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パリサイド 作者:奈備 光

6章

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62 前夜祭異聞

「市長として宣言します! 明日、二千六百六十六年一月十五日午前七時〇分、ベータディメンジョンへの扉を開きます!」

 歓声が起きた。
 しかしその声は、そのような場にふさわしくないざわめきと、奇妙な吐息に飲み込まれてしまった。
 延期するのじゃないのか、というような声が聞こえた。

 アイーナが立ち上がっていた。
 係官がまた言葉を聞こうとしたが、それを制して、アイーナが口を開いた。
「誰だい! 文句があるのは! 私を見損なうんじゃないよ!」
 厳しい目つきで一同を見回すと、
「何が起きようと、グラン―パラディーゾが動く限り、このミッションは予定通り! 私達全員を地球に連れていく! これまでの苦労を忘れた奴は、このオオサカを去れ! そして、二度と私の前に現れるな!」
 と、叫んでいた。
「そんなていたらくなことで、地球から避難して来られた皆さんに、顔向けができるのかい!」

 市長の強い意志が示された。
 今度こそ、大きな歓声が沸き起こった。
 涙ぐんでいる者がいる。
 イコマは見た。
 ユウの手が目尻を拭うのを。

 そうだ! 市長の言うとおりだ!
 そんな声が上がった。
 星と交信できないことがどうだっていうんだ!
 俺は、ブランジール信じる!
 市長を信じる!


 アイーナはそれらの声に手を上げて応えると、今日初めて笑みをこぼした。
 再び、係官による代役が始まった。
「では、明日の手順確認を始めてください。私はこれで失礼します。明日の調査人員のことで、少々意見がありますが、それは彼に伝えておきます。そして、会議が終わったら、予定通り、前夜祭を開催してください」

 係官が市長が退席することを告げた。
 理由は言わなかったが、きっと体調が思わしくないのだろう、と誰もが思った。
 アイーナの声が、いつもと違っていたからだ。
 ハスキーだが、音色が少し低い。
 パリサイドも風邪をひくのか、とイコマは思ったが、拍手に送られていくアイーナの巨大な丸い背中が部屋から消えると、すぐに会議は再スタートした。


 アイーナの伝言は、ベータディメンジョン調査の編成を縮小するというものだった。
 斥候隊数名に、本隊五十名。大幅な削減だ。
 係官からその伝言があった時、残念だという呻き声が漏れたが、不測の事態に備えて大事をとるということなのだろうと、納得する声が多かった。
 ただ、士気が落ちることはなかった。
 本隊の中に、アイーナ自身が含まれていたからだった。

 それに伴って、ンドペキ、スゥ、チョットマ、スミソの四名も、一名のみとされた。
 アイーナの伝言によれば男性に限るという。
 ンドペキかスミソということになるが、スミソにしてみれば、元々、チョットマの護衛という意識がある。
 必然的にンドペキの参加が決まった。
 もちろん、スゥやチョットマが納得するはずもない。
 それこそ取っ組み合いになるほどの剣幕で、「自分も行く」と主張したが、結局その主張は引っ込めざるを得なかった。
 ユウを困らせることになるから。


 今、イコマはだだっ広い船室に戻って、寝物語をしている。
 隣にユウ。反対側にはチョットマが毛布にくるまっている。
 離れた場所に、ンドペキとスゥ、そしてアヤの姿が見える。

 家族だけになると、やはり不安が募った。
 ンドペキが無事に戻って来ることを祈るしかない。
 今更それをここで繰り返しても、ンドペキの意志が変わることはない。
 彼にしてみれば、あそこに置いてきたパキトポークに大きな借りがあると感じているのだ。
 あの日、ベータディメンジョンに避難したニューキーツ市民三万五千人をパキトポークに押し付けて、隊長である自分はアヤに会うために戻ってきたのだから。
 自分が出向かないという選択肢はないのだ。

 ンドペキもスゥも、あそこで起きた出来事を、感じたことを必要以上に詳しく語ろうとはしなかった。
 負い目があるのだ。
 もちろん当時、イコマとンドペキの同期は切れていたし、ユウとスゥの同期も切れていた。
 断片的に語られた事柄と、チョットマやスミソ、そしてライラの話を総合して、イコマはあの次元の成り立ちやその時の様子を想像するだけだ。

 巨大なエネルギーが渦巻く世界。
 時間の流れが異なる世界。
 そのエネルギーは太陽系どころか、銀河系さえも吹き飛ばしてしまうほどのもの。
 ゲントウとオーエンという科学者が作り上げたシェルタ。
 時として襲ってくる強力な重力。
 強靭な身体を持ったアンドロでさえも、己の体を岩のように変えてその過酷な時間をやり過ごすという。

 そしてそのシェルタを維持するカイロスという装置。
 装置を強力に稼働させ、あるいはバージョンを上げ、人が住める環境に維持するために人身御供となったアンドロの娘。
 強大な太陽フレアが地球を襲うことを予測し、地球の人々が避難してくることを想定した仕掛けだ。
 課せられた使命を全うしたアンドロの娘。
 その名はアンジェリナ。レイチェルのSPマリーリの娘である。

 そしてその傍にいることを選んだアンドロの若者。
 その名は、セオジュン。転生前の名はハワード。同じくレイチェルのSPで、レイチェルとアヤを愛した男。
 レイチェルの命により、チョットマを見守っていた人物でもある。
 イコマはこの男と何度も話したことがある。
 訪ねて来ては、アヤのことを気にかけていてくれた。
 イコマがアンドロという特殊な人類を理解することになるきっかけを作ってくれた男だった。

 そしてもう一人。
 その二人がそこにいるからと、ベータディメンジョンに戻って行ったアンドロの娘ニニ。
 彼らはともにチョットマの友達。
 レイチェルのクローンであり、アンドロの策略に掛かってレイチェルを殺そうとしたサリとは違い、初めてチョットマ自身が見つけた親友。

 チョットマが彼らに会いに行きたいと思う気持ちは痛いほどわかる。
 思い起こせば、チョットマにとって、あのニューキーツの地下スラム、元の名をサントノーレと呼ばれたエリアREFで過ごした時期は、最高に幸せだったのではないだろうか。
 様々なことがあった。
 信奉する当時の東部方面攻撃隊の隊長ハクシュウが殺され、仲良くしていたニューキーツ防衛軍将軍ロクモンの裏切りがあり、そしてチョットマ自身が指揮していた対アンドロとの戦いによって、十名もの死者を出してしまう出来事があっても、彼女は濃密で熱く、かけがえのない日々を過ごしてきたのだ。
 イコマは思う。
 今、手を伸ばせば届くすぐ横で、船室の天井を見つめているわが娘、チョットマの未来に幸あれと祈らずにはいられなかった。


 このまま眠るのは惜しい。
 久しぶりに家族三人で眠るのだ。
 昔、アヤと三人で川の字になって寝たていた頃のように。
 イコマは、無難な話題を選んだ。

 前夜祭での出来事。
「ライラは一体、何しようとしてるんやろか」
 前夜祭の最中、ライラは聞き耳頭巾のショールを胸に抱いて離さなかった。
 これまでも、ことあるごとに布に触れさせろと言ってはいた。
 しかし、今夜ほどあの布に執着することはなかった。
 触れているばかりか、少しの間、貸してくれというのだった。
 明日には返すからと。
「なんであれほどご執心やったんやろ」
 もちろんアヤは喜んで、と布をライラに差し出した。
 返していただくのはいつでもいいですよ、と。

 眠る前のどうでもいい話題のつもりだったが、話すうちに気になり始めた。
「ライラが言ったことも気になるよね」
 ユウが眠たそうな声で言った。
「大元の事実って」
「ああ」

 ライラは誰に聞かせるようでもなく、呟くように、まるで聞き耳頭巾に語り掛けるようにこう言ったのだった。
「ネイチャー、あんた、いったい、どこに行ったんだい」
 ネイチャーって? とアヤが聞いたが、ライラは笑ってみせただけで、答えはしなかった。
 しかし、こんな解説をしてくれた。

 この布の大元。
 それは、全ての意識を読み取る意識。
 この宇宙に充満する無限の意識。
 それを読み取ることは、宇宙で生きていくための必須の儀式。
 可能にするのは科学の結晶。
 ひとつの珠。

「こういう姿になるとはねえ」
 ライラの手が何度も布を撫でた。
「アヤよ。これは元は頭巾の形をしていたんだね」
 頷くアヤに、ライラはこんな質問もぶつけた。
「持っていたのは?」
 日本は京都、山奥の村。村の巫女である奈津という老婆。
 そう応えるアヤに、ライラは続けざまに問うた。
 その前は誰が? 聞いていません。
 どんな言い伝えが? 聞き耳頭巾と言って、その村に代々伝わる巫女の印だそうです。
 アヤが持つようになった訳は? 奈津お婆さんが、貴方が伝えていってくれと。

「巡り合わせだねえ……」
「どういうことなんです?」
「あたしがまたこれに触れることができる。そして、あたしを助けてくれる。あたしをあたし自身でいさせてくれる。まさか、こんなことが起きるなんてね……」
 遠くを見るときのように、ライラは焦点の合っていない目でワイングラスの中身を見つめたのだった。


 イコマは体の向きを変えた。
 チョットマが見えるように。
 その向こうにはライラがいるはず。
「ん?」
 ライラの姿はなかった。
 その夫、ホトキンの姿も。

 今夜は気持ちが高ぶって眠れないかもしれない。
 と思ったのも束の間、イコマは眠りに落ちた。

 夢を見た。
 昔、あの村で聞き耳頭巾を被った自分が、呪われた白い大岩に腰かけて夢を見たことを。
 そして、その夢によって、その村に起きた連続殺人事件の真相を解明した時のことを。
 そして、アヤを心から愛おしいと感じた日々のことを。


 強い揺れを感じた。
 慌てて体を起こしたイコマはたちまち目が覚めた。
「おい、ユウ! 起きろ!」
 隣に寝ているはずのチョットマの姿がなかった。
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