気分になってしまうかもしれない。

「この地には、世界中から冒険者と商人が集まってきよる」

 次々と産出されるマジックアイテム。
 飛ぶように売れる武具や魔道具。
 いくらあっても足りない魔石・魔力結晶。

 ある一定の商品を持ってくれば、確実に高値で完売する。
 商人にとっては、そういう夢の土地らしい。

 もっとも、ここに来るには、砂漠を歩く知識やらなにやらが必要になってくる。
 ゆえに選ばれた商人だけに許された商売、だそうだ。

 中央大陸に行けば、もっと安全で儲かる商売なんていくらでもあるだろう。
 井の中の蛙。
 丼の中の米粒。
 とはいえ、ガルバンはそんな自分に酔っているので、水をさしたりはすまい。
 彼らのような商人がいるからこそ、経済は回るのだ。


---


 ラパンに到着し、ガルバンたちと別れた。
 彼らは、町の端の方に天幕を張るらしい。
 短い間だったが、彼らには色々と教えられた気がする。

「ありがとうございました」
「お互い様だ。また何かあったら言うといい」

 あっさりとした別れ。
 短い間だったが、世話になったというところか。
 バリバドムやカリメリタとは一礼をするに留めた。
 少しぎくしゃくしたが、わだかまりは残っていないと思いたい。


---


 さて、ギースを探さなければいけない。
 もしくはパウロか。
 おっとり刀で駆けつけてはみたものの。
 ここにいるんだよな?

 日が落ちるまでは時間がある。
 いつもなら宿を取るのが先だが、探すを優先するべきか。

「どうしましょうか」
「そうですわね。これだけ大きな町なら冒険者ギルドもあるでしょうし、そこに向かってみましょう」
「わかりました」

 先に荷物を置きたかったのだが。
 まあいいか。
 できれば、宿もギースかパウロと同じ所を取りたいしな。

 俺たちは道行く人に冒険者ギルドの場所を聞く。
 町の中心付近にあるらしい。
 ギルドってやつは大体中心にあるな。


 道行く人々は、商人が多かった。

 商人は大体ガルバンと同じような格好をしている。
 ターバンに、体をスッポリと覆うような貫頭衣。モジャッとしたヒゲ。
 そんな格好をした奴がラクダを連れて歩いていたり、道端に布を広げて露天商をしている。
 こっちはしっかりと肌を隠している者が多いな。

 ただ、布でひさしを作っている者の中にはアラジンみたいな格好をしている奴もいた。
 雑貨屋らしく、金属のランプや、奇妙な文様をしたツボなんかを売っている。
 まさにアラビアンって感じだ。
 恐らくリコーダーを吹くとあのツボからレッドスネークがカモンするのだ。

 冒険者ギルドに近づくと、見慣れた格好をした冒険者が多くなった。
 この辺には、中央大陸出身の者も多いのだろう。
 ただ、みんな歴戦の顔だ。
恐らく全員迷宮探索を専門とするS級なんだろう。

 基本的に薄着をしている奴が多い。
 日差しが強い所だと厚着にしないと危ないらしいが、
 長時間外に出ないので問題ないのだろうか。


---


 冒険者ギルドは巨大な岩を繰り抜いて作った建造物だった。
 恐らく、魔術で作ったものだろう。
 俺も似たようなものを作れるから、すぐわかる。

 もっとも、俺が作ったものより出来はいい。
 入り口には精巧なレリーフが刻まれ、
 中に入ると風通しがよく、ひんやりと涼しかった。

 冒険者ギルドの中身の雰囲気というものは、大体どこも同じだ。
 だが、やはり場所が場所であるせいか、新人(ニュービー)の姿は見えない。
 みんな強そうだ。

 顔や体に傷を持つものが目立つ。
 きっと、スネに傷を持つものも多いのだろう。
 スネカジリだったのは俺だけに違いあるまい。

「さて、とりあえずパウロかギースの事を聞いてみますわよ」
「そうですね。聞けばわかるでしょうか」
「ギースはこういう所に情報網をはっていますから、
 名前さえ言っておけばあとは向こうで……っと、その必要もなさそうですわね」

 エリナリーゼの言葉。
 彼女の視線を追うと、冒険者ギルドの隅にサル顔の男がいた。
 獣族の剣士と、何やら話し込んでいる。

「おい、頼むって。お前もあいつには世話になっただろうがよ」
「無理なものは無理だ」
「そこを曲げて、どうにか出来ねえか? 一刻を争うんだ」
「もうひと月だろ? 死んじまってるよ」
「いや、絶対に死んでねえ。それに死体を確認するのにだって人手がいる。
 なあ、頼むぜ。あんたの剣の腕を見込んでこうして頼んでるんだ。
 なんだったら、報酬は倍だしてもいい」

 結構必死な表情だ。
 ギースめ、あんな顔出来たんだな。

「わるいが、他をあたってくれ、俺はまだ死にたくは無いんでな」

 ギースはしばらく獣族の剣士に何かを頼み込んでいたが、
 やがて獣族の剣士は首を振り、ギースはこちらまで聞こえる大きな舌打ちをした。

「チッ、臆病野郎が! それでよく冒険者なんてやってられんなぁ!」
「……ふん、なんとでもいえ」

 獣族の男はギースの悪態に振り返る事なく、建物から出て行った。
 ギースがあんな悪態をつくとは珍しい。
 いや、俺がギースの何を知るというわけでもない。
 俺の中のギースは、もっと飄々としている感じだし。

「ギース、だいぶ切羽詰ってますね」
「あら、ギースは大体あんなもんですわよ」
「そうですか? 俺のイメージではもっとこう……」
「きっと、ルーデウスの前では大人ぶってたんでしょう……ギース!」

 ギースがきょろきょろと周囲を見回す。
 俺たちを見つけると、ギースが目を見開いた。
 よろよろと俺たちのところをまで歩いてくる。

「お、おお! エリナリーゼじゃねえか!」
「遅れましたわね」

 エリナリーゼがそういうと、ギースはニヒルに笑った。

「そんなこたぁねえ、むしろ早すぎるぐれえだ」

 ギースは、顔をほころばせて、エリナリーゼの肩をバシバシとたたく。

「ていうか、おい、どんだけ早くくるんだよ、えぇ?
 手紙出したのは、まだ半年前だぜ?
 あ、もしかして手紙見てねえか?
 入れ違いになっちまったか?」
「そのことは、後で話しますわ。ゼニスの方は、どうなっています?」

 エリナリーゼが聞くと、ギースは顔を曇らせた。

「芳しくねえ。長期戦になると思ってお前らにも手紙を出したが……。
 正直……な。まあ、こっちも詳しくは後で話そう」

 状況は悪いらしい。
 だが、それは予想していたことだ。
 たどり着いたときにはすでに解決済み、なんて楽観的な線は消えた。

「とりあえず、父さんのところに案内してください」

 ギースは俺を見ると目を丸くした。
 そして、鼻の下あたりをポリポリと引っ掻く。

「お、おお……なんだ、先輩だよな? 随分でかくなったな」
「ギースさんはお変わりのないようで」
「ヘッ、やめろよこそばゆい。新入りでいいっての」

 あ、懐かしいな、このやりとり。

「あら、随分と仲がよろしいのね」

 エリナリーゼが面白そうに言った。
 ギースはそれを聞いて、ニヤニヤと笑う。

「まぁよ、一緒に牢屋に入ってた仲だかんな、なぁ先輩」
「そうだな、懐かしいな」

 ドルディア族の村での全裸牢屋。
 実に懐かしいな。

「っと、ここじゃいけねえや。パウロの所に案内するぜ」

 ギースはそう言うと、ニヒルに笑って冒険者ギルドを後にした。


---


 パウロたちが泊まっているというのは、町の一角にある宿だった。
 土と石で作られた建築物。
 魔大陸基準で行くと、B級冒険者向けぐらいか。
 よくも悪くもない。

 入り口まできた所で、ギースは言った。

「いいか、パウロも相当参ってるからな。
 エリナリーゼよ、おめぇも言いたいことはあるだろうが、今回はちっとばかし抑えてくれ」
「……約束できかねますわね」

 エリナリーゼはそう言って頭を振った。
 ギースは苦笑しつつ肩をすくめた。
 それ以上なにも言わなかった。
 まあ、エリナリーゼなら、いきなり喧嘩腰になる事もあるまい。

「先輩もだ。前みたいな喧嘩はやめてくれよ? 途中で言いたいことがたくさん出てくるだろうが、あんまり、あいつを責めないでやってくれ」

 事前にそんな前起きをするぐらい、パウロはやばいらしい。
 もっとも、俺は以前にも弱ってやさぐれたパウロは見ている。
 心の準備はしておかないとな。

 ああみえて、パウロはかなり精神的に弱い方だ。
 何かあればすぐに落ち込む。
 メンヘラとまでは行かないが、過去に大きな挫折をあまりしていないタイプだな。
 ゼニスが見つかれば、ブエナ村にいた頃の自信たっぷりのパウロに戻るとは思うが……。

 まあ、今回が肝って事だ。
 寛大に行こう。
 ホトケのルーデウスと呼ばれるレベルでいこう。

「じゃあ、入るぞ」

 ギースはそう言って、宿の中へと入る。
 扉は無い。
 カーテンのような布を分けて中に入る。

 冒険者向けの宿屋の一階というのは、大体どこも似たような作りになっている。
 食事を取るための場所だ。
 テーブルの材質や配置などが違うだけで、大差は無い。

 パウロは一目でわかった。
 テーブルの上に突っ伏している男だ。

「……あ」

 小さな声を上げた者がいた。
 パウロのすぐ脇に立つ人物。
 こんな土地でもメイド服を着込んでいる。
 リーリャだ。
 玲瓏な表情をする彼女は、髪はややほつれ、疲れ気味の表情をしている。
 しかし、俺と目が合うと、その顔がやや明るくなった。
 彼女は俺に対して、一礼。
 その後、すぐにパウロの背中をゆすった。

 パウロの正面に座っていた女性も立ち上がる。
 俺の顔を見ると数歩後ずさりしてから、ハッとした顔で頭を下げた。
 ローブ姿の女性だ。
 あれはヴェラだったっけか、シェラだったっけか。
 確かシェラだな。
 経理の人だ。
 彼女もまた疲れた顔をしていた。
 みんな疲れた顔をしている。

 俺は彼女の座っていた席、パウロの真正面に座った。

「旦那様、ルーデウス様がおいでなさいました」
「ん……?」

 パウロはリーリャにゆすられて、ゆっくりと顔をあげる。
 ひでぇ顔だ。
 無精ひげも生えてないし、髪もそれなりに整えられている。
 いつぞやのように酒臭さもない。
 けれども、目の下にはクマが出来て、全体的にげっそりとやつれている。
 相変わらず、追い詰められているのだ。

(来てよかった)

 パウロがこんな状態なら、それだけで俺が来た意味もある。

「ルディ……?」
「父さん。お久しぶりです」

 パウロは俺の顔をボンヤリと見ていた。
 まるで寝起きとでも言わんばかりだ。
 いや、寝ていたのだろうか。
 テーブルに突っ伏して。
 うとうとと。

「あ……?
 おかしいな。ルディが見える……ははっ、ようルディ、久しぶり。
 元気そうじゃねえか。ノルンとアイシャは元気にしてるか?」

 パウロはどんよりとした顔でそう言った。

 正直、想定外の反応だった。
 いつぞやのように、飲んだくれてやさぐれたパウロが出てくると思っていた。
 そして、酒瓶を片手に俺に怒鳴りつけるかと思っていた。

「の、ノルンとアイシャは保護しました。
 今は魔法都市シャリーアで暮らしています。
 一応、頼りになる人たちに後を任せてきたので、大丈夫です」
「そっか、そっか、さすがルディだ。頼りになるなぁ。
 あ、お前はどうだ、元気にしてるか」
「そうですね……まぁ、元気ですよ」

 パウロはふわふわした表情で、ヘラッと笑った。
 この場に似つかわしくない、気の抜けた笑みだ。
 不気味と言える。

「そっか、そりゃいいな、元気なのが一番だもんな」

 パウロの目が死んでいる。

 もしかして、精神がイっちまって廃人になってしまったのだろうか。

 不安げな顔でギースを見ると、奴は真面目な顔で頷いた。
 ……マジかよ。
 パウロ、こんなになっちまったのかよ……。

「ルディ……」

 パウロはよろよろと立ち上がり、テーブルを回ってこちらにやってきた。
 そして、俺をぎゅっと抱きしめてくる。

「父さんはな、ダメな奴だ……」

 俺は無言でパウロを抱きしめ返した。
 パウロはダメかもしれない。
 もう、二度と元に戻らないかもしれない。
 もうすぐ孫も産まれるっていうのに。
 こんなになっちまって……。

 けれど、俺が来たからには大丈夫だ。
 俺がなんとかしよう。
 そのために来たんだ。

「母さんは助けられないし、自分で決めた事も守れねえ。
 親としてお前にも何一つしてやれねえ。ダメな奴だ」
「安心してください。俺が来たからにはもう大丈夫ですから」
「うぅ……ルディ、お前、本当に大きくなったなぁ」

 パウロは俺の肩をグッと強く握る。
 少し痛い。
 けれど、我慢する。

「大きくなりましたよ。もうすぐ子供も産まれるんです。だから、後は安心して任せて、ゆっくり休んでください」
「…………んぁ! 子供!?」

 と、そこでパウロが変な声を上げた。
 それと同時に、急速に目に光が戻っていく。

「お、おおぉ?」

 狐につままれたような顔で、俺の顔をペタペタと触る。

「……もしかして、本物か?」
「本物です」
「夢じゃなくて?」
「夢のようないい男でしょう?」
「……あ、本物か」

 パウロは目をパチパチさせて、周囲を見る。
 リーリャと目があう。

「おはようございます、旦那様」
「ああ、リーリャ。どれぐらい眠ってた」
「タルハンド様がお買い物に出られてからなので……ほんの一時間ほどです」
「そうか、寝ぼけてたみたいだな」

 パウロは頭を振り、グッと伸びをした。
 ふむ、やっぱり寝ぼけていただけか。
 廃人ではなかったらしい。
 良かった。
 この歳でもう老人介護をする羽目になるかと思ったぜ。

 パウロは椅子に座り直し、俺に向き直った。
 そして、改めてといった感じで、聞いてくる。

「……ルディ、なんでお前、ここにいるんだ?」
「先ほども言いましたが、助けに来ました」
「いや、そういう意味じゃなくてな……」

 俺は首を振る。
 想定していた問いだ。
 以前は、こういう連絡の行き違いが喧嘩に発展した。
 だが、今回は大丈夫だ。
 手紙は見たし、ノルンもアイシャも保護した。

「大丈夫です、ノルンもアイシャも、無事に保護しました」

 先ほど言ったことを繰り返す。

「そ、そうか」

 パウロは混乱しているようで、
 俺の体をぽんぽんと触っている。
 まるで、本当にここにいるのを確かめるように。

「いや、でも、だって……早すぎねえか?」
「少々、特殊な移動方法で来ました。帰りに話す事になると思います」
「特殊なって……まあ、お前ならそういう事もありうるのか……」

 パウロは呆気にとられた顔で、肩を落とした。
 ポカンとした顔のままだ。

「一応、手紙を出した後に何があったのか、話しましょうか?」
「いや、ちょっとまて、混乱してるんだ」
「そうですね、水でも飲んで落ち着いてください」

 俺は土魔術でコップを作り、水魔術でジョロジョロと満たしてパウロに渡す。
 パウロはそれを素直に受け取った。
 すぐにぐびりと飲み干す。
 そして、ふぅと息をついた。

「すまん。ちょっと驚いたんだ。
 ギースが勝手に手紙を出したのは知ってたんだが。
 来るのはもう少し後だと思ってた」
「急いできましたから」

 そう言うと、パウロは苦笑していた。

「急いだって、速すぎるだろうが」

 一ヶ月半。
 パウロにしてみれば、半年と少しか。
 それでもなお早いのか。
 早いだろうな。
 普通はそこから更に一年だ。
 パウロも、あと10ヶ月は先と見ていただろう。

 と、そこでパウロは顎に手を当て、何か考える顔を作る。
 そして、やや緊張の面持ちで、俺に尋ねる。
 その声はゆっくりと、確かめるような声音だった。

「そういや、さっき、子供が産まれるとか言ってたか?」

 そういえば、言ってしまったな。
 隠すつもりはないんだが。
 やはり怒られるだろうか。
 オレがこんな大変なのに自分だけいい思いしやがって、と。

 俺は言葉を選びつつ答える。

「その。実は魔法大学に在学中に、結婚したんです」
「……結婚?」

 パウロの眉が顰められた。

「誰と……あ、エリスとか?」
「いえ、シルフィと。魔法大学で再会できまして」
「シルフィ? ブエナ村のか……生きていたのか」
「ええ、彼女は彼女で大変そうでしたけどね」

 パウロは驚いた顔で顎を撫でている。
 何通か手紙は送ったはずだが、やはり届いていないか。

「結婚するまでの経緯、聞きますか」
「……あ、ああ。そうだな、一応教えてくれ」

 俺は、パウロに手紙を出した後の事を話す事にした。
 魔法大学に入学して、結婚にいたるまでの話だ。

 内容は慎重に話した。
 正直、学校生活の事は楽しい思い出ばかりだ。
 確かに少し嫌な事もあったが、バラ色だったと言っても過言ではない。
 友達も出来たし、恋人も出来た。
 事あるごとに宴会もした。
 できる限り客観的な言い方になるように、注意して話す。
 隠しはしない。
 楽しんだのは、間違いない事だから。

「そうか……子供……孫か……」

 俺は叱責を覚悟した。
 子供が出来たということは、つまり子供ができるような事をしたということだ。
 パウロが必死に家族(ゼニス)を助けようとしている時にだ。
 普通は怒るだろう。
 快楽を伴うものだしな。
 パウロは禁欲的な生活をしているらしいし。

 そんな考えをする俺の前で、
 パウロは頭を下げた。

「すまなかったな。俺が不甲斐ないせいで、父親になろうって奴をこんなところまで呼び出して」

 謝った。
 あのパウロが。

「いえその、申し訳なく思っています。母さんが見つかってもいないのに自分だけ」
「いや、オレにそれを責めることは出来ない。オレもリーリャを一度、抱いちまったからな」

 リーリャとも夫婦だし、いいのではないだろうか。
 と、思う所だが。

「ゼニスを助けるまではって思ってたんだけどな、ホント、情けねえよ……」

 パウロは俯いて、また泣きそうになっている。
 脆い。
 ガラスの十代みたいだ。
 と、そこでリーリャが口を挟んだ。

「サキュバスに襲われたのです、仕方ありません」
「だからってよぉ、お前、あんな……ああ、くそう……」

 パウロはなにかを思い出して、頭を抱えていた。
 そうか、サキュバスか。
 サキュバスなら仕方ない。
 俺も遭遇したが、あれは抗えるものではない。
 人が心の皮の下に隠しているものをさらけ出されるような感じだ。

 でも、パウロのパーティには治癒術師がいたはずだが。
 と、チラリとシェラを見る。
 彼女は俺の視線を受けて、あからさまに狼狽した。

「も、申し訳ありません。その、団長が、怖くて、何も出来なくて……」
「ルディ、彼女を責めないでくれ。オレが悪いんだ」

 おそらく、発情したパウロが周囲の女に襲いかかったとかだろう。
 この男が本気で発情すれば、そりゃ怖いだろうさ。
 まして、パウロのパーティはパウロが戦力の中心のはずだ。
 解毒魔術は相手に手を触れなければ発動できない。
 パウロを取り押さえつつ解毒を使う、なんてことはできなかったに違いない。

 そこを、リーリャが身を挺してなんとかしたのだろう。

「俺もサキュバスの怖さはよくわかります。仕方ない相手です」
「けどよ、タルハンドはなんとも無いのに、オレだけ……」

 そういえば、このパーティにはタルハンドという男がいたな。
 彼は大丈夫だったのか。
 どういう事だろうか。
 あれに抗える男がいたのか。
 もしかして、炭鉱族には効かない、とかあるのだろうか。

 などと考えていると、パウロの目線が俺を捉えていた。

「何ですか?」

 聞いてみると、パウロは鼻の下をこすりつつ答える。

「いや、お前、自分のことを俺って言うようになったんだな」
「えっ?」

 指摘されて、俺は自分の一人称が変わっている事に気づいた。
 そういえば、いつのまにか俺と口に出して言うようになっていた。
 意図的に分けていたつもりだったが。
 ザノバたちと話しているせいか、だんだんと混ざってしまったらしい。

「ああ、すいません。僕とした事が」
「いや、いいって事だ。『俺』の方が男らしいってもんだ」

 パウロは笑っていた。
 笑っていたが、しかし。
 目の端に大粒の涙が浮かんでいた
 涙がポロリと落ちる。

 一粒落ちれば、ポロポロといくつも落ちていく。
 止めどなく、落ちていく。

「……ルディ、お前、本当に大きくなったんだなぁ……」

 そんな言葉を受けて、俺も泣きそうになる。
 俺たちは、家族なのに。
 相手の変化もわからないのだ。

「父さん、こんなダメな父親でごめんな……」
「……」

 俺は無言でパウロの肩を抱いた。
 背伸びする必要もなく、肩の向こう側まで手が回った。
 俺は気づかないうちに、パウロと同じぐらいの背丈になっていた。

 そのまま二人で泣いた。


---


 しばらくしてから、パウロと離れた。

 再会はすんだ。
 切り替えていかなければいけない。
 そして、問題はまだ一つ残っている。

「……ふん」

 エリナリーゼは近くの椅子に座り、面白くなさそうな顔でこちらを見ていた。
 パウロがのろのろとそちらを見る。
 二人の視線が絡む。

 パウロの目が細められる。
 エリナリーゼが眉をひそめる。
 いかん。

「えっと、父さん。エリナリーゼさんは、助けに来てくれたんです。
 魔法都市シャリーアからここまで、俺ら家族のピンチを知って。
 父さんと顔を合わせたくないのを承知の上で。
 助けに来てくれたんです」
「……」

 パウロはゆっくりと立ち上がる。
 エリナリーゼに向かって、ゆっくりと歩き始める。
 彼女はそれを受けて、拳を握りしめて立ち上がる。

「彼女も心配してくれてるんですよ。
 確かに昔、色々あったかもしれませんけど。
 ここは俺の顔に免じて、水に流していただけませんか?」

 パウロは俺を無視、エリナリーゼの眼前に立つ。
 エリナリーゼは頭一つ高いところにある目を睨みつけている。
 ピリピリした気配が伝わってくる。
 まさか、これは殺気か。

 一触即発。
 そんな言葉が浮かぶ。
 もしかして、殴り合いをするんだろうか。
 いや、殺し合いかもしれない。
 あかん。
 まさかそこまで仲が悪いのか。

「……ギース」

 ギースに目配せをする。
 すると、やつはおどけた調子で肩をすくめ、ムカつく笑みを浮かべた。
 こいつは役に立たない。

「エリナリーゼ」
「なんですの」

 パウロはちらりと、俺を見た。
 リーリャやシェラにも目線を送る。
 なんだろう。
 含みのある視線だった。

「……」

 パウロはその場で膝を突いた。
 そして、頭を地面にこすりつける。
 土下座だ!

「あの時は、悪かった!」

 エリナリーゼはパウロを見ない。
 そっぽを向いて答える。
 口先を尖らせて、面白くなさそうに言った。

「……あの時の事は、わたくしにも、非があったと思ってますわ」

 ……あれ?
 予想外の言葉が聞こえた気がした。

 パウロはカエルのような格好のまま、続ける。

「転移から色々と気を使わせちまったみたいで、本当にすまん」
「いいんですのよ。わたくしも探したい人がいましたし、ついでですわ」
「ありがとう、エリナリーゼ」
「どういたしまして、パウロ」

 それで終わりだった。

 あっさりとしたものだった。
 二人の間には、小さな微笑が浮かんでいる。
 パウロとエリナリーゼの間にあった何かが消え去ったように見えた。

 あれだけ、パウロの事を許さないと言っていたのに。
 あっさりと。

「ふぅ……」

 パウロは大きく息をつくと、土下座をやめて、立ち上がった。
 パンパンと膝を払う。
 そして、エリナリーゼを見る。
 エリナリーゼもまた、柔らかな目線でパウロを見る。

「パウロ、老けましたわね」
「お前は美人のままだ」
「あら、ゼニスに言いつけますわよ」
「そしたら、またヤキモチを焼くゼニスが見れるな」
「楽しみですわね」

 二人はふっと笑った。
 いいな。
 美人のエルフと、疲れ果てた中年剣士。
 なんか絵になる。

 仲違いの理由はわからなかった。
 エリナリーゼが意固地になっていただけで、
 大したことのない出来事だったのだろうか。
 それとも、いわゆる時間の解決だったのだろうか……。
 何にせよ、仲よき事は美しきかな、だ。

「あー……でも、お前、よく我慢できたな。北方大地からここまで、かなりあるだろ?」
「ええ、かなりありましたわね」
「呪いはどうなってんだ? もしかして、ルーデウスとやっちまったんじゃねえだろうな」
「まさか。クリフの魔道具のおかげでなんとかしましたわ」

 エリナリーゼの言葉に、パウロが首をかしげる。

「誰だ、クリフってのは?」
「わたくしの旦那ですわ」
「ハァ!?」

 パウロが目を見開いた。
 そして、驚いたように大声を出した。

「お前に旦那って、そんな物好きがいるのかよ!
 どういう冗談だよそりゃ。
 もしかしてお前が勝手に言ってるだけじゃねえだろうな!
 おいルディ、お前も知ってる奴なのか? そのクリフっての」

 パウロが笑いながら俺を見る。
 俺は真顔で頷いた。
 エリナリーゼが怖い顔をしていたからだ。

「父さん。言いすぎです。クリフは確かに物好きだと思いますけど、尊敬できる男ですよ」

 クリフ。
 ちょっと空気の読めない所もあるが、
 真っ直ぐで、臆面もなく人を愛してるといえる男だ。
 すごい奴だよ。

「マジか。お前が尊敬するって、どんだけすげぇんだよ……」

 パウロは衝撃を受けていたが、
 やがてバツの悪そうな顔で、頭を下げた。

「そっか。悪かったな、今度紹介してくれ」
「ええ、あなたよりよっぽどいい男ですわよ」

 パウロはその言葉に苦笑し、もう一度頭を下げた。

「何にせよ……エリナリーゼ。ルーデウス。感謝する。よく来てくれた」
「感謝はこれからですわ」
「家族なら、当然です」

 さて。
 そろそろ本題にはいろう。

「父さん。状況を説明してください」


---


 パウロはまず、ここにきた経緯を話してくれた。

 大体、知っている話だ。
 ミリシオンでロキシーとタルハンドに出会った事。
 情報を手に入れ、ベガリット大陸へと渡ったこと。
 そこそこ充実したパーティ編成のおかげで、なんとかラパンまでたどり着いた事。
 そこでギースと再会し、ゼニスの居所に見当がついたこと。

「ギースの情報によると母さん……ゼニスはここより北に一日行った所にある、迷宮に捕らわれているらしい」
「……」

 捕らわれている。
 誰かが捕らえているということだろうか。
 迷宮に、というのが曖昧だな。
 人を捕まえる迷宮があるのだろうか。

「六年ずっと、ですか?」
「わからん」

 パウロは首を振った。
 俺は質問を続ける。

「命に別状は?」
「わからん。ただ、数年前にその迷宮に入るパーティの中にゼニスらしき人物を見たって話を聞いただけだ。そして、そのパーティが迷宮で消息を絶ったって話もな……」

 消息を絶ったって……。
 絶望的じゃないか。
 とらわれているというのは、つまりそう思い込みたいだけじゃないのか?

 だが、ロキシーの話によると、少なくともキシリカに話を聞いた瞬間まではゼニスは生存していたらしい。
 そして、ギースの情報によると、消息を絶ったというのは、ロキシーがキシリカから話を聞くより以前になるらしい。

 ロキシーがキシリカより情報を得たのが2年前。
 ギースが得た情報が4年前。
 つまり、最低でも2年はゼニスは消息不明のまま生きていた事になる。
 となれば、今もなおゼニスは生きている可能性が高い気はする。

 一応、一縷の望みをかけて、ゼニスの捜索は続けているらしい。
 もし仮に死んでいたとしても、死んでいたと確認する事も重要だからな。
 もちろん、生きていてほしいが……。

 しかし、死んでいると聞いて、胸の奥にストンと何かが落ちた。
 俺の中のどこかに、もう手遅れだろうという気持ちもあったらしい。
 転移から六年だしな……。

 と、そこでギースが口を挟んだ。

「どういう状況なのかは又聞きだからわからねえ。
 もしかすると、死んでるかもしれねえ。
 魔物かなんかに取り付かれて、さまよっているのかも知れねえ。
 ただ、迷宮の中で見たってぇ話もある」

 パウロがそれに補足する。

「その迷宮ってのが古くて厄介な迷宮だ。
 この一年、オレたちは何度もアタックを仕掛けたが、
 どうにもうまくいかねえ。
 迷宮探索のプロが四人も集まって、半分も攻略できてねえ。
 情けない話だ」

 四人。
 パウロ、ギース、タルハンド、そしてロキシーか。
 他にも三人もいるが、彼女らは迷宮探索のプロではない。
 そういえば、残り三人はどこにいったのだろうか。

「むっ、客人がおるのか?」

 などと考えた所で、入り口から光がさした。
 誰かが入ってきたのだ。

「おお! これは感動の対面を見逃してしまったようじゃな!」

 背の小さな男だ。
 しかし、小さいのは背だけだ。
 背丈と同じぐらい広い横幅を持つ男。
 一目で炭鉱族(ドワーフ)とわかる。
 彼は長いひげを揺らし、手には大きな麻の袋を持っていた。
 恐らく、彼がタルハンドだろう。

 その後ろには、剣士風の格好をした女性が、やはり同じように麻袋を持っている。
 ビキニアーマーではないが、覚えのある顔だ。
 確か名前はヴェラだ。
 彼女は俺に一礼すると、シェラの所へと小走りで近づいていった。

 男は重そうな体をゆすりながら、俺の前へときた。
 頭から足先まで、じろじろと見られる。

「お前さんがパウロの息子か?」
「あ、はい。はじめまして、ルーデウスです」
「タルハンドだ。話に聞いていた通り、利発そうな男だな。うむうむ」

 タルハンドは麻の袋をテーブルの上に置く。

「ルーデウス、その男に近づいちゃいけませんわよ。
 男にとって大事なものを奪われてしまいますから」

 そういったのは、エリナリーゼだ。
 男にとって大事なものってなんだろう。
 プライドとかか?

「ほう、なにやら女臭いと思ったら……」

 タルハンドはそこでエリナリーゼを見た。
 さも今気づいたといわんばかりの表情で。

「なーんじゃい、おぬしもきとったのか」
「あら、きちゃいけませんの?」
「いかんいかん。おぬしはいるだけで面倒を起こすからのう」

 タルハンドは麻袋の中から、琥珀色の液体が満たされたガラス瓶を取り出した。
 そして、瓶の栓をキュポンと抜くと、そのままぐびぐびと煽った。

「ぶはっ、ここらの酒は胃にしみるわい」

 むわりと酒臭い匂いが漂ってくる。
 かなり強そうな酒だ。
 炭鉱族は酒好きだからな。

「ほれ」

 タルハンドは酒瓶をエリナリーゼに渡す。
 彼女は無言で受け取る。
 そしてそのまま酒瓶をラッパ飲みで煽った。
 タルハンドほど飲まないが、それでも白い喉が二度ほど動いた。

「げふっ……下品なお酒ですわ」
「下品なおぬしにお似合いじゃろう」

 タルハンドは酒瓶に栓をすると、麻袋へと戻した。
 なんだ今のやり取り。
 炭鉱族の文化的挨拶か?
 その行動を、誰も何も言わない。
 なんだこれ。

「全員揃った所で話を続けるぞ、いいか?」

 パウロの言葉で我に返る。
 タルハンドのインパクトが強くて、話の途中だったのを忘れていた。

 ん?
 全員……?

「ちょっと待ってください、ロキシー先生はどうしたんですか?」

 そう聞くと、パウロの顔に影がさした。
 否、パウロだけではない。
エリナリーゼを除く、全員の顔にだ。
 美しき長耳族の女もそれに気づき、目を見開いた。

「え? 嘘でしょう?」

 その言葉を聞いて。
 俺の脳裏にも、ある単語が浮かんだ。
 最悪な単語だ。
 すなわち、『死』。

「ロキシーは、一ヶ月前、迷宮で罠に掛かって……」

 動悸が激しくなるのを感じる。

 聞きたくない。
 あの青い髪の少女が。
 まさか。

 聞きたくない。
 だって、彼女は一人で迷宮を踏破できる実力者で。
 無詠唱は出来ないけど、詠唱の短縮にも成功して。
 水王級魔術師で。
 俺の恩人で。

 聞きたくない。

「し、死んだん、ですか?」

 でも、聞いた。
 恐る恐る。
 いつしか、エリナリーゼが立ち上がって、後ろから俺の肩に手を乗せていた。

「いや、転移魔法陣を踏んで、行方不明になっただけだ。
 まだ死んだと決まったわけじゃねえ
 迷宮の中で、生き延びてる可能性は高いはずだ」

 そんな言葉で、一瞬だけほっとするが、
 次のギースの言葉で、また顔がこわばる。

「おい、パウロ。そりゃ無理だ。
 いくらロキシーでも、魔術師一人でどうにかなるわけがねえ。
 生きてる可能性はあっても、その確率は……」

 そこで、タルハンドが口を挟む。

「いや、ロキシーは魔術師としては規格外じゃ。生き延びておる可能性もあるわい」
「つっても、一ヶ月もみつからねえんだぞ! 五回も捜索にいって、五回とも見つかってねえんだぞ!」
「ギース、なんどこの話を続けるつもりじゃ!」

 パウロ、ギース、タルハンドが口々に言い合う。
 あの飄々としたギースが、イライラとした表情で言い争っているのだ。
 やはり切羽詰っているのか。

 それにしても、転移魔法陣の罠を踏んだのか。
 ロキシーは、あれでいてドジな部分があるからな。
 らしいと言えば、らしいか。
 まあ、死んだわけでないというのなら、死んでないと考えておこう。
 あのロキシー・ミグルディアがそう簡単に死ぬとも思えない。
 そう思いたい。
 そう思っておこう。

 ああ、ゼニスが死んだかもしれないと聞いた時より、なんだかショックが大きい気がする。

「すいません。話の腰を折ってしまいましたね。
 それで、その迷宮というのはどういう所なんですか?」

 俺がそういうと、三人は顔を見合わせる。
 誰が言うのかを目配せで決める。
 パウロが口を開いた。

「難易度S級。ここらでは最悪の迷宮の一つだ」

 パウロはゆっくりと言った。

「転移の迷宮だ」

 その言葉を聞いた瞬間、
 荷物の中の本が、ガサリと音を立てた気がした。
第12章 青少年期 ベガリット大陸編 - 終 -

次章
第13章 青少年期 迷宮編
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