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パリサイド 作者:奈備 光

7章

78/82

78 車座になって

 イコマはおぼろな意識のままに目を覚ました。
 固い平坦なところに仰向けになって倒れている。
 ユウはどこに……、アヤちゃんは……、チョットマは……。
 辺りは真っ白。
 何も見えない。
 白い暗闇……。

 なんとか手を持ち上げ、目を擦ろうとした。
 ん?
 違う……。
 顔の感触が……、手の感触が……。

 誰かそばに……。
 手を床に這わせた。
 何かに触れた。
 摘み上げると、それは小さなキュービクル。
 固く冷たい石……。

 それを握りしめると、再びイコマは意識を失った。


 グラン―パラディーゾは崩壊し、次元のゲートはコントロールを失った。
 ベータディメンジョンのエネルギーがまともにこちらの宇宙空間に放出された。
 パリサイドの星もろとも、すべてのものが一瞬のうちに蒸発し、消滅した。
 星に住む人々も、白い霧も、そしてそれらが持っていたすべての意識も。
 ベータディメンジョンのエネルギーは、宇宙空間のかなりの範囲を素早く走り抜け、やがてダークエネルギーに撹拌され、薄まって消えた。
 この次元の宇宙空間、すなわちユリウス宇宙においては確かにひとつのエポックとなり、歴史の一コマとなった。
 エネルギー放出は瞬時に行われたが、ベータディメンジョンのエネルギー密度が薄まり、均衡が取れるようになると、ゲートも自然と口を閉ざし、何事もなかったかのように、ユリウス宇宙はこれまで通りダークエネルギーによって膨張を続けている。


 あれから、ひと月。
 宇宙船オオサカは、地球は大西洋の海底、カリブ海にほど近いプエルトリコ海溝の淵に停泊していた。
 グラン―パラディーゾの崩壊直前、エネルギーの前哨波が船体を洗う中、超高温のプラズマの渦が到達する直前、その巨体を時空の狭間に移していた。そしてその直後に、地球に向けて発進したのだった。
 そのアクションがかなり強引だったため、船内にいた人々は強烈な加速度によってなぎ倒され、意識を失い、人によっては帰らぬ人となった。
 それでも、多くの者は生き残り、眼前にまみえる地球の美しい姿に驚嘆の声をあげたのだった。

 人々が喜びに沸く中、宇宙船オオサカはそれが自らの意志であるかのように、太陽フレアをかいくぐり、大西洋の奥深くに潜航を始め、水の圧力に耐えながら頃合いの良い海底にその身を横たえたのだった。
 オオサカはグラン―パラディーゾのゲートから流れ出す初期段階のエネルギーを余すことなく吸収し、暴発の直前には航行に十分なエネルギーを補給し、そればかりでなく、海底での安定的な暮らしを支える各種の生産、人々が暮らしていくための環境の維持、水圧に対する抵抗、そしてオオサカ自体の船体維持を十年間は継続していくに余りあるエネルギーを有していた。
 人々は、再び構築された船内の「街」にそれぞれ居場所を得た。
 しかし、この暗い、そして過酷な水深数千メートルの海底で、この先未来永劫、暮らしていこうと主張する者は多くはなかった。


「さあ。イコマさん。話してください」
 レイチェルの声に、会場は咳払いひとつ聞こえないほど、静かになった。
「いや、そんな話はもう誰も聞きたくないんじゃないか」
「いいえ。謎とは何だったのか、を聞いておかないと、死んだ人が浮かばれない。幸いにして生き残った私達も、彼らに正しく思いを馳せることができないじゃないですか」
「でもね。今日はいわば晴れがましい日。死についての話はふさわしくないんじゃないか」
 チョットマと目があった。
 その瞳は、話して欲しいと訴えていた。


 今日、開かれたのは、いわば壮行会。
 宇宙船オオサカを出ていき、再び地上に住むためのミッションの第二段階。
 既に、ニューキーツの地下、エリアREFのさらに深く、そしてあらかじめ準備されていた避難所層のさらに深い地底が人類の生息圏としてふさわしいかどうかの事前調査は終えている。
 それを踏まえた、移住団第一陣約百名の出発前夜なのだ。
 団長はレイチェル。副団長はンドペキと決まっている。だからアヤやスゥとは、一旦、明日でお別れだ。
 第二団の出発は半年後。その団長はユウこと三条優。副団長はイコマこと生駒延治。もちろん、チョットマは行動を共にする。
 第五陣まであるが、それぞれに指揮官が既に発表されていた。

 ニューキーツ東部方面攻撃隊は、これでようやく解体となる。
 パリサイドの軍や警察や治安省も解体。
 このひと月の間に、レイチェルは獅子奮迅の働きをし、オオサカに生き残った地球人類とパリサイドの垣根を完全に取り払った新しい社会構造の輪郭、非常にシンプルだが当面の課題を抜かりなく乗り越えていける実効性のある組織、を作り上げていた。
 人類の新しい世紀の始まりである。
 一年後には、絶えて久しい選挙が行われる予定まである。
 それまで、各団の団長副団長十名を議員とし、プラス五名の参謀、及び各省の長官八名、合計二十三名の合議によって社会が統べられる。
 そこにはトゥルワドゥルー元軍トップ、ミタカライネン元治安省長官、イッジ元警察省長官などを含め、KC36632やチョットマも名を連ねていた。


 イコマの逡巡を見かねたのか、スジーウォンが発案した。
「では、一旦ここで、壮行会はお開きとさせていただきます。引き続き、ニューキーツ東部方面攻撃隊、もとい、ゴミ拾い隊の正式な解団式を執り行います。お忙しいところ恐縮でございますが、関係者の皆さんはそのままここにお残り下さい」
 親しい仲間だけに。
 そして、かつてそうしたように、推理を披露せよというのだった。
「ノブ、相変わらずやね。人見知りするんやから」
 と、ユウが腕を小突いた。
「プリブのことを知らん人がいるやろ。話しづらいで」

 やがて部屋に残ったのは、レイチェルとそのSPとして最後まで付き従ったマリーリ。
 スジーウォンはじめとする隊の面々、かなり数は少なくなった四十名ばかり。
 そしてユウ、アヤ、スゥ、イコマ。
 懐かしい顔が揃った。
 ここにいないのは、プリブ、亡くなったあるいは姿を消した十名ほどの隊員。そしてライラ。

 もうパリサイドの姿をしている者はいない。
 ユウもイコマもスミソも。
 ユウは昔のユウの姿。
 イコマは誰か分からないが、見知らぬ男の姿となっていた。
 スミソもそうだという。自分の顔ではないと。
 ここにいる者だけではない。すべてのパリサイド、パリサイドの体を得た全てのアギもそうだった。
 あの身体は、ロームスと名付けられ神としてあがめられた宇宙生物によって、そのコントロール下に置かれるために与えられたものだったのだ。
 ロームスが消滅した今、その呪縛から解き放たれたのだった。
 もう、宇宙空間を飛び回ることはできない。宇宙線をエネルギーに変えることもできない。水中を自由に泳ぎ回ることもできない。他人の顔を身に纏ることもできない。再生カプセルを使って生き返ることもできない。
 大西洋の海の底とはいえ、地球に帰還した今、それを惜しむ声はなかった。


 三々五々集まって、部屋の隅に、なんとなく車座になって床に座った。
 アヤやチョットマが、テーブルに残っていた料理を小皿に取り分け、飲み物を並べていく。
「思い出すなあ」と、隊員が嬉しそうな声をあげた。
 まだ、彼らがニューキーツの郊外でマシンを狩っていた時期。
 初めてヘッダーを取り、素顔を見せあったあの時……。
 裏切り者ンドペキと会ったあのくぼ地……。
 そしてスゥの洞窟での日々……。
 今、隊員達の目には涙さえあった。

 型どおりに、スジーウォンが攻撃隊の解散を告げた。
 前隊長であるンドペキが、副隊長であるコリネルスが短い挨拶をした。
 そして隊の総指揮官である、ニューキーツ長官レイチェルが、全ての隊員ひとりひとりに、声を掛け、キスし、抱きしめていく中、隊員達が互いをねぎらった。

 やがて部屋の中は、静まり返った。
 ワインの香りや料理の残り香だけが部屋の空気に華やぎを与えているだけとなった。
 イコマは、人々の顔を順に眺めていった。
 先ほどまでの少々浮かれ過ぎた高揚感は消え失せ、心に奥に沈んでいた亡き人への思いが浮かび上がってきているようだった。
 そうだ。
 話せるのはもう今しかないかもしれない。
 聞いて楽しい話ではないし、何かを得られるわけでもない。死んだ人が生き返るわけでもない。
 しかし、自分の得た結論をここに提示し、みんなに判断してもらうことは必要なことかもしれない……。
「じゃ、全員、座り直して。私も座るし、イコマさんも」
 と、スジーウォンが促した。


「事の発端は、プリブがチョットマとスミソの目の前で拉致されたこと」
 そう言ってイコマは、ワイングラスを床に置いた。
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