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パリサイド 作者:奈備 光

5章

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51 声だけ男

 ブランジールの部屋へ向かう道すがら、アイーナから聞かされたことがある。
 アヤを襲った人物。
「発見したよ。街が消えた後で。もう死んでいたけどね」
 名は、フイグナー。
「日本名は、ミズカワヒロシ」
「ん?」

 数日前、イコマとンドペキがアヤの元へ向かう道中で、追いかけてきた男の名。
「犯行の後、どこかの部屋に潜んでいたみたいだね……。いつ、なぜ死んだのか、分からないけどね……」
 アイーナが説明してくれていたが、イコマは半分しか聞いていなかった。
 ミズカワヒロシという名を聞いたとたんに、様々な記憶が甦ってきていた。


 ニューキーツの政府建物の仮想の海で、ンドペキに声をかけてきたイルカの少年……。
 水川宏……。
 まさか……。
 まさか、あの男……。
 いや、間違いないだろう。
 アヤの……。
 アヤの最初の結婚相手……。
 確か、考古生物学者だとかなんとか……。

 どんな風貌だったか、思い出せない。
 背丈は。声は。髪は、瞳は。
 何も思い出せない。
 ただ、一筆書きのようなおぼろな記憶の輪郭があるだけ。
 しかし、間違いない。あいつだ……。

 ンドペキがアヤの父親だと知っていたのかどうか……。
 いや、知っていたはず!
 だからこそ、部屋に訪ねてきたのだ!
 そのときは、フイグナーと名乗ったが……。
 しかし、追いかけてきたときには、ミズカワヒロシと名乗った……。


 イコマは唇を噛んだ。
 あのとき、その名に気付いておれば、アヤがみすみす襲われることはなかったかもしれない!
 きっと、後を付けられたのだ!
 水川宏!
 くそう!
 なぜ、今頃になって、アヤに危害を!

 イコマはさらに深く思い出そうとしていた。
 思い出したくはない出来事を。
 父親として、悩み抜いたあの頃を。
 アヤの苦悩に応えられなかった、ふがいなかったあの頃の己を。
 アヤの結婚生活が破綻した理由……。
 性格が合わない、としかアヤは表現しなかったが、アヤを苦しませたことには違いない。
 あの頃、己は、父親として失格だった……。
 娘の苦しみを救えないのだから……。


 水川の方も、ダメージを受けてはいた。
 そうか!
 だからあいつはあんな偽物の海に、イルカの姿で引き籠っていたのだ。特殊なアギとなって。
 そうか……。
 そこで知ったのだ。
 アヤが間近にいることに。
 そして、ンドペキがその父親であることに。


 くそ!
 なぜ、よりによってそんな奴にパリサイドの身体を与えたのだ! ユウ!
 いや! ユウを責めてはいけない!
 ユウに責任はない!

 それにしても!
 なぜ、あいつは今頃になって!
 復讐なのか!
 それとも……。

 奴は、アヤを愛していた。
 離婚してからも、ずっと……。
 それは知っている。
 何度も、よりを戻そうとアプローチしていた……。
 しかし、いつの間にか姿を見せなくなり……。

 イルカになっていたのか……。
 数百年の年月が過ぎ……。
 パリサイドの身体を得るチャンスが来て……。
 この船に乗り込み……。

 アヤを前にして、奴はなんと言ったのだろう。
 最初から襲うつもりだったのだろうか。
 それとも……。
 そもそも、アヤはあいつを思い出しはしなかっただろう。
 イコマのことも思い出さないのだから。
 しかし、なぜ、あいつはアヤの部屋に入ることができたのだろう……。
 アヤがドアを開けたのだろうか……。


「ここだ」
 アイーナが足を止めた。
 船長ブランジールは、展望塔ではなく、グラン―パラディーゾ指令室からさほど遠くない窓のない部屋にいた。
 スキャンされるわけでもなく、警護者さえいない。
「全く、不用心だね」
 例によって、部屋の奥に飾り気のない木製チェアが背を見せてぽつんと置かれている。
 部屋は狭く、その椅子に誰も座っていないことは一目瞭然だった。

 久しぶりに聞くブランジールは、こんな声だったかと思うほど、疲れが滲んでいた。
「その、ご婦人は?」
 と、かすれた声でライラのことを問うた。
 チョットマが心配だからと、イコマだけでなく、ライラやレイチェルも同行していた。

「不思議な……」
 チョットマがライラを紹介するなり、ブランジールが不安そうな声を出した。
「不思議?」
「出生に……、いや、なんでもない。思い過ごしだろう」
「ブランジール、あんた、耄碌したのかい」
「なに?」
「そんなことを、口走るところがさ」

 嫌な雰囲気だった。
 ブランジールはあからさまではないが、ライラを歓迎していない。
 ライラもそれを感じたのだろう。顔色は変えないまでも、幾分むっとした表情で眉間を寄せている。
「じゃ、私は帰ろうかね。しばらくはチョットマと一緒にいようと思ったんだけどね」
「おばあさん……」
「まあ、この男。男といえるかどうか分からないが、まだ十分生きてるようだしね」
「ライラ!」

「どういう意味だ」
 ブランジールが気色ばんだが、ライラは今度はうっすらと笑みを浮かべて、
「あんた、そりゃ、船長だろ。ここで倒れられちゃ、困るからさ」と、嫌味たっぷりに言った。
「ライラ!」
 アイーナが見かねて、割って入った。
「ブランジール、このご婦人はチョットマのお友達。だから、私は信用している」
「ふん。そうかい」と、ブランジールはつれない。
「ライラ、あんたこそ、そんなに突っかからなくてもいいんじゃないか」
「あたしゃ、突っかかってなんぞいないさ。突っかかってきたのは、声だけ男の方さ」


 始めから会談は険悪ムードだった。
「市長もおばあさんも、おとなしくしてよ!」
 チョットマまでもが、苛ついているようだ。
「大事な時なんでしょ! なにか、話があるんでしょ!」

「あたしのどこが、いかがわしいんだい!」
 ライラの機嫌は収まらず、姿のないブランジールに食って掛かっている。
「あんたこそ、いかがわしいんじゃないか! なにが、出生だよ! どこで調べたのか知らないが、あんたに何の権利があるっていうんだい!」
「だから、おばあさん! いい加減にして!」
「チョットマ! いいかい。こういう侮辱を受けて黙っているなんて、それは自分で自分を侮辱することなんだよ!」
「でも!」
「いいや。いくらチョットマが言っても、あたしゃ、許せないね!」


 それはそうだと、アイーナがブランジールをたしなめ、ブランジールが謝ることで、ようやくライラの口は収まった。
 ふん! ふざけた男だよ! という言葉を最後にして。
「さあ! 本題に入って!」
「ああ、そうだね」
 アイーナはふうと長い息を吐き出したが、そもそもの用件は簡単なことだった。
「あんた、体、大丈夫なのかい」
 というわけだ。
 ブランジールの体調が思わしくないらしく、それを案じていたのだった。

「大丈夫だ、と言いたいところだが」
 ブランジールの声はかすれがちだ。
 ともすれば、聞き取りにくいほど小さくなり、そのときの声は、人の声というより貧弱な人工音声のように聞こえる。
「しかし、心配はいらん」
 むりやり声を張り上げていることがわかる。
「あんたのミッションに支障をきたすことはしない!」

「そりゃそうだろ。そうしてもらわなきゃ困る」
「俺の身より、ミッションの方が大事だって言い方だな」
「当たり前だろ」
「ふん、あんたらしいよ」
「ところでブランジール、あんた最近、船の隅々まで意識が届いていないだろ」
「うむ。そうだ。全体にエネルギーを回していられないからな」
「だろうね。聞くけど、どこまで届いているんだい」
「例えば、あんた。自分の背中の出来物が見えるかい? だいたい、気付きもしないんじゃないかい?」
「ん?」
「まあ、そういうことだ。胃にできた小さな腫瘍も気付きはしないだろ」

 アイーナがまた溜息をついた。
「あの作戦は失敗だったね」
「そんなことだろうと思っていたけどな」
 ステージフォーを炙り出すため、唐突に街を消し去ったのだという。
「どこにもいやしなかった。私たちの調査では、捕獲した奴以外に少なくとも百人近くはいるはずなんだけど」
「ああ。それは前に聞いた」
「そいつらは、この宇宙船のどこかにいるはずなんだ。なんとしてでも捕まえないと」

 アイーナは、例のミッションを妨害されることを恐れていた。
「なにしろ宗教団体だからね。なにを考えているのか、知れたもんじゃない」
 拘束した構成員から、どんな情報を得ているのかわからないが、アイーナは不測の事態が起きることを想定している。
「次元の扉を開くまでに、何とかしなくては」
 もうあまり時間の余裕はない。
「同感だ」と、ブランジールが力を込めた。
「だから、あんた、奴らがどこに潜んでいるのか、早く掴んでおくれ」


 イコマも強くそれを願った。
 そこにアヤがいるはずだから。
 そして、今度は強引にでも捕まえたいと思っていた。
 ユウに頼んで、自分と同期してでも、アヤの記憶を呼び戻したいとさえ考えていた。

「どうだい。掴めそうかい」
 アイーナは急かすが、ブランジールはかすれた笑い声をたてた。
「乗組員を各所に向かわせている」
「警察や軍も向かわせたいが、それには船長、あんたの許可が必要だ」
 ブランジールが応えるまで、一瞬の間があった。
「むっ、その必要はないだろう」
「どういうことだい」
「向こうから出てきてくれたからさ」
「ん?」
「急げ! 連中、あんたの司令室にも向かっているぞ! ぞろぞろ出てきやがった!」
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