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パリサイド 作者:奈備 光

6章

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75/82

75 本当にありがとうございました!

 ンドペキだ!
 ここで待っていてくれたんだ!

「遅いぞ!」
「ごめんさない!」
「早くゲートをくぐれ!」
「はい!」

 飛び込みかけてチョットマは踏み止まった。
「えっ、なに。どういうこと?」
 ゲートの数字が1と表示していた。
 あと一人?

「そんな!」
「そういうことだ。だから、早く行け!」
「えっ、そしたら、ンドペキは?」
「俺はパキトポークとここで一緒に暮らす」
「そんな! パキトポークは行かなかったの!」
「そうだ。アイーナもな」
「えええっ!」
「ぐずぐすしている時間はない! いつ何時、この数字が0になるかもしれないんだぞ!」


 チョットマは急に冷静になった。
 走ってきた息はまだ上がっていたが、現在の状況がでかでかと貼り出されたポスターの文字のように、はっきりしてきた。
 息を整えてから、
「ううん。私は行かない。ンドペキが行って」と、穏やかに言った。
「何を言ってるんだ!」
「だって、遅れたのは私。悪いのは私。ンドペキを置いて、私が帰れると思う?」
「それはこっちの台詞だ。お前を置いて、俺はどんな面して帰れると思ってるんだ!」
「でもさあ。きっと、スゥに殺されるよ」
「俺はイコマに殺さるぞ! ごちゃごちゃ言ってないで、早く行くんだ!」
「いやよ」

 チョットマはンドペキの顔を正面から見つめた。
 久しぶりにこんなふうに見つめたような気がする。
「ねえ、ンドペキ……」
 昔、ンドペキが好きで好きでたまらなかった。
 今もそう。単に好きというのとは、少し違ってきたけど。
 思い詰めて、ギラギラしているンドペキの目に、微笑みを返した。
「ねえ、ンドペキ……」
 ここで、キスして。そして、ゲートをくぐって行って。
 しかし、そんなシーンになるはずがない。
「やかましい! 話している時間はない! さっきまで、この数字は3だった。いきなり1になったんだ! いつ何時!」
「ねえ、ンドペキ……」
 別れ。
 そんな言葉が脳裏をよぎった。
「これまで、本当にありがとうございました」
 自然に頭が下がった。
「私を育ててくれて。出来損ないなのに、あきらめずに……」
「何を言い出すんだ!」


 次元のゲートは今にも消滅しそうだった。
 ゲートを彩るオレンジ色の光ははかなく薄く、向こうが透けて見える。宇宙船側のゲートもおぼろにだが見える。
 一本道の通路が伸びているのは来たときと同じだが、明らかに細くなっている。
 しかも、ゲートを構成する門型の構築物は、半ば消滅し、消えた部分から宇宙空間に飛び出していけそうだ。
 宇宙船のエネルギーはかなり消耗しているようだ。
 それを見たからといって、チョットマの決断は変わらなかった。
 何としてでも、ンドペキに帰ってもらわねば。
 ンドペキが言うように、もはや一刻の猶予もない。

 ねえ、ンドペキ……。
 別れとなれば、話したいことは山とある。
 右も左も分からない少女だった私を拾って、東部方面攻撃隊に入れてくれた。
 ンドペキの隊員となって、いつもそばにいてくれた。
 私の心の中に住んでいてくれた。特別な輝きを放って。
 私は何もまともにできなかった。
 隊員としても、レイチェルのクローンとしても、イコマの娘としても……。
 気持ちを上手に伝えることさえ……。
 隊のこと、社会のこと、そして人とは。そんなことはすべてンドペキから教わったこと。
 思い返すだけでも、きっと十冊の本が書ける。
 ああ、ンドペキ……。

 でも、時間はない。
 身悶えるような悔しさ。
 それに心を切り裂くような名残惜しさがあるが、それでもチョットマは冷静だった。
 そうありたいと思った。


「おい。チョットマ。まさかお前、ここで暮らそうなんて思ってないよな。ニニには会えたのか」
「はい」
 ンドペキは沈んだ声で言った。
「パキトポークには、俺は義理がある。ここに残らなければいけないのなら、それは俺だ。分かったか!」
 ンドペキの腕が伸びてきた。
 力づくでも、ゲートに放り込むつもりだ。
「あっ、何をする!」
 ンドペキの叫びを緑色の髪で聞いて、チョットマは、
「あああっ! チョットマ!」
 ゲートの隙間から宇宙空間に身を投げ出した。
「本当にありがとうございました!」
「うわ! チョットマ!」

 重力による支持を失って、身体はバランスを失くし、緩く回りながら徐々にゲートから離れていく。
 ンドペキ……。
 顔がゲートを向いたとき、ンドペキと目が合った。
 何か言わねば。
 しかし、言葉は出てこなかった。
 そして目をそらした。
 チョットマ! とンドペキが叫び続けてくれている。
 背中を向けたまま、軽く手を振った。
 ンドペキ、さあ、早くゲートをくぐって行って……。

 ゆっくりと流されていく。
 宇宙の只中へ……。無慈悲で過酷な世界へ。漆黒の闇の世界へ。
 声はまだ聞こえている。
 ということは、まだ空気はある。呼吸もできるし。
 気温は急速に下がったが。
 次元の緩衝地帯として簡易に作られたチューブの中だから。

 しかしやがて、くるりくるりと回りながらその境界を超えていく。
 その先は、数秒と持たない命……。

 チョットマは空を見た。
 瞬く無数の星。パリサイド星。
 見慣れね星座……。
 さようなら、パパ……。ンドペキ……。
 本当に、今まで、ありがとう……。
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