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パリサイド 作者:奈備 光

6章

77/82

77 全てが消えた

 チョットマが泣きじゃくっている。
 嗚咽の中に聞こえてきた名前は、「プリブ」。
 何とかグラン―パラディーゾから連れ降ろし、ようやく建物内に戻ってきた。
 指令室に程近い、かなり大きな部屋である。
 グラン―パラディーゾがよく見える窓がある。

 ゲートまで追ってきていたのは、ライラ、レイチェル、スジーウォン率いる攻撃隊の面々だった。
 指令室に入りきらない。
 しかも、チョットマはこの状態だ。
 オーエンに対しなすすべがないとはいえ、ユウの立場を考えると、連れて行くわけにはいかなかった。

 イコマはチョットマを抱きしめていた。
 オーエンの出現による状況の変化は、ここにいる者全員に既に伝えてある。
 スゥがンドペキの胸に顔を埋めている。
 アヤは聞き耳頭巾を握りしめ、もう片方の手でチョットマの髪を撫で続けている。
 スジーウォンやコリネルスが窓からグラン―パラディーゾを見つめている。
 ライラは一人、別の窓の前に立って背を向けている。
 隊員達は、ほとんどの者が、いつもそうするように床に座って、己の手を見たり、目をつぶったりしている。
 覚悟など、できそうにないが、もう助かる見込みはない。
 誰もが悲壮な顔をしているが、だからといって騒ぎ立てる者はいない。
 やがて、グラン―パラディーゾのレベルが10に達し、その後、何が起きようとも、きっとこのまま静かに何かを待つのだろう。
 それだけの精神力を持っているのだ。
 いや、そうしようと心を固く縛りつけ、己を律しているのだ。
 じたばたすまいと。
 少しでもチョットマを慰めようと。
 隊員の一人が、地球を出立したとき、チョットマが歌った歌を口ずさんでいた。


「グラン―パラディーゾのレベルが10に達したそうよ」
 と、レイチェルが戻ってきて、伝えた。
 穏やかにそう言ったが、唇がわなないていることは隠しようもない。
 それでも、誰も一言も口を開かない。ただ、小さな唸り声が聞こえただけだ。
 見れば、先ほどまでいたグラン―パラディーゾのゲートが極大化している。
 オレンジ色の光がまるで燃えているかのように揺らいでいる。

 レイチェルがンドペキを見た。
 そして、その視線を床に落とした。
 アヤが近づいて、レイチェルの震える手を取った。
「市民に伝えるべきかしら……」
 アヤが首を横に振り、「ううん。一緒に、ここにいよ」と、レイチェルの顔を見つめた。

 イコマはチョットマを離し、抱きしめる役をスミソに代わった。
 彼が緩衝地帯に飛び込み、チョットマを救い上げてきてくれたのだ。
 その場に、スミソ以外にパリサイドはいなかった。
 イコマもパリサイドの肉体を持っているが、大空を飛ぶこともできなければ、宇宙空間になど飛び出していきようもない。
 身を挺してチョットマを救ってくれたプリブが緩衝地帯の結界を超えていくのを、指をくわえて見ているしかなかったのだった。  


「ああ……」
 スジーウォンの声に、何人かが顔を上げた。
 グラン―パラディーゾのゲートが崩壊しようとしていた。

 溢れ出す光で、すでにゲートの輪郭も見えなくなっていた。
 ベータディメンジョンのエネルギーがゲートを通って、こちらの宇宙に流れ込む前兆なのだろう。
 ユウ……。
 イコマは思わず呟いた。
 何枚かの壁を隔てたところにユウがいる。

 ユウ……。
 一気に、様々な思い出が現れては消えた。
 六百年ほども前……、出会ったころのユウ……。三条優……。
 大阪の天王寺公園でのデート、福島のマンションでの暮らし、他愛もない出来事の数々……。
 フラッシュのように、それらがちかりと光っては別のシーンが光る……。
 生駒延治と合わせて、生駒山上遊園地なんて、ごろ合わせを発見して……、楽しかった……。
 ありがとう……。
 本当に幸せだったよ……。
 愛している……。

 最後にもう一度、顔を見たい……。ユウらしいあの笑顔でなくてもいい……。
 抱きしめたい……。
 声を聞きたい……。
 頬に触れたい……。
 キスしたい……。
 全身でユウを感じていたい……。

 それでもイコマはこの場を動くまいと決めていた。
 きっと、最後の力を振り絞って、ユウは今戦っている。
 その邪魔をしてはいけない……。


「いよいよみたいね」
 スジーウォンとコリネルスがさっぱりした声で話している。
 グラン―パラディーゾの装置そのものが溶解していた。
 ゲートがあった場所に、この巨大な宇宙船を飲み込んでしまうほどの光の玉が浮かんでいた。
「太陽みたいだな」
「さっきより離れてる。宇宙船が吹き飛ばされかけてるのね」
「そういや、地球はどうなったかな」
 二人は、強烈な意志で声の震えを抑えつけ、まるで世間話をするかのように、言葉を発している。

 イコマはライラに近づいていった。
 何かを話したかったわけではない。
 ただ、チョットマとスミソを二人きりにさせてやりたいと思っただけだ。
 死の間際に彼らが何を話すのか、聞いてはいけないという気がしたのだった。
 ライラが呟いていた。
 これで奴は滅びる。
 もう未来永劫、人類を襲うことはない……。助かった……。
 そして短く息を吐き出した。
 長かった……。長い旅だった……。
 私の使命も、これで……。
 さあ、オーエン。私もひと思いにやっておくれ……。

 スジーウォンが振り返った。
「ンドペキ、みんなになにか、言ってあげて。私より、きっとあなたの方が、洒落たことを言うと」
 と、その時だった。

 強烈な揺れを感じたかと思った瞬間、すべてのものが消えた。
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