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パリサイド 作者:奈備 光

5章

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48 嘘ばかり

「チョットマというのだな」
 こいつが最初に発した言葉だ。
 そうだと応えると、
「話しかけてくる者は多くない」と言った。
 明らかに人の声ではない。
 金属の膜を擦り合わせたらこんな音がするかも、というような声だが、かろうじて聴きとることができる。

 チョットマはひとり、デッキに出ていた。
 元あった街は跡形もなく消え失せ、淡く光る白い床が一面に広がっている。
 見上げれば満天の星。
 視界の大部分を相変わらずパリサイドの星の黒々とした顔が占めている。
 何度か眺めるうちに、星が違う面を見せていることに気づいていた。
 二子星がきれいに並んで見えることもある。
 今は、一方の星の外殻の裂け目がちょうど正面に来ていて、星の内部の光溜まりが見える。
 光は思いのほか強く、発光源は眩しいだけで輪郭さえも見えない。

 デッキの壮大な眺めは、まるで宇宙のただ中に浮かんだ甲板。
 巨大なプラネタリウムのようだが、この実物の迫力に比べれば鍋底の米粒のようなものだろう。
 しかし、宇宙船のフロアである証拠に、呼吸はできるし極寒の世界というわけでもない。
 少しずつ、重力が小さくなってきていることは感じるが、歩けないというほどでもない。


 チョットマは誰もいない広大なデッキを歩き回った。
 街の中央部を南北に貫いて、オレンジ色の光のライン。北に行くほど赤みがかり、南へ行くほど黄色がかっていく。
 東西に五百メートルおきに緑色のラインが横切る。
 デッキの周囲は五層程度の建物によって縁どられ、固く閉ざされたいくつかの扉がある。

 かつて街の中央に建っていたブランジールの展望塔はそのままの位置だろうが、人の姿はなく、出入り口も消えていた。
 そして、いつの間にか、展望塔から左右に伸び、デッキを南北に隔てる壁ができていた。
 鈍色の光沢を放つその壁は、硬さや何の開口部も見られない表情から、その向こうで行われている何かが強い秘密であることを示しているようだった。

 デッキの所々にある、地下への入り口から出てくる人はめったにいない。
 この景色を美しいと感じる人ばかりでない、ということだ。
 以前、スミソが話してくれた、カイラルーシという地下都市の上部を覆う屋根もこんな景色なのだろうか、とチョットマは思うのだった。
 みんなも上がってくればいいのに、と。


「あんた、なに食べているの?」
「食べるという行為は存在しない」
 チョットマは、こいつと話しながら歩き回る。
 もちろん、聞き耳頭巾のショールを頭からすっぽりかぶって。

 話すといっても、会話が成立している実感はない。
 聞いたことにたいていは返事があるというだけだ。
 時として向こうから質問が来ることもあるが、それは稀で、
「今もンドペキを愛しているのか」とか、
「いつから愛しているのか」といった、面倒な問いばかり。

「どうしてそんなことばかり聞くの?
「知りたいからだ」 
「知ってどうするつもり?」
「知りたいだけだ」


 自分の体に棲みついたウイルスと話すなどと、酔狂なことを思いついたのは、アヤの聞き耳頭巾のおかげだった。
 頭の中で渦巻いていた声の意味が理解できて、それが自分の思いから発したものではないと確かめたいと思ったからだった。
 パパには、それはチョットマの心の声じゃないよ、と言われている。
 チョットマなら、イコマに対しての気持ちと、ンドペキに対する気持ちは違うのか、というような問いはしないだろうからと。

 チョットマは試しに、心の中の声の主に声を掛けてみたのだ。
 かわいそうに、あなたは恋もしたことがないのね、と。
 と、驚いたことに、反応があったのだ。
 恋と愛、違いは何だ、と。

 そして、それまでは意味が理解できるというだけだったが、はっきりとその声を聴いたのだった。
 男性とも女性ともつかない金属が擦れあう音。
 そいつが、恋と愛の違いを聞いてきたのだった。
 ばかげたことだと思う。腹立たしいウイルス相手に話をするなど。
 それこそこいつの思う壺ではないか、とも思う。
 しかし、こいつが言ったいくつかの言葉がチョットマを引き付けていた。
「私が生かしてやっている」
「身体を与えてやった」
 明らかにパリサイドのことを言っている、と思ったのだった。


 チョットマは、何度目かの会話の時に聞いてみた。
「名前は?」
 名を聞くことは親しみの現れ、と聞いたことがある。
 ウイルスとどんな関係であれ、付き合いたくはないが、こいつの考えていることをもっと知っておいた方がいいと思ったからだった。
 被験者というほどの意識はないが、何かの役に立つかもしれないと。

「なんて名?」
「……」
「じゃ、私がつけてあげようか」
「……」
「フロッグってのは?」
「なぜカエルなのか」
「意味はないわ。気に入らない?」
「……」

 マスカレードの貴賓席の奥、階段の番をしていた羽付き帽を被った巨大カエルを思い出したのだった。
 そして、その階段を登り切ったところに何者かが巣食っているのなら、このウイルスの元締めでもいるのかもしれない、と。
 そういや、あのカエル、階段の先には夢が叶う国があるなんてことを言っていたっけ。

 自分に棲みついたウイルスに名前を付けた途端、チョットマはウイルスに親しみを持ってしまったと思った。
 でも、付けてしまったものは仕方がない。
 割り切って、せいぜい聞き出してやろうじゃないか。
 それが嘘であろうと、でまかせであろうと。


「いつからパリサイドに住んでいるの?」
「はるか昔」
「どれくらい昔?」
「この宇宙が膨張を始めて、数万年後」
「えええっ! そんなに昔! じゃ、人間はまだ生まれていなかった?」
「太陽も地球もまだなかった」
「すごい! ぜもなぜ、地球のことを知っているの?」
「……」

「ウイルスなのに、話ができるってすごいね」
「言葉は持たない」
「でも、話しているよ。だれに習ったの?」
「おまえだ」

「仲間はたくさんいるの?」
「数千兆」
「すごい数ね。パリサイドだけで?」
「今はあの星の中にいる」
「大きな社会ね。リーダーはいるの?」
「私はひとりだ」
「どういう意味?」
「……」
「大規模なウイルスのコロニーがあるけど、あんたは一人ぼっちってこと?」
「私はひとりだ」
「こうして話ができるのはひとりだけってことね。相談できる人がいなくて寂しくない?」
「感情というものは持たない」
「ふーん。他の人はどうしているの? あんたたち同士はどんな言葉を使っているの?」
「我々は私だ。私はひとりだ」

 そんな調子だ。
「あんたの仲間が、いろんな人に取りついたりしてるんでしょ。目的はやっぱり、恋とか愛のこと?」
「仲間はいない。すべては我々であり私だ」
「全部、フロッグがやったこと?」
「私はカエルではない」
「それで、最終的に何がしたいの?」
「おまえごときに、私の意思を伝える必要はない」
「ふうん、偉そうなのね。私の体に巣食って、栄養を得ているのに」
「言っておくが、私はお前が思っているような微細な存在ではない」
「じゃ、なんなの? ウイルスじゃないって言いたいわけ?」
「おまえを作ってやったのも私だ」
「いいえ。私はパパの娘よ」
「イコマはアギだ」
「だから?」


 噛み合わないと思うことも多かったが、こいつはこいつの理屈で動いているのだろう。
 確かに感情を感じない声だが、それがないというのもどこまでが本当で、どこからが嘘なのか分らない。
 ウイルスなのだから人類より古くから存在していると言われても納得がいくが、人類に匹敵するほどの知性を持っていることは驚きだ。
 もしかすると、このウイルス個体の特性なのかもしれないが。

「他の人とどんな話した?」
「頼まれる」
「へえ! 例えば?」
「誰某を病気にしろ、殺せ、失敗させろ」
「フロッグはそんなことができるの?」
「できることもある」
「するの?」
「しない」
「じゃ、なぜ、そんなことを頼まれるの?」
「彼らにとって、私は特別な存在だ」
「へえ! で、彼らって、パリサイドのことよね?」
「そうだ」
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