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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第12章 青少年期 ベガリット大陸編

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第百十四話「砂漠の旅」

 砂漠を旅し始めて二日目。


 俺たちは北へと進んでいく。
 二日目も魔物との戦いは苛烈を極めた。

 この砂漠には魔物が多い。
 特に、サンドワームに要注意だ。

 あの芋虫は警戒して歩いていれば問題は無い。 
 だが、どうしても足元に注意が向けられないことがある。
 例えば、戦闘中とかだ。

 一度、双尾死蠍ツインデス・スコルピオと時間差で、サンドワームが出現した。
 俺は一瞬で丸呑みにされ、地中に引きずり込まれそうになった。

 俺はやや焦りつつも、即座に中級風魔術『風裂(ウインドスライス)』で奴の体をバラバラにした。
 土魔術で地表に脱出。
 エリナリーゼは双尾死蠍ツインデス・スコルピオの毒をくらっていた。
 俺がサンドワームにやられた事で動揺したのだ。
 紫色の顔で膝から崩れ落ちるエリナリーゼ。
 俺は即座に双尾死蠍ツインデス・スコルピオを撃破。
 中級解毒でエリナリーゼを助けた。

 誰が悪いという事はない。
 タイミングが悪かったのだ。

「あの対処、さすがは『泥沼』ですわね。助かりましたわ」

 エリナリーゼは死に掛けたことを責めなかった。
 見方によっては、俺の油断だったろうに。
 できた人だ。

「そんな顔しないの。気を引き締めていても、ダメな時はダメなんですから。
 今回はダメじゃなかった。そういう事ですわ」

 全滅の危険はすぐそこにある。
 彼女はその事を理解しているのだ。


 ヒヤッとしたのはその一度だけだった。
 移動は順調である。

 途中、巨大な魔物を見た。
 遠くの方をのしのしと歩いていた。
 歩くだけでもうもうと砂煙が上がっているのが、遠目にもわかった。
 100メートルはあるんじゃないだろうか。

 なんとも形容しがたい生物だ。
 シロナガスクジラに象の足を何本もつけたような感じだろうか。

「あれはベヒーモスですわね」
「知っているのかエリナリーゼ」
「あら、とうとうわたくしにも敬語をやめてくださいますの?」
「いえ、まさか。年上は敬いますよ」
「ザノバだって年上ですのよ?」
「あいつは大きな子供ですから」

 ベヒーモスはベガリット大陸に生息する有名な生物らしい。
 体長100メートルから1000メートル。
 何を食っているのかは不明。砂漠で発見される。
 性格は魔物にしてはやけに穏やか。
 こちらから攻撃を仕掛けない限りはおとなしい。

 過去にベヒーモスを倒した者の逸話によると、
 その腹の中には大量の魔石を抱え込んでいるのだとか。

 それを聞いて一攫千金をもくろむ者もいたそうだ。
 だがベヒーモスを倒すのは困難だ。
 硬い外皮は極めて頑丈で、その巨体は並の攻撃ではビクともしないほどタフ。
 攻撃方法は無いものの、その巨体が暴れまわるだけで十分な脅威になる。

 なら遠距離攻撃をすればいいじゃないか、と思うところ。
 だが、ベヒーモスは危なくなると地中深くもぐって逃げるそうだ。
 よって、しとめた事のある者はほとんどいないらしい。

 また、あれだけの巨体なのに、死体を見つける事も無いのだとか。
 ゆえに、ベヒーモスの墓場なる場所が存在すると噂されている。
 そこには大量のベヒーモスの骨と、大量の魔石が落ちているらしい。
 象の墓場みたいで、ちょっとワクワクするな。
 どうせ魔物が食っちまうとかそういう理由なんだろうが。

「ルーデウスなら、挑めばいけるかもしれませんわよ?」
「いたいけな草食動物を襲うつもりはありませんよ」

 でも、もし金に困るようなら遠距離から仕掛けてみるのも一興だろうか。 


---


 三日目に砂嵐と遭遇した。
 いや、遭遇という言い方はおかしいかもしれない。
 歩いていると、遠くの方に壁のようなものが見えたのだ。
 近づいてみると、それは砂嵐だった。
 止むまで待とうか、とエリナリーゼと相談したが、
 どうもこの砂嵐、一定の場所を流れつづけているようだ。
 止む気配がない。

 急ぐ旅であるし、俺は魔術で砂嵐を止め、突破した。
 天候はあまり操作しない方がいいとは言われたが、まぁ仕方ないだろう。

 一時間ほど歩いてからふと振り返る。
 また同じ場所に砂嵐が発生していた。
 もしかすると、あれも魔力的な結界の一種なのかもしれない。
 オルステッドのよく使う遺跡への道を阻む、自然の結界とか。

 ナナホシはそんな事一言も言ってなかったが。
 彼女には周囲を確認する余裕なんてなかったらしい。
 覚えていないのも仕方ないかもしれない。
 あいつの情報はあまりアテにならんな。


---


 四日目。
 魔物の数が激減した。
 あの砂嵐が結界のような役割を果たしていたのだろう。

 砂嵐を通過する前と後で、生態系がまるで違う。
 蠍も尻尾は一本しか無いし、大群で歩いているアリもいない。
 サンドワームもエリナリーゼの胴体ぐらいの太さだ。
 夜中にコウモリが飛び回る事もない。

 夕方を過ぎたぐらいの時刻になるとラプトルを見かける事もある。
 だが、群れの数も少ないし、体も小さい。
 ガルーダにいたっては、影も形も見かけない。

 夜にサキュバスに襲われる事もなくなった。
 嬉しいやら、寂しいやら。
 いや、寂しくなんてない。


---


 五日目。
 砂漠を歩く。
 見渡す限りの砂の海。
 延々と同じ風景が続く。

 人は何の目印もないところを歩いていると、まっすぐ歩いているつもりでも、大きく円を描いて元の場所に戻ってきてしまうらしい。
 利き足と軸足で歩幅が違うからだそうだ。

 エリナリーゼに限ってそんな事は無いと思う。
 しかし、そういえば、あの砂丘、前にも見たような気がする。
 なんて一瞬でも思えば、まさかという気持ちが芽生えてしまう。
 まさか、エリナリーゼは迷っているのでは。

 まあ、芽生えるのはいい。
 口に出さなければいいのだ。
 口に出せば、エリナリーゼも気分を悪くする。
 気分を悪くすれば、チームワークが乱れる。
 チームワークの乱れは死につながる。

 俺に出来るのは、許すことだ。
 エリナリーゼがミスった時にも、笑って許すことだ。
 決して責めない。
 うむ。

「……ん、ルーデウス。何か見えてきましたわ」

 そんな決意は無用だった。
 エリナリーゼの指差す先、陽炎にゆれて何かが見えた。

「確認します」

 俺は土魔術で石柱を作り出す。
 その上から遠くにあるものを確認する。
 遠く、何かがある。
 しかし、俺の目ではまだよくわからない。
 ただ、砂とは色の違うものがみえるだけだった。
 蜃気楼かもしれない。

 俺たちはそこに向かって、まっすぐに歩いていく。
 魔物に気をつけつつ。
 ただひたすらに。

 そういえば、今日は一度も魔物に遭遇していない。
 このへんには魔物がいないのかもしれない。
 いや、油断はすまい。

 なんて考えているうちに、それがハッキリとみえてきた。
 エアーズロックを彷彿とさせるような、巨大な岩だ。
 高さは50メートルぐらいだろうか。
 岩棚という単語が思い浮かぶ。
 切り立っている、というほどではないが、上るのに苦労しそうな形状だ。
 そんなのが、地平線の向こうにまでずっと続いている。
 端が見えない。

「迂回、ですかしら?」
「いえ、上りましょう。魔術を使います」

 俺は土魔術で石柱を作り出す。
 エリナリーゼを抱きかかえ、即席エレベーターで岩棚の上を目指す。
 何があるかわからないのでゆっくりと。

 しかし、ふと体に違和感があった。
 尻のあたりに、さわさわとした妙な感覚が。

「あの、エリナリーゼさん」
「なんですの」
「手つきがやらしいんですけど」
「ただの癖ですわ、お気になさらず」

 岩棚の上に上るまでの数分。
 俺はエリナリーゼに体をまさぐられ続けた。

「……」

 もしかすると、呪いの影響が出ているのかもしれない。
 魔道具には魔力を注いでいる。
 だが、リミットを伸ばすだけという話だ。
 クリフと最後にしてから、約10日。
 魔道具のおかげでまだまだ持つとは思うが、所詮は試作品。
 油断は禁物だ。
 はやく人里についておきたい。

 いざとなれば、俺が相手をするしかない。
 だが、それはきっと浮気だろう。
 不倫と言い換えてもいい。
 いくら呪いのせいだなんだといった所でだ。
 この旅に置いては、俺はエリナリーゼとはしない。
 それは旅の前に決めたことじゃないか。

 バザールに男娼を扱っている所があれば、それが一番いい。
 あくまで性欲処理、そういう認識が一番だ。
 お互いのためにもな。

「エリナリーゼさん、岩棚の上につきました」
「ええ、そうですわね」

 エリナリーゼが離れない。
 俺の肩のあたりを熱っぽい視線でさすっている。

「……離れろよ」
「失礼」

 エリナリーゼが俺から離れる。
 だがその視線は俺の下半身に向いている。
 貞操の危険を感じる。

 やはり、抱いて上に上るというのはまずかったかもしれない。
 もっと別の方法がよかったかもしれない。
 思い返せば、肉体的な接触は彼女の方から避けていたのだ。
 俺が均衡を破ってしまったかもしれない。
 いかん、はやくバザールにたどり着かねば。

「行きますわよ」
「はい」

 エリナリーゼに促され、歩き出す。

 次の瞬間、足元に影がさした。

「ルーデウス! 伏せなさい!」

 咄嗟の叫び声。
 上を確認するまえに地面に倒れこんだ。
 時間差で、頭の上を何かが通り過ぎる。
 背中のあたりにひやりとしたものが走る。

 即座に起き上がりつつ、正体を確認する。
 獅子の手足と鷲の頭をもつ砂色の魔物。
 巨大な翼をはためかせ、やや離れたところにズダンと着地する。

「グリフォンですわ!」

 エリナリーゼの叫び声。
 敵だ。即座に頭を切り替える。
 杖を構えてグリフォンに向き直る。

 位置関係が悪い。
 エリナリーゼがほぼ真後ろだ。
 図らずもバックアタックの立ち位置になっている。

 いや、エリナリーゼはこうした状況でも上手に動ける。
 うまく俺と位置を入れ替えつつ、前衛に戻ってくれるだろう。

「ルーデウス、(つがい)ですわ! そっちは任せます」

 思うようにはいかない。
 背後から、バサバサという音が聞こえる。
 グリフォンは二匹いたのだ。
 挟み撃ちの形になってしまった。

 目の前のグリフォンAは俺がしとめなければならない。
 俺が身をかわし、グリフォンAがエリナリーゼに向かえば、彼女が背後から襲われることとなる。
 ……いや、その方がいいか。
 エリナリーゼが二匹を相手にして、俺が一匹ずつしとめる。
 今までのパターンに持っていける。
 いや、そんな打ち合わせはしていない。
 彼女は任せると言ったのだ。
 俺が仕留めなければ、エリナリーゼは対応できまい。
 よし。

 グリフォンは前傾姿勢になり、嘴を半開きにしてこちらをにらんでいる。

 距離が近い。
 グリフォンは敏捷そうだ。岩砲弾は避けられるかもしれない。
 あるいは、耐えられるかもしれない。
 確実に仕留めたい。
 岩砲弾はやめよう。
 奴には翼もある、どれぐらい飛べるかはわからない。
 だが泥沼も効果は薄そうだ。
 なら、風だな。

 グリフォンの後ろ足に力がこもった。
 来る。

 タンッと、グリフォンの後ろ足が音を鳴らす。
 虎のように前足を広げつつ、跳躍する。
 俺はしゃがみこみ、地面に向かって魔術を使う。

 上級土魔術『土針鼠(アースヘッジホグ)
 長さは3メートル。
 俺の周囲に向けて、放射状に展開。

「キュェァ!」

 グリフォンは即座に背中の翼を動かした。
 <空中で軌道を制御し、咄嗟に横に逸れて逃げようとする>
 みえている。
 俺には魔眼で見えている。

 左手で風魔術を使う。
 小型の竜巻を発生させ、グリフォンの制御を奪う。
 空中でキリモミ状態になるグリフォン。
 しかし、それでも奴は猫のように体をひねり、着地しようとする。

 俺はすかさず、着地地点に岩砲弾を放った。
 キュンと耳障りな音を立てて、岩砲弾が発射される。
 着弾。
 グリフォンの胴体に黒い風穴が開く。
 次の瞬間、ドパッと音を立てて、弾が抜けた。
 グリフォンは数歩よろめき、声もなく、ドウと音を立てて倒れた。
 俺は即座に火魔術でトドメをさした。

 即座に後ろを振り返る。
 エリナリーゼは無事か。

 無事だった。
 彼女はグリフォンの攻撃を盾で防ぎつつ、エストックを振るっていた。
 グリフォンの前足は真っ赤に染まっている。
 エリナリーゼがそこばかりを攻撃しているのだ。
 一箇所を重点的に狙い、相手の力をそいでいるのだ。

「エリナリーゼさん! 『岩砲弾(ストーンキャノン)』」
「っ!」

 俺は背後から叫びつつ、岩砲弾を放つ。
 エリナリーゼがサイドステップで横に飛ぶ。
 グリフォンはエリナリーゼを追わない。
 俺に気づいており、岩砲弾を避けようとした。

 しかし、エリナリーゼが咄嗟にエストックを突き出す。
 地面についたグリフォンの前足に、浅く刺さる。

 グリフォンはガクンと体を落とす。
 岩砲弾は回避しきれない。
 着弾。
 首筋のあたりに風穴が開く。
 岩砲弾はグリフォンの肉を引き裂きながら内部を通過。
 脊髄を破壊し、向こう側へと抜けた。

 グリフォンは首をブランと落としつつ、倒れる。
 体をビクビクと痙攣させるグリフォン。
 その頭に、エリナリーゼがエストックを突きこみ、トドメをさした。
 次いで、俺も火魔術でグリフォンを焼いておく。

 倒した。
 その後、追撃がないかと周囲を警戒。
 しばらくして、ふっと息を吐いた。

「ふぅ、ごめんなさい、ちょっと油断していましたわ」
「いえ、上をよく確認しなかった僕にも責任はあるでしょう」

 互いの失敗を謝りつつ、俺たちは先を見据える。
 岩棚の上には若干の砂が見えるが、しかし岩だ。
 地面の下にまで注意する必要はないだろう。

「ここから先は、上空を注意していきましょう」
「そうですわね」

 最低限の確認をした後、俺とエリナリーゼは歩き出した。


---


 六日目。
 岩棚はグリフォンの巣だった。
 定期的に襲撃を掛けられた。
 一定区間毎に縄張りがあるのだ。

 グリフォンはB級の魔物だ。
 特に魔術などは使ってこない。
 だが、極めて高い身体能力と、多少の飛行能力を持つ。
 三次元的な立体機動をするため、強敵に類されるだろう。

 一匹である事が多いが、番を作り子供を産むことで、2~5匹程度の群れを作る。
 高い知能を持ち、群れでは高度な連携を使った狩りをする。
 そのため、群れた場合はA級に相当するといわれている。

 とはいえ、俺たちの相手ではない。
 と、いえるようになった俺も結構強くなったものだ。


 夜になった。

 サキュバスの気配は無い。
 グリフォンの縄張りには入ってこないのだろう。
 また、グリフォンは同族でも縄張り意識が強い。
 一日ぐらいなら。グリフォンが遠方から襲撃に来ることもないらしい。

 つまり、ここは安全だ。
 久しぶりに焚き火をして、グリフォンの肉でバーベキューをする。

 最後に倒したのが子連れのグリフォンだったので、子供の方をいただく。
 どんな生き物だって、子供の方が柔らかくてうまいのだ。
 仔牛のステーキ、なんて料理もあるしな。

 もうすぐ子供が産まれる身としては、少々心苦しいような気もする。
 だが、生きるためだ。
 人はエゴの生き物なのだ。

 魔物の肉の調理法については、俺も少しは知識がある。
 そのための調味料も持ってきた。
 生憎とラプトルの肉はそれほど美味しくなかったが、
 哺乳類と鳥類の間ぐらいのグリフォンなら、きっと美味しくできるはずだ、

 調味料はすでに調合済みのものを使う。
 コクリの実、アワズの種、乾燥させたアビの葉、これらを1:2:2の割合で混ぜ、すりつぶして粉状にする。
 指についたものを舌で舐めるとピリリと辛い。

 これを切り出した肉に満遍なくまぶし、よく馴染ませる。
 その後に塩をまぶして、焼く。
 表面に焼き色を付けた後、火を遠くして、もう少し焼く。

 表面からじゅうじゅうと脂が垂れてきたら、オッケーだ。
 やけどに気をつけて、かぶりつく。

 仔グリフォンの肉は、柔らかくてジューシーだ。
 ややクセのある味だが、それを調味料の辛味が消す。

 ああ、もちろんそんな焼き方をすれば、中まで火は通らない。
 だが問題はない。
 表面をムシャリと食いちぎって生焼けの部分が見えたら、
 また調味料をまぶして焼けばいいのだ。

「懐かしいですわね。ギースがこういう調味料をいつも隠し持っていましたわ」
「盗賊系の人は、結構こういうの持ってますよね」

 エリスと別れてからの数年。
 俺も冒険者としてそれなりにやってきた。
 色んなパーティに混ぜてもらった。
 パーティには必ず一人、こういう調味料を作り出す奴がいた

 特に盗賊系に多かった。
 事あるごとにそこらの樹木から実や葉をもぎ取り、貯めこんでおくのだ。
 料理だけに使うわけではない。
 こうした香りや味の強い香草や実を嫌がる魔物もいる。
 いざという時に投げたり、虫よけに使ったりもするのだ。
 粉状にしたものを、目潰しとして使う奴もいた。

「あなたの味付け、結構好みですわよ」
「そりゃどうも」

 エリナリーゼはお行儀悪く、脂のついた指を舐める。
 町中で飯を食う時には絶対にしない仕草だ。
 エリナリーゼが指を舐めるのは、もっと別の時だ。
 男を誘惑する時とか、そういう時だ。

「エリナリーゼさん、お行儀が悪いですよ」
「あら、ゼニスみたいな事をいいますのね」
「……母さんはそんな事を?」
「女の子なんだから、もっと色々気をつけてくださいよー、みたいな事、よく言ってましたわね。顔を真っ赤にして」

 エリナリーゼが誰かの口調を真似て言う。
 ゼニスのイメージとちょっと違う。
 でもゼニスなのだろう。
 彼女にも、俺の知らない時代があったという事だろう。
 そのゼニスが今は……。
 いや、やめよう。あまり不安を煽る考えはしない方がいい。
 道中で不安になっても、ロクな事はない。

「やっぱり、エリナリーゼさんは当時からビッチな感じだったんですか?」
「ビッチって……まぁ、間違ってはいませんわね。
 といっても、当時はみんな、夜は裸か下着でしたのよ?
 ギレーヌなんてブラジャーの存在すら知らなかったんですのよ。
 それを見るパウロの目のいやらしさったら、もう……」

 あのギレーヌがそんな破廉恥な。
 いや、あのギレーヌならそれも有り得るか。
 そういうことには疎そうだったし。

 そしてパウロめ……。
 まぁ、わからんでもない。
 獣族って奴はみんなデカメロンを実らせているしな。

「ああ、そういえば、ちょうどあなたぐらいの年頃でしたわね、初めて出会った時のゼニスは……」
「16歳ぐらい?」
「ええ、右も左もわからない小娘で、パウロにナンパされて連れて来られましたのよ」

 エリナリーゼは懐かしそうに目を細めた。
 そういえば、ギースやギレーヌもたまに、人物名を濁してこんな目をしていた。
 懐かしい思い出なのだろう。

「父さん、エリナリーゼさんに何か謝りたいみたいな感じでしたけど、何があったか聞いても?」
「…………聞かない方がいいですわ」

 エリナリーゼは顔をしかめた。
 言いたくないらしい。

「あなたも、父親の痴情のもつれなんて、知りたくもないでしょう?」
「えぇ、聞きたくありません」

 本当は聞きたい。
 けど、言いたくなさそうなら聞かない方がいいだろう。
 それが空気を読むって事だ。

 にしても、やっぱり痴情のもつれか。
 ギレーヌとも肉体関係があったようだし、
 やっぱりエリナリーゼとも肉体関係があったのだろうか。
 で、ゼニスの妊娠でパーティ解散。

 どんな愛憎劇があったのか、なんとなく想像がつくな。

「ラパンについたら、きっと土下座してくれますよ」
「…………何を言っても許しませんわ」

 エリナリーゼは顔をしかめている。
 よほどの事があったのだろうか。

 パウロ。
 あいつはどうしようもない奴だ。
 どうしようもない奴だから、俺が助けてやらんとな。
 どうしようもない仲間として、助けあっていかないとな。
 いざとなったら、俺の方からもエリナリーゼに頭を下げて許してもらおう。


---


 7日目。
 グリフォンと戦いつつ北へと移動していく。
 岩棚も広い。
 棚と表現したが、山に近いかもしれない。
 高低差こそ無いものの、視界は良くない。
 でかい岩がゴロゴロと転がっているからだ。

 そんな場所を歩いていると、時折開けた場所がある。
 大抵は、そこでグリフォンに襲撃される。
 撃退しつつ、先に進む。

「お」

 と、ある時点で岩棚が途切れた。

「ようやく、ですわね」

 崖の下。
 砂漠ではない。
 若干ながらも木が生えている。
 草の少ないサバンナのような土地が広がっているのだ。

 やや遠く、おぼろげながらあるものが見えた。
 大きな湖。
 その周辺の、白い布の屋根。

 バザールだ。
+注意+
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