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パリサイド 作者:奈備 光

1章

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4 そこだけ伸びる眉毛

 イコマの部屋にユウが戻ってきた。
「おう。久しぶりだな」
「なに、その嫌味な言い方」

 イコマは今、ユウを妻だと公言して憚らない。
 かつて、六百年以上も前、大阪の福島のマンションで暮らしていた時には感じなかった安らぎがあった。
 妻という言葉に。
 あの頃の、あいまいで頼りないふたりの関係。それを打ち破る勇気がなかった時のことを思えば、今はなんとすがすがしいことか。

「妻なら妻らしく、なんてね」
 などと、言える。
 もちろんその苦言は本心ではない。
 ただの戯言だ。
 あるいは、甘えたいという意志の表現。
 ユウもそれを分かっていて、
「ごめんなさい。お父さん」などと、返すのだ。


「で、今度の任務は?」
 ユウの仕事について、まだ深くは知らない。
 パリサイド軍で働いていると言うが、一将校というわけでもなさそうだ。

 地球に帰還したパリサイドのうち、約1割は軍人。
 それ以外は、普通の市民で、公募から選ばれたという。
 地球に向ける望郷の念は、とても強い人たちだ。
「パリサイドの多くは、あの教団に心を奪われてしまったことをとても後悔しているの。身体は変わってしまったけれど、地球という星、人類という種、そしてその社会に深い愛情を注ぎ続けてきた。どんな境遇にあっても」
 ユウは、何度もこの言葉を使って、パリサイドを理解させようとする。
「できることなら、地球人類をこうして救出するより、地球にまた住みたいと思っていたのよ。もちろん地球人類と共に」

 ただ、パリサイド数十億人すべてがそうかというと、そうでもないらしい。
 頭のいかれた連中、とユウは吐き捨てるが、いまだに神などというものを信じるものがいるらしい。
 それはかつての神の国巡礼教団がでっち上げていた神ではなく、別の存在を信奉しているらしい。
 少数派だから無視していいのかもしれないけど、危険な存在でもあるから、とユウは顔を曇らせるのだった。


「それにしても……」
 パリサイドの救出作戦撤収のタイミングは、致し方ない事情もあるようだ。
 ユウの言う制限時間というものが何なのかわからないが。
「結局、私たちの誘いに応じなかった人も多いし、探し出せなかった人もいるだろうし」
 この話になると、ユウは少しだけ悔しそうな顔をする。
「まあ、仕方ないさ。パリサイドは充分なことをしたさ」
「うん。ま、私は最大の目的を完璧に達成したしね」
 と、うれしそうに表情を一変させるのだ。

 イコマとアヤと再会すること。
 そのためにユウは、帰還するパリサイドの本隊が地球に舞い降りる前から、海に潜行し、イコマやアヤの行方を追っていたのだった。
「約束も果たせたし」
 と、抱きついてくる。
 新婚夫婦のように、何度も同じことを言って。


 ユウとキスするとき、イコマは恥ずかしい思いがする。
 パリサイドの身体で、表情の乏しい顔だから。
 長大な腕も、まだ自由に操れるわけではない。
 違和感は否めない。
 ぎごちない抱擁。
 ユウは決してムードを求める女性ではないが、それでも申し訳ない気がするのだ。

 パリサイドの身体を得たスミソは、空は飛べるようになり、水に潜れるようになったが、体を変化させる、つまり、人らしい姿に変身することはまだできない。
 爆発的なエネルギーを生み出すこともできないし、広げた翼でエネルギーを得ることもできない。
 不器用なイコマが、そのどれも会得していないのは当然のことといえた。
「すまないな。運動神経がなくて」
「なにが?」
「空は飛べなくていいから、早く自分の身体を取り戻したいよ。せめて顔だけでも」
「焦らない、焦らない。私たちがこの身体をそこそこ使いこなせるようになるまで、それこそ何年もかかったんだから」


「ところで」
「今度の任務ね」
「ああ」
 新しい任務に就くため、ユウはこのところ忙しい。
 毎日、帰っては来るが、顔を出すだけ、という日も多い。

「秘密の任務か?」
 軍の任務であれば、口外できるものではないのだろう。
 夫として、できることなら聞いておきたいという気持ちだけだ。
「そうねえ。どう説明したらいいかな」
 と、ユウは思案顔をする。

 ユウのどんな表情も、イコマにとって宝物だ。
 昔と同じように、ユウの表情がくるくる変わるとき、幸せが満ちてくる。
 ああ、この表情は……。
 アギであるイコマの記憶は、六百年を経た今でも薄れることはなかった。
 あの時もこんな顔してたな……。
 ムササビのような、アヒルのような、アザラシのような……。
 それが今のユウとオーバーラップし、様々な記憶が実体を伴ったかのように蘇ってくる。


 ふと意地悪な気分になった。
「なあ。ユウはまだ僕の顔、覚えてる?」
「わ! 失礼ね! 当たり前やん!」
「ほんまかいな。おぼろげに、なんて」
「ううん。はっきり覚えてるって!」

 ほくろの位置や、髪の生え際の様子や、耳たぶの大きさや、唇の皺に至るまで、ユウがむきになっているが、どうでもいいことだ。
「わかったわかった」
「いつの間にか、そこだけ伸びる眉毛だって」
「だから、もういいって」
 そもそも、自分の顔を取り戻すことができるようになった時、正確に再現できるかどうか、こっちの方が怪しいのだから。
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