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パリサイド 作者:奈備 光

5章

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56 ステージフォー

 アイーナもアヤの話を聞きたいということで、地球市民としては特別に、個室が与えられていた。
 それを機会にレイチェルも、特別扱いは嫌だとこれまで拒んできた個室に住まいを移している。
「まあ、そんなことだろうと思っていたけどね」
 アヤの話を聞いたアイーナの感想である。
「見くびっていたのは私の失敗だけど、所詮は宗教団体。奴らが考えることは決まっているさ」
 ステージフォーの輪郭が、アヤの話によって少しだけ明らかになった。

 アヤは洗脳が解けてから、丸一日が経ち、体調は完ぺきとは言えないまでも、ほとんど回復している。
 ミズカワにつけられたはずの傷の方は、もうどこかわからないほど癒えている。
 質問はアイーナに任せて、イコマは黙ってアヤの顔を見つめているだけで満足だった。
 やっと。
 その思いだけで、胸が一杯だった。


 アヤは今、眠っている。
 好きなだけ眠らせてやりたい。
 その間、何があってもそばを離れないと決めていた。
 アヤの胸に、聞き耳頭巾を掛けてやりながら、イコマはまた目頭が熱くなっていることに気づいた。
 横にいるチョットマに気づかれないようにと思ったが、もうそれは遅かった。
 涙がぽたりとベッドに落ち、小さな染みを作った。

 チョットマは何も言わない。
 ふたりでずいぶん長い間、並んで座っている。
 イコマはンドペキとスゥのことを思った。
 彼らは今、忙しい。
 市民を組織化する必要があるということで、東部方面攻撃隊の面々ともどもその準備に走り回っている。

 彼らがアヤの両親。
 そういうことにした。
 それはそれで間違ったとは思っていない。
 イコマにとって、新しい感覚が生じていることを知っていた。
 彼らは彼らのスタイルでアヤを愛している。
 元はと言えば、イコマとユウの意識を引き継いだ二人だが、別の人格であれば、当然のことながらアヤに対する気持ちや接し方は同一ではない。
 イコマのンドペキとスゥに対する今の気持ち。
 いわば、アヤをンドペキとスゥの元へ嫁がせた、という感覚とでも言えるだろうか。
 そう気づいてからは、イコマは遠慮することなく、アヤを自分の娘だと思うことができたし、人に話して後ろめたさを感じることもなくなった。
 そして、そう感じてしまっていたことが、それこそ自分のふがいなさだとも感じていた。


 アヤの寝顔を見ながら、彼女の話を思い出していた。
 ステージフォー。
 アヤが見たのはその一端でしかないかもしれない。
 しかし、この宇宙船に来てから起きた謎めいた出来事の一部を理解するには十分だった。

 中でも興味を惹かれたのは、この話だ。
 地球市民の中で教団に目を付けられた者は十人ばかりいるが、それぞれ理由があってのこと。
 なんらかの特技とか経験を持つ者。
 例えば、ある方面に秀でた技術者とか。
「自分がなぜ選ばれたのか、それは分かりませんが。あの破壊部隊に入れられたということは、ニューキーツでの戦闘経験が認められたのかもしれませんけど」
 治安省に勤めていた経験の方じゃないか、とイコマは思ったが、どうでもいいことだ。

「奴らの神って、どんな奴だい?」
 アイーナの質問だ。
「ロームスって言ってました。パリサイドの星にある太陽のことを、そう信じているみたいです」
「はん! 太陽ね。太陽をありがたがって崇めるのはいいけど、それを神だなんて言っちゃ、いただけないね、で、教団のトップは? 教祖みたいなやつ」
「トップはいないみたいです。でも、幹部が二十二人。全員が神の同じ声を聞くみたいです」
「その神とやらから、つまり太陽から指示が来るのかい?」
「そのようです。私を捕えたのも、神のお告げなんだと」
 この宇宙船に大挙して乗り込んだのも、ミッションの中核システム、グラン―パラディーゾを破壊しようとしたのも、そうだという。
「なんでも神様の言う通り、お天道様の言う通りっていうのかい。つくづくふざけた連中だね」

 洗脳というのも、様変わりしたものだ。
 昔は、修行と称する拷問まがいのリンチや、心の弱みに付け込んだ説教や、トランス状態に陥れる祈りの儀式などによってマインドをコントロールしていったものだが、今や、脳の思考回路を少々いじればそれで済む。
 恐ろしいことだ。

「完全に洗脳された連中ばかりだったのかい? つまり、正気を保っているのに神を信じるふりをしながら、人を操っているような奴、いなかったのかい?」
「そうですねえ。少なくとも、この宇宙船にはいないようでしたね」
「全員が昔のことを忘れ去って?」
「ええ、まあ。時々は思い出すこともあるみたいですけど」
「というと? アヤちゃんも思い出したりすることがあった?」
「……ええ」

 この時ばかりは、アヤは話しづらそうな表情を見せた。
「ミズカワが来たとき……」
「襲われた時のこと?」
 聞きにくいことをアイーナはずばりと聞く。
「ある日、幹部が来て、今から来る者と話し合うように、と言いました。で、そいつが出ていった直後、私の記憶が戻ったんです。フミユではなくアヤに。逃げようと思ったけど、扉はびくともしなくて」
 その数分後、ミズカワが訪ねて来たという。
「いきなり扉を開けて入ってきて……」
「それで襲われた?」
「いえ。まあ、端的に言うと、また一緒になりたい、というようなことを」
「で、あなたは振ったのね」
「はい……。彼の方は私を今も思ってくれているようでしたけど、私は、もう……」
「しつこく迫られた?」
「ええ……。イルカの少年になって、十分反省したとか何とか、同情を誘うようなことも言ってましたけど……」
「ふうん」
「あの人との生活は、薄墨を流したような生活で……」

 アヤの気持ちが動かないとみて、ミズカワは持ってきたナイフを振りかざしたのだという。
 その後のことは覚えていない。
「というより、奇妙な記憶としてだけ残りました」
「というと?」
「病院で手当てを受けて意識は取り戻したのですが、自分がミズカワという男に刺されたことは記憶にあるのですが、それが誰だったのか、思い出せなかったのです。昔の記憶がまたすっぽりとなくなってしまって。すっかりフミユになり切っていました」

 人の記憶はいとも容易く奪われ、書き換えられてしまう。
 アヤはステージフォーという宗教団体に捕まってしまったわけだが、宗教団体でなくとも、パリサイドの世界では普遍的に行われていることなのだろうか。
 そういえば、KC36632が話してくれたことがある。
 パリサイドの世界では、記憶や思考の提供者が選ばれていて、子供達にそれを移植していくと。
 ユウの経験や知識を持った人もたくさんいるのだと。

 移植だけでなく、置き換えてしまうというような乱暴が行われていることはないのだろうか。
 つまり、人格支配。
 イコマは強い疑問を持ったが、アイーナはそれには触れようとはしない。
 当然である。
 彼女が市長であり、絶大な権力を振るえる、当の本人なのだから。


「プリブは?」
 これはチョットマの質問だ。
「プリブがどうしたの?」
「病院からアヤちゃんを連れ去ったのは、プリブだってことになっているのよ。父親だと名乗ってね。私は信じてないけど」
「そうなの? 知らなかった。私を病院から連れて帰ったのは、サワンドーレよ。私たちの講師」
「えっ、サワンドーレ? キャンティのお父さんの?」
「キャンティって人は知らないけど、講師のサワンドーレ。間違いないわ」

 なるほど、あいつか。
 神が一組の男女を探しているとか何とか、そんなことをンドペキに囁いたと聞いたことがある。
 その男女というのが、アヤと……。
 イコマは、腐った臭いのする不快な息吹が耳の中に吹き込まれたような気分になった。
 ただでは済まさないからな、と奥歯を噛みしめた。

「教団は次の一手を何か考えている?」
 再びアイーナの質問が始まった。
「いや、その前に、なぜ我々のミッションの邪魔をする? なぜグラン―パラディーゾを破壊しようとした?」
 この質問に対しては、アヤの返答は曖昧だった。
「さあ、よくわかりません。ただ、目的として聞いていたことは、神の国を守るというようなことだけで……」
「神の国ねえ。ああ、もう、つくづく嫌になる。そんな連中と同じ星にいること自体が」
「次の予定は聞いていません。あ、そうそう、ブランジール船長をどうにかするようなことは言ってましたね」
「標的はブランジールか……。これはのんびりしてられないね」

 フゥ!と、大げさな溜息をつき、アイーナは帰っていった。
 大丈夫だとは思うんだけどね、という呟きを残して。
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