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パリサイド 作者:奈備 光

5章

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59 キャンティの面接

「お邪魔します。キャンティーです」
 すらりとした脚を見せて、部屋に入ってきた。
「そちらへ」
 アイーナの指示した椅子に座ろうとして、同室の面々がイコマ達だと知って、
「あ、いつぞやの」と、微笑んだ。
 そう言われては、
「布のことでは、ありがとうございました」と、頭を下げざるを得ない。
 実際、聞き耳頭巾があってこそ、アヤは正気を取り戻したのだ。感謝しなくてはいけない。

 キャンティはアイーナと向き直ったが、
「先に皆さんとご挨拶をしなさい」という言葉に従って、
「それで、娘さんはご無事でしたか?」と聞いてきた。
「おかげさまで」
「ありがとうございます」
 アヤにも、キャンティが恩人だと話してある。
 しかし、イコマは手放しで礼を言う気にはなれなかった。
 よほど、あなたのお父さんは? と嫌味のひとつでも言ってやりたかった。


「さあ、キャンティ」
 場のぎごちなさを払しょくするかのように、アイーナが甘い声を掛けた。
「はい」
「来てもらったのは、いくつか相談があったから」
 少女は目を輝かせて頷いた。
「貴女は十五歳。知ってるわよね。優秀な人の知識と経験を、貴女の知識と経験に付け加える日が近いことを」
「ええ」
 市長を前にしても、緊張のかけらもない。堂々と椅子に腰かけている。

「でも、予定していた人は亡くなってしまったわ。そこでね、あなたに聞きたいのよ」
「なんでしょう」
「お望みの人は?」
「え?」
「特別にね、希望を聞いてみようかと思って」

 本来、受け取る方が指名できるという制度ではない。
 そんなことをすれば、特定の誰かに集中し、支障が生じるかもしれない。
「どう?」
「……特に思いつきません」


 あっさりアイーナが話題を変えた。
「ところで、なぜ、この宇宙船に残ったのかしら」
 イコマはぎくりとした。
 父親のサワンドーレが宇宙船に残っているから、という返事を期待したのだろうか。
 そこから先の話題は?

 治安当局や警察はサワンドーレをまだ捕まえていないのだろうか。
 キャンティが居場所を知っていると考えているのだろうか。
 しかし、娘の返事は全く違う方向だった。
「私は、治安省に勤めることになっています。ミタカライネン長官が船に残られると聞いて、私も残ることにしました」
「そうなの」
「どんなお仕事をさせていただけるのか、まだ分かりませんが、今の私でもお役に立てることがあれば、と思いまして」
「なるほどね。で、長官には会ったのかしら」
「はい! とても喜んでくださいました」

 イコマはアイーナの顔を見つめていたが、彼女は微笑むばかりで、その奥に秘められたものはいささかも顔を覗かせなかった。
 それどころか、その判断は正しいことだったね、などと言う。
「せいぜいミタカライネンに可愛がってもらいなさい」
「はい。でも、まだ何もご用を言いつかっていません」
「それはそうよ。やるべきことは自分で見つけなきゃね」
「はい!」
「まだ、職員じゃないんだから」


 また、アイーナが話題を変えた。
 まるで面接のように細切れの話が続いていく。
「キャンティ、オペラ座のマスカレード、知ってるわよね。仮面舞踏会」
「ええ、もちろん。最も人気のあるアトラクションです」
「そうね。貴女はあのテストもしたの?」
「はい、そうです」

 驚いた。
 この話題も、どこに繋がっていくのだろう。
 単なる面接としてのひとつの話題に過ぎないのだろうか。
 それとも、ヴィーナスが殺されたことと関係した話題なのだろうか。
「あの宮殿の左側の三階に」
 やはりそうだ。
 ヴィーナス殺人事件。
 イコマとチョットマが体験した夜、隣のブースで起きた事件。
 あれが解決したとは聞いていない。

「貴賓室が並んでいるでしょ」
「はい」
「その一番奥がどうなっていたか、覚えてる?」
 唐突な話題だが、キャンティは全く動じる様子もない。
「はい。よーく覚えています」
「どうなっていた?」
「延々と続く廊下があって、奥に行くにしたがって恐ろしげな者が部屋にいるのが見えてきます」
「うん。それで?」
「最後は突き当りになっていて、小さな窓があります」
 と、すらすらと応えていく。
「その窓から、きれいな貴婦人がいつも横顔を見せているんですけど、声を掛けると鼻から煙を出すドラゴンに変わってしまって、襲ってくるんです」
「やっぱり、そうなのね」
「ええ。お客様は、ドランゴンが吐く炎に焼かれないように、慌てて帰っていくんです。どんな世界にも、裏の世界があるってことですよね」


 え、そうなのか。
 チョットマから聞いた話とは、ずいぶん違う仕掛けだ。
 見ればチョットマも、口をもぐもぐさせている。
 案の定、アイーナが気づいてチョットマに話を振った。
「違うって言いたそうね」
「私の時は、違いました」
 今度はキャンティが驚いた。
「えっ、違ってたんですか? そういう部分は、プログラムの根幹なので変わらないはずなんですけど」

 アイーナの微笑みが大きくなった。
「どう違ってたの?」
「大きな茶色の蛙がいて、試練を与えようとするの」
 と、チョットマは自分が二回にわたって体験したことを話して聞かせた。
「その話、私も耳にしたわ」と頷くアイーナ。
「以前は、キャンティが説明してくれた通りだったのにね」
「どういうことなんでしょう」
 と、不安顔のキャンティ。
「どうも、地球の人達を乗せてからのようよ。プログラムに改変が加えられたのは」

 非常時以外、そのような変更が行われることはないという。
 誰かが何らかの意図をもって、しかも、相当の腕力をもってコンピューターにアクセスしなければ。
 つまり、プログラムの改変は、通常の方法ではできないということだ。

「でも、現実に変わっていた。これは誰の仕業?」
 キャンティには応えることができない。
 質問した本人が答を用意していた。
「ステージフォー。いいえ。彼らにできる?」
「いえ、できないと思います」
「そうよね。ということは、彼らが崇める神という存在なら?」
「できるかもしれないと思います……」

 ステージフォーの神、ロームス。
 神の国巡礼教団の生き残り、この星に漂着した人類に、あの肉体を与えたという者。
 パリサイドの星を、人類が生息していける環境に整えた者。
 そのような存在であれば、オペラ座のシステムに潜入することは可能かもしれない。

「システムは改変された。でも、その蛙は? システムで生み出された者?」
 これにもアイーナ自身が解を用意していた。
「システムが生み出した、言葉を話す蛙かもしれない。でも、気になる事実があるの」
 と、目を伏せた。

 言うべきなのか、悩んでいるように見えたが、そう見せたかっただけなのかもしれない。すぐにアイーナは言葉をぽんと吐き出した。
「キャンティ。貴女のお父様」
「えっ」
「そんな!っていう顔ね。実はね」
 サワンドーレは、マスカレードが開演する日には決まってオペラ座に出向き、そのアトラクションに参加していたという。
「地球の人達が乗り込むまでは、一度も行っていないのに」

 アイーナは、あのカエルは、サワンドーレだと言っているのだ。
 そしてその先に予想されることは、ステージフォーによる地球人類勧誘活動。
 彼らの判断基準は分からないが、あの蛙との問答によっては、ターゲットにされてしまうということなのだ。
 ただアイーナは、娘に向かってそこまでは言わない。
 その意味がキャンティの胸に沁みこむ間を与えず、次の話題に移っていった。


「実は、彼らの神というものに、私、心当たりがあるの。もちろん、私達の太陽がそうだということ以外に」
 チョットマが考えた神のことを、まだアイーナには話していない。
 しかし、彼女の指摘は的確だった。
「奴は私達の体に巣食っている」と、力を込めた。
「奴らは、白い霧となって街中を徘徊し、手当たり次第に人の体に入り込む。そしてその精神や思考を乗っ取る」

 アイーナの小さな溜息に被せるように、キャンティが言いだした。
「父は父。私は私。もし父が宗教に狂ったのなら、この身を削ってまで救おうとは思いません」
「現代っ子ですね。いいえ。嫌味じゃないですよ。その通りだと思うから。宗教に狂った者は、その精神の居心地の良さに酔ってしまい、もうまともな判断はできなくなるから」
「もっと教えてください!」
「もちろん、これからもっと貴女と話していたいから」
「ありがとうございます!」

「この部屋は安全です。特別仕様」
 汚染された人は入れない仕様になっているという。
 入ったように見えて、実は、知らぬうちに、幻影を見させられているということだった。
 小さなオペラ座。
 実際に、アイーナと話していても、自分自身の体は他の場所にあったということだ。決して気づくことはない。
「ごめんなさい。騙していたようで、申し訳ないわ。でも、今は皆さん、本当にそのお体のまま、そこに座っておられます」
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