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パリサイド 作者:奈備 光

6章

76/82

76 緩衝地帯

 イコマはいてもたってもおれなかった。
 オーエンが時間の猶予をくれたとはいえ、グラン―パラディーゾが暴発すれば、ベータディメンジョンのエネルギーが宇宙を滅ぼす。
 ユウやスタッフは、シャットダウンを試み続けている。
 あるいは、モードの変更。
 こちらの次元からの一方通行にできれば、多少なりとも、人々向こうの次元に移すことができるかもしれない。
 最悪でも、ゲート通過可能人数のカウンターをゼロに。
 そうすれば、現時点で向こうにいるものは助かる見込みがある。
 しかし、オーエンにシステムを乗っ取られていては、なすすべがないというのが現実だった。

「ゲートへ行ってくる!」
 ンドペキやチョットマに、こちらに戻って来るなと伝えるために。
 ユウが軽く頷いたが、その瞳の中に恐怖がないことを見届け、部屋を出た。
「私も!」
 スジーウォンと一緒に、グラン―パラディーゾの階段を駆け登っていった。
 次々と後に続いてくる者がいるが、そんなことはどうでもいい。
 振り返ることもせず、イコマは一刻も早くゲートに辿り着こうとしていた。

 最上段に登りつめる前に、ゲートから続々と人が出てきた。
 調査隊の帰還が始まっている。
 誰もが急ぎ足で、言葉を交わすわけでもなく、顔色も冴えない。
 ベータディメンジョンの状況は芳しくなかったのだ。
 くそ!
 向こうの状況がどうであれ、こちらの次元に出てきてしまえば、もう戻ることはできない。
 グラン―パラディーゾのモードは、ベータディメンジョンからこちらの次元への一方通行だ。
 チョットマ! ンドペキ! 出てくるな!

 怪訝顔の調査隊の間を縫うようにしてイコマは登った。
 間に合ってくれ!
 まだ、ンドペキともチョットマとも出会っていない。アイーナとも。
 厳密にいえば、こちらのゲートではなく、向こう側のゲートをくぐれば、それで万事休すだ。
 緩衝地帯のチューブは、こちらの次元にある。
 一旦チューブに出れば、もうこちらの次元に戻ってくるしかない。そういう仕組みだ。

 すれちがう人の流れが途切れた。
 ん?
 ンドペキ、チョットマ、アイーナはいなかった。
 どういうことだ。
 イコマは調査隊の最後尾のスタッフに、事情を聴いた。
 チョットマが集合時間に戻らず、ンドペキはチョットマを待つと、まだ向こうにいるという。
 アイーナは、パキトポークと共に居残ると言い出し、姿が見えなくなったという。
 ベータディメンジョンから避難してきた市民が十人。その人質としてあらかじめ選ばれてあった三人の中に、アイーナ自身が含まれていたのだという。
 驚きました、とスタッフは首を振って、そそくさと階段を降りていった。


 そうか。まだ、希望はある。
 しかし、こちらに来るなと、どう伝えればいいのだろう。
 なにか、手はないのか!

 ゲートに到達した。
 崩壊が始まっているようで、向こうのゲートが透けて見える。
 人影までは見えないが、緩衝地帯までおぼろにだが見渡すことができる。
 緩衝地帯とはいえ、元々はこの次元の宇宙空間。そこに仮設的に設けられた移動用空間だ。
 チューブを通して星が瞬いていた。

「行ってくる!」
「あっ」
 スゥがゲートに突入しようとした。
「わっ」
 ダメだった。
 ゲートはオレンジ色の光を放っている幕のようなものだと思っていたが、そうではないようだった。
 ものの見事にスゥは、硬い壁に激突したようにはね返されてしまった。
「くそう!」


 ベータディメンジョン側のゲートまで、わずか五十メートルほど。
 そこにチョットマを待つンドペキがいるはず。
「ンドペキ! 聞こえてたら返事して! 帰ってきちゃダメ! ゲートを超えたらダメ!」
 スゥが声を限りに叫んでいるが、返事はない。
 きっと、声は届いていない。

 くそう! 無力だ……。
 このわずかな距離が……。
 手はないのか……。
 チューブに浮かんだ通路にチョットマやンドペキが、やがて姿を現すのを黙って見ているしかないのか……。
 顎から血が滴り落ちた。
 強く噛んだ下唇が震えていたが、もう痛みさえ感じなかった。
 なんということだ……。


 もう、自分達が消滅することが避けられないなら、せめて二人は助けたい!
 そうだ! 
 グラン―パラディーゾを暴発させればいい!
 暴発によって、ベータディメンジョンがどうなるかわからないが、生き延びる一縷の望みはあるのではないか。
 そこに賭けるべきではないのか!
 少なくとも、ここで全員死亡という結末よりは!
 ユウの元に戻るべきだ!
 そして、オーエンに告げるべきだ。
 さっさとやってくれと!
 チョットマとンドペキが戻ってきてしまう前に!

 と、その時だった。
 スゥが叫び声をあげた。
「あそこ!」
 見れば、ベータディメンジョン側のゲートから、緩衝地帯のチューブの中に漂い出たものがある。
「あああっ!」
 それは見まがいようもなくチョットマだった。
 緑色の長い髪が、無重力の中に広がっている。
「チョットマ!」
 漂いながら遠ざかっていく。
「く! ンドペキ!」
 チューブの通路にンドペキが躍り出てきた。
 中程で立ち止まり、チョットマに向かって何か叫んでいる。

 イコマは足を踏ん張った。
 驚愕のあまり、脚ががくがくと震えていた。
 チョットマ!
 どういうことなんだ!
 なぜ、こんなことに!
 ちくしょう!

「ロープか何か、ないのか!」
 誰かが叫んだ。
「あっ!」
 誰かが飛び込んだのが見えた。
 ゲートからではなく、緩衝地帯の宇宙空間に直接。
「ああっ」
 男だった。
 黒いローブを身に纏っている。

 男は、勢いをつけて飛び込んだものか、チョットマに向かって急速に近づいていく。
 距離にすればわずか。
 たちまち、チョットマの身体を捕まえた。
 よし! いいぞ!
 イコマは心の中で叫んだ。

 ん?
 二人は揉み合っているように見えた。
 重力がない中、ぎごちなく手足を動かしているが、二人とも自分の思い通りにいかないのか、態勢を立て直せないまま、宇宙空間の中で回転している。
 しかし、いったい……。
 なぜ、こうももたついているのだろう。
 パリサイドなら、宇宙空間での活動になれているはず……。
 しっかりしてくれ!
 男は明らかにチョットマを捕まえようとしているが、チョットマの方はなぜかその手を逃れようとしている。

「あああああっ」
 男が、後ろを向いたチョットマの腰を蹴り出した。
 その反動で、チョットマはこちらに向かって移動し始めた。
 真っ直ぐだ! いいぞ!
 そのまま来い!
 来るんだ! チョットマ!
 どうした! チョットマ!
 緑色の髪の間からちらりと見えたチョットマの顔が苦悩に歪んでいた。

 逆に男は、チューブの外に向かってまっしぐらに進んでいる。
「どういうことなんだ! なぜ、帰ってこない!」
「パリサイドじゃない!」
「なんだと!」
「そんな!」
「外に出ていってしまう!」
「間に合わない!」
 そんな声が叫び交わされる中、ひとりのパリサイドがまた飛び込んでいった。
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