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パリサイド 作者:奈備 光

1章

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6 幻影を相手にして

 ンドペキは全身に力を漲らせ、その人物が近づくのを待った。
 ニューキーツの街並は夜の闇にその陰影を隠し、静まり返っている。
 足音だけが、パサパサとやけにはっきり聞こえてきた。

 濃紺のワンピースにサンダル履き。バッグを肩から下げた……。
 なっ!
 あれは!
 レイチェル……。

 目を合わせようとしない。
 仁王立ちしたンドペキには見向きもせずに目の前を通り過ぎ、ンドペキの部屋のドアをノックした。

「くっ」
 ンドペキの胸の中は煮えたぎっていた。
 こんな茶番を!

 これは、かつてンドペキが実際に見た光景。
 シリー川の会談の後……。
 微細な部分まで同じかどうかはわからないが、シチュエーションは同じ。
 あの時は、レイチェルに話しかけられて……。
 第一声は、はっきりと覚えている。
「ダンスのお稽古に行った帰りに寄ってみたの」


 しかし今、レイチェルはがっかりしてドアの前で突っ立っている。諦めて階段を降り始めた。
 すぐ近くで見つめているのに、気づかずに。

 どうする……。
 呼び止め、話しかけなくてよいのか……。

 この幻影を生み出している者の、あるいは頭脳の、考えていることは何だ。
 俺の、何を試している。
 どんなテストをしているのだ。

 レイチェルに話しかければ、何が起きる。
 逆に、話しかけなければ、何が起きる仕掛けなのだ。

 くそ!
 わからない。


 レイチェルはすでに階段を降りきり、背を向けた。
 肩を落とし、先ほどより少し足取りを緩めて、立ち去ろうとしている。
 もう、彼女の視界にンドペキはいない。
 声をかけるなら、今しかない。

 もしくは、後をつけるか。
 ちくしょう!
 何のために!


 まさか、ここで声を掛け、あの時と同じような展開に持ち込まないと、歴史が変わるなんてことに……。
 あれ以降のことが、すべて無になり、異なる展開に……。

 そんなはずはない!
 スゥと出会い、洞窟に行ったことはリアルな出来事だったはず。
 あれから起きたことはすべて現実のことだ!


 今見せられているこれは、ただの幻影ではないか!
 自分があの時点に、今目の前で繰り広げられている時空に移動したわけではない!
 その証拠に……。

 証拠は……。
 これは幻影のはず……。
 そういう目で見ると、先ほどより街は幾分か「生きている」感があった。
 街灯に照らされた家々や歩道は、不穏なほど暗くはない。
 夜の風が吹いている。
 そこここに人の姿さえあるではないか。
「ちっ、手を入れやがったな」
 見慣れた自分の部屋のドアは……。

 そうしているうちに、遠ざかっていくレイチェル。
 振り返ってはみるが、立ち止まろうとはしない。


 そうだ!
 俺が違う! 俺自身が!
 あの後の様々な経験もこの記憶の中に持っているし、服装だって違うではないか!
 そうとわかれば、レイチェルを呼び止めて、それから起きることを確かめておいて損はない!
 遊ばれてやろうじゃないか!

「レイチェル!」
 ンドペキがそう叫んだ瞬間、幻影のニューキーツは実体感を失った。
 レイチェルの姿もぼんやり霞んでいき、声が届いたかどうかも判然としなかった。

 しかし、その直後、ンドペキは叫んでいた。
「なんだと!」


 荒地に立っていた。
 武装している。隊員の姿だ。

 ヘッダーを透してみる空は晴れ渡り、ゴーグルのモニターには、隊員達の印が移動していた。
 何かの作戦中のようだ。
 前方には川が流れている。その中央に人の姿。

「こいつはまた、いつのシーンだ」
 ンドペキはそう呟いて、相手を見つめた。
 先ほどと同じように、これが幻影なら、相手はこちらに気づかないはず。
 それでも念のため、ンドペキは使い慣れた武器を構えた。

 と、相手が走り始めた。
 猛烈な勢いで突進してくる。
 攻撃される!

 これは幻影!
 こちらに気づかないはず!
 挑発に乗るな!


 しかし、ンドペキの体が反応していた。
 放った量子弾は空しく大気を切り裂き、相手は頭上高く舞い上がっていた。

 ぬ! これは!
 相手は、ンドペキを飛び越し、ふわりと降りてくる。
 あの時の!

 彼女は言うだろう。
「約束を守らないとは」と。

「くっ」
 幻影に反応してしまった。
 まずかったのか。

 スゥが、「約束を守らないとは」と言いながら、地上に降り立った。
 そして、「次に会ったときには」という言葉を残して走り去っていく。


 眩暈がした。
 ゴーグルの中がたちまち真っ白になった。
 意識が遠のき、ンドペキはその場に崩れ落ちた。

 誰かの手が優しく両頬を包む。
 声がした。
「私を信じてって、書いておいたのに。こんなところまで来て」

 幻影を相手にしてはいけない、とは頭の隅では思いながらも、ユウ、と呟いたのだった。
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