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パリサイド 作者:奈備 光

6章

72/82

72 説得

「しかし、あんたに罪はない。罪のないあんたを、あたし達は憎んでいる。それだけのことさ」
 床に這いつくばって泣いているサーヤに、ライラはそう声を掛けると、天井を仰ぎ見た。
「オーエン。あんたはどう思う?」
 反応はない。
「どう思おうがあんたの勝手だし、あんたがパリサイドをひどく憎んでいることもよく分かっている。だがな、ここでこの人を殺すことはあんたの目的じゃないはず。それに、大科学者オーエンともあろう者が、この期に及んでそんな私情に意識を向けるとも思えないがね」
 いつの間にか、ライラは聞き耳頭巾の布を手にしている。
「さて、本題に移ろうかね」
 と、腰に手をやった。

「ここからはあたしの頼みだよ。どうだろね、オーエン。この装置のレベルを一旦ここで留めてくれやしないかね。いやさ、このままだったら、あたしの可愛いチョットマが帰って来れなくなるからね。少しの間だけだよ。どうだい?」
 ようやくオーエンの反応があった。
 やはり聞いていたのだ。
「黒き衣衆の風上にもおけん奴だな」
「そうだね。でも、あんたの邪魔はしてないさ」
「俺には私情を挟むなと言っておいて、お前はどうだ。私情を振りかざしているではないか」
「そりゃあそうさ。あたしゃ、偉大な科学者でもないし、世紀の偉人でもない。ただの占い屋の婆さんだからさ」
「断る、と言ったら?」
「そう言うもんじゃないよ。どうせ、あたし達ゃ、もうすぐ一緒に死ぬんだ。死ぬ前に、もう一度チョットマに会いたいのさ。あんたも奥さんと話したいだろ」
「ふん! くだらん理由だな」
「くだるもくだらないも、ないさ。死ぬ前に会いたい人が一人くらいいても、いいじゃないかい」


 イコマは、ライラの説得が奏功することを祈った。
 こうしている間にもレベルは上がり続けている。
 まだ、今ここでレベルの上昇が止まれば、チョットマやンドペキが帰還してくることは可能だ。
 残された方法は、ライラの説得しかない。
 下手に合いの手を入れて、オーエンの機嫌を損ねては何もならない。
 ライラに任せるしかない。

 しかし、何が起きているのか、全く分からなかった。
 そもそも、オーエンは何をしようとしているのか。
 ライラはそれを知っているようだが、彼女が口にしないことにどんな意味があるのだろう。
 黒き衣衆というのも分からない。
 それに、ライラもオーエンももうすぐ死ぬというのも、どういうことなのだろう。

 サーヤは床に突っ伏したまま泣いている。
 今は静かに涙を流している。
 ライラは聞き耳頭巾を握りしめて、様々にオーエンの翻意を促している。
 ユウが、スタッフが見つめる中、グラン―パラディーゾのレベルはじりじりと上昇を続けている。
 もう、スタッフは手の打ちようがないと見えて、だれも手を動かしてはいない。


 イコマは後悔していた。
 やはり、チョットマを行かせるべきではなかった。
 頭の固い親父と思われても、嫌われようとも、力づくでも、行かせるべきではなかった。
 もう、何もしてやれない。
 悔やんでも悔やみきれない。

 ふと、心に邪な思い付きが広がった。
 オーエンがサーヤを殺すことで気が少しでも収まるのなら、そして、グラン―パラディーゾのレベルの上昇を少しの間、止めてくれるのなら、それでもいいのではないか。
 ライラとオーエンの応酬を聞きながら、心に広がった汚い妄想をなかなか消すことができなかった。
 それほど自分は情けない人間なのか、という戒めと、チョットマさえ助かればいいという自分勝手な思いがせめぎ合っていた。

 スタッフの声に我に返った。
 レベル9に達したと告げていた。
 もう後がない。
 以前聞いた話では、レベル10が最高で、計算上は緊急避難レベル。
 ベータディメンジョンから帰還を保障するモードのままだが、その人数を極大化するレベル。
 しかし、エネルギーが大量に消費され、オオサカに積んだ容量がたちまち枯渇することは目に見えている。すでに大量のエネルギーが失われたことだろう。
 調査団が帰ってくるまで持たないのだ。
 しかも、レベル10は極限値。
 何が起きるかわからない。
 口を目いっぱい開けて、思い切り息を吸い込むようなもの。
 何を吸い込むか、知れたものではない。
 もし、次元のゲートにベータディメンジョンのエネルギーが流れ込んだら、もうおしまいだ。もう、止めようがない。
 人が通行できるどころか、こちらの宇宙空間そのものが吹き飛んでしまうだろう。
 瞬時にして、かなり広大なエリアの、もしかすると数万光年ほどの宇宙空間全体が、荒れ狂うエネルギーの渦に巻き込まれてしまうだろう。
 ライラ、頑張ってくれ、と祈るしかない。

 オーエンが望むのは、それかもしれない。
 パリサイドを吹き飛ばす。
 一瞬にして、抹殺してしまうことなのかもしれない。
 だからライラは、自分もオーエンももうすぐ死ぬと。


 待てよ!
 ということは!
 我々もろとも!

 ライラが、オーエンの目的を口にしないのは、そういうことではないのか!
 なんということだ!
 この宇宙船など、ひとたまりもない!
 跡形もなく消え去る!
 逃げ場はない!


 考えればすぐにわかること。
 きっとユウも、そこに思い至ったことだろう。
 今、厳しい顔をしてすぐ横に立っている。
 ユウ!
 うわわわわっ!
 チョットマに帰ってきて欲しいなど、なんと浅はかな!
 なんと思慮のない!

 チョットマ!
 帰って来るな!
 死ぬだけだ!
 向こうでンドペキと一緒にいるんだ!

 あわわわっ!
 どうする!
 どうすればいい!
 ユウ!


 イコマはパニックになりかけていた。
 オーエン!
 何をしてくれたんだ!
 いくら、神の国巡礼教団が憎いからといって、パリサイドが憎いからといって、こんな報復の仕方があるか!
 サーヤを殺して、納得しやがれ!
 くそお!
 なにをしやがる!
 おまえにどんな権利があって!
 こんなに多くの人を巻き添えにするとは!
 こんなことのために、地球からこの宇宙船に乗り移っていやがったとは!
 ライラもライラだ!
 それを知っていて、これまで黙っていたとは、どういう了見だ!
 なにが、偉大な科学者だ!
 なにが、占い婆さんだ!
 なにが黒き衣衆だ!

 もう、我慢の限界だった。
 黙っているわけにはいかない! ここで突っ立っているわけにはいかない!
 しかし、何をすればいい!
「ユウ!」
 決断すべき時ではないのか!
「ユウ!」
 グラン―パラディーゾのシャットダウンを!
「ユウ!」
 ユウが悲しげな顔をして首を横に振った。
 そして、小声で言った。
「シャットダウン?」
「そう」
「もう試してみた」


「それで?」
「おおっ。聞いてくれるか!」
「いつまで待てばいいんだ?」
 ライラがオーエンの説得に成功した。
「調査団が帰ってくるまで。そうさな、遅くとも十時までには全員揃うだろう」
「ふざけるな、ライラ。俺が何も知らないと思っているのか」
「分かった。では、九時半だ」
「そんなに待てるか!」
「九時!」
「ふん。最初からそう言え!」
「ありがとうよ!」
「それまで、エネルギーが持たないと判断したときには、約束は反故にする。いいな!」
「仕方ないんだろ」

 しかし、全員揃ったところで、一網打尽に消滅となれば意味がない!
 全員揃ったところでグラン―パラディーゾを止めてもらわねば。
「ライラ! しかしだな! 僕はどうなってもいいが、チョットマが死んでは!」
 とまで言ったとき、ライラが聞き耳頭巾の布を頭上に掲げた。
「イコマさん。あんた、何も知らないんだろ。知らないんなら、黙っていな!」
「なにを!」
「黙らっしゃい!」

 うわずったスタッフの声がした。
「レベルの上昇が止まりました! 少しづつ下がっています!」
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