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パリサイド 作者:奈備 光

5章

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57 生命体

 マインドコントロールか。
 アヤ寝顔を見ていてイコマの口から出た言葉は、喜びに満ちたその場にふさわしくなく、部屋の空気を一瞬にして、アヤの言う薄墨色の世界に変えてしまった。
「ごめん。嫌なことを口走ってしまった」
 チョットマに謝ったが、彼女は気持ちを理解してくれていた。
「ううん、パパ。辛かったでしょう。自分の娘なのに、知らん顔されて」
 不覚にも、また涙が零れ落ちた。

「でも、いい話もひとつあったね」
「そうだな」
「プリブじゃなかった」
「ああ」

 むろん、プリブの行方はまだ不明のままだ。
 もし、ステージフォーに囚われていたとしても、記憶を失くしフミユとなったアヤはそれと気付かなかったはず。
 しかし、もしプリブがあの破壊作戦に参加していたなら、アヤと同じように救われているのではないか。
 その連絡を待ちさえすればいい。

 ただ、問題もある。
 アヤの場合は聞き耳頭巾によって自分を取り戻したが、他の教団員はどうなのだろう。
 アイーナ側の施術によって、洗脳は解けるのだろうか。


「パパ、私ね、色々聞いたんだよ」
「誰に?」
「たぶん、その神って奴に」
「えっ。なんだって」
「だから、聞き耳頭巾で。きっとあいつが、ステージフォーの神なんじゃないかなって、さっき話を聞いていて思った」
「へえ。聞かせてくれる? 待てよ。アイーナも聞きたいかも」
「うーん。でも、とりあえずパパに」
「そうかい。じゃ」

 元は街であった、もう誰も行かなくなった甲板でのことだった。
「自分は、宇宙最初の生命だって言ってた。それで、永い永い時間をかけて進化して、あるとき、生命の素を宇宙の隅々にばら撒いたんだって。数百万円前ごろ」
 その生命体のコロニーが豊潤となり、宇宙各地に様々な形の生物基盤となる物質を飛ばしたのだという。
 だから、人間を含めて地球の生命も、自分が作ったのだと。

「そんな自分達だから、地球の生物である人間が不時着したとき、興味を持ったんだって」
 自分達が蒔いた種が、思いもよらない姿で生命体を形づくったことに、喜びが沸くと同時に、命を繋ぎとめてやりたいと思ったのだという。
「だから、死にかけていた人間にあの体を与えたんだって。そう、パパのその身体」
「ということは、彼らもこの身体を持っているのか?」
「ううん。違うんだって。それは、人間の体を参考にして、宇宙空間でも生きていける工夫を凝らしたんだって。自分達は食べ物を食べなくても、宇宙で生きていけるらしいわ」
「どんな体をしてるんだい?」
「さあ。よくわからないけど、微粒子がプラズマで、膨張したり収縮したりで、ひとりはみんなで、みんなはひとり。よくわからないわ」
「なるほどね。プラズマ生物か。一人ひとりという概念はないんだ。巨大プラズマ生命体ってところかな」
「私はよく分からないけど、生命を形作るものはアミノ酸に限らないんだって。一種の金属粒子がプラズマ状態になって、一定の条件を満たせば、他者を取り込んで大きくなる、ってパパなら意味が分かるよね」
「成長することが生命の本質なら、そういう種がいて、自分は生命体だと言っておかしくはないね」
「話ができるんだから、やっぱり生き物じゃないのかな。聞き耳頭巾を被っているときだけだけど」


「どんな奴にしろ、かなり高度な生物なんだな。チョットマはそんな奴を話して、怖くなかったのかい」
「怖くはなかったよ。言ってることの意味が理解できた時、嬉しいと思ったくらいだもの。とはいっても、実際は、これでやっと頭痛が治るという意味だけど」
「それで、どんな話をしたんだい?」
「それがね。愛とか」
「愛?」
「何も知らないみたい」
 人間の言葉を覚え、人が話すのを聞いて興味を持ったという。
「なるほど。巨大プラズマ生命体に、愛という概念はないわけだ」
 言葉という手段もなくてよい。
 最低限必要なのは、成長を求める意志だけだ。
「そう。個人というものがないから、愛する相手もいないし」
「ハハ。だね」


 哲学的とは言わないまでも、奇妙な存在もあったものだ。
 人類は、宇宙空間のいたるところに生命体が存在することをすでに知っている。
 宇宙空間に浮かぶあまたのウイルスは言うに及ばず、もっと目に見える形での、さらに言えば人類より巨大な体躯を持つ生命体が様々な星に生息していることさえ知っている。
 中には、人類以上の英知を有すると想像される社会もある。
 高度な思考ができる生命体は、それこそ無限に存在すると言い切って、間違いだとは言えないのだ。
 チョットマが話した相手のように、自分が宇宙生命の元祖だと主張する者がいてもおかしくはない。
 ただ、それらは概して星々の果て、はるかかなたにあり、これまで人類が面と向かって遭遇する相手ではなかったのだ。

「チョットマ、でもなぜ、そいつがステージフォーが崇める神だと思ったんだい?」
「だって、自分はこの星に住んでいるって言ってたし、いろんな頼みごとを聞いてやっている、なんて言ってたから」
「そうなのか……。自分がロームスって?」
「ううん。ロームスって言葉は出てこなかったわ。きっとそれは、ステージフォーが勝手に言ってるだけ」
 イコマは微かな戦慄を覚えた。
 人類が初めて出会う「高度思考する地球外生物」


「聞き耳頭巾で聞いたんだよね」
「そうよ」
 聞き耳頭巾は、そんな途方もない相手の言葉も、翻訳してくれるのだろうか。
「チョットマ、これはとてつもなく大変なニュースだよ。いや、待てよ。よく考えよう……」

 パリサイド星の太陽。
 イコマの想像では、二つ星の一方は中が空洞だ。
 その中に人々は住んでいる。
 そこには太陽が燦然と輝き、人々の暮らしを支えている。
 まさにその太陽は星の中核をなすもの。
 キャンティの話が事実なら、そこに人々は豊かな社会を作っている。

 しかし、チョットマが話をした相手の言葉が事実で、その星の中心が単なるプラズマ熱球ではなく、意識と高い思考能力を持った「生命体」なのだとしたら。
 そして、聞き耳頭巾を使わずとも、パリサイドの一部、ステージフォーの幹部は、あるいは市民全員がその声を聞くことができるのなら。
 声を聞くだけでなく、意志疎通を図れるのなら。
 本当に、その生命体が瀕死の人類に、つまり神の国巡礼教団の生き残りにあの、いや、この体を授けたのだとしたら。
 パリサイドの星で、いったい何が起きているのだろう。

 イコマは自分の体を改めて眺めた。
 指を折ってみた。両手を組み、指に力を入れて、骨格と筋肉の存在を実感してみた。
 二の腕をさすり、大きく息を吸い込んで肺が膨らむのを感じてみた。
 目を閉じ、瞼を両手で覆い、眼球にかかる圧力を確かめてみた。
 最初の頃あった違和感はもうほとんどない。
 自分の体だ。
 しかしこの体が、ステージフォーが言う神、ロームスと呼ばれる巨大プラズマ生命体から与えられたものだとしたら。

 自分の意識に、これから何が起きるのか想像できない。
 空を飛べるようになったり、地球人類の元あった容姿に変身したり、ユウが話してくれたように体をごく微細な粉末状にしたり、そして、ソウルハンドという恐ろしい方法で他人のエネルギーを吸い取ることができるようになった時、自分の意識や精神は今のままでいるのだろうか。
 そうなった時、いや、今でさえも、自分はまだ、地球に生まれた人類と言えるのだろうか。
 大阪で生まれ育った生駒延治と言えるのだろうか。
 宇宙人の体を持っている?
 意識は明らかに元のままだが……。今も。
 しかし、肉体は……。

 ユウは……。
 ユウを信じていなわけでは絶対にない。
 ユウは、JP01と呼ばれるパリサイドは、愛おしくてたまらない三条優、その人だ。
 ただ、ユウはこの「身体の危機」をどう乗り越えたのだろう。
 肉体に生じた変化と、地球人類としての意識とのかい離に、どう折り合いをつけたのだろう。
 聞いてみたい。
 しかし、それはユウを傷つけることになるのだろうか。


「でもね。昨日、もうそれも終わっちゃった」
 チョットマが話している。
「なにが?」
 イコマは物思いを中断し、チョットマに意識を戻した。
「お前と話をして、得るものはなかった。分からなかったことが、やはり分からない、ということが分かっただけだ、なんだって」
 チョットマの体内、脳内に巣食ったウイルスは去った、という。
「そうか! そりゃ、よかったじゃないか!」
「いなくなったかどうか、よくわからない。私は、なにも変わっていないし」
 イコマは思わずチョットマを抱きしめた。
「うん、うん。チョットマ。こういう言い方は君のためにならないと思うけど」
 と、前置きを言ってしまったが、イコマは、
「どんなことがあっても、チョットマはチョットマでいなくちゃだめだぞ」
 と、抱きしめた腕に力を込めた。
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