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パリサイド 作者:奈備 光

6章

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68 お願いだから……

「いったい、どういうつもり!」
 ユウの声に、部屋中が凍り付いたように動きを止めた。
 スゥもスジーウォンも、スタッフ達も。

 唯一、反応があったのはライラだけだった。
 短い吐息だったが。
 その後は沈黙が部屋の空気を支配した。
 その間もレベルは上がり続け、とうとう8に達した。

 ユウは、スゥに向かって言ったのではない。
 天井を仰ぎ見ている。
 その姿勢のまま目を血走らせていた。
 ブランジールではない。他の誰か。

 ロームス。
 スタッフからそんな声が漏れた。
「違う!」
 微動だにせず、ユウがその意見を退けると、またライラが小さな溜息をついた。

 そうだ。と、イコマは思った。
 ロームスではない。
 その意識に操られていたステージフォーは、このミッションを阻止しようとしていたのだ。
 グラン―パラディーゾを破壊しようとしていたのだ。
 暴走させることではない。
 いや、同じことなのだろうか。
 ならば、ユウの今の反応は何だ。


「地球からわざわざ付いてきて、何が目的!」
 地球から?
 付いてきて?
 イコマが考えを深める前に、突然、部屋の中を突風が吹き抜けた。

「ぐっ」
「わっ」
 書類が舞い上がったかと思うと、さらに一陣、強烈な風の圧力を感じた。
 イコマの身体も横倒しになった。
「なんだ!」
「こんなこと!」
 倒れた人々から恐怖と驚きの叫びが上がった。
 何が起きたんだ!
 もちろん、風が吹くようなところではない。

 風はそのひと吹きだけで治まったものの、部屋の中は混乱の渦の中にあった。
「怪我人はいないか!」
 起き上がったスタッフが互いに声を掛けあっている。
「持ち場に戻れ!
「ユウ!」「隊長!」
 イコマとスタッフの声が重なった。

「ユウ!」
 部屋の中央に立っていたユウの姿がなかった。
 書類や椅子や、様々なものが散乱し、家具が一か所に押し寄せられていた。
「ユウ!」
 イコマがその一番手前にひっくりかえっているデスクを移動させると、足が見えた。
「しっかりするんや!」
「これをどけろ!」
「引きずるな! 持ち上げるんだ!」


 ようやく助け出したユウは顔面蒼白で、意識がなかった。
「ユウ!」
 頬から血を流している。
 抱き起そうとしても、パリサイドの身体は重い。
「体を横にして! その方が楽ですから!」
 スタッフにそう言われて、仕方なく手を離したイコマにアヤが腕を回してきた。
「ユウお姉さん!」
「大丈夫です! 心臓も呼吸も安定していますから!」 
「水を!」
 どうすればいい!
 とても冷静でいられる状況ではなかった。
「ほかに怪我はないか!」
「一時的に気を失っているだけでしょう! 安心してください!」
 アヤの手がイコマの腕を掴んだ。
「おじさん、この人達に任せよ。きっとその方がうまくいく」

「救急パッチを!」
 スタッフが叫んでいた。
「いや、大丈夫だ!」
 幸い、アヤやスゥ、ライラやスジーウォンも無事だった。
 吹き飛ばされはしたものの、かすり傷程度で済んでいた。
 ただ、ライラは身体にこたえたようで、渋面を作っていたが、それでもアヤを守ろうとするように肩を抱いていた。

 イコマは心ここにあらず、という状態だったが、アヤの言う通り、それはものの数分で過ぎた。
 ユウが開口一番、こう呟いたのだった。
「だから、家具をあまりたくさん置くのは反対やったのに」
「無理をしないで、隊長」
 立ち上がろうとしていた。
「いえ、まだ終わってないわ。アイタ」
「だから横になっていてください」
「そういうわけには……」
 イコマはユウの脇に腕を入れ、立ち上がるのを助けた。
 そう。ユウの仕事はまだ終わっていない。
 この状況に立ち向かうのがユウの仕事なのだ。


「とんだご挨拶ね!」
 ユウが天井を睨んで声を放った。
 頬の傷を手当てしようとするスタッフを制して、厳しい声を出す。
 怒りが露わだ。
 これがユウなのか、というほど表情がこわばり、全身をわななかせている。
 流れ出た血が顎から滴り落ちた。

 いったい誰に話しかけているのか。
 イコマはユウのすぐ横に立って、血に濡れた横顔を見ていた。
 ブランジール船長でないことは確かだ。
 ロームスでもないとすれば、では誰に。
 失踪したオーシマン船長なのか。しかし彼は、実体を持った人物。このような呼びかけ方をする相手ではない。
 しかし、ユウの顔に迷いはない。
 分かっているのだ。その相手が誰かを。


「力を見せたかったのでしょうが、そんなことしなくてもいいわ!」
 再び部屋は静まり返っている。
 スタッフがコントルール装置を弄るかすかな音がするだけだ。
「貴方に力で敵わないことは充分分かっているわ!」
 でも、とユウが声を落とした。
「これには多くの人の命がかかっているのよ。貴方は知ったこっちゃない、と言うでしょうけど」


 その時、どこからか声が降ってきた。
「お見通しってことか。さすがだな。パリサイドとなった光の女神よ」

 光の女神!
 六百年前のユウの呼び名!
 こいつは、ユウを知っている!
 金沢郊外の光の柱の守り人であったユウを!
 そして、神の国巡礼教団にスパイとして送り込まれたことも!
 イコマは背筋が凍る思いがした。
 誰だ、こいつは!

「俺の名は知っているんだろ」
 声の主は、野太い声でユウを試すように言った。
 聞き覚えがあるような気がした。
 場所は違うが、このように姿を見せず、威圧的にものをいう男。
 ずるがしこく、そして冷血な声で。

 そうだ!
 こいつは!
 ユウが振り向いた。
「ノブ、スジーウォン。聞き覚えない?」

「オーエン!」

「フフフ」
 声の主、もう間違いない。
 この含み笑い。
「よくわかったな」


 ニューキーツ郊外にある巨大ハドロンコライダーの主、オーエン。
 いや、すでにハドロンコライダーとしての使命は終わり、往年はもっぱら次元の扉を維持する装置だったチューブ、エーエージーエス。
 それが地球中心部のエネルギーを大量に使って生み出すゲートを通って、アンドロはじめ多くの物資が行き来していたのだ。
 特殊なアギとして、その装置を支配してきた科学者オーエン。

 一気にさまざまな記憶が甦って来た。
 憎むべき男、オーエン。
 アヤの足を切断したのは、こいつだ!
 アヤの命と引き換えに、ライラの夫、ホトキンを連れて来いと命じたのもこいつだ!
 ニューキーツ政府の兵百名を瞬時に抹殺したのもこいつだ!
 そして神の国巡礼教団と、その生き残りであるパリサイドを激しく憎んでいた……。

 しかし、オーエンは太陽フレアによるシステムダウンで消滅したのではなかったのか。
 あの日、ニューキーツ最後の日に。
 いつの間に……。


「オーエン! 暴走はやめなさい!」
 しかし、ユウの呼びかけにいくら待っても、もう声は返ってこなかった。
 その間もレベルはじりじり上がり続けている。
 スタッフはなすすべなく、ただ顔を見合わせ、おろおろするばかりだ。
「オーエン! お願い……」
 アヤが涙声になっていた。

「私、行ってくる! 手を放して!」
 スゥがスジーウォンの腕を解こうともがいている。
「私を行かせない権利、あなたにないでしょ!」
 叫ぶスゥに、スタッフがすまなそうに声を掛けた。
 このモードでは、こちらから向こうへは行けないのです、と。

 がっくりと肩を落とすスゥをちらりと見てから、ユウがまた天井を見上げた。
 そして、ひとりのスタッフに声を掛けた。
「立って」
 と、部屋の隅で女性のパリサイドが立ち上がった。
 そして、ライラに歩み寄ると、深々と頭を下げた。
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