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無職転生 - 異世界行ったら本気だす - 作者:理不尽な孫の手

第12章 青少年期 ベガリット大陸編

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第百十一話「ベガリット大陸へ」

 旅の計画を変更した。

 まず馬を購入する。
 それに二人乗りをして転移魔法陣のある森へと向かう。
 転移魔法陣を使用し、それでベガリット大陸へ。
 ナナホシの話によると、北に一週間ほど移動すればオアシスとバザールがあるそうだ。
 ただ、かなりきつい砂漠らしい。
 ナナホシは完全にグロッキー状態で、オルステッドに背負われて移動したのだとか。
 なので、準備はしっかりしておけとの事だ。

 まぁ、俺には魔術がある。
 砂漠のど真ん中にでかい氷塊を作り出す事も可能だ。
 融通は利くだろう。

 バザールまでの地図は無い。
 だがエリナリーゼは方向感覚に関しては自信があるらしく、任せておけと請け負ってくれた。
 長耳族は、深い森でも方向感覚を失わないらしい。
 森と砂漠では勝手が違うだろと指摘すると「わたくしが何年旅をしていると思っているの」と、怒られた。
 それだけ自信があるなら、大丈夫だろう。

 バザールについたら、そこで案内人を雇う。
 ラパンまで北に約一ヶ月。
 エリナリーゼ曰く、方向だけならわかるが、誰かを雇ったほうが早いだろうということだ。

 ラパンまで移動したら、迅速にパウロ達を助け、同じルートで戻る。
 転移魔法陣の事を知られるのは怖いが、仕方あるまい。
 パウロたちだけ普通のルートで帰らせるのもおかしな話だしな。

 向こうにいるのは、確か六人だったか。
 ギースを含めると七人か。
 入念に口止めだけはしておかなければなるまい。

 ちなみに、シルフィと妹たちへの口止めはすんでいる。
 言いふらしたらルイジェルドを瞬殺できる人がやって来るかもしれないので、くれぐれも内密にと。


---


 計画を元に準備を進めていく。

 基本的な装備類は揃っている。
 相棒(アクア・ハーティア)に、シルフィに選んでもらったローブ。
 後は、ナナホシにもらった召喚術のスクロールを持っていく程度か。
 何に使うかわからないが、一応十枚ほど持っていくか。
 原板は一日もあれば作れる。
 塗料も持って行って、足りなくなったら刷ろう。売れば金にもなるだろうしな。

 金といえば、向こうの貨幣がない。
 どんな貨幣が使われているのかも不明だ。
 金を作るため、何か換金用のものを用意しておくか。

 あとは保存食を買い込む程度か。
 ベガリット大陸の旅は初めてだから、特別に何が必要かはわからない。
 向こうで手に入れた方がいいものも多いだろう。

 ベガリット大陸は砂漠があるという。
 直射日光を浴びないように、コートを持っていった方がいいだろうか。
 いや、ローブはあるのだ、フードをかぶるだけでなんとかなるだろう。
 あとは魔術で対処しよう。

 一ヶ月半の旅であるなら、かなり荷物にも余裕がある。
 不必要なものでもいくつか持っていける。
 とはいえ、なんでもかんでも持っていけるわけではない。
 余計なものは持って行かない方がいい。

 転移場所から一週間でバザールにたどり着くというし、前人未到の地というわけではないのだ。
 そこで必要なものを調べ、揃えよう。


 だが一応保険として、転移魔法陣について詳しく書かれている本を持っていく事にした。
 いくらオルステッドが使っているからといって、自分で使うのは不安だからな。

 もう一度職員室に赴き、ジーナスに頭を下げて、本の長期の貸し出しを許可してもらう。 
 ついでに、図書館で闘神語の本を一冊借りた。
 万が一言葉が通じなかったときのための保険だな。

 「転移の迷宮探索記」「ベガリット大陸と闘神語」。
 本はこの二冊でいいだろう。


---


 馬についてはジンジャーが詳しいらしい。
という事で、馬屋まで同行願った。
 ついでにザノバにも挨拶をしておく。

「そうですか、半年程度で戻られるという事ですか」
「ああ。まあ、事情は話せないけどな」
「さようですか……なんでしたら、ジンジャーをつれていかれますか?」
「馬鹿言うな」

 ジンジャーに恨みとか持たれたくない。

「ふむ。そうですか」
「俺より、シルフィと妹たちを頼む」
「言われるまでもありません。なんでしたら、彼女らの護衛にジンジャーを付けましょう」

 思わず苦笑が漏れた。

「おまえ、なんでそんなにあの人を遠ざけたがるんだよ」

 そう聞くと、ザノバはジンジャーをちらりと見た後、
 こっそりと俺に耳打ちした。

「奴は、少々口うるさいのです。余が小さいころから、些細なことでぐちぐちと。
 ジュリの事でも、最近はあれやこれやと煩くてかないません」

 口うるさいから近くにいてほしくない。
 まるで母親に対する大学生の口上みたいだ。
 ザノバもまだ二十代中盤。
 わからんでもないが。
 しかし、ジンジャーも哀れな事だな。
 彼女もまだ若いだろうに。
 こんな大きなお友だちの世話で貴重な二十代を無駄にして。

「ジュリはどう思っているんだ?」

 一応、ついてきているジュリにも聞いてみる。
 彼女には、俺がいない間、きちんと毎日の修練を欠かさないように言っておこう。
 ルイジェルド人形を作るのは帰ってきた後でよかろう。

「ジンジャーさま。マスターに、ダメなところ、おしえてます」
「だってさ。ザノバ、悪いところは直さなきゃな。ジュリのお手本になれよ」
「むむ……」

 一人暮らしを満喫していた兄妹の所に、母親が飛び込んできた。
 そんな雰囲気すらあるな。
 実に微笑ましい。

「ああそうだ、ジュリ。俺がいなくても、言いつけた事はきちんとやるように」
「はい、グランドマスター、がんばります」

 ジュリの人間語もだいぶ上達してきた。
 これもジンジャーの教育の賜物だろう。
 と、その時、ジンジャーが馬探しから戻ってきた。
 一頭の馬の手綱を持っている。

「ルーデウス殿。こちらの馬が良いかと思われます」
「おぉ」

 でかい馬だ。
 このへんの馬は雪の中でもゴリゴリ進めるため、全体的にゴツい。
 ばんえい競馬の馬をさらに一回り大きくしたような感じだ。
 速度は出ないそうだが体力があり、一日中走らせても大丈夫だとか。
 この世界の馬は化け物みたいなのが多いな。
 とりあえず、松風という名前でもつけておこうか。

「ありがとう、ジンジャーさん」
「いいえ。礼には及びません」
「褒美として、ザノバに何かさせましょうか? 肩叩きとか」
「……ルーデウス殿。いかにルーデウス殿といえどあまり王族の方を……」
「ああ、いやすいません冗談です」

 マジで睨まれてしてしまった。

 ともあれ、馬は購入したし、学校の関係者ともきちんと挨拶は済んだ。

 ……あれ?
 誰か忘れてるような。
 いや、知り合いは全員に挨拶したよな。
 バーディガーディはいないからいいとして……。
 うん、大丈夫だ。
 転移魔法陣のことは、言った全員にきちんと口止めした。
 うん、問題ないな。


---


 出発当日。
 家族と最後の別れ。
 玄関の前で、妻と妹二人に見送られる。

「シルフィ、すぐ帰ってくる」
「ルディ……」

 シルフィは、目の端に涙を溜めて、抱きついてきた。
 この半年で抱き慣れた感覚だ。
 小さくて、でもしっかりと熱があって、小動物のようだ。
 その肩はフルフルと震えていた。

「ぐすっ……」

 シルフィは声なく、鼻を鳴らしている。
 こういう反応をされると、行きたくなくなるな。

 ――やっぱり家にいようか。
 ――出産してからでもパウロはなんとかしてくれるんじゃなかろうか。
 ――そうだ、考えてみれば、普通なら片道で一年近いのだ。
 ――あと7ヶ月ぐらい家にいて、無事出産するのを見届けてから出発してもいいんじゃなかろうか。
 ――行くのに一ヶ月半だから、それでも十分間に合うんじゃなかろうか。

 なんて考えがよぎる。
 だが、ギースはわざわざ速達便で届けてきた。
 ベガリット大陸で、よその大陸と連絡を取るため、片道で届く高速便。
 極めて短い文字数しか送れない上、高価で何度も使えるものではない。
 わざわざ、そんな方法で手紙を送ってきたのだ。
 緊急なのだ。
 事態は一刻を争うに違いない。

 とはいえ、出産には間に合う。
 ちょっと出張に行くようなものだ。

 俺はシルフィの涙を拭った。
 そして、後ろの立つ二人の妹に声をかける。

「アイシャとノルンも。頼む」

 何を頼むのか、自分でもよくわからない。
 しかし二人の妹は神妙な顔で頷いた。

「兄さん。何も心配しないでください、頑張りますから」
「わかった。お兄ちゃんもご武運を!」

 俺はその言葉に静かに頷いた。

「うん。とにかく二人とも、喧嘩はしないようにな」
「はい」
「はい」

 神妙に頷いた二人に苦笑する。

「シルフィ!」

 馬に乗ったエリナリーゼが近づいてくる。
 馬には2週間分の荷物が積まれているが、その動きは微塵も鈍くなっていない。
 さすが松風だ。

「大丈夫、夫はいなくても子供は産めますわ。わたくしが言うんだから間違いありませんわよ」
「……はい、お祖母ちゃんも、お気をつけて」
「心配無用、全てうまくいきますわよ」

 エリナリーゼが颯爽と髪をかきあげた。
 かっこいいな。
 まるでお伽話に出てくる女騎士のようだ。

 こうなると、先日のエリナリーゼのダダをこねる場面は見たくなかったな。
 感動が半減だ。

 まあ、いつも超然としているエリナリーゼにも弱い所があるって事だ。
 誰にだって、迷うことはある。

「では、行ってきます」

 俺は馬に飛び乗った。
 エリナリーゼの後ろに。
 華奢だけど、頼もしい背中だ。
 そして温かい。
 悪いなクリフ、ちょっと借りるよ。

「ルディ?」

 シルフィがちょっとだけ首をかしげていた。
 いや違いますよ。
 ちゃんと掴まらないと落ちちゃうからですよ。

「行ってきます」

 出発だ。


---


 魔法都市シャリーアから南西に五日。
 森にたどり着いた。

 この五日間の旅には、冒険者ギルドで雇った一人の男を同行させた。
 馬を持ってかえってもらうためだ。

 馬は森では、邪魔になるし、転移魔法陣のサイズもわからない。
 砂漠での旅で荷物持ち用にあれば便利かもしれないが、
 それも向こうで調達した方がいいだろう。
 その土地には、その土地に適した動物がいるはずだ。
 なら、馬は持って帰った方がいいだろう。
 安い買い物でもないし、うちの馬にしよう。

 俺は乗馬が出来ないので、エリナリーゼの後ろに抱きついての移動。
 もちろん、何もしなかったわけじゃない。
 っと、エロい意味じゃないぜ。
 一日かけて、例のオムツ型魔道具に魔力を注いでいたのだ。
 腰のあたりに手を回していたので、同行した冒険者には羨ましそうな顔で見られた。

 馬とは森の入り口で別れる。
 冒険者の人に家までつれて帰ってもらう。
 さようなら松風。
 元気で暮らせよ、世話は多分アイシャがやってくれるから、仲良くな。


 さて、南西の森。
 名前は何といったか。
 確か、ルーメンの森とかそんな感じの名前だったか。
 直訳すると胃袋森だな。

 この森を一言で言い表すなら、『鬱蒼』だろうか。
 木の密度が濃いのだ。

 木々は背が高く、幹も太い。
 生い茂った葉によって太陽光は遮られて全体的に薄暗く、
 地面も地面というより、肥大化した根の上を歩いているようなもので、足場がそれほどよくない。
 木が大きければ根もまた太く、高低差もかなりある。
 木の根が階段のようになっている箇所もあった。
 天然のダンジョンだ。

 これでは、森に歩き慣れている人物でも、簡単に迷ってしまうだろう。
 そして、森の中で魔物に襲われたり、高い位置にある根から足を踏み外したりして死亡する。
 結果として森の養分となるわけだ。
 胃袋とはよく言ったものだな。


 恐らく、この森には樵もあまり立ち寄るまい。
 魔物が出てくる頻度が多いか、若干強いのか、あるいは他の森の方が木材の調達場として優れているか。
 理由としてはその辺だろう。

 おっと、樵と言って侮る無かれ。
 この世界の樵は、並の冒険者より強くて組織的だ。

 森には豊富な木材があるが、魔物が出る。
 木を切るのにも、高い危険を犯さなければならない。
 チームを組んで、時には冒険者を雇って戦力にして、
 一度の遠征で魔物とガチでやり合いつつ、木を切るのだ。
 樵ギルドの面々が弱いわけがない。

 樵が入らなければ、木は切られない。
 切られなければ、立派なトゥレントが育つ。

「ルーデウス、打ち合わせどおり、前と同じフォーメーションで行きますわよ」
「了解」

 もっとも、俺たちのようなベテランにとってはどうという事はない。
 特に気負う事もなく森へと入っていく。
 エリナリーゼが前衛、俺が後衛だ。

 エリナリーゼはさすが長耳族というべきだろう。
 実に森の歩き方が様になっている。
 耳もよく、敵の発見もすこぶる早い。

「右手方向、三匹いますわ!」
「了解」

 言われるがまま、そちらに向けて岩砲弾を撃つ。
 すると、遠くの方で緑色のイノシシが血しぶきを上げる。
 残り二匹が慌てて逃げ出すのもみえる。

 サーチアンドデストロイ。
 エリナリーゼが見つけ、俺が魔術で処理する。
 魔物は近づくことすら出来ずに絶命する。

 楽でいい。
 正直、戦闘らしい戦闘はない。
 エリナリーゼは群れる魔物の縄張りは避けて通れるらしい。
 長耳族の特性というより、彼女自身の経験によるものだそうだが。

「見つけましたわ、この石碑ですわね」

 しばらく歩いた所で、エリナリーゼが目印を発見した。
 紋章の刻まれた石碑だ。
 鬱蒼と繁る蔦の壁のようなものの前にあった。

 森のなかを二、三日歩きまわる事を覚悟していたが、
 日が暮れる前にあっさりと見つかってしまった。
 きっとエリナリーゼには『隠し扉発見』なんてスキルがあるに違いない。

 石碑には、七大列強の石碑でお馴染み、龍神の紋章が刻まれている。
 三角形を組み合わせた、鋭角なデザイン。
 なんとなく、額に浮かんだ瞬間に圧倒的な力を発揮する紋章に似ているか。
 細部は全然違うのだが、やはりドラゴンの顔を模しているのだろう。

 しかし……この紋章。
 どこかで見た事があるな……。

 あ、そうか。
 家の地下にあった、自動人形の研究資料の紋章と似ているのだ。
 でも、あの紋章とも細部が違う。
 雰囲気が似ているだけだ。
 もしかすると、あの人形の製作者は龍神の関係者だったのだろうか……。

 いやまぁ、似たような紋章はいくらでもあるだろう。
 生前の世界の国旗にだって、似たようなものはたくさんあったわけだし。

「どうしましたの?」
「いえ、何でもありません」

 エリナリーゼに聞かれ、俺は首を振る。
 今はそんな事を気にしている暇はない。

「とりあえず、結界を解除しましょう」
「頼みますわ」

 短いやりとりの後、エリナリーゼが周囲を警戒し始める。

 俺は石碑の上に手を乗せ、メモを見る。
 ナナホシに授かったカンペだ。
 そこに書いてあるのは、詠唱呪文である。

「その龍はただ信念にのみ生きる。
 広壮たる(かいな)からは、何者をも逃れる事はできない。
 二番目に死んだ龍。
 最も儚き瞳を持つ、緑銀鱗の龍将。
 聖龍帝シラードの名を借り、その結界を今うち破らん」

 その途端、俺の腕から石碑へと魔力が吸い出される。
 同時に石碑の目の前にある空間が歪んでいく。
 グニャリを歪んだ先。
 木が生い茂り、壁のようになっていた所に、石造りの建物が出現した。

「おお、すっげ」
「こんな魔術は見たことがありませんわね……」

 その光景に、二人して感嘆の声を漏らす。

 しかし、この魔力を吸い出される感覚には覚えがあるな。
 魔道具を使用した時の感覚だ。

 恐らく、この石碑自体が魔道具の一種なのだろう。
 もしかすると、七大列強の石碑も魔道具なのだろうか。
 カパッと割れば、中に魔法陣が組み込んであったりして。

 しかし、この詠唱。
 龍神のオリジナルっぽい感じがしてならない。
 聖龍帝シラード、とか出てくるし。
 これって、あれだろ。
 昔話に出てくる、『五龍将』とかいう奴の一人だろ?

 この詠唱、魔術名が無いから恐らく途中までなんだろうけど、
 最後までわかれば、この石碑と同じ効果の事が出来るとか無いだろうな。
 結界を全て解除できる、とか。
 ありそうで困る。

「行きますわよ」
「あいよ」

 出来れば石碑を引っこ抜いて持って返りたい。
 が、オルステッドに知られたら殺されてしまうかもしれない。
 やめておこう。

「それにしても、まさに遺跡という感じですね」
「たまに、迷宮の入り口がこんな感じですわ」

 出現したのは石造りの一階建て。
 壁には蔦が這い回り、所々がボロボロに崩れている。

「ルーデウスは、迷宮は初めてでしたわね」
「ええ」
「わたくしの踏んだ所以外は踏まないように」
「了解……って、ここ、迷宮じゃないですけどね」
「念のためですわ」

 罠は怖いからな。
 しかし、エリナリーゼは別にシーフというわけでもないだろうに。
 大丈夫なのだろうか。
 罠に掛かっても、自分で耐えるということだろうか。
 一応、魔眼を開いてある。
 何かあったら、即座に対応できるはずだ。

「では、行きますわ、何かあったら援護を」
「了解」

 エリナリーゼと共に遺跡へ足を踏み入れた。

「……」

 中も石造りで、そこかしこから蔦や木の根が覗いている。
 まさに森の奥の遺跡って感じだ。

 とはいえ、それほど大きな建物ではない。
 部屋はたったの4つだ。
 順番に見ていくことにする。

 入り口近くの2部屋には、何もない。
 ガランとした四畳半程度の空間があるだけだ。

 3つ目の部屋にはクローゼットのようなものがあった。
 中を開けてみると、男物の防寒具が保管してあった。
 使用された形跡がある。
 誰かがここで着替えたのだろうか。
 誰かって、オルステッド以外に思いつかないが。

 転移する先は砂漠という話だし、
 ここらは冬になると豪雪地帯となる。
 砂漠で防寒具は手に入らない。
 だからここに予め用意してあるのだろう。
 ふむ、こういう部屋があるなら、もっと荷物を持ってきてもよかったかもしれない。
 まあ、後の祭りだ。

「どうしました? そんな服をじっと見つめて、何か気になる事でもありますの?」
「いえ、ここに荷物を置いておけば、何かに使えたかもと思いまして」
「……ここじゃあ捨てていくようなものですわよ」

 まあ、食料品の類はさすがに保管しきれんか。
 結界はあっても、虫とかは入ってきそうだしな。

「行きますわよ」
「はい」

 最後の部屋には階段があった。
 地下への階段だ。

「あら怪しい……」

 エリナリーゼは階段の周囲を入念に調べる。
 FPSでクリアリングするみたいな動きだ。
 階段付近は罠が多いらしい。

「大丈夫ですわね」

 しかし、何も見つからなかったようだ。
 そもそも、罠を仕掛けるなら、もっと別の場所にもつけるだろう。
 遺跡の入り口とか。

「降りますわ、フォローを」
「了解」

 エリナリーゼは、注意深く下へと降りていく。
 俺もエリナリーゼの足跡をたどる。
 彼女の足あとをよく見て、同じ所を踏む。
 地下へともぐっているのに、不思議と周囲が明るい。
 その理由は、地下へと降りたときに明確になった。

「……ありましたわね」

 階段を降りた先には、大きな魔法陣があった。
 大きさは四畳半ぐらいだろうか。
 シーローン王宮の地下で見たものと同じぐらいの大きさだ。
 そんなのが、ボウっと青白い光を放っている。

「これが転移魔法陣ですの?」
「恐らくそうでしょう」

 一応、荷物から本を取り出し、照合してみる。
 双方向に転移出来るタイプの魔法陣と酷似している。
 細部は違うが、特徴は間違いない。

 ナナホシの話が本当なら、ここに足を乗っければ、あっという間にベガリット大陸だ。
 エリナリーゼは転移魔法陣をじっとみつめて佇んでいる。

「どうしました? 行きましょう」
「いえ、わたくし転移には少々嫌な思い出がありまして」

 転移にイヤな思い出か。
 冒険者時代に何かあったのだろうか。

「嫌な思い出ぐらい、僕だってありますよ」
「そうでしたわね」

 エリナリーゼは頭を振り、よしと魔法陣を見る。

「変な所に飛ばされたら、ナナホシにお仕置きしてやりましょう」
「……ええ。わたくしが両腕を捕まえるから、あなたがズボっと突っ込んでくださいまし」
「いや、性的なのはちょっと」
「別になにを突っ込むとは言ってないですわよ。鼻に指を突っ込むとかですわよ、すぐそういう発想が出てくるなんて、やらしいですわね!」
「女の子の鼻に指を突っ込むとか興奮するじゃないですか」
「あら、そうですの? こんどクリフにやってもらおうかしら」
「責任はもちませんよ」

 適度に冗談を言いつつ、俺はエリナリーゼに手を握られた。
 細いが、しかし筋張った手だ。
 冒険者の手だな。
 暖かくて、少し汗ばんでいる。

 ちょっとドキドキする。
 俺にはシルフィがいるのに。
 エリナリーゼにもクリフがいるのに。
 手を出したらどうなるんだろうか。
 浮気というより、不倫だろうか。
 お互い、特に好きってわけでもないのにな。

「何か勘違いしてらっしゃるようですけど、転移は体の一部が触れ合ってないと一緒に飛べませんのよ?」
「あ、そうでしたね。失礼」

 いかんいかん。
 童貞じゃあるまいし、こんな勘違いをしてはいかん。

「ああ、孫の夫をも誘惑してしまうわたくしは、なんて罪な女なのでしょう!」
「罪を償ってバツイチになっちゃえよ」
「あ、ちょ、そういう事いわないの」

 うむ。
 これぐらい茶化した感じでいけば一線を超える事はなさそうだな。
 エリナリーゼの空気を読む能力は流石だな。

「さてと、行きますか」
「ええ」

 俺たちは転移魔法陣へと足を踏み入れた。
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