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パリサイド 作者:奈備 光

5章

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54 装甲を外せ

 ユウか、と思ったが、そうではない。
 暗闇の中、透かして見えたのは、違う人物のようだ。
 こちらに向かって駆けてくる。

「パパ!」
 その声は。
「チョットマ!」
 緑の長い髪をなびかせて走ってくる。
「チョットマ!」
「パパ!」

 胸に飛び込んできたチョットマの背中を撫でて、イコマは温かいものが込み上げてきた。
「どうしてここに」
「これ、必要になるかもしれないと思って。アイーナに聞いたら、パパはここにいるって」
 ブラウスの胸の中から取り出したものは、アヤの聞き耳頭巾だった。
「ありがとう!」
「で、アヤちゃんは?」
「それが、どこにいるのか分からない」
「そうなの……。でも、これ、とりあえず渡しておくね」

 チョットマが聞き耳頭巾の布を差し出した。
「うん」
「あっ」
 折りたたまれていた布が、勝手にほぐれ、するりと手から滑り落ちた。
「わっ」

 甲板に落ちたかと思われたが、布は膝の辺りで静止したかと思うと、まるで魔法の絨毯のように広がった。
「ああっ」
 チョットマが慌てて拾い上げようとすると、布は蛇が鎌首をもたげるように一方の端を持ち上げると、動きだした。
「待って!」
「チョットマ! ついて行こう! きっとアヤだ!」

 布は迷うことなく滑るように進んでいく。
「見失うなよ!」
「うん!」
「さすが、不思議の布。奈津婆さんの形見だ」
「え、なんのこと?」
「いや、何でもない」

 きっとうまくいく。
 アヤは生きている。
 聞き耳頭巾の布は、アヤの元へと向かっている。
 イコマはそう信じて、心が軽くなった。


 三キロほども来たろうか。
 そろそろ息が上がり、足も痛かった。
 途中で倒れている者もあったが、布は素通りしていく。
 間違いない。
 アヤの元へ。
 ようやく止まったところに、ひとりの兵士が倒れていた。
 布はその体にふわりと覆いかぶさると、力が抜けたように、しなりと元の布に戻っていった。

「アヤ!」
 呼びかけても反応はない。
 抱き起そうとしてみたが、装甲が重く、しかも硬直しているようで、腕一本持ち上げることができなかった。
 生きているのかどうか、外観では分からないが、聞き耳頭巾が飛んできたことを思えば、死んでしまったとは思えなかった。
「どう?」
 チョットマが装甲を外そうといじくっているが、勝手が違うようだ。
「外せない!」

 動かすことさえできれば、ユウのところにさえ運べれば、外すことができるだろうが。
 そうだ。
 ユウは?
 無事なのか。どこかに倒れているのではないか。


「ええい! 身はひとつ! どうにもならんぞ!」
 チョットマが怪訝な顔をした。
「そうだ! チョットマ。東部方面攻撃隊の様子はどう?」
「様子って、船室の隅に市民を集めて、守ってるよ」
「誰も、倒れてやしないか?」
「ううん。敵は誰も攻めてきていないし」
「そうじゃなくて」
 イコマはこれまであったことを話した。

「つまり、装甲を身に付けている者は、戦闘地域であろうとなかろうと、みんなこんな風に倒れてしまったんだ」
「それって、いつのこと?」
「そうだな。一時間ほど前かな」
「それだと、分からないわ。私が船室を出たのは、もう少し前だから」
「うむう。しかし、これからどうするか……」
「じゃ、私がユウお姉さんを探しに行ってくる」
「だめだめ。危険すぎる」
「どうして? もう兵士は動けないんでしょ」
「いや、いつ何時、また動けるようになるか、分からないだろ」


 暗闇の中、ようやく動く人の姿があった。
 軍の職員や市の職員だろう。兵士を救出に来たのだ。
 声が聞こえてくる。
 どうやって運ぶ。重いぞ。
 運搬用の車はまだか。
 味方優先だ。
 いや、敵を運んで捕えるのが先だろう。
 まずは装甲を外せ。
 急かせるな。外す道具が足りないんだよ。
「よし! 大丈夫か!」
「ああ……」

「チョットマ、彼らを呼んできてくれないか」
「わかった」
 気持ちの余裕ができた。
 装甲の中の兵士は生きているようだった。
 もしユウも倒れていたとしても、あのように対処されているはずだ。
 アイーナが放っておくはずがない。


 なあ、アヤ。
 もういい加減に洗脳から覚めてくれよ。
 あんた誰? なんて言わないでくれよな。
 イコマは改めて、離れ離れになるのはもうこりごりだと思った。
 ユウと三人で、いやンドペキとスゥ、そしてチョットマを入れて六人で、暮らしていこうと決めたじゃないか。
 場所はどこでもいいさ。
 パリサイドの星であろうが、この宇宙船であろうが。
 一緒でさえあれば。
 なんなら、パキトポークのいるベータディメンジョンであってもいい……。

 チョットマはなかなか帰ってこない。
 順番だとか何とか言われて、待たされているのだろう。
 構わない。
 アヤが目の前にいると分かった以上、急ぐことはない。
 イコマはアヤの枕元に腰を落ち着け、装甲の上から腕や肩や、顔や頭を撫でた。


 ふと思いついたことがある。
 アヤは動けないまでも、周りの状況は把握できているのではないか。
 目は見え、耳は聞こえているのではないか。
「アヤ」
 イコマは改めて声に出して呼びかけた。
「イコマだよ。六百年程前、大阪の福島で一緒に暮らしたイコマだよ。分かるだろ。奈津お婆さんの聞き耳頭巾も、ほら、ここにあるよ」
 布を取り上げて、装甲の目の前で見せた。
「ニューキーツの街で、アヤが僕を見つけてくれた。あの時は本当にうれしかった。あれからユウと一緒に地球を後にして、この宇宙船、パリサイドのオオサカ号に乗り込んだんだよ」

 聞こえておれば、まずはアヤの洗脳を解かねばならない。
 何をすれば解けるのかわからなかったが、今自分にできることは話しかけることしかない。
「そうそう、レイチェルも一緒だよ。ンドペキやスゥもね」
 涙声になるのをこらえながら、イコマは話し続けた。
「またみんなで一緒に暮らそうね」
「アヤ、大変な目にあったね。ステージフォーとやらに捕まって、記憶を失くされたばかりか、こんな戦いに巻き込まれてしまって」
「アヤが好きだった、抹茶のソフトクリーム、また食べようね」

 ミズカワヒロシの件は、言わずにおいた。
 あいつの名を出すことで、アヤの記憶も戻るのかもしれなかったが、それは苦しみの記憶。
 楽しかった思い出をきっかけに記憶を取り戻す方がいい。
 根拠はないが、イコマはそう思った。
「レイチェルはね、ずいぶん立派になったよ。元々立派なニューキーツ長官だったけど、この宇宙船でも、市民を強く、そして温かくまとめ上げている。アヤは素敵な親友を持ったね」

 話しながら、涙をこらえきれなくなった。
「アヤ……。お父さんを許しておくれ……。」
 あの日々が蘇ってきた。
「アヤ、君は一緒に暮らしていても、お父さんとは呼んでくれなかった。僕は本当の意味での父親じゃなかったんだ。血の繋がりはなくても、親子にはなれると思っていたけど、僕はなれていなかったんだ。君の方から養女になりたいって大阪に来てくれたのに、僕の方はまったく心の準備ができていなかったんだ。いいや、自分ではできているつもりだった。でも、全然駄目だったんだ。僕が悪いんだ。小さいときは、寂しい思いをさせただろうね。大きくなってからは、頼りない男だと思ったろうし、愛情が薄いって感じることもあっただろうね。僕は父親として叱ったり、家族として笑ったりしているつもりだった。でも、そこに百パーセントの愛情がなければ、本当の意味での親子じゃないんだ。それを言葉では分かっていた。理解もしているつもりだった。でも、僕はできていなかったんだ。子供がそう感じていてこそ、できているって言えるんだから。六百年も前の話を蒸し返すようなものだけど、六百年間、考えに考えて、ようやく分かったんだ。自分の情けなさが。足りなかった部分が。アヤ……。お父さんを許しておくれ。当時、わが家がおかしくなってしまったのは、全部、僕が悪いんだ。本当にすまなかった……。これからは……」

「パパ、自分を責め過ぎ」
 いつの間にか、チョットマが戻ってきていた。
 制服を着た二人の男を引き連れて。
「愛だとか、想いだとか、突き詰めて考えると、おかしくなっちゃうよ。あいつも、そう言ってたし」
「あいつ?」
「ううん、なんでもない。さ」
 と、チョットマは男たちを促した。
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