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パリサイド 作者:奈備 光

6章

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61 アイーナに注視

 翌日の夜、ミッション関係者の会合が開かれることになっていた。
 ベーダディメンジョンに向かうことになっている、ンドペキ、スゥ、チョットマ、スミソ、そしてその関係者としてスジーウォンやコリネルスはじめ隊員数名、そしてイコマとレイチェルが呼ばれていた。
 その後、ささやかな前夜祭が催されるという。こちらにはライラなど、地球人類の主だった面々も招待されていた。
 スゥから耳にしていることがあった。
「今日の会議は荒れるかも」
「なんでや」
「アイーナが迷っているみたいやねん」
「ミッションを? 昨日はやる気満々やったけど」
「うん。やる気はあるねんけど、明朝でほんまにええのかどうか。なんか不安があるみたい」

 ユウが顔を曇らせた。
 それはそうだろう。
 地球から離れてから、これにかかりきりだったし、ヴィーナス亡き後、その責任者でもあるのだから。
「一からやり直しになるかもしれへん」
「残念やな。それにしても、不安ねえ」
 アイーナに思うところがあるのだろうが、昨日の口ぶりからは想像できなかった。
 チョットマがベータディメンジョンに向かうことに不安があるので、それはひとまず安心ということだが。

「実はね、このオオサカとパリサイド星との間のすべての交信が途絶えてるねん」
「えっ」
「目では見えるけど、という状態。昨夜のうちに、宇宙船はかなり移動したから、小さくやけど」
「えっ、そうなん?」
「太陽と地球との距離くらい」
「気付かへんかった」
「グラン―パラディーゾを安定的に起動させるために。でも、これは既定の行動」
「ふうん」

 延期する場合は、ユウの予想ではかなり先になるという。
「グラン―パラディーゾは完全に停止してるわけと違うから、刻々とかなりのエネルギーを消費してる。不安要素が払拭されてから、ということになると、浪費するエネルギーがどの程度になるかわからない。きっと、足らなくなると思うねん」
 オオサカは巨大な宇宙船で、それこそ莫大なエネルギーを搭載しているが、グラン―パラディーゾの運転には、宇宙船を宇宙のはるか彼方まで何度も移動するに匹敵するエネルギーが必要になるという。
「元々、今回の短時間の調査だけでも、宇宙船搭載のエネルギーのほぼすべてを使い切る計算やねん」
「なるほどな。それは分かる。次元移動するための扉を開くんやからな」
 オーエンは、エーエージーエスの運用やアンドロが行き来する次元の扉を維持するために、それこそ地球内部のエネルギーを吸い上げ続けていたのだ。
 その結果、大型の太陽フレアの襲撃に、地球の磁場は持ちこたえることができなかったのだ。
 それほどのエネルギー量である。
「とはいえ、グラン―パラディーゾを停止すれば、その保守や再起動時の点検に、それこそまた莫大なエネルギーを費やすことになってしまうやんか。だから、一からやり直し」
「パリサイドの星に戻るとか?」
「そういうことになるかもね」

「それともうひとつ、これはミタカライネンから聞いた話なんやけど、どうも不穏な動きもあるみたい。不穏というか、奇怪というか」
「ステージフォーの残党か?」
「私もそう思ったんやけど、何とも言えないみたい」
「どんな動き?」
「市民だけやなく政府の人間の中にも、時々、不可解な行動をとる者がいるらしいねん。パリサイドだけやなくて地球から来た人の中にも。特に、ミッションスタッフの中にもいるらしいから、それも不安の元」
「不可解な行動ねえ」
「行く用がないはずのところに、行ってたり」
「個人の自由として見過ごせないほどの?」
「まあ、微妙なところなんやないかな」
 万一、ミッションを阻止しようとしているのなら、治安省としても警察としても警戒は怠れない。
 ミタカライネンやイッジは注視しているという。


 グラン―パラディーゾのことやステージフォーの残党らしき者のこともさることながら、イコマは星との全通信が遮断されていることが気になった。
 ユウによれば、あり得ない事態だという。
「地球に行った時も、そんなことはなかった。未だかって、無かった事態」
「不都合があるのか?」
「そりゃ、あるよ。と言っても、致命的なことは何もないねんけどね。社会のシステムという意味で、少々不便があるという程度」
「ブランジールの体調の問題?」
 通信システムが途絶したというのなら、船長の、つまりこの船そのもののシステムの不具合ではないか。
「ううん。違うみたい。ぴんぴんしてるというわけと違うけど、ブランジールはちゃんと活動してるし、彼によれば、船のシステムは正常に動いてるらしいねん。原因不明」
「やっかいやな」
「考えられる理由というか、関連していることと言えば、この船から例の白い霧が一掃されたこと、かな」
「なるほどな。とはいえ、僕には何も見当つかんけど」
「あれからやねん」

 身の回りには何ら変化はないが、異常な事態が起きているのだった。
 グラン―パラディーゾどころではないかもしれない。
 ユウが、八ッ、と短く大きな溜息をついた。
「ほんまに、腹たつわ」
「アイーナ、延期すると思う?」
「たぶん」
「そんじゃ、今日の会議は中止か」
「ううん。開かれる。その辺は、アイーナ、律儀やから」


 会議は定刻に始まった。
 総勢三百名ほどもいるだろうか。宇宙船オオサカにある最も大きな講堂だということだった。
 古風なカーテンには、なんと漢字で「中央公会堂」と染め抜かれてあった。
 イコマはブランジールらしいと、ひとりほくそ笑んだ。

 ほとんどのスタッフが参集しているようだ。
 イコマ達には、いわゆるS席中央付近の一列が用意されていて、厚遇されていることが伝わってきた。
 アイーナは、ステージ中央の卓に、美貌のすらりとした姿ではなく巨大クッション姿で座っている。
 口を開かず、難しい顔をしている。
 まずは状況の報告。もっぱらユウの役である。
 パリサイドの星との通信が途絶えていることや、オオサカのエネルギーの残量、ブランジールの体調などが報告された。
 蛇足であるが、と前置きした治安省長官のミタカライネンからは、捕えたステージ―フォーの構成員は小型の宇宙船を使って星へ護送中であるという報告もあった。
 ミッションスタッフからは、ミッション目的地点、ベータディメンジョンでの出現地点の環境について、モニターの結果、全く問題はないという報告もなされた。

 会議が始まってから、アイーナは一言も口を挟まない。
 半ば目を閉じるようにして、それらの報告を聞いている。
 次に、本来はミッション手順の確認だったが、その前にと、軍の指揮官トゥルワドゥルーから発言があった。
 ミッションを予定通り実施に移すのかと。
 誰もがそこに関心があった。
 警察省長官のイッジをはじめ、ミッションに関わった面々が、アイーナを注視する。

 それでも、アイーナは黙ったままだ。
 ミッションは延期、ないし中止、という結論が色濃くなっていく。
 胸をなで下ろす者もいるだろうし、残念がる者もいるだろう。
 強引にでも推し進めたい者もいるかもしれない。
 議論がなされるのだろうか。あるいは、アイーナの一言で決まるのだろうか。
 イコマは集まった人々の顔を見つめたが、彼らの意志は判然としない。
 アイーナを除く全員が、パリサイドの姿をしていたからだった。
 これがいわば、彼らの正装だからなのだろう。


 と、アイーナが小さく手を挙げた。
 先ほど説明をした係官がアイーナに近寄り、床に膝をついて、彼女の口元に耳を近づけた。
 市長の言葉を聞いている。
 声にはならないざわめきが、会議室に広がった。
「どうしたんだ。アイーナは」

 ひとしきり、アイーナの言葉を聞いた係官が立ち上がった。
「皆さんにお断りしたいことがございます」といって、会議室の面々を見回した。
「市長は只今、喉の調子がお悪く、声がほとんど出せません。私が代わって、市長のお言葉をそのままお伝えいたします。私の一存は一切含まれませんので、その点、ご了承ください」
 コホン、と咳払いして、係官が話し出した。


 皆さん。
 まずはお礼を申し上げます。
 地球を出てから、ベータディメンジョンには私も参りたいと言い出しまして、時間の短い中、よくぞここまで持ってきてくれました。
 グラン―パラディーゾの基幹部分は地球到達までにあらかた構築されていたとはいえ、数々の変更や追加するシステムが、これほど短期間で作り上げられたことは、驚嘆に値します。
 しかも、先日来、幾度となく繰り返されてきたテストも何ら不安なくパスしており、装置及びシステムの安定性は折り紙付きと伺っております。
 ここに、皆さんの叡知と不断の努力に、最大限の賛辞を送ります。
 本当に、本当にありがとうございました。

 普通のときなら、ここで拍手でも起き、歓声でも上がるところだが、ミッション中止ないし延期の言葉が眼前にちらついていては、それもできず、ただ神妙に聞き入っている。
 係員は蹲ってはアイーナの言葉を聞き、それを伝えていく。

 さて、このミッションがそもそも秘密裏に計画されてきたことは、皆さん、当然ご承知のことだと思います。
 なぜなら、ミッション名にもある通り、ベータディメンジョン、すなわちかつての地球の目を覆いたくなるような窮乏を救う生産拠点、さらに言えば、使役ロボットから発展したアンドロの街として機能してきた別次元、そこに向かうものだからです。
 もしそれが失敗に終われば、市民の落胆はいかばかりでしょう。
 パリサイド星に住む我々が、彼の地に出向く意味がどこにあるのか。
 何のための調査か。
 計画開始から足掛け五年、これは公表されることなく、ようやくここに至りました。

 もちろん、皆さんはこのミッションが目指すべきところをご存知です。
 現在パリサイド星にのみ寄る辺を持つ我々の社会基盤に、もう一つの異なったフロアを作ろうということです。
 将来、パリサイド星にいかなる事態が起きても、もう一つの基盤があれば、どれほど心強いことでしょう。
 私達は身に沁みて知っています。
 宇宙空間の過酷さを。

 そしてもうひとつ。
 こちらの方が重要かもしれません。
 我々の思慕してやまない地球との連絡通路ができることに他ならないのです。
 自由に、ベータディメンジョンを経由して地球と行き来ができるようになるかもしれないのです。
 これほど素晴らしいことがあるでしょうか。
 私は、このことを想像するだけで、もう胸が張り裂けそうなほど嬉しくてたまりません。

 私にとっての故郷、皆さん一人ひとりにとっての故郷、地球。
 そこに旅行することができるのです。
 場合によっては定住もしたいと、地球に住む人々に申し入れましたが、あのような事態になってしまい、ご了解を得られないままとなってしまったことが残念ではありますが、いずれにしろ、また自分の故郷に行くことができるのです。
 幸いにも、地球から来られた方々の中からも、このミッションにご参加いただける方がおられます。
 ベータディメンジョンに移行するという冒険、つまりある種の危険を伴うかもしれない実験にご参加いただけるというのです。
 しかも、以前、ベータディメンジョンで活動されたご経験のある方が。
 本当に頼もしい限りです。
 私は今回の実験が必ずや成功すると、信じて疑いません。
 昨夜、地球人類の代表、ニューキーツ長官レイチェル閣下にもこのお話をさせていただきました。
 非常に喜ばしいことだというお言葉を頂戴しました。
 この場をお借りして御礼申し上げます。


 ああ、なんと素晴らしく、心躍ることでしょう。
 地球には、たとえ、太陽に焼かれ、廃墟となった街しか残っていなくとも。
 そこは私達のかけがえのない故郷なのです。
 またそこを訪れることができるかもしれないのです。

 地球を離れて、もう何世紀が経ったでしょう。
 これほど喜ばしいことがあるでしょうか。
 思い返せば……。
 やめましょう。そんな話は。
 私は嬉しくて、嬉しくて、本当に感無量です。


 代役の言葉を聞くということに、最初はあった違和感は完全に消えていた。
 係官の横で、アイーナが時々頷いたり、頭を下げたりしている。
 今は、しっかりと目を見開き、人々と一人ひとり目を交わしている。

 このミッションに関わってくれたスタッフ皆さんにお礼を言います。
 本当に、ありがとう。
 グラン―パラディーゾや複雑なシステムを管理してくれている、今ここにいないスタッフにも、幹部の皆さん、よろしくお伝えください。
 アイーナが本当に喜んでいたと。
 そして、心から感謝していたと。

 本格起動のスイッチを押す時刻まで、残すこと十時間ばかり。
 明朝いよいよ、ミッションベータディーをスタートすることになります。
 しかし、その前に一言、申し上げておきたいことがあります。

 いよいよ発表の時が来た。
 誰もが、代役の言葉、アイーナの意志を聞きのがすまいと、静寂の中に姿勢を正した。
 もう、彼女の心に中止という選択はない。
 いつまで延期するかという一点だった。
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