挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
パリサイド 作者:奈備 光

6章

74/82

74 まだ開いていて!

 それでよかった。
 たちまちチョットマとニニは手を繋いだまま、池の縁に立っていた。
 よし! とチョットマは声を掛け、時計を見た。

 えっ!
 そんな!
 針は既に八時二十分を回っていた。

 うわっ!
 池の底にいたのは、わずか数分間のはず。
 それが、どうしたことか、三十分近くいたことになる。
 眩暈を感じた。
 ショックによる眩暈か、時間の流れの変化によるものか、チョットマは大きくを息を吸い込んで、体勢を立て直した。
「ますいよ! これは! ニニ! こっちに来て! 一緒に帰るのよ! 早く!」
 ニニの手を引いて駆け出そうとした。

 しかし、ニニは動こうとしない。
「どうしたの!」
 そればかりか手を放してしまった。
「早く! 戻れなくなっちゃう!」
 改めてニニの顔を見ると、池の底で見た時より、顔色が悪い。
 辺りを驚きを持った目で見ている。
 その瞳には、怒りとも絶望とも見える色が浮かんでいた。
 やはり、ニニはベータディメンジョンの変化を知らなかったのだ。
 しかし、そのことに構っている時間はない。
「ニニ! さあ!」
 と、差し出した手をニニは払いのけ、きつい口調で言った。
「私は行かない。戻るって、ホームディメンジョンにでしょ。私の居場所はここだもの」
「だって、ここはもう」
「どういうことになろうと、ここが私の世界。アンドロのいるべきところ。それに、アンジェリナやセオジュンを放っておけないでしょ」
「でも!」
「チョットマ。また、来てね!」
 と、路地に駆け込んでいってしまった。

 やはりそうだった。
 自分はおせっかいだったのだ。
 しかたがない。
 ニニは典型的なアンドロだもの。全てにおいて仕事が優先。
 彼女の仕事は、アンジェリナの友達となること。そして傍にいて見守ること。
 その仕事はまだ終わっていないのだ。
「ニニ! また、会おうね!」
 ニニの消えた路地に叫んだが、返事はなかった。


 チョットマは走った。
 パキトポークの小屋にはもう誰もいなかった。
 ンドペキに、みんなに、置いていかれた。
 少しは待ってくれていただろうが、こんなに遅れてしまっては。
 集合時間はもうとっくに過ぎている。
 もしかすると、次元のゲートも閉じてしまったかもしれない。
 やばいよ、これは。
 パパに合わせる顔がない。
 それどころか、もう会えないかもしれない!

 絶体絶命だ! と、チョットマは叫びながら走った。
 くそ! こんな時に!
 重力が襲ってきたが、幸いに来たときほどのことはない。
 ニニをあそこから出したからかな。
 そんなことで気を紛らわしながら、チョットマは駆けに駆けた。


 クリスタルの破片が散らばるイダーデの廃墟を走り抜け、ここだと思う街角で左折し、集合場所を目指して走る。
 もう、間に合わない……。
 そんな考えが浮かんでくる。
 置き去りにされた……。
 次のミッションは、すぐに始まるのだろうか……。
 パパ……、ごめんなさい……。

 私、ここで暮らしていける?
 あの強靭なパキトポークでさえも、痩せ細ってしまうほどの過酷な環境……。
 食糧難……。
 でも、ニニがいるから、やっていけるかな。
 いつか、パパが迎えに来てくれるまで……。

 あ。
 前のめりに転んだ。
 また、重力だ。今度のは大きい。
 頭から肩にかけて砂袋を急に背負わされたように、重心を崩した。
 なんのこれしき!
 手の平や膝小僧にできた擦り傷を、ぴしりと叩いて、また駆け出した。
 私は東部方面攻撃隊の一員。
 これしきのことで!
 足手まといの隊員だけど!


 ニニの顔を思い出した。
 捉えどころのない部分があるニニだけど、今日のニニは素直だった。
 顔色は悪いし、この状況に怒っているみたいだったし、逃げていったみたいなものだけど。
 しかし、急ぐチョットマを行かせようと、自分から消えたのかもしれなかった。

 ニニはあの池の底で、アンジェリナとセオジュンの傍で、ずっと、何年も、ああして蹲っていたんだ……。
 何も口にせず、誰とも話さず、眠るように……。
 それがどういうことなのか……。
 アンドロだから……。
 セオジュンもアンジェリナも、あんなふうに……。
 いくら使命だからといっても……。
 いや、そんなことを考えるのはやめよう。
 あまり深く考え込むと、足が遅くなる。

 でも、ニニ……。
 ほとんど話はできなかった……。
 でも、会えたことだけでも満足よね……。
 チョットマは自分にそう言い聞かせた。

 それにしても!
 集合場所はまだなの!
 こんなに遠かったかしら。
 あ、そうか!
 自分の足が遅いのだ!
 重力のせいで!

 くそう!
 でも、ついてこなかったニニを恨む気持ちは全くない。
 自分の迂闊さが悪いのだ。
 池の底で時計を見ておれば。
 いや、あんなカイロスの装置の中に入った状況で、時計が正確に動いている保証はない。
 時計はパリサイドの技術だとしても、そこまで想定していたかどうか。
 ということは……。
 今この時刻も正確とは言えないのではないか。
 もしや……。
 もっと時間が経っている?
 あるいは、もっと前? 私たちが来る前とか……。
 そんなはずはない。
 私はここにいるんだもの。

 ああ、それにしても、遠い!
 やっぱり私は足手纏い。
 情けない!

 灰色の世界が続くばかり。
 全速力で走っていると、平衡感覚がうまく保てない。
 前後左右だけでなく、上下さえもあやふやになってくる。
 私、まっすぐ走っているのかしら。
 でも、もうすぐ!
 集合場所!
 まだ開いていて!

 あっ!
 誰かいる!
cont_access.php?citi_cont_id=936031928&s
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ