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パリサイド 作者:奈備 光

6章

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65 クリスタルの欠片

 チョットマはグラン―パラディーゾの最上段までンドペキと並んで登って行きながら、ユウが話してくれたことを反芻していた。
 次元の扉は二つ。こちら側と向こう側。
 その間は緩衝地帯ともいえる連結空間。
 扉を結ぶ一本の通路。距離にして五十メートルほど。幅は狭く、ひとりずつ渡っていくことになる。
 緩衝地帯とはいえ、厳密にはこの宇宙空間に作られたチューブ状の臨時スペース。
 通路を外れても通路近傍なら呼吸はできるし、極寒の世界でもない。
 しかし、重力は失われる。
 通路の上部のみ、重力加速度が設定されているのだ。
 もちろん安全柵などない。
 だから、決して踏み外さないように。
 走ったりしないように。

 両ゲートには数値が表示されている。
 あと何人通れるかというカウントダウン。
 通過予定人数があらかじめセットされているが、エネルギー残量等の要因によって、変化することもあり得る。
 生身の人間を安全に通すために、それこそ莫大なエネルギーが使われるという。
 できるだけ早めに帰ってきて欲しい、とユウは何度も繰り返した。


 チョットマは胸の動悸が収まらなかった。
 目の前に広がる光景は、これまで見てきたどんな景色より刺激的だった。
 人ひとりが通れるゲート。
 下から見た時には小さな扉だけがあるように見えたが、実際は家一軒ほどもある大きな構築物の中に小さな開口部があった。
 構築物は半透明で、青い液体が流動しているように見える。
 ゲートの中は光り輝くオレンジ色。その対比が美しい。
 それが無数の星々に包まれ、暗い宇宙の空に浮かんでいるように見えた。

 ニューキーツの政府建物で見たものとはデザインがかなり異なる。
 技術の違いか、ここが真空の宇宙空間にあるからなのか。
 チョットマはふとそんなことを考えて、気を引き締めた。
 しんとして静かだ。
 イコマ達がいる階段の下辺りを振り返ったが、もうろうとして何も見えなかった。


 何の挨拶もなく、握手を交わすわけでもなく、振り返りもせずに、アイーナがゲートに消えた。
 十秒経ってまた一人と、黙って順に扉を超えていく。
 カウンターは四十五。
 ンドペキの次、チョットマは十二番目にオレンジ色の光に足を踏み入れた。

 ゲートの向こうには、想像していたよりはるかに美しい光景が広がっていた。
 もうひとつのゲートが、天空の只中に浮かんでいる。
 一直線に伸びる、人の肩幅ほどの半透明の通路が虹色の光を放っている。
 シャボン玉の中にいるかのように、星々が揺らめいていた。

 ンドペキはもういなかった。
 少し前を歩いているはずなのに。
 巨大なエネルギーが放出されているところでは、時空が歪み、時間の流れは早くなったり遅くなったりすると聞いたことがある。それかもしれない。
 チョットマが歩を進めるたびに、床の発光が強さを増す。
 一瞬、星々が消えたような気がした。
 また次の一歩では、緑色の空間を通過したような気がした。
 次元の隙間を垣間見たのかもしれない。


 ベータディメンジョンのシェルタは、以前見た時と同じように灰色一色の世界だった。
 次々とゲートをくぐってくる人が揃うのを待って、一行はアンドロの街イダーデに向かって歩き出した。
 時刻は六時三十一分。右側の文字盤は二時丁度を指していた。
「集合は余裕を見て八時十分。左側の文字盤を見るんだよ。遅れないように。ンドペキ、チョットマ以外は原則、単独行動禁止」
 そういうアイーナは急ぎ足だ。
 調査時間は短い。気持ちが急いているのが分かる。
「ンドペキ。こっちでいいんだね」

「うーむ」
「どうしたんだい」
 歩くこと十分弱。チューブ状の空間を抜け、広がりのある空間に出ていた。
 灰色の世界は相変わらずだが、クリスタルの欠片が散らばっていた。
「この辺りだと思ったんだが」
「どういうことだい」
「イダーデの街の中心。クリスタルの建物があって、交差点があるはずなんだが」
 見渡す限り平原が続いている。
「街は……」

 街は既に消えていた。
 瓦礫というには美しいクリスタルの破片が散らばるのみ。
「こっちに行ってみよう」
 かろうじて道らしき形跡が残されている。
「こっちとは?」
「カイロスの装置がある東端部」
 アイーナがスタッフ二人を選んだ。
「何があっても、ここを動くんじゃないよ」
 帰路に交差点を見落とさないために。


 誰もが無言だった。
 変わり果てたイダーデの街。
 もはやこの次元には誰も住んでいないのかもしれない。
 調査の意義の半分は、失われたのではないか。
 そんな不安があるはずなのに。

 ンドペキとアイーナを先頭に、消えかけた道を黙々と辿っていく。
 重力は安定していなようで、時折ずしりと自分の体重が足にくる。
「まだ先なのかい」
「ああ。記憶では」
 チョットマは二人が交わす短い言葉に、既に微細な棘が含まれているような気がした。
 プラタナスの並木に色とりどりの花壇。ンドペキが話してくれたイダーデの街の光景。そんなもの、どこにもないじゃない。
 霧が深い。
 静まり返った街の跡に動くものはない。
 チョットマは足元に何か落ちていないか、遠くに何か見えないか、と注意しながら、二人の後ろをついていった。
 パキトポークは、ニニは、セオジュンとアンジェリナは無事なのだろうか、と思いながら。


「あれだ」
 ようやく前方に壁が見えてきた。
「ずいぶん先だね。急ごう」
 走り出そうとするアイーナに、スタッフが意見を口にした。
「友好的でしょうか」
「なにが」
「いえ、あの壁の中にあるものが」
「どういうことだい」
「安全でしょうか」

 そう考えるのも無理はない。
 イダーデの街が破壊された以上、この次元には異変が起きている。
 シェルタの機能が低下したのか、あるいは何者かによって……。
 現に、ここに来てから人の姿はないのだ。
 スタッフは、攻撃されるかも、とまでは言わなかったが、その恐れさえも否定できない。
 しかし、チョットマは全くそんな気はしなかった。

「なに言ってるんだろね!」
「しかし」
「しかしもくそもないよ!」
「私が先行して見に行ってきます」
「必要ないよ!」
「市長の身に何かあれば」
「ええい、くどいよ! ここはパキトポークが治めているんだ! そんなこと、起りっこないよ!」
 奇妙な自信だったが、アイーナはそう言うなり走り出した。
 巨大クッションが跳ねるように。


 門は閉じていた。
 どこまでも続くかのようにそびえ立つ壁の中に、硬い表情を見せている扉があった。
「ここだ」
 ンドペキが周りを見回し、間違いない、と言った。
 そして、扉を押し開いた。
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