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僕の終わりのメッセージ

作者:初心者
ほんと、ギリギリになってしまいました。すいません。
読んでくださると幸いです。
「メッセージが来た」

 事の始まりは唐突だった。
 ただ、そこまで珍しいことでもない。引き籠っていた僕のSNSに一通のメッセージが届いたのだ。
 いわゆるスパムメール。または、迷惑メールとかっても呼ばれている。返信したら自分の個人情報やら、住所などが相手に知れることになってそのうち何十万とお金が請求されることもあるあれだ。
 最近は出会い系詐欺やアカウント乗っ取りなどのケースも多発しているらしい。

 僕はスマートフォンの画面をまじまじと見つめる。
 どうやら今回、僕のもとに届いたのは出会い系詐欺に近いもののようだ。
 だけどまあ、これはさっきも言った通り、そこまで珍しいものじゃない。自分のスマートフォンにだって何度か来たことはある。ここはいつものように無視するべきだったのかもしれない。

 ただ、この時の僕は病んでいたんだ。
 元々はそこそこ友達がいてクラスにカーストなどというものが存在するならば、これまたそこそこの位置に属していたであろう僕は、話し相手を求めていて飢えていたのかもしれない。
 例え、この人が成りすましていて、僕にお金目当てで近づいてきたのだとしても、例えこの人が自分の元クラスメイトで自分をからかい、非難し、話のネタにするために送ってきたのだとしても何でもいい。

 とにかく、今は誰とでもいいから話がしたかった。
 もう一度、スマートフォンの画面を見つめた。
 相手の文章は簡素なもので、「友達になってください」の十文字で綴られた一文のみ。
 僕は震える手で返信画面を表示させる。
 何しろ久しぶりの友達作りだ。一文字一文字しっかり考えながら文字を打っていった。
 指が退化しているのかスライド式の文字内が難しかったので、設定でタップ式に変更して文字を打つ。

「こ、ち、ら、こ、そっと」

 俺の返信画面に表示されている文字も相手に合わせて簡素なものにしてみた。内容は「お誘いありがとうございます。こちらこそ」というものだ。
 そして僕は、
 返信してしまった。

 相手のアカウント名はまーみん。プロフィール画面には後ろ姿、しかも撮影したところからは三メートル程離れていた。だから詳しくは分からないけど、黒髪のロングと女子用制服を身に着けているところを見るに、たぶん女性だろう。というかこれで男だったら僕は一体どんな反応をとればいいのだろうか。
 そんなくだらないことを考えている時、あることに気づく。

 あれ?これって僕の学校の制服じゃないのか?
 僕の通っていた学校は築百年の歴史を誇る古い学校だ。その為か、制服は昔の伝統を引き継いでいて他の学校に比べたらやや独特のデザインをしている。
 具体的に言うと、男子は登下校時、制帽着用が原則だし、女子は最近、廃止されることが増えてきたセーラー服をいまだ採用し続けているのだ。

 近隣の中学、高校ではもうほとんど見かけなくなったし今はもう珍しい部類に入ると思う。
 しかし、この彼女はその制服を着ていた。もしかしたらさっき思ったようにクラスメイトたちが僕をからかうために作った偽のアカウントかもしれない。
 急に体中から汗が噴き出してきたことが分かった。体が一瞬で冷える。体温が三度は下がった気分だ。何を考えているんだ馬鹿野郎。そんなわけないじゃないか。

 そう頭の中で自分を罵倒し、今考えたことを忘れようと試みる。目をしっかりとつぶり、記憶が消えてしまうまで言葉で自分をいたぶるのだ。
 自意識過剰にもほどがあるだろ。もうみんな忘れているに決まってんだろ。ほんと馬鹿だなあ。この引き籠もりは。
 しかし、どうやら僕の脳にはしっかりと記憶されたのだろう。自分を自分で罵倒している間にも、まるで壊れて同じ音声を何度も繰り返すレコーダーの如く繰り返されてくるのだ。みんなの笑い声が。みんなの陰口が。

「うるさい、うるさい、うるさいうるさい......」

 声はより一段騒がしくなった。しかも、なぜか自室の埃っぽい空間がいきなり晴れて、暗くしておいたはずの部屋が明るくなった。
 幻聴はいまだ止まない。不審に思い、僕は目を開ける。

「え......」

 そして驚いた。周りを見渡すと僕はなぜか教室にいた。
 しかもここは、僕のクラスだ。
 服は寝巻のままだ。足も裸足はだし。僕はいきなり自室から教室まで移動させられたのだろうか。
 夢かどうか一度試してみることにする。典型的なものしか浮かばないが一応分かるはずだ。そう考えた僕はすぐさま行動に移すことにする。親指の腹と人差し指の第二関節で自分の頬を挟み、思いっきり引っ張る。
 痛い......。

 夢だと思いたい。思いたいが、自分の今感じているこの痛みは夢だと思うにはあまりにも程遠い。鮮明過ぎる。
 だとするとこの光景も現実なのだろうか。
 クラスメイトたちは、まるで僕に見せつけるように楽しく会話したりはしゃいだりしている。
 誰も僕には気づいていないようだ。

 何がどうなっているのかは全然わからない。だけど今すぐここから立ち去りたい。
 そう思った僕は、誰にも気づかれないようゆっくりとドアまで移動しようと試みることにする。
 今いる場所は教室の窓側で後ろから三番目。僕が学校に通っていた頃に座っていた最後の席だ。ドアまでは少し遠い。

 早く立ち去らないと。まずは最後尾のドアがある列に行かなければ。
 ほとんど運動してないからか体がなまっている。筋肉が張っているようでなんだか気持ち悪い。足の先端に石を詰めた袋を結んでいて、まるでそれを引っ張っているようだ。
 だからなのだろうか。ミスってしまった。

「痛っ!」

 みんなの方向を向いていたため気付かなかった。机に思いっきり足をぶつけてしまっていたのだ。ガタンという音が教室内に響き渡る。
 静かになった。
 何も音がしない。さっきまであんなに賑やかだったのに、今や誰一人として口を開かない。
 息づかいさえも聞こえない。
 僕はゆっくりとみんなのほうに目を向けた。そして思わず悲鳴を上げてしまう。

「うわあああああ!!」

 クラスの全員が僕のことを見つめていたのだ。無表情で、それゆえに怖さを感じる。

「やめてくれ!僕じゃ、僕じゃない!」

 急いで教室を飛び出す。顔を下に向ける。やみくもに走る。誰も見たくない。僕は何もしていない。僕は悪くない誘っただけだそれも悪気があったわけじゃない本当に楽しみにしてたんだどちらかというと悪いのはみんなじゃないかなんでこんなときばっかり善人面ぜんにんづらするんだよ悪いのはお前だろお前たちだろ!

 走る。走る。走る。
 後ろは振り返らない。そう考える時間があったら足を動かすほうに意識を集中させる。ぷつぷつと発生した汗が僕の腕で球体を作る。
 普段は遅く走っても、せいぜい二十秒ぐらいで突き当りに到達してしまうくらい短い廊下だったはずが、なぜだかかなり長く感じる。いや、実際長いのだろう。普通は全速力で走っても、汗が出るぐらいの距離はない。

 だんだんと照明から離れ、暗くなっていく廊下に僕の心も少しずつ心細くなる。
 そのうち階段が見えてきた。三階に設置されている窓のおかげかそのあたりだけ少し明るくなっている。
 この学校が僕の学校と作りが同じなら、今いる階は二階。この階段を降りて少し走れば生徒玄関がある。

「よかった。助かるかも......」

 思わず安堵の息を漏らす。どうやら気持ちも落ち着いてきたようだ。
 出なくちゃ。
 ようやく階段前に到着した。
 一応後ろも確認する。大丈夫だ。追ってきていない。
 問題は次だ。階段の下にクラスメイトや先生、要するに僕の知り合いがいたらその時点で僕は教室に戻されるだろう。確証はないけどなぜかそんな気がする。相変わらず物音はしない。聞こえてくるのは、ドクンドクンと止まず働き続ける自分の心臓の鼓動と、それに合わせて口から洩れるいまだ少し荒い息だけだ。

 まあまずは、一度確認してみるか。
 僕の学校の階段はほぼすべて『コ』の字のような形をしていて、途中で方向を変えて昇ったり下りたりする必要がある。名前は確か、折り返し階段って言うそうだ。そんな階段だから、上から下の様子を確認することは容易だ。

 最初は少しだけ。階段を三段ぐらい下り、身をかがめる。その低くした姿勢のまま手すり方面に体を寄せる。
 そして手すりをつかんだ僕は、僅かに顔を上に持っていき、下の様子を確認する。ひとまずは階段の安全確保だ。緊張してきた。怯える気持ちを抑えながらもう少し体を乗り出す。真下を見る。
 そこには誰もいなかった。
 よしいない。次は廊下だ。

 少し緊張というものが興奮というものに変わりつつあるように感じた。冷静になろうと頭の中で強く願うが止められない。恐怖感から感覚がマヒでもしたのだろうか。
 ひとまず、下には誰もいないことが分かったのでもうちょっとは体を乗り出せる。手すりを支えている台に身を乗り出す。手すりが腹にめり込む。運動していないせいか、バランス感覚すらも衰えているようだ。

 あと少しなのに......。
 今だ、廊下の部分は見えない。天井高が低すぎて視界の邪魔になっているのだ。
 もう少しだけ乗り出してみることにする。足を宙に浮かせ、その分もっと前進する。今や僕の体のほとんどは地面についていない。手すりを支えている笠木という台に、全体重をかけているのだ。
 それでもなお、まだ廊下は見えない。僕は「ちっ」と舌を鳴らす。
 そして僕は二階の階段からずり落ちた。

 体の制御が効かない。足のバランスで体を支えられない。僕の体は落下していく。僕の体は宙に舞う。
 視界の先には階段が。
 僕は......落ちているのか?
 急に足が持ち上げられた気がした。かなり強い力で一瞬にして僕は持ち上げられ、落とされた。
 ああ、そうだ。誰かが僕を落としたんだ。

 今頃になって気づく。確かめたいとは思わない。いや、むしろ確かめたくない。
 それがクラスメイトだと思いたくないからだ。
 今、大変な状況なのにこんなことを考えるなんてやっぱり僕の頭は少々マヒしているようだ。
 ああ、近づいていく。階段が僕にどんどん近づいていく。

 そうだ、せめて廊下に誰かいるかいないかだけでも確かめようじゃないか。
 せめて誰かいてくれ。そして結局、どちらにせよ詰んでいたってことを僕に教えてくれ。
 僕は落ちていく中で首を横に向ける。そして諦める。
 階段を下りたところに広がる廊下には一人の少女が笑いながら一人立っていた。

 目が覚めた。意識もはっきりしている。目の前に広がるのは僕の部屋の天井だ。

「夢......だったのかな」

 ベッドから体を起き上がらせ、一人独白する。
 いや、でもさっきの感触は、頬を引っ張った時のあの痛みは決して夢なんかじゃないはず。
 その時、少し離れたところで僕のスマートフォンがピロンと陽気な音を立てる。
 この音はSNSの音か。だとすると、連絡してきたのは、彼女か。
 僕は先日、友達になってくださいと送ってきたSNS上の女子を思い出す。

 あの子とはあれ以来、一度もやり取りをしていなかった。何度も連絡してみようと思ったが、毎回毎回送信のボタンを押そうとするたび、がっついているなとか、依存しているななどと思われたくなくて十分ほど迷ったのちに取り消しのボタンを押してしまうのだ。
 正直、ヘタレだと思う。

 だけど、今回初めて彼女から連絡が届いたのだ。喜ばずして何がある。今まで体験していた不思議な出来事も一瞬忘れた。それくらい嬉しかったのだ。
 僕は急いでベットから飛び降りようとする。しかし、地面に足がついた途端、猛烈な痛みに襲われた。そのまま床に倒れる。

「いっ!」

 ふくらはぎ辺りがとてつもなく痛い。僕はアキレス腱でも切ってしまったのだろうか。
 ジンジンと心臓が血液を送ってくるたびに痛みが僕を苦しめる。それでも一体何なんだよと自分の足を確認し、そして絶句した。
 なんと、僕の足には青白い痣がついていたのだ。
 それも人の手のような形をしている。
 やっぱり夢ではなかった。

「うわあああ!!」

 僕はすがりつくようにスマホを手にとった。

 それからは彼女とちょくちょく連絡を取り合うようになった。彼女はなんと僕と同じ町に住んでいるらしく、小さな僕の町で唯一の観光地、裏野ドリームランドのすぐそばに住んでいるそうだ。複雑な事情なのか彼女も学校に行ってないらしい。
 この前の夢?以降特に変わったことはなく、足についた痣もだんだんと引いてきた。
 僕は相変わらず部屋から出ることはほとんどせず、アニメ、ゲーム、小説に没頭した。
 そうして一カ月が過ぎた。

 僕のスマートフォンが高い音を出し、一瞬震える。

「ああ、もう九時か」

 彼女と話をするのはもう日課となっていた。僕はスマホを起動させ彼女から来たメッセージを確認する。
 彼女はなぜか九時からでしか連絡を取ってこなかった。それまで僕が何度メッセージを送信しても九時以降にならないと絶対に返信してこなかった。

 また、終わるときも唐突である。たとえどんな会話をしていても十二時を回る辺りでぷっつりと連絡が途切れてしまうのだ。この前は自分の幼かったころの失敗談をちょくちょく改変しながらも熱く語っていて、次は彼女の番というときに連絡が来なくなってしまった。そういえば、その次の日は一日中悶々としていたな。まあ、次の日には笑える失敗談を教えてくれたけど。
 だから大抵、止めるときは僕のほうから言い出すことにしている。
 いつの間にかこんな流れになっていたんだ。

 今日もいつものように会話をしていた。いつも通り部屋の電気を消し、そのままベッドの上で会話をする。別段珍しいことじゃないと思うけど、今の僕に取っちゃとても大切で、ありがたい時間だ。今日最初の話は夕食の話。いつも通り、十秒チャージという触れ込みで売り出している栄養ドリンクを飲んだといったら、なぜか怒られる羽目になった。

 僕の家族は離婚していて、小六の時にこの街に引っ越してきたのだ。どうやら母に親権が渡ったらしく、引っ越し当時は僕のことよりも早く仕事につかなければという思いが強かったのだと思う。一カ月は学校に行けなかった。結局、母も小さな工場で働くというところで落ち着いたのだが、その頃から母はご飯を作らなくなってしまった。

 代わりに机の上へ千円札の紙切れがぽつんと置かれていることが多くなり、母も仕事が忙しかったのか家に帰らない日が多くなり、随分と心苦しい思いをした。
 昔の話、だがな。
 だから、突然そんなメッセージが届いたときは危うくスマートフォンを落としそうになってしまった。

 まーみん:ねえオフで会わない?

 驚くだろう?僕は落としかけたスマートフォンを慌てて拾い直し、急いで文字をタップする。

 れん:え?何を唐突に。

 まーみん:だって私達知り合ってもう結構時間経つじゃん?

 れん:ま、まあそれなりに経ったね。

 まーみん:じゃあオフで会えるよね?

 れん:WHY?

 いや、これはほんと分からない。なんだこの謎理論。

 まーみん:いや、だって私達同じ町だし、同級生だし会っても別に大丈夫だよね。

 れん:いやまあそれはそうかもしれないけど、もし僕が犯罪者だったらどうする?あ、もちろん例えばだけど!

 まーみん:大丈夫、れんが犯罪者じゃないことちゃんと知ってるから。

 一秒もたっていなかった。僕が送信をした次の瞬間にはもう送信されていた。まるで僕が打つ内容を最初から知っていたかのように。
 あと、よく考えてみたら少し日本語もおかしいと思う。こういう時は普通「知っているから」ではなくて「分かっているから」ではないのだろうか。時折彼女はこうして使い道がちょっと違う日本語を使う。
 まあ、だからどうしたという話だけど。

 ちなみに僕はもう信じ切っている。彼女は犯罪者なわけがない。それを立証させるものは何一つないけど、それでも僕は絶対的な信頼を寄せていた。

 まーみん:で、やる?私プランをもう考えているんだけど。

 へえ、そこまで用意周到とはな。恐れ入りました。
 ひとまず聞くだけ聞いてみるか。

 れん:そのプランとは?

 まーみん:あした九時に裏野ドリームランドに集合。そして閉園まで遊ぶ。

 ん?これはつまり......。
 僕は急いで文字をタップする。

「も、し、か、し、て、デートっと」

 正直、僕の中でのタップ式ランキングでは、あっさり新記録を達成したと思う。
 僕は表示された送信のボタンを押そうと試みる。親指の力だけではなくて重力やその他ものものの力をも使いできるだけ早く押せるようにする。

 あと、0.3センチ。0.2センチ。0.1センチ!
 そして......。
 その時だった。一通のメッセージが入ってきた。スマートフォンがいつも通りの着信音を奏でる。僕は一度送信を止め、一通のメッセージに目を向けた。

 まーみん:先に言っておくとデートじゃないからね。

 ですよね......。分かってはいたけどあわよくばを期待した俺が馬鹿だった。とほほとか言いながら文字を一文字ずつ削除する。
 と、そんな風に落胆していた時、もう一通のメッセージが入ってきた。

 まーみん:ま、そういってもらえると嬉しいけど。

 な、ななななな......。
 顔の温度が一気に五度は上がった気がした。思考がなかなかまとまらない。なぜか少しぼーっとする気がする。
 そんな中、僕が下した決断はスマートフォンの画面から目を反らすことぐらいだった。

 まーみん:で、どうする?行く?

 どうしようか......。裏野ドリームランドか......。
 正直なところ、行きたくない。僕の記憶に嫌なものがよぎる。そして気づいた時にはもう返信をしていた。

 れん:行くぶんには暇だからいいけど、別のところにしない?

 僕はおもむろにスマートフォンから目を放し、閉じる。
 あの事件のことは今でもまぶたにはしっかりと焼き付いていた。忘れるわけがない。忘れちゃいけないあの事件。
 そういえばあの日も今日みたいな真夏の日のことだった。確かあの日は当時の年度一番の暑さだったそうだ。

 あれ、なんでだ......。
 いつの間にか僕の頬には涙が伝っていた。拭うも一向に収まらない。

「ほんと......なんでなんだよ......」

 別にあいつのことが好きだったわけじゃない。むしろことあるごとにくっついてくるから鬱陶うっとうしいと思っていたくらいだ。あいつは馬鹿で、間抜けで、いじめられてて......。
 喉の奥がヒッと声を上げる。僕はベッドに寝ころんだ。そこまで勢い強く寝ころんだつもりはなかったのだが、あまり干していないからだろう。大量の埃が空に舞う。

 上がったものは落ちてくる。それはどんなものでも共通だ。たとえそれが忘れないと決めた悲しみの感情だとしても。
 そのはずだ。
 ひらひらと埃が舞い落ちてくる。暗闇の中、スマートフォンの光がキラキラ照らす。だんだん落ちてきた埃は僕の鼻をしっかり衝いた。
 鼻の奥がかゆみを覚える。背中が震える。
 当たり前だがむせた。全然止まってくれない。ああ、胸が苦しくなってきた。涙すらも止まってくれない。

 もういっそ、一生分の涙を流しつくしてしまおうか。そうだ、それがいい。悲しくても涙が出てこなかったらまだ自分をごまかせる。ほら、自分は傷ついていませんよって。僕はそんなこと気にも留めていませんよって。両手を広げて精いっぱい笑いながら宣言できるんだ。
 酸素が足りてない。泣いてむせて、空気を出し切った肺が酸素を求めてくる。僕は無意識的に口から酸素を取り込もうとするんだけど、取り込もうとしている空気は埃やチリを大量に含んでいて。それがまた僕のせき込む要因となってしまって。全然息をすることができていない。体に空気が回らない。それなのに喉は、まるで狂ったかのように空気を吐き出してくる。

 僕は口をパクパクとさせた。パクパク。パクパク。
 暗闇の中でもわかる。視界がゆがむ。頭がぐらぐらと揺れている。
 部屋に発生する音は僕のせき込む音と、回る扇風機の羽音のみ。
 しかし、今はその音すらもグワングワンと揺れ続ける頭のせいで、何十にもエコーをかけたように頭の中で反響する。

 と、突然ピロンと軽快な音を立てたものがあった。頭の中でなんだっけと思い浮かべ、そして気づく。
 これはスマートフォンの音だ。どこに置いたっけ。
 辺りを見回すと、先ほどまで部屋を唯一明るくしていたスマートフォンの画面が見えない。部屋には暗闇が広がるのみ。
 どこか落としたのかな。

 必死になって探す。別にすがっても何か変わるわけでもないのにまるで、唯一の希望のように、掴んだらこの状況が変わるかのように血みどろになって探す。
 枕をめくる。布団をめくる。布製の物を触れるたびにちりや埃は小さな僕の部屋中に舞い上がり、僕を蝕んでいく。
 そろそろ息をするのが本気できつくなってきた。このまま倒れて息ができなかったら僕は死ぬのかな。家の中で一人悲しく窒息死って題付けられるのかな。
 ああ、きついな。辛いな。
 瞼がゆっくりと閉じ始める。体中に力が入らなくなった僕はベッドの横に倒れこんだ。
 そして、見つけた。

 スマートフォンだ。こんなところに落ちていたのか。
 いつの間にかスマートフォンは、ベッドの下、それも奥の方に滑り込んでいた。
 どおりで画面が見えなかったのか。暗闇の中見つけることができなかった理由はこれか。
 震える手を伸ばす。ベッドの下には蜘蛛の巣が張っていた。手がべたべたするが無視して手を伸ばす。
 咳は止まらない。むしろより一層ひどくなっている気がする。しまいには体が痙攣けいれんを起こし始めた。

 なんでこんなに僕の部屋は汚いんだよ。汚れているんだよ。
 僕は悪態をつく。
 いつからこうなってしまったんだろう。
 そんなことを考えていたらスマートフォンに手が届いた。
 ここからだ。
 ゆっくりと手に力を入れ、これまたゆっくりと自分の方へ傾ける。
 いきなりの明るい光が、僕の視界を眩ませる。しかし、それも一瞬のことだった。
 光になれた視界の先のスマートフォン画面には一通のメッセージが更新されていた。

 まーみん:なんでそんなこと言うの?まあいいや。照れ隠しなんだね。きっと。明日九時に集合ね!待ってるから!

 思わず笑ってしまった。最も疲れすぎていて薄く笑みを浮かべたくらいだったけど。
 ああ、なんでこの人はこんなにわがままなんだろうか。まるであいつみたいだ。押し付けてくるのもいい加減にしろって言ってやりたい。そうだ。なら直接会えばいいじゃないか。明日九時だ。行けるな。
 もう僕の頭の中にはあの事件のことなんて浮かんでこなかった。多分今の僕にそんな余裕はなくなっていたのだと思う。
 でも、一気に気が楽になった気がする。もう僕の手のひらには力が入らなくなっていた。スマートフォンはするりと僕の手から抜け落ちる。
 眠くなってきたな。瞼も重くなってきたし。
 寝よう。
 そうして僕の意識は深く、沈んでいった。


 夢を見た。それはひどく鮮明な夢だった。
 僕には幼馴染がいた。宮野真緒っていう名前の子だ。僕は今、その子に勉強を教えている。僕の部屋で教えている。まだ部屋にゲーム機がないことや、ハンガーにかけている制服が新品らしいパリッとしている感じを見るに記憶は中一の時のものだろう。
 僕は丸テーブルに広げているテキストの一点を指しながら言う。

「だから、分数の割り算の時は分子と分母を入れ替えるんだって。基本的な計算は正解しているんだからケアレスミスはなくさないと」
「はーい」

 そういう真緒は手をテーブルにトントンとさせて落ち着かない。正直、真央に勉強を教えるのは至難の業だと思う。学校の先生でも手を焼いているんだ。僕なんかが真緒を制御できるわけがない。
 だが、なぜか真央は僕の言うことだったら大抵聞いた。その豹変ぶりは素晴らしいものだった。
 誰がなんと言おうと勉強しないのに、僕が誘ったら一応勉強をし始めるのだ。

「ねえ、ゲームしようよ」
「だめだ。まだ、三十分もしていないだろ」

 まあ、一応だが。ほんと真緒は集中力無いんだよなあ。
 興味があることについては、気持ちが悪くなるくらいの集中力を発揮する真緒だがこういうことは本当にからっきしなんだ。

「ねえ」
「ん?ゲームはダメだぞ」
「いや、今はそうじゃなくて」

 今の今までゲームがやりたいとかぼやいてただろと僕は心の中でつぶやく。気がころころと変わるのも真緒の性格上の特徴だ。いつか二人でテレビの番組を見ていた時があった。番組は北海道の名産物を食レポして行くっていうもので、丁度芸人さんが取り立てのズワイガニをかぶりついているところだった。

『いや、ほんとぷりぷりっすね!』

 耳が痛くなるくらい、うるさく元気な芸で最近ブレイクしている芸人さんが相変わらず声を大にして感嘆の声を漏らす。どうせ一発屋なんだろうなあ。そんな匂いがプンプンする芸人さんだ。
 しかし、まあ食べてるズワイガニは本当においしそうで。そのことについて会話をしていたらいつの間にか、北海道に話が移り、日本、そして最後はなぜかカナダのハンバーガーに話が移っていたぐらいだ。

「じゃあなんなんですかねえ?」

 僕はできるだけ真緒の気が変わらないように下手に出る。正直なところ、これで真緒の気が変わらないかっていうとそうでは無いんだけど。

「えっと、今日勉強頑張ったら......」

 ただでさえすぐ隣に座っているのに真緒はさらに近づいてくる。時折いい匂いがした。髪の毛や、服から感じる、女の子の匂いだ。
 なんだか、とても恥ずかしくなって僕は顔を背けようとする。だけど真緒は何を思ったか僕の肩を掴み、引き寄せ、こうつぶやいた。

「二人で......二人きりで遊園地に行こう?」


 目が覚めた。
 目の前に広がる光景はそう、ほこりまみれのベッドの下だった。奥の方にはスマートフォンがぽつんと横になっている。
 そうだった。僕はきつくて、そのまま倒れたんだった。
 今の体調は......。と確認してみる。少し喉がかすれて声が出にくいけど別に大変っていうほどの異常はない。

「よし、大丈夫」

 落ちているスマートフォンを拾い、確認してみる。デジタルで表示される僕のスマホには六時二十分と表示されていた。これはいい。正直髪とかぼさぼさだし、伸びすぎている。伸ばした腕の長さぐらいまである。早く準備して美容院に行かなくてはって思っていたから早く起きれたってのはありがたい事だった。それにしてもデートか。引き籠ってからは一度もしていないから実質一年ぶりか。
 僕は陽気に鼻歌なんか歌いながら支度を始めた。

 今日も親はいない。仕事で出ているのだと思う。机の上には相変わらず一枚の千円札が置いてあった。
 もはや当たり前となったこのことに感謝の念すら感じられなくなってしまったのはやや悲しい。
 多分、自分が変わってしまっただけなんだろうけど。
 朝ご飯は......いつも通り栄養ドリンクでいいか。
 裏野ドリームランドへは僕の家も意外と近い。自転車で二十分ってとこだ。
 美容院には四十分から一時間ぐらいかかるものとして七時二十分。ドリームランドまでは二十分で七時四十分。十秒で飲めるとか言いながら全然十秒で飲めないドリンクは一分と考えて......準備で一時間二十分、いや、不具合が生じた際とかの保険も考えて四十分として......。よし、これでいいか。意外と時間はかなり余りそうだ。

 さ、そうと決まれば服選びタイムだ。
 自室に戻った僕は久しぶりにクローゼットの引き出しを開けた。


「二千五百円になりまーす」

 陽気そうな声で僕に値段を頂戴してくる。全く、これが営業スマイルか。
 そう、僕は美容院に来ていた。先程まで外で自転車をこいでいたからか冷房がやけに寒く感じる。
 ついでにいうと頭も随分と涼しくなった。はげてはいない。整えていないときと比較して、だ。

「お願いします」

 僕は折り畳み式の財布から千円札を三枚、要するに三千円を取り出す。

「三千円からですねー」

 お金を受け取った二十代前半ぐらいの女性は機械に入れてガチャガチャと操作する。レジスターっていうんだっけ?まあ、いいか。

「ありがとうございましたー!」

 元気のいい掛け声とともに僕は美容院から追い出された。
 ドアに手をかけ、外に足を一歩踏み出すと生ぬるい風に当てられる。どこかでセミがジンジンと鳴いていた。先ほどとはあまりにも違う、まるで別次元にきたようだ。そういや今日は、最高気温を更新しましたとニュースキャスターが笑顔で話していたな。全然喜ばしいことじゃない。

「さて」

 気を取り直して今は何時かなと、腕に装着した時計を確認してみる。そこには七時五十四分と表示されている。
 むう、これは余り過ぎたぞ。ここから裏野ドリームランドまでは十分かかるかどうか。そのぐらいの距離しかない。これじゃあ一時間ぐらい余ってしまう。ああ、どうしようかな。一応ドリームランド自体は八時半には開園するし。まあ、先に入っておけばいいか。っていうか集合場所を決めていないからどこに行けばいいのか分からないんだよな。
 なんて、頭の中でグルグルと考えながらこの先どうしようか考えることにする。

「じゃあ一旦、連絡を取ってみようかな」

 若干緊張したが今回は別に大丈夫なはず。昨日は途中で話を打ち切ってしまったし、そのことについて謝りたい。
 しかし、連絡を取ろうとしても彼女からは何の反応もなく、それどころかドリームランド内で一度も合うことはできなかった。


 そうして僕は部屋に戻っていた。部屋の電気をつける元気もなく、壁に寄りかかっていた。
 そのままずるずると床に尻をつく。ドアの隙間からわずかに光が差し込める。
 僕は騙されたのだろうか。やっぱり、このアカウント自体、誰かのいたずらで僕を使って遊んでいたのだろうか。ひどい。本当にひどい。
 僕は顔を手で覆った。
 意識はしていないはずなのに体が小刻みに揺れる。
 ああ、そうか。僕は泣いているのか。

「ははっ、あはは......」

 渇いた声が洩れた。自分でも驚くほど中身がこもっていない声だった。こんな声をしたのはいつ振りだったろうか。ああそうだ、そういえばあの事件があった直後もこんな声をしていた。

「まったく、八時半まで待ったんだけどな......馬鹿みたいだ」

 いや、本当に馬鹿だったのかもしれない。覚悟はしていたはずなんだけどな、辛いな。今まで会話をしていたのはいったい誰だったんだろう。僕を騙し続けていた人は今どんな表情をしているんだろう。笑っているのかな。それとも少しくらい罪悪感を覚えていたりしたのかな。うん、そうだといいな。だとしたら、今、僕のことをどう考えているのかな。ああ、もしかしたら僕のことなんて覚えていないのかな。思い出す気もないのかな。一つの遊びとして飽きたら捨てるようにおもしろいおもちゃとしてでも捉えていたのかな。どうだろう。どうだったんだろう。

 思いがあふれるように出てくる。止めようったって歯止めがきかない。ブレーキが利かなくなったんだろうか。思いを、考えを、感じたことをすべて受け止めて、そして思い出させなくする脳のブレーキが。
 僕は顔を上げる。目の中には無造作に転がったスマートフォンが映った。

 今日はさすがに連絡してくるわけないよな。もしかしたらもう一生連絡はよこしてくれないのかもしれない。それは辛いけど、諦めよう。僕は奪われ続けていくんだ。これまでも。これからも。
 僕は立ち上がった。もう涙は出てこなくなっていた。
 と、その時だった。
 液晶画面を床に向けているスマートフォンが、音を立てて震えたのだ。慌てて時計を確認する。
 九時を指していた。
 もしかしてと思い、スマートフォンを手に取る。
 案の定、一通のメールが届いていた。

 まーみん:今、園内にいるけど、どこにいるのー?

 目を疑った。だって今九時だぞ。今日の閉園は八時半だったんだぞ。僕は閉園まで一人でライトアップされた観覧車を見ていたんだぞ。
 なのに、なんでいまさら。僕はスマートフォンをタップする。

 れん:もう閉園したよ。さっさと帰れよ。

 そして、また失敗を起こしたということに気づく。
 ああ、また相手に乗ってしまった。これだから調子に乗るんだろうな。

 れん:今日待ってたんだぞ。わざわざ朝九時から今の今までずっと待ってたんだぞ。

 もしかしたら相手は閉園の時間さえ確認していなかったのかもしれない。だから今になって連絡をよこしてきたのだろう。なんか憂鬱になってきた。もういいや、決めたことだし。ここでまだ自分に依存しているなんて思われたくないしな。はっきり言ってやるか。
 僕は腹をくくった。今までのことを忘れられるかと言ったらそんな訳がない。むしろこんな風に考えるのが嫌になるくらいだ。相手が本当に実在する人がそうでないのかに全財産をかけろといわれたらあっさり実在するという方に投資するだろう。それぐらい、僕は信用していた。信用していたんだ。

 れん:なあ、もうこういうのやめてくれよ。どうせ遊びだったんだろ。もうそんなのいいから。ありがとう。うん、楽しかったよ。ここ最近は世界が明るく見えたんだ。だけどその分、今日来てくれなかったことは辛かった。だから、もう正直に言ってくれよ。嘘だったんだろ。何もかも。

 ああ、もう戻せない。僕は眉を落としSNSのアプリをアンインストールする。スマートフォンの電源を切る。どうせ返信が来るはずもないはずだ。それに、希望を持ちたくない。僕はそのままフラフラとベッドに倒れ込む。
 相変わらず沢山の埃やチリが空を舞った。

 これからどうしようか。いっそ自殺でも視野に入れてみようか。どうせこれからも騙され続けるだけの人生だろうし。これから何かを始めようという気力も無くなっている。ただでさえ貧乏な僕の家をさらに貧しくして、迷惑をかけているのはこの僕だ。
 僕はただの厄介者だった。何も持っていない。力も度胸も実力も。何もかも持っていなかったから失った時に認めざるを得なかった。そして気づいた。立ち直れなくなった。引き籠ってしまった。
 受け入れがたかったのだ。認めたくなかったのだ。

 そんなことを考えていた時だった。またもやスマートフォンが震えた......気がした。
 手で握っていただけなので目や他の感覚器官では分からなかったのだ。だから、気がしただ。それに、さっき電源は切ったはず。まさかとは思いながらベッドに顔をうずめていた僕は、顔を上げた。
 チリや埃は相変わらずひらひらと舞い、ゆっくりと落下してきた。
 僕のまつ毛の上にも積もっていく。瞬きをするとそれは下の布団に消えていった。チリや埃はまた積もっていく。

「......ん?」

 僕は疑問の声を上げた。当然だ。なんで当然かっていうと、僕は確かにスマートフォンの電源を切ったはず。そのはずなのだが、なぜかスマートフォンの電源は付いていて僕の顔に光を照らしていた。まずその時点でおかしいのだが、まあそれは百歩譲って僕のミスだったとしよう。しかし僕はSNSのアプリからは離れた。それだけは認めなくてはならない。アプリはアンインストールした。開くことはもう一度インストールしない限り無理だ。
 それなのに、それなのにだ。

「なんで......なんだよ」

 アプリは開いていて、そればかりか自分はどこかのトークルームに入室していた。
 僕は体を起き上がらせ、震える手で相手の欄を確認した。
 まーみん、だった。

 まーみん:ん?いやいや、今私いるよ。ドリームランド。ちゃんと九時って言ったでしょ。

 おかしいと思った。アンインストールしたはずなのに戻っている。しかし、それ以上に僕はこの発言内容に思うところがあった。
 九時ってまさか......午後のことか?こいつは最初から午前じゃなくて、午後九時って言っていたのか!
 さすがに怒りがともってきた。ふざけるな。からかうのも大概にしろ。僕はこれ以上お前のおもちゃになる気はない。

 れん:じゃあはっきり言う。ふざけるな。どうせドリームランドにはいないんだろうが。

 まーみん:いや、いや、違うよ。ちゃんと今ドリームランドにいるよ。メリーゴーランドがある所の柵壊れかかっているから入ってこれるよ。あ、そうだ写真送ればいい?そうすればいいよね?

 そう返信が来ると、数秒後に写真が送られてきた。
 まーみんはどうやらドリームランドの中心地点にいるらしい。毎年、いろいろな戦隊のショーやら劇団やらを呼んで盛り上げるメインイベント会場、ドリームキャッスルがわずかに見える。電気はほとんどついておらずほぼ真っ暗だ。というか、不法侵入になるんじゃないか?これ。

 れん:でも、その写真が本物だって信用できないし、しかも入ったとしても見周りの人がいるだろ。捕まるぞ。

 まーみん:んー写真は本物っていうのは信用してもらうしかないからなあ。でも、見周りの人は大丈夫。いないよ。

 僕は眉をしかめた。

 れん:なんで分かる。

 まーみん:もう、ちゃんといるから。いいから来て。

 なぜか、真緒のことを思い出した。あの、強引さ。あのころころと変わる楽観的な性格。
 もしかしたら自分はまーみんを真緒に重ねていたのかもしれない。なぜかは分からないが、怒りや、悲しみの感情は消えていた。そればかりか仕方ないなという気になっていた。

 れん:仕方ないな。もうわかったよ。待ってろ。

 まーみん:うん、待ってる。

 僕は立ち上がった。風も吹いておらず、かつ外は曇り空で、大気中には昼の熱がこもっていた。とても熱い夜だった。


 僕は自転車をシャカシャカとこいでいく。道路には一台も車が通っていない。相変わらずの田舎だなとか考える。僕はあまり整備されていないやや、ぼこぼことしている十字路を右に曲がった。自転車のタイヤがコンクリートとの摩擦でギュインと嫌な音を立てる。
 それでも僕はペダルを踏んでいる足に力を込めた。大量の汗が額から、腕からぷつぷつと汗が現れてきては流れていく。
 ああもう、なんでこんなに頑張ってるのかな、僕は。どうせこの先何かあるわけでもないのだろうに。
 ドリームランドが見えてきた。自転車の速度を減速させ、着地できるようにする。

「えーと?メリーゴーランドの柵が壊れかかっているからそこから入れる、か」

 スマートフォンを起動させ確認する。どこか嘘くささを感じながらも僕はメリーゴーランド付近の柵のほうに歩いて行った。


 確かに言う通りだった。防衛にまで資金を回せないのか鉄の柵はさびれていて少し触っただけでもぐらついた。これなら支柱を抜いて中に入れそうだ。
 僕はしっかりと鉄柱を握り、腕に力を込めた。

 鉄の柵を抜いた僕は中に入り柵をもう一度立てる。夜のドリームランドはなんだか物々しい雰囲気を漂わせていた。昼間に見たぬいぐるみのキャラクターも、それを見て笑う客もすべてがまるで幻想であったかのような静かさが満ちていた。音は何も聞こえなかった。いや、聞こえた。僕のスマートフォンからだった。最初は何の音か分からなかったがそれが着信音だとわかるとすぐさま手に取った。

「じゃあ、一緒に楽しもうか」

 ひどくノイズが入っていて聞き取りずらかったが、確かに聞き取れた。
 その瞬間、おかしなことが起こった。瞬きをしたのと同時に目の前にドリームランドが広がったのだ。
 いや、確かに先ほどいたところもドリームランドなのだが、こちらは本物?というか開園時のドリームランドが広がっていたのだ。
 熊らしきキャラクターが大量の風船を持って歩いていて、遠くではジェットコースターが走っていて楽しそうな叫び声が聞こえてきた。日もさんさんと照っていて実ににぎやかな雰囲気だった。
「え、え?」
 僕は戸惑うしかなかった。当たり前だろう?いきなり景色が変わったんだ。
 と、いきなり戸惑う僕の腕に誰かがしがみついてきた。誰だと思い振り向く。そして僕は目を丸くさせた。

「ま、真緒......?」
「うん。そうだよ。やっと来たね。遊園地」

 真緒が満面の笑みを僕に向けてくる。

「え、いや、まあそうだけど......なんで、なんで」
「ん?なに?」

 僕は顔を俯かせ、言葉を口にしようか迷う。
 真緒を傷つけたくはない。ただ、言わないと僕が認めることができない。

「真緒はなんで生きているんだ......?」

 その瞬間、何もかもが止まったと思った。ドリームランドにあるすべての物の時間が止まり、瞬きによって一瞬でかき消された。また、静かさがやってきた。
 だが、違った。確かに違った。僕はゆっくりと首を横に向けた。
 だんだんと僕の顔が恐怖にひきつっていくのが分かった。足はがくがくと揺れ、心臓は急にバクバクと激しく動き出した。
 そう、横には何かがいたのだ。言葉では表すことはできない何かが。
 僕は一目散に逃げだした。柵を蹴飛ばしてでも逃げたかったが、それだとその間に捕まってしまいそうだった。何かは決して僕を捕まえようとしてはいなかったが、それでも僕はなぜか逃げ出したくなった。
 メリーゴーランドを抜け、ドリームキャッスルを越える。裏出口付近のトイレを一別し、観覧車の受付乗り場の裏に避難することにした。

「はあ、はあ......」

 息が長く続かない。体中の筋肉が悲鳴を上げていて酸素を求めている。
 と、スマートフォンが音を立てた。俺はわらにもすがる思いで電源をつける。
 僕のスマートフォンは壊れたのか、電源をつけるといきなりチャット欄に画面が飛んだ。
 まーみんからの言葉を確認する。
 そして、さらに僕の顔は恐怖で張り付いた。

 まーみん:なんで逃げるの?一緒に行きたがっていたじゃん。私もドリームランド二人で行きたかったんだよ。楽しみだった。本当に楽しみだった。なのに、あなたは来なかった。私、待ったんだよ。たくさん待ったんだよ。きつかったけど待ったんだよ。

 おい、なんでだよ。なんでお前が言うんだよ。なあ?
 その後も着信音は止まらなかった。一秒に三件は着信が届く。

 まーみん:ねえ、なんで?

 まーみん:なんで?

 まーみん:なんで?

 まーみん:なんで?

 まーみん:なんで?

 まーみん:なんで?

 体がぶるぶると震えた。走った際に発生するはずの汗は、なぜかもう、出てこなくなっていた。
 頭がくらくらとした。意識が薄くなる中、目の前に何からしきものが口を開く。



「一緒に遊ぼう?」



 そうだ。彼女とあの後約束したんだ。ああ、わかったって。遊園地、どこにでも連れていってやるって。
 ただ、その約束を僕は守らなかった。いや、ちゃんと約束はしたんだが守れなかった。
 約束した時間は九時だった。夜の七時三十分にSNSで約束をした。
 僕は次の日の朝九時と判断した。ただ、真緒は違う捉え方をしたんだ。
 夜の九時だと判断してしまったんだ。

 真緒はドリームランドへの侵入通路を見つけ、そこでずっと待っていたそうだ。ずっとずっと。
 その日はとにかく暑い日だった。真緒はそこで熱射病にかかってしまい、そして死んでしまった。
 ほんと、あっけなかった。
 結果、僕と約束をしたがぼくが約束を破ったような形になった。クラスメイトは僕に避難の目を向け、僕の居場所はなくなった。みんなは真緒のこといじめていたんだけどな。教室に入ると、なぜか僕がすべて悪いみたいになっていた。
 だから、僕は引き籠った。

 僕が死んだっていうニュースは次の日の昼に放送された。
『今日の早朝、ドリームランド園内で○○中学校に通う中学三年の男子生徒、釘宮 蓮君が死亡されているのを確認しました。警察は熱中症として捜査を進めており......』
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