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パリサイド 作者:奈備 光

6章

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73 カイロスの底で

 ここはカイロスという装置。
 昔、ゲントウという科学者が作った、ベータディメンジョンを安定化させる装置。
 人類が生きていけるように。
 池という穏やかな顔を見せているが、その底には。
 チョットマは手に冷たい水を感じた。
 池は深い。
 どこまでも清々しい水が湛えられているように見える。
 この下に、アンジェリナやセオジュン、そしてニニがいる……。
 なのに、自分はここで空しく呼びかけることしかできない……。
 ニニをにこんな街に置いておけない、連れて帰ろうという思いは、もしかすると、おせっかいで自分勝手なことなのだろうか。
 ニニにとっては迷惑なことなのだろうか。
 だから返事をしてくれないのだろうか。
 あるいは声が届いていないのだろうか。
 無性に悲しみが込み上げてきた。
「ニニ。友達だよね」
 そんな呟きが漏れた。

 と、チョットマは水につけた手首を掴まれたような気がした。
 そして次の瞬間、引っ張られたように前のめりになった。
 しかし、足を踏ん張ったりはしなかった。
 引かれるままに、頭から水に落ちた。
 行くべきなのだ、という気がして。


 顔面を水が叩いた時には冷たいと感じた水も、次の瞬間には何も感じなくなった。
 もちろんチョットマは泳いだことなどない。
 溺れるという感触も持ったことはない。
 水の中でもがいたりはしなかった。
 恐怖はなかった。

 沈んでいく……。

 頭から池の奥深く、底に向かってゆっくり落ちていく。
 そんな意識があった。

 ここは?
 水の中?
 口を開けても、口の中に水が入ってくる感触はない。
 体にも水の圧力は感じない。
 目を開けると、白い世界。
 手を見たが、水の中のようにぼやけて見えるわけでもない。

 そろそろ息が苦しくなってきた。
 そっと、少しだけ、息をしてみた。
 息ができる!


 首をかしげて、上空を見た。
 それほど深みに至ったわけではないようだ。
 水面がまだすぐ上に見える。

 どこまで落ちていくのだろう。
 体を動かしてみた。
 水の抵抗はない。
 軽々と動かすことができる。
 ただ、頭を下にしてゆっくり落ちていくだけだ。
 チョットマは今度は落ちてゆく下を見た。
 下に行くほど急速に暗く、何も見えなかった。

 私、どうなるのかな。
 と、思ったとたん、体が回転し、脚が床についた。


 薄暗かったが、目が慣れてくると、色々なものが見えてきた。
 得体のしれないマシン。ゴージャスな料理。巨大な構築物。最新鋭の乗り物。見たこともない道具などなど、脈絡がない。
 しかしそれらは、見えたと思った瞬間に消えてゆく。
 さらに目が慣れてくると、消えゆく品々の中に、消えないものがあった。
 祭壇だろうか。
 不思議な模様の彫り物が施してある、黒い台座。

 チョットマはそこに近づいていって、その上に載せられたものを見て、震えが止まらなくなった。
 そこに載せられていたのは、人だった。
 さらに近づくと、それは紛れもなく、アンジェリナとセオジュンだった。
 ふたり手を繋いで横たわっている。
 仰向けに寝かされた二人の顔は、かすかに微笑みを湛えていた。


 しかしチョットマは、ひどい、と呟いていた。
 ふたりの体に、細い白い糸が無数に絡まっていたのだった。
 どんな衣服を身に着けているかもわからないほど、びっしりと。
 これでは身動きが取れない。
 いわば、台座に縛り付けられているようなものだった。

 チョットマは二人の顔を見つめた。
 呼吸をしているし、血色もよい。
 生きていることは確かだ、
 ただ、目を開けることはない。
 そんな気がして、チョットマは声を掛けることを諦めた。
 声を掛けて、もし二人が目を覚ましても、それはきっと彼らが望むことではないと思うからだった。
 糸を解くこともしない。
 それもきっと、彼らの意に反することになる。


 それで、ニニは?
 池の底の空間は思いのほか広かった。
 上を見ると、水面のさざ波が見える。
 ニニはどこに。
 チョットマは少し移動した。
 また上を見た。
 先ほどと同じように、水面が見える。
 少し安心して、さらに移動した。

 と、ようやくこの部屋の壁が見えてきた。
 半透明の壁だった。
 緩やかに外側にカーブしている。
 きっと、池の形を底もそのままなぞっているのだろう。
 壁の向こうには、大きなエネルギーが流れているようで、、様々な色彩の波が高速に揺れ動いていた。


 あっ。
 チョットマは小さな声を上げた。
 視線の先に、黒いものがあった。
 ニニ!
 近づいてみると、まさしくニニが顔を膝に埋めて蹲っていた。
「ニニ!」

 ニニが顔を上げた。
「チョットマよ! お久しぶり!」
 反応がないのかと思うほど、長い時間をかけてニニが瞼を開けた。
「ニニ! 寝ていたの?」
 言ってから変な挨拶だとは思ったが、案外それがよかったようで、ニニの目がはっきりとチョットマを捉えた。
 そして、あ、と口を開いた。
「チョットマ……」
「そうよ! 会いに来たんだよ!」


 積もる話は山ほどある。
 しかし、時間はもうない。
 戻らなければいけない。
「ニニ! ここから出よう! ここはアンジェリナとセオジュンに任せて!」
「……」
「さあ! 立って!」

 もちろん、ニニがここにいることでカイロスのパワーが落ちているのかもしれない。しかし、今言うべきことではない。
「上がるのよ!」
 ほっとしたことに、ニニは躊躇することなく、すっくと立ち上がった。
「チョットマ! 嬉しいよ! 来てくれて!」
「うん! じゃ、行くよ。いい?」
「うん」
 チョットマはニニの手を取った。
 冷たいかと思っていたが、思いのほか温かく、柔らかかった。

 どうして上昇すればいいのか、分からなかった。
 しかし、きっとジャンプすればいいだけのこと。
「いい? 一緒にジャンプするんだよ! せえの!」
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