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パリサイド 作者:奈備 光

6章

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69 さっさと入って来やがれ!

 チョットマは目を瞠った。
 扉の先には、壁に囲まれた美しい芝生の広場があり、その中央に澄んだ水を湛えた池がある。
 池の縁にはきちんと揃えて並べられた二足のサンダル。
 ゲントウという科学者が好きだったシチュエーション。
 の、はずだった。
 ンドペキから聞いていた話では。
「ここなの……」
 思わず呟いていた。

 芝生どころか、瑞々しいものは何もない。
 ほとんど廃墟かと思えるほどの汚れた街並みが目に飛び込んできたのだった。
 不恰好で不揃いな小屋。
 装飾的なものは何もない。ただ、人が過ごすために空間を仕切っただけの構築物。
 入り組んだ狭い道。ただ人が通行するためだけの空間。
 埃っぽい空気に、すえた臭いが混じっている。
 路地は一見、石畳風に見えるが、質の悪い鋳物風の金属坂。
 地面だけではない。建物の壁も同じ素材だ。
 それぞれの小屋に窓はない。どの出入り口にも、色褪せた布が暖簾のように吊るされてあった。

 ンドペキが先頭に立って路地に踏み込んだ。
「間違いじゃない。ここがあの池のあった場所だ。一本道だ。間違いようがない」と。
 チョットマは後ろを振り返った。
 あれ?
 アイーナの姿がない。
 スタッフはいずれも困惑の表情を浮かべている。
 ふと思った。
 やはりどんな武器でもいいから持ってくるべきだったかも。

 ンドペキは歩みを止めることなく、ずんずん街に入っていく。
 入口に吊るされた布の向こうに人の気配はない。
 ようやく人の姿を見たのは、幾度目かの突き当りを曲がった時だった。
 ぼろを纏った初老の男性と目が合った。


「すまないが、パキトポークのところに案内してくれないか。我々は地球から来た者だ。俺はンドペキという」
 聞き方がまずかったのか、男はかなり驚いたようで、口をバクバクさせたかと思うと、一目散に逃げ出した。
「おい! 待ってくれ!」
 振り返ろうともせず、何か叫びながらどんどん遠ざかっていった。
「逃げ足の速い奴だな」
 ンドペキは気まずそうにそう言うと、男が起こした風でかすかに揺れる暖簾を見つめた。
「一軒一軒、覗いていくか」

 誰からも返事がない。
「ん? アイーナは?」
 スタッフがすまなそうに、指で後方を指した。
「後の方から来ておられます」
「そうか」
 怖気づいて?
 チョットマは、まさかね、と思いながらも、ンドペキが暖簾に手を出す前に、自分から住人を探してみることにした。


「こんにちわ!」
 手近な一軒の小屋の暖簾を開けてみた。
 あれ、誰もいない。
 ほんとに小さな小屋だった。
 しかし、人が住んでいる所だ。
 調度品もキッチンも、それこそ何もない狭い部屋に、ベッドだけがぽつんと置かれてある。
 掛けられた毛布が半分ずり落ちて、うっすらと埃が積もっていた。

 次の小屋もその次の小屋も、同じようなものだった。
「誰も住んでいないみたい」
「もっと先へ進むしかないな」
「池のあった場所へ」
「ああ。まだあるのかどうか、怪しいけどな」

 不安だった。
 ンドペキもそうなのだろう。
 歩き出しても、一言も口をきかない。
 チョットマとしても、掛ける言葉が見つからなかった。
 パキトポークは無事だろうか。
 こちらの方向で合ってる?
 と、聞けるものでもない。
「今の人、アンドロかな」
「さあな」
 会話はそれきりだった。


 時計を見た。
 七時十一分。
 調査終了時刻は八時三十一分。ユウお姉さんは明確に言わなかったけれど、その時刻に次元のゲートは閉じてしまうということだろう。
 次元のゲート集合時刻の八時十分まで、残された時間は、後一時間と一分だ。
 先ほどの門まで、二十五分程度かかっているから、遅くとも、七時四十六分にはここを出立しなくてはいけない。
 残すところ三十五分。
 なのに、ニニどころか、まだパキトポークにも会えていない。

 この街に入ってから感じている不安が、ますます大きくなっていた。
 人がいることは分かったが、それにしても侘しい街。
 ほとんど廃墟と呼んでもいいかもしれない。
 細い路地を見上げても、見えるのは灰色の天井だけ。
 この次元の渦巻くエネルギーのシェルタの下に、こういう街が広がっているとは思いもしなかった。
 こんなところにパキトポークは住んでいるのだろうか。
 スミソに抱かれてこの次元を訪れたのは、まだほんの数か月前。なのに、この変わりようはどうしたというのだろう。


 以前、チョットマにとってパキトポークは苦手な相手だった。
 巨大で髭ぼうぼう。
 竜殺しの異名を持つ、東部方面攻撃隊随一の武力を誇る副隊長のひとり。
 だが、チョットマには乱暴者と映っていた。
 しかし、混乱の中に見たパキトポークの心根の優しさに触れて、その印象は変わり始めていたのだった。
 チョットマも、ここで別れることになったンドペキの心の痛みと、パキトポークの胸の中にあるものに、思いを馳せることはできる。
 二人の出会いの場に、自分はふさわしくないのではないか。
 むしろ邪魔になる。居てはいけない、という気もするのだった。
 それでも、パキトポークに一目会いたい、という気持ちも強いのだった。

 ニニはどうしているだろう。
 カイロスの生贄となったアンジェリナとセオジュンの傍にいると言って、このディメンジョンに残ったニニ。
 今も、池の傍に佇んでいるのだろうか。
 彼女はアンドロらしく、言葉少なに、アンジェリナとセオジュンのことを語り継いでいるのだろうか。自分の使命として。
 焦るなあ、とチョットマは思った。
 ニニに会う時間はあるだろうか。

 また時計を見た。
 確実に時間は過ぎている。
 さっきより針の回りが早くなっているような気がして、ますます急ぐ気持ちが強くなった。
 ンドペキを先頭に、調査団は小走りに路地を右へ左へと進んでいる。
 もしや!
 帰り道が分からないのでは!
 振り返ると、スタッフの数がずいぶんと減っている。
 曲り角があるたびに、道標として二人ずつ残してきているのだった。
 しかし、それはそれで危険かもしれない。
 もし何らかの事情で、道標役のスタッフが持ち場を離れることになったら、全員が戻れなくなる。
 ベータディメンジョンで集団遭難、ということになっては目も当てられない。
 チョットマは祈るような気持ちになった。
 誰でもいいから、早くまともな人に会いたい。


「あ、誰か来る」
 目を上げると、ひとりの男がこちらに向かって走ってきていた。
 スタッフ達には緊張感がありありだったが、見覚えのある顔だった。
「ヌヌロッチじゃないか!」
 ンドペキの声に喜びが溢れた。
「よかった、会えて!」

「私も嬉しく思います。貴方が来られたという情報が入りまして、こうして飛んで参りました。こんなに喜ばしいことは、」
 などと、この男らしい律儀な挨拶をしようとする。
「ヌヌロッチ。申し訳ないが、急いでいる。半時間もないんだ。パキトポークに会いたい。案内してくれないか」
「かしこまりました」
 ヌヌロッチは東部方面攻撃隊にとって旧知のアンドロ。
 さっと踵を返すと、「ではこちらへ。すぐ近くです」と、いざなってくれる。

「一体これはどうしたんだ」と、問いかけるンドペキに、振り向き振り向きしつつ、応えてくれる。
 ヌヌロッチはレイチェルのSPの一人。
 ニューキーツ最後の日、治安省長官だった男だ。呑み込みは早い。
 簡潔に要点をまとめてくれる。

 この次元は大変なことになってしまいました。ご覧の有様です。
 イダーデの街も崩壊してしまいましたし、生産設備もあらかた破壊されました。
 食料も水も不足し、人の姿も十分の一以下になってしまいました。
 カイロスの装置がうまく働いていないようなのです。

 その要因として、二点、挙げることができます。
 まず、そもそものカイロス強化の暗号を持つアンドロ以外に、異物が混入したようなのです。
 セオジュンのことではありません。彼は異物とはなりません。アンジェルナと心ひとつにし、人身御供となることを理解して中に入ったのですから。
 それ以外の何か。
 それは他のアンドロかもしれませんし、何か他のものかもしれません。
 カイロス建設時に従事したアンドロが見つかりまして、その男の意見です。
 我々はその異物を排除しようと何度も試みましたが、どんな手を使っても、あの池の中に入れないのです。
 潜っていけないし、いかなるものも下ろすことができないのです。何かが拒否しているようなのです。
 それは、もしかすると、アンジェリナやセオジュンの意志かもしれません。

 もう一つは、奇妙なことを口走る女の存在です。
 地球から避難してきた中にいた人なのですが、ある日、こういうことを言い出しました。
 自分は別の世界から来た黒衣衆の一人だと。
 ベータディメンジョンの莫大なエネルギーによって、宇宙を滅ぼす。
 パリサイドを瞬時に消滅させ、人類の未来を保つために来たのだと。

 こうも言ったそうです。
 図らずも、自分はベータディメンジョンに来てしまった。
 そのために覚醒が中途半端に終わってしまい、自分には手の打ちようがないし、何の指令も届かない。
 百人の仲間がいるはずだが、互いにその存在を知らない。仲間だと思う人は名乗り出て欲しい、と。

 これは噂レベルの話です。
 当の本人はその後すぐ亡くなってしまったので、真偽を確かめるすべはありません。
「ご報告は以上です」
 ヌヌロッチが立ち止った。
「着きました。ここです」


 案内されたのは、他と大差ない侘しい小屋だった。暖簾が下がっている。
「どうぞ、お入りください」
 ンドペキが辺りを見回し、暖簾に手を伸ばそうとした時、懐かしい声が中から聞こえてきた。
「遅かったじゃないか! 待ちくたびれたぜ!」
 チョットマは込み上げてくるものを抑えきれずに、うわずった声で叫んでいた。
「パキトポーク! 来たよ!」
「チョットマか! さっさと入って来やがれ!」
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